1. コーヒーのおともに。
  2. #30 禁断のさっすー1人喋り部 ..
2025-12-22 28:21

#30 禁断のさっすー1人喋り部 -ベイスターズはこんなにも輝いている-

お相手は、さっすー。

#15分くらいにするつもりが30分くらい話してる


さっすー1人回です!がんばってお話しています!

メインテーマは野球!

「私と横浜DeNAベイスターズ」について。


お便りフォームはこちら⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://forms.gle/vdQiLuYzpctpGGN69⁠

サマリー

ポッドキャストのエピソードでは、さっすーが一人で横浜DNAベイスターズについて語り、野球への愛情や試合の楽しさを共有しています。また、リスナーへの感謝の気持ちや、これまでの配信の振り返りも行っています。このエピソードでは、横浜ベイスターズの過去の暗黒時代からの変遷と、近年のチームの明るい未来について語られています。特に選手の移籍やファンの意識の変化がベイスターズの現在の成功にどのように寄与しているかが取り上げられています。横浜DNAベイスターズの歴史と成長過程について語り、特に最近の日本一の成果が強調されています。また、ファンとしての期待や未来の展望についても触れられています。

さっすーのひとり喋り
コーヒーのおともに。
あいです。さっすーです。りかこです。いーかです。
キモい。
何秒ですか、これ。開始何秒?15秒ぐらいでしょ?
はい。もうすでにキモいがね、ワンキモいがね、入ってますけど、
はい。どうもどうも、ごきげんようっていうね、ところですけど、
コーヒーのおともにでございます。
うん。今回は、まあ、シャープ30で、まあ、30回記念みたいなね、はい、こともあるし、
まあ、ちょっと早い、えー、コーヒーともからのクリスマスプレゼント?
これ、なるのかな?果たしてっていうところですけどね。
いやいやいやいや、みたいな。
ね、あの、いや、ないない、こっちは全然、あの、プレゼントと思ってないよ、みたいな。
うん。さっすー1人喋り、むしろ、あの、いらないいらない、みたいなね、
うーん、ところもあるかもしれないですけど、はい、まあ、ちょっとしたね、サプライズということでね、
はい、禁断のさっすー1人喋り会をね、えー、設けてみました。
ねー、まあ、どうでしょうね。
まあ、あのー、同じ会というか、同じ日に、あのー、シャープ31も配信してますので、
あのー、まあ、なんつーの、そっち聞けばいいんじゃん?っていう。
はい、こっちはもうなんか、おまけのようにね、添え物のようにっていうね、
はい、そういうところもあるんですけど。
横浜DNAベイスターズの魅力
うん。ねー、まあ、僕はね、ずっとそのー、配信歴自体は長いので、1人喋りはまあ、ずっとやってきたわけですけど、
まあ、とはいえね、小人もずーっと、まあ、あいさんはじめ、りかこさん、いーかさんたちとね、
あの、やってきたんで、いざ1人で喋るってなると、ちょっとね、やっぱ緊張するかなーっていうところですね。
こんな時に、やっぱ偉大さ、うん、部員たちのね、うん、一緒にいてくれたらな、あいさんがいてくれたらなーっていうね、
うーん、ところもあるんですけど、ねー、まあまあ、ちょっとやっていくしかないよね。
まあ、広島のカリスマックス、うーん、ことね、えー、さっすがお話ししていこうと思います。
はい、というわけでね、あのー、まあまあまあ、小人も始まって3ヶ月ちょっとですかね、このタイミングがね。
うん、まあなんでしょう、まあおかげさまでというべきか、うん、あのー、思いのほかよく聞いていただけてるなっていう実感はありますね。
うん、やっぱりね、はい、あのびっくりしてます正直。
まあ何者でもないね、人たちの、なんか雑談、うん、これどこまで聞かれるんだろうなって思ってました。
ポッドキャストっていうね、その世界の荒れ果てた荒野。
いやそこまでじゃねえか、わかんないけど。
でもだだっぴろい世界にいきなり飛び込んで、まあ誰が聞いてくれんのよっていうね、ところを当初は思ってましたし、
まあその上で宣伝にも注力したりとか、まあいまだにそれはそうですけど、やってますけど、
まあでもね、ここまでリスナーさんに支えられてね、来れているので、感謝しないといけないなとつくづくね、思っております。
はい、まあこうやって感謝しているのでね、あの分かってるなということですよね。
これからも支え続けるべき。
こういうちょっと圧をかけていくっていうね、プレッシャースタイルでやっていこうっていうね。
全然リラックスできねえじゃねえかっていうね、話もあるんですけど。
まあまあまあ、差数なんて、こんなね、小物。
お分かりいただけただろうかっていうね。
小物が一人混じっておりますっていうね、ところもあるんで、その辺ね、お気をつけくださいっていうね、ところもあるんですけどね。
で、もう本当に奇跡的にですね、愛さんたちと一緒にやらせていただいているのも、本当に嬉しい限りでというか、たまたま配信アプリでね、知り合った者同士。
あの知り合ったとは言うけど、ずっと言ってますけど、会ったこともないね、人たちで。
素情もよくわかんないみたいなところがある中で、でもスケジュール合わせて、しっかりこうみんなで打ち合わせを重ねながらね、ここまで本当に走り抜いてきてるなっていう実感がありますね。
リスナーさんにとどまらずね、やっぱり一緒にお話ししてくれてる部員のみんなにはめちゃめちゃ感謝をしてますよ、本当に。
嬉しい限りでございますね。
で、今回はですね、どうしようかなと思って、一人漫談していってもいいんですけど、ある種フリートーク的にね。
ですけど、ちょっとね、話したいことがあるわけですね。どうしてもね、ちょっと聞いてほしいっていうね。
野球ってご存知ですか?
知ってる?
イニシエのスポーツ、野球。わかるかな?
棒みたいなものを持って、バットっていうやつね。
あとその名もズバリボールっていうね。
弾ですよ、弾。
それを投げて、その棒状のもので打つっていうね。で、走るみたいなね。
そういうスポーツになるわけですけど。
今さら聞けない野球、中でも僕大好きな横浜DNAベイスターズについてね、お話ししていきたいなと思います。
これね、だからアイさんがいてくれたら、アイのこれ教えて?のコーナーになりますけど。
まあまあここまでやってきた中で言うとですよ、あのガンダムウィングね。
はい、ありましたね。ああいう回のようにちょっとね、あの僕の偏愛。
こちらをね聞いていただきたいというね、ところになるんですけど。
野球全然興味ないよって方もね、いますからね。
未だにルールとか全然ちょっとよくわかんないんだよねみたいな。
なんか難しいよねみたいな。
そう捉えてらっしゃる方もおられるのではないかと思います。
実際野球ってファンでも難しいなって思うところは結構あるんですよ。
例えばインフィールドフライとか言われても、え、何のこと?みたいな。
僕らも見てて、ここインフィールドフライだって思うかっていうと、そこまでじゃなかったりするよね。
これ聞いてる野球好きの方ね。
はい、あの、審判が宣言したから、今こうなんだなみたいな。
わかるところも結構あったりするので、今回どうしようかなと思って、野球のルールから一個ずつ説明していくとね。
何時間?8時間ぐらいかかると思う。
はい、さすがにそこまではできないので、ざっくり皆さんが思うそのボールを投げてバットで打つというね。
はい、大谷翔平みたいなね。
別に急に大谷翔平って出さなくてもいいんですけど、漠然とした偶像?偶像っていう言い方もよくないね。
大谷さんに失礼だね。
イメージがあるじゃないですか。もう大体こういうもんだよねみたいな。
そこはもうそのままに、そうですよと。
そうさせていただきたいというところがあるんですけど。
で、私と野球ですよね。
これね、しゃべりだすとね、きっかけはですね。
僕大体見始めたのが2000年ぐらいです。
10歳、11歳ぐらいの時からですかね。
リスナーへの感謝
で、僕は小学校、中学校と、いわゆる鍵っ子っていうのがいるじゃないですか。
で、僕の両親も共働きだったんですよ。ずっとね。
今でもそうですけど。
でも実家の鍵を持たせてもらえてなくて。
なので近くにあった祖父母の家にね、学校終わったら帰っていくみたいな。
で、そこでご飯食べさせてもらって。
で、両親がその仕事から終わるタイミングで迎えに来てもらったり、帰ったりしながらっていう。
そういう生活だったんですけど。
なので祖父母の家でだいぶ長い間生活してたというかね。
時間を過ごしたみたいなところがあるわけですよ。
それでね、ガンダムウィングもそこで見てますから。
ヒーローが骨折してね、えーみたいな。
大人になったらこんなことしなきゃいけないの?みたいなね。
自分で骨折を治すっていうね。
そういうのも見てたわけですけど。
今野球、じいちゃんが半身ファンだったんですね。
広島ですけど僕は。
じいちゃんたちが京都出身なもんで、ゴリゴリの関西の方なんで。
半身ファンで、半身の試合を中心に見ていたわけです。
僕が見始めた頃っていうのは結構今よりもテレビ中継が多くてですね。
特にやっぱり巨人ですね。
巨人の主催の試合、東京ドームで行われるような試合っていうのは、
ずっとテレビ中継されてたっていう。
今それがピンとこない世代もね。
令和世代なんて確実にそうだよね。
えーみたいな。そんなテレビで野球見ないけどなーみたいな。
そういう方も多いと思うんですけど。
今よりも圧倒的に中継されてたわけですよ。
で、その半身巨人の試合を見ながらですね。
とある選手が好きになりまして。
それがね、西利久っていう選手なんですね。
これどこまでピンとくるかっていう。
分かるって方いたらね、本当に、
ああその人、間違いなく野球好きではあるよね。
野球全然知らないよって方からすると、
えーって誰ー?っていうね。
まあそうなると思うんですけど。
セカンド、二類種です。
打つほうですね。
そういう選手が巨人に96年に入団しまして。
僕が野球を見始めた頃、
バリバリのレギュラーで活躍してたわけですね。
まず西利っていう選手の特徴なんですけど、
小柄です。171センチしかないんですね。
かなりプロ野球選手の中でも背が低い方だったと思います。
だからか、弾を打つ時に結構飛び跳ねるみたいなことが多くて。
西の下敷き、クリアファイル持ってたんですけど、
その時もね、打ってる時の西なんですけど、
西選手のキャリアと移籍
飛び跳ねてるんですよね。
結構そこが特徴的ではあるんですけど。
まず小柄だよと。
なんだけど、結構大学時代ね、
割と主軸、クリーンナップに任されてたこともあって、
ガンガン打っていく方っていうか、
ホームランも結構ね、小さい割に打てるみたいな、そういうタイプ。
一番はやっぱり守備ですね。
味方からも、もう西さんどこ守ってるかわかんないっていうぐらい、
なんか変なところにいるんですよね。
通常ではそこにいないだろうっていう場所で守ってて、
でもその西のところにボールが飛んでくるんですよね。
だから頭の中にデータ入ってて、
だいたい次ここ投げれば、
ここに打ってくるから、
じゃあ自分はそこに守っておこうっていうのが、
自分ではわかってるっていう。
守備で認められる賞、ざっくり言うとね、
ゴールデン・グラブ賞っていうのもいく度も獲得してますね。
かなり評価された選手なんですが、
例えば2002年からですかね、
原監督が就任されてから巨人では、
ちょっとね、馬が合わないというかね、
確執説も叫ばれてましたけど、
ずっと西は足も速かったんで、
1番を打たせてもらってたんですけど、
原監督になってから2番を打つようになって、
今でこそ野球って2番もガンガン打っていこうみたいな、
特に強打者って言われるね、
よく打てる選手っていうのが2番任されるのも、
だいぶメジャーな打順の組み方もね、
されるようになったんですけど、
まだ西が2番を打ってた時期っていうのは、
2003年ですよね。
頃っていうのは小技ですね。
いわゆる送りバントとか、
細かい野球ができる選手を置くみたいなね。
やっぱり小柄だったりする選手に任されるみたいなことが多くて。
西は反発がやっぱあったと思うんですよね。
テレビの取材でも送りバント俺しねえからみたいな、
ガンガン打っていこうみたいな、
そういうところがあったわけですよ。
でも明らかに西ファンからしても、
2番はちょっと違うんじゃねえかと、
本人も言ってるしね。
それがあったんですけど、
案の定西は2番を任されてからですね、
というか原監督の時は、
成績がやっぱ震わないです、全然。
なんですけど途中監督が変わって原さんから堀内さんになって、
西を再生するって言って、
また1番を任されたりすると、
キャリア範囲の成績を残したりとか、
大復活は遂げるんですが、
その後巨人ではまた原監督が就任されて、
それをきっかけにですね、
西は巨人から横浜、今のDNAベイスターズですね。
2007年に移籍するわけです。
ここまで大丈夫かな。
結構駆け足でね、お話ししてますけどね。
なので僕はその、要は野球を見始めた頃っていうのは、
西が好きで、巨人の試合ばっかり見てた。
巨人なんてね、正直ね、その頃ってもう強すぎて、
要は応援しなくても勝つわけですよ。
ぶっちゃけ。
だから別に巨人が負けようが勝とうがどうでもいいけど、
俺は西の活躍が見たいっていう、
横浜ベイスターズの暗黒時代
そういう感じで野球を見てたんですね。
はい。
でまぁちょっと成績がちょっと加工気味になってきて、
2007年に自らね、西自らトレード、
別の球団に移籍させてくださいっていうね、
そういう話をして、ベイスターズに入団するわけですね。
でまぁ当然僕は西を追いかけますから、
もう巨人なんて捨てて。
ベイスターズの試合をそこから見るようになるんですね。
なんですけど、2007年、
皆さんその頃の横浜、どんなイメージを持たれてますかね。
はい。
まあいわゆる万年再会のチームですね。
まあ勝てないわけですよ。
僕は西の活躍さえ見れたらいいっていうタイプではあったんですけど、
で当然ね、西スタメンで出てきて、
試合には出てるっていう話ではあるんだが、
あまりにね、チームがやっぱ勝てない。
もう振り返るとすごい時代なんですけど、
いわゆるね、暗黒時代ってファンの中でも言われてるような、
もうそのある種ど真ん中っていうか、
始まった時期かな、暗黒時代がね。
はい。
横浜がもう全然勝てない。何しても勝てないみたいな。
時に西が移籍して、そのタイミングで僕は横浜ファンになるわけですよ。
うん。
で、まあどれだけ試合を見てもね、勝てないので、
これちょっと西どうのこうのではねえぞと。
これチームを応援しないともうしょうがねえなってなって、
その横浜、ある種逆に僕は勝てなかったからこそ、
横浜っていうチームにすごく興味がわくわくですね。
このチームちょっと強くなるところが見たいなって、
思うようになるわけです。
はい。
で、当時の横浜ベイスターズっていうのは、
親会社、運営する会社がですね、
TBSですね。
テレビのTBSですよ。
なんですけど、中継とかはするものの、
ファンからすると正直ね、
ちょっと愛のある球団運営っていうのは、
ちょっとあんまできてないんじゃないかっていうところがあるわけですね。
で、一つわかりやすかったのは、
当時の横浜の主催試合ですね。
はい。
あの横浜スタジアム、まあ今でもありますけど、
そこのお客さんガラガラ。
本当にガラガラでした。
うん。
で、そこに対して別にTBSが何をするわけでもないというか正直ね、
いや何かしてたかもしれないけど、
ファンからすると何してるんだろうなっていうところで、
うん。
で、ドラフトとかね、
あの新しい選手取りにもなんかちょっとピンとこないなみたいなところもありながら、
はい。
ざっくり言うとなんかその愛のあるチームの育て方ができてるのかな、
果たしてどうかなっていうところがあったわけですね。
まあその中でもまあ球団社長を務めてらっしゃったカジさんっていう方がいて、
この人はすごくチームを愛していらっしゃって、
あの当時の暗黒時代のね、何やっても勝てなかったっていうチームの中で、
カジさんだけが本当にあの横浜の良心っていうね、
いい心の方ですよ。
はい。
って言われるぐらいの存在だったわけなんですよ。
で、まあカジさんがいるものの何やっても勝てない。
あのアメトークでさ、あのカープ芸人が流行った時あるじゃないですか。
カープ芸人、あの要は広島のね、東洋カープが全然勝てないんだと。
弱いんだけど応援するっていうね、そういう企画でしたよね。
でもその中でも、え、でも別にさ、最下位ではないよねみたいな話があったわけですよ。
で、最下位はいやいや横浜さんがいるんでねみたいな、
そうやっていじられるみたいなね。
はい。
あの当時のその弱いチームを応援するっていうその愛をね、競うような企画。
中でもあのさらに下がいるぞっていう感じでいじられてた横浜なんですけど。
ずーっとね、勝てないままで。
で、2012年についにというべきか。
ベイスターズの変革
はい。
あの親会社が変わります。
今のDNAですね。
はい。
で、これによってですね、チームがやっぱり大きく変わりました。
もう13年前になるんですね。
びっくりしますけど。
はい。
で、もうはっきりわかりやすくチームを育てる会社がついてくれて、
お客さんとか見るともう明らかですよね。
今はもう横浜スタジアム満員が当たり前みたいになってますから、
本当にこう多くのファンが駆けつけるようなチームになって、
ガラッと様変わりして、
勝てないせいか暗いイメージもついてたベイスターズですけど、
本当に明るいチームカラーというかね。
のびのび野球をやる。
のびのびと言うべきか大雑把と言うべきかというね。
そういうところまだまだ今でも課題としては残ってますけど、
とにかく大きく変わったわけです。
今の横浜明るくて、
みんなが楽しそうに野球をやるみたいな。
比較的大味。
要はこいつら面白いなっていうね。
そういう野球をするようになったわけですけど、
ただこの中でももともと暗黒時代を知るベイスターズファンとしては、
ちょっと難しいマインドになる時もありまして、
要するに勝てなかったチームを支えてた選手がどんどんいなくなってたわけですね。
これもうしょうがないんですけど、
やっぱ僕はその暗黒時代勝てなかった時に、
このチームが強くなるところが見たいって思ってたんですけど、
だからすごく夢を託すような選手がいっぱいいたわけですよ。
うん。
なんだけどそういう選手がDNAになってからやっぱ離れていく。
まあその戦略外、クビですよね。
になったりとかして、
新たな選手が入ってくる代わりに、勝てなかったチームを支えてくれた選手っていうのはいなくなるわけですね。
西も2009年を最後に横浜今度離れて、
横浜の歴史と成長
アメリカの独立リーグで活躍というか、その場を移したりしてたわけですけど、
2012年からDNAになって、チームを様変わりするものの選手の入れ替えでね。
血の入れ替えですよね。
そこでファンはさらに切ない思いをしたりしてたわけですよね。
そこから切なさもありながらでもずっと応援してきてて、
初代監督中畑さんね。
次の監督ラミレスさんね。
この前まで監督をされてた三浦大輔と続くわけですけど、
だんだんチームが強くなっていくっていうところは見れてる気はしますね。
ここ何年かもうAクラス、いわゆる3位までに入るっていうのは常連となってきているので、
まだまだファンとしてはね、本当に強いチームっていうのは優勝しないとそう思えないなっていうところありますけど、
でもだんだん力はつけてきてるんじゃないかなと思います。
12球団、セリーグ・パリーグありますけど、その中で今一番優勝から遠のいているのが横浜ですね。
1998年のリーグ優勝最後に遠ざかっているわけですけど、
やっぱり一番DNAになって大きかった出来事っていうのは去年のね、日本一。
どういうこと?って思われる方いますけど、
リーグ優勝しなくても、クライマックスシリーズっていうのがあって、
1位から3位のチームが戦って、その中で勝ったチームが日本シリーズっていうね、
最後の日本一を決める試合に出れるわけですけど、
去年3位だったわけですよ。なんですけど、クライマックス勝ち上がりまして、
日本シリーズに出場してね、
強い強いソフトバンク・ホークスをそこに勝ってね、日本一を手にするわけですけど、
やっぱり最近の中でのハイライトがそこの日本一になってくるかなとは思います。
本当にあの時勝てなかったチームが、西が入った頃は勝てなかったチームが、
ここまで来たかっていうね、あの考えはすごくありましたね。
まあその強くなる過程の中でもですね、
例えば2021年から23年までは西がね、2軍の監督を務めたりして、
まあちょっと僕個人としては本当にワクワクするようなこともあったわけですけど、
そんな中でね、まあただ今年もね、残念ながら2位という形でリーグ優勝はできなかった。
で三浦監督がね、変わるということで、また今度は相川監督っていうのになって、
来年をね、はい迎えるわけなんですね。
そんなね、横浜のその勝てなかったチームが、それでも日本一をね、3位からではあるものの去年手にして、
で今年もまた悔しい思いをして来年に挑むっていうね、
そういうまあストーリーがあるんですけど、あのぜひね、聞いてる皆さんもね、あの応援してあげてください。
横浜まだまだ強くなれると思います。
あの時あんだけ勝てなかったんだから、もっといいね景色が見れると一番はね、あの強く願っていますので、
一緒にね応援してくださるといいなとありがたいなと思いますね。
とりあえずここまで、横浜DNAベイスターズ、僕とベイスターズのね、物語をざっくりではありますが、説明させていただきました。
ファンの願いと未来への期待
ご清聴ありがとうございます。
コーヒーのお供に。
はい、というわけでね、あのエンディングでございます。今回のね。
いつもとちょっと構成も若干ちげえじゃねえかっていうね、話では。
あるんですけど、どうでしたかね。さっそく一人喋りね。
というかまあベイスターズ喋りね。どうなのかなこれね。
まあ本当に好み分かれるというか、なかなかね。
まあでもあのなんつーの、捨て回ですから。
最初から言うと、はい。あの全然聞かなくてもいいよっていう回なんで、まあそれぐらいね。
あの好きなことをお話しさせていただければよかったのかなと思っております。
はい、まあ僕自身は非常に楽しかったです。
久々にね、人前で横浜についてね、しっかりお話しすることができたんで。
あとはまあ、何ですかね、今度また一人喋りする時あれば、
そうね、コーヒーのこととかもちょっと喋ってもいいのかもしれないし、
また好きなものをね、お伝えできればいいなと思っております。
はい、というわけで、終わりの時間が参りました。
寂しいですね。泣かないで。サンスはみんなの心の中にいるから。
いるから、またやるから。
泣かないでっていうところはあるんですけど。
相変わらずね、コーヒーのものは続いていきますので。
変わらずね、4人会であったり2人会であったり、形を変えて続きますから。
みなさんもね、ぜひお付き合いしていただきたいと思います。
一緒にね、荒れ果てた荒野をね。
なんで荒れ果てたって言いたくなるんだろうっていうところはあるんですけど。
ポッドキャスターの大海原をね、ともに進んで参りましょう。
はい、最後にですね、そうですね。
やっぱり、僕の最終的な夢は横浜の監督。
僕あれですけどね、中学の時野球部に入ろうかと思って、でも坊主が嫌でやめた口ですけどね。はい。
28:21

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