後編では、十兵衛さんの活動を支える家族と、奈良躍遊会に流れる“家族のようなつながり”に焦点を当てた。
妻のお藤さんは、十兵衛さんとの結婚をきっかけに躍遊会へ関わり、やがて太鼓を担当するようになった。印象的だったのは、自分のリズムを刻むのではなく、「音頭取りが楽しく歌えるように」「踊り子が踊りやすいように」と考えながら叩いていること。太鼓もまた、周囲を支える役割として存在している。
そして娘のいちかちゃんも、両親の背中を見ながら自然と音頭の世界へ入っていった。さまざまな会場で人と出会い、失敗もしながら、音頭を楽しんでいる姿には、文化が教え込まれるのではなく、日常の中で受け継がれていく様子が表れている。
十兵衛さんは最後に、自分の根底には阪原町の活動があると語った。その軸を持ちながら、妻や娘がもっと前に出ていけるように広げていきたいという。
後編から見えてきたのは、十兵衛さんの活動が一人の音頭取りの物語ではなく、家族や仲間とともに次の世代へ手渡していく営みになっているということだった。
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サマリー
奈良躍遊会の十兵衛さん、お藤さん、いちかちゃんが、会に関わるようになった経緯と活動への思いを語ります。結婚をきっかけに参加したお藤さんは、太鼓を叩く人として、音頭取りや踊り子が楽しめるリズムを意識しています。いちかちゃんも両親の活動を見ながら音頭の世界に入り、失敗を経験しつつ、さまざまな場所や人との出会いを楽しんでいます。十兵衛さんは阪原町の活動を軸に、家族がさらに前に出られるよう活動を広げたいと話しました。
奈良躍遊会に家族で関わるきっかけ
躍遊会さんの僕の感じた特徴っていうのは、本当にいろんな年代も、
男女もいて、 しかも盆踊りさんも個性が結構あって、
あの宮須さんとかは、 なんか憑依型というか、
ミアレですね。
ミアレさん。
この間ちょっと解明されたところなんですけど。 十兵衛さんはね、成長の方もやってて、
すごく幅が広いけれども、なんかファミリー感があるというか、
みんなが、
会としての、 大きな家族感があるんですよね。
イメージとして。 そこがすごい。
実際ね、家族として参加されてもいますし。
奥さんの、お富士山が参加されたきっかけっていうのは、なんかあるんですか?
そうですね。 まあ、お富士山が参加するきっかけは、
僕と結婚したのが一番のきっかけ。
最初は、もう太鼓を叩くまでは、ちょっと1、2年は太鼓を数年叩いてなかったんですけど、
ちょうど、いちかが、
ちょっとお林をするぐらいのタイミングから、太鼓を始めたような。
結婚される前から関わってはいらっしゃったんですか? そうでもない?
結婚前は全く関わってない。 結婚前は、
まあ、 坂原町の桃取も来てはなかったですね。
なので、お富士山が関わりだして、
10月から結婚したのが2011年、15年ほどですね。
渋谷さんの方から誘った感じなんですか? そうですね。
まあちょっと、自分の太鼓であったり、
いちかが歌うようになるであろうと思ったんで。
それは、なんでそう思ったんですか?
まあ、そういう、なんて言うの?
同じく、僕と同じ考えを持ってくれてると勝手に思った。
盛り上げたりとか。 なるほど。
ひょっとして今、近くにご家族っていらっしゃいます?
あ、います。
今、目の前にお富士がいます。
お藤さんが支える太鼓のリズム
こんばんは、お富士です。
どうも、お久しぶりです。
こんばんは、ありがとうございました。
こちらこそありがとうございます。
先ほど、お富士山が会に参加されたきっかけを聞いたんですけど、
それっていうのは、誘われたときに、え?って思わなかったですか?
試しに太鼓してみたらっていう感じで、
こんなに今みたいに太鼓を叩くと予想してなかったんですけど、
叩いてたら楽しくなって、今に至ります。
もう10年以上叩くことになると、最初は思ってなかったみたいな。
10年も私は叩いてないんですけど。
ほうほうほう。
1歳の時は叩いてない。
叩いてた?
じゃあ10年ぐらいですかね。
実際やってみて、なんだろうな。
盆取りで太鼓叩くってどんな感じなんですか?
すごく緊張します。
太鼓のスタートでもスピードが決まるじゃないですか。
うんうんうん。
すごいいつも緊張しますけど、楽しく楽しくをモットーに。
自分のリズムが崩れたら、みたいな感じですか?
自分のリズムというよりは、歌う人が楽しく歌ってくれるように叩きたいなっていうのを、
目標にいつもさせていただいてるんで。
盆取りの型に合わせてうまく。
練習と踊り子に合わせた演奏
下によって癖とかそれぞれ違うじゃないですか。
歌詞とかも。
みんなの歌を聴き込んで、こういうところはこうしたらいいのかなとか、いろいろ考えながらやってます。
役友会の方って結構、場所が離れてそうな気もするんですけど、そうでもないですか?
練習するのが結構、合わせるのが大変なのかなっていう風に勝手に思ったりするんですけど、そうでもないですか?
いや、それぞれのメンバーは、歌のそのメンバーが4人。
僕ら10名の家族が奈良市内。
三原も奈良市内。
一人が大阪の方なんで。
一人大阪はやっぱり遠いですけど、基本奈良県内にはいるんで。
月に3、4回。
イヤグラ夏に向けて、なったら4月ぐらいから毎週練習してますね、土曜日、日曜日は。
それは楽しくもあるっていう感じですか、その練習っていうのは。
そうですね。楽しい時もありますし、なんかちょっとね、なかなかうまくいかない時とかは、トランプみたいなのもありますけど、
まあでも、負けず嫌いなので、絶対本番には成功させてやるっていう気持ちでやってます。
あとは踊り子さんが踊りやすいリズム。
踊りの太鼓のリズムって独特じゃないですか。和太鼓のリズムとまたちょっと違う。
踊り子さんの足とか、叩きながらも今どういう感じで踊ってるのかなとか、足とか手とか見ながら一応叩くようにはしてるんですけど。
踊り子さんも見つつみたいな感じなんですね。
そうですね。スピードも今早いのかなとか遅いのかなとか、意識してやるようにはしてます。
いちかちゃんが受け継ぐ音頭の楽しさ
いちかちゃんも聞いてるんかな、これ。
はい、聞いてます。
このお父さんとお母さんの背中を見て、どんな感じなの?
実際、自分も今歌ってる音頭撮ってるとは思うんだけど。
はい。
どんな感じなんですかね、それを。いちかちゃんの中では。
いろんな、本番ではいろんな場所に行ったり、いろんな人と出会えたりして、全然楽しいって。
音頭撮ってるときにみんなが踊ってるのを見て、みんなが踊ってるのを見る余裕はある感じなんですか、なんか。
あります。
少し見たりとかしますけど、余裕はあります、見る余裕。
単行歌詞のときに、英語でも歌ったりしてるからすごいなと思って。
ありがとうございます。
お父さんは、いちかちゃんが生まれたときに、加わるんだろうなと思ってたって言ってたんだけど。
いちかちゃん的には、自分はいつかやるんだろうなって思いながら、お父さんとお母さん見てた感じなの。
はい、そうですね。自分もいつかやりたいなとか思いながら。
そうだね、お父さんとお母さん二人ともやってたら、練習にもついていくしみたいな感じか。
今年はどんな感じだったのかな、いちかちゃんにとって。
今年はたまに失敗しちゃったりとか、あんまりうまくいかないときもあったけど、
踊り子さんとかみんなさんが踊ってくれて、心にも残って楽しかったなと。
いい夏だったなと思っています。
これからもやっていきたいなみたいな感じなのかな。
やっていきたいです。これからも。
なるほど。大人になってもやってもいいかなみたいな感じなの?
大人になっても、ちょっとそれはまだ。
しばらくはちょっとやってもいいかなみたいな。
そうですね。やってみたいなと。
なるほど、そんな感じなんですけども。
阪原町を軸に家族へ広げる活動
そろそろ50分くらい経つんですけど、最後にメッセージをいただけたらありがたいかなって思うので。
これからも頑張るので、奈良役ゆうかいの踊りをよろしくお願いします。
お願いします。
じゅうべいです。
役ゆうかいの活動もそうですけど、僕、本体には坂原町の青年団、坂原町の活動があるので、
それを中心にここの中に持ちながら、今後もできる音頭をしながら、
いちかとおふじがもっと目立つように何か広げていきたいなと思っています。
今年以降も頑張っていきたいと思います。
ありがとうございます。
もしいちかちゃんも何かあったら。
これからも失敗を重ねても何回も頑張っていきたいので、
これからもよろしくお願いします。
奈良の役ゆうかいのお三人さんを迎えてありがとうございました。
ありがとうございます。
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