【再】#816. ネット時代の言葉遣い --- CMC (生放送のアーカイヴ)
2026-10-14 58:56

【再】#816. ネット時代の言葉遣い --- CMC (生放送のアーカイヴ)

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に
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英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。英語史をお茶の間に思ったほうに、英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は8月25日、金曜日です。いかがお過ごしでしょうか。
本日お届けする話題は、昨晩生放送で聞いていただけた方は、もうお分かりかと思うんですけれども、
5人で飲み会を開きながら、ネット時代の言葉遣い、CMC、生放送のアーカイブとしてお送りします。どうぞよろしくお願いいたします。
はい、みなさんこんばんは。今日はですね、いきなりの生放送ということで始めました。堀田隆一です。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。木曜日ですよね、今日はね。木曜日の夜ということなんですけれども、
今ですね、5人が私組めまして集まっておりまして、緊急で生放送お届けしようということで、いろいろな話で盛り上がっていたんですけれども、
今日のお題はですね、みなさん聞いたことありますかね。CMCという表現をするんですが、これ専門用語ではあるといっても、
もう我々がもう既に馴染んでいる、実は言葉遣いの形態ということで、逆に今さら初めて聞く方は、今さらこの用語何っていう思いになるかもしれませんが、
ネット時代の言葉遣いということでですね、このCMCに関して研究されている方、そして我々みんな関心がある、現代人ですね、
関心がある話題だと思いますので、これを掲げてお話しすることにしました。5名いるんですけれども、
まず、乾杯忘れましたね。じゃあこちら、乾杯いきましょうか、みなさんね。よろしくお願いします。乾杯!
今日もね、暑かったですからね。こちらにはですね、4名の、みなさんそれぞれの分野の専門家ということでですね、お集まりいただきまして、
では一人ずつ、片に自己紹介ということでお願いできますでしょうか。はい、英語や応用言語、言語に関するいろいろ研究しております。
金田拓と申します。拓と呼びください。どうぞよろしくお願いします。
はい、じゃあ拓さんに続いて、タタラと申します。オービリン大学で教えてますが、KOでも教えてますけれども、専門は社会言語学やメディアディスコースを研究しています。よろしくお願いします。
03:18
森田マストです。英語史に関心があります。よろしくお願いします。
大川俊と申します。何度かボイシンに出演させていただいております。よろしくお願いします。
はい、野田隆一です。それぞれ、広い意味では英語学の専門ということでですね、何か面白い話題でお話しできるだろうかというところで、今ちょうどタタラさん、そして拓さんもCMCということに関心があって研究始められているということで、
私も長らくこの話題、コンピューターミーディエイティッドコミュニケーションの略なんですかね。長いので。
要するに、第3のメディアというか、今まで従来は話し言葉、ティーチですよね。書き言葉というライティングということがあったんですが、第3の技術革新によって我々が既に馴染んでいるインターネットを利用してのコンピュータを通じてのコミュニケーションというのが出来上がって、
それなりに経ちますよね。20年、30年という形で。最初はネットの黎明期では、何があったんですかね。メールも早い方ですけれども、それ以前に、何ていうメディアですかね。
パソコン通信とか。
昔から電話とかありましたけれども、また新しいテクノロジーによって、ものすごく容易にできるようになったということで、ここのいわゆるサイバースペースとかネットスペースで使われる言葉遣いのことを広くコミュニケーションのことをCMCと名付けてみたということで、
この新しい第三のメディア、話し言葉、書き言葉、そして新しいもの。これも往々にして書き言葉ではあったりするんですけど、打ち言葉という言葉があったりしますけれども、ただやっぱり今までの書き言葉とはちょっと次元が違うという感覚はみんな持っていて、
06:02
一つネーミングを与えてしかるべきだろうというおそらく発想で、これももう20年、30年初めて出てから用語自体ですね、来ていると思うんですけれども、今も言語学界隈ではホットな話題ですよね。
常に新しいメディアというかSNSプラットフォームが生まれているということもあったりして、その中でのコミュニケーションというのは我々の本当に密着した言葉に関する話題の最たる関心事といっても、もしかしたら過言ではないかもしれない多くの人にとってというところですよね。
私はこの用語を本当に知っているぐらいの話で、そして言語学研究盛り上がっているなというところだけで、自分自身はそういう研究に直接携わっていないのでわからないんですが、今、たたらさんはこういう研究、もともとスポーツ実況、中継であるとかいうことにお関心があったということなんですが、今どういうモチベーションでていますか。
そうですね。最初僕がCMCを研究したのはちょうどミクシーとか、2000年前後ぐらいから2チャンネルとかが出始めたときにそこのやりとりとポライトネスの関連で論文を書いたりとか、仲間と研究発表したとか知っていたときはありました。
そこが一番最初かなと思ったんですけど、やっぱり1990年代後半からインターネット上でのやりとりというのが言語学の中でもかなり注目されていて、特に当時は若者言葉と結びつけられて、月刊言語とかそういうような言語学系の雑誌に特集とか組まれて、日本語学なんかも組まれてましたけど、そういう流れでちょっとやってましたけど、
しばらくそこから僕は離れて、スポーツ系のスポーツのメディアディスコースとか実況中継とかやってたんですけど、最近またスポーツの実況中継なんかでもCMCとかSNSとかそういうようなところが活用されているところが多いので、そういう研究発表とかもしたことがあるんですけど、
最近またCMCに関して深く研究しようとか調べようと思ったのが、ある本の中で一章分CMCについて書いてくれと言われて、それで勉強したっていうのがきっかけではあったんですよね。
2000年代最初の頃っていうのも、その時もかなり新しいことをやってたってことですよね。追いかけて。
ただ、そこから見ても様変わりしたというか、世界が変わったっていう感じなので、同じCMCという土壌でも、
09:03
この2023年とはずいぶん違いそうですね。
当時のCMCというと、2チャンネルだとまた違う全然言葉遣いが、成語とか定名語は禁止で、命令形とか汚い言葉で言わないと、ロムになる。
リードオンリーメンバーですね。
コミュニケーションから排除されるとか、そういうようなことが中心だったのかなっていう。
でもポライトネス理論とはめっちゃ相性が良さそうですよね。
2ちゃんとは、好きな音楽のミュージシャンとかのコミュニティとやっぱり敬語が出てくるとか、そういうポライトネスの関連とか、
そういったことも私は仲間とちょっと研究したことがあるんですけど、今はもう全然また違いますよね。
今思ったのが、これスピードが速すぎるんで、20年ですけど歴史研究できるじゃないですか。
我々の英語、英語史研究がありますよ。
だってもう200年とか言う単位じゃなくて20年で、テキスト昔ですから、
テキスト量も信じられないくらいありますよね、中世よりも。
そういう意味では全然歴史研究可能。
いけそうですよね。
歴史的な産物とみなされつつありますよね。
2ちゃんねんとかおちゃんねん、進化してるのかもしれないですけど、おかげで分かんないですけど。
今っていうのは、この2020年代ですか、のCMCという言葉で研究で来るんであれば、どういうところが焦点となっているっていうか。
カテゴリーとして、まずは文字でコミュニケーションする、つまりTwitterとかLINEとか、文字でコミュニケーションするようなタイプと、
あとはこのコロナになってからZoomとか、そういうような話し言葉のコミュニケーション、2つに分かれると思うんですけど。
本当に今2、3年ではいろんな学会とかでも、そういうZoomでのコミュニケーション、そういったことが注目されて研究発表してるとか、特別講演するとか、そういう先生が増えていますよね。
あとは書き言葉の方だと、やっぱ最近は、従来は話し言葉、書き言葉で2分されてたと思うんですけど。
やっぱり先ほど本田さんが言ったように、打ち言葉っていう、書き言葉的な特徴なんだけど、話し言葉がどんどん入ってくるみたいな。
そういうような研究っていうのもどんどんされているっていう、そういうところは最近の傾向かなっていうふうに思いますよね。
CMCが橋渡しになって、従来のメディアル、書き言葉と話し言葉を繋いで、例えば言語のバリエーションとか表現が移ったりっていうことはやっぱり起きてるんですかね。
12:14
そうですね。
言語変化の話題で、わりと歴史ともかかわりが深いところで関心は持ってるんですけども。
言葉の使い方なんかもやっぱり違いがあって、ネットジャーゴンが話し言葉的になってくるとか。
日本語で観察してるとそれはありますよね。流行語とかで取り上げられるものは多いですよね。
僕は本来はスポーツメディアとかそういうのやってますけど、ネットジャーゴンの言葉がスポーツ実況なんかでも使われるようになる。
そうですか。
例えば、回収するって言葉あるじゃないですか。
なんか増えてきましたね、最近。
コンバージョンの方ですか。
サッカーなんかでボールを奪い取るみたいな。
昔はサッカーなんかだと、例えばなんとか選手がボールを奪い取りました。
最近はなんとか選手がボールを回収しました。
あれ元々、突き詰めていくと、インターネット上での回収するって言葉が使われるようになってくる。
スラングですね。
スラッドジャーゴンですよね、確かに。
ネットジャーゴンで来て、そこから回収の意味がどんどん。
僕も詳しくはそこまで知らないですけど、ただ取り戻すってだけじゃなくて、
例えばドラマとかのネタを、副線があって回収するみたいな。
そういうところがどんどん増えていく。
今、一般語としても回収は増えてますよね。
回収って、もともと物語とかドラマで、副線を回収するっていう言い方じゃないですか。
作者としては狙っていたっていうところが、意図性みたいなのが強いのかなと思って聞いてるんですけど、
一般の使い方の回収って、割とただ取り戻すというか、奪い取るぐらいになって、
意図性とかは関係なくなったりして、
これ意味変化が起こってるなっていうふうに、ちょっとウォッチしてるドラマの一つなんですよ。
ウォッチですね。
回収っていう言葉がよく聞くなっていうことですよね。
たぶん2,3年前のスポーツ実況では回収って言葉そんなに使われてなかったと思う。
たまらんねーこれ。
すべてが仕組まれていたとか、先に計算されていたみたいな含みがあるので、そうじゃないときに使うと私は違和感があるんですよ。
たまたまっていう場合には、脱出したら奪ったとかのほうがわかりやすい。
ドラマとかでも、副線があって謎が解くと回収っていうのは、ここ数年のような印象がありますよね。
15:04
ドラマ界隈で流行ってきてる方は、やっぱりジャーゴンですよね。
ある分野で。
それが一般化してみんなが使うようになったっていうところはあると思いますよね。
そういう意味で言うと身近にありますね。
PMCとかネットジャーゴンから来ているっていう。
そういうネットジャーゴンがわかんない人だと、そのグループで排除されちゃうとかそういうところもあるんでしょうね。
今のは良い例ですね。もっとネットジャーゴンって言うと、単語とかで絶対に普段は使わないけどみたいなものを想定しましたけど。
回収は普段用語ですから、本来は普通の日本語。
それが意味拡張して日常的に使われる。
それは良い例ですね。
この話を聞くまで気づいてなかったです。回収って昔から当たり前のように使ってるものは。
私も意識してなかったですね。
回収ってやったら聞くようになりましたね。
そんな使うことの高い単語じゃないよね。
回収するとか。あんまり回収しないじゃん。
お客さんのお客さんを回収するとか。
そういう意味拡張してる。歴史とも関係してる。
関係しますね。これ意味変化ということでね。面白いと思いますよね。
普段にこれ起こってますね。気づかないレベルでいっぱい。
CMCですけど、これ聞いて他は皆さん何を思い浮かべる?
タクさんもこういう関心が。
実は最近関心を寄せて研究をしたりしてるんですけど。
具体的にどういうことをされてる?
実は私的なことで衝撃を受けたことがありまして。
自分が発したメッセージが自分の発した通りに受け取られてない。
これ自体は言葉ではあるあるといえばあるあるなんですけど。
話し言葉書き言葉とかだとある程度それを支配している規則っていうのが
割と確からしくわかっているという側面があると思うんですけど。
このCMCに関しては自分の全然意図しないところで
全然意図しない解釈が行われるっていうことが
本当に些細なところで本当に些細な変化が起きるっていうのが
自分的に結構衝撃でもあって興味を引かれたところでもあるんですね。
具体的に申しますのが文末に苦戦を打つか打たないかとか
あと2文があるときにその間をラインブレイカーの開業をするかどうか
あるいはそのまま続けるかどうかとか
そんな些細なことで受ける印象が結構違うらしい。
英語話者はどうも英語話者という言い方はちょっと乱暴なんですね。
割とデジタルネイティブと言われる世代は苦戦が打たれていると
18:02
どうも結構元になったピラディズ・ペイストっていう
結構すごいアーティクルがあるんですけれど
結構距離感を感じる、結構きつい感じがすると
ラインブレイクだとそういうことはあまりないっていうようなことが
そんなことを感じたりするぞっていう印象が結構私として驚きがあったんですね。
そんなことがあって英語圏でそんなことが言われていて
実はそれを検証したグループがいてどうも本当らしいと
私も実は今まだパブリッシュされてないんですけれど
それを日本語でやってみたら
どうも日本語のデジタルネイティブ世代もそれを感じると
例えばありがとうっていうのに対して
ありがとう何もなしって打たれているのと
ありがとう丸って打たれているのと
ありがとう丸だと本当はそんなに嬉しくないかもしれない
複雑だけれど
ここは社会的にありがとうと言っておくべきところだから
ありがとうって言ってるんだろうなみたいな
シンセアかインシンセア、シンテキンか含み
含意があるかどうかっていうところで
どうもピリオドが打たれていると距離感含意があるっていう風に感じる
そんな自分が意図したところではないところに
そんなことを感じるんだというところに
すいません一方的に大きさにしましたけど
あるんじゃないですかね
それこそ私靴下的な話になっちゃうんですけど
ちょうど大学に入った年がLINEができた年だったんです
そうすると高校まではメールでやり取りをしてたんですけど
大学からLINEをメディアにしてやり取りをするようになったんですけど
まさに今おっしゃったことは
私も感じますし周りもおそらくそれで使い分けをしていて
でも言葉が好きでゆえにやっぱりそういうことに
変に客観的に思っちゃうじゃないですか
自分で使っていても
なのですごくこう辛いんですけど
ちょっと自分の年配の人とかと連絡をするときは
それを気にせず丸は丸、悪点は悪点っていう風に決めるんですけど
同世代とかちょっと自分の人だと
それをつけなかったりとかっていうのを
自分でコントロールをそういうメディアだとしてます
もちろんもうちょっときっちりしたメディアだと
もうきっちりルール通りにやるんですけど
そういう本当のインターネット上のあるいは
そういうSNSとか
そういうふうに使い分けをしなきゃいけなくなっちゃってるっていうか
現実はありますね
私デジタル
イミグラント世代なのでネイティブではなくて
でもこれ結構研究の中で
イミグラントとネイティブっていう表現が
使われていて面白い
それも面白いなと思いながら見てるんですけれど
イミグラント世代に対して
ネイティブ世代の方がそこには感じる
21:02
そんなシンプルではないんだけれど
センシティブさはネイティブ世代の方があるっていう風に思いついて
なるほどというか面白いなという風にして
面白いですね
クテンの話出ましたけど
内言葉の中のトーテンの変化って最近結構指摘されていて
クテンではなくてトーテン
面白い
テンってやっぱなんとかですが
最近SNSとかネットとかだと
明日は一生懸命焼きそば作る
テンみたいな
従来の書き言葉のルールの
テンとは違うところにテンが打たれるようになってきている
そういう研究もあるんです
最初見た時ここにテンを打つ
何を表現しようとしてそこに
臨場感なんですよね
自分の気持ちは明日焼きそば作るぞ
そういう気持ちを作るってそこで止めて
体験のみみたいな感じ
そういうような話し言葉
臨場的な感じを作るためにテンを打つ
そういうような研究なんかも
結構社会言語学の分野からされている
面白いと思うのが
取決め的なものは特にないのに
君の名は○ってついてて
なんだこの○はみたいなことを言う人いない
どうなんですかね
それも世代もあるんじゃないですかね
若い世代だとそこに○があっても
やっぱ上の世代っていうのは
どこなのか分からないけど
SNSとかCMCに触れてない世代だと
なんでここにあるんだ
なんかじゃあモーニング娘○みたいなの
なんだこの○はみたいな
あったんですかね
結構斬新な○でしたね
考えてみるとね
今聞きながらふと思ったんですけど
和歌みたいのって
何区切れにするかっていうところで
修飾形を使うか連帯形を使うかによって
切れ方が違うっていう
やはり九頭天ではなくて
それこそ活用っていう文法的なことを使っていて
ここは絶対に余韻を出すために
修飾しなきゃいけないとか
逆に連帯形で止めなきゃいけないとか
いうのとかなり実は近いんじゃないかっていう
現代的な現れで
これは九頭天っていう
ビジュアルなツールでやってるに過ぎなくて
実はどこで区切るとどういう効果が出る
みたいなことって
日本語だけでもないと思うんですけど
日本語も和歌を思い出せば
そういうことずっとやってきたので
違う現れっていうか
使ってるツールが違うだけで
下は一緒で
意味変化と一緒で
使ってるああいう九天等天にも
ずっと使ってると
その意味がだんだん薄れていくみたいなのが
やっぱあるんですよね
薄れていったり
ちょっと機能が物足りなく感じちゃう
24:01
逆に言うと現代語は
修飾と連帯形が区別できなくなったので
しょうがないからかと思った
九天で区別するかぐらいの話かもしれなくて
実はこれはなんていうか
焼き直し?
同じことを違うことで
令和の焼き直しみたいな風に見ることは
できるような気はするんですけどね
日本は割とそれはやってきた気がするんですよ
今だとピリオドって本当に文法的な意味で打つ
基本的にオーソグラフィーでは
そういうことになってると思うんですけど
もともとは
修辞的に
ここで音声的に
ここで一区切りになるから
音声的な意味というか
音声的なものを象徴するために
ピリオドを打ったり
看板を打ったりっていうのが
もともとの起源だっていう風に
読んだことがあるんですけれど
そこにある意味戻ってきてるみたいな感覚は
ちょっとありますね
ただ面白いと思うのは
音声
具体的に自分で
コントロールすることもできますけれど
パラ言語的な音頭が高いとか低いとか
そういう自分が何か思わず
噂ってしまうとかっていうことがあるのに対して
ピリオドとかは打とうと思うから打たない
自分が打つつもりがなかったのに
思わず打ってしまったみたいことはないっていうのは
結構違うところかなって思いますね
そこは話し言葉の違うところかなみたいな
なんか今この5分10分くらい
頭にあんまり話聞いてなくて
全然聞いてなくて
自分のLINEを振り返って
今おばあさんが使い分けてる
まるのつけ方とかで言ってる
僕正直意識したことなくて
自分どうなんだろうと思って今分析して
傾向を見てみた
調査結果は?
調査結果はまずLINEから見ますと
一応この家族とのグループLINEみたいのがありまして
そこを見返していくと
まず妹丸つけてないですね
僕の場合はもしかしてつけてるかなと思ったんですけど
基本つけてなくて
もしくは文を連続する場合は
一旦1文で送って2文目送ってっていうパターンはありました
そういうのもありましたし
LINEだと1文ベースが多かったのは多かったんですけど
LINEは僕は丸つけて
結局なかったのが基本でしたね
丸がついてるのがあって
それは何かというと
この夏には遊ぶだけじゃなく
しっかり論文も書きます
家族にそんなテクニックするの?
なんとかしますっていう
敬語口調と丸っていう
だから無意識にそうやったんだ
僕唯一それから
なんとかほにゃららします丸ってなってて
同じ職場の先生にはどういうことかって言って
27:01
丸めちゃくちゃつけて丸のテーマつけて
ちゃんと無意識だったんですけど
してるんだと思って
絵文字とか使ってます?
結構LINEで見てたら
LINEでは絵文字みたいなのはそれほど使ってなくて
今Twitterも見たんですよ
Twitterは本来丸を置く位置に
代わりに丸を置かずに絵文字で
丸の代用を僕自身はしてました
基本は顔文字を置かない場合は丸ちゃんと打って
顔文字やる場合は丸は打たないっていう感じで
Twitterは使い分けて
Twitterはちょっと点とかもちゃんと打って
LINEよりちょっとフォーマル的にやってたのかな
やっぱり丸は
丸なしは違和感あったんでしょうね
顔文字つけたりとか代用してるんだなと思って
顔文字は完全にパンクチュエーションと思ってますよ
重ねない丸とは
そうですね
無意識にそうやってるんだ
丸プラスとか点プラスみたいな意味合い
という風に認めているので
僕は考えてないですけど
傾向はちゃんと自分の中でも読めて
今度からこれを意識しちゃうのが残念ですけど
今日本語の話
我々日本語ネイティブだと思うので
そこら辺が理解しやすいんですけど
英語でもやっぱりsureっていうので
sure何もないのと
sure periodで
印象が同じようにやっぱり違うらしいんですよ
そうなんですね
それも元は
なんていうか
特にエビデンスに基づいてるわけではなくて
こういう風に思いますよみたいなのに対して
じゃあ本当かどうかやってみようじゃんっていう人が
やってみたら本当にそうだったっていう結果が出て
日本語でも私
同じようなことを言ってる人がいて
本当にそうなの?と思って研究してみたら
調査してみたら
大学生を対象にして調査してみたら
本当にちょっとこれを人は
本当はそうは思ってないんじゃないかみたいな
結果が出てですね
これは日英っていう
言語特有の現象じゃなくて
打ち言葉というものに
共有
面白いなと思って
やっぱりですね
基本は書き言葉
テキストベースっていうことがありながら
即時性という点では
極めてスピーチというか話し言葉に近いので
近づけたいという欲求はあると
つまり情報量が話し言葉にすごい乗っかるわけですよ
5a色から始まってなんで
全て乗せられるんで
それが書き言葉の場合は急に制限される
ものすごく制限されてしまう
それを補うのに色々な弁法っていうのを
人間はやっぱり考え出すっていうことで
一番単純なのが
叩頭点っていうことだし
今テクノロジーで
絵文字とかね
簡単に出せるようになって
顔文字とかいうことも
加えて
なるべく
書き言葉なんだけども
話し言葉に近づけようという努力っていうか
30:02
今色々とトライしてる
試していて何がうまくいくかっていうのを
急なテクノロジー発達で
速いのスピードが
これ昔だったのも
200年単位で叩頭点みたいなものの
慣例を作っていくみたいなやり方だったんだけど
今そんなんじゃ満足できないぐらい
スピードが速いので
もう次から次だと
叩頭点も使って実験する
顔文字も使って実験すると
日本語は割と文字種みたいのも色々あるので
実験できるんですよ
色々と
英語の場合あまり
ローマ字系の場合ないので
大文字使うとか
そんなにすごくないので
ある意味リソースは貧困だと思うんですよ
日本語がすごく多いので
逆にバリエーションっていうか
作装しちゃうっていうところはあるかもしれない
ある程度落ち着くのかもしれないですけど
英語でも
昔は会社のロゴが大文字だった会社が
小文字にするとか
アディタスとか
確かに確かに
小文字の方がスマートというか
主張が強すぎる大文字だと
確かに
日本のドコモも
昔は大文字だったけど小文字になって
クリスタルなんかも言ってるんですよね
日本語はさらに漢字もカタカナも
ひらがなもあるし
いろんなバリエーションがさらにある
なんか欲求としては
表現したいみたいな
自分が思っていることを相手に
スピーチのように伝えたいみたいな
欲求があるなと思うのが
オーマイガードっていうのを
OMGって書くのが
これは書き言葉でもあるかなと思うんですけど
OMGみたいな風に
発音しているから
こういう風に綴るみたいな
Eから始まるような
OMGみたいな風に崩して
綴るみたいなものとかがあって
私一回ね
OMGじゃないんですけど
一度
英語詞の観点から
考えたことがあるんですよ
書き言葉と話し言葉の
ニゴシエーションってその時は名付けたんですけど
オーマイゴッドですよね
まずそれが
話で言ってたわけですよ
声でオーマイゴッドって言ってたわけですよ
それを文字に起こしますと
それがスペリングになります
これを省略して
OMGというような省略語ができます
これは完全に書き言葉の世界でできた省略語です
今のタクさんの話によると
これを改めて話し言葉に乗せて
しかもそれをちょっと崩すような形でやるっていう
何段階か往復して
今の表現ができてるっていう
例えば日本語の例で言うのは
お知見みたいなことで
33:00
落語研究会
これ最初は話し言葉でできて
すぐに漢字も当てはめるんですけど
誰が決めたか分からないですけど
最初に決めた人は
これいいなっていう直感で
口にしてみたわけですよ
漢字にはめたと
省略しましょうという時に
楽と研を取るんだけど
省略表現の漢字の書き方になるんですけど
読む時はこれを訓読みに変えて
お知見っていう風に
何回も行き来してるんですよ
絶対にこれは聞くことを経由しないで出てくる
これを何と表現しようかなと
インタラクションでもいいですけど
ニゴーシエーションと呼んでみたんですよ
ここは関係し合って
次なる表現がどんどん出てくるみたいな形で
これが起こりやすくなってきてると思うんですよ
そもそも橋渡し的なのが
CMCだから
悲し言葉とか書き言葉の
これは当然行き来しやすくなってきている
ということはあるのかなと思うんですよね
これはやっぱり書き言葉に成熟した
ある意味で教養ある
つまり文字を読める
識字度の高い社会ですよね
西洋だって日本だって近代以降ですよ
ここになって初めて起こり得る
新たな言葉の革新とか使い方で
しかもこの数十年で
一気にCMCみたいなものができて
また新たな言語変化も起こるし
さっきの改修だってそうだし
回路ができてきたんですよ
話し言葉と書き言葉の距離は
今までそこそこ遠かった
やっぱ別メディアだし
繋がるところはあっても
別メディア意識は強かったんですけど
橋渡しするメディアとして
CMC現れてきたのかなって気がするんですよ
数通しが良くなったっていう
逆に言うと話し言葉は軽い
それに対して書き言葉はちゃんとしている
みたいなところもあやふやになってきている
っていう副作用はもちろんある
そこはあると思うんですよね
インターネットとかでは
インターネットミームってあるじゃないですか
あれなんかでもスペースキャットとか
猫の動画とか出すよ
あれのアイムスリーピーっていうのが
文字で書かれている
アイムスリーピー
インターネットミームの中で
砕けた英語が
なんとかにゃんみたいな
そういうような猫語を作り上げる
言葉で
社会回想って言ったら変ですけど
言葉を作り上げる
一つのソシオレクトですね
ネット住民界隈のソシオレクトみたいな
面白いですよね
なんとかレクトみたいなのが
1次元2次元増えたんじゃないですかね
それこそさっきの
ピリオドを付ける付けない
もしくは顔文字を付ける
顔文字っていってもアイコンで顔文字を付けるのと
36:02
既存の文字を組み合わせて
何かしらの表情を作るとか
っていうのがあると思うんですけど
それに関してもやっぱり
使いすぎると
おそらくこの社会集団に属しているだろうとか
こういう使い方をすると
この社会集団自分と同じもしくは違う
みたいな属し方をしている
みたいなところすら
すでに派生しつつあるというのが
結構私は脅威
恐れるというか脅かすほうじゃない
いやーすげーなーと思いながら
僕も授業で
普通の対面でのインタラクションを
もちろんコミュニケーション系の授業で話しますけど
今年からCMCを
一コマ使ったんですよ
一コマ100分授業使ったんですよ
それでよく僕も授業準備してたら
CMCってこういう特徴あるよー
ってのをまとめていたんですけど
結局は対面のコミュニケーションと
何ら変わらないんですよね
やっぱり同じ言葉を使う人は
同じコミュニティに属せるみたいな
配慮なんかもやっぱり
対面のコミュニケーションでも
ネットのコミュニケーションの
対人に対する配慮っていうのが根底にあるんだ
だから対面で話し言葉でやるのも
内言葉でネットでやるのも
基本は同じなんだけど
メディアが違うから特徴がちょっと違うよ
みたいなそういうような結論が
僕の中ではかなり
強く出てきたのかなっていう
そういう印象はあるんですよね
今の話の中で思って
たくさん脅威って言いましたよね
ピリオド一つでどう思われてるか
確かにちょっと怖いなって思ったりするんですけど
よく考えると話し言葉の方がむしろ
それやってるじゃないですか
怖いろとかイントネーション一つで
こいつ何言ってんの?みたいな
イントネーションで聞かれたりするとか
しかもそれを自分が意識してないのに
やってる相手が呼び取ったり
自分が込めちゃったりするんですよね
話し言葉の方が声って情報量多いので
そこでむしろ
危険をむしろリスク全然
犯してるっていう感じはありますよね
ただ
コミュニケーションの量って
その3つのメディア
従来の話し言葉従来の書き言葉
そしてCMCっていうと
CMCの比重が
現代人は割と高まってきているっていうことで
ここに住んでいる
24時間の中でここに住んでいる
時間が長いので
こっちのやっぱり注意はいくかなっていう
ところでの
特殊性はあると思うんですけど
やっていることは
言葉だって
それこそ我々論文書いてて
これ一つ間違えたら
ゴロゴロ言われる可能性あるっていうことが
スペリングミスとか英語で書くと
というのがあったりするので
それぞれのメディアでは
やっぱり
タブーというか
ドボンポイントってあって
39:00
いいですねドボンポイント
ドボンポイントが
今だからみんなが注目しているのがたまたま
CMCなので
そこの一つの問題に
かなりセンシティブな神経質になっているけれども
ある程度
テクノロジーの進歩も落ち着くと
その辺も
そこそこのところに
収まるのかなと
特殊事情はあまりに進化が早すぎて
規範とか標準ができる
間もないっていうか
しかもその中に今生きちゃってるんで
厄介って感じるだけで
問題というか
構造は
ホライトネスの構造はあんまり変わってない
確かに
原田さんいうように思うんですよね
注目度は高いし
そこにかけている時間は
長くなっているので
やっぱりトピックとしては
盛り上がるっていうか
今日まさにそうですけど
さっきの東天の研究なんかも
焼きそば作る
天な気分です
みたいな
そういう変なところですけど
僕なんか高校生
小学生からトンネルとか見てましたけど
トンネルが
明日は飲みに行く
みたいな
あったじゃないですか
そこのタイミングと被ってるんですよね
普通は使わないところに
そこにポーズを
トンネル座を置いてたけど
それが書き言葉
打ち言葉になって同じようなポイントで
東天が入ってるっていう印象を僕は
持ってるんですよ
話し言葉打ち言葉も対してそんなに
構造的には
根底にあるホライトネスとか
グループに所属する意識とか
そういうのもありますけど
実はそんなに変わってないんじゃないかな
新しいメディアで出てきてから
注目されてる
そういう印象が
僕の中にはあるんですけど
僕もそこまで専門的に見てるわけじゃないので
わかんないですけど
みたいなは
大流行りしましたね
やっぱりこう
メタ的なところもあるじゃないですか
言っておきながら人が言ったら
自分で落とす
引用みたいな感じで
その責任を取らない
文化みたいな
ホライトネス的な分析はできそうだよね
自分は
中心部というか
インボーブされてはいないですよみたいな
保険をかける
あそこから
みたいなが炸裂しましたね
日本社会は
本当そうですよね
トンネルズ発信だったんですかみたいな
みたいなはトンネルズ
完全に同じ世代なんで
同い年なんでトンネルズですよね
みたいなは完全にそうです
それ以前なかったです
みたいなでやっぱ落とす
自分が言ったことを落とすんです
みたいなで
断言じゃなかったんだっていう
今日は特等飲んじゃうぞ
みたいな
それみんな爆笑するんですよ
42:01
飲むのか飲まないのかわかんない
今の間も結構重要
見たいなってすぐつなげちゃうと
多分今の面白さは出てくる
それを点で表すっていう
そういうことも似てる気がする
元はでもなんか
習字法とかでそういう今の
ここでひとこ記憶みたいなところで
打ってたらしいんですよね
でも確か中世の写本だと
基本的には行き過ぎのタイミングで
パンクシチュエーションっていうのは
文法じゃないんですよね
行き過ぎなんですよね
レトリックのセオの伝統なんですよね
そこからずっと
ストラクトも西洋では
続いてると思うんですけど
英語もね
イッシュっていうのを最後につけると
そんな雰囲気出るんですね
7時ぐらい
レッツゴーアウトドリンク
イッシュ
写真ないといけない
こりゃついてきてくれないかな
みたいなとき
イッシュってやったら自分守れる
面白いですね
だけど
日本語のみたいな
感じにはなってない
イッシュはそこまでの
一般性を帯びて
英語社会に
浸透していないと思うんですけど
最後にイッシュで濁す
みたいなとか
知らんけどみたいなのも近いと思うんですけど
知らんけどね
全部同じ
語彙論的な欲求に基づくとは思うんですけどね
いろいろ分析
日本語でもあるじゃないですか
みたいなもそうだし
知らんけどもあるし
知らんけどよく最近見る気がしますね
やたらと聞きますもんね
確かに
でもなんか私が結構
面白いなと思ってることで
今たまたま句点とかを扱いましたけど
英語圏でそう感じていて
日本語圏でもそう感じていて
あまり言語を問わず
そういうことを感じるっていうことが
いろんな言語で
そう感じているんだとしたら
これは結構
普段英語学とか
日本語学とかをやっていて
英語ではこういうことみたいなことを
調査することが多いと思うんですけど
なんか
もっと広い範囲で人間が感じること
みたいなのに迫ってる気がして
これはなかなか面白いなというのが
私CMCで今やってて
面白いなと思う
CMC自体もね
当然
インターナショナルというかグローバルで
例えばゲームなんかをね
やりながら
異なる言語のね
外やり取りするみたいなこと
シーンがあったとして
やっぱホライトネスって
どっかで出てくるじゃないですか
必ず
そうしたときにじゃあネット社会では
CMCではどういう
法略があるのかっていったときに
使える手段がやっぱり
ものすごくはないので
不当点とか
広くバンクチュエーションですね
大文字遣いとかも含めたバンクチュエーションって一つ
45:02
例えば英語ベースになるんであるよね
例えば共通言語は
そんなリソースないんですよ
日本語の方がやっぱり文字種もあるし
いろいろ実は
できるんですよね
本当も自由に出せるようになった
みたいなところは
一つ
これは本当CMCならではです
手書きじゃ
フォントっぽいいろんな細かいこと
出せないじゃん
丸文字にしたり
くずしにしたり
頑張っても
普通できないし
CMCを介して
表現力が高まっているっていうことなので
これを
ご要論的っていうか
いろんな役割スタイルのために
使うっていう法略は
これからどんどん
できてくるのかなと
リソースがテクノロジーによって
どんどん増えてきて
複雑化絶対するんですよ
複雑化するってことは
すればするほど我々
ある意味心理的に削られるってこと
そこでの人付き合い
これはいいところで止まってくれないと
いいやんまいの
複雑すぎず
簡単すぎずみたいなところで
最後は落ち着くと思うんだけど
今もう大混乱っていうか
大スピードなので
これはまあ
削られますよ
ネットだとやっぱ
話し言葉対面コミュニケーション
リソースが限られている中で
限られたリソースの中で
それをどう活用するかって
そこが勝負になってくるんで
それについていけるかどうかっていうのは
やっぱり一つの大きな問題ですよね
そうですね
本当に気使いますよね
テキストって
自分より目上の人に
砕けたメディアで
目上の人に連絡をするとき
これは
そもそも避けたほうがいい
いや砕けたメディアでなくても
フォーマルなメディアで
メールとかならいいんですよ
フォーマルなんで
時間もかかりますけどね
きちいした言葉でやれば
いいんですけど
もっとSNS上の
メディアで
でも目上の人みたいな人に
これは絵文字を使って
いいのかな
確かに
説明をつけたら
賢まってると思う
すごい悩む
気づいたぼより気づく
僕もホット先生に
DMとかで送るとき
ついついいつものスマホの中に
びっくりマークで送ることがある
びっくりマークやりすぎたかな
1個だからセーフかな
こっち丸したから
たまにびっくりマーク
2個分解して
こっち丸にしとこう
気使っていただきました
ありがとうございます
文字の選択とか
なんか面白いと思うのは
日本語でも英語でも
割と文の最後に
そういうマークをつけたがる
48:00
というのは面白いなと
全然言語が違って
例えばスペイン語とかは
最初にももちろんつけたり
後ろにもつけますけど
最初にもつけたりするけど
最後に泣きマークだったり
笑いスマイルだったり
つけたりするのは
結構面白いところ
かなりこれは
研究あるのか分からないですけど
ユニバーサルらしいですよ
ライトペリフェリー
レフトペリフェリー
というような
どっちに何を入れるか
プリンスも前に入れるとか
後ろに入れるとか
これは結構なところ
ユニバーサルで
前はアテンションゲッティング
的な名前をね
語尾
ライトペリフェリー
語尾の方で
一番語尾論的な
モーダルなところとかいうのは
あんまり変わらないみたいな
考察とかあったりして
だけど言語にほとんど違うかもしれないし
これ結構面白いんですよ
いわゆる情報
情報構造
イフォメーションストラクチャーとなって
やっぱり
左から右って書き言葉で流れるんで
どっちにこれを置いて
置いた方が戦略的に
良いみたいなところは
まあまあ人間心理をついた
ユニバーサルなところがあるとかね
ペリフェリーモーター
面白いんですよ
ペリフェリーも
いやそうですよね
なんかでもそれもやっぱり
統制されたわけとか
誰かに共有されたとか
教えられたとかではなくて
自然発生的には
もちろん周りを見て
自分が学んだみたいなことあるんですよ
自然発生的に全世界的に
言語とか文化とかいろいろあるんですよ
下から持ち上がってくる
形で出てくるというのは
なかなか面白い
人間の一つの心理に
近づいてる気がして
私はとてもエキサイティングだな
今まで語尾につけて
いたような
不当点とか英文字みたいな
これからは
文頭につけるように
今考えたらすっごいうるさいな
確かに
最後だから
気持ちを入れて許される
逆かもしれないですよ
気遣う時は最初に
スマイル
泣き
泣き
秘宝とかと一緒
確かに秘宝か
朗報
それアイコンで一緒にしてる
名前とか
重要とか
確かに
緊急とか
急がなきゃいけない
55歳とかはあるのかもしれない
ですよね
It's important
学生からの
要返信
そんなことあるんですか
要返信は
51:00
要返信が続くと
また要返信か
マモをしていく
マモ
いろいろ文字の大文字小文字とかも
カタカナも
全角と半角で
イメージ違うなと思ったり
なんちゃってって半角で
送ったり
半角のニュアンス
小言的な感じ
アイコニシティで
ちっちゃいので
大した意味を込めてませんよ
とか
まともじゃありませんよ
2000年ぐらいの
SNSが
普及しだしたときの
お疲れ様とかでも
おなんかを
小文字にするとか
そういうのあったんです
おだけ小文字
母音のあいうえおだけ小文字にする
あれなんか
めんどくさいじゃないですか
ポライティネスの観点からも
結構議論されていて
ありがとうとか
あとうが
めんどくさい
それは
わざわざ小文字にするまでの
労力をかけてまで
あなたにメッセージ送ってますよ
みたいな
ポケベルなんかでも
そういうのいろいろあったり
だから
全角で送ったほうが
楽じゃないですか
普段の手紙なんかでも
長い文章のほうが
相手にこれだけ労力を
使ってますよってことを示す
それと同じ
動機づけなんですよね
変化も
多いじゃないですか
そういう動機づけがあるってことは
よく言われてます
今この小さいありがとうで
小さくなったら
おじさん公文とか
顔文字使った
意図的におじさんぽく投稿してる
SNSの打ち言葉なんかもやっぱ
1990年代後半から
今までいろいろありますけど
いろんなポライティスな人の関連で
議論というのはありますし
欲求としては
ありがとうが社交事例的な意味ではなくて
私は本当にあなたのことを
感謝してますよということを
読み取ってほしいから
わざわざ装飾するわけ
これだけ使ってるっていうことを
示すために
これ面倒ですよ
話していれば面と向かって
ありがとうの言い方一つで
顔
雰囲気とか
本当かどうかみたいなのって
一発で見抜けるぐらいに
マルチモモダル
ものすごく情報量あるじゃないですか
それが制限された状態で
だけどテクノロジーによって
かなりの情報を伝えられるというような
54:01
ちょっと矛盾した状態になる
みんな頑張っちゃってる
頑張りすぎなんです
そう
そこは息苦しさみたいなのに
繋がっているのかもしれないですよね
SNSなんかの研究も社会言語学の中で
よくされて
LINEとかで友達に何かお願いする
ときの
送り方の研究とか
面白そう
ゼミの課題でこんなことがあるから
ちょっと協力してくれないっていうときも
一つの
吹き出して送るのか
それとも
ねえねえちょっと
お願いしたいことがあるんだけど
言ってから
送るのか
ねえねえちょっといい
相手の返信があるので待つのか
吹き出しを
連続して送るのか
もしくは吹き出し1個で
ねえねえちょっといい
ゼミで課題が出て
お願いしたいんですけど
一つの吹き出しで言うのか
それなんかも
結構人によって
どういう人にお願いするかによって
違いがあるとかそういうような
規範も標準もまだできてないし
教科書もできてないし
一つの吹き出しの方が
フォーマル度が高まる感覚がしますね
そうそう
仲いい友達だとやっぱり
小出しで行くみたいな
でもねえねえちょっといいだけで止まっちゃうと
友達もちょっと
既読しづらいみたいな
そういう動機づけがあるから
小出しで一気に
ねえねえちょっといいゼミで課題が出たんだけど
こうなんだけど
一気に送っちゃう
小出し一気型とか
小出し1個一気型とか
そういうのがある
個人的にささっきの
世代的な
ちょうど時代的な感覚で言うと
大体高校
大学ぐらいまで
メールである程度友人達とやり取りをしてた人たちは
基本的に
自分に連絡が来る場合は
1個の吹き出しで来ることが多い感じがする
でも自分より
2つ3つ下の世代以下になると
小出しになるんですよね
多分そこは
ちょうど自分の世代が
こういう使い方が分かれる
ちょうどラインになってるんじゃないかな
と
面白いな
話し言葉の
世代による
違いとかと
連動してる
この前先生も
メールで学生から来るときに
件名すらない場合もある
最近だと
件名の
必要性もあんまりないような
ラインとメールが
連動しちゃって
最近ふと感じるのが
自分同じラインをするのでも
自分がパソコンのラインを使って
パソコンで打つときとスマホで打つときで
自分の中でも変わってる
パソコンのほうがちょっと
57:00
フォーマルチック
無意識になっちゃう
ちょっとパソコンからやると
かしこまっちゃう
これをね
めんどくさい人とらえるか
チャンスだった
研究のチャンスだった
ダイナミックな分
面白いですけどね
生放送もう
56分で
終わりです
トータルで
29人
かなりこれはね
盛り上がりましたね
専門家とか言語学の
視点から
社会学とか
今の話題なので
聞かれている方も
発言したいという方
いたかもしれませんね
触ればよかったのかもしれないですが
コメントとか
招いてゲストで
声が出てくるみたいなこともあって
今日はねちょっと使えませんでしたが
このメンバーで
実は色々な話をね
収録したりしまして
非常に面白い話題ですね
これから近日中に
収録オープンということになるかと思いますので
お楽しみにしていただければと思います
今日はですね
豪華メンバーで
大変盛り上がりました
タイムリーな話題で
CNC
皆さんですね
関心を持ってまた聞いていただければと思いますね
こういう話題増えてくると思います
これからも
ということで
今日ここに居合わせていただいている
5人のメンバーの皆さんありがとうございました
ありがとうございました
実は皆さんも生放送ありがとうございました
ありがとうございました
58:56

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