AIでブログ記事が書けると聞いて!
ちょうど働き者ラジオの「自己犠牲している」のエピソードを聞いてブログを書こうと思っていたのでちょうどよかった!
https://note.com/yamamotopotato/n/n5411e114f52f
サマリー
Chrisは、ListenのAIブログ自動生成機能を試すため、働き者ラジオで取り上げられた「自己犠牲」の話題について語ります。彼は少年野球の監督やPTA会長としての自身の経験を振り返り、一見自己犠牲に見える行動も、実際は「プラスマイナス」を計算した結果であり、自分にとって得があるからこそ行っていると説明します。肉まんやタオルの例を挙げながら、自己犠牲の捉え方は個人の価値観や打算によって大きく異なると結論付けました。
冒頭の挨拶と少年野球の監督業
こんにちは、おっさんFMのchrisです。 久しぶりのひとりボッツの更新となります。
今日は2月の20日ですね、金曜日。 今日が終われば3連休ですかね。
この3連休、週末には、うちの子供が所属している少年野球チームの 今季初練習試合が控えておりまして、
今シーズンは、私、監督を務めておりますので、 監督としての初試合ですかね、今季。
子供たちも楽しみにしているので、 私の方はね、試合の方をどうやっていこうかなっていう、
守備打順もそうなんですけど、チームの相手との連絡だったり、 試合をやるとなるといろんな調整事があるんですよね。
あと、今季初試合なんで、準備は大丈夫かなとか、 スコアブックとか、書き物系の準備とか、
大丈夫だっけとか、グラウンドに行くせっかりとかあったかなとか、 そんなことをチェックしたりして、
運営、いろいろとあって大変だなと思っておりますけども、 大丈夫でしょう。
今日はね、さっき近藤さんから連絡があって、 ビッスンで話しただけで、
ブログが書けるみたいな、 AI?ブログ自動生成投稿機能が登場しましたということで、
AIブログ自動生成機能の試用
なんとなんとと、そんなことがっていうふうに思ったので、 ちょっと試してみようと思って、
こうやって喋っております。 過去のエピソードからも作れるような感じではあったんですけど、
せっかくなんでね、最近のことを話そうかなと思って、 録音ボタンをポチッと押してるという感じですね。
ちょうど、ポッドキャスト関係で話したかったなと思ったことがありまして、 それを話そうと思っております。
というのは、働き者ラジオ、おっさんFMファミリーと勝手に言っている。
勝手に言ってるというか、おっさんFMのディスコードで、 工藤さんがファミリーに入れてくださいと言っていただいてますけど、
どっちかというと、働き者ファミリーというかね、 工藤文子さんの手のひらの上で踊っている組、踊り組の我々でございますが、
働き者ラジオの81回目、自己犠牲しないという話が面白かったんですよね。
働き者ラジオ「自己犠牲しない」の話題
もともとはポテトさんのノートのエントリーかな、ノートの記事で、 同じく自己犠牲しないという話があって、
すごく簡単に言うと、ご結婚されててポテトさんが肉まんを2つに割って、
旦那さんと分ける時に自然と小さい方を自分が、分けた時に50パーで、紙ではないので綺麗には割れないので、
小さい方を自分で取って、大きい方を渡した時に自己犠牲してるって言われて、
そういう時に無意識に自分が不利な方を選択するみたいなことがあって、そういうことを自己犠牲と呼ばれていて、
そういうのは良くないということを言われたと。生活の中で自分が我慢したら話がスムーズに動くことがいっぱいあるから、
いろんな自己犠牲を払っていたのだけど、それをやめてみたら意外といいところもあったみたいなことが書かれていて、
最後は例えばタオルかな、子供を拭いた後で、濡れたタオルで自分が拭くのは、洗濯物が増えるからついつい拭いちゃうんだけど、
自分が拭く時は綺麗なタオルを使いたいとか、皿のタオルを使いたいと思うし、そういう風にしたらいいんじゃないかみたいなことが書かれてたのかな。
そういう話をされていて、すごい面白かったんですよね。聞きながら、読みながら、私も多分ですけど、人から見たら、
そういう観点で言うと、僕も多分自己犠牲的なことをしている風に見えることが多いんだろうなと思ったんです。
例えば役割的なところで言うと、さっきも冒頭で言いましたけど、少年野球の監督コーチなんてのは、本当にボランティアの極みというか、
別に何の金銭的な報酬が出るわけではないんですけども、週末土日、朝から夕方まで子供たちのためにグラウンドに行って、
野球の指導とかお世話をして、何なら平日とかの空いている時間とかにいろんな調整ごととか、ことをやったりとかしているわけなんですよね。
結構様々なことに時間を使ってたりすると、その分、結局自分がやりたいことができなくなるというデメリットももちろんあるという感じですよね。
あとはPTA活動、私はPTAの本部もやってたりしたので、PTA会長も3年やりましたし、そういうのも含めて、
そういうのをやってたりするから、自己犠牲の人的に見られるんじゃないかなと思うんですけど、
実際のところ、絶対に自分がやらないといけないことではないし、確かに大変なこともいっぱいあるんですけど、
個人的にはあまり犠牲というか、そういう感覚で捉えたことはなかったんですよね。
僕の感覚で話すと、何かを行動する、別に何かを選択して何かをやるってことは、プラスのこととマイナスのことがどうしてもついてきていて、
僕的にはですね、瞬時に計算をして、私のスーパーコンピュータで瞬時に計算をして、
差し引きするとプラスの方が多い、つまり自分にとって得があるっていうふうに受け止められることの方が多いというか、
自身の行動と「自己犠牲」への見解
ほとんどのやる、そういうことをやってるっていう感覚でおります。
情けは人のためならずっていう言葉があると思うんですけども、ああいう感覚なのかな。
で、そのポッドキャストの中で、工藤文子さんが、自分が犠牲になって、人のために何かやってやること自体が目的になってしまうと、
みんなのために自分が大変な思いをしているっていうことがある種の快楽になってしまっているっていうこともあるっていう話をされていて、
そういうところもあることは理解はできるとは思うんですけど、僕的には結構自分が割とドライな人間というか、
人のためにやってるようで実は割と自己中心的とか自分のためにやってる部分があるのかなと思うんですよね。
そういうふうに置き換えられるっていうふうなことなのかもしれませんけど。
で、私的には本当に嫌なことは嫌ですってやらないと思うし、何かしら人から言われたり何かやらなきゃいけないっていうときに、
やった方が多分全体もいいし自分もいいことがあるっていう打算が働くんだろうなと思うんです。
例えば手元にさっきの肉まんの話で言うと、肉まんがあって2つに割って大きい方と小さい方を出てきたときに、
自分の妻だったり子供に大きい方をスッと渡したとして、そのときに自分の方が大きい方を食べたかったなっていう思いがあるかっていうと、
行動の裏にある「プラスマイナス」の計算
それがゼロじゃないと思うんですよね。自分が例えばすごく好きな肉まんだったりするとみたいな。
ゼロじゃなかったかもしれないけど、自分の大切な人が目の前でおいしそうに嬉しそうに食べる様子を見れるって言うんだったら、
自分の食べたかったなっていうマイナスの気持ちと差し引きで大きくプラスになるだろうっていう計算が頭で働くわけですし、実際にそうなんですよね。
逆に言うと渡す人が本当にどうでもいい人、分かんないけど、別にお腹がめちゃめちゃ空いてるわけでもない、全然知らないおっさんと分けてって言われたら、
多分自然とが大きい方を選ぶんじゃないかな。どうだろうな。その時にその人に大きい方をあげたらいいことがあるかと思ったら渡すかもしれないけど、
結構自分はそういう打算的な人間なのかなっていうふうに考えたりもしましたね。
なんで、自己犠牲ってなかなか大変、ポテトさんの話で言うと、自然とそういう計算というかそういうことって人間って考えると思うし、
別に自分が不利な方を選んで自分が犠牲になってるみたいなのはないのかな。逆に言うと行動一つ一つのプラスマイナスのボリュームっていうのが人の価値観に大きくよると思うんですよ。
例えばタオルの話だと、僕は洗濯物が増えることの方が多分ストレスがでかいと思うんですよ。自分だと。だから別に濡れたタオルで拭いても拭く方が僕はストレスが少ないんですよね。
具体例で見る「打算」と「価値観」
でも人から見たら、新しいの出したらいいのにって思ったりすると、洗濯することの方がストレスが少ない人から見たらそういうふうに見えるみたいなこともあると思うんで、
結構このね、なんか自己犠牲してるのかどうかは、やっぱ自分視点で考えた方がいい話だし、人を見てあの人犠牲を払ってるっていうのは、やっぱちょっと単純な話ではないかなというふうに思ったという感じでした。
なんかうまく話せないな。話をちょっとまとめようと思ったら、これね、ブログにちょうど書こうと思ってたんで、なんかいい機能ができたんで、これをいい感じにAIがまとめてくれるんでしょうか。まとめてくれるといいなと思っておりますね。
ということで、久しぶりの更新はこんな感じでございました。今日はオッサンFMの方も更新されていて、篠原くんのゲスト回の後編が公開されておりまして、健康の話をしておりますので、皆さんぜひそちらも聞いてください。では今日はこんなところで。
11:12
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