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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック、言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。
去る6月10日、NHK出版新書、英語史で解く英文法の謎、なぜ三単元のSをつけるのかが発売されました。
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英語の語源がミニツクラジオヘルディオ。英語史をお茶の間におもっとうに英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。
本日は2026年10月5日月曜日、新しい1週間の始まりです。みなさんいかがお過ごしでしょうか。
さあ、私1年の研究休暇を終えて帰国してきた次第なんですけれども、9月中にですね、ダブリンを中心として、そしてアイルランド、
色々と回る機会がありましてね、そこで様々なものを見たり聞いたり、体験したりしたことをですね、このヘルディオで旅ログ的に残しておこうと、音声で語っておこうということでですね、
思い出しながら、旅ヘルダブリン編、あるいはアイルランド編ということでですね、これからまだまだネタがありますので、お話ししていきたいと思うんですが、今日もそんな回の一つです。
9月半ばのことだったんですけれども、トリムというですね、町ダブリンから車で1時間ほど北西に走ったところですね、小さい町なんですけれども、トリムという町、ここに訪れてきました。
ここはですね、お城で有名なんです。トリム城、Trim Castle、これが英語史とも関わりがあるということでですね、旅ヘルしてきました。この時の様子をですね、思い出したり、その時にメモしたものを頼りにですね、お話ししたいと思います。
ということで、本日の話題はトリム城、アイルランド最大のアングロノルマンの城です。どうぞよろしくお願いいたします。
ダブリンから車で1時間ほど北西に走ったところにあります、ミース県のトリムという町を訪れてきたんですね。
目当ては町の中心を流れるボイン川という川があるんですが、そこのほとりにそびえ立っているトリム城、Trim Castleですね。
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ちょうど着いた時間が良いタイミングでですね、城内を巡るガイドツアーに参加することができたんですね。
特に予約していかなかったので、どうかなと思ったんですが、タイミングが良かったんですね。
1時間ほどその城の中をですね、じっくりと見学して、ツアーしてもらってですね、中の説明をしてもらいながらだったんですが、中世の城での暮らしに思いを馳せてきました。
このトリム城、実はですね、アイルランドに残る中世のアングロノルマン様式の城の中では最大のものということなんですね。
アイルランドの島を巡っているとですね、アングロノルマン系の城というのは天才しているんです、国の中に。
いくつか行ったりですね、外から眺めたりということも多かったんですが、確かにあるんですけれども、最大のものだということでですね、
いわば代表的なお城、ここはじっくり見たいなと思っていたものなんですね。
この建設を始めたのは誰かと言いますと、ヒュー・ドゥ・ラッシーという人物ですね。
それからその息子のウォルタ・ドゥ・ラッシーという貴族です。
なぜこんな巨大な城が建てられることになったのかというとですね、
これ時代的には12世紀の話になるんですけれども、12世紀後半、厳密に言いますと1171年ですね、
当時のイングランド王ヘンリー2世ですね、在位は1154年から89年なんですが、
このヘンリー2世がですね、アイルランド遠征を起こした。
これがですね、イングランドがアイルランドに手をつけた歴史的にはですね、最初本格的なスタートということで、
英語史としてもですね、重要なポイントになってきます。
アイルランドは近代になって、とりわけ後期近代になって、アイルランド語の国から英語の国に変わっていくわけなんですね。
つまり英語化していくわけなんですが、そのある意味遠い源泉、スタートがですね、この1171年ということなんですね。
ヘンリー2世によるアイルランド遠征にまで遡るということですね。
この時はですね、ヘンリーが勝利して、アイルランドの諸王たち、アイルランドは当時諸部族に分かれておりました。
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その一つ一つに王がいたので諸王という言い方をしておきますけれども、このアイルランド諸王たちの副族をヘンリーは得るに至りました。
そして翌1172年にはですね、ヘンリーはアイルランド王を自ら名乗るようにもなったということなんですね。
これが非常に象徴的な年として、1171年あるいは72年、イングランド王を名乗った年として、英語史上にもですね、イギリス史上、アイルランド史上にも重要な年となっているわけですね。
そしてこの遠征に従軍していた貴族がヒュー・ドゥ・ラシーで、このミーズ一帯の広大な領地を与えられることになりまして、巨大な城の建設を始めたという次第なんですね。
ちなみにヘンリー二世を、このドゥ・ラシー一族二世をですね、アングロノルマン系ということで、基本的に母語はフランス語です。
ノルマンフレンチというノルマンなまりのフランス語ということで、英語ではないんですね。
ですので、今回訪れたトリム城でもですね、基本的には通用言語は英語だったと思うんですね。
地元のアイルランド語は、地元からですね、労働者などを雇っていない限りは聞かれなかったはずですし、
イングランドから、いわばですね、アイルランド統治に出かけて作った城ということではあるんですが、英語はですね、ほとんど聞かれなかっただろうなというふうに想像されるわけですね。
基本的にはアングロノルマンの王様と貴族がアイルランドを征服して、遠征して、そこに城を建てたということなので、切り盛りしている言語はですね、いずれもノルマンフレンチということになるからです。
なので、この頃の中世アイルランドの城といえばですね、アングロノルマンということなので、ノルマンフレンチなんですね。
フランス語が話されていたというところはポイントで、英語も話されていないし、アイルランド語も話されていない。
カイムだったかどうかはわかりません。その城に使えるものの中にですね、母語がアイルランド語だったり英語だったりという人がですね、全くいなかったかというのはよくわからないわけですが、基本的に切り盛りする言語はフランス語、ノルマンフランス語ということになるわけですよね。
もっともですね、このヘンリー2世の12世紀後半の遠征によって、イングランドによるアイルランド支配が一気に確立されたというわけでは全くありません。
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実はその後ですね、何世紀にも渡って地元のアイルランド系、ゲール系諸皇による抵抗と反乱がありました。
しかもですね、ノルマン系のその貴族たちがゲール化していってしまう、アイルランド化していってしまうという現象もありました。
そしてまた繰り返される再征服の試み、これがですね、もう無効数世紀ずっと続くんですよ。
なのでイングランドのアイルランド支配というのは、こんな形でパッチだったりするんですね。
近代になりますとその支配の言語はノルマンフレンチではなく英語になっていくわけなんですが、この英語もですね、根付くのにかなり時間がかかったんですね。
アイルランドに英語・和歌が増えてきたのは近代。
とりわけ後期・近代ですね。18世紀・19世紀になってからということなので、その原源はですね、1171年。
しかもこの時にはですね、英語の絵の字も出ていなかったという話があるんですが、イングランドがアイルランドを支配するということが、今アイルランドで英語が広く話されていることのスタートだと考えると、
やはりアイルランドにおける英語史の中では象徴的な年、これが1171年だったり2年だったりということにはなるんですね。
そしてそれが目に見える形で残っているもの、お城なわけですよね。
しかもアイルランドに残る最大級のものということでですね、こちらたっぷりと堪能してまいりました。
そしてですね、このトリム城にはもう一つ意外な顔がありましたね。
実はこの城ですね、アカデミー賞を受賞したブレイブハートという映画がありますね。
メル・ギブソンがウィリアム・ウォリスを演じたあの名作ですけれども、この撮影地として使われているんですね。
ブレイブハートの物語の舞台は13世紀末のスコットランド独立戦争なんですね。
イングランド王エドワード1世とスコットランド軍との戦いということで、基本的にはスコットランドとイングランドの国境あたりでですね、
様々な戦いが行われていたわけなんですが、その撮影場所としては海を越えてアイルランドの城で行われていたということなんですね。
映画の中で城での戦いのシーンがあるんですが、それにですね、トリム城が使われたということなんですね。
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とりわけ印象的なのがですね、城の中のある窓なんですけれどもね、映画見られた方はおそらく記憶にあるんじゃないかなと思いますが、
非常にショッキングなシーンなので、私もよく覚えているんですが、エドワード1世が王太子の側巾を窓からですね、容赦なく突き落とすという衝撃的な場面があるんですよ。
これは史実ではないようなんですけれどもね、脚色のようなんですが、そのようなシーンが映画にあって、このトリム城の実際の窓を使って撮影されたということだったんですね。
私、先にこのことを調べてから城に行ったわけではなかったんですけれども、あのシーンかというふうに思い出すことができたぐらい衝撃的なシーン、その撮影現場だったということでですね、これもなかなか嬉しい体験でした。
12世紀後半、アングロノルマン貴族たちがこの城で日々話していたフランス語、そしてその後何世紀にも渡って続く英語とアイルランド語の複雑な力関係、そして20世紀末にはハリウッド映画の舞台にもなったということですね。
こうして重なり合ったいくつもの時代の層を抱えながらですね、トリム城は今もボイン川を見下ろしながら静かに佇んでいます。
いやー良いお城でしたね。アイルランドらしくですね。お城見学中にサーッとにわか雨が降ってですね、雨に濡れた城壁も美しかったです。
トリム城、ぜひ皆さんも覚えておいていただければと思います。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
トリム城、アイルランド最大のアングロノルマンの城と題してお届けしました。
今から850年ほど前ですね、アイルランドがイングランドの勢力下に入ることになった節目の年ということになります。
そして今アイルランドでは英語が主に話されています。
英語の歴史というのはやはりイングランドの支配の歴史なんだなというふうにしみじみと感じた次第です。
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さあ最後に絶賛発売中の新刊書なぜ3単元目撃マップ企画のお知らせです。
全国のリアル書店で本書を見つけましたら、町と書店の名前を添えてなぜ3単元が置いてありましたよとお知らせください。
私がグーグルマップにピンを立てていきます。
日本地図をなぜ3単元で埋めていき英語史をお茶の間に広めていきたいというのが企画の趣旨です。
また独立された方におかれましてはアマゾンレビューなど各種のプラットフォームで本書のご感想もお寄せください。
それでは今日も皆さんにとって良い1日になりますように英語史研究者のほったりうちがお届けしました。
また明日!