1. 文ガチャ
  2. 如月の回「朔人一首2」4
2022-02-27 27:09

如月の回「朔人一首2」4

ガチャを回して出てきたお題について語る「文ガチャ」 
今月のお題は「朔人一首」です。
今回は人物に注目してお話を進めていきます。
今回は六歌仙から喜撰法師と小野小町です。
00:12
では、最後の週になりますね。残りの2人、紀仙奉仕と小野のこまちです。
はい。
紀仙奉仕、紀仙って喜ぶに、てへんに選ぶの作りの部分なんですが、
雷道さんが最初に地面を見たことがあると、おっしゃっておられました。
これ、実はですね、たぶんなんですけど、蒸気船というお茶の種類ではないかと思います。
あー、そうかもしれないですね。
ちょっとそういう感じの、あれお酒だっけな、みたいな感覚がちょっとあったので、
その紀仙っていう字の記憶っていうのは。
そうしたら確かに蒸気船ってありますもんね。
そうなんです。ペリーさんが来たときのね。
そうですね。
流行歌みたいなのになりますよね。
たった四杯で夜も眠れずと言われるお茶にね、
四杯で眠れなくなっちゃう良いお茶に蒸気船っていうのがありますよと。
ペリーさんが乗ってきた蒸気船、船に引っ掛けているという歌があって、
その蒸気船の紀仙という字です。
なるほど、確かにそうかもしれないな。
この方はですね、ずっとお坊さんでいらっしゃって。
貴族でいて、出家してとかじゃなくてもともと、
そうですね、あまり有名な方ではなくて、お坊さんで、
しかも宇治の山に隠世して、もう仙人になっちゃったのではないかというぐらいに
隠遁をしていた方です。
だから、宇治のお茶に蒸気船っていう名前が使うんですけどね。
なるほど、そういう繋がりがあるのか。
ちゃんと繋がっています。
この人の歌そのものが伝えられているのが2種のみです。
急に少ない。
そのうちの1種が100人一種に選ばれています。
いつもの木野貫之さんの評価としては、
言葉かすかにして始め終わりたしかならず。
すごい、結構きつめなこと言われてません?
ちょっと意味がちゃんと解釈できていないかもしれないけど。
その後に続く言葉で、
いわば秋の月を見るに、
暁の雲に会えるが如し。
ちょっと外れていいよと。
というぐらいにかなり言われちゃっていますけど、
残っているというか、100人一種に選ばれている歌も、
なかなかちょっとシニカルといえばシニカルなのかな、
という感じの歌です。
03:00
わが伊予は都の竜見しかぞ棲む。
よう牛山と人は夕なり。
私の伊予は都の東南にあって、
このように平穏に暮らしているというのに、
よう憂いて逃れ棲んでいる牛の山。
牛、つらいとか情けないという意味ですね。
世の中は人は逝っているようです。
という意味になります。
なるほど。
自分は陰都の生活をしていて、
住んでいる場所は都の竜見の方角が南東。
そこに住んでいると。
しかぞ棲むっていうのは、
そこに住んでいるって意味?
しかと住んでいる。
心静かに住んでいるんだけどな、という。
穏やかに暮らしているような。
山奥なので、
しかに引っ掛けているのではないかとも言われています。
なるほど。
しかが棲むようなところだよ、みたいな意味にも取れるような。
そうですね。
で、それを。
よう牛山と、今の牛ですね。
と、牛、つらいとか情けないっていう意味の牛。
と、引っ掛けています。
その、つらいとか情けないの牛っていうのは、
うじうじするの牛とは関係ないんですね。
あ、ですね。
憂いっていう字ですよね。
牛。
憂鬱の?
憂鬱の牛。
で、牛っていうもの。
はい。
と、世間一般の人はそう言ってます。
自分はそう思ってないんだけどね、という感じですかね。
この世っていうのは、なんかちょっとしっくり来ないんですけど。
はい。あ、そうですね。
世の人は、という感じみたいなんですけど、
世って私のっていう意味ではなく。
世間っていう意味ですよね。
世界の世、はい、ですね。
世の、だったらまだちょっと語順が統治法っぽくなっちゃうけど、
世のうじやまと人は言うなりだったら、
世の人は言うなりの統治法とも取れなくはないんだけど、
世をうじやまとってなると、
なんかテニオ派的に違う意味になって聞こえちゃう気がちょっとしましたね。
はい。
意味としてはでもそういう世の人が言うという意味なんですよね。
はいはいはい。
なるほど。
で、木野寺由紀さんが言ってたのは、
なんか最初も終わりもぼんやりしててみたいなこと言ってましたよね。
そうなんです。
言葉がかすかで、始めと終わりも確かじゃないと。
秋の月を見るのに、暁の雲にあえるが如し。
それはどういう意味なんですか?暁の雲ってなんですか?
秋の月を見ようとしているのに、明け方の雲を見ようとしている。
ああ、やってることが違うよってことですね。
そうなんですね。
06:00
ぼわーっとしてるよっていう感じだと思うんですけど。
言いたいことはわかるけど、序章的とか言う気はしないか。
そうですね。
で、さっきみたいな言葉遊びみたいな感じということも特段ないし。
そうですね、はい。
かけ言葉はもちろん入ってるけど。
ええええ。
んー、木野寺由紀さんの言うことを前提とすればなるほどなとは思っちゃうけどね。
ええええ。
あの人はよーうとましく思ってここにイントーン生活してんだよーっていう噂は立てられてるけど、しょうがないね人の噂なんてそんなもんだよねーっていう感じの。
はいはいはいはい。
ひょうひょうとしたイメージが出てきますかね。
なんかちょっと挟んでいいかな。
はい。
たまたまなんですけど、昨日こういう和歌とかの話、和歌とかそういう詩の話をしてて。
はい。
で、話の流れで次世の句の話になって。
あーはい。
で、今川宇治座ねって。
はいはいはいはい。
今川義元の息子なんですけど、駿河の国の大衆だった人なんですけど。
ええええ。
その人の次世の句がわりと初めて見たんです。
昨日初めてその話しながらネットで検索しながら見つけたんですけど、わりと好きで。
ちょっとだけ今の話の感じと似てないこともないかなな気もしたので。
すぐ出るかな。
なかなかに世にも人をも恨むまじ時に合わぬ御身の都がとして。
ほう。
というので役が、要は世間や人を恨む気持ちにもなれませんよと。
今となってはみたいなね。
はい。
時代が合わなかったっていうのは自分の都が、自分に運がなかったってことかなっていうような話で。
今川宇治座ね、ちょっと歴史の話になっちゃいますけど、今川宇治座ねってけまりが匠だったり若が匠だったりする貴族的な人なんだけど、戦国時代の戦国武将の息子として生まれてしまっているので。
時代が合わなかった人っていうのはすごいよくわかる話だなと思っていて。
そうですね。確かに。
諸事情あって大名の立場ではいられなくなったけど、京都に移り住んでそれなりの生活をした人なので。
そんなに不幸で、かっこ悪いって見方はできると思うんですよ。戦国武将とか好きな目線から言うとかっこ悪いとは見えるかもしれないけど。
彼は彼なりに彼にあった生き方をしたからそれなりに満足しているから、世間からそういうふうに言われても世にも人を恨むまじっていう気分になっているのかなみたいな気がして。
09:14
面白いなって思ったのと、人がどう見るかと自分が思っていることとは違うっていう意味で、今回の既選奉仕の歌とちょっとつながるかなって思ったので。
違う歌の話も入れてみようかなと思って、ちょっと自制の句を入れてみたんですけど。
やっぱりここ一番みたいな時に、人がどう思うが自分はこうだよっていうことを言いたいっていうのは、そういう意味では分かる話だなって気がしますね。
そうですね。
ちょっと世の中の人にはそう言われているけど、自分はそうじゃないよっていう感じでシニカルとは言えるかなとは思いますね。
では最後です。
6日戦唯一の女性、小野の小町です。
この人は有名ですね。
そうですね。なんといってもなんとか小町っていうのの元ですからね。
そうですね。美人の代名詞にもなっていますね。世界三大美女に入れられていますが、日本人が作っているから入れるんだろうなとも思います。
それはそうと言わざるを得ないとは思いますけど、でも少なくとも日本人はこれが世界に誇れると思っているということなので、いいんじゃないかと思いますけど。
100人種の絵札の中で唯一顔が描かれない方です。
いい話ですね。
そうですね。後ろ姿だけ。
要するに絵にも描けない美しさでしょうね。
小野の小町像と呼ばれるのもやっぱり割と後姿が多くて、顔が描いてあるのもいくつかはあるんですけれども、滅多にないようです。
小野の高村という方の娘なのか孫なのかと言われています。
小野の高村、ご存知ですか?
いや、知らないです。
ちょっと一言言い出させてもらうと、僕が知っている小野家の人は、小野の道風だけです。
道風さんですね。道風さんも有名ですね。
あの人は花札に出てくる人なのか。
そうですね。
花札の雨、11月の札に、花札では唯一人が描かれているものの人物。
雨の中で橋があって傘をさしていて、カエルがちょこっといたりするみたいな絵があるんですけど、花札の図案があるんですけど、それが小野の道風さん。
道風さんのおじいちゃんが高村です。
じゃあ、兄弟かいとこぐらいじゃないですか。
12:00
そうですね。
かもしくはおじおいがそのぐらいなのか。
そうなんです。
じゃあ身近な人なんだ、意外と。
そうですね。
そこ聞きたかったんですけど、関係あるんですか?って聞くかなと思ってたんですけど。
文学一家の娘さんです。
この高村は、閻魔大王に手伝いに行っていたというエピソードがあるぐらいの、高村の井戸っていうのが京都にありますね。
その井戸を通って地獄に行って、閻魔大王の補佐をしていたと言われるぐらいの人です。
それは言うと、政治家というか官僚的な意味で優秀だったっていう意味合いなんですかね。怖い人っていう意味なんですかね。
そうですね。結構最小の地位についていたのでね。
なるほど。決断力があるとか優秀とかそういう意味合いなんですかね。
はい。
なるほど。
じゃあ小松さんに戻るんですけど、大変美女で、それでなぜかお墓がいっぱいあります。
時々そういう人いますね。
そうなんですよね。秋田県から山口県まであっちこっち。
本州全土みたいな感じですね。
そうなんです。伝承も伝わっているのが多くてですね。
絵像の氾濫で関わっていたのではないかとか、変なのがいっぱいあってですね。面白いですね。
秋田にもあるってことは、秋田小松もなんざら小松だけ取ったんじゃなくて、小野の小松と繋がってる。
そうですね。秋田に、さっき言ってた深草の少々と小野の小松のお墓があります。
なるほど。じゃあそういう意識も働いて、秋田小松って名前がついてるんでしょうね。
そうかもしれませんね。小松ゆかりの史跡がその辺にたくさんあるようです。
なるほど。面白いね。
木野貫之が唯一褒めてます。
なるほど。
古の外織姫の流れなり、哀れなるようにて強からず。
いわば良き王なの悩めるところあるに似たり。
強からぬは王なの歌なればなるべし。と言われています。
外織姫という忍徳天皇の子供、陰陽天皇の妃がいらっしゃったんですけど、
この方は大変美しさも有名で、衣を通す姫って書くんですね、外織姫って。
衣を通して美しさが光るような美しいお姫様だよ。
15:03
和歌三人の一人とも言われます。
先ほどの柿の元の人もあると、山辺の赤人と外織姫が和歌三人と言われます。
この人のようだと。
小松ゆかりは外織姫の流れなり。
とても強くない柔らかい歌を書くんだ。
女だからねという感じで表していますね。
唯一悪口がない。
よくわかんないですけどね。
当時のその世界観での女だからねが、多少悪い意味を含んでいる可能性もなくはないですけどね。
そうですね。
あれなんですね、気になったので木野貫之さんは年代的に言うと、
没年が945年なので、青少納言と紫式文については評価できる時代じゃないってことなんですね。
そうですね。
なるほど。この二人をどう評価したかなっていうのもちょっと興味あったんですけど。
確かにそうですね。
時代がずれたということですね。なるほど、面白いですね。
では歌に行きます。
花の色は移りにけりないたずらに
我が身世に降る長めせ島に
桜の花の色はむなしく色あせてしまった
春の長雨が降っている間に
ちょうど私の美貌が衰えたように
恋や世間の諸々のことに
思い悩んでいるうちに
という歌です。
だから自分はもう美しくなくなってしまったよという歌ですね。
花の色、ちょっと待ってね。
この歌の
髪の毛ぐらいまでかな。
タイトルにしてるポッドキャスト番組あるんですよ。
出るかな。
出ないかな。
今急に探してるんですぐ出てこないんですけど、あるのは間違いなくあるんですよ。
それをまさに聞いてて思い出したのでちょっと話したいなと思ったんですが、
ちょっとすぐには出てこないので、ちょっと探しながら他の話を先にしていこうかなと思うんですけど。
花の色、桜の色ですね。
これを女性の若さとか美しさと書けています。
移りにけりな。
移るっていうのは花の色が色あせてしまう。
ということで色あせて衰えてしまったなという意味になります。
いたずらに、無駄にとか虚しくという意味ですね。
世に降るというのは
世、世代という意味と
18:02
男女の中という二重の意味がかけてある言葉なのだそうです。
降るも雨が降るというのと、時間が経過する、減るがひっかけてあって、
ずっと降り続いている雨と、年をとっていく私の二重の意味になっています。
長め世し間に、眺めて物思いをしている頃にと、長雨もかけています。
すごいな。
かけ言葉がたくさん入っていますね。
ポッドキャストの方、見つかったのでそれを先に言っておくと、
花の色は移りにけりな、いたずらにというタイトルで、
花ががたかな、色移りに、いたずらにが漢字。
という表記になってまして、
ご本人の恋愛のテイストの自作の詩を紹介しているような感じの番組です。
なかなか具体的な相手が想定されているので、多少エロティックな要素がある場合もありますが、
本当に結構な量が出ています。
本当に短いんですけど、この詩を毎回紹介しているという感じなので、
すごい短いですけど、
基本、止まっている時もあるけど、基本毎日に近い行進です。
すごい。
そうですね。
短いエッセイのような詩のようなというぐらいで、
3分から4分ぐらいですね、1本あたり。
というのを、わさにこのタイトルをつけているということで、
なかなかこういう機会もないと話題になることもないかと思ったので。
今も続いていらっしゃるんですか?
続いているっぽいですよ。
一応直近は今日出てますね。
すごい。
今は結婚して旦那さんとやっているポッドキャストがあって、
結婚する前からやっているポッドキャストがこっちなので、
結婚前から両方やっていたんですけど、
こっちは一人で詩を読んでいるだけなんですけど、
おそらくそういう意味で言うと旦那さんが対象なんだろうなという感じになるんですけど、
もう少し具体的にその人というのではなくて、
空想のという話なのかもしれないし、そこはわからないんですけど。
話があまりにそれてもなんなんで、そのぐらいにしておきます。
そこにこの歌をタイトルに持ってこようというところがあったのも、
なかなか面白いところかなと思ったので。
滅びの美学とか無情感というイメージがついていたんですね。
小野のこまち自身が美人であるという前提があるからというのもあるけど、
21:07
わりとどちらかというと、
全然ポジティブな歌ではないんですよね。
そうですね。
脳の中に置いてしまって死んで、
あれのでどころになった小野のこまちが幽霊として登場するというのもあるぐらいで、
若い時は綺麗だったけれども、
年をとるとねというイメージにも使われてしまっています。
そうですね。年をとるともあるし、
やっぱり死んでしまえばどうしたって意味嫌われるものになってしまうので、
いい時があればその分振り幅も大きいというようなこともあるから、
この人が読むことに意味があるような気もするし、
なんでもない人だとそこは一般論として話してるのかなみたいな感じがしちゃうけど、
この人が歌うことによって切実な感じがするって気はしますね。
そうですね。
やっぱり今回の六花戦と最初の二人と合わせるって、
やっぱり清少納後紫色母小野のこまちっていうのは平安以前の女性で、
天皇のお妃とか、
女性天皇以外では群を抜いて有名な3人だと思う。
そうですね。
どうしたって立場上政治に絡むことはもちろんないんですけれども、
文化人としてっていう意味でもここまで有名な人っていうのはなかなか他にはいないのかなと思うので、
その3人が出てきたという意味でも面白いところでしたね。
あとごめんなさい、ちょっとこれ今お話聞きながら、
ざっくり人物のことをwikipediaとかで見てたんですけど、
もちろん六花戦の6人は六花戦のメンバーではあるんですけど、
三十六花戦の一人でもあるって書いてある人とそうじゃない人といて、
中古三十六花戦とかって書いてある人もいたりとかして、
なんか六花戦に入るぐらいだったら確実に三十六花戦には入るものだと思ってたんですけど、
そういうわけでもないみたいですね。
そうですね。
なんか面白いですね。
小野の小町に至っては、
女性だけの三十六花戦みたいな、女房三十六花戦みたいなのもあるみたいで、
そっちにも入ってたり。
三冠王ですね。
六花戦、三十六花戦、女房三十六花戦、全部入ってますね。
そうですね。
その辺もなんか面白いですね。
だから今後取り上げる方ももしかしたら、
六花戦は今回取り上げちゃったからあれですけど、
六花戦には入ってないんですけど、三十六花戦の一人で、
みたいな人が今後出てくることもあるかもしれないですね。
24:01
そうですね。結構たくさんいますね。
じゃあ今回の作人誌はこれでおしまいです。
はい。
じゃあこれでいいですかね。
ガチャ回しますか。
はい。お願いします。
回ってる音がします。
開けてみます。
いいタイミングで来ました。
タイガは来たです。
ちょうどね。
新タイガが始まっている。
これだから配信のタイミングで言うと、
弥生の回なのでちょっと先になってるんですけど、
配信、去年のね、
整点を付けが終わってっていう話もまだしてないですし、
このタイミング、この次の収録のタイミングであれば、
新しく始まった鎌倉殿の十三人の話もできるし、
BSで再放送でやってる黄金の日々の方は、
まだ最終回までいかないけれども、いよいよクライマックスって話ができそうだし、
ちょうどいいタイミングのような気がします。
素晴らしい。
一応、タイガは来たに関しては、
どっちの担当っていうわけではなく、2人で話すみたいな感じがあるので、
ちょっとそれが久しぶりに来たっていうのもあっていい感じですね。
お互いに感想を練っておきましょう。
はい、わかりました。
桃の節句も近づき、少しずつ日差しに暖かみが増してきました。
しかし、まだまだ寒い日も続きます。
どうぞ、お体をご自愛ください。
皆さまに幸大き春が訪れますように。
それでは、ごきげんよう。
ごきげんよう。
27:09

コメント

スクロール