1. なつなのこのままでいいのかラジオ
  2. #17 何もしない時間に、後ろめ..
#17 何もしない時間に、後ろめたさを抱えていた話
2026-05-10 24:09

#17 何もしない時間に、後ろめたさを抱えていた話

なんにもしないことに、後ろめたさを抱えてしまう——

そういうこと、ないでしょうか。


休みの日でも、なんとなく手を動かしてしまう。

何かをしていないと、落ち着かない。


今日はそんな、「何もしない時間を作るのが

苦手だった話」をしてみます。


動いていないと、自分には価値がない気がしてしまう。

そういう感覚が、いつの間にか

休みの日にまで染みついていたのかもしれません。


だらだらと、なんにもしないの違い。

家好きフリーランスの、ちょっとした朗報。

そして、自分に許可を出すということ。


なんにもしない時間にソワソワしてしまうあなたに、

何か届くものがあれば嬉しいです。


▷ 毎週日曜20時配信

「このままでいいのかな」とモヤモヤしている30代女性と、

正解のない問いを一緒に考えていくラジオです。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

このエピソードでは、フリーランスのなつなさんが、何もしない時間を作るのが苦手だった経験について語っています。生産性を重視するあまり、休みの日にさえ何かをしていないと落ち着かず、罪悪感を感じてしまうという悩みを抱えていました。その結果、休むべき時に仕事をしたり、逆にSNSをだらだら見てしまったりと、真の意味で休息できていない状態に陥っていたといいます。しかし、思考を巡らせる中で、「だらだらすること」と「意図的に何もしない時間」は全く異なると気づきます。後者は内省や自己との対話の時間であり、読書や窓の外を眺めることも含まれると定義します。この「何もしない時間」を自分に許可することで、心が充電され、結果的に良いアイデアが生まれたり集中力が増したりすることに気づき、その大切さを実感しています。また、家が好きで引きこもることが節約にも繋がるという自身の特性にも触れ、何もしない時間を家で過ごすことが自分に合っていると語っています。最終的に、何もしない時間にも価値を見出し、自分自身に息吹を与えるような時間として捉え直すことで、より充実した日々を送れるようになったと締めくくっています。

何もしない時間への苦手意識と罪悪感
連休中に、何もしない時間を作りました。
後ろめたさもありつつ、ですが。
なつなのこのままでいいのかラジオ。
皆様こんにちは、なつなです。
このラジオは、このままでいいのかなと思っているあなたと、
正解のない問題について一緒に考えていくラジオです。
今日のテーマは、何もしない時間を作るのがとっても苦手だった話。
です。
何もしない時間というのを、皆さん作れたりしてますでしょうか?
何もしない時間といっても、
SNSを見て過ごすとか、そういうことじゃなくて、
こう、SNSを見る時間以外で何もしないというか、
ちょっとこれは後で、私の中の正義もお話ししようと思ってるんですけど、
私は結構ずっと苦手で、
休みの日、今フリーランスなので、
休みもないっちゃないんですけど、
基本的には1日ぐらいは週に休もうかなと思っていて、
その休みの日でもなんとなく手を動かしてしまったりとか、
何かしてないと落ち着かないみたいな感じがありました。
SNSをダラダラ見たりとか、そういうことはしちゃうんですけど、
そうではなくて、きちんと自分を休める時間としての何もしない時間。
ただ、これやろうとすると何となくソワソワしてしまって、
また仕事をしたり、SNSを見たりとか、
何かそんなことをしてしまっていたなぁと思います。
今もあるんですけど。
じゃあそれがなぜ落ち着かないのかということについてちょっと考えてみました。
これをしばらく考えていた時に、
なんとなく根底にある思い込みが一つあったなぁと思うようになってきました。
それは何かを生産していないととか、
何かをしていないと自分にはバリューがないという感覚でした。
これは仕事の文脈の話だけではなくて、
休みの日だったりとか仕事以外のことにも感じていました。
なんとなく生産性がなければいけないというか、
生産性を高く持たないといけないみたいな感覚が、
この意識に仕事以外の時間にも染み込んでいたなぁと思います。
なので何もしないことに後ろめたさを感じてしまっていたのかなぁと個人的には思ったりしました。
じゃあこれがあるとどうなるかというと、
休もう休もうとするたびに、
なんとなくプレッシャーがかかるというか、
そうすると大きく分けると2つの逃げ方というか、
回避の仕方みたいなのをしてしまったんじゃないかなと思います。
1つはシンプルに仕事をすることですね。
休みのはずなのに気づいたらパソコンを開いて、
ずっとやりたかった作業をしていたりとか、
考えたかったことを考えていたりとか、
特に今自分の好きなことを仕事にしているので、
そんなに苦悶なくできてしまうというところも結構ポイントなんだなと思います。
なので、なんとなく仕事、休みの日もなんとなく全部休むみたいなことは本当に基本的なくて、
気づいたら仕事しちゃうみたいな、
これって休みじゃないよなぁと思いながら、
でもずっと仕事しちゃうみたいな。
特にフリーランスという働き方なので、
仕事とフライベートの境界線が曖昧になりやすいというのも、
少し大きい点か、結構大きいんじゃないかなと思っていて、
ちょっと確認とか、ちょっとだけこれ考えようかなとか、
これやりたかったんだよなとかっていうのをやっていると、
いつの間にか数時間そのまま仕事をしていたりとか、
でも結構気持ち的には休みの日の仕事って感じなので、
めちゃくちゃ集中してやろうっていうよりかは、
ちょっとダラダラ仕事するような、
休んでいるのか働いているのかどっちでもないような状態で、
数時間過ぎているっていう感じですね。
もう一つは、仕事をしない代わりにSNSをダラダラ見る。
それがダラダラ見るというのが結構ポイントですね。
これはプレッシャーから逃げたいなーだったりとか、
っていう気持ちがよく現れているんじゃないかなと思うんですけど、
別にSNSは私そんなにめちゃくちゃ好きなわけじゃなくって、
普段からすごく見るわけじゃないんです。
インスタグラムもお仕事の一環で少し見たりとかっていうのはあるので、
どちらかというと仕事関連になることも多いんですけど、
この時はもう本当にずっとダラダラにショート動画を見ちゃうとか、
気づいたら1時間経っていて、
わーなんかこう絶妙な気持ちになるみたいな。
しかもこれは特に何かしたくて見てたわけでもないので、
本当に絶妙な気持ちになるっていうのがありますね。
この2つ、仕事をしてしまうのとSNSをダラダラ見てしまうっていうことは、
結構真逆の行動のように見えるような気がするんですけど、
どちらも何もしない時間にはなっていないということですね。
仕事をするっていうこともSNSを見るっていうことも、
どちらも何となくの違和感というか、
罪悪感というか、
何かね、そわそわする感じ。
何かそれから逃げたいみたいなのにあって、
解消にはなっていないので、
何となく特に、あー休んだなーみたいな気持ちは、
「だらだら」と「何もしない」の違い
そういえば、フリーランスになってからというか、
しばらくないなーと、確かに今ふと思いましたね。
まだこの悪循環から抜け出したいとか、
完全に抜け出せましたみたいなのってよりかは、
まだカチューにいるなーという感じがします。
カチューにいるなーと言いつつ、
このね、ラジオを撮ろうと思ってそれについて考えていくと、
少しずつ気づいてきたこともあって、
だらだらっていうのと、何もしないっていうのって、
結構違うなーと思うようになりました。
前までは、だらだらするって、
イコールSNSをぼーっと見るとか、
思考とか意志とかは特になく、
何となく過ごすみたいなことなんじゃないかなと思うんですけど、
特に、よし、だらだらするぞって思ってだらだらするっていうよりかは、
気づいたらだらだらしているし、
それが、特に終わりもないみたいな、
よし、終わるぞ、みたいな、
よし、じゃあ何時になったからだらだらやめよう、みたいなのって、
あんまりないなーと、個人的に。
私だけかな。私はあんまないんですけど。
自分は選んでないのに時間が過ぎていく、みたいな。
ちょっと意志がないような、そんな感じかなと思います。
で、何にもしない時間って、
それと同じくくりで今まで考えていたんですけど、
改めて考えてみると、
私にとっての何もしない時間というものは、
それとまた違うなーというのも感じました。
何にもしない時間っていうのは本当に、
こう、だらだらする時間っていうよりかは、
自分の思考だったりとか、
内省が伴っている状態のことなのかなーと、
自分の中では定義していて、
ぼーっとしているように見えるかもしれないけど、
自分の中でいろいろこう考えていたりとか、
自分の内側に思考が、思考というか興味とか、
そういったものが向いていたりとか、
あと意図的に何もしないことを選ぶとかですかね、
なんかそういったことも、いわゆる何もしないの中に、
自分の手が入るかなーと思います。
なのでこれは、
人によっては何もしない時間に入らないかもしれないんですけど、
例えば読書とかもここに、私の中では入りますね。
インプットしながら、
自分の中でも、
あーだなー、こうだなーと考えたりとか、
自分の中の何かが動いているような、
そんな感じがしますかね。
外から見たらソファーに座って、
本を読んでいるっていう状態なんですが、
個人的にはというか、私の内側では、
本を通して思考が回っているみたいな、
そんな感じですかね。
それはダラダラするとかとは、
私の中では結構違うもので、
あとはぼーっと窓の外を見るとかね、
そういうのも何もしない時間に入るかなーと思います。
何か考えているようで、何も考えていないかもしれないけど、
でもその時間って結構大事なんじゃないかなーと思います。
ダラダラSNSを見るともまた違った時間の流れ方があると思うし、
同じ、自分の自覚しているように、
実は自覚していない思考みたいな、
SNSを見ている時間も何も考えていないし、
窓の外をちょっと眺めているときも何も考えていないかもしれないけど、
そこで得られるものみたいなのはちょっとまた違うような気がします。
一番わかりやすい違いはその後の感覚なのかなーと思いますね。
いわゆるダラダラした後、
SNSをぼーっと見たりとか、
なんとなく始まっていくような、
なんとなく終わりもないような、
そんなダラダラしている時間って、
絶妙な気持ちになるんですよね。
あー、自分疲れてたなー。
ダラダラ見ちゃったなー。
ちょっとこう、自己嫌悪でもあるんですけど、
そこまでこう、なんだろう、
重くも受け止められていないというか、
うわー、どうしてこんなに見てしまったんだ、
もうダメだみたいな、そんなところまでも思えない。
あー、見ちゃったなーくらいの、
そんな絶妙な気持ちになりますね。
でも一方で、何もしない時間を過ごした後って、
個人的には少し充電された感というか、
なんとなく満足感というか、
そんな風に思うので、
もしかしたら周りから見ると同じように見えるかもしれないけど、
自分の中に残るものだったり結果についてはすごく違いがあるなーと思います。
この違いに気づくと、
何もしない時間っていうのを、
なんか外からずっと見ていた、
なんか何もしてないみたいだな、
っていうところで強大悪化を持つんじゃなくて、
自分はちゃんと何かこの時間で進んでいたんだろうかとか、
まあ進んでないことも含めて、
意思を持って過ごせていたのかみたいな、
ところに焦点を当てられるようになってきたんじゃないかなと思います。
まあちょっとこれは余談のような話になってしまうんですが、
家好きフリーランスの節約と休息
私は外に出るとですね、
十中八九お金を使ってしまうという性質を持っていまして、
なんとなくカフェに入ったりとか、
あとちょっとこう、
いつも行かないスーパーに寄ってみるとか、
あと何でお金使うかしら、
まあせっかくだからちょっとここ行ってみようかなーみたいな感じで、
なので一番の節約は引きこもることという結論に最近は至ってるんですけど、
ここで朗報なんですけど、
私、家が好きなんですね。
なのでそもそも外にそんなに出たくないというのもあって、
こうフリーランス、贅沢でできるフリーランスのありがたみを感じつつ、
これが節約にもなるというですね、最高な状態なんですけど、
結構ね、これは個人的には、
家好きな人、もしかしたら共感してもらえるんじゃないかなと思うんですけど、
外もね、外で楽しいんですけどね、
なんか今まで自分の中、家の中にはないものももちろんあるし、
こう刺激だったりとか、今はこういうものがあるのかとかっていう発見もあったりとか、
ただ一方で結構消耗するというか、同じだけ、楽しいのと同じか、
それ以上に結構消耗してしまうというか、疲れちゃうんですよね。
シンプルに外に出ているのはとても楽しいですし、
刺激もあっていいな、たまには外にやっぱり出ないとなっていうのを、
外に出る度に思うんですけど、
ただ、やっぱり帰ってきた後の消耗というか疲れみたいなのは、
結構大変だなというか、
外に出ていた時間と同じくらい休まなきゃいけないので、
自分はやっぱりたまに出るぐらいがいいなと思ったりしますね。
家にいる方が自分の機材というか、パソコンもあるし、
デスク環境も整っているし、
あと、周りに人が基本的にいないので、
家にいる時間の方が自分のペースだったりとか、
周りを気にせず自分自身に向き合ったりとか、
仕事に向き合うことができているんじゃないかなと思います。
猫が5時ぐらいから起こってきたりとか、
ご飯食べた後にクソッと入ってしまったりとか、
いろんなことが起こるんですけど、
それでも家が好きだなと思います。
何もしない時間を家で過ごすということが、
自分にはとても合っているんだなというのを、
フリーランスになってからより一層感じたなと思います。
何もしない時間への価値観の変化と許可
それで、自分自身が何か結果を出さないととか、
何か動いていないと不安みたいなことを考える時間が
深く不良になってから、
もうちょっとそこの何もないというところにも
価値を感じられるようになるといいなというところを
最近はよく私自身が向き合っていることですかね。
何もしない時間に後ろめたさを感じるというのは、
結局のところ、何かをしていない自分はダメだとか、
動いていない自分、動いていると価値があって、
動いていないと価値がないという感覚が
染み付いていたからだと思います。
何かを生産しなければ、生産までいかなくても
それに向かって動いていなければ、
バリを出さなければという感覚。
これはもちろん仕事をする上で、
社会人をやっていく上で身についてきた感覚だなと思うんですけど、
それを仕事の中の話だけでなくて、
休みの日だったりとか、自分自身にも持ち込んでいたなと思います。
特にフリーランスや個人で仕事をしている方々は、
仕事とそれ以外の境界線が曖昧になりやすいので、
余計に出やすい感覚かもしれません。
最近は副業をしている方も多いので、
副業をしている方も当てはまるんじゃないかなと思います。
会社員の時にも似た感覚を抱えている方は多いんじゃないかなと思うんですけど、
休日にしっかり休めなかったりとか、
ぼーっとしていると焦ってしまうとか、
そういった感覚の方も多いんじゃないでしょうか。
まだ私もここは家中なので、
そんな何もしない時間にも何かが生み出されているとか、
価値があるというふうに心から思うところには
ちょっと時間がかかりそうだなと思うんですけど、
少しずつ何もしない時間もいいんじゃないかなとか、
何もしない時間もありだなとか思えるようになっていきたいなと思っています。
私の言う何もしない時間というのは、
本当に何もしないことが目的というわけではなくて、
自分の内側に矢印を向ける時間というのを意図的に作ることなのかなと今は感じています。
SNSをだらだら見たりとか、そういうこととも違って、
ただ生産的というわけでもないような、
そんな自分の心地よさとか、今どんな状態にいるのかを確認したりとか、
改めて自分自身に息を吹けるような、そんな時間なのかな。
自分にそういう時間を許可できると、
なんとなくよりうまく回っていくような、
余裕ができるような、そんな感覚もあって、
何もしない時間を過ごした後の方が、
いいアイデアが浮かんできたりとか、集中できたりとか、
そんなことも増えてきたんじゃないかなと少しずつ思えてきていて、
その何もしない時間が実はすごく大切な時間だったのかなと、
ちょっとずつ実感もあるので、これを続けていけるといいなと思ったりします。
あなたは何もしない時間というものを一週間の中で作れているでしょうか?
一週間の中ででも、一日の中ででも、
一ヶ月の中ででも、これは人によって心地よい、
違う、危機感みたいなものがあると思うんですけど、
作れているでしょうか。
それとも、どこかで後ろめたさを感じながら、
つい何かをしてしまったり、
ているのでしょうか。
どちらが悪いとかそういうことではなくて、
今日の放送を聞いて、
何もしない時間っていいのかもとか、ちょっと大切かもと、
同じように感じてもらえたら嬉しいなと思います。
エンディングと日常の出来事
ということで、本日は、
何もしない時間を作るのが苦手だった話でした。
苦手だったというか、まだ苦手ではあるんですけど。
で、ちょっとね、放送の中でもお話したんですけど、
うちの猫がね、ちょっと、
2匹いるんですけど、
2匹いるとね、追いかけっこするんですよね。
で、もともと1匹の子が、結構吐きやすい子で、
で、もう1匹の子は全然吐かなかったんですけど、
ちょっとお年を、お年をというほどお年ではないんですけど、
ちょっとおじさんぐらいの年齢になってくると、
最近毛玉の吐き戻しももう1匹もあったりして、
毎朝どちらかの毛玉を吐く音か、
誰かのジャンプの着地点になるか、
なんかそんな感じで最近は起きているので、
大変賑やかで良いなぁと思って過ごしています。
はい、では今日も聞いてくれてありがとうございました。
夏菜のこのままでいいのか?ラジオ、お相手は夏菜でした。
また来週日曜日の夜にお会いしましょう。
ではまた。
24:09

コメント

スクロール