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  2. #378 日本の工業化は「ワタ」..
2023-02-20 10:18

#378 日本の工業化は「ワタ」のおかげ!?

2023.2.20収録。
こんばんわ♪ちょぼ先生です。
今日は、ワタと工業化についてお話をしました。
それではまた。

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00:26
はい、みなさんこんばんは。こんにちは。元公立高校理科教諭のちょぼ先生です。
ちょぼっとサイエンスのお時間となりました。皆様いかがお過ごしでしょうかということで、
今日からですね、月曜日ですね、また1週間頑張っていきましょうといったところでしょうかね。
今日はですね、ある植物をピックアップして皆さんにご紹介したいと思います。
その植物はですね、ワタでございます。ワタ、コットンですね。
青い木のワタ属の植物ですね。
種子作るときにですね、その種子の周りをですね、ワタ毛で包むのが非常に特徴で、
それを利用して着る衣服であったりとか、そういったものを作り出すね、
非常にね、肝心性に優れた植物なんでございますけども、
このワタのおかげで日本の工業化が進んだよと、その礎を築いたのはワタだよというのをですね、お話をしたいと思います。
日本にだけに限らずですね、このワタによって産業革命のね、要因となったのは、産業革命が進んだのもワタなんですよね。
当時イギリスではですね、そういった綿織物とかはインドから輸入してたんですけども、
これをね、現地生産で大量生産するためにはということで、
工業化が進んで自動食器っていうんですかね、自動で織物を織ってね、裁量に作って、
その影響でね、インドの綿織物業はですね、壊滅になったんですけども、
そのね、バッと広まったわけですけども、
じゃあ日本へはいつ頃こうね、ワタの栽培というか、ワタは伝来したのかということなんですけども、
日本にですね、ワタが伝来したのはですね、平安時代の初め頃なんですね、めちゃくちゃ早いですよね。
まあ言い伝えによるとですね、日本に漂着したインド人、
インドは当時からワタを使ってますから、日本に漂着したインド人がワタの種を伝えたとされてるんですね。
なんかね、昔の言い伝えだから、エビデンスもなんでもないんだけど、漂着した奴がワタの種を持ってたんかみたいなね、
そういうね、謎の言い伝えあるけど、まあそう言われてるので、平安時代から伝わったというわけなんですね。
この場所がですね、安一県の三河地域なんですね。
三河地域はですね、大地が広がってですね、灌漑が不十分で水が不足する地域だったんですね。
そのためですね、田んぼで稲作をするのに適してない地域だったんですね。
そこからですね、古くから乾燥に強いワタの栽培が行われてきたというふうに言われておりますね。
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こうして作られたのがですね、三河木綿ということをね、言われているわけです。
浜中西岸の静岡県の延州地域から八重河東岸の安一県の三河地域は古くからワタの産地だったというふうに言われておりますね。
そしてそのワタの栽培とともに綿織物が盛んに作られてきたというね、こういう歴史があるわけです。
この綿織物、トヨタ・サキチという方がですね、
トヨタ・サキチは母親が休む暇もなく綿を織っているのを見て、木製人力食器というものを発明するんですね。
これをもとにトヨタ・サキチはトヨタ自動食器を創立したんですよ。
勘のいい方はわかりますよね。
これがですね、後に世界的な自動車メーカーとなるトヨタ自動車の始まりなんですね。
これも工業家で自動車産業でしょ。
その沿襲地域、山名湖西岸にもたくさんこういう工業製品が多いですよね。
ヤマハとか鈴木とかたくさんありますよね。
浜松の食器メーカーであったメーカーはその技術を利用してオートバイや軽自動車を作り上げていったと。
これがですね、現在の鈴木なんですね。
川崎とかもあるしね、ヤマハもあるしね、たくさんありますよね。
もともとは面を折るための機械を作っていたんだけど、それを転用して自動車とかオートバイにしていったということで、自動車産業も綿のおかげなんですね。
さらにさらにですね、綿というものが地場産業も育てているということもはっきりしております。
綿はさっきも言ったように荒れた地でも高地でも育つ作物なんですね。
しかもですね、最初に言ったように換金性が高いんですよね。
あってね、種子を包む綿毛をですね、それを取り出して糸状にして切るものを作ってそれで売るんでしょ?
めちゃくちゃこれ儲からんみたいなね、換金性すごいよねみたいな2倍3倍の価値になりません?
ただの綿毛だったりとかね、折り物を折ってね、色んなカラフルなやつ作ったりとかね、そういったものを作り変えられるからすごい換金性が高いんですよね。
商品になるということで、戦国時代から江戸時代になって各地の大名がですね、綿を栽培しようということを奨励したわけなんですね。
日本に綿が伝来したのはさっきも言ったように平安時代なんだけど、地域限られていて、三河とか沿州地域とか限られていて全国には広まってなかったんですね。
全国的に見ればまだまだ綿というものは非常に高級品で、中国とか朝鮮からの輸入に頼っていたんですね。
だから綿折り物っていうのはそもそも高級だったんです。
その全国各地で綿を広めようということで、戦国時代から江戸時代の大名は綿をどんどん作れっていうことを奨励してからですね、綿の栽培がですね、バッと奨励して広まるとですね、
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綿折り物は庶民でも手の届くものとなったということなんですね。
強法の改革を行った八大将軍徳川義宗はですね、質素権威役に努めですね、木綿の着物を着ていたと言われております。
なので、質素権威役に努めている義宗が木綿の着物を着ていたということはですね、江戸時代の頃になるとですね、
それまで高級だった綿折り物は質素な衣類とみなされるくらいそこまで広まったということで、綿の栽培がそこまで普及したということになるわけですね。
江戸時代にはですね、各地で綿が栽培されたんですけども、特に盛んだったのは瀬戸内海沿岸や九州の関卓地で盛んに行われていたわけなんですね。
江戸時代にはですね、関卓作業というのは非常に広まりました。
江戸時代には浅い海を関卓して工作地を拡大していったんですけども、関卓地ってもともと海でしょ。
だからね、塩害が非常に影響があるんですよ、塩ですね。
でも綿はですね、非常に塩害に強いんですね。
ナトリウムイオンとかを体の中に入れ込んで、溜めて送ることができるので、非常に塩害に強いということで。
東日本大震災で非常に津波被害があったと思うんですけども、その時に津波ってもともと海ですから、
そうすると稲作地域とかですね、塩害の被害でもう稲作が育てられない、もう田んぼができないということになるんです。
で、綿を植えてですね、綿んぼプロジェクトだかな。
綿を植えてナトリウムイオンを吸い上げて、しばらくしてもう一回稲作に戻すみたいな、塩害がなくなったら稲作に戻すというプロジェクトをやっております。
それぐらい塩害に強いんですね、綿ね。
あるいは乾燥したところでも育つから非常に強い植物なんですね。
こうしてですね、広大な土地が寒沢地となってですね、綿の栽培によってですね、綿子防石業が盛んに行われるようになったんですね。
特にゼットナイ海とか九州でね。
この広い土地と機械産業と海運で、海に近いからもともと寒沢地だから、
輸送とかもね、輸出とかもね、もう簡単にできることができるんですよ、海に近いから。
だから多くの綿を栽培し、綿子防石業が盛んになる。
海運も非常に優れている。
ゼットナイ海も海荒れてないからすぐに生き生きすることができたので。
この全ての条件が揃ってますので、メリットがあるから、
こうしてですね、ゼットナイ海地域とか北九州工業地帯と呼ばれるものがね、社会で勉強したと思います。
その礎となったのも、この綿のおかげなんでございますね。
現在でもね、この地域の繊維業がまだまだ発達しておりますね。
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有名なのは今治タオルの愛媛県今治市や、
ジーンズや学生服で有名な小山県倉敷市、あと小島とかもね、小島ジーンズが有名ですよね。
いずれもゼットナイ海地域に発達したこの防石業で栄えた町で、
さらにね、この綿織物の衣服であったりとかそういったものも、
未だに発展して栄えている町ということになっているわけなんでございますね。
ということでですね、この綿が作り出した日本の工業家ということでですね、
自動産業の礎にもなっているし、工業地帯の礎にもなっているし、
今でも綿織物のものはジーンズとかタオルとかでね、そういったものが発展しているし、
綿は素晴らしい産業革命を支えていたし、ということでですね、
今日はですね、植物の綿についてですね、ご紹介いたしましたということで、
今日はこの辺にしたいと思います。それでは皆様さよならバイバイ。
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