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おはようございます。 英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック、言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。
去る6月10日、NHK出版新書、英語史で説く英文法の謎、なぜ三単元のSをつけるのかが発売されました。
発売前増殺がかかりまして、今第2釣りが全国実裏裏の書店に並んでおります。大変ご好評いただいております。
英語の語源がミニ・スクラジオヘルディオ、英語史をお茶の間におもっとうに英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は2026年9月24日、木曜日。皆さんいかがお過ごしでしょうか。本日の話題は、今滞在しているアイルランドに関係する話題です。
英語が今の今までの話の言語である理由、スイフトの失敗と題してお届けいたします。
アイルランド出身の文豪、ジョナサン・スイフト。この人は実は英語史でも登場する重要人物なんですね。
これに関して今日はお話しいたします。どうぞよろしくお願いいたします。
アイルランドはダブリンに滞在しております。ダブリンにゆかりのある文人を尋ねる旅へるシリーズとしてお届けしたいと思います。
今回登場するのは、ジョナサン・スイフト。1667年から1745年の人物です。
文人であり、政治家であり、そして大聖堂の主席司祭、ディーンでもあったという、なかなか一筋縄では行かない人物なんですよね。
ガリバーストラブルズ。日本ではガリバー旅行記と呼ばれている、大変有名な本の著者ですね。世界的に知られています。
おそらくアイルランド作家の中で最も読まれている大人から子どもまでということですね。そんな本なんではないかと思いますが、その著者ですね。
したがって文学史上、このスイフトは名高いわけなんですが、英語史の観点から見ても実はですね、重要な顔を持つ人でもあるんです。
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先日、ひと雨サッと降った後にですね、急に日差しが戻ってポカポカ容器になった午後、夕方だったんですけれども、私ダブリンにあるセイントパトリックスカティドロの前の公園に座っていました。
このベンチに腰掛けながらですね、セイントパトリックスカティドロ、セイ・パトリック大聖堂の建物の仕様を眺めていた次第なんですよね。
このセイントパトリックスカティドロというのは、アイルランドを代表する存在として、頭にナショナル、国立という冠もついているほどでですね、アイルランド国教会の中でも別格の位置づけを与えられている教会なんですね。
名前に含まれていますセイントパトリック、セイ・パトリックという人物は、これはもうアイルランドでは超有名人と言っていいですね。
5世紀にアイルランドにキリスト教をもたらした聖人、アイルランドで最も愛され尊ばれている人物と言っていいと思いますね。
大聖堂そのものは1190年に経っていますけれども、このセイ・パトリックの普及にゆかりのあるダブリンの地に建てられたということで、やはり関連はもちろんあるわけなんですね。
この大聖堂が経った1190年から数えても800年以上の歴史を誇るということで、ゆかりのあるそして有所正しい大聖堂ということです。
ここに実は入ってみたんですね。
外から眺めることはあったんですけれども、8月中は観光新増でここも結構混んでいたので、ちょっと時期をずらして9月になってから入ろうということで入ってみました。
私のお目当ては大聖堂のステンドグラスとかそういう壮麗な建築物としての大聖堂というよりも、中に実はスイフトのお墓があるということで、これを目指して入ってみました。
この大聖堂と深く結びつけられているのが今日の主役のジョナサン・スイフトなんですよね。
実は1713年にこの大聖堂の主任司祭、ディーンに就任しています。
このスイフトはイギリス政界にも深く関わっていた人物ということで、政治家でもあったので、そういう人物が聖職者としてこの座に収まるというのは当時反対の声もあったようなんですけれども、最終的にはこの職をしっかりと務め上げています。
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大聖堂の中にディーンということですので、歴代ディーンの一人ということでスイフトのお墓があります。
そしてこれ文学史上よく知られているんですが、ステラという女性と共にお墓で眠っているんですね。
となり合わせて、このステラという女性、スイフトとの関係が謎に包まれたままということなんですね。
実は密かに結婚していたのではないか、単なる親戚だったのではないかということなんですけれども。
そしてそのお墓を取り巻くコーナーは差し詰め、大聖堂の中なんですけれどもスイフト博物館のような様相を呈していまして、オーディオガイド付きの展示になっていたんですね。
スイフトについて改めて学ぶことができました。
さあここからは英語史の話題なんですが、英語史的にスイフトは実は大いに絡んでいるんですね。
このヘルディオっても前にお話ししたことはあったと思うんですけれども、この人は1712年に英語アカデミーの設立を提案した政治家としての顔を持っているんです。
英語史的にはここが大事なポイントなんですね。
イタリアやフランスでは既に早い段階で母語を統制するアカデミー、言語アカデミーが設立されていたんですね。
ところがイギリスにはこの時点でまだそうした機関が存在しなかったんです。
実はそれまでも設立の機運というものはないではなかったんですね。
とりわけお隣フランスが既に作っていたということでイギリスも実は作りたかったということはあるんですね。
ですが失敗してきたんですね。
そこでこの大物分人でもある政治家スイフトが1712年に英語を統制するアカデミーを作ろうという提案を出したんですね。
これが世に名高い1712年のプロポーザル for correcting, improving andascertaining the English tongueです。
これが前の世紀17世紀以来くすぶり続けてきたイギリスにおけるアカデミー設立運動の事実上最後にして最大の試みとなったと。
振り返ってみるとそういうふうに位置づけることができるんですね。
ただ結局のところこのスイフトの提案は通らなかったんですよ。
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これは性的からの反発もあったということもありますし、この提案の最大の理解者といってよかったアン女王が1714年に急世してしまって後ろ盾を失ってしまったということが大きいのではないかと。
いろいろ考え方はあるんですが最終的にイギリスは英語アカデミーというものを持つ機会を越えて失ってしまったということになるんです。
結果として英語は中央集権的なアカデミーを持たない言語となったわけです。
フランス語におけるL'Académie Françaiseのような上から言葉を統制するという機関が存在しないままに、その後英語は現在に至るまで言語としてはいわば野放しの状態。
上から何か統制が入るわけではないという、よく言えば自由ということですが、野放しの言語になったということですね。
もちろん上からの統制がないというだけで、下からの寛容を重視する規範みたいなものはその後形成されていくことにはなるんですが、トップダウンではなかったというところが英語のポイントですね。
考えてみると18世紀初頭の時点ですよ。英語は国際的にはまだフランス語の後陣を背していたわけですが、
我々は21世紀の人間として知っているように、この後一気に英語が勢いをつけて世界中に広がっていく、世界語となっていくというタイミングだったわけなんですが、
そんなことも知ってか知らずか、おそらく知らなかったでしょうね。
当時の人々はこの英語という言語をいわば野放しの状態にしておいた、それを決定したのがこの1712年のスイフトのプロポーザルの挫折ということになりますね。
その意味では1712年、そしてスイフトという人物は英語史上、象徴的な意味合いを持って解釈されるべき都市であり、人物であるということになります。
このスイフト、英語史ではこんな形で実は登場してくるということなんですけれども、他にも英語史関連で面白い顔を持っています。
実はこのスイフトという人は大の短縮語嫌いなんですよ。クリッピングといいますか、単語を短く縮める現象ですね。
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要するに短縮語、省略語、今では英語でも日本語でもたくさん存在しているわけですけれども、これを真正面から非難する文章まで書いているということなんですね。
アカデミーを作って英語をきちんと統制したいという発想の持ち主、しかも文豪として名を馳せていましたので、こういう縮め方には我慢がならなかったんでしょうね。
さあ、この大聖堂を中を除いて勉強した後に、そのすぐ裏手にアイルランド最古の公開図書館、公共の図書館であるMarshall's Libraryというものがありまして、1701年創設ですかね。
こちらにも入ってみることにしました。
ここではスイフトはもちろん、ジェームズ・チョイスであるとか、ブラム・ストーカーといったアイルランド・ダブリンを代表する作家たちもここで通って本を読んでいたと言われているんですね。
私が訪れたその日はですね、ここでもやはりスイフト展が開かれておりましてね。
大聖堂とMarshall's Libraryの図書館、両方合わせてちょっとしたスイフト博物館巡りをしたような感覚になりました。
さあ皆さん、スイフトはガリバー旅行記の作者として世界的に知られています。
そして大聖堂の主任司祭ということですので、めちゃくちゃ偉い人でもありました。
この2つの顔で語られがちなジョナサン・スイフト、実は英語アカデミー構想の提唱者として、そして短縮語を嫌った、いわば頑固親父としてですね、英語史の中にも確かな存在感を残しているんです。
ぜひこの機会に、スイフト、英語史でも登場する人物なんだということを覚えておいていただければと思います。
エンディングです。
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
今日のタイトルは、英語が今の今までの話の言語である理由、スイフトの失敗と題しましたが、
これでですね、大体中身をお分かりいただけたのではないでしょうか。
英語史はですね、意外なところで他の分野でよく知っている名前が出てくるということが結構多いんですね。
それが面白いところでもあるんですが、ジョナサン・スイフト、これは英語史上位置づけられる人物なんだというのが今日のポイントでした。
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さあ、絶賛発売中の新刊書、なぜ三単元目撃マップ企画を展開中です。
全国のリアル書店で本書を見つけましたら、町と書店の名前を添えて、なぜ三単元が置いてありましたよとお知らせください。
私がGoogleマップ上にピンを立てていきます。
日本地図をなぜ三単元で埋め尽くす、英語史をお茶の間に広めていくというのが企画の趣旨です。
また、読み終わられた方はぜひAmazonレビューなど各種のプラットフォームで本書のご感想をお寄せいただけますと幸いです。
それでは今日も皆さんにとって良い一日になりますように、英語史研究者のホッタリウイチがお届けしました。
また明日。