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【ケアラジ Vol.8】ゲスト:フリーライター 遠藤光太さん
2022-10-09 1:05:01

【ケアラジ Vol.8】ゲスト:フリーライター 遠藤光太さん

「ケア的な人」を招いて対談を行うケアラジ。第八回目のゲストはフリーライターの遠藤光太さんです。著書「僕は死なない子育てをする 発達障害と家族の物語」のエピソードを中心に、ケアとは何か、対話を深めていきました。ケアとは、自分がやりたいことを見つけること、自分の弱さに名前をつけて対処すること。たくさんの気づきがあった回です、ぜひお聞きください。

感想

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00:01
はい、始まりました。【ケアラジ】です。【ケアラジ】は、仕事・家事・育児・勉強など、日々忙しい現代社会のスピードを少し緩め、
ケアの視点から様々な論点を考察するラジオとなっております。
今回のゲストは、フリーライターの遠藤光太さん。
一回目の【ケアラジ】を聴いていただいて、その後にツイッターで、ぜひ出演させてくださいというふうにお声掛けいただいて、今回の収録となりました。
遠藤さんの出された本、【僕は死なない子育てをする】のエピソードに紐付けながら、
ケアとは何だろうというところを、いろいろ紐付けながら一緒に対話を深めていきましたので、すごい気づきのある回になりましたので、ぜひ皆さんもお聞きください。
では、始まりました。【ケアラジ】です。
今日のゲストは、フリーライターの遠藤光太さんです。
はい、遠藤光太です。よろしくお願いします。
ツイッターだと【光】さんで。
そうですね。【光】っていう名前でツイッターやってます。
今日は【光】さんで行かせていただけたらいいかなと思ってるんですが、
初回の【ケアラジ】を聴いていただいて、
面白かったですみたいなリプライをいただいて、
そこでちょっと出演お願いしますという感じで。
僕から出させてくださいみたいなのを。
大阪の田舎モンの。
聞かれてどうでした?なぜ興味を持っていただいたのかっていう。
そもそもまず、【ケア】をテーマにラジオをされてるっていうのがすごい興味深いなと思って。
なるほど。
初回聞かせていただいて、福島さんのお話も面白かったですし、
テラドさんの聞き方というか、話し方が結構自分と近いところがあるなっていうのを感じたんですよね、初回聞いて。
本当ですか。
失礼だったら申し訳ないんですけど、トーン低めというか。
そうですね。
テンションもっと上げてくださいってよく僕トークイベント。
めっちゃ言われます。
言われますか。
はいはい。
って言われるんですけど、
そうなんですね。
ちょっと似てるなって思って。
それはそれは。
【ケアラジ】でしたらいい感じでお話できるんじゃないかなって聞きながら感じてリプライしました。
03:02
それは嬉しいですね。
僕は結構Zoomのイベントのファシリテイトとかもさせていただいたことがあって、
自分では全然そんなつもりないんですけど、
穏やかな進行で聞きやすかったですとか、
全然穏やかにしてる感じないんですけど、
でも、
そうですよね。
コウさんもそう言われるんですよね、やっぱりね。
言われますね。
僕はライターなので取材をよくやってるんですけど、
取材の聞き方なんかも割とローテンションで行くんで、
カメラマンさんから後からちょっとゆったりした進行だったんで、
寝そうになっちゃいましたみたいなのを言われたこともありますね。
いや、なんかね、そうなんですよ。
別にそうなんですねっていう感じなんですね。
わかります。
やっぱりケアっていうところをテーマに掲げていたところに興味を持っていただいたということなんですけど、
これはちょっと、
実はコウさんが、
させてくださいって言ってくださる時は、
実はこの本読んでなかったんですけど、
その後に、実は存在していたんです。
この僕は死なない子育てをするを読ませていただいて、
これがね、僕と本当に共通点が多くて、
若くしてお子さんを持たれたっていう、
多分コウさんは24の時。
24の時、はい、そうですね。
僕も25歳の時に長女が生まれたので、
25歳くらいで、
多分上のお子さんが7歳の時に下のお子さんが生まれたっていうのも、
うちと全く一緒で、
ちょっと僕も病んでいる時に、病んでいるというか、
ちょっとパニック障害になって休んでいた時が実はあったんですけど、
その時にお子さんのケアをずっとしている、
っていうのがすごい僕と重なっていて、
なんかその辺で、あれ?
なんかすごいなっていうか、びっくりするぐらいの。
寺戸さんにもそういう時期があったんですね。
なんかうっすらとはちょっと知ってたんですけど、
詳しく伺ったことはなかったので。
そうなんです。僕もちょうど27ぐらいの時に、
すみません、僕の話になっちゃうんですけど、
SEをしてて、
パニック障害になってしまって、
給食をしていたっていう経緯があって、
そうなんですよ。
06:01
その時はずっと子どもの保育園の送り迎えと。
子どもを送ってから、
ずっと当時東京にいたんですけど、
玉川沿いをひたすら散歩して、
家に帰ってお昼ご飯食べて、
そして夕方また保育園に長女を迎えに行って、
ご飯を作ってとかっていう、
ずっとその家のことをずっとやってたっていう時期が。
じゃあもう主婦みたいな感じですね。
本の中でも猫さん、兼業主婦になってたみたいな。
はい。
そういうところも何か重なるなと、
思いましたが。
こんな話もできたら嬉しいですね。
どうしようかな、いろんな話ができそうなんですけど、
どっから掘り下げていくかというと、
今、猫さんが興味持たれてるケアで、
どういった場面のケアなのかというか。
そうですね。
まず一つは、
自分がすごい失敗し続けて、
経験してきたセルフケアっていうところなんですけど、
テロドさんの今のお話にもつながるんですけど、
自分も本にも書いたんですけど、
休職をしたりとか、
した経験があって、
休職とか、
途中で家庭の中で発達障害の診断を受けたりとか、
するっていう経緯があったんですけど、
なんていうんですかね、
セルフケアがすごい下手なまま大人になってしまって、
そして結婚して、
親にもなって、
いろいろと休職したりしながら、
無理が生じてきて、やっとセルフケアできてなかったということに気づくという流れで辿ってきてまして、
そういう意味で、今まだ全然上手いとは思えないんですけど、
当時よりは、
マシンにセルフケアができているんじゃないかなっていうところで、
興味を、
興味というんですかね、課題ですね、そこが。
セルフケアですよね。
で、
高さんの本にも発達障害と家族の物語っていう副題がついているので、
発達障害の当事者でもあるっていうことですね。
はい、そうです。
で、やっぱり僕も就労支援という仕事の中で、
09:02
発達障害の方、当事者の方のご支援もよくしているので、
なんていうか、
特別セルフケアが求められているっていうふうが正しいのかなと思うんですけど、
いわゆる多数派の人に比べて、
どうしても多数派によった社会構造になっているので、
より何かセルフケアが難しい現状にあるのかなとは思うんですけどもね。
そうですね。
多数派に最適化された世の中で生きていく上で、
学校なんかまさにそうだと思うんですけど、
みんなで同じ時間に投稿して、
同じ場所で同じことを聞いて勉強するっていうのがすごい苦手だったんですけど、
そういうふうに苦手って思っていたのが小3ぐらいまでで、
小3以降はでも親からも学校行ってほしいっていう期待を感じるし、
学校の先生もそういうふうに思ってるっぽいし、
ということで、
多数派に最適化された社会に、
自分も普通っぽい振りをして、
適応していっちゃうっていう、
癖みたいなものがついてしまって、
なので、自分は発達障害の特性があるので、
そういった同じ、
最近も0歳の赤ちゃんがいるんですけど、
最近保育園見学によく行ってて、
保育園の説明を聞かせていただいてるんですけど、
同じ場所で紙に書いてあることをずっと読んでいくみたいなことで、
話を聞くっていうのもやっぱり改めてすごい苦手だなっていうのを感じるところがあるので、
そもそもそういう特性なので、
でも普通であらねばならないっていう思いを持って、
成長してきているので、
必然的に燃費の悪い頑張り方をしてしまうっていうので。
そうなんですよね。
なんか、僕も当事者の方とよく話してて、
やっぱり小学校、高3の場合3年生ぐらいからっておっしゃってたと思うんですけど、
2、3年生ぐらいが、
この辺のちょっとキーポイントになってることがすごく多くて、
12:00
なんか、やっぱりケアの話に、
すると、
やっぱりセルフケアっていうことなんですけど、
やっぱりあった生涯当事者の方のセルフケアって、
なかなかそこの必然性に気づくのがすごい遅れちゃうというか、
だって周りはこうなんだからっていうところにずっと、
高3の場合、いわゆる過剰適応とかって言葉もありますけど、
そうやって本当の自分をずっと追い隠してやってきている中で、
なかなかセルフケアにたどり着かないっていうことはあるのかなと思って。
そうですね。
セルフケアが必要だっていうことに気づけないんですよね、なかなか。
そうですね。
感覚過敏もあったりするんですけど、特性として。
音が過敏に聞こえてしまったりとか、明るさが過敏に、
眩しさを感じてしまったりとかって特性が自分にあるんですけど、
それって人と比べようがないので、
自分が普通だと思い込んだまま大人になってしまって、
でも周りと大人になってから比べてみると、
実は過敏だったということで。
それは象徴的なんですけど、他の例えば、
座って授業聞くのが大変とか、
そういうことを気づかないまま、
みんなもそうやってるから自分もそうやってて当たり前だよねっていう風に
思い込んでしまうっていうのがあったかなと思いますね。
そうですよね。
よりなんかそこにたどり着けない感じもあるし、
こうさんおっしゃったように、それが普通だと思っているので、
みんな自分がやっぱり、自分が普通じゃないですか。
で、それが検査とかを受けると、
今だとそのレースとかっていう、
心理検査、発達検査っていうものを受けると、
人によって、それだけで発達障害は診断できるわけじゃないんですけど、
やっぱりつま抜けて高い部分があったりして、
で、例えばこれすごいマニアックな話ですけど、
通商っていう項目が、検査項目が19とか、
パーセンテージ的に多分人口の数パーセントぐらいの感じがあったりすると、
え、やばくないっていう、
でも、あれ、みんなできないんですか?みたいな。
そこでやっと、多数派との乖離を認識していこうみたいなプロセスがあったりするので、
15:00
難しいですね、セルフケア。
で、結局、セルフって何なんだろうっていう感じもしてきたりしましたね。
やっぱり子供の時に、そういうふうに普通に合わせる癖がついて、
そういう心の構造になってしまうと、なかなかそれから逃れるのって難しいなっていうのを、
26歳ぐらいになって僕も気づきましたね。
それまで結構辛かったですね。
いや、そうですよね。
それが多分二次障害という形で鬱になられる方もいらっしゃいますし、
僕の場合は別に、いわゆる肌障害診断があるわけじゃないんですけど、
特性はやっぱりあって、脳機が全く守れないいいシステムエンジニアだったんですけど、
そうなんですね。
守れたことないみたいな。
でもなんとなくできる風というか、
なので結構しんどくて、やっぱりそれも自分自身で気づいてなかった部分も多分にあって、
なんかどっかでできると思ってたんでしょうね。
で、どんどんどんどんしんどくなって、
それこそ子供が生まれて、奥さんもいて、
で、なんか分かんないですけど、僕マンションめっちゃ25ぐらいのときにローンで、35年ローンで。
早いですね。
早いんですよ。
で、そういうのもあって、
で、もう頑張ってたんですけど、やっぱり全然もう体が肥明をあげてしまって、
僕の場合はパニック障害になっちゃったっていうのがありましたけどね。
なるほど。
確かにそうですよね。発達障害その一口に言っても、
発達障害があるかないかっていう、
あの、きっぱり分けられるわけじゃなくって、グラデーションだってよく言われることですし、
そうですよね。
環境、特に家族のことですよね。
仕事のこと、いろいろ相互に複雑に作用して、
鬱になっちゃったりとか、パニック障害になっちゃったりっていうのは、
単純なものじゃないですよね。発達障害だからとか。
そうですね。その辺もでも、こうさん本の中でこう、割とこう慎重にやっぱり書かれてるなーっていうの印象的で、
はい。
そうですよね。
発達障害のある方は特にやっぱり、
そういう気づきにくい、過剰適応されてるがゆえに、
18:03
部屋にたどり着けないっていうのがあって、
でも、やっぱりそういうのが必要だって気づけたのは、こうさんの場合は、
どういったことが一番大きかったんですかね。
やっぱり一番は、26歳の時に発達障害の診断を受けたことですよね。
それまでは、自分は何か変だっていうのを、大学を休学したりもしてましたし、
会社求職したりってそれまでに経験してたんですけど、
何か変だけどそれが、原因がなぜなのかわからないっていう。
それで、絶望してるっていう状態が続いてたんですけど、
テレビで当事者の方が出ているのをきっかけに、
自分もこれかもしれない、発達障害かもしれないっていうのを気づいて、
そこからちょっと時間をかけて診断を受けていったんですけど、
これを対処すれば何とかやっていけるかもしれないっていう気づき、
ちょっと前向きになれたっていうきっかけが一番そこでしたね。
なるほどな。やっぱり診断のよしよしもあると思うんですけど、
大沢さんはやっぱり、本ですごい僕が印象的で、
ちょうどここにメモを残してるんですけど、
自らの身に起きていた現象に名がなかったのだっていうのが、
苦しみのやっぱり原因というか、だったんだなって思って、
これはちょっと僕の中ですごいズシッときたっていうか、
もう診断が降りたおかげで、ちょっと前向きになれたってことなんですね。
そうですね。診断を受けてショックを受ける人も結構いると思うんですけど、
自分の場合は、やっと見つかったっていう感じでしたね。
これって、この苦手な部分を一つずつ潰していけば、
なんとかなるかもしれないっていうふうに思えた。
そこには名前を付けられることが必要だったんだなっていうのを思いましたし、
あと自分にとって一番大きな悩み事だったのが、
夫婦関係だったんですけど、
カサンドラ症候群っていうふうに言われて、
正式な医学用語ではないんですけど、
一般的にASDのパートナーを持つ人が苦しんで、
周りに理解されない状態を指して言われたりするんですけど、
21:00
カサンドラ症候群にさせてしまってるんだっていうところが、
診断を受けたその日の夜にもそこにたどり着いて、
だったら、そこを直していけば、
関係が改善していけるのかもしれないっていうふうに思って、
そこも大きかったですね。
なるほどな。
それは、もしかしたらですけど、
ちょっとASDの特性も関係してるのかもしれないですよね。
そうかもしれないですね。
この本を読んでて、
1個思ったことに、やっぱり本によって救われてる方だなとも思って、
いろんな文献を本の中でも惹かれていて、
そこもちょっとまだ僕と似てるなというか、
結構僕も本に解決策を求めるところが大きくて、
僕自身もパニック障害になったときに、
疾病の特徴として本当に動機がしたりとか、
気が遠のいたりとか、
最初は普通に心臓の病気だと思ってて、
新宿の駅にバーって駆け込んで、駅員さんに、
多分心臓がおかしいんで、救急車呼んでくださいって言って、
確かに顔真っ青ですよ、大丈夫ですか?みたいな感じで、
夜間の病院に救急で行ったんですけど、
何にも異常ないですって言われて、
帰されちゃったんですよね。
でも家に帰ってきて、
いろいろ体の病気の本とかバーって読んでて、
その中にパニック障害が出てきたんですよ。
全く症状が、それこそ言語化されてて、
自分に起きていることに名前がついた瞬間に、
本当にびっくりするぐらい、その瞬間に動機が収まったんですよ。
っていう経験があって、
だから本当に、
言葉にするってすごい大事なんだなっていうのは、
ところがありますね。
すごいいろんな本、中で惹かれてますもんね。
そうですね。
本好きで、
学生時代からよく読んでるんですけど、
やっぱりその特性と絡めて言うと、
空気を読むとか、
人の心の機微を知るみたいなことがずっと苦手だったので、
そうではない、この本の文字に定着しているこの情報を、
自分で自由に読むっていうのがずっと好きだったんですよね。
24:06
それでずっと読んできて、今でも好きっていうことだと思うんですけど、
あと、
僕その後に障害者雇用で働くようになって経理をやってたんですけど、
経理もある精神科医の先生に、
あなたには向いてるよっていうふうに言われて、
というのも経理って、
すべての取引を全部、
帳簿に記録していくので、
何か不安に思ったらそこに戻ればいいっていうところです。
それADHDの特性とも絡むんですけど、
ワーキングメモリー弱めなので、
何か忘れてしまっても記録必ずしてあるから、
そこに戻って考えれば全然仕事はできるよねっていうことを言われて、
確かに。
ちょっと似てると思いますね、本が好きなのと経理に向いてたっていうのが。
確かに何か瞬間的に情報を統合してキャッチするみたいなじゃなくて、
何か反数もできますもんね、本でインプットすると。
はい、そうですね。
なるほどな。
やっぱり、何かこれは不謹慎かもしれないですけど、
ほんと人類みんなウェイス受けたらいいのにとかちょっと思うことがあって、
いや全然不謹慎じゃないと思います。
ないですかね。
はい。
全然一人一人違ってて、
ユニークなんですよね、実は多数派、少数派っていう今、
言い方はしましたけど、
多数派って言われる人も多分すごいユニークできっと、
ほんとみんな受けたらいいのになーとか思いながら、
ちょっと医療の枠組みなので、
みんな受けられるわけじゃないんですけども、
そういうこと思いますね。
そうですね、序盤で自分が少数派だからっていう言い方をして、
教室に入りづらかったみたいなお話をさせていただいたと思うんですけど、
でも、やっぱそれも同じですよね。
人それぞれユニークなので、
少数派の部分もあれば多数派の部分もあって、
それが集団の中でどう現れるかっていうのは、
分からないですよね。
そうなんですよね。
多少外じゃなくても、実は何かの特性が環境に合わないっていう。
で、精神疾患になっちゃうっていう方はね、
いわゆるグレーゾーンで、
グレーゾーンっていう言葉自体がグレーゾーンだと思うんですけど、
どういうこと?みたいな。
でも僕の中の定義だと、やっぱグレーゾーンってそういう、
27:01
ケアのネットワークに引っかからないっていうことなのかなと思って、
診断が出たら、いわゆる障害者雇用だったり、
服部サービス利用できるんですけど、
やっぱり僕の就労支援してる中でも結構、
そこのネットワークに引っかからない人もいてて、
いろんな網の目をスルスル落ちてきて、
いわゆる僕らみたいな、就労支援って結構枠が広いので、
この年齢で就労の意欲がある人、
雇用保険に入ってない人みたいな、
ワクッとした網があるので、そこにちょっとフルっと訪れてくださって、
そういう方で、
振動さを追いかけていくと、
結果発達障害でしたよねっていう方はいらっしゃるんですけど、
そこからなんか、
セルフケアっていうところに戻って言うと、
なんかその辺が、
最終ネットワークに引っかかれなかった時に、
どうそこと繋がれるかみたいなのが、
結構セルフケアとしては大事なのかなというか。
そうですね。
やっぱり、今流れで繋げて話すとすると、
今話そうとしたことを忘れちゃったんですけど、
全然ゆっくり戻っていただいて。
はい。
何だっけな。
記憶あるんですよね。すいません。
いや、全然全然。
なんかメモされてることとかも読んでいただいたりしながら。
メモしとけばよかったんですけど、
知ってませんでした。
いえいえ。
何の話でしたっけ。
何の話でしたっけ。
そうそう、やっぱ網の目を突き抜けていたみたいな話でしたね。
グレーゾーンっていうのはそういうことですよね、みたいな。
そうですね。
名前をつけられてて、発達障害とかパニック障害みたいに、
すでに名前がついているものであれば割とケアしやすいと思うんですけど、
そうじゃない部分ですよね。
そうですね。
まだ名前が医学的についていない領域もたくさんあると思いますし、
そうですよね。
最近だとHSPとか言われて、これの良し悪しはいろいろ言われているところなので、
30:04
この使い方は慎重にならないといけないと思いつつも、
それで救われる人もいるんだろうなと思ったり。
まさにそうですよね。
HSPの一番の抗剤の抗の部分で言うと、
そういうふうにカテゴライズされたことによって、
生まれた方めちゃくちゃいると思うんで、
一概に医学的なものじゃないからっていうことも言えないなっていうか、
逆にそういう部分ももちろんあって、
ただそう言ってしまうところに振動さもあるなっていうか、
これ前々回の放送で臨床心理師の僕のお師匠とちょっと話してたんですけど、
なんかこうセルフケアっていうと、ケアっていうと医学的なとか、
いわゆるカウンセリングみたいな、
そういう枠組みで絶対講じられるものでないといけないっていう、
一種の擦り込みみたいなものもあるなと思って。
でも本当はそんなことないんじゃないかなというか、
HSPがすごいケア的に働いてる方がいるので。
はい、そうなんですよね。
あと、当事者同士でつながれたりすることもありますしね。
名前が付くことによって。
そうですよね、確かに。
メリットもあったりしますけど。
あと、僕自身で言うと、
寺戸さんも引用してくださってたんですけど、
男らしさみたいなところに囚われてしまったところがあって。
トキシックマスキュリニティと言って、
有害な男らしさ、男らしくあらねばならない、
父親なんだからもっと頑張らなければいけない、
みたいな囚われがあって。
そういう風な動機で動いている自分じゃない自分をケアできてないっていう状況がずっと続いてたなっていうのがありますね。
それはね、めちゃくちゃ。
僕も名前が付いたっていうか、そういう名前があったんですねっていう。
めっちゃありましたね。
やっぱり今はバリバリ2馬力で、うちも友達だらけで、
僕ケア職やってるんで、そんなやっぱりお金が良くなくって、2馬力で何とか2人子育てしてるんですけど、
33:00
でもやっぱパニック症がなった要因ってこれやんって思って、
本読みながら。
そうだったんですね。
やっぱり一人で家族を背負っていかねばならない、こうあらねばならない。
マンション買っちゃったし。
マンション買っちゃったし。
ですよね。
あと30年以上あるし、みたいな感じだったんで。
そういうのも高3の場合もやっぱりそこも重なっていたし、
なんか居心地の悪さみたいなものもずっと持ち続けておられたし、ですよね。
普通であらねばならないとか、頑張っていないと自分は許されないみたいな、
囚われてしまう気持ちで、盲目的に学校頑張ったり仕事頑張ったりしてると、
そういう発達障害的な自分だったりとか、
本当は男らしい、男らしいっていう言葉自体そもそも疑問なんですけど、
男らしくない自分みたいなところもどんどんこぼれ落ちていってケアできてないみたいなことが出ましたね。
なるほどな。
確かにこぼれ落ちてるものがあるのかもしれないですね。
そうですね。
基準に合わせていこうとするがゆえに、
その基準じゃない自分の一部分っていうのが、どんどんどんどんこぼれ落ちていって、
なんか視界から消えていっちゃう感じなんですよね。
本当は分かってたはずなのに、3年生で学校行き始めた時に、
行きたくないって思ってた気持ちをもう忘れちゃって見えなくなっちゃうとか、
そうですね。
どんどん見えなくなるとか。
そうですよね。
やっぱりそういう話をすることが本当僕も仕事の中で多くて、
なんか正直に来たらいいやんみたいな。
そうなんですよね。
すごい関係性の出来てからなんですけど、
いいやん、もうそれでいいやんっていう話を結構することがあって、
じゃあもう小2ぐらいに戻るんすかみたいな。
そういう話が実際あるんですかね。
大体、
まあそういう小3ぐらいの自分、小2、小3の自分をずっと心の中に抱えてる方が、
当事者の方に多くて、本当はそうなりたいけど、
でも小2の自分だとやっぱり、周りから非難されたり、
それは出せない、もう一人の自分みたいな方が結構多いですね。
だから小2、小3ってなんかあるなってちょっと、
36:02
もう発達の平均するとそれぐらいになるのかもしれないですけど、
そうなんですね。
そうなんです。
自分を振り返ってみても、
なんか小2、小3ぐらいの頃って、
学校はすごい辛かったんですけど、
友達と遊ぶのは結構好きで、
それはもう夜暗くなるまで、
7時とか夏なら8時ぐらいまでとか、
友達と遊んでたりして、
割と本人主義で育てられてたんですけど、
あと一人で遊ぶのも特性なのか好きで、
泥団子をひたすら磨いて綺麗にするみたいなのとか、
あれ本当は教室に無理矢理適用するよりも、
あっちの方が楽しかったじゃんみたいなことも思ったりもしましたし、
それが今ライターという仕事をしていて、
一人で本読んだり、一人で原稿書いたりっていうところに、
つながってきた時にようやくちょっと、
自分に合った働き方ができてきたかなっていう状況ではあるんですけどね。
確かに確かに。
そうですよね。
だから難しいんですけどね、
学校の問題っていうのはまた、
世界的にかもしれないですけど、
日本では特に大きな社会課題として、
どんと日本の中心にあるんですけどね、
やっぱりなんかこうあるべきから、
離れられた時にやっとケアが起動し始めるというか、
そうですね。
それは、やっぱりおうさんの本の中でご家族の話がすごい出てきて、
僕も楽しく、やっぱり同じような家族構成だし、
楽しく読ませていただいてて、
ちょっと最後の方に出てくるお母さんのエピソードとかもすごい印象的だなと思って。
僕の母ですね。
はい。
一人暮らしを選択したっていう。
はい、そうなんですよ。
ずっと、僕兄弟3人いるんですけど、
父親が航海士という仕事をしている時期があったり、
それは船に乗っちゃうので、
もう一回乗ったらしばらく帰ってこないっていう仕事なんですけど、
普通に陸で会社員をしている時期もあったんですけど、
典型的な父親が働いて母親が子育てするっていう、
パートをたまにしてるっていう両親だったんですけど、
39:01
子供3人が成人して、
ふと母自身が今やりたいことは何なのかっていうのを、
それも僕の弟から問いかけがあって、
聞かれた時に一人暮らしと旅がしたいかもしれないみたいな話が出てきて、
じゃあやったらいいじゃんっていう風に弟から載せられていって、
で、実際に今、全然関係のない、
家もゆかりもない地方都市で一人暮らしをしておりますね。
で、僕らもたまに遊びに行ったりして、
いいですね。
で、今実家の家族5人なんですけど、
5人全員バラバラに暮らしてるっていう特殊な、
でも仲悪いわけではなく、
それぐらい、だから家族ってこうあるべきっていうものから、
一回解き放たれてみると、
意外により関係が良くなったりとかすることもあるんだなっていうのを感じましたね。
いやーそうですよね。
はい。
なんか、そうそう僕も本に救われてきた人なんですけど、
パニック症がなった時に、内田達郎さんっていう思想家っていうんですかね。
はい。
めちゃくちゃ多く本書かれてて、
で、内田さんが、なんかどっかに、
内田さん自身も鬱になられた経験があって、
で、こう不義理をしてもいいんだみたいな。
ずっと義理を通してきたけども、
不義理をするっていうことを書いてて、
僕、めっちゃ不義理をしたんですよ。
不義理者っていうのは、
LINEの繋がりとかもう切りまくったんですよね。
なんか、元々会社の同僚の方とか、
あんまりなんか、昔からの友達だけどあんまり好きじゃないなみたいな、
無理が合わないなとか結構こう、
僕が病気になったこととかも結構、
あんまりよく言わなかった人たちとか、
もう関係を切りまくったっていうのがあって、
で、なんか友達とはずっと友達でいるべきだとか、
なんかそういうのから結構自分を切り離せて、
まあちょっと回復していったこともあるかなと思いますね。
そうだったんですね。
確かにその迷惑をかけないべきみたいな、
迷惑をかけてはいけないっていうのも、
かなり強い擦り込みとしてありますよね。
42:01
そうですよね。
本当に友達とはずっと仲良く、
全員と仲良くしようとか、
大人なきゃいえばそんなことないですしね。
そうですよね。
子供時代は割と言われることもですね。
全然、自分がやっぱり自分でいられる人と付き合おうって今は思ってて、
ちょっと大人になったというか、
そうじゃない人とも距離感を取りながら付き合いをしてるんですけど、
そうです、なんか本を読んでてもそうですし、
今話しててもやっぱりこうあるべきから、
やっぱり解き放たれるっていうのがケアの、
一個の本質か。
面白いですね、そうかもしれないですね。
できたのとやっぱりあとは、
名前をつけるっていうところですかね、現象。
今それから連想したんですけど、
子育てっていうケアもあると思うんですけど、
今ゼロ歳の息子がいて、
ゼロ歳の息子に服を着せたりとか、
おむつはかせたりとかするじゃないですか。
それを別の家族、実家の弟が家に来て、
僕がそれをやってるのを見てた時があって、
つい先それがあったんですけど、
その時に赤ちゃんをガシッと座らせて、
無理やり吐かそうとすると吐かせられないんだと、
いう気づきが弟だったらしくて、
息子をある程度ハイハイさせたりとか、
自由に動かしながら、
それに合わせて右足をはめ、
左足をはめ、おむつを引っ張り上げるみたいなのってあるじゃないですか。
さっきの話と繋がってるかわかんないんですけど、
ここに座っていなきゃいけない、
自由に動きたいんだけど固めて、
ここにおむつをはかせ服を着させるんじゃなくて、
ある程度動かした上で、
そこにリアクションでケアしていくっていうのを、
それを見てた弟から言われて、
なるほどな、そういう風に自分はやってたんだなって気づいたことが最近ありました。
なんかやっぱり子育ての中に、
ちょっとそういうケア的な、ケアって何ぞやみたいな、
僕もケアケア言ってて、ケアって何かよくわかってないんですけど、
45:02
多分なんかこう、子供の動きにやりたいことにちゃんとこっちがアジャストしていって、
っていう方がいいよねっていう。
うん、そうですよね。
セルフケアも同じなのかもしれないですね。
こうあるべきみたいなことで自分を固定するんじゃなくて、
ある程度やりたいようにやってみて、
不都合が出てきた場所をケアしていくっていう、
そういうスタンスでいった方が、
ケアは発動しやすいのかもしれないですね。
そうですよね。やりたいようにやってみるっていうか、
なんか僕たちの対人援助職、いろんな多分流派があったりとか、
僕はもう特に資格もないですから、
そういう中で面談みたいなことをやっていく中で、
やっぱり首相って言って、その人の主な訴えを聞くっていうのは割とやるんですけど、
なんで、それが表層的な首相の場合もあったりとか、
付き合い続けていく中で、本当の首相が見えてきたりっていうのはあるんですけど、
なんでその首相を大事にするかっていったときに、
やっぱりそこが一番動きやすいんですよね。
その方が、課題に思ってることとかやりたいこと両方あるんですけど、
結局その人が熱を持っているっていう部分が結構大事で、
それを中心に進めていくと、
結果として展開していくというか、ケースが。
なので、子育てとなんか似てますね。
動いてる方に合わせていくというか、
必要なところだけケアしていくというか。
ほんとそうですね。
今話してていろいろ思い出しました。
なんか一人目が、上の子が赤ちゃんになったときには、
僕は娘が0歳で泣いてるのに、
自分はもっと頑張らなきゃいけない、成長しなきゃいけないと思ってるので、
英語の勉強めちゃくちゃしてたらしくて、覚えてないんですけど。
コウさんが英語の勉強してたんですか。
はい。
たぶんこう、妻に、
俺は勉強中だから、面倒、見とけよオーラを出してたんでしょうね。
なるほど。
すごいこう、柔軟さがないというか、
ケア的じゃないなって、今思い出しました。
英語の、しかも覚えてないんですね、それをね。
そうですね、妻から後で言われましたね。
48:00
まあ本当それもそうですよね、こうあるべきっていうのが強すぎて、
周りが見えてないって考慮をしてるんでしょうね。
でもなんかその、コウさんも結構子育てとか家事とかやってて、
なんとなく、僕もそうだったんですけど、
ケアすることで、ケアされていくっていうか。
はい、そうですね。
なんかすごい回復していった感覚がすごいあって、
なんかコウさんの中でどういうこう、
もう奥さんも結構お忙しく働かれてたと思うんですけど、
で、休んでる時に家事、育児やって、
もうなんかそれがあったからこそ、
今の自分があるなって僕も思うところがあるんですけど、
コウさんの中ではどういう体験でしたか。
どういう体験、どうですかね。
子供、赤ちゃんは特にケアがないと生きられない生き物じゃないですか。
はい。
自分が今ケアしてるからこの子が生きているんだっていう風に思えるのが、
依存でもあるんですけど、
その、
その給食してる時なんで、仕事で失敗して自信を失ってる段階なので、
ここから、
この子にとっては自分は今必要なことをやっているんだっていう風に、
なんとか自分を保てたっていうのがあったかもしれないですね。
なるほどなぁ。
いや、僕もちょっと似てるかもしれないですね。
確かにある見方からしたら、
いや、そんな依存するなよって思われるかもしれないですけど、
僕も自分の存在意義がそこでやっぱり感じられたっていうか、
っていう気はしますね。
なんかもですよね。
必然性があるっていうか、
なんで今まで必然性のないことをしてたんだっていうか、
必要な仕事だと思うんですけど、
そういうシステムを作るとかって、
なんか自分にとって必然性がなかったんだろうなというか、
そうですね。
すごいしてきましたね。
そうですよね。
子供にとって自分が必要っていうのもありますし、
自分のこう、人生100年時代って言われてる中で100年生きるとしたら、
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その100年の中でこの子供が0歳の時期って今しかないのに、
自分は何にとらわれてそんな子育ての時間さえ削って頑張ってたんだろうっていう、
リフレーミングっていうんですかね。
確かに。
人生の捉え方が子育てや家事をしてる時に変わっていったっていうのがあったかもしれないですね。
確かにな。
なんか確かにそうですね。
この子育てとか家族と過ごす時間よりも、
100年の中で今自分にとってその時間よりも大事なことってなんかあったんだっけみたいなことを
思ったりしてましたね。
確かにそうですね。
でもその時は思えてなかったのかな。
後かもしれないですね。
8年ぐらい今まで子育てしてきてそういう感じは持ってますね。
まあね、子供の存在とか家族の存在ってそう思わせてくれるところあるっていうか、
ね、ありますね。
いやー、確かに。
それで自分もケアされてるんでしょうね、そういう。
そうですね。
なんかいろんな気づきがあって子育ての中で、
やっぱり必要なことをやれてる、自分にとってもすごい大事なことをやってるっていう感覚が、
回復させてくれる要因なのかもしれないですよね。
そうですね。
自分にとって本当に大事な瞬間とか時間、瞬間、瞬間にちゃんと立ち会えてるっていうか、
いやー、僕もそうだったかもしれないです。
当時はもうそれやるしかないっていう。
僕さんも働いてたし、
自分がやらんと何をすんねんっていう感じが。
そうですね、僕もです。
確かにな。
いやー、というところで時間的には今50分くらいなんですけど、
まあ特にまとめる必要はないなーって思ってるし、
もっとなんか話が広がりそうな気もしていて、
そうですね。
そうですね。
でもケアはあるべきから解き放たれることと、
それでやっぱり関係性の中から自分にとって大事なことを掴み取っていって、
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でもやっぱり一方でそのあるべき、自分にとってのあるべきが見つかっていくっていうプロセスでもあるし、
そうですね。
でもやっぱり名前をつけていってる部分っていうのは、
なんていうんですか、課題じゃないですけど、
何しなければならない、自分の弱さみたいなところもありますよね。
そうですね。
その辺って、最初はちょっとセルフっていうところから入ってきたんですけど、
こうさんのこれまでの人生の中で、他者の存在ってどんな感じですかってすごいバックリした問いですけど、
奥さんも含め、もしかしたらお医者さんもすごい良いドクターに出会われたのかもしれないですし。
はい。
そうですね。
それで言うと、
自分は特性的にコミュニケーションが苦手だったりとか、
あと自分のペースが結構強くて、
共同生活してるとそこを乱されるのがちょっと嫌だったり、会社もそうなんですけど、
だったりして、
他者と自分の間の底の部分、コミュニケーションの部分で困難さがあるために、
人間が苦手なんじゃないかって思ってたんですけど、
人間は別に嫌いじゃなくて好きな人は好きだっていうことに気づき始めましたね。
なるほど。
インターフェイスのところを調整すれば、
別に何も問題はなかったんだっていう。
30年以上生きてきた最近の気づきですね。
なるほど。
それはすごいと思います。
すごい。
はい。
結構いるんですよね。
もう人間嫌いっていう方たち。
そうですよね。
周りには特に多くて、
この前も、
ちょっとケースの具体の話するのあれで、
言葉だけ引用すると、
ほんまもう人間めんどくさいっすわっていう。
自分が人間であることがあります。
アンドロイドやったらどんだけ楽やったのかみたいな。
あとは違うケースで言うと、
もう僕1000人になりますみたいな。
山奥で暮らすみたいな。
とにかく人間が嫌い。
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嫌いだと思っちゃってるんですよね。
インターフェイスが。
僕もそういう気持ちになってたときは長かったですね。
そうですよね。
ちょっとなんかピンポンが来てますけど。
大丈夫ですか?
はい。
全然。
大丈夫ですね。
大丈夫ですか。
なんで人間への愛情がない障害ではないっていうのが気づきですかね。
いやー、それはそこあるべきというか、
これは多分ASDの特性を持つ方を支援する支援者も
一番陥ってはいけない罠かもしれないですね。
ASDの方だから強化性がないとか愛情がないとか、
そうじゃないんですよねきっとね。
いやー。
ASDの人も、ASDでない人も人間愛がある、
人間愛って言葉変なんですけど、
人間が好きな人もいれば嫌いな人もいるっていうのが、
当事者でも非当事者でも人によるっていうことなのかなって思いました。
かもしれないですね。
やっぱりそれは関係性の中で培われていくものかもしれないですしね。
そういう人間っていいなって思える経験がある方はやっぱりそう思えると思うんで、
僕もそういうインターフェースであれるように。
そうですよね、支援者の方々。
本当にインターフェースだと思うんですよね。
すごい、これはめっちゃくちゃ勉強になりました、僕も今日。
ありがとうございます。
ちょっとすいません、取り留めもない、何も台本もゼロでつらつらとお話ししましたが、
じゃあちょっと1時間も経ちましたので、終えていこうかなと思うんですが、
王さん何か宣伝とかありますか?
宣伝ですか、ありがとうございます。
今日話題にも出していただいた、僕の本ですね。
僕は死なない子育てをする、発達障害と家族の物語という本を、
今年創元者という、大阪の出版社ですね。
そうなんですね。
会社にはまだ行ったことないんですけれども。
そうなんですか。
出てますので、興味のある方は読んでいただければ嬉しいなと思います。
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いやー、これはほんとめちゃくちゃいい本です。
ありがとうございます。
そうそう、ちょっと聞こうと思って最後に、この本を書いたこと自体もすごい、
実は王さんにとって意義があったというか、ケア的な行為だったんじゃないかなって、
ちょっと読み終えたんですけど、これはどうですか?
まさにそうですね。
本を書くことがセルフケアになってるということですよね、結果的に。
はい。
これはすごいありますね。
なるほど。
一番いつでしんどかった時に日記を書き始めまして、
そうですね、本の中でも日記が引用されてることすごいですもんね。
はい。8年前ぐらいから書いていて、いまだに毎日書いてるんですけど、
書くことによってテキストに定着させてそれを後から読んだりとか、
書くこと自体もそうなんですけど、
ちょっとメタに自分を見れるというか客観視できるっていうところがあって、
今回、これまでウェブの記事なんかで自分のエッセイを出したりしたことはあったんですけど、
本の長さで書くっていうのは初めてで、しかも紙に印刷されて出版されるっていう体験ももちろん、
自分の本として初めてで、
これだけ、その時に8年間の日記も全部読み返して、
すごい時間かかったんですけど、
これだけ繰り返って、
しかも、この本って分かりづらい本だと思うんですよね。
いろいろな要素を盛り込んでいて、
形障害とはこうです、みたいな書き方をあえてしないようにしているので、
スパッと言い切れる本ではないんですけど、
そういう形でも出版させていただけたからこそ、
いろんな要素が入り混じって、
苦しかったり、ちょっと浮上してきたりっていう、
複雑なまま、ある程度複雑なまま書けたかなっていうのがあって、
それに対して感想をいただけたりとか、
こういう場でお話しさせていただけることでまた頑張っていくっていうのが、
すごくありがたいですね。
すごい、自分でも意外だなって思ったのは、
障害者雇用で働いたときに、
毎月給料をもらえるのがすごい嬉しくて、
固定収入ですよね。
嬉しくて、紙でもらってた給料明細を大事に、
頑張ったなっていう感じで自分で保管してたんですけど、
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本を出した後にそれを捨てましたね。
もう捨てていいなって思って。
そういう風に過去の書類とかいろんなものを、
本を書いた後で整理したっていうのがありましたね。
なんかすごい象徴的ですね。
なるほどな。
それすごいエピソードですね。
そうですね。部屋の片付けしてた時に、
もうこれはいいかっていう風に。
ある程度本に書けた。
自分でもどういう心境なのかってまだわからないんですけど。
なんかでも手放せたって感じですね。
そうですね。手放せた。
いやーすごいですね。そのエピソードもね。
いやー。
僕も多分すごい自分と親和性があって、
人生のそういうプロセスとかも似てたので、
もうスッスッと読めたんですけど、
でもなんかパッと開いて、また気づきのある本っていうか、
いろんな方に読んでほしいなと思う本なので、
僕もちょっと大事に紙の本で、あんまり紙で買わないんですけど。
ありがとうございます。
箱に置いておこうと思います。
はい。ということでちょっと時間も1時間過ぎてしまいましたので、
これで終わりだと思います。
はい。じゃあ本日のゲストはライターの遠藤幸太さんでした。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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