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2026-02-24 1:22:17

BC133『カウンセリングとは何か』

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今回は大きく二部構成です。

先日新書大賞2026を授賞した『カウンセリングとは何か』の紹介をメインとし、その前段階として著者の東畑開人さんの著作を紹介します。

著作リスト

* 『美と深層心理学』(京都大学学術出版会、2012年)

* 『野の医者は笑う』(誠信書房、2015年)→文春文庫

* 『日本のありふれた心理療法―ローカルな日常臨床のための心理学と医療人類学』(誠信書房、2017年)

* 『居るのはつらいよ―ケアとセラピーについての覚書』(医学書院、2019年)

* 『心はどこへ消えた?』(文藝春秋、2021年)

* 『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』(新潮社、2022年)

* 『聞く技術 聞いてもらう技術 (ちくま新書 1686)』(ちくま新書、2022年)

* 『ふつうの相談』(金剛出版、2023年)

* ・ブックカタリスト(BC072『ふつうの相談』/Sep 12, 2023)で紹介した

* 『雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら』(KADOKAWA、2024年)

* 『カウンセリングとは何か 変化するということ』(講談社現代新書、2025年)

(wikipediaを参考に作成しました)

『野の医者は笑う』は人文的読み物として、『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』は(ある種の)自己啓発的読み物として、『聞く技術 聞いてもらう技術 (ちくま新書 1686)』は(ある種の)ノウハウ本として楽しめると思います。

でもって、これらの著作の集大成的雰囲気をまとっているのが『カウンセリングとは何か』です。

カウンセリングとは何か

本書は、実直に「カウンセリングとは何か」を説明してくれる本です。

新書なので一般向けの内容であり、カウンセリングという専門分野に興味を持っている人と共に、これから(ユーザーとして)カウンセリングを利用しようと思っている人にも、「こういうことを、やっているのです」とガイドしてくれています。

どちらの意味においても、「カウンセリング」と親しくなれる本だと思います。

ポッドキャスト本編では足早に第二章までの内容と、第三章のさわりを紹介しました。でもって、私が特に重要だと感じたのが、カウンセリングの専門性はどこにあるのか、という点です。

答えは、アセスメント。

単純な”知識”だけならばインターネットで(あるいは生成AI)で手に入る環境において、ユーザーの状態・状況を観察し、分析した上で、適切な方法を考えること。さらに、その内容を相手に共有し、進め方を一緒に考えていくこと。そのような臨床的・現場的・実践的な技術があるからこそ、専門家は専門家足りえてるのだとしたら、私たちはあらためて専門家の価値を再認識する必要があるでしょう。「知識」があればいいというものではないのです(もちろん、知識がなければ成立すらしないわけですが)。

本書を読んでさまざまなことを学び、考えましたがましたが、広い意味での知識労働者において大切な姿勢を一番深く受け取ったかもしれません。

(収録時に使ったメモはこちらからご覧いただけます)



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00:02
面白かった本について語るポッドキャスト、ブックカタリスト。 最初に今回いただいたコメント、お便り等を紹介したいと思います。
はい、お願いします。
ゴリラさん。
ブックカタリスト。なんかちょっと面白そう。 ゴーシチ、ゴーシチシチのルールが社会を表しているんだな。
これは僕の勝手な解釈なんで、実際どうかわからないですけど、 ルールがあるからこそそこからはみ出るものがあるという意味の関係と、
社会性と非社会性っていうのが対応してるんじゃないかなという話ですよね。
解釈として、その解釈はとても面白いので、何て言うんだろう、解釈しがいがある。
そうですね。
そのいいバランスだと思います。
と、もう1件。
タカピさん。
おととの前回のやつですね。
リズムによる未来予測、対話やシチュエーションからの言葉の予想で相手の意志を汲み取るとか、とても面白い話だな。
ある程度以上の音量を浴び続けることは、耳だけではなく、脳にも悪影響を受ける可能性とかも大事なポイント。
はい。
リズムによる未来予測、シチュエーションからの予想とかは、実は結構本からの俺なりの解釈をだいぶ強く取った話の流れではあるんですけども。
まあでもこれまでに何か読んできた脳関係の本の話とは合致する予測ですよね、これは。
そうですね。その意味で言うと、この本にしかなかったのは、そのリズムを予測できるというのが非常に特殊な能力であるっていうこと。
そこはあんまり他の本では見たことがなかった感じはしますね。
はい。という感じで、今回第133回、カウンセリングとは何か。
はい。今回は暮らしたのターンということで、カウンセリングとは何かという、高段者、現代新書から出ている本を取り上げたいと思うんですけども。
簡単に初始情報をさらっておくと、当然高段者から出ている本で、2025年の9月に出た本でして。
僕は、僕、著者のこの遠畑さんのファンなので。
全部読んでいる印象ですよね、出た瞬間に。
発売日ぐらいに買ったんですけども、冒頭あたりを読み始めた時に、これはちょっと長い寿命にできる本ではないなというふうに思い至りまして。
ちょっとその時忙しかったんで、ちょっと読むのを待てしまして。
時間が取れるまで待とうということで、ちょっとチビチビ読みながらも結構空いてたんですけども。
03:01
ゆっくり読んでたら、読み終えたのがつい1月の後半ぐらいかな。
最終的に読み終えることができて。
僕が新しく紹介する本って、読了直後というよりはちょっと置いてから紹介するような、別にバナーではないんですけど。
ちょっと自分の中で紹介できるなっていう時間を置いてから紹介するんですけど。
今回ちょっと多少事情があって、ぜひともこの133回で紹介したいなと思って、慌てて読書メモを取って紹介させていただこうということで。
この慌てて、このタイミングで紹介したかったっていうことの理由とは全然関係ないんですけども。
関係ないけど、はい。
つい先週かな、2026年の新書大賞がドーンと発表されまして。
この本が大賞を取りましてですよ。
大賞なんだ。
はい、1位を取りましてですね。
本屋さんに行ったら結構台的に並んでるんではないかなということで。
キノクニア人文大賞っていう、2026年の大賞でも7位を取られて、新書大賞は1位を取られたということで。
一番ホットな新書なんですけど、別にそれを狙ったわけではなく、たまたまなんですけども。
この賞っていうのは何て言うんだろう。
いわゆる読者じゃなくて、書店関係者とかそっち系の。
キノクニア人文大賞は多分投票があったと思います。
読者からのランキングみたいなやつ。
新書大賞は多分審査員的な人たちが選んだか売上見たかその辺やと思います。
読書と両方の観点で良いことなんですね。
強化されている。
新書大賞は結構すごい、本当にその年一番売れたぐらいの。
去年はなぜ働いていると本が読めなくなるのかやったかな。
正式なタイトル間違えてるかもしれないけど。
その年に一番ヒットしたような本があげられてるんですけど。
この本は2025年の9月に出たんで、まだ発売されてそんなにも経ってませんが、
多分本屋さんでも普通に盛り上がってると思うんで。
タイムリーと言えばタイムリーだと思うんで、ちょうどいいタイミングで紹介できるかなと思います。
とりあえず全体通して読んだ時に感じたのが、これまで僕が読んできた著者の
戸畑さんのこれまでの仕事の集大成的な位置づけになる本だなというふうに
感触を覚えたんで。
だったらこれまでの本を紹介しようということで。
最初は著者のこれまでの本を紹介し、その後は今回取り上げるカウンセリングとは何かという流れ。
2段階の流れにしようかなと考えております。
残念ながらタンチョのすべてを僕持ってるわけではなく、
リストを開けたんですけど、リストのうちで2冊だけ手元にございません。
06:02
美と真相の心理学っていうのが一番最初の本なんですけども、
まず入手が難しい。
京都京大学術出版会というあの少ないやつですね。
そうですね。出版物数も少ないし、アマゾンで見たら中古で1万円くらいしたので、
ちょっとニュースできてないというと、3冊目の本として挙げられている日本のありふれた心理療法というのが、
これもね、新生書房というところから出てる本なんですけど、ちょっと僕書店で見かけたことがなく、
僕基本的に書店で見かけた本を買うという読書スタイルをしているので、
見かけてないから書いてないということなんですけども、
見かけたら買おうかなと思って、残りの方は全部持っておりまして、
画面を見てない方はわからないと思うんですけども、
ゴルゴさんこの著作リストを見て、ちょっと面白いことに気づかれません?
まずね、全部ラフターさんは読んで感想を述べている。
そうだね。
バタートークも含めて、必ず必ず触れている。
本そのものにね、いや本のリストそのものに面白いところがあるんですよ。
リストそのものに面白いところがある。
クイズっぽいことしてますけど、これね、見ていただいたらわかるんですけど、出版社全部違うんですよ。
えーと、めっちゃ細かいことを言うと、精神書房だけ2個ある。
これが、あ、そっか、これはね、文庫版で出てて、そうだね、確かに。
これ文集文庫から出てるんですけど、新庫版、文庫版が。
まあだからほぼ違う。
で、ほぼ違う上に、えーとね、
テイストも違う。
あの、同じような話を繰り返しているとか、シリーズ文というよりは、
まあその、編集者ごとさんごとでしょうね、おそらくテーマごとで、
切り口とか、内容そのものは変わらないようにしても、
メッセージの出し方とか、結構違ってくる。
あの、本1個1個が個別的に書かれているなという印象があって、
えーと、まあ大量の本を書かれている人って、
もうその段階でわかる。
まあじゃあここで括弧を省略としますけど、
そういうタイプじゃなくて、一冊ごとにちゃんと向き合って書かれているなという、
一冊ごとというか、その著者とか出版社と、
多分企画案を考えて作られているんだろうなということで、
なのでその、僕これ全部読んでますけど、やっぱり、
そう飽きないというか、それ一冊ごとに違う面白さがあるなというところは、
書き手として尊敬できるなと思う点ですね。
えっとなんか、なんて言うんだろう、その人なりの一貫性を保ちつつ、
切り口を変えることで、やっぱ違った面白みが持てている。
持てているというところ。
だから書き手と共に、その著者が持っている経験の厚さとか、
思考が太いからこそ、そういう切り分け方ができるんじゃないかなとも、
ちょっと逆説的に思いますね。
相当あれですね、困難な仕事に感じますよね、それは。
09:00
だからやっぱりずっといろんなことを考えたり、実践されたりして、
書ける素材とか切り口っていうのをたくさん持っておられるっていうところは、
もうこれぐらいの著作、2015年からの著作を見て、
今は2025年ぐらいなんですけど、10年間の著作でも、
こんだけバラエティあるものを出せるのはすごいなと思います。
平均してね、2冊近いベースでも書いている。
どれも違ったテイストで面白いというのが、おすすめポイントですね、
この著者のおすすめポイントです。
一応僕が手にしている本だけをちょっと紹介するんですけど、
まず上げる1冊目として、野野医者は笑うという本がありまして、
これ文集文庫で最近出たのですぐ手に入るんですけど、
これが本当にめちゃくちゃ面白いんですよね。
面白いって言った時に、エンターテイメントとか、
ジョイみたいな面白さとインタラスティングな面白さの両方がある。
知的に面白いし笑えるという2種類がある本でして、
著者は大学院まで出ている、国家資格も持たれている心理師の方なんですね。
いわゆるちゃんとした正式な心理師の方なんですけど、
沖縄にはその文脈で言うとちょっと怪しい心の治療者がいっぱいいると。
簡単に言うとスピリチュアル的なものを扱うような、
個人でやっている心のケア者っていう人たちがいるんですけど、
それをフィールドワークした時のお話がまとまっていると。
著者はもともと東京の方かなと思うんですけども、
沖縄に仕事、職があって沖縄に引っ越された時に、
そのような研究を自ら決めて、助成金を取り、
自分が実際にそのような人たちにカウンセリングしてもらうことで、
いろいろ考えていくと。
非常に重要なポイントですけど、
例えば西洋的な医学的発想で、
そのようないわゆる野生のカウンセラーたちを嘲笑うとかいうことではなく、
むしろ実際にそのような治療者が心を治しているというと、
カウンセリングを受ける人たちの生活の破綻を防いでいる事実を直視して、
じゃあ僕たち、正当な医療としてやっている僕たちと、
この人たちは何が違うんだろうなという、
かなり根本的なラディカルな問いに向かい合う。
この本でも一応ある程度こういうことなんじゃないだろうかとは書かれてるんですけど、
おそらくそういう体験そのものが著者のここから10年間の大きな原動力になってきた。
つまり私たちは正当な医療者で、
あの人たちは正当な医療者じゃないという真っ直ぐな区分線を引くんじゃなくて、
12:03
心を治すという現象に関わっている同じ当事者ではないかって捉えた時に、
じゃあ違いは何だろうか。
同じことは何だろうかというような疑問がたぶんふつふつと、
この本の体験から湧いてきて、
その後の研究につながったんだろうなということで、
著者の出発点のような体験を面白おかしく読める本でして、
でもこの異常な、異常なっていうのはその改革付きの異常なところに飛び込んで、
実際に経験するという意味で、
高野秀明さんの本との同じようなテイストで楽しめるんで、
そのような民間フィールドワーカーの話として読んでもこの本は面白いと思います。
これがまず。
野生のっていうキーワードで、すごいね、レビストロースを思い出してしまいました。
それを意識して今言いましたけど、
結局レビストロースも西洋の知性以外の知性っていうものを
軽んじてきた西洋社会にカウンターパンチを投げたわけですけど、
まったく業界で野生の思考的なものをちゃんと取り扱おうとして、
丁寧に取り扱おうという心差しがここの本でありありと感じられる本ですね。
そうか野の医者は笑うってなかなかそうやって考えると深いですね。
そうです。
これはだから在野のというような野生のっていうそのいろいろなニュファンスがこの一言に込められてますね。
次の本なんですけども一冊飛ばしているのはつらいよという本で、
医学書院から出ているちょっと分厚めの本ですね。
これシリーズケアを開く系のやつで。
それ系のやつか。
ひまとじゃないや。
中大道の世界?
中道の世界か。
高校先生の本とかも出ているシリーズで。
時系列がこれ逆でして、さっき沖縄の話しましたけど、
著者が5年間の大学院を卒業した後にどっかで働き口を見つけなければならないと。
大学院を出た人は大体大学院に職を求めるわけですよね。
でもこの若かりし27歳の著者はそんなのではダメだと。
現場でちゃんと臨床しなければいけないという若かりし情熱を持って仕事を探してはったんですけど、
奥さんと一緒の暮らしを維持していけるだけの給料が見つかる心理療法士の仕事がないと。
全然見つからないと。
よくても時給1500円ぐらい。
この本が書かれている頃からちょっと高いですけど、
15:01
でも一家を養いのほどの給料。
何より時給仕事はきついですよね。
中でずっと検索したらすごい月給を払ってくれる仕事が見つかって、
しかもそういう仕事の中でちゃんとその臨床のカウンセリングの仕事がある程度、
実際その7割から8割ぐらいを占めている仕事という自分が探してた条件にピッタリ見つかって、
いざそこに行こうと思ったらそこが沖縄やったということですね。
ここで紹介されている、つまり脳癌者が笑う前の時。
前日談というか。
沖縄で働くことになった時の話を書かれておりまして、
副題がケアとセラピーについての覚書なんですけども、
つまりこれはケアとセラピーというのが違うものとして捉えられていると。
難しいですよねこれ。
セラピーという言葉は、ケアというのは最近よく聞くようになってかなり意識するんですけど、
セラピーはあんまり触れる機会がないな、自分でいうとその言葉に。
この本の文脈でいうと、いわゆるフロイト的なやつですね。
心理療法のような、カウンセリングの中で行われている心理療法的な部分が主にはセラピーとこの本では言われていて、
それ以外のもう一つがケアなんですけども、
著者が働いていた精神科のクリニックの中で、
いわゆるさっき言ったカウンセリング、向かい合って密室で喋り合うのと、
その隣にデイケアというのがあったらしく、
そこで精神病的な人たちが何とか日常生活を営むとか維持するために通う場所があるらしいですね。
そこで特に何もすることがなくて、みんなそこにいているだけ。
もちろん遊び道具、卓球台とかもあるらしいですけど、
治療的行為は別にされるわけではない。
集まっているだけ。
著者もそこにいるだけなんですね。
何かするわけじゃない。患者さんに対して何かするわけなくて、
医療従事者としてその部屋の中に一緒にいる。
あまりいるだけのこと、存在しているだけのことが変えられなくて、
一人のおばちゃんおばあさんとカウンセリングの真似事を、
真似事というかプロの仕事だから本物じゃないですけど、
30分くらいのカウンセリングを定期的に行って、
その人が持っている心の深い部分の傷とかについて会話をしていたら、
だんだんその人が来なくなって、
最終的に全く来なくなってしまったってエピソードが語られている。
失敗から学ぶ系なんですね。
結局そこで求められていたのはただいるだけの状態であったと。
著者はそこでカウンセリングをするときに何がなされるかというと、
18:01
自分が抱えている深い心の傷と向き合うということなんですよね。
向き合うということは、
当然その傷をこっちに引き受けるわけ。
自分が引き受けているからある程度その、
耐えられる状態でないとやってはいけないことなんだと。
つまり、
例えば相手が喋りたがっているからそれを聞いて心の傷を解き明かすことは
常に善ではないという思いが書かれていると。
ある種、あるそれが引き受けられる状態でないとやってはいけないということを
その若かりし頃に学んで、
ここでそのケアとセラピーの区分ですけど、
ケアっていうのは傷つかないようにすること、傷つけないようにすること、
傷を回避すること、傷に至らないようにすることがケア。
セラピーは傷と向き合うことと2つ区分されていて、
それぞれに適切な状況シチュエーションというのが違うよねということが
この本で確認されますね。
ケアの一部の概念がセラピーではなくて
配達的な、交わるところはない?
ないと、あえて選別したらそのように、特徴を取り出せばそのようになると。
だからそこで、例えば本来今ここはケアが必要なのに
間違ってセラピーしてしまったらあんまり良くないことになるよねという
著者なりの失敗から学んだようなところが
反応されていて、あとタイトルからありますけど
いるのは辛いよ、ただ居続けることの難しさということが確認されると。
だからこの辺の1冊、紹介した2冊目と1冊目は
著者の若っかりし頃の経験談とかっていうのを
面白い語り口で紹介している。
ちなみに文章はとても上手い方なんで、
読んでいただくことはないと思います。
どっちもあれですね、ちょっとその古い感じの小説とか
単純に男は辛いよとかそういうところから持ってきたタイトルっていう
そこも変化が見られますね。
次3つ目に取り上げるのは、心はどこへ消えた?
という最後にクエスチョンマークが付いてますけど本で
これはエッセー集ですね、エッセーですね。
週刊文集だったかな?
週刊、週刊文集で連載されていた
エッセーを単行本化したものということで
これは大きな何かが提示されるわけでもなく
日々の心に関するようなエッセーをまとめた本で
ざっと読むと面白いと思います。
続きまして何でも見つかる夜に心だけが見つからない
なかなか面白いタイトルですけども
これはね、ある人のどういう点かな
さっき言ったケアとセラピー的な
二項対立じゃないですけど
21:00
2つのものを扱う手つきが本領発揮的に出ている本なんですけど
例えば第1章が処方箋と補助箋という区分を設けるんですね
処方箋というのは薬を処方するアレで
つまりこれを飲んだら元気になりますよって与えられるものですね
補助箋というのはそこにあるものは何も変えないけど
それをちょっと加えることで物の見方が変わるようなもの
答えを提示するというよりはそれを受け取った人が
自ら自分の考えを変えていくようなもの
この2つがある種の困りごととかに対して
手渡せるものの2つやという風な話があって
これはさっきのタイトルとちょっとケアとセラピーに
重なるところも多分あると思います
2つの方策があると
他にも馬とジョッキーっていうのがあって
馬っていうのは僕らの心相意識的な心相心理的な本能に近いもの
ジョッキーっていうのはそれを操作するもので
現代は基本的にジョッキー優位な世界なわけですね
管理すること支配すること思い通りすることが重要やけど
それは確かにそうやって必要なこともあるけど
馬僕らが持っている支配できない良機の馬の声を
模してし続けると困るよねとか
その他働くことと愛すること
シェアすることと内緒にすること
あるいはスッキリすることとモヤモヤすること
あるいはポジティブなこととネガティブなこと
っていう風に2個を対立させて
別にどっちか上っていうことじゃなくて
このような複数性の中で人っていうのは生きてるよね
ということが柔らかい語り口で語られる本です
このケアとセラビーとかさっき挙げたような
この2個の対立を作って話を進めていくのは
著者の技ですねテクニックよく見かける技です
一般的におそらく価値が低く見られているものを
ちょっと押し上げるようなやり方ですよね
ある種のバランスを取っているような感じ方がありますね
次聞く技術聞いてもらう技術
これもう技術って名前が付いてますけど
かなりノウハウ本として書かれてますこの本は
音声で言うと分かりませんけど
ここの本のタイトルになっている聞くは
モンガマインの中に耳が書いてある
いわゆる僕らがナチュラルに使う聞くですね
リッスンの方じゃない方ですね
この手の話つまり心の問題の話で言うと
傾聴するの方の聞くが重視されますよね
耳へんのやつですよね
耳へんのやつああやって聞くことが大切だとか
そういうための技術が必要だという話がありますが
著者はひっくり返すわけですね
24:00
むしろ僕たちがノーマルにやっている聞くこそが大切だと
それこそが難しいし
それこそが現代でおそらく損なわれてしまっているもの
僕たちは人の話を聞けない
聞くことができない体制に置かれている
すごいそれは深い感じがする
そういう時にこの本は技術を紹介したわけですけど
面白いのはまず小手先の技術からいくんですね
これいわゆるライフハック的なやつ
すぐに実践できるような
ホーム返しをしましょうみたいなそういうやつ
そういうのがいくつか10個ぐらい
10何個ぐらい紹介された上で
その続いて理論とかより概念的な話に
行くっていう二段構えになった後で
もう一個聞く技術があったとしても
聞く体制がないとその技術ってそもそも使えませんよね
という話になる
例えばすげえイライラしている時とか
相手が自分に対して敵対しているとしか思えないような時に
どんだけ聞く技術があってもこれは使えないわけですね
日本の意味では
そういう時に話を逆転して
聞いてもらう技術っていうのも必要ですよねと
話す方の技術
そうそうどうやって聞いてもらえるのかっていう方も
必要ですよね
それもやっぱり小手先の技術からいって
またもう一個深い話になると
小手先の技術の一つ例えば話を聞いてもらう時に
横に並んで座るっていうのがあって
顔を見ないってことですね
こうやったらしゃべりやすくなることもいろいろあるみたいな
そういう来伯的なところから入って
もう一段深い話に入るという感じで
これもだから2種類の聞くのうちの
軽んじられている当たり前の
できて当然と思われている聞くっていうのを回復するとともに
聞く方じゃなくて聞いてもらう方の技術も
段上げしているというところで
二重の対比構造が隠されている
これはこれまで書いた本より比べて
グッとノウハウ賞として意識して書かれている本ですね
ある程度ノウハウ本が好きだったら
多分この本が一番入りやすいと思います
続きまして普通の相談
これは部活の第72回で紹介しました
2023年なので聞いたことがない方も
全然覚えていない
覚えられてないと思いますけど
そういう時は聞き直してください
聞く技術ではないなそれは
これは結局僕たちが普通に誰かと相談している
話を聞いてもらっているっていうことと
心理療法士がやっている高度なカウンセリングっていうのは
全く別の別次元のことじゃなくて
実際なことなんだよという大きな見取り図
その個別の市民的な民芸的な相談っていうのと
プロのカウンセラーがやる相談っていうものを
27:01
一つの大きな絵面にまとめるという
かなり大きな仕事をされていて
それは僕が72回でも言ったと思いますけど
結構僕は感嘆を受けた本なんですが
やや固い固く書かれた本で
SA風な文章よりはちょっと学術書よりの書き方をしているので
ちょっと読み手を選ぶかなというところはあるんですが
内容自体はそういう本です
野野医者は笑うから繋がっている
そうです繋がっています
全くその野野医者の頃から持っている問題意識をずっと考え続けていて
それをより普遍的にした感じですかね
感じをまとめてこられたら普通の相談ということですね
ラストが雨の日の心理学で心のケアが始まったらという本で
雨の日っていうのは晴れの日じゃないってことですけど
心が通常のノーマルな状態じゃない時なんですね
晴れの日の相談っていうのは
例えば僕がまずないんですけど
自分の奥さんと喧嘩してこういう状態になってるんですよって誰かに言う
じゃあこうしたらいいんじゃないですかって言って終わる
これが晴れの日の相談なんですね
これは僕らが一般市民が分かっている世間知で対応できる
でも心の状態っていうのはそうじゃない時がある
周りの人に言ってもその人の心がどうなってるのかが
うまくつかみ取れない状況になっている時に
プロの相談が出てくるわけですけど
それを晴れと雨で対比して
雨の日の相談っていうの心理学っていうのがあるよねということで
これはカウンセリングとかに興味を持っている人
学生でも一般市民でもいいんですけど
こういうことをやってるんですよっていうのを平たく分かりやすく
講義風にカルチャーセンターの講義風にまとめた本
っていうのがここまで挙げた本が
カウンセリングとは何かまでの著者のリストです
ここまで挙げたような話がすごい濃度でまとまっているのが
今回取り上げた本のカウンセリングとは何かという本で
新章で現代 高三者現代新章なんですけど
500ページ
450ページぐらい近くありまして
さすがにこれ全部は紹介しませんし
紹介しても仕方がないんで
全体の5章分のうちの2章まで
ちょっと3章の頭にかけてぐらいを今回は紹介したいと思います
ここからが本編というか第2編ですね
集大成的な感じなんですかね
言ったら著者のこれまでの
今までここで挙げてきたような話とか内容とかを
カウンセリングとは何かというテーマで再編した
30:03
もちろん新しい要素も付け加えられてますんで
この本を読めばここまでの本のエッセンスは掴み取れますけど
でもそれぞれの本は文章的に面白いんで
別に全然読んでもらっても損はないと思います
というわけで本編というか中編なんですけども
まず前書きがありまして
不思議の国のカウンセリングという言い方がありまして
タイトルついてますけど
このちなみに不思議の国っていうのは
別の本にも出てまして
いるのは辛いよっていうさっき挙げた本にも
この不思議の国という言い方がなされてるんですけど
著者にとって特に大学生とか大学院で
勉強してた時の著者にとって
カウンセリングの仕事っていうのは非常に魔法的なもの
マジカルなものに見えていたと
なぜかというとただ喋ってるだけで
この話を聞いてもらった人の心が回復していくわけですよ
何も処方箋をもらってないのに
これはもうある種魔法のようなものだろうと
だから自分も今後ちゃんと勉強して
大学院卒業したら
魔法が使えるようになりたい
使えるようになると
きっとそういうのが完成図なんだろうと思ってたが
大間違いだったと
さっき言ったように
著者は心理療法士だって結構いろいろ
勤める場所も変わったりとか
今現在は個人で開業されてますけど
いろんな現場で働いてこられた
しかも自分の得意なことだけをやってたわけじゃなくて
そうじゃないところとかもいろいろ点々とした
総合的な結果として
魔法とは全然似ても似つかないものねと
つまり非常に現実的で実際的で常識的で
地味な試行錯誤の繰り返ししかないと
杖を振れば回復するような魔法とは全然違うと
むしろリアルであることが多分必要とされると
どういうことかそれはつまり
ある特別な才能を持つ特別な技能というよりは
普通に僕たちが行っている生活とか
人生の実続きにあるものだということが冒頭で確認されて
これは当然今まで来てきた話と通じるわけですけど
ただもしカウンセリングの営みに不思議なものがあるとしたら
それは多分心だろうと
カウンセリングそのものが不思議なんじゃなくて
心が不思議で不思議なことを起こしてるから
あたかもカウンセリングが不思議なように見える
というような話から始まります
これは非常に面白いと思います
本章では当然タイトルがカウンセリングとは何かなんですから
カウンセリングとは何かが解き明かされていくんですけど
著者がどうしてもやりたかったのは
個別ここのカウンセリングじゃなくて
一つの一般的な抽象的な名詞としてのカウンセリングっていうのが
全体的に何をやっているのかと
そこにある原理っていうのが
どういうものなのかを解き明かしたいと
33:00
残りの個別に紹介していきますと
その各論の本はいっぱいあるらしいですね
それは僕も本屋さんで見たことがあります
カウンセリングの具体的な技術の本はいっぱいあるんですけども
もっと大きなつまりレベルを一つ上げた状態で
それらを統合してカウンセリングとは何かを語っている本が
著者から見た時に全然論じられてなかったと
それを変えたいと
変えたいっていうのはつまり
バラバラにみんなカウンセリング
ある学派はカウンセリングとはこうだって言って
別の学派はカウンセリングはこうだって言って
つまり違う主張をされていると
市民から見た時に
カウンセリングって何なんですかっていうことになりますよね
統合がないわけですから
それは結局市民とカウンセリングの距離が縮まらない
ということになってしまうと
でもそれは困るよねと
だから著者としてはカウンセリングっていうのは
もっと社会に需要される形に持っていきたいと
そのためには個々の学派ではなくて
もっと大きな統合としてそれらを踏まえるものとして
カウンセリングとは何かっていうのを言ってみたかった
っていうのが本書の問題意識というか動機ですね
その際に採用されたポイントが
学派とかアカデミックの方から考えるんじゃなくて
むしろそれを利用する人
つまり社会の方から
カウンセリングを見る視点を取ろうと
学派から取ってしまう視点を取ったら
分裂するしかないわけですね
主義主張が違うわけですから
でもそれを使うユーザーの視点から取ったら
ある問題を解決したい彼をそれを使うという意味で
非常に統一的な視点を取れると
だからアカデミックな方向じゃなくて
それを提供
心理療法というのを提供されるサービスだと捉えて
それを社会のユーザーのニーズの方から見ていくように
視点を設定したというのが本書の特徴
もう一個は変化することへの注目という話があるんですが
これは本書の後部編に出てくる話で
僕は今回後部編は取り扱わないんで
一応省略しますけども
基本的にはそのユーザー視点から
サービスを利用する視点から
カウンセリングっていうのを考えていこうというのが
はじめにで確認される本書の方向性です
第1章いきなりカウンセリングとは何かで
心に突き当たるなんですけど
本書の立て付けというか構造としては
僕たちは今から不思議の国という
まだ入ったことのない国に入国すると
冒険しに行くっていう
つまり僕らアカデミック側じゃなくて
そこに生きる市民なんですから
外側に生きる市民やから
この市民として別の国に行くというシチュエーションで
話が進んでいきます
今からその国に入るわけですけども
36:01
入る前に一応ガイドブックとか見るのと同じようで
そこで行われてるのが何なのかを
一回ちょっと知識として整理しましょうということで
いきなりなんですけど
カウンセリング怪しいという話がありまして
カウンセリングに対する
僕ら市民が持つ感覚っていうのが
まずカウンセリングっていうのは
誰でもやっていることだと
だって喋ってるだけじゃないですかと
もう一個はカウンセリングっていうのは
宗教とか占いみたいなものだと
つまりスピリチュアル的に非常に怪しいことをしている
つまり科学の営みではないところで
やられているようなものではないかという
不信感というか
ものがあっていると
それをこの二つの疑問に
本書全体を通して答えていくんですけど
まず著者が言うには
それは多分間違ってないと
この二つについて
めちゃくちゃもう大否定するわけじゃない
確かにそうだと
カウンセリングの挑みの
喋って人の心が治っていくプロセスそのものは
さっき言ったように普通の相談でも行われているし
カウンセリングが
例えばそのさっき言ったのの医者がやっているような
スピリチュアルの高校の回復と似たことをやっていることも
間違いではない
でもだからといって
同じじゃないよっていうことを見ていく
どっかに違いがあるよってことを
一つ一つ解き明かしていくという
話の進め方になります
それを解き明かすために
二つの軸が設定されまして
横糸と縦糸なんですけども
横糸が現代社会においての
カウンセリングの意味が横糸
現代社会つまり水平面ですから
逆に縦は歴史ですね
かつては例えば宗教とかが
宗教とか占いっていうのが
かつてっていうのはそれはめっちゃ前ですよ
になってきた役割っていうのがあったと
それは確かに心の問題を扱ってきたと
段階的に宗教とか占いの時代から
だんだん科学の時代に移り変わった
科学の時代としてカウンセリングは行われている
先ほど言ったように大学院に出て
資格を持っている人
国家の資格を持っている人がやっている
カウンセリングっていうのはある種
科学の随反者でもあると
それはどういうことなのか
かつて宗教が担っていたものが
今科学のカウンセリングになっている
この変化っていうのはどういうことなのかっていう
この水平的なものと歴史的なものっていうのを
二つ重ね合わせて考えていこうということが
大書で提案されまして
用語整理なんですけど
カウンセリングってさっきから何回も使ってますけど
これ何の意味もないんですねほとんど
僕らの日常と悩みの相談という言葉で使われていて
インターネットとか見たら
あるいは何でもいいんですけど
フニャララカウンセラーっていっぱいいるんですよね
無資格がいっぱいいる
本当に
39:00
今多分note.comを開けば
無数のカウンセラーがいると思う
だからカウンセリングっていう言葉
非常に今自由に使われてますけど
この本の中では臨床心理学に基づいた
専門的なカウンセリングを
ひとまずここではカウンセリングと
読んでいるということですね
だからそこは人間の原点があります
資格的な国家資格とか
そういうものとひも付いたりは
なんかしているタイプでは
しているやつなんですか
しています
この臨床心理学に基づいた専門的な
これはある資格がバックグラウンドにあることが意味されますか
それは後ほどまた紹介します
心理療法とか精神療法とか精神分析って言葉
よく聞くと思うんですけど
こうやって何が違うか分からないんですよね
僕も分からなかったし
多分見ても分からないと思うんですけど
だいたい同じらしいですね
だいたいは同じらしいんですけど
いくつか細かい違いがあると
でもやってることは話をすることで心を変化させる
つまりここでいうことのポイントは
ある何か薬を飲んで変化させる
生理療法ではなくて話をすることで
変わっていくっていう心理療法との対比が
薬物っていう言い方は悪いけど
薬、化学物質による変化を促すものとは違う
違う
対比として心理療法という言い方が
心理療法という言い方をするってことは
単体行に生理療法というのがあると
生理療法は精神科医とかに行ったら
だいたい生理療法がなされますね
何か薬が配布されて
処方されて飲むっていう形が
心理療法とはそれとは違うこと
あくまで心
基本的には話をすることを中心に
心を変えていくということを目指すのが
心理療法
心理療法が一番ビッグなカテゴリーですね
その下に精神分析とか
認知行動療法とかっていう
個別の法論が分化していくっていう感じになっています
そのカウンセリングという言葉なんですけど
説明によると20世紀初頭のアメリカで
職業選択の相談として出てきた言葉らしいですね
だから今でも大学とかでも
就職相談?
大学でも多分あると思いますね
3回とかになった時にどうしたらいいんですよ
って相談するときにそれをカウンセリングと呼んだと
日本でもそれをそのまま大体
その会社の人事とか
教育現場での相談をカウンセリングと呼ぶ
言葉として輸入された
広まったということがあって
そこでは要するに
精神的に健常な人
健康な人を対象にしたものとして始まったと
あのあれですね
医学的なその精神
何状態っていうんだったっけ
心理療法とかは別に関係がない
関係がないというか
それとは違う
あくまで相談ごととして普及したと
だからそもそも対象とユーザーが違う話ですね
心理療法は心の健康を損なえている人だけど
さっきの職業案内とか職業相談とかは違うと
42:04
この心理療法的なカウンセリングっていう言葉が
広まったのがカール・ロジャースという人らしいですね
が提案した
非支持的カウンセリング
支持しないタイプのカウンセリングっていうのを提唱されて
日本でも広がって
カウンセリングという言い方が
この心理療法を指すものとして
ある程度一般化したという流れがあると
細かい言い方はいろいろあるから別にいいんですけど
深い意味はなくて
ユーザーからしたら別に
薬を使って治すか
話しながら治すかっていう違いだけ見とけば
それをカウンセリングと呼ぶと
覚えてはいい
本書でも専門家が密室において
2人で行う相談っていうのは
そこの具体的内容は別にして
総合的にカウンセリングと言いましょうということで
一般的にそれが
多分世間のイメージとも近そうですね
そういうイメージに合わせる形で
定義というか確認して
カウンセリングを利用する人を
本書ではユーザーと呼ぶと
これは面白いんですけど
カール・ロジャースは
多分クライアントと呼ぶことを提案した方やと思うんですけど
そこはちょっと逸脱して
あくまでそれを使う人
患者と呼ぶんではなくて
そのサービスの利用者として捉えるという意味で
ユーザーと呼ぶのが本書の結構な特徴かなと
そのユーザーと呼ぶことで
カウンセリングというのが社会的なサービスだと
より強く確認されると
ここはもう全然知らんかった話なんですけど
さっき言ったカウンセラーとは何者かという話が紹介されまして
資格と学派と現場の3つの軸で分類されるんですけど
まず日本には
心理師に関する公的な資格が2つあるんですって
臨床心理師と公認心理師っていうのがあって
その師の漢字も違うんですけど
最初の臨床心理師は侍ですね
師行の師で
公認心理師は師匠の師
これ多分だから区別つくようになる漢字を
多分あえて書いてるんやと思います
現代でプロでこの仕事をしてる人は
大体この2つとも持ってることが多いんじゃないかなとは書かれてますね
これはいわゆる試験受けてうんぬんみたいなものっていう感じなんですかね
心理師を一応クリックしますと
1988年にスタートして
ややこしいんですけど
文科省が認可している法人が認可した民間の資格なんですよ
だから制度を資格を与えてるのはあくまで法人
でもその法人は一応文科省の認可を受けてるから公的なもの
例えば英検3級2級みたいなやつは
あれもそんなようなイメージなんですかね
道が近いですね
ただし大学院での訓練が必須とされてるんですね
これを取るためには
院に行ってないと不可能である
45:01
だから一定のアカデミックな訓練を積んでることは担保されてます
基本的にこの臨床心理師がずっと長らく
カウンセラーとニアリーイコールだった
その資格を持ってたらそれをしている
その仕事をしたかったらそれを取った方がいいという状態が続いてて
公認心理師は2017年にできたこれはもうまじで国家資格らしいです
これは学部と大学院の6年の訓練を受けることが基本となっているということらしく
大抵の人はこの2つを持ってるんですけど
ある意味医学部と同じ訓練期間
非常に高度な技能を持っておられる方だと思います
精神科医は別にさっきの2つは持ってなくても全然できる仕事としては
医者の免許を持ってたら別に
そっちは医師の資格の中でたまたま外科になったり内科になったりするだけ
ある人は精神科医になりましたよということで
彼らが受けてきた訓練で言うと
基本的には身体のプロフェッショナルですね
精神科医ね
名前は精神科医と書いてますけど
基本的な脳とかの基調とか
ボディーがいかに心に影響するのかということを学んできた人とはいえ
当然精神科医の方も話を聞くことはされます
僕もかかったことはありますけど
かなりカウンセリングっぽい話はされます
ただし専門のプロではないということはあって
これちょっと脱線ですけど
僕精神科医とか診療内科に行ったことあるんですけど
一番最初の面接は先生じゃない方がやられてて
それが終わったら精神科医の方に便談したんですけど
僕最初下旗揚げの人だからと思ってたんですけど
要するにその人が心理医師だったよね
最初に会った精神科医じゃない人は心理医師の人だって
最初の打ち合わせというか相談は心理医師の人がして
踏まえた上で精神科医の方がまた薬の相談とかするという段階までなってて
そういう役割分担してるとこもあるみたいですね
その辺はあれですね
多分病院によってもとても多様なシステムがありそうですよね
当然精神科医だけのとこもあるでしょうし
だから精神科医だけの場合は基本的に薬を出すことが主になって
話を聞くのは別のところでということになってしまうこともあると思います
でもさらに細かいことを言うと公認心理師の相談は当然なんですけど
医療じゃないから国家負担とか保険みたいなものはないってことですよね
そうですよね
ラシタさんが聞いた場合もその人の報酬というのは
10割負担という言い方になるのか
48:01
そういうことになると思います
それはセット割りみたいなやつだと思います
含まれた上での診断量だと思いますけども
そういうことで個別にあったということだと思います
この2つが精神科医と言っても違うけど
一番重要なのは臨床心理師の人は
この患者さんは薬が必要だなと思ったって
処方箋をかけないっていうことになる確かで
そうか結構でかいですね
その場合は大抵は自分が知っている精神科医に
案内するっていう形になるようですね
これは視覚の話
次に学派ですけど
さっき言ったこの両方の区別ですね
大きく4つ挙げられてまして
力動学派というのがあって
この名前はよく聞くけどなんかよく分かってなかったんですけど
これ精神分析の言葉ですね
フロイトだって言っとけば大体間違ってない
だいたいフロイトの系列があって
自我心理学とかラカン派とか
フロイトの学派の中でも細かい派閥があるのと同時に
最初はフロイトの弟子やったんやけど
いやこんなの違うって言って独立した
新しく看板を掛けたユング
内緒アドラーという人たちは
フロイトの弟子やったけど違う派閥に
行った人たちっていうのがあると
それも面白いですね
嫌われる勇気の方がアドラー心理学の研究者ですよね
そうですね
トラウマとかの話を知っていることだと思うので
そういうふうに力動学派と一つにいっても
細かい違いがいろいろあるっていうのと
次に認知行動学派っていうのがありまして
もう認知行動療法は
もう2026年現代は結構有名やと思うんですけど
これ名前が長いから分かると思うんですけど
これ行動療法っていうのがまずあったんですね
心というよりその行動に注目すると
そこに認知療法っていうのがあって
行動と認知の療法を見ていこうと
ある行動とか反応があった時に
自分のその認知っていうのに注目して
それをちょっとずつ変えていこうっていうのが
認知行動療法なんですけど
これは行動療法っていう流れに
その認知療法が入って新しく出来上がったっていうのは
認知行動学話です
これが2つ目の学話
人間性心理学派っていうのがあるらしく
これはさっき言ったロジャースという方が代表者で
人間性心理学
これは多分さっき言った
フロイトとかに研究するとかっていうことじゃない
そういう専門性じゃなくて
人と人が出会って
話していくっていうところの中で解決していく
これだから要するに
一般的なカウンセリングのイメージが一番強い
話しているだけで回復していく
これだけの言い方だと
専門性とかあんまり見出せないですよね
だから著者が言うには
このロジャースのカウンセリングのイメージが広がると
その専門性の高さがあんまり見えてこず
なんかその辺で喋ってる奴らと一緒じゃないかっていう風に
思われやすくなったんじゃないかなという風なことは
ちょっと書かれてました
それはあるかもしれない
4つ目がシステム論学派というんで
システム論学派聞いたことがなかったんですけど
51:00
その人の内面というより
外部にある人間関係に問題を見出すっていう方法で
家族療法とかブリーフセラー
つまりその人の信念とかっていうものに
介入していくようなものらしく
僕はあんまりこの辺は知らないですけど
とりあえずこの心理療法とかっていうのをやっている人でも
すごくざっくり大きく分けて
この4つ学派があって
ある心理師は一つの治療方法だけで
頑張る人もいれば
折衷的にこのタイプはこれがいいんじゃないかな
っていう風に使い分けるっていう人もいて
実践のされ方っていうのは
心理師ごとに違うけど
大体いろいろ使える人の方が多いんじゃないかな
という話でした
それは心の起きてる不具合っていうのは
違うわけですから
例えば
真相心理だけ分析したいとか
いうことには多分ならないでしょうから
現場的感覚でいうと
折衷主義が増えるんだろうなと思います
これが学派による分類で
最後は現場なんですけど
これは非常にリアルな話で
無料か有料かということなんですね
無料っていうのは
ユーザーが直接カウンセラーにお金を払うんじゃなくて
ユーザーが所属している組織とかが
そのカウンセラーにお金を払ったり雇ったりすると
代表例は企業かな
企業に就いているカウンセラーとか
あと学校に付属しているカウンセラーとか
あと病院とか刑務所とか役所とかにも
付随することがあるらしく
何よりもとりあえずユーザーは
お金の負担が全くなく相談できる
というのが非常に有効な点であり
一番最初に頼るんであれば
頼りたくなったら
まずそこを頼ってみるのがいいよと
著者はアドバイスしてますけど
ただし範囲が限定的であると
例えば学校のカウンセラーに対して
親が子どもの学校行かないんですって
カウンセリングができますけど
親が例えば
夫が不倫してるんですっていう問題は
相談できないわけですよね
これは当然
聞いてくれんでしょうね
だから人間が抱えている悩みの絡み具合とか
複雑さとか問題領域によっては
仮に言うやったとしても
使えない場合があると
もう一個別の有料の方
つまり個人が開業してカウンセリングをやっているとか
カウンセリングルームとかをやってるとこに行くと
この場合当然お金はかかってしまうわけですけども
基本的にはどんな相談でも
その人の生きることに関わることであれば
何でも相談できる
だからケースバイケースで使い分けましょうと
これは全然余談ですけど
何事もそうなんですが
誰がお金を払っているのかを
考えることでそのサービスが最終的に
何を目指すものであるのかが分かります
という話がありまして
これは心理両方だけではなくて
全てのサービスを判断する上で
使える指標があると思います
そうですね
今の時代で言うと
54:00
我々の分野で言うと
インターネットに関しても
全部そうですからね
そうですね
だからお金の出入りとか
意味解析っていうのはちょっとチェックしましょう
というのがリアルな
非常にリアルな
この手の話ってあまり出てこないですけど
リアルな話ですね
本書がさっきの分類を踏まえた上で
目指すのはプレーンなカウンセリング理論だと
様々なトッピングが乗る前の
ヨーグルトで言うと何の具もないような
そのままのカウンセリングを捉えたいと
基本的に
さっきまで言ったように
カウンセリングが行われている現場っていうのは
一つではなくて非常に多様なので
何がやられているのかも非常に多様だと
何を目指すのかとか
どんなニーズがあるのかが違うから
実践の現場も多様になってくると
当然現場が違うだけじゃなくて
人がどうかも違うと
どんな人がどんな性格的傾向を持っているのか
どんな症状になられているのかも違うから
基本的には
カウンセリングがこうだという具体的なレベルと
統一はできないから
もっと全体的に包括できるような
プレーンなトッピングのないものを目指すということなんですけど
ここで専門家であることが一つ
さっき言った専門家というのが出てくるんですけど
専門家とアマチュアの違いは何かというと
アマチュアは基本的に
自分が使うアプローチを
使い分けられない人っていうふうに確認されますね
どんな症状の人がやってきても
これで解決しますっていう人は
方法を持っているかもしれんけど
その分野の専門家では言えない
基本的には素人であると
逆にケースバイケースで対応を変えられるのが
少なくとも臨床における専門家であるという話があって
これは非常に重要な話で
さっき言ったアマチュア
この世界に例えばインターネットで見かける
大量のカウンセラーというのがいるわけですけど
基本的に全部素人なもんですね
私はこの方法であれば間違いない
しっかり言わへんから
これは見分け方として覚えておくと思いますよ
一つのアプローチしか言えない人は
基本的には素人だと思った方がいいと思います
あれですね全てのジャンルで言えそうですね
楽器の先生にしても
お絵描きの先生にしても
英語の先生にしても
この社会で生きていく上の人生群がたっぷり詰まっているのが本です
先ほど言ったように
実態が多様だから全体像を描くのは非常に難しいと
難しいだけじゃなくて
著者がやっぱり感じてきた
これまでの経験を積んで感じてきたのが
やっぱり内部対立を起こしてしまっていると
学派ごとで
私たちはこの考え方が正しいと
つまりそれはそうじゃない人たち
考え方は間違っているという対立構造になってしまうと
これはよろしくないなということで
著者は世代ごとに
日本における臨床診療世代を4つに分けまして
第一世代が戦後すぐで
先ほど言ったロジアンスのカウンセリングが導入される時期
57:04
第二世代が1970年以降で
カウンセリングを専門職として
作っていこうという動きがあって
これが河合駿さんなんですね
多分名前はご存知だと思いますけど
名前は聞いたことがある
この人がさっき言った臨床心理師という
文科省に認可されている
法人に認可されているという
ややこしい構想になっている
あの制度を作るのに尽力されたんですね
だから第二世代以降の臨床心理師の人は
どこかで少なかれ影響下にある
影響というか恩恵をきているというか
影響下にあるというぐらい
それぐらいすごい人
僕は河合さんの本は楽しく読んでますけど
やっぱりすごい人だったなという風に感じたのと
あとその世代でやっぱり臨床心理師を制度として
資格として試験を作るにしても
言論がないといけないと
カウンセリングとは何ですかという風に
問答できなければいけないわけですから
そこで何とか言論を作ることが試められたが
しかしその次の世代
第三世代1995年以降と書いてますけど
逆に一般的な言論から個別的な専門理論
さっき言った4つ挙げた学派とかに分化していって
より専門性が高まっていってしまったと
高まっていってしまったと言うとあれですけど
高まって個々の心理師の技能とか知識は
深まったものの深まったせいで
結局対立っていうのが起きてしまっていると
ここまでの問題意識で
その次の第四世代の僕たちっていうのは
何とかその共通の基盤
改めて言論っていうの
第二世代が作ろうとしていた言論っていうの
この深まった専門性をもとに
さらにちゃんと共通基盤っていうのを
作りたいということをずっと考えておられて
いよいよ本書でそれが提示できるんじゃないかな
という意味でも本書が集大成だっていうふうに
感じましたね
全然違う話なんですけど
田下さんが知的生産とは何かっていう本が
作りたいんだろうなっていうのの
モデルになりそうなイメージがありました
全くその通り
なので僕はこの本の
僕はその心のありようとかに非常に興味があるんで
カウンセリングの方からも非常に
有益に読ませてもらいましたが
こんなふうな仕事があるんだなというふうに
書き手というか何ていうかな
理論家というか思想家というかとして見ても
これはやっぱりすごい仕事を
成し遂げられてるんだなというふうに
しみじみと感じました
時間がないのでその話は深掘りできないと思いますけど
今後の僕の仕事の進め方にも結構
影響があったと思います
個別のカウンセリングのほにゃらら両方に対する理論じゃなくて
カウンセリングを統括する一つメタな理論が
欲しいなということで
医療人類学というのを採用して考えたということで
これは普通の相談特期に紹介したんで
1:00:01
詳しい話は第72回を聞いていただければと思います
ぱっと飛ばしていきたいんですけども
カウンセリングとは何かのさっき言った横軸ですね
同時再的な話で言うと
基本的にはカウンセリングっていうのは
日常的に僕らが誰でもやってるけども
本の話でも出てきましたけど
当たり前ができない雨の日の相談っていうのが必要だと
それをやるのが専門家であるっていうことが
まず再度確認される
僕の中で再度ですけど再度確認されるっていうのと
あと歴史のほうで言うと
カウンセリングが問題をここで見出すという話がありまして
心の問題ってなるのって一番最後だという話なんですね
面白いなと思うんですけど
一番最後
例えば僕もそうやったんですけど
心の無駄に困った時ってまず
ありとあらゆることを先するんですね
体を動かすとか食事を変えるとかってやるわけです
でも治らないっていう時に
じゃあもうこれは心のせいだってなるわけですよ
科学的なある種の分析と還元で
解決しようとしてできないから
心の問題やという話なの
これは結局心理学もやっぱり科学の後に出てきてるんですよね
科学的な発展の後に心理学っていうのは出てきてるわけですよ
つまり人間を物質的に還元して解決できる問題もあるけど
そうじゃないよねっていう時に心理学は後々出てくる
これは僕が先ほど個人の日常的実践でもそうで
例えばちょっと困り事がある時に
よしカウンセラーに行こうとならないわけですよね
多分ですけどカウンセラーは最後だと思うんですよ
そこに行くしかないぐらいの
いろいろやったけどそこに行くしかないっていう段階でやってくると
基本的に心っていうのは一番最後に出てくると
そこがそのタイミング心しかないなっていう時に
カウンセリングが始まるんですけど
問題は心のせいにするっていうのは副作用があると
それは当然ですよね
その自己責任の話になってしまう
その人が持っている心の問題にするってことは
その人に何か罰があるとか
傷があるとか責任があるって話になりがちなんで
心のせいにすることは必ずしも良くない
良いことばかりではないと
ある意味僕はその一番最後に出てくるからこそ良いというか
いろいろやってダメやったら心っていう順番が
妥当かなとは思うんですけど
一番最後に出てくる心とか
心とは何かっていう
哲学的に一番難しい問題があるわけです
そもそもこの臨床心理が心にまつわる
ある種の技術なわけですから
心とは何かについて答えないといけないんですけど
それは理論的に答えることはまず不可能だと
1:03:01
著者は自分の実践の臨床の経験から
どういうことが起きているのかを説明することで
心の問題が扱えるだろうということで
よく臨床の現場で出てくる心の問題
悩みを4つの分類していて
症状の悩み
疲労感が抜けないとか
寝付きが悪いとか
寝られないとか
不適応の悩みっていうのは
学校に行けない
不登校とか職場に行けないとかもそうですね
人間関係の悩みで言うと
これはもっと先ほどの状況に対する不適応ですけど
より個人的な問題
例えば
姉とどうしても姉と見るたびに
怒りが沸き上がって抑えがつかないとか
そういう感じですね
人間関係の悩み
最後は生き方の悩みで
自分は正しい人生を生きられているのだろうか
とかいうことですね
こういう4つの悩みがあって
そういう悩みを抱えて
だいたいカウンセリングの現場にやってくると
いろいろやって
本人たちに
本人的にもいろいろ解決しようとしたけど
どうしても残ってしまうそのような問題を抱えて
やってくる
人はカウンセリングにやってくると
ここで心っていうものを扱うために
自己・心・世界モデルっていうのが紹介されまして
これは多分著者独自のモデルやと思うんですけど
非常に面白くですよ
ちょっと僕なりに図にあげたんですけど
まず世界っていうのがあります
そこの中に位置する
自己っていうのがあります
自己と世界
自己と世界の間にあるもの
インターフェースと言ってもいいですけど
が心だとするんですね
まず自己に対して世界っていうのは
ままならないものですよね
自分の思い通りにはいかないものですね
世界っていうのは与えられた所有の環境だと
面白いのは自己もそうなんですね
自己も自分の身体
例えば心臓止められませんよね
心拍数半分ぐらいだとちょっと意識した
練習したらできるかもしれませんけど
体って例えば体のありよっていうのは
意識ではコントロールできないものやと
だから自己もコントロールできない
だから世界もコントロールできないし
自己もコントロールできないと
で心っていうのはその間にあって
何とか調整しようとしている装置であると
いうふうに本書で定義されるんですけど
これ僕はこの定義見たことなかったんですが
非常に面白いというか
普通事故に対して心は内側にありますよね
イメージとしては
そうじゃなくて
このモデルでは事故と世界の間
つまり表面に
間に位置している中じゃなくて
世界と接するとこにあるものを
心だと置いている
両方に対しての干渉剤のような役割を果たす
まさにそういうことです
その治療のあり方っていうのは
1:06:00
ここで言うと
事故と心の間にポイントがある
あとは心と世界の間にポイントがある
あとは心そのもののポイント
事故ポイント
世界ポイント
だからそれぞれの個別の3点と
それを接する点が2点
だから5つ介入点があるんですね
事故を変える
あるいは事故と心の間を変える
心を変える
心と世界の間を変える
世界を変えるっていう
この5つの介入のパターンがあると
起きている状況によって
その辺を変えていく
方法論を変えていく
介入するポイントを変えていく
っていうことを
専門家がしてるんだよねと
でアマチュアの相談家は
僕らなんてそんなことはしないですよね
世界を変えればいいしか言わない人とか
例えばそういう
アマチュアじゃなくて
僕らの日常の相談でも
そこまでの解像度で
人の相談で捉えないですよね
基本的には
だいたい思ったこととか
自分がこれまで解決してきた
方法論を伝えるとか
ってことしかできないわけですけど
臨床心理が専門性があるとしたら
そのようなポイントを
見極められるところだろうと
いうことが確認されて
それが第2章に繋がるんですが
だいぶ長くなってきますけど
ちょっと続けますが
第2章が
謎解きとしての
カウンセリングというのが頂戴で
つまり起きている問題は
一体何なんだろうかと
それに対して
どこに介入していくのかっていう
その試作っていうのは
謎解きとして捉えてるんですね
実際謎を解いてるわけですね
このようなサービスってのは
だいたい謎解きを伴うであろうと
例えば
僕がエアコンが潰れたからって
修理屋を呼んだら
その人は何をするかっていうと
まず修理箇所を見ますよね
当たり前ですけど
修理箇所を見ないまま
修理方法を決定する人はいないわけですよ
基本的には
さっき言ったアマチュアは
それをするわけですけど
基本的にはそれは同じことを
例えば法律の専門家もするし
心理療法士だってすると
エアコンが壊れたって言ったら
無条件に室外機だけを交換しようとするみたいな
そういうイメージで
それ怖いでしょ
だからそれはやっぱりアマチュアで
心理療法士のプロとあるゆえに
その謎解きが
きちんと専門的にできることだと
その話が第2章で
中心的に扱われて
一番最初
例えば心理療法士に
カウンセリング受けたいんですって言ったら
一番最初に行われるのが
インテーク面接というのがあって
それはそれ以降に行われる
面接の準備として行われる面接で
大抵は通常の面接よりも
長い時間設定されてるんですって
要するにカウンセラーは
そこで謎解きをしたいわけですね
このユーザーが
どういう問題を抱えているのかっていうのを
話を聞きながら行うと
調査の実践で言うと
基本的に3つ時間を設定してまして
60分の面接の場合
1:09:01
最初の40分は情報収集をする
基本的な話を聞いていくと
話を聞きながら必死に頭を動かして
10分間で自分が立てた仮説
あなたが抱えている問題は
ここにあるんじゃないでしょうかと
僕が考えていますっていうことを
10分間かけて説明する
この説明の時に
さっき言った学波の説明が出てくるわけですね
例えばフロイト的な説明とかは
ここで用いられることが
その専門的用語を使うかどうかは別にして
例えば過去の親子関係に問題があるんじゃないですか
みたいなことはここでなされる
最後の10分にそのを踏まえて
じゃあこういうふうに
今後進めていきましょうっていうことが
話し合いで
両方の決定によって
共有されるということがあって
その場合例えば
もういいですよねっていうのがある場合もあれば
先ほど言ったように
精神管理に行かれた方がいいかもしれません
みたいなこともあるし
同じカウンセリングをする場合でも
著者は2パターン
カウンセリングのタイプがあって
それは後で説明するけど
一応ではないと状況を見ながら
その話を40分聞いて説明した後で
お互いに納得できる形で
進めていく
このお互いに納得して進めていくところまでが
カウンセラーとしての仕事やと
つまり説得するところまでが仕事だって言うんですね
話を聞くだけでもなくて
分析するだけでもなくて
今後の治療方針について
カウンセリング方針について
相手に納得してもらう
語るところまで含めて
カウンセリングの仕事であると
そこはやっぱり簡単ではないなと思うんですけど
基本的にこの話を聞いて問題を見立てるということ
これはアセスメントというようなんですけど
このアセスメントこそが
カウンセラーがプロのプロとあるゆえんだと
ここまでずっと確認してきましたけど
そのアセスメントの精度が高いとか
適切になされるっていうことの保証性が
専門家であると
だからいわゆるこの知的労働というか
ある種の知的労働でいいかのコアで
知識があることじゃないんですね
アセスメントできることであると
これはもうどの分野においても
多分人が関わる分野であれば
大体これが言えると思うんですけど
これを言っていただいたこと
言っていただけたことは非常に重要なと
僕はやっぱり個人が扱うノウハウの話をしてますけど
ノウハウの話はやっぱり
2回立ての2回なんですね
その人が何で困っているかを
ちゃんと見極めないままに
その問題解決を提供しても
多分ほとんど何の意味もなくて
みんなGTDを使えばいいんだとか
これはやっぱり
アサギの学派の探求としては
別に間違ってないんですけど
臨床的なやり方としては
だいぶ足りてない
本来は話を聞かないといけないんですね
その人が何に困っているのかを聞いた上で
そのやったこのレベルで
情報整理したらいいんじゃないですか
場合もあれば
1:12:00
いやもうリスト作るだけでいいですよ
場合もあって色々あると思うんですけど
だからそこの判断をできることぐらい
その知識とか経験を持っていることが
専門家の専門性であるという話があって
このアセスメントを中核に置いたことで
ただ話を聞くのが上手い人と
心理療法士の明確な差
そこに専門性があるということが確認されて
これはすごいなと思いました
最後になるんですけど
一応クソマギの話を踏まえた上で
第3章からは実際に
著者がカウンセリングで
どんなことを行っているのかを
一応核の症例とか患者さん
ユーザーの話でしょうけど
リアルな会話を再現する形で
カウンセリングの中身が紹介されるんですけど
さっき言ったように
著者はカウンセリングする時に
2つパターンを考えると
1つが作戦会議としてのカウンセリング
っていうのがあって
作戦会議のカウンセリングは
最初に挙げたどっちかというと
ケアに属するもので
セラピーではない
そうですね
セラピーではないもので
世界大体さっきの
心と自己と世界のモデルというと
世界の方に関与することが多い
例えばですけど
ちょっと仕事を休んだ方がいいんじゃないですかねって言って
休職に向いて
仕事を休むとかっていう風にケアするのは
こっちの作戦会議的な方です
大体の場合はこっちから行くことが多いらしいですね
そうでないと
下級的に困っていることがあって
それを放置すると
生活が破綻してしまうことが多い
そういう場合はとりあえず
なんとかして生き延びなければならないから
まずそっちをすることが多いけど
でも人が抱えている問題
さっき言った
例えば自分は
真っ当な生を送れているのかとか
この自分の人生は何だろうかっていうような疑問は
下級的な問題はないんですけど
根太くずっとその人の心に残ってしまうような
問題を抱えてくる人もいると
そういう時にはもう一個別の
冒険としてのカウンセリングっていうのが
提示されまして
そっちがさっき言ったセラピーですね
それはその人が抱えている傷っていうのを
話しながらずっと
基本的にカウンセラーは話を聞くだけ
あるいはあなたはこう感じたんですねって言って
著者なりの捉え方を返すというようなことを
ずっとしていくらしく
本の中で挙げられている場合だと
7年とか8年通った人もいると
それぐらいの時間をかけて
解決していくっていうタイプの問題もあると
もし例えば当然カウンセリングには
お金がかかるわけですから
そんな長いこと通えへんっていう人には
1:15:00
そのようなカウンセリングは
進めないことにしていると
中途半端で私も一番まずいわけですから
そういうのは
だからそれも例えば
自分ユーザーが
それはやりたいですとかお金がかかってもやりたいです
って言った
ゴーサインが取れた時にだけやるし
そこは別にあえて進めないけど
やったらいいんですか
ではいいと
逆に過急性が非常に高くて
例えば暴力にさらされているとか
もろもろなんかいろいろあると思うんですけど
そういうものはもっと
現実的に素早く対応していって
そんな長丁場にはならないという
2つの同じくカウンセリングといっても
さっきのお話で言うと
ケア的なカウンセリングと
セラピー的なカウンセリングがあると
でこの2つの対応を
いろんな言い方をしてパラフレートされてるんですけど
1つが
生き延びるという言い方をされてるんですね
で生き延びるっていうのが
さっきの作戦会議ですけど
思い出してほしいんですけど
僕の1つ前の回タンカーの話
タンカーの話で2つの話をしたと思うんですけど
生き延びると
生きるっていう
人のせいには2層があると
その話がここにも交互してるんですね
僕たちが抱える問題は
非常に現実的で
リアルで
迫っている生き延びるに関する問題と
生きるに関する問題があると
それはどっちも心の問題やけども
ケア対処するための方策が
そもそも違っていると
それを言いたかったんで
なんとかタンカーの次の時に
持ってきたかったわけですけど
この2層で捉えることっていうのは
僕の話で言うと
例えば仕事術ってあるじゃないですか
仕事術も2層あると思うんですよ
生き延びるための仕事術あるよね
明確にありますね
目の前のExcelの仕事を早くこなす仕事術と
そもそも仕事って
何だろうかって考える仕事術が
あると思うんですよね
どっちが偉いとかじゃないんですよ
その人が困ってる問題において
対処しなきゃいけない
残業を早くなくすためには
仕事とは何だろうかを考えるよりは
Excelのショートカットを
覚えた方がいいと思うんですけど
でもそっちだけで
人が仕事の困りごとを解決できるかって
そうじゃなくてやっぱりもう一度
深いレベルか俯瞰のレベルかは分かりませんけど
仕事とか何かを考える
という考え方も必要になってくる
もう一個パラフレーズとして
日常と
生活か
生活と人生っていう対比
に出されてるんですね
これ英語で言うと両方Lifeですけど
日常が作戦喚起の方ですね
生き延びるの方
人生が生きるの方
冒険の方
この2つも僕らがやっぱり日常的に
考えなきゃいけないことで
つまりLifeHackのLifeもこの二重性があると
言えると思うんですね
そうか
そうですね
細かいLifeHackは僕らが大好きなLifeHackで
大きなLifeHackは哲学とか思想の話ですよね
やっぱりだからこの2層
1:18:02
少なくとも2層で捉えることによって
まず分化した様々なものを
一つの統合的な視点で捉えつつ
それを単純化するんじゃなくて
臨床というか実践の場で
抱えてる問題に対応して
非常にリアルなものと
もう一個思想的なものっていうこの2層で
引き受けていく
専門家はそれを見極めて
アセスメントするわけですし
例えばセルフマネジメントで言えば
セルフアセスメント
いるわけですね
セルフアセスメントを抜きにして
何かしてしまうと
必要な問題に対して
間違った手当てをしてしまうっていうことが
あるとそういうことが言えると思うんで
だからこのサービス
社会的サービスつまり
人に問題解決を提供しているものとして
見た時に
これは心理療法だけの話じゃなくてやっぱり
ノウハウとか全般的に
この問題は適用できるんじゃないかな
ということで
全体的に心の問題を
扱う本としても面白かったですが
やっぱり僕自身の
ノウハウ業として見た時に
この見方 この2層の
見方っていうのを捉えた上で
いろいろ考えていけるんじゃないかな
というふうに
深く感銘を受けた本でした
最後 おまけなんですけど
漫画の話を
したいんですけど
清掃か
清掃の心理学
星に下が降りるの
なんとかまで行く清掃ってやつですよね
まさにそう
時間の流れのこと
時間の厚みのことですね
心理学という漫画が
たぶん2巻ぐらいまで今出てまして
異世界転移ものかな
現代で
生きていた人が
ファンタジー世界にそのまま
生まれ変わるじゃなくてそのまま
身で行くっていうタイプのもので
臨床心理師
臨床心理師の人が
異世界ファンタジーに行って
仲間を
1人失ったばかりの
勇者パーティーの
カウンセリングをするという
めちゃくちゃ面白い話です
守備範囲が世の中
無限に俺の想像力には
届かない世界まで広がっていますね
まずさっき言った
カウンセリングは何をしているのかを
漫画を果たして
知れるっていう
働く細胞的な面白さがあるのと
同時に僕は思うんだけど
勇者パーティーだって
人間なわけですよ
仲間が死んだら心は傷つくわけですよね
でもロールプレイングゲーム
するときはそんなことはないわけですよ
境界に行けば生き返りますからね
だからあえて
僕らがファンタジーで
ある種偶像化している
勇者という人間として
引き戻してくれる
ファンタジーの見方を変える
という点でも面白い本なので
カウンセリングに興味がある人であれば
多分面白いので
1:21:00
この漫画もチェックしていただければなと思います
今回ちょっと長くなりましたが
だいぶ喋りました
ということで
ご意見ご感想あれば
メールのお便りフォームだとか
Twitter BlueSkyでハッシュタグ
カタカナブックカタリストに
お寄せいただければと思います
感想とか
お便りをいただくこととか
サポータープランに
加入していただくというのは
生き延びるというか我々が生きるために
非常に
大きな価値を見出してくれる
行為だと思うので
いろんな
ケアだったり
ケアなのかな全部ケアなのかな
そういうケアの心で
コメント
サポータープラン等々
ご検討いただけると
我々も非常に救われる
気持ちになるかと思います
アクタートークでは
クラシタさんの
知的生産とは何かの
構想の
この後聞いてみたいと思うので
興味ある方は
サポータープランもご加入
ご検討いただければと思います
それでは今回もお聞きいただき
ありがとうございました
ありがとうございます
01:22:17

コメント

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