これってまさに押し出しファイリングや、みたいにその情報を捉える視点が磨かれた感じがあったね。
もう一個、超勉強法という本をどう見つけたのか。
書店に並んでたと思うよ、きっと。その時はヒットしてたはずやから。
その頃は高校生?本屋さんとかは結構日常的に行ってたってことですかね。
その頃からね。
いつぐらいから本屋さん、小中高ぐらいのラスターさんと本屋さんみたいなのが聞きたいかも。
だからもう中学生の後半ぐらい赤ヶ次郎を集め出した頃からは、もう街中の本屋、古本屋と新幹本屋を巡ってたね。
その、なんていうんだろう、例えば学校が終わって帰ってきたら、チャリに乗ってそのいろんな本屋を巡る。
そう、休みの日とかはちょっと遠い古本屋行くとか。
30分ぐらいかけていろんなところまで到達してとか。
結局だからもう休みの半日は巡るので終わるみたいな、そういうの。
ほとんどの休日そうだったぐらいですか?
ぐの漢字、友達と遊ばない日は書店とか、書店巡り。
今日はちょっと、あれ、どうやって遠くの古本屋の情報を見つけたか知らんけど、隣町のどっかの本屋さんとかに。
結構ね、足で見つけるとかがある気がするよ、そういうのって。
ただ通りかけて見つけるっていう。
そうだよな、うろちょろしてるうちに見つけて今度行ってみようと思うみたいな、そういうことで巡ってたね、だから。
ねじ巻き鳥との出会い方は、じゃあ同じ本屋さん?
ねじ巻き鳥クリニックルは、感想文書くときって推薦図書みたいなリストがあるわけじゃないですか。
うん、あります。
で、その中で絶対誰も読まなそうな本を選んだんですね。
つまり中二病的な発想で。
で、めっちゃ分厚いんですよ。
あれ上下じゃなかったっけ?
上下か、上中下か上下か。文庫本やったら上中下かな。単行本やったら上下か。
まあまあめちゃめちゃ分厚いし、分かりやすいか分かりにくいかというと非常に分かりにくくて、読書感想文書けたかどうかわからなかったんですけど、
ここで自分は文学と出会って、こんなものがあり得るのかという、今まで読んできた系統の本とは全くジャンルもあり方も違う本で。
で、村上春日作品って結構他の作品に言及していることがあるんですね、文学作品に。
例えばねじ巻き鳥クリニックルやったらトーマスマンっていう人の魔の山っていう作品が出てくるんですね、紹介される。
で、当然のようにそれは魔の山を読むわけですよ。魔の山っていうのはその頃岩波文庫から出てるんですよ。
いきなり後半、いきなりじゃない、だんだん後半のところに。
で、一応読めたか読めなかったかで言うと、あんまり読めなかったぐらいストーリーを終えたぐらいだったんですけど、
で、当然岩波文庫とか後ろの方に機関のリストみたいなのがあって、そっからちらほらと文学作品を読むようになった。
もう今は作者がなくなっているので続編出ないんですけど、
それで僕はそのハードボイルド作品を読むようになったのと、
こういう言い方はあれだけど、生き方っていうのも僕はそれで学んできたところはありますね。
ハードボイルドでこじれた。
いいか悪いかは別として、生き方の指針みたいなものを結構ハードボイルド、
つまりある種のタフさと個人主義でやっていくっていうのを習得してきた感じ。
学んできたっていう感じがあります。
ちょっとアウトローなんですよね。ハードボイルドとかのイメージで言うとなんとなく。
そうですね。必要とあれば法の道を踏み外すことは厭わないみたいな感じはあるね。
明確な悪ではないんだけど、悪じゃなくてアウトローって感じなのか。
おそらく自分の中にある正義を優先するっていう感じ。
非常に危ういんやけど、でもこのロバート・P・パーカーのスペンサーっていうのは非常にマッチョなんやけど、
たくさん本を読む探偵という結構珍しいタイプの探偵で、
彼はいろいろなことを人生哲学を語るわけですけど、探偵をしながら。
そういうのに感化されてきたのがちょうどその大学生ぐらいかな。
その生き様に憧れてみたいなのがおそらく今につながっている。
全くつながっていると思う。それは。
そうか、そういうひねくれみたいなのは自分はどこにあったんだろうな。
歴史の話で言うと、三国志の話を多少できる人に出会ったことはあっても、
春秋戦国時代の話ができる人はやっぱりいなかったんですよね。
なるほど。
小学校の友達で、そういえば三国志はファミコン、スーファミの三国志を一緒にやっていた友達はいたけれども、
その当然、言ったらゲームでキャラ名をいっぱい知っているっていう感じなのかお互い。
でも石壁とカントの戦いを比較してどっちがどうみたいな、そういうことにはならないので。
はい。なるほど。
そうだな。それで言うと、おそらく俺インターネットに出会うまで、なんて言うんだろう。
そういう意味で言う、趣味の友達がいなかった。
ある種の疎外状況に置かれていた。
それがずっと多分ね、少なくとも30歳ぐらいまではずっとそれによって鬱屈した人格になっていたと思う。
ちなみにそのウェブページを持った時に、中国系の歴史について発信しようとは思わなかった?
その頃はね、どっちかっていうと、まずコミュニケーションを良くしたくてすごく。
なるほど。
ショートメール1回3円とかすげえ嫌だったんですよ。
なるほど。
通話料30秒20円とかバカじゃねえのって思ってたんですよ。
インターネットを使えばそれって実質無料にできるじゃんっていう。
さらに言うとショートメールってワンオーワンのやり取りしかできないのに、掲示板を作ったらみんなでできるじゃんみたいに思っていて。
そうですね書くとかが書くに関しては運が良かったのか悪かったのかあんま苦労せずに最低限のことはできたので
やっぱりそれは先ほど最初確認したようにやっぱり子供の頃文章を読んできた経験がやっぱり裏打ちしてるんじゃないかなと思いますけど
まあそうなんでしょうね少なくとも息子と比べて俺の方が何百倍も小学校の段階で読んでいるとは思うので
まあやっぱりでも読むことをせずに書くことは絶対できないので
やっぱり書ける人はやっぱり後ろで読んできている経験がその直近
例えばその20代と読んでない期間があったとしてもむしろある時期に集中的に読んできた経験があるからこそやっぱり書くことがそこまで苦にならないということはあるでしょう
あと思い出したけど質云々はさておき先端位でブログとかも書いているので
それは俺練習しているよなっていうのをそういえば思い出しました
いわゆる意識していかなかったけどブロガーを特に長い期間更新してきたらいわゆるその1万時間に相当する練習をしているはずなので
それをかけて当然だよねっていう感じですね
一応毎回ちゃんと頭を使ってすごく成果の高い練習ができたか質の高い練習だったかと言われると疑問は残るけれども
十分な量とそれなりの質の練習は言われてみれば確かにしている
そうねだからそのいわゆるそのコピペーテンプレートに文章を投げかし込んでっていう記事を先行書いても多分練習にはなってないけど
一応頭からその言いたいことを考えて書いて
成り立つように工夫して
読み上げて書き上げた文章を遂行して整えるっていうプロセスを自分の頭を通して踏んでるんであればそれやっぱり練習になってたでしょうね
一応1000以上はそのレベルのことしてると思うからな
だから書くことも読むこともやっぱり訓練鍛錬の上に成り立ってるし
やりたいという気持ち欲望の開発っていうのも何かしらで行われてきたからこそという土台があるので
だからその3つ書くことと読むことの訓練とやり書きたい発信したいという欲望の三本柱がないと発信したいと思ってもなかなかしたいと思わないか
発信という行動が起きにくい
うん
場所があるね
そうですねあと自分はそういう意味で言うとそんな人好きだと自分では大して思わないんだけど
コミュニケーションの欲望みたいなものは結構あるのかもしれないな
それを人好きっていうことではないのか
わかんないですあの広く平等に万人に開かれた人好きではないと思うんですよね
人類愛はアガペーはないってことやろ
とか例えばパリピと仲良く遊びたいはないんですよね例えばで言うと
なるほど
時にはそういうことがないとは言わないんだけれども
基本的にそういうものは必要ないけれどもまさにあれかな