奈良躍遊会の音頭取り・躍遊十兵衛さんが、どのように盆踊りと関わり、なぜ今も続けているのかを伺った。
十兵衛さんが盆踊りの運営に関わり始めたのは高校生の頃。以来約30年、地元・阪原町の祭りを支え続けてきた。音頭取りとして活動するようになり、約20年前には奈良躍遊会にも参加。現在は奈良だけでなく各地で音頭を取っている。
そんな十兵衛さんの活動の根底にあるのは一貫して阪原町である。「地域を盛り上げたい」「祭りの日に人が帰ってこられる場所を残したい」。そんな思いから、コロナ禍でも音頭を絶やさず、先祖供養の意味を込めて唄い続けてきた。
阪原町では、普段は踊りを説明できなくても、音頭が聴こえれば自然と体が動くという。それほど盆踊りが地域の暮らしに染み込んでいる。
この前編を通して見えてきたのは、十兵衛さんにとって音頭は単なる芸能ではなく、人と土地、人と人をつなぎ直すための存在だということ。阪原町がベースとなり、奈良躍遊会での幅広い活動に繋がっている。
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
00:35
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
03:42
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
盆踊るトークをお楽しみください。
06:01
盆踊るトークをお楽しみください。
百遊会さんのホームページを見たときに
自己紹介のところで
毎年どんなときも欠かさず
お空に向かって温度を取ってきましたっていうのは
これはどういう感じなんですかね?
そうですね、あのボンボトリーを
僕が携わってというか
自分で運営側に入ったのが
ちょうど31年くらい前なんですけども
結構前ですね、それ
僕がもちろん高1のときに携わり出したときには
もちろん先輩方、30歳までの先輩たちが
トップにいるようなボンボトリーの方がいて
そこにはもう百遊会ではない
そこに温度の方を呼んでボンボトリーを
それを途中から
20年ほど前から僕が
上に立ってずっと続けているんですけども
30年間ボンボトリーのとき
毎年サカラチョでやってまして
そのときに
メインで温度取りし始めたのは
20年くらい前から
それまではもちろん温度取りに合わせて
歌うぐらいのものだったんですけど
なので正直その間にコロナも
この6、7年前にはあったと思うんですけども
そのときもボンボトリーの
祭りとして開催するのはちょっとやっぱり
世間的にも難しい状況ではあったので
初詣の方であったり
要は先祖供養という意味を込めて
集まって何かするわけではないんですけども
僕と家族と
百遊会の会長はサカラチョに来てもらって
コロナの時期も温度を歌って
先祖供養をするというのをずっとしてきた
コロナが明けた後も今
夏祭り、盲取り大会として
ずっとやりながら温度取りをしている
09:01
坂原町だとどんな温度が
歌われてきたというか
そうですね、過去はもう
豪州温度一択
ずっと仙台の温度取りというか
呼んでいた方々は
豪州温度だけをカネと太鼓と
カイですかね、とシャクジョ
カネとソですね、だけでこうやるような
昔ながらの成長に近いような
温度をずっと
多分それよりも
100年近くは続いていると思うので
ずっと豪州温度をやってきたような
百遊会の方に来てもらうようになってからは
逆に豪州温度は最初の方は
百遊会、あまり得意ではない方が多かったんですけど
僕含めて
豪州温度をもっとたくさん
歌ってほしいと
僕も歌うということをお伝えして
豪州温度、三甲節、河内温度を
歌うような形、温度を取るような形に坂原ではなかった
じゃあその流れで百遊会に
参加したみたいな感じなんですか、渋兵衛さん
そうですね、約だから
ちょうど20年ほど前に百遊会に合流したような
いやーでも30年とか20年とか
結構、渋兵衛さんは
今50ぐらいですか?
今45ですか
45で30年とかって人生の半分以上
結構やってるってなかなかすごいですね
そうですかね
坂原町の方で
まだ相当田舎なので
秋祭りであったり盆踊りっていうのは
年に数回しかない楽しみというか
祭りなので
中学生ぐらいから
祭りに坂原町の方で参加するようになってからは
ずっと耳に入ってくるような、自然と30年経ったような感じですね
12:01
その中で渋兵衛さんが自分自ら
温度を取ったり
団長になったりっていうのは
やっぱり自ら結構積極的に関わってきたと思うんですけど
何か魅力があったんですかね
関わっていきたい、自分でもやっていきたいっていう
そうですね、もちろん
地域を盛り上げたいっていうのもありますし
それが一番ですけどね、あとは
夏祭り盆踊りすることで
そのタイミングでは帰ってきてくれる方々や仲間
友人もいるので
そういう機会を作りたい
機会を絶やしたくないというふうに思います
1回関わったことで、単純に
もちろんその運営するまで、開催するまでには準備があって
開催した後も片付けがあって結構大変ではあるんですけど
その時にみんなで集まって
騒いでというか
楽しくみんなですることがやっぱり
生き甲斐というか、非常に合うというとこもあって
言い方は合っているか分からないですけど
そのみんながつながる手段として
音頭がそこにあった感じでもあるということですかね
そうですね、突然
もちろん地元の、僕はもう音頭取りをやっているので
歌うことに対して音頭が流れれば歌えますし
音頭が流れれば、対抗になれば歌えますけど
地元の人たちもやっぱり
普段急にどんな歌やどんなかぎ声やってきても
どんな踊りやって急に目の前で音鳴ってない状態でやろうと
誰もできないんですけど、鳴り出したら自然と
身体が動いて踊れるような感じではあるので
身に染み付いているので
また坂原町の
合宿音頭の踊りというのが普通の合宿音頭の
踊り方と違うというか
そこでしかない踊り方になる
逆に普通の合宿音頭の踊りは僕も踊れなくて
坂原町の合宿音頭しか僕も踊れないんですけど
15:06
そうやって30年前に関わって
20年前からは
役友会さん
役友会というのはどんな会か
大地さんが会長でやられてるんですかね
はい
もうちょっと説明をしていただけたらなと
奈良の大宇田の方で
拠点とした音途取りのグループで
夏は奈良
要は例えば大阪、京都
等で大体
夏のシーズンでは10箇所ぐらい
それ以外のシーズンでは
移門という形で
音頭を取らせていただいて
年齢層が一番
うちの会長は約1かの小学生から
83歳
ぐらいまでの
バラエティに富んだメンバーで
そうですね老若男女が音頭取りさんもすごく
幅が広いというか
またうちの会というのは基本
もちろん音頭取りって生演奏だと思うんですけど
観光物資も含めて生演奏で
大阪とかでは多いと思うんですけど
要はバンドに近いというか
ギターもベースも
キーボードも
いるような音頭取り集団
もいますけど
そうですねいろんな楽器も入っていて
奈良ってそもそも今度の会というのは
他にもあったりするんですか
結構ありますよ
実質ちょっと僕も分からないんですけど
そうですね
まあ正直奈良市北部の方には多分
あまりないんです
南の方に行くと笠原とか桜井の方に行くと山戸氷山とか
18:01
そっちの方に行くとやっぱり
御御所というか昔からされている方々が結構いるかなというところ
それは御所音頭とか川地音頭の
そうですね御所音頭川地ですね
そうなんですね
まあ多いのはやっぱり御所音頭ですね
ちょっと南の方に行くと
埼王音頭とか
埼王音頭というのもホームページで
まいかさんが保存会に入られていて
こんなのが残っているんだという
そうですね御所音頭の元になったと言われる
そうですね確か滋賀で
御所音頭が生まれたのは埼王音頭と何かが
組み合わさって生まれたと聞いたんで
その元のやつがまさかの奈良に
残っているっていうのは
そうですね奈良何箇所かそれが南の方に行くとあります
へえ結構奈良も
そうですね結構
正直その夏祭り盆踊りっていうのは
昔からのやつはちょっと減ってきているかもしれない
で残って生演奏の音踊り
するところも
ここ数年で2割3割ちょっと
高齢化でやめられたのかな
みたいなところがありますけど
ここ数年ですか
そうですね
今年の夏はどんな感じでした
その百遊会であったり
ご自身の
坂原町での活動であったりっていうのは
はい
そうですね
もう瞬く間に夏過ぎていったような形ではあるんですけど
百遊会会として
施設の夏祭りも含めて
出たのが10箇所の
音踊団に行かせていただいて
7月の19日から始まって
先週落が
その8月の
21:00
29の
8月29の3位が
最終だったんですけど
うんうんうん
で
本当こう毎週
土日のどちらかもしかしたら
土日ともっていう形で
音踊を
取ってきたような形で
今年はやっぱりこう
もういつも通り全員が同じ歌を歌うとしてはなかったので
ほうほう
うちの会でこう
三原
さんと
ゆるりさんが
三原さんは
川内音頭と
郷志音頭を
新しく
曲を作って
ほうほうほう
ゆるりさんのほうも
郷志音頭を新しく
一曲作って
えーすごいな
それが今年加わった状態で
夏をスタートしたような形で
まあそれぞれ
持ち歌が2曲3曲と
ある状態で
うん
やってきました
でまあ
新しく今年以降依頼されたところもあったり
うんうん
えー
まあ
思い出
いつも会のほうでこう思い出深いというか
どれも思い出深いんですけど
今年はその
京都と奈良の境にある高野原
うん
の駅の近くにある
平城団地第2
平城団地
平城第2団地の
夏祭りが
54年の
最終の年
最終の夏祭り
だったのもあって
ここに音途取り
まあ初めてで最後の
音途取りとして呼ばれて
うんうん
まあ2時間
半ぐらいの
音途
それも印象深かったですね
まあそれはなんかこう各メディアが
踊っていろいろ来てくれたりとかして
うん
注目度も高かったり
そういう
会場もありましたし
あとはその
奈良の人からすると
馴染み深い
昔あやめ池遊園地っていうのが
奈良にあったんですけど
はい
そこは今もうなくなって
池だけが残ってて
結婚式はあるんですけど
そこで今年から
地域を盛り上げるための
こうイベント
そういう
集いの場になりたい
ということで
あやめ池の
イリスウォーターテラス
とこの音途取りが読んでもらったり
24:01
うん
あとはその地元
私札幌町の
札幌町青年団の
音途取り
これまあ
勝手に役委会の
核になるような
音途取りが
勝手に僕は持ってるんですけど
うん
昔小さい
南明寺っていうお寺の
音途取りがあるものの
そこでしかない
音途取り
あと成長で
僕が歌う音途に
毎年初詣の方って
やっぱりなくならない方が
変わりますんで
その方々の名前を
歌に
名前を全員入れて
読み上げる
町内の
普段いない
メンバーも含めて
集まって帰ってきてくれたメンバーと
する
後戻りなんですけど
それもやっぱり今年も
結構
コロナ
前までいかないですけども
人が戻ってきてくれて
結構成長に終わったなと
でまあ
役業界の
本拠地が宇田市の方なんですけど
はい
ハイバラの
楽盆踊りっていう
そういう
もういったら新しいのと
古いのを融合させたような
DJ盆踊りも
ありながら
サイモン音の金魚
踊り
豪州音の
川州音の炭粉節
と
その地区でしかない
音の
踊りが入ったような
盆踊りも
今年その
楽盆踊りで
あの
マイカーさんの方が入ってる
サイモンの保存会
っていうのがちょっと事情で来れなくなったので
ほうほう
役業界の方で
サイモン音踊と
金魚踊りを
撮らせていただくことに
正式になりまして
ほう
今年まあ普通はその
マイカーさんの方が
サイモンの保存会で
音を撮るような
場ではあるんですけど
それを今年から
来年はちょっと分からないですけど
基本はもう役業界の方で
サイモン音踊金魚踊を
えーすご
場所になりました
あとは先週落はやっぱり
京都の山陰笠賀神社
27:01
これがやっぱり
これはちょっと
天候の影響もあって
あの
ああいう感じでしたけど
やっぱり
あの場所っていうのは
あの天候であったとしても
たくさんの人が踊って
比較的どの場所についても
ほんと
まあ充実した
ありがとうございます
コメント
このエピソードのトピック
すべてのトピック →それぞれのトピックから、ほかの番組の会話も探せます。
スクロール