おもしろかった本について語るポッドキャスト、ブックカタリスト。 まずは今回いただいたコメントお便り紹介したいと思います。
お願いします。 ネコメッシさん。
ブックカタリスト141は久しぶりの大ヒット回だった。 お気配的からのイベントレスネスは万全と生きる民である私にとって、 万全とはこういうことなのかと我転の行き過ぎる概念だったし、 私が日記を書けない理由も少し見えてきたと思う。
これ続きはあるのかな? ラジオパーソナリティーでもエッセイストでもネタ職人でも何でもいいけど、 出力することに駆動される人たちはイベントをことさら必要としない生き方をしているのかもしれない。
これはなかなかいいことを言ってるかなという感じがするんですけども、 僕らの身近な感じで言うとブロガーみたいな人たちは、もちろんイベントのことを書くかもしれませんけど、
日常の中からイベント性というか、過去に値するようなことを見つけ出す名誉を持っている人たちが多いという気はしますね。
そうですね、それは結局やっぱり戻ってくるけど、訓練することでしか成長しないというか、 もともとできる人はいるかもしれないけど、一極訓練なんだよなっていう。
本編で言いましたように、日記が毎日書かれるものであるからこそ、そういういたしか無しに出てくる発想とか技術とかがあるという意味で、
ブログも毎日更新するみたいなノリがかつてはあったと思うんですけど。
まさか10年くらいやっとったっすね。
必然的に今日何か書かなあかんからということによって、名が鍛えられるとかネタ感が鍛えられるというのはやっぱりあったと思いますね。
3000回とか4000回とか毎日ずっと書いていたわけですよね。回数で言えば。
そうですね。ちなみに言わせてもらうと、僕ベルマが189週連続で書いてるんで。
1万字ですよね大雑把に。
10年単位で180万字くらい書いてるわけで。
これで例えば名が鍛えられてなかったらそれは逆にどうかと思うという感じですよね。
めっちゃしょぼい話っていうか、そんだけやったら上手くなるに決まってるやろってことですもんね。
簡単に言ったらそうですね。
そしてそれは毎日10時間を10年やれば非常に困難だけど、
でも1時間の10年も異常に困難だよな。
だから日記ぐらい、ブログで言うと500文字とか400文字とかぐらいのまとまりの文章。
だから情報カードで言うと1枚とか2枚書くみたいなぐらいの知的生産を途切れてもいいからなるべく365日あったら300日できたらもう上等ぐらいで。
100日から150日ぐらいのペースぐらいでもいいかなと思うので。
やれればいいんじゃないかなと思いますけど。
あとあれですよね。前に言ってた取り返そうとしないやつ。
そうで重要ですね。
失敗した時も次の日は2じゃなくて1でいいんだっていうのとか。
そこを自分で納得させられたとしたら非常に続けやすいんじゃないかなと思いますね。
そういえば思い出したじゃないな。
それと連携する話でちゃんとプリズナートレーニングもスロージョギングもやれてるんですよ。
最近話題出てなかったんですけど。
別にわざわざ言わんぐらい日常になったんですよね。
なるほどね。
なんだろうなと思うと逆説的にやってないことを許しているというか。
なるほど。
プリズナートレーニングはビッグシックスがビッグフォーになりました。
なぜかというと
もともと逆立ちとブリッジはある奴らが大体ステップ6ぐらいまでいけてからやるべきだっていう話が書いてあって。
1週間に無理なく続けるためには1週間でその4種目をやる方が結局無理なく続けられる。
しかもこれは予測でしかないけど4種目に減らした方が成長するようになりました。
精度とかが上がってるのかな?
やる気とかもあるかもしれない。雑にやるとかなる気がするんですよね。
確かにね。
スロージョギングも、冬は寒いからやらんかったね。歩くでいいやって言って。
っていうのでもやめずにできたのは上手に許せるようになってきたことかもしれない。
そうですよね。だから何のためにそれをするのかっていうのに漠然とした義務感みたいなのに駆動されるとやっぱりダメで。
でもそのやる1回1回の行為にちゃんと意義があるんだと自分で感じられたら多少休んでも長期的なスパンで考えられればね。
1回の休みなんて所詮1回の休みと考えられれば全然続けやすい気はしますね。
雨降ったらやらん。暑かったらやらん。寒かったらやらん。でもやるんやっていう。
そこで1回やめてしまったらもう自分は二度とやらないんじゃないかという謎の恐怖心がある場合やめられないわけですけど。
結局それを持っていると結局続けられないんで。
ある種自分を信用してるっていう形ですよね。ここ1回やめてもっていう。
それもあれですよね。話戻ってくるけど、何だっけ。
自己肯定感とかに近い感覚かもしれないですよね。
俺はやめないんだっていう自信があるみたいな感じ。
ハリボテの地震から地の足についた地震に移行するとそういう風に続けやすいということはあるんやもしれないですね。
ジョギングは回数をスクショで数えていて111回やっている。大雑把に3日に1回ぐらいになっている。
最近機械館ではもっと頻度が少ないんですけど。
十分でしょうっていう。あと早くなった。本当に早くなった。
そこはやっぱり筋肉はトレーニングしたら結果が出るという。
早くなることを一切目指していないのに早くなったっていう。
今回は142回人類帝国水防止というものについて語りたいと思います。
はいお願いします。
画面共有してなかったですね。
今回ちょっとね、いろいろ新しい試みをはめしておりまして。
大雑把に簡単に言うと、読書と生成AIをどこまで合体できるかというか協力できるかというか。
LLMと共に読書メモを仕上げるみたいな実験をしておりまして。
リーディングメモのクリエーションにwith Generate AIということね。
そうですね。今までの手順をすごく雑に言うと、本を読みます。
もう一回読みながらが多いんですけど、読書メモを手書きします。
その読書メモを見ながらObsidianに転記します。
そのObsidianに転記したメモをAtomic Noteに分割します。
多分読書外の行為でも5,6時間くらいの時間をかけていたんですが。
今回は本を読みます、読書メモを書きますまでは一緒。
手書きで書きますまでは一緒。
次は手抜きをしました。
まず、生成AIに読書メモを文字起こししてもらいます。
画像データを渡してということですね。
その読書メモを見ながら本の情報を見ながら
生成AIとメモ一件一件について対話をしながら
わからないことを聞きながらノートを作るということを実験してみました。
5,6時間が生成AIに質問を投げる形で始まるわけですね。
いろいろとこのメモを読んで見たてを述べろ、解説をしろみたいな手順を
作ってあって、今画面に映っているこれが例えば最初にもともとあった
その俺の読書メモを文字起こししたものなんですよね。
このアシアトカルの推測だとか300万年以上のアウストラロピテクスとか
なんかこういうことを言っとくだけで
これは何々のアウストラロピテクスの何とか仮説の何とかってやつなんですね。
こういうことが言えますとかって言い始めて
それを例えば学術的な発見が何かあるのかとか
あとやってみて非常に良かったのが
まず話しすると瞬間に
これは何々さんが何年に提唱した
どんな何たらっていう本とか論文で言った
こう何々説っていうやつですねっていう話をしてくれて
例えば他にはこういうのに関連するものって何があるのとか
別に今時のやり方としては
大したことではないという言い方もできるんですけど
ものすごく勉強になった
ちなみにそのモデルはクロードなのか
クロードのオーパスを使いました
4.6から8の間ぐらいの時期かな
基本的に彼らが提示した文献は
正しいものとして前提で進めていく
一応そこは細かなLLMのスキルっていうか使い方なんですけど
ちゃんと根拠を取ってきたか取ってこないかは
やむるパラメーターに書くようにしています
なるほどね
例えばこれなんかは自分で読んだ本なので
本来はトルースでいいんですけど
Citation Verified
一応LLM自身にちゃんと文献があって
そこに書いてあったってことを
毎回全部確認させるのはめんどくさいので
まだ確認してないよという印だけは付けている
なるほどね
いちいち確認したら応答の手間がかかりますからね
信頼度だけをパラメーターに残しておくってことね
そこはさすが
あと直感的なイメージで言うと
間違えてないと思います
論文の話で言えば
まあそうやな
ちょっと微妙に解釈が歪曲しているところはあるかなと
自分で応答してておかんというところはあるけど
そこは同じじゃないからね
僕とゴルゴさんが同じ
求めるものとかが違うとか
そういうのもあるかもしれない
僕無料ユーザーなんで
基本的にもしかしたら
雑味に扱われているかもしれない
例えばなんですけど
ジェミンは平気で嘘ついてきますね
早いがために
なるほど
そのあたりはやっぱり
LLMメタ知識みたいなものも
なんかいるのかもしれない
とりあえずゴルゴさんはクロードベースで進めてたと
そうですね
例えばそれをさっきの話で言うと
ソネットをベースにしてみると
知的レベルが下がるんですよ
面白いと思って
文献とかを必ず日英同時に
日本語と英語の出典と年数と
なんかをちゃんと
チャット欄に示しながら喋れって言うんですけど
それができなくなるんですよね
なるほど
いわゆる文芸ではないんだけど
そういうことは結構賢く頑張らせないと
うまく機能しない
金の力を使わないといけない
プログラミングコーディングのレベルで言うと
ソネットでだいぶもうちょいちょいと
言われたことをやれだったら余裕でこなすけど
やっぱ結構ミスるって印象かな
なるほど
今言われてる話で言うと
賢いモデルに計画立てさせて
どうでもいい部分だけ
賢いモデルの判断で
安いモデルに作業をさせろ
なるほど
っていう感じでやってみて
もう1個余談なんですけど
以前記事にも書いたやつなんですが
こういう感じの整理をこれの前の段階でも
実験はしていたりしてて
過去に書いたノートとかで
タイトルが汚いやつとかを直していたんだったかな
ウィルバーは何回で紹介したやつだっけ
わからないけどとりあえず意思力の力ですね
ノートをやり取りをしているときにですね
生成AIさんがちょっと待って
それおかしいみたいなことを言い始めて
現代の学説では
ウィルパワーで言われていた意思力と言われるものは
正しくなかったという結論が正しいっぽい
っていうことを教えてくれ始めて
そこで質問をすることによって
めちゃくちゃ理解度が上がったという感覚があったんですよね
なるほど
その結論から言うと
非学術の自分からしたら
イメージとしては何も変わらんのですよ
ただ意思力と言われている
学術での厳密な定義で言うと
意思の力でうんうんっていうのは
どうやら現段階のサイエンスでは正しくないらしくって
ものすごい雑なことを言うと
それはただ疲れとっただけやっていう
そこは意思の力で意思力というものは
極端なことを言えば
無限にあると思っている人は無限にあるらしい
なるほどね
結局結論としてはウィルパワーが言ってたことと同じで
現代では環境を作るとか仕組みを作ることの方が
はるかに重要で
答文を取ることによって意思力が回復する
うんうんとかっていうのも結局それは
意思力じゃなくて疲労とほぼ同義のものだったっぽい
なるほど
みたいなこととかを
これは教えてもらわなかったら
俺はたぶん生涯知ることはないまま
死んでいたのではないか
なるほど
という意味でも意外と面白かったかもしれないなと
でそのテーマに沿ってめっちゃ頑張って
一冊性性愛とやり取りをしながら
読書メモをまとめるということをしたら
何なら本を読んでいる時間より長い時間
性性愛とやり取りをしていたかもしれない
みたいな感じになりました
実際話題は本の領域を飛び越えているわけでもある程度
でせっかくなので結構たくさんコンテンツはあったりするので
1回で終わらなかったら2回に分けてやろうかな
みたいなことを考えています
これも同じ今までのいろんな本に
よく出てきた話ではあるんですけども
人類というかサピエンスですね
サピエンスのいわゆる遺伝的多様性と言われるやつ
めっちゃ少ないらしくって
シンパンジーとかと比べても
なんかもう桁違いにとんでもなく少ないっていうので
結局それは後々にも分かってくることなんですけど
人類サピエンスと言われるものは
ほとんどというかホモ族全般がそうっぽいんですけど
とにかく個体数が少ない
いわゆるほとんど全ての種は
ホモ族みたいなやつとかっていうのは
だいたい近親後輩繰り返してて遺伝的に不安定で
いつ滅びてもおかしくないぐらいな集団ばっかりだったし
人類っていうのも確か
15万年ぐらい前の段階で
数千人規模まで確か減っているんだったかな
全ての一人の女性につながっている
いわゆるアダムとイブでいうイブみたいな存在っていうのも
15万年ぐらいに存在していたりするぐらい
全員が共通の母を持っているっていうのが
遺伝の話で言うと相当特殊な事例というのかな
この遺伝的に少ないっていうのも
やっぱ禁止化してしまうというのは非常にロバストではない
そのあたりっていうのも人類として
人類というか種として不安定な前提があるんだよっていう話があって
あと割とよくある最初に出てきた
二足歩行の話とかも
いろんな説がいっぱいあるらしいんですよね
なんで人類二足歩行したのか
いろんな説があるんだけど
著者に言わせると
どれも全部後付けの理由にしか思えんって言うんですよ
二足歩行 手が使える
違う 荷物を運びたかったから
二足歩行をするようになったとかって
例えば言うんだけど
例えばなんだけど犬とか猫とかって
手使わんくっても
例えば子猫とかを母猫は食われて運んでいって
それで全然不自由してねえし
あと何だったかな他にも説で言うと
それも似たような話で
メスに餌を持っていくことで
そのオスは持てようとしていて
そのために手が使えるようになって
二足歩行になってとか
いろんな説があるんだけど
どれもやっぱ後付け臭くって
著者が考える
なんで二足歩行やねんって言うと
もともと人類が木の上で歩いてた
生活をしていた
というのはほぼほぼ間違いないっぽい
木の上で大型化をしていったことで
四足歩行できなくなったから
二足歩行をするしかなくなったんじゃねえっていう
のが大雑把な
その著者が考える
いわゆる二足歩行が始まった理由
でとにかくねこれずっと今までも
これからもこれまでもこれからもっていうか
いろんな仮説があるんだけど
結局まだまだ決定的と言えるものがやっぱ
全然なくなった
全然見つかっていないというか
今後も多分変わる可能性
めちゃくちゃいっぱいあるんですけど
今のところ著者が考える話で言うと
なので便利だったからやったというよりは
真逆の言い方と言えばいいのかな
その四足で枝の上で安定して移動ができないから
二つ足で立ってバランスを取るしかなくなって
やがて木がサバンナ川が進んでいく
草地が増えていくことによって
木の上ばっかりで暮らしてられんくなって
木から降りてきた時も
そのまま二足歩行みたいなことを続けるしかなくって
現代に至っているみたいなイメージ
例えば300万年ぐらい前から
アウストラロピテクスみたいな種がいて
この頃からいわゆる二足歩行は
やっぱ既にいっぱいあるんですよね
これも同じくめちゃくちゃ困ったというか
人類の特徴というか
サピエンスホモ族全般の特徴なんですけど
とにかく化石が見つからん
例えばで言うと
恐竜の化石めっちゃいっぱいあるのに
その300万年前ぐらいの
アウストラロピテクスだとかルーシーと呼ばれているような
最初に歩いた頃の人たちみたいな化石とかっていうのが
とにかく数が少なくって見つけられんくって
これが同時にやっぱ人類
人類っていう言い方正しいのか
いわゆる霊長類の二足歩行の生物たちというものが
種としていかに数が少なかったか
母数が少ないから化石が見つからない
母数が圧倒的にないから全然化石が見つからんくって
俺たちが現段階で見つけられている
霊長類二足歩行的な生物とかっていうのも
おそらくなんだけどごくごく一部でしかなくって
他にももっとめっちゃたくさんいたと思うけど
たぶん全部が同じように
少集団で離れて暮らしているがゆえに
規模が大きくなることがなくって
人知れず絶滅してしまっている
なるほど
二足歩行で何が不便になったかみたいなやつは
結構いろんなところでいっぱい出てきてはいるんですけど
例えば有名なところでこれも多分言いました
どっかで喋ったと思うんだけど
脳みそが大きくなったのと
二足歩行をするようになって
女の人が子供を産むのがめちゃくちゃ大変になって
人類っていうのはめっちゃ未熟な状態で生まれるしかなくって
みたいな
それでも上手いこと言ってたまたまいい感じに残ってしまったのが
人類の特徴でみたいな話とか
あとは二足歩行で結果的になんですけど
ものすごく精密なコントロールをしないと
二足歩行って歩けないらしいんですよね
例えばそれは人類が足もみたいなやつが
いつまで立ってもできんくって
四足であればめちゃくちゃ簡単なのに
二足ってものすごく難しくって
片足上げたら片足だけで立つことになるもんな
言われてみるとやっぱりめちゃくちゃ難しいですよ
そもそも3点ないと生物っていうか物体は安定しないはずなんですよ
片足だけでその瞬間立ってもんな
筋肉の調整によってある程度練習すれば
片足で立つことってまあできるじゃないですか
もちろん足が面だからっていうのはあるんだけど
そのぐらい細かなコントロールができるようになったとかっていうのも
結果的にっていうか上手くいった理由の一つでもあるだろうし
もう一個それは前提として大事なのが
だから脳みそが大きくなったから二足歩行じゃなくて
しゃーねーから二足歩行していたら
そんなに無理せず脳みそ大きくできるようになったみたいなのもあるっぽい
なるほど
でちょっとずつちょっとずつ
首の骨の形状みたいなやつがある段階からやっぱ明確に変わるみたいで
その四足前提の構造に押している骨の形から
まっすぐ立ち前提でちょっと細かなことは忘れたんですけど
その骨格がやっぱ変化してこうならないと
なんていうんだろう脳みそが重くてやってられんみたいなやつ
みたいな前段階っていうのがだいぶ
そこら辺もある段階この600万年前ぐらいの
二足歩行直立歩行が習慣化してから
この骨の穴っていうのが下向きになった段階
これが逆に言うと人類が二足歩行
人類でいいのかその二足歩行を始めた証拠っていうのが
これっぽいぞっていうものだったりもするらしい
ちなみにその骨が変わっていくのは当然ものすごい
時間のスパンがあるわけですよね当然
とはいえ数百万年レベルなんですよね
面白いなと思うのが
自分の中で人類地球
40億年50億年ぐらいあったとして
数百万年あれば全く別な生物ぐらいには成り得る
1000万年前の頃っていうのはまだ全然
おそらくなんですけどいわゆる現人にしか見えない
レベルのものが数百万年範囲で変わってくれば
明確に二足歩行するようになって
250万年前ぐらいっていうのが
明らかな走ることができるようになった時代
これはやっぱものすごく大きな進歩らしくて
走れんかった頃はやっぱり狩りができなかった
そうでしょうね
生き物を捕まえようと思うのに
歩いて追っかけていても捕まえられんかったから
そうでしょうね
でも走るというのがこれは運動の神話だったと思うんですけど
走る能力は速さはどんな四足歩行にも勝てないんだけど
長く速く走るに関してはおそらく
いわゆる哺乳類の中では多分人類がトップなんですよね
さらにそこに同時にやっぱり
走ることに特化した能力として
手足が長くなったこととか
毛がなくなったこと
どっちも全部排熱なんですよ
そうかなるほどね
毛がなくなったことで雨つゆがしのげないんだけど
排熱効率がめちゃくちゃ良くなった
手足が伸びると表面積が増える
そう手足が伸びて表面積が増えて
それによって排熱効率良くなって
実際のところ寒いところの方が身長が低いらしいんですよ
そうかもしれんね確かに
生物としてっていうのかな
人類の傾向として
だから赤党に近い方が大きい
背が高い動物多いね確かに
人類に関しても同じようにそれが言える