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BC142『人類帝国衰亡史』
2026-06-30 58:03

BC142『人類帝国衰亡史』

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面白かった本について語るPodcast、ブックカタリスト。

今回は『人類帝国衰亡史』について語りました。

今回は、実験としてClaude Opus と対話しながら読書メモを作る、というのを試してみました。

そして、それを元に「語る」ことをやってみました。

良し悪しの判断というのはお聴きいただいた皆様にお任せするとして、ごりゅごとしては主観的に「新しいことやった楽しさ」にはあふれていた、という感じです。

ブックカタリストで紹介した本ページ、めっちゃ改善しました

また、これも本編とは直接は関係ないところですが、📖ブックカタリストで紹介した本の中身を大幅にアップデートして、142回、これまで言及した本が(ほぼ)すべて参照できるようにしました。

アフタートークで触れた本も合わせると、4桁に達する分量になっています。

これが蓄積の力なんや。生成AIの力なんや、というのを思い知った感じです。こういうのが現実的な作業量で作れてしまうのが、生成AI時代の楽しさですねえ。



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感想

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サマリー

今回のブックカタリストでは、ヘンリー・G著『人類帝国衰亡史』を特集。AI「Claude Opus」と対話しながら読書メモを作成するという新しい試みも紹介された。本書は、ローマ帝国の衰亡史をなぞらえ、ホモ・サピエンスがピークを迎えてから衰退していく過程を分析。人類が覇権を握った時点がピークであり、農業や病原菌の登場が衰退の始まりだったと論じている。二足歩行の起源や、ホモ・サピエンスの遺伝的多様性の低さ、そして小集団の孤立が文化の停滞や絶滅リスクを高めた要因についても掘り下げられた。特に、道具の進化が停滞した理由として、集団の規模の小ささが模倣や工夫の継承を妨げた点が強調された。ネアンデルタール人の絶滅も、ホモ・サピエンスとの直接的な争いではなく、集団規模の小ささによる絶滅リスクの高さが原因である可能性が示唆された。最終的に、人類が住めない場所を住めるように変えてきた歴史を振り返り、宇宙進出の可能性にも触れつつ、人類文明の緩やかな衰退への警鐘を鳴らしている。

リスナーからのコメントと知的生産性について
おもしろかった本について語るポッドキャスト、ブックカタリスト。 まずは今回いただいたコメントお便り紹介したいと思います。
お願いします。 ネコメッシさん。
ブックカタリスト141は久しぶりの大ヒット回だった。 お気配的からのイベントレスネスは万全と生きる民である私にとって、 万全とはこういうことなのかと我転の行き過ぎる概念だったし、 私が日記を書けない理由も少し見えてきたと思う。
これ続きはあるのかな? ラジオパーソナリティーでもエッセイストでもネタ職人でも何でもいいけど、 出力することに駆動される人たちはイベントをことさら必要としない生き方をしているのかもしれない。
これはなかなかいいことを言ってるかなという感じがするんですけども、 僕らの身近な感じで言うとブロガーみたいな人たちは、もちろんイベントのことを書くかもしれませんけど、
日常の中からイベント性というか、過去に値するようなことを見つけ出す名誉を持っている人たちが多いという気はしますね。
そうですね、それは結局やっぱり戻ってくるけど、訓練することでしか成長しないというか、 もともとできる人はいるかもしれないけど、一極訓練なんだよなっていう。
本編で言いましたように、日記が毎日書かれるものであるからこそ、そういういたしか無しに出てくる発想とか技術とかがあるという意味で、
ブログも毎日更新するみたいなノリがかつてはあったと思うんですけど。
まさか10年くらいやっとったっすね。
必然的に今日何か書かなあかんからということによって、名が鍛えられるとかネタ感が鍛えられるというのはやっぱりあったと思いますね。
3000回とか4000回とか毎日ずっと書いていたわけですよね。回数で言えば。
そうですね。ちなみに言わせてもらうと、僕ベルマが189週連続で書いてるんで。
1万字ですよね大雑把に。
10年単位で180万字くらい書いてるわけで。
これで例えば名が鍛えられてなかったらそれは逆にどうかと思うという感じですよね。
めっちゃしょぼい話っていうか、そんだけやったら上手くなるに決まってるやろってことですもんね。
簡単に言ったらそうですね。
そしてそれは毎日10時間を10年やれば非常に困難だけど、
でも1時間の10年も異常に困難だよな。
だから日記ぐらい、ブログで言うと500文字とか400文字とかぐらいのまとまりの文章。
だから情報カードで言うと1枚とか2枚書くみたいなぐらいの知的生産を途切れてもいいからなるべく365日あったら300日できたらもう上等ぐらいで。
100日から150日ぐらいのペースぐらいでもいいかなと思うので。
やれればいいんじゃないかなと思いますけど。
あとあれですよね。前に言ってた取り返そうとしないやつ。
そうで重要ですね。
失敗した時も次の日は2じゃなくて1でいいんだっていうのとか。
そこを自分で納得させられたとしたら非常に続けやすいんじゃないかなと思いますね。
そういえば思い出したじゃないな。
それと連携する話でちゃんとプリズナートレーニングもスロージョギングもやれてるんですよ。
最近話題出てなかったんですけど。
別にわざわざ言わんぐらい日常になったんですよね。
なるほどね。
なんだろうなと思うと逆説的にやってないことを許しているというか。
なるほど。
プリズナートレーニングはビッグシックスがビッグフォーになりました。
なぜかというと
もともと逆立ちとブリッジはある奴らが大体ステップ6ぐらいまでいけてからやるべきだっていう話が書いてあって。
1週間に無理なく続けるためには1週間でその4種目をやる方が結局無理なく続けられる。
しかもこれは予測でしかないけど4種目に減らした方が成長するようになりました。
精度とかが上がってるのかな?
やる気とかもあるかもしれない。雑にやるとかなる気がするんですよね。
確かにね。
スロージョギングも、冬は寒いからやらんかったね。歩くでいいやって言って。
っていうのでもやめずにできたのは上手に許せるようになってきたことかもしれない。
そうですよね。だから何のためにそれをするのかっていうのに漠然とした義務感みたいなのに駆動されるとやっぱりダメで。
でもそのやる1回1回の行為にちゃんと意義があるんだと自分で感じられたら多少休んでも長期的なスパンで考えられればね。
1回の休みなんて所詮1回の休みと考えられれば全然続けやすい気はしますね。
雨降ったらやらん。暑かったらやらん。寒かったらやらん。でもやるんやっていう。
そこで1回やめてしまったらもう自分は二度とやらないんじゃないかという謎の恐怖心がある場合やめられないわけですけど。
結局それを持っていると結局続けられないんで。
ある種自分を信用してるっていう形ですよね。ここ1回やめてもっていう。
それもあれですよね。話戻ってくるけど、何だっけ。
自己肯定感とかに近い感覚かもしれないですよね。
俺はやめないんだっていう自信があるみたいな感じ。
ハリボテの地震から地の足についた地震に移行するとそういう風に続けやすいということはあるんやもしれないですね。
ジョギングは回数をスクショで数えていて111回やっている。大雑把に3日に1回ぐらいになっている。
最近機械館ではもっと頻度が少ないんですけど。
十分でしょうっていう。あと早くなった。本当に早くなった。
そこはやっぱり筋肉はトレーニングしたら結果が出るという。
早くなることを一切目指していないのに早くなったっていう。
AIとの読書メモ作成実験
今回は142回人類帝国水防止というものについて語りたいと思います。
はいお願いします。
画面共有してなかったですね。
今回ちょっとね、いろいろ新しい試みをはめしておりまして。
大雑把に簡単に言うと、読書と生成AIをどこまで合体できるかというか協力できるかというか。
LLMと共に読書メモを仕上げるみたいな実験をしておりまして。
リーディングメモのクリエーションにwith Generate AIということね。
そうですね。今までの手順をすごく雑に言うと、本を読みます。
もう一回読みながらが多いんですけど、読書メモを手書きします。
その読書メモを見ながらObsidianに転記します。
そのObsidianに転記したメモをAtomic Noteに分割します。
多分読書外の行為でも5,6時間くらいの時間をかけていたんですが。
今回は本を読みます、読書メモを書きますまでは一緒。
手書きで書きますまでは一緒。
次は手抜きをしました。
まず、生成AIに読書メモを文字起こししてもらいます。
画像データを渡してということですね。
その読書メモを見ながら本の情報を見ながら
生成AIとメモ一件一件について対話をしながら
わからないことを聞きながらノートを作るということを実験してみました。
5,6時間が生成AIに質問を投げる形で始まるわけですね。
いろいろとこのメモを読んで見たてを述べろ、解説をしろみたいな手順を
作ってあって、今画面に映っているこれが例えば最初にもともとあった
その俺の読書メモを文字起こししたものなんですよね。
このアシアトカルの推測だとか300万年以上のアウストラロピテクスとか
なんかこういうことを言っとくだけで
これは何々のアウストラロピテクスの何とか仮説の何とかってやつなんですね。
こういうことが言えますとかって言い始めて
それを例えば学術的な発見が何かあるのかとか
あとやってみて非常に良かったのが
まず話しすると瞬間に
これは何々さんが何年に提唱した
どんな何たらっていう本とか論文で言った
こう何々説っていうやつですねっていう話をしてくれて
例えば他にはこういうのに関連するものって何があるのとか
別に今時のやり方としては
大したことではないという言い方もできるんですけど
ものすごく勉強になった
ちなみにそのモデルはクロードなのか
クロードのオーパスを使いました
4.6から8の間ぐらいの時期かな
基本的に彼らが提示した文献は
正しいものとして前提で進めていく
一応そこは細かなLLMのスキルっていうか使い方なんですけど
ちゃんと根拠を取ってきたか取ってこないかは
やむるパラメーターに書くようにしています
なるほどね
例えばこれなんかは自分で読んだ本なので
本来はトルースでいいんですけど
Citation Verified
一応LLM自身にちゃんと文献があって
そこに書いてあったってことを
毎回全部確認させるのはめんどくさいので
まだ確認してないよという印だけは付けている
なるほどね
いちいち確認したら応答の手間がかかりますからね
信頼度だけをパラメーターに残しておくってことね
そこはさすが
あと直感的なイメージで言うと
間違えてないと思います
論文の話で言えば
まあそうやな
ちょっと微妙に解釈が歪曲しているところはあるかなと
自分で応答してておかんというところはあるけど
そこは同じじゃないからね
僕とゴルゴさんが同じ
求めるものとかが違うとか
そういうのもあるかもしれない
僕無料ユーザーなんで
基本的にもしかしたら
雑味に扱われているかもしれない
例えばなんですけど
ジェミンは平気で嘘ついてきますね
早いがために
なるほど
そのあたりはやっぱり
LLMメタ知識みたいなものも
なんかいるのかもしれない
とりあえずゴルゴさんはクロードベースで進めてたと
そうですね
例えばそれをさっきの話で言うと
ソネットをベースにしてみると
知的レベルが下がるんですよ
面白いと思って
文献とかを必ず日英同時に
日本語と英語の出典と年数と
なんかをちゃんと
チャット欄に示しながら喋れって言うんですけど
それができなくなるんですよね
なるほど
いわゆる文芸ではないんだけど
そういうことは結構賢く頑張らせないと
うまく機能しない
金の力を使わないといけない
プログラミングコーディングのレベルで言うと
ソネットでだいぶもうちょいちょいと
言われたことをやれだったら余裕でこなすけど
やっぱ結構ミスるって印象かな
なるほど
今言われてる話で言うと
賢いモデルに計画立てさせて
どうでもいい部分だけ
賢いモデルの判断で
安いモデルに作業をさせろ
なるほど
っていう感じでやってみて
もう1個余談なんですけど
以前記事にも書いたやつなんですが
こういう感じの整理をこれの前の段階でも
実験はしていたりしてて
過去に書いたノートとかで
タイトルが汚いやつとかを直していたんだったかな
ウィルバーは何回で紹介したやつだっけ
わからないけどとりあえず意思力の力ですね
ノートをやり取りをしているときにですね
生成AIさんがちょっと待って
それおかしいみたいなことを言い始めて
現代の学説では
ウィルパワーで言われていた意思力と言われるものは
正しくなかったという結論が正しいっぽい
っていうことを教えてくれ始めて
そこで質問をすることによって
めちゃくちゃ理解度が上がったという感覚があったんですよね
なるほど
その結論から言うと
非学術の自分からしたら
イメージとしては何も変わらんのですよ
ただ意思力と言われている
学術での厳密な定義で言うと
意思の力でうんうんっていうのは
どうやら現段階のサイエンスでは正しくないらしくって
ものすごい雑なことを言うと
それはただ疲れとっただけやっていう
そこは意思の力で意思力というものは
極端なことを言えば
無限にあると思っている人は無限にあるらしい
なるほどね
結局結論としてはウィルパワーが言ってたことと同じで
現代では環境を作るとか仕組みを作ることの方が
はるかに重要で
答文を取ることによって意思力が回復する
うんうんとかっていうのも結局それは
意思力じゃなくて疲労とほぼ同義のものだったっぽい
なるほど
みたいなこととかを
これは教えてもらわなかったら
俺はたぶん生涯知ることはないまま
死んでいたのではないか
なるほど
という意味でも意外と面白かったかもしれないなと
でそのテーマに沿ってめっちゃ頑張って
一冊性性愛とやり取りをしながら
読書メモをまとめるということをしたら
何なら本を読んでいる時間より長い時間
性性愛とやり取りをしていたかもしれない
みたいな感じになりました
実際話題は本の領域を飛び越えているわけでもある程度
でせっかくなので結構たくさんコンテンツはあったりするので
1回で終わらなかったら2回に分けてやろうかな
みたいなことを考えています
『人類帝国衰亡史』の概要とローマ帝国衰亡史との比較
ようやく本編です
まず人類帝国水帽子
2025年の9月に出たダイヤモンド社から出たやつで
英語にするとThe Decline and Fall of the Human Empire
SFのタイトルみたいですね
これがですねもともとヘンリー・Gという方
ローマ帝国水帽子っていう有名な
ローマの歴史を描いたものっていうのかな
という本があってそれを明確に強く意識して
それをなぞらえてこのタイトルをつけたっぽくて
ローマ帝国水帽子っていうのも
いきなり出だしから面白かったのが
ピークを迎えたらあとはもう落ちていくだけだっていうので
ローマ帝国水帽子自体をきちんと読んでるわけではないんですけど
ローマ帝国水帽子も実はピークを迎えるまではあんまり長くなくて
ピークを迎えてから落ちていく話がめちゃめちゃ長いみたいなイメージで
人類帝国水帽子も同じような感じに構成になっていて
第一部がめちゃくちゃ雑に言うと人類
人類じゃないホモ・サピエンスがピークを迎えるまで
第二部がそこからホモ・サピエンスがいかに落ちていくか
第三部が一応人類としてこういうところに少し可能性はあるみたいなイメージ
超雑なことを言うと
あと1万年か2万年くらいで人類滅びるんじゃねっていうのが
この人の見立てだったりするんですよね
そこはいくつかの要因が原因があるんでしょうけど
それはまた本編で語られるわけですね
そういうことを語れるようにするために
一部と二部の話で
三部がまとめみたいな感じで
どこから人類が落ち始めたかというと
人類が覇権を握った段階がピークだと
地球上の生物群の中で
一応トップみたいな顔をしだしたところがピーク?
覇権を握ったってその定義で言うと
いわゆる霊長類
サピエンスではないホモ族が
事実上サピエンスが大多数になったタイミングが
前世紀で
他の種との競争を勝ち残ったと言える
そうなってから後はひたすら落ち続けるだけだと
じゃあもうずっと?
ずっと落ち続ける
いわゆる歴史と言われるものは
ずっと落ちている過程なんでしかない
っていう言い方をしている
まず最初の人類の絶望の始まりが農業で
次の人類の絶望の始まりが病原菌で
みたいな感じで
一般的に古い歴史書とかで言うと
農業というのが人類の栄光の始まりだったという
言い方をするんだけれども
そこはもう完全に真逆で
農業をきっかけにして
人類はどんどん落ちていったっていうのが
この人の言い方
なるほど
内容特に一番最初の内容自体で言うと
割と自分が好みな部分
今までにBook Catalystでも紹介してきた部分と
似ているようなところは
多いっちゃ多い感じはありました
その二足歩行の人類史とか
確かあともう一個
火で柔らかいもん食えるようになったみたいな話とかありましたよね
とか運動の神話なんかも
割と原点として似ているような気がしていて
あとこの著者は
以前にそれもBook Catalystで紹介した
超圧縮地球生物全史
っていうやつの
同じ著者でもあります
ちなみにこれ同じ著者やから読んだということではない
同じ著者だから読んだですね
なるほど
たまたま図書館に行ったら
本当は別の本を借りようと思っていたんだけど
あれこれなんだって気になって
見たらHenry G.って書いてあって
あれこれ超圧縮地球生物の人だよねって思って
あれすごく好きだったので
今度はこの人が地球じゃなくて
人類だけにしたのかっていう感じで
その気に入って読み直している
読み直したっていうか読もうと思った
気づいてなかったんですよね
多分そのデータばっかりの頃とかっていうのは
振り返って見てみると今でも本屋さんに行くと
やっぱ普通にこのジャンル
人類史とかのジャンルのところでは
割と今でも置いてある本屋が多いっていう印象はあって
ビッグヒストリー系ですね
あとダイヤモンドが最近この手の
割とビジネスじゃなくて
ちょっとサイエンスに寄ったものとかっていうのを出して
成功している感じはあって
その中の一つでもあるかな
という感じが前提になっているところで
まずプロローグで
さっきのローマ帝国水帽子の話とかと
同じようなことを最初に言っていて
結局いわゆるある生物種というものが
登場してピークをたどって
そこから縮小して絶滅をするっていうのと
ローマ帝国の話ともつながるんですけど
帝国がこうやって大きくなって
なくなっていくっていうのがすごく似ているっていうので
ローマ帝国水帽子っていうのを
サンプルとして使おうっていうのと
この考え方っていうのが
人類全般について
同じようなことが言えるでしょうっていうのが
まず前提になっているところ
もう一個これは後々にもつながってくる非常に重要で
人類の遺伝的多様性と二足歩行の起源
これも同じ今までのいろんな本に
よく出てきた話ではあるんですけども
人類というかサピエンスですね
サピエンスのいわゆる遺伝的多様性と言われるやつ
めっちゃ少ないらしくって
シンパンジーとかと比べても
なんかもう桁違いにとんでもなく少ないっていうので
結局それは後々にも分かってくることなんですけど
人類サピエンスと言われるものは
ほとんどというかホモ族全般がそうっぽいんですけど
とにかく個体数が少ない
いわゆるほとんど全ての種は
ホモ族みたいなやつとかっていうのは
だいたい近親後輩繰り返してて遺伝的に不安定で
いつ滅びてもおかしくないぐらいな集団ばっかりだったし
人類っていうのも確か
15万年ぐらい前の段階で
数千人規模まで確か減っているんだったかな
全ての一人の女性につながっている
いわゆるアダムとイブでいうイブみたいな存在っていうのも
15万年ぐらいに存在していたりするぐらい
全員が共通の母を持っているっていうのが
遺伝の話で言うと相当特殊な事例というのかな
この遺伝的に少ないっていうのも
やっぱ禁止化してしまうというのは非常にロバストではない
そのあたりっていうのも人類として
人類というか種として不安定な前提があるんだよっていう話があって
あと割とよくある最初に出てきた
二足歩行の話とかも
いろんな説がいっぱいあるらしいんですよね
なんで人類二足歩行したのか
いろんな説があるんだけど
著者に言わせると
どれも全部後付けの理由にしか思えんって言うんですよ
二足歩行 手が使える
違う 荷物を運びたかったから
二足歩行をするようになったとかって
例えば言うんだけど
例えばなんだけど犬とか猫とかって
手使わんくっても
例えば子猫とかを母猫は食われて運んでいって
それで全然不自由してねえし
あと何だったかな他にも説で言うと
それも似たような話で
メスに餌を持っていくことで
そのオスは持てようとしていて
そのために手が使えるようになって
二足歩行になってとか
いろんな説があるんだけど
どれもやっぱ後付け臭くって
著者が考える
なんで二足歩行やねんって言うと
もともと人類が木の上で歩いてた
生活をしていた
というのはほぼほぼ間違いないっぽい
木の上で大型化をしていったことで
四足歩行できなくなったから
二足歩行をするしかなくなったんじゃねえっていう
のが大雑把な
その著者が考える
いわゆる二足歩行が始まった理由
でとにかくねこれずっと今までも
これからもこれまでもこれからもっていうか
いろんな仮説があるんだけど
結局まだまだ決定的と言えるものがやっぱ
全然なくなった
全然見つかっていないというか
今後も多分変わる可能性
めちゃくちゃいっぱいあるんですけど
今のところ著者が考える話で言うと
なので便利だったからやったというよりは
真逆の言い方と言えばいいのかな
その四足で枝の上で安定して移動ができないから
二つ足で立ってバランスを取るしかなくなって
やがて木がサバンナ川が進んでいく
草地が増えていくことによって
木の上ばっかりで暮らしてられんくなって
木から降りてきた時も
そのまま二足歩行みたいなことを続けるしかなくって
現代に至っているみたいなイメージ
例えば300万年ぐらい前から
アウストラロピテクスみたいな種がいて
この頃からいわゆる二足歩行は
やっぱ既にいっぱいあるんですよね
これも同じくめちゃくちゃ困ったというか
人類の特徴というか
サピエンスホモ族全般の特徴なんですけど
とにかく化石が見つからん
例えばで言うと
恐竜の化石めっちゃいっぱいあるのに
その300万年前ぐらいの
アウストラロピテクスだとかルーシーと呼ばれているような
最初に歩いた頃の人たちみたいな化石とかっていうのが
とにかく数が少なくって見つけられんくって
これが同時にやっぱ人類
人類っていう言い方正しいのか
いわゆる霊長類の二足歩行の生物たちというものが
種としていかに数が少なかったか
母数が少ないから化石が見つからない
母数が圧倒的にないから全然化石が見つからんくって
俺たちが現段階で見つけられている
霊長類二足歩行的な生物とかっていうのも
おそらくなんだけどごくごく一部でしかなくって
他にももっとめっちゃたくさんいたと思うけど
たぶん全部が同じように
少集団で離れて暮らしているがゆえに
規模が大きくなることがなくって
人知れず絶滅してしまっている
なるほど
二足歩行で何が不便になったかみたいなやつは
結構いろんなところでいっぱい出てきてはいるんですけど
例えば有名なところでこれも多分言いました
どっかで喋ったと思うんだけど
脳みそが大きくなったのと
二足歩行をするようになって
女の人が子供を産むのがめちゃくちゃ大変になって
人類っていうのはめっちゃ未熟な状態で生まれるしかなくって
みたいな
それでも上手いこと言ってたまたまいい感じに残ってしまったのが
人類の特徴でみたいな話とか
あとは二足歩行で結果的になんですけど
ものすごく精密なコントロールをしないと
二足歩行って歩けないらしいんですよね
例えばそれは人類が足もみたいなやつが
いつまで立ってもできんくって
四足であればめちゃくちゃ簡単なのに
二足ってものすごく難しくって
片足上げたら片足だけで立つことになるもんな
言われてみるとやっぱりめちゃくちゃ難しいですよ
そもそも3点ないと生物っていうか物体は安定しないはずなんですよ
片足だけでその瞬間立ってもんな
筋肉の調整によってある程度練習すれば
片足で立つことってまあできるじゃないですか
もちろん足が面だからっていうのはあるんだけど
そのぐらい細かなコントロールができるようになったとかっていうのも
結果的にっていうか上手くいった理由の一つでもあるだろうし
もう一個それは前提として大事なのが
だから脳みそが大きくなったから二足歩行じゃなくて
しゃーねーから二足歩行していたら
そんなに無理せず脳みそ大きくできるようになったみたいなのもあるっぽい
なるほど
でちょっとずつちょっとずつ
首の骨の形状みたいなやつがある段階からやっぱ明確に変わるみたいで
その四足前提の構造に押している骨の形から
まっすぐ立ち前提でちょっと細かなことは忘れたんですけど
その骨格がやっぱ変化してこうならないと
なんていうんだろう脳みそが重くてやってられんみたいなやつ
みたいな前段階っていうのがだいぶ
そこら辺もある段階この600万年前ぐらいの
二足歩行直立歩行が習慣化してから
この骨の穴っていうのが下向きになった段階
これが逆に言うと人類が二足歩行
人類でいいのかその二足歩行を始めた証拠っていうのが
これっぽいぞっていうものだったりもするらしい
ちなみにその骨が変わっていくのは当然ものすごい
時間のスパンがあるわけですよね当然
とはいえ数百万年レベルなんですよね
面白いなと思うのが
自分の中で人類地球
40億年50億年ぐらいあったとして
数百万年あれば全く別な生物ぐらいには成り得る
1000万年前の頃っていうのはまだ全然
おそらくなんですけどいわゆる現人にしか見えない
レベルのものが数百万年範囲で変わってくれば
明確に二足歩行するようになって
250万年前ぐらいっていうのが
明らかな走ることができるようになった時代
これはやっぱものすごく大きな進歩らしくて
走れんかった頃はやっぱり狩りができなかった
そうでしょうね
生き物を捕まえようと思うのに
歩いて追っかけていても捕まえられんかったから
そうでしょうね
でも走るというのがこれは運動の神話だったと思うんですけど
走る能力は速さはどんな四足歩行にも勝てないんだけど
長く速く走るに関してはおそらく
いわゆる哺乳類の中では多分人類がトップなんですよね
さらにそこに同時にやっぱり
走ることに特化した能力として
手足が長くなったこととか
毛がなくなったこと
どっちも全部排熱なんですよ
そうかなるほどね
毛がなくなったことで雨つゆがしのげないんだけど
排熱効率がめちゃくちゃ良くなった
手足が伸びると表面積が増える
そう手足が伸びて表面積が増えて
それによって排熱効率良くなって
実際のところ寒いところの方が身長が低いらしいんですよ
そうかもしれんね確かに
生物としてっていうのかな
人類の傾向として
だから赤党に近い方が大きい
背が高い動物多いね確かに
人類に関しても同じようにそれが言える
走ることの重要性と道具の進化
なるほど
っていうのでこのぐらいの時期から
あと同時これでやっぱ思ったのが
人間がいかに走ることが重要だったのか
スロージョギングの話とかにも
ちょっとつながってくるようなことなんですけど
意外と重視されていないし
これは自分の勝手な推測なんですけど
走れるようになったことって
実はいろんな要素の中でも
かなり重大な変化なのではないかなと思っていて
食生活とか狩りをすることによって
集団の在り方とかも変わってきそうだね
狩りができたことでやっとチームが組めるようになるので
チーム間でコミュニケーションが必要になって
さらに連帯をするようになったことも
チームのおかげで
道具云々とかっていうことはもちろん
ある否定はしないけれども
それよりもこのまず走れるようになった
っていうことが非常に大きな変化な気がするし
やっぱこの変化っていうので
足長いしアーチみたいなやつも
なかったっぽいんですよね最初は
歩いたりたくさん距離が歩けるようになったことによって
アフリカから出ていくことができて
あとここにも触れられてなかったんですけど
この章ではなかったかもしれないんですけど
何回も失敗しているっぽいっていうのもあるみたいで
アフリカから出てってインドとか
そういうアジアの方まで行ったんだけど
それが一回絶滅しちゃってうまくいかずに
最後の最後の大爆発の時にそこら中に広がった
だとか手足が長いのとか
鼻が高いとかねこういうのもやっぱ
生物としてちゃんと意味があるっていうのかな
もともと乾燥地帯で生き残れるようになるために
どうやらその鼻が高くなったみたいなのもあるっぽい
空気の出入りによって鼻で息を吸った時に
あまりにもドストレートに耐えないっていうか
中と繋がっていると空気のやり取りによって
どんどん乾燥していってしまう
水分が足りなくなってしまう
みたいなやつっていうのもだいぶ減ってきたし
他にもその剣とか足の剣みたいなやつも
すごく強くなってきてこういうのもやっぱ
相当すごいらしいんですよ
いや子供ってさめっちゃよう走るじゃないですか
ほっといたらやっぱその人間って走る生物なんだな
というのをちょっと再確認しますね
たぶん走る生物なんでしょうねほんと
なんかアキレス研とか土踏まずのおかげで
これもちょっと研究までは踏み込んで見ていないんですけど
力学的エネルギーの半分ぐらいは戻ってくるっぽい
へーすごい
なんか想像でしかないけどやっぱとんでもないですよね
そんなに跳ねるよく跳ねるものって
スーパーボールみたいなすごさやんっていう感じやし
うんうんうん確かに
こういうやっぱ筋肉とかがあるおかげでとか
とにかく二足歩行でいわゆる腰痛とか
その股関節とか足の痛みとかあとあのなんだっけ
持ちが詰まって死ぬとかも
全部二足歩行のせいではあるんだけど
同時にやっぱり二足歩行によって
めちゃくちゃいろんなものが得られていたりもしている
でこの頃が250万年前くらいか
でそっからあのいわゆるやっぱ
道具とかを作れるようになってくるのって
結構昔からあるっぽいんですよ
ハンドアックスって言われるそういうのも
なんかあのこれも別の本に書いてあったけど
めちゃめちゃ美しい
その石削って作った斧っていうのも
一番古いレベルで言うと
170万年180万年ぐらい前から
ハンドアックスを作るようになっていたんだけれども
これもこの人が言うにはね
まだこれって何て言うんだろう
技術じゃないみたいな言い方をしていて
猿が木の棒を持ってきて何かやるのと
全く一緒で文化として全く成熟蓄積が
行われていないっていう言い方をしていて
100万年以上どこ行っても
どの場所で見つかっても
どの期間をとっても
同じ形しかしていない
これは著者が言うには
いわゆる人と呼ばれるような
完全なる人間ではないっていう言い方をしていて
工夫をしていないんですよね
一切全く
誰かから言われたものを100%
ただそのまま真似をしているだけで
どんなに距離が変わっても
全然形が進歩していなくて
ここからある時期を超えると
とてつもない勢いでやっぱり形が変わっていく
面白いね
ただ下手くそだったかというと
全然そんなことはなくて
いわゆる何て言うんだろう
手を動かす技術みたいなレベルだけで言えば
この100万年間ずっとめちゃくちゃすごいっぽいんですよ
なのにつながっていないというか進歩していない
これも結局著者が言う
孤立していたから進まなかった
なるほど
文化みたいなやつっていうのに
これはとにかく著者がずっと言い続けていることなんですけど
数が大事だって言うんですよね
人数、規模
数百人とか数千人程度の規模では
仮に誰かが石器の形をちょこっと工夫したとしても
それを受け継いでくれる人がいないので
結局本能で覚えている作り方というものを
いつまで経ってもずっと超えることができなくて
そういうことか、なるほど
とにかくこれがひたすら何百万年間
ある段階を超えてこれなかったのが
とにかくこの数が少なかったこと
小集団の限界とネアンデルタール人の絶滅
ユバルノア・ハラリが言っている
幻想とかを抱く以前の
幻想が抱けるレベルの人口密度がない
数十人とか数百人という規模で
他の集団と交わることもほとんどないから
その中で誰かがめっちゃすげえ石斧を作っても
あいつすげえだけで終わってしまって
あいつの作る斧はすげえなって言っても
その人が死んだらもう元に戻ってしまって
それが例えばなんですけど
千人ぐらいの人に俺の斧すごくねって見せたら
それどうやって俺もやりたいってなりうる
模倣が発生する位置っていうのがあるということか
模倣の次というのが工夫なのか多分
そこを引き
まず模倣がなされないのか
模倣にプラスアルファ工夫がなされないのか
あれですね
なされた工夫が引き継がれる規模がない
例えばなんですけど
それが3世代4世代ぐらい続くかもしれないんですよ
ラスタさんの作った斧がすげえって言って
俺が真似をして
自分の息子が真似をして
ぐらいまではあるかもしれないんだけど
孤立しているので
運悪く息子が次の世代に
斧の自慢ができないと
そこで止まってしまう
その部族そのものが途絶えてしまう可能性がある
そういうことがめちゃくちゃ多い
集団が小さいからあっけなく滅びてしまう
だからその文化的な遺伝子
memeが残り続ける場がない
まさに本当にmemeで説明できるものだと思いました
その集団の規模がないとmemeが残らない
memeが生まれても続かない
memeにならないとも言えるのか
確かに
memeっていう規模にならないと
非常にうまくいかないし
結局いわゆる人族
ほぼ全部が
小集団であったがゆえに
ほとんどが
種として新しいものになった頃には
もう遺伝的に規模がちっちゃすぎて
近世後輩だらけになってしまって
遺伝的に次の種にいけないみたいな
おそらくなんだけど
結構行き詰まっていた種なんじゃねえのかな
っていうのをすごく思って
規模がちっちゃいがゆえに
バラバラで孤立して暮らしていて
ある集団が
例えばネアンデルタール人と言われる人たちが
ヨーロッパの方で独立して
独立っていうか
特定の集団ができて
数十万年数百万年が経過して
遺伝的に他の種とは
いわゆる違うと言えるぐらいの
遺伝子の変化が起こっているんだけれども
その遺伝子の変化が起こった集団というものが
あまりにも小規模すぎるから
近世後輩を繰り返すことになってしまって
遺伝子が非常に
遺伝的に不安定になって
うまくいかなくなってしまう
なるほど
結局ネアンデルタール人とかも
証拠を見つける限りで言うと
そういうことがやっぱりめちゃくちゃ
多くなったりもして
ずっと続けていると
それを乗り越えてしまう遺伝子みたいなことが
たまに現れたりもするらしいんだけれども
なるほど
それが結局種が変わったということだと思うんですけど
言ってみれば
確かに
とにかくそういう
ずっと人類というか
人類でいいのかなというのが
小さな集団でしか
あり続けることができなかった
いわゆる近世後みたいなやつっていうのも
西洋の社会ではやたらと異常に
嫌われているんだけれども
実際やっぱ多くの文明で
ごく当たり前に行われていて
そこはレビストロースのやつとかが
レビストロースさんが
そこにはちゃんと理由があって
うまいこと言っているんだみたいなことを
調べていたりもしていて
そこからいろんな話にも
なっていたりもするんですけども
結局一番大事なのは
とにかくなので
規模がでかいことが大事だって言ってて
ネアンデルタール人が滅びたのも
極端なことを言えば
ただ自然に滅びただけだと
なるほど
人類がいわゆる
攻撃を行為によって滅びたというよりは
例えばなんだけど
著者のイメージで言うと
ある集団って森が例えば
2つに分裂してしまって
2つの集団に分かれてしまうと
横のつながりというものが
めちゃくちゃ減ってしまって
ただその集団でいるよりも
2倍どころではなく
何十倍もやっぱ絶滅のリスクが
高まるらしいんですよね
集団の規模が小さいがゆえに
ちょっとした自然災害でも
簡単に種がいなくなってしまうかもしれないし
遺伝子が近くなればなるほど
やっぱ危険度は上がるので
そういう特殊なものが生まれてしまう
ネアンデルタール人がいたところに
ホモサピエンスがちょっとずつ入ってきて
しまうことによって
攻撃行為とかが何もなくても
ほんのちょっとだけ人類のほうが密度が
サピエンスのほうが密度が高かったんじゃないか
特に何が優れていたとかって
ほとんど何もないんじゃない?
っていうような感じのことを言っているんですよ
本当にちょっと違っただけで
ごくごくわずかな運の良さとか
たまたまちょっとだけたくさんいたとか
たまたま遺伝的に多様だったっていう
ごくごくわずかな差が
当たり前だけど数十万年数百万年積み重ねたら
1.001と1.0001ぐらいは
100回200回かけたら
ものすごく大きく変わる
そこら辺が人類がやっぱ直感で理解しがたいから
ほんのわずかの差っていうのが結局
ただ偶然ホモサピエンスっていう種が
この中地球上でものすごく増えることになった
違いだけでしかないんじゃないのか
なるほど
実際特にヨーロッパとか
ヨーロッパとかっていうか
アフリカの地域以外の人の遺伝子調べると
ネアンデルタール人のものだと言われる
思われるDNAみたいなやつは
みんな含まれているらしいんですよね
悩ましいのがなので
種が違うかっていうと
ネアンデルタール人とホモサピエンスが
種が違うかというと非常に悩ましい
この辺りは学術でもやっぱ
意見が分かれているみたいで
安定的に後輩して後残せなかるものであれば
見た目が多少違っていても
同一の種だっていう考え方もあるし
そうですね
人類に実際にネアンデルタール人のDNAが
入っているということは
種として分かれきっていたと言えないんじゃないか
みたいな言い方もできるし
でもそっちのほうがそれっぽいけどね
でもDNAとしてはネアンデルタール人のDNAが
残ってるって言われるとどういうことなんやろう
っていうような悩みもあったりするし
なるほど
そういう話をですね
ちなみに先生に聞いてみると
現段階で分かっていることはこのぐらいで
実際言う通り
種として分割されているかというのは
意見が分かれるところであったりもしますよね
みたいなこととかが聞けるようになった
なるほど
っていうのは読んでいて大きな変化だったかな
人類の適応力と文明の衰退
そういうことをしていたらやっぱ
全然終わらなくなった
っていう感じで結局
人口が減ってしまうっていうのが
とにかくやばくて
実際にタスマニア島とかの
そこにいるいわゆる
人類が氷河期が終わって
氷で繋がらなくなって
島で孤立されてしまった文明
みたいなところとかって
めちゃくちゃ高度な
吊り張りだったり防寒儀だったり
っていうのを作れていたのに
だんだん対価という言い方が悪い
適切かどうか分からんけど
数千年かけてやっぱ
技術が失われていってしまっているらしいんですよね
なるほど
規模が数百人数千人っていう規模になってしまうと
やっぱその続かない繋がらない
っていうことが絶対にあってしまうので
結局そこが
その違いというものがすごく大きな変わるし
あと人類の進化の話で言うと
どこにでも行けるようになってきたっていうのが
もう一つの人類の強みみたいな感じっていうのかな
さっき言ったような
長い手足を手に入れたことで
寒いところに住めるとか
元々さっき言ったサピエンスの話で言うと
木の上のアフリカの暖かいところで暮らしていた人々が
氷に包まれた
北極南極みたいなところで
ビタミン取れねえから
アシカの血を食って生きるみたいな
そういうことができるようになるまで
あれ多分遺伝子の変化よりも
いわゆる文化とか技術の変化で
できるようになってしまった
とか道具を手に入れることで
生息地
ニッチという呼び方をするらしいんですけど
これも
ニッチをどんどん増やしていって
住める場所を広げていくようになった
これは最終的に著者が言う
人類が生き延びる道みたいなところにも
繋がってくる大事な話だったりするんですけど
とにかく人類がここまでやってきたのは
住めないところを住めるようにする工夫をずっとしてきた
これは次回もうちょっと詳しく紹介しようかなと思うんですけど
めちゃくちゃ大雑把なことを言えば
その理屈で宇宙でも住めるようになるぞと
なるほど
それはほとんど夢物語のような感じではあるんだけれども
言われてみるとやっぱある程度納得できるような気はしていて
つまり火星に住むのをテラフォームと言ったりしますけど
人類は地球そのものをテラフォームしてきた歴史があるということですね
そもそも地球で
例えばこれもその本の中で書いてあった話なんですけど
Amazonのジャングルって自然のままって思ってるけど
全然そんなことないからねって
なるほど
全ての場所に人類が入り込んでいて
あのちょこっと手を加えてるんですよ
でこれが非常に
これも確かなんとか説みたいな名前があって
そこも次回出てくると思うんですけど
めちゃくちゃ影響を与えすぎるのもダメだし
ちょっとすぎるのもダメなんだけど
中規模拡散仮説みたいな名前だったかな
ちょっとだけ影響を与えると
多様性みたいなやつってめちゃくちゃ増えるらしいんですよ
なるほどね
Amazonが実はめちゃくちゃ生物が多様であることは
自然のままではむしろなくて
人類がちょこっといるおかげで
逆にものすごく多様性が生まれるようになっている
森林とかでも伐採というか
ちょっと木とか切ったりすることで
環境が保全されるという話もありますけど
そのごく多少の関与がむしろ良いことになると
それはあれか今回の話とはあれなんですけど
そういうふうに人類は常に
住めないところを住めるようにしてきた
当たり前だけど俺たち今この服装で
カナダやめとこ
アラスカに住みましょうとか言ったら
死ぬじゃないですか
死にますね
でも今の我々の想像で
アラスカで死ぬは想像しないと思うんですよね
そうですね
厚着をして家作って
暖房焚いて住めるようになっている
それをもっとやっていけば
宇宙でも住めるやろうと
理屈ではね
そのために例えばこういうことができそうとか
っていうのは
この本自体はそこは専門ではおそらくないので
めちゃくちゃ深い話とかではないんですけど
こういうようなものがあるよ
みたいな話ぐらいではあったりはするんですけども
そうやって住めるエリアとかを増やしてきている
みたいなことも出てきたりするし
そこに時間がないって言っている
なるほど
っていうのが次につながる話なんですけど
時間がないとは何かっていうと
さっきのあれですね
人類が数が減り始めているすでに
これっていわゆる単純な考え方で言えば
もう人類の寿命っていう言い方にはなるんですけど
人類全体としての寿命って
もう絶滅に向かっている
少なくとも後半なんじゃねっていう
なるほど
今これだけたくさんの人がいるうちに
何とかして文明を発達させておかないと
このまま人類の文明は
さっき言ったタスマニア島とかと同じで
緩やかな衰退に向かっていって
なくなっていってしまうのではないかっていうのが
著者の第2部での見立てになってくる話
なるほど
っていうのでちょうど大体こんなもんかなっていうので
次回に農業の話と
そういう病原菌の話と
いかに人類がそこをちょっと乗り越えて
でもやっぱ何がやばいのかなみたいな話とか
っていうのを考えていければなと思います
はい
という感じで
今回のご意見やご感想があれば
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よかったら概要欄から詳細ご覧いただければと思います
それでは今回もお聞きいただきありがとうございました
ありがとうございます
58:03

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