はじめに:エゴ的な愛と本質的な愛
おはようございます。今日も聞くとホッとリラックスするラジオを聞きに来てくださってありがとうございます。心理セラピストの松川ちえです。
この配信もですね、入院前に取りためて、取りためております。ここまでかな、取りためられるのは。
はい、ということで、今日はですね、エゴの愛と本質的な愛っていう話をしたいなぁと思っています。
私がね、よくめいっこちゃん、今ね、4歳の一番下の妹のお娘ちゃんですね、めいっこちゃんに対して
すごく可愛いとか、すごくこう何でもやってあげたいとか、守ってあげたいとか、楽しい気持ちにさせてあげたいとか、
ハッピーにさせてあげたいとかね、いろいろ 思いますけれども、その
なんか愛の中にはエゴ的な愛と本質的な愛と2種類やっぱりどうしてもあるなぁと思ってまして
その話をしようかなと思います。 なんか簡単に言うとエゴ的な愛っていうのはもう1回も
エゴ的な愛の具体例と前提の間違い
転んで欲しくない いや転んで欲しくないんですよ、やっぱり
かわいそうだからね、痛いとかって泣いたり怪我したりしたらね、見てて痛々しいじゃないですか
自分の大好きなちっちゃい子が転んで怪我して、例えば血が出て泣いちゃってるとかいうのって見てて辛いじゃないですか、こっちも
なので 私がね、めいこちゃんに抱くエゴ的な愛っていうのはもう1回も転ばせたくない
1回も怪我をさせたくない 1回も嫌な思いをさせたくない
っていうのがエゴ的な愛ですね これは
自分のそのなんだろう、めいこちゃんとか子供とか 兄弟とか親とか
親戚とかね、まあそういったその被誤の対象みたいになっている人に向かうエゴ的な愛を
持つ人もいるし、あともちろんね自分にも向けちゃいますよね、これ当たり前ですけど、私も私に痛い思いして欲しくないし
辛い思いして欲しくないし 悲しい孤独とか感じたくない、やっぱりねエゴは思います
だけど、それをね思っちゃいけないとか、そういうふうにその愛情はエゴ的な醜い愛情だとか言いたいわけでは全くなくてね
それは全然いいんですよ、持ってても 持ってても全然いいんだけど、それは自分のエゴだっていうことも理解しておくべきかなと思うんです
だって1回も転ばないで人間が育つなんてありえないじゃないですか
1回も怪我をしないで人間が20歳まで全身にね小さな傷一つもつけないまま20歳まで育つなんてこともありえないわけですよね
それと同時に私自身のねこの松川知恵さんの人生も一個も嫌なことがないまま死ぬまで生きるっていうのも
多分不可能なんですよ 辛い思い1回もしないまま
人生全部ハッピーでいくっていうのも 多分無理だなと思うんですよね
だけどそのエゴはねエゴの愛はやっぱ無理なこと望んでるっていうのが一つと
あとそのなんだろうな 前提が間違ってるんですよね前提が
1回も嫌な思いさせたくない1回も痛い思いさせたくないっていう気持ちって
自分がその 私だったらねめいっこちゃんがえんえんって泣いてたり悲しそうにしてたら自分が辛いから
そういう思いをしてほしくないみたいなね自分を守ろうとしている エゴ的な愛になってたりするんですよ
またはめいっこちゃんの 再生力とか生命力とか柔軟性を信じきれてないっていうところから出てきてる
1回も転ばせたくない1回も怪我させたくないなんですよね 実際には本当は
本質的な愛の視点:回復力と信頼
私もそうだしめいっこちゃんもそうだしこれを聞いてくださっている皆さんも絶対そう なんですけれども
どんな場所からも回復することができる力があるんです 何があってもすごく辛いことがあったとしても痛い思いしたとしても
必ずね人にはそこからやり直す力とか
元のね元気な自分に戻ろうとする力とか 復活する力
自分の力を取り戻す力っていうのがね 必ずあるんです
そっちの大前提に立った時 つまり
怪我したら傷ついたら二度と立ち直れないんじゃないか 二度と立ち上がれないんじゃないかっていう恐れや不安を手放して
何があっても必ず大丈夫なんだっていうね 本質的な愛の視点に立った時に
エゴ的な愛でね転ばないように痛い思いしないようにっていうのよりもっと深い もっと安定的な
愛情みたいなものが出てくると思うんですよね この子は何か間違えても何か辛いことがあっても
人生で痛いことが起きたとしても 何があっても絶対に大丈夫だし
私はこの子の味方でいてあげようっていう気持ちで見守ってあげること そっちが本質的な愛かなぁと思うんです
もちろんね明らかにそれ間違ってるよとか 明らかにそれは痛いダメだぞっていうのをね
事前に年長者の知恵としてねアドバイスしたり止めたりするっていうのも もちろんやっていいんですよ
もちろんやっていいんだけど でも
まあだんだんね大きくなっていったら 子供って自分の目の届かないところでいろんな判断をしたり
いろんなね人間関係があったりいろんな出来事があったりしますよね そして私たち自身自分自身の人生っていうことを考えた時も
頭で考えるこうなったらどうしよう ああなったらどうしようっていうことを超えていろんなことが起きてくるのがね
この世の中だし人生かなぁと思うんです
想像もしてなかった出会いがあったり別れがあったり
ハプニングがあったりアクシデントがあったり ハッピーなことが起きたりアンラッキーなことが起きたり
あれあるんですよねそういうことが いろんなことがあってでもそれでも
絶対に自分は大丈夫だって 自分のことを本質的な愛で見てあげる本質的な愛で信頼してあげる
そっちの視点でね自分を見守ってあげるっていうのがすごく本当の意味で力になるかな というふうに思うんです
本質的な愛で自分と他者を見守る
なんかねー 私セッションしてて思うんですよね心理セラピストとしてクライアントさんのセッションしてて
何か辛いことがあった嫌なことがあった苦しいことがあった もしくはこれからもあるみたいな状況にあったりするじゃないですか人って時にはね
私の人生も360度どっから見ても完璧で何にも不安や何にも痛みが一個もありません っていう人っていうのはね私は見たことないんですよね
だからその 自分のことを嫌な思いさせないように守る
守る守るっていうふうに そういうふうにねエネルギーを使うんじゃなくて
何があっても私の中にちゃんと力がある 何があっても私は私の味方でいる
何があっても私は大丈夫っていうねその本質的な愛の視点で自分を見守ったり 家族やね友人を見守ったりということができるようになったらそっちの方が
いいんですあの1回も転ばないようにね1回も痛い思いしないようにね こっちに行ったら痛いかもしれないから行かないで行かないで行かないでみたいな感じで守ってあげるよりも
もちろんねすごいちっちゃい頃赤ちゃんの頃とかね守ってあげなきゃいけないと思うん ですけどでもねそういうのもね最初の本当に数年じゃないですかそういうふうに親が
コントロールできるのもね なのである程度成長したらもう
見守る信頼する本質的な愛の視点でただ見守るっていうのがね そっちの方が圧倒的に
いいのかなというふうに思っています はいということで今日ねこれを聞いてくださった皆さんもまずはね自分自身に
あなたは何があっても大丈夫だよって言ってあげて あなたのことを何があっても愛してるよとかずっと味方だよとか
いつも一緒にいるよっていうふうに まずは自分が自分に言ってあげてください
もしくはお子さんにね言ってあげるとか言葉にしなくても思っているとかそういうふうに して本質的な愛でぜひ過ごしていただければと思います
まとめとリスナーへのメッセージ
私自身もねもちろんあのずーっとね修行の途中というか まだまだエゴに振り回されることもたくさんありますけれども
本質的な愛の視点というのね忘れないように もしくはちょっと忘れちゃってたなぁと思ってもまた思い出せるような形でねやって
いきたいなと思っています はいそれでは今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました
じゃあまたねー