今回のゲストは、滋賀県高島市の「高島おどり」に関わる江頭さん。高島おどりは、かつて各集落に残っていた高島音頭を、今に受け継ぐための盆踊りです。江頭さん自身も、音頭取りの家系に生まれ、母は踊り子。もともとは各地の盆踊りに通う「ただの踊り好き」でしたが、すべての踊りを覚えたことをきっかけに、実行委員長の大西さんから声をかけられ、2018年のリニューアルに関わることになります。
クラウドファンディング、会場変更、グッズ制作、YouTubeでの踊り方動画など、高島おどりは若い世代の感覚を取り入れながら変化してきました。一方で、江頭さんが強く語るのは「消えかけているものを扱っている」という感覚です。高島音頭には、地域の暮らし、信仰、先人の願いが重なっている。その太い幹があるからこそ、自分たちは新しい発信や遊びができるのだと語ります。
近年は、若手踊り子集団「若鮎」を立ち上げ、次世代への継承にも取り組んでいます。継承を重くしすぎず、伴走しながら少しずつ手渡していく。高島おどりの現在地と、江頭さんの変化へのまなざしが見えるインタビューです。
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
サマリー
滋賀県高島市で伝わる盆踊り「高島おどり」のリニューアルに携わる江頭さんへのインタビュー。かつては地域ごとにあった高島音頭が失われつつある現状に危機感を抱き、クラウドファンディングやグッズ制作、踊り方動画の公開など、若い世代の感覚を取り入れた新たな試みを続けている。特に、次世代への継承を見据え、若手踊り子集団「若鮎」を立ち上げ、伴走しながらカジュアルに文化を繋いでいくことを目指している。江頭さんは、高島音頭に込められた地域の歴史や先人の願いを大切にしつつ、現代に合わせた発信を続けることの意義を語る。
高島おどりの始まりとリニューアル
はい、ヒデドンです。今日は、滋賀県・高島おどりの江頭さんに来ていただきました。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いしまーす。
バー。
バー。
いやいや、ありがとうございます。
あの、京都の屋上踊りの時に声かけていただいて。
はいはいはい。
こんなことをさせていただけるとは、ありがとうございます。思いかけずヒデドンさんお話できるなんて思ってませんでした。
高島踊り、一昨年参加させてもらって、すごい印象的だったなっていうか。
あ、はい。
練習会も来ていただきましたよね。
ありがとうございます。写真撮りましたよね。覚えてる。
改めて、ノートの方を読ませてもらって。
あの、クラファンやったのって初回なんですか?
クラファンやったのは、2018年なんですけど、高島踊りっていうイベント自体は2012年からやってるんですね。それが1回目なんです。
リニューアルというか、クラファンしてお名前も高島踊りに変えて、やりましょうかっていうのが7回目、2018年のことでした。
それまでの高島踊りの前はですね、高島踊り大会とか総踊りとか言って、運動公演を借りてね、そこで各団体の発表会みたいな感じで、全然お客さんのいない会だったんですね。
合わせてみんなで踊ってみるっていうだけの会だったんですけど、これがまあ面白くないっていうのとか、若い人とか、実際踊らないと盆踊りってね、盆踊りじゃないというか、だと思いまして、若手だけでちょっと新しいことがしたいっていう話になったみたいで。
ちょっと待ってくださいね。ちょっと音が入ってない可能性が。どうぞどうぞ。確認します。いいですよ。大トラブルが。
いやいやいや。なので、今年で14回目を。あ、そうですね。今年ね14回目を迎えまして、高島踊りですね、主だって高島踊りをやっております江頭です。皆さんご存知の方もいらっしゃるでしょうか。よろしくお願いします。江頭。いやいや、そんなことはないんですけど。
プロマイドは結構衝撃的な。
あれね、ふざけて張るんですよ。みんなね、事故委員の人たちがね、ふざけて作ろうかって言って作っていただいたんですけど、たまたまカメラマンがいたりね、ちょっと悪ふざけでやってみようかみたいな感じで動画も撮ったし、プロマイドもね、撮ろうかみたいなことになったんで、はい、そうですね。
その経緯とかは高島踊りのノートにすごく詳しく書いてあるんで。
そうですそうです。巻き込まれていく感じがすごく書かれているでしょう。高島踊りができるまでっていうノートで書かれた文章があるんですけど、あれは事故委員長の大西さんが覚書も含めて書いてくれたんですけど、面白おかしくね、書くことで、
皆さん読んでいただけるかなと思いまして、高島踊りのフェイスブックとかインスタグラムとかの一番最初の方に読めるように、誰でも読めるように持っておりまして、読んでいただきましたか。ありがとうございます。
去年も読んで、今年ももう一回改めて読ませてもらって。
そうですか。
漫画がすごい面白いですね。
そうですね、漫画がね、本当にチャンキー松本さんの漫画もね、とっても聞いているでしょう。高島踊りのポスターとかは、チャンキーさんが書いていただいたもので構成されていまして、ご縁があって、私もお友達だし大西さんお友達なんですけど、ご縁があって、来ていただいた時にね、
スケッチみたいな、クロッキーとかスケッチみたいな感じで、走り書きというか、わーっと書いていただいて、色もわーっと付け張ったやつをそのまま大事に残させていただいて、ポスターに少しずつ使わせていただいているというような感じでございまして、重宝しております。
あのノート読んでて、最初の頃なんですけど、江頭さんが母親譲りのっていう、何か書いてあったの。
はいはいはい。
そこに母親が出てきて。
そうか、そうですよね。
特にその英語の文脈が何かなんで。
あー、なるほどです。
江頭さんのルーツと高島おどりへの関わり
そうですね、この辺の説明をしますとですね、高島市には昔から盆踊りが盛んでね、各地区ごとに音どとりとか三味線弾きとか太鼓叩きとかがいたんですね。
で、各集落でやってたんですね。
で、うちの父とかおじいちゃんとかも音どとりでして、三味線も弾くと。
母は踊り子でしたんで、私も盆踊りは小さい頃から好きでした。
でもこんなふうに高島音に関わるなんて、なんとも思ってもしなかったですけど、あちこち踊りに行くだけのただの踊り好きな人でした。
一回大阪で暮らしまして、子供が小学校になるタイミングで家族で地元に戻ってきまして、それでも子供が大きくなるまでは夜遊びもしませんでしたので、今から15年ぐらい前に同級生の友達とあちこち踊りに行くようになったんですね。
で、高島踊りもそのうちの一つでした。
で、その時はただ高島盆踊り大会とか総踊りとかね、そんな名前だったんですけど、
で、当時5種類とか今は7種類ですけど、とりあえず全部覚えて踊れるようになった頃に、今の高島踊りの実行委員長の大西さんから声をかけていただいたんです。
で、全部踊れる絵頭さんに先生になってほしいって言っていただいたんでね。
で、その時が2018年ですね、高島踊り7回目じゃなくて、2017年のその名前を変える手前の踊りの時に、私が行った時に大西さんに声をかけてもらって、イベントを新しくしたいっていう趣旨のことを言われてね。
で、その時は先輩のお姉さん方も、やるしね、それ多いですわって言ったんですけど、僕らの世代で新しくしたいっていう話だったんで、じゃあできるかどうかわかりませんけど、って言ってお引き受けしたんですね。
で、2018年になってクラウドファンディングをすることになって、新しいことをしようにも私たちには資金がなくてですね、市からの援助とかそんなんで運営してましたので、なんか手のぶりとか作りたかったんですね、若い人向けのね。
でもグッズを作ろうとかすると予算がないので、クラウドファンディングでちょっとお金をもらって、新しくリニューアルしたいので、ということでやりかけたんですけど、私全然クラウドファンディングうといというか、全然わかんないんで、
そんなんしはるんや、お金貯めてみんな援助してくれや、全然知らないところから、全然知らない人が私たち応援してくれてるんだっていう感じるばかりでね、あんまり活動って、お兄さんだけがクタクタになりながら頑張って集めてくれやってですね、みんなに声かけようね、一生懸命しまして、成功しましてね、クラファンも。
会場も、前は運動公園でひっそりとやってたけど、名古屋小展会に変わって、グッズも作ったり、踊り方の動画も作ったりして、YouTubeに流したり、名前も高島踊りにしたっていうのが2018年っていうことなんです。そこから始まるんです、私たちのスタートですね。
だから、母親が地元で好きに踊ってたっていうことだったんですけど、この地域でも割とたくさんいらっしゃいます。お母さんが踊りに行って踊りが好きだったっていう人たちはたくさんいらっしゃいます。その中の一人でした。
実際14回というか、その2018年から、なかなか改めて考えるとすごいなっていう、その14回。
コロナ禍での工夫と失われゆく音頭の保存
そうですね、コロナも減ってますので、コロナの時はオンラインっていうのが流行ってます。
オンライン流行ってましたよね、コロナの時に。1年目、何もしないよりはしようかってオンラインを場所借りて、機材も調達しながら、ドローンとかおもちゃみたいなやつを飛ばしながら、中継という形でYouTubeにしようかっていうことで流したりして。
次の年はもう完全にみんな疲れ切ってしまって、コロナでお休みしましたけど、復活していくっていうことなんですけど、その間にも今までやってなかったこととか、昔やってたけど今やってないっていう音頭とかに発掘する作業をしてまして、
で、ひそかに復活するように音源探したり、踊りを習いに行ったりして、1つ目増やしたんですね。コロナ系10回目で無垢川音頭っていうのを増やしたんです。
で、11回目、12回目あって、薪野の中庄の昆虫市っていう踊りがあるんですけど、それも中庄の集落でもしなくなって、盆踊り時代がね、人がいなくなって若手がいないのでお祭り自体がもうできないようになったんで、亡くなったっていうことを聞いて、
じゃあ若手だけで音頭を習って、自分たちが継承する担い手になろうかいなって言って、練習して、練習の成果を見ていただくというか、生で踊っていただけるような形で若手だけで実演できるようになるとか、それが12回目やったりするんですね。
そんなふうにして、お休みだとしてもお休みしてなかったというか、何かできないかということで、動いてはいましたね。
もうね、とにかくね、高島音頭ってね、高島にもともとはたくさんね、さっきも言いましたけど、集落ごとに音頭があったぐらいたくさんあったんです。高島音頭というものは。高島でやってたら高島音頭、でも節も踊りも違うというものがあったんですけど、それが淘汰されていって、踊りがだんだんなくなっていって、やらなくなっていって、
今、やっと5個やったのが7つに増やしたんですけど、そういうふうにして、今残っているのが、唯一残っているのが7つを残せてるんですね。それをなくすわけにももういかないというか、もう絶対死守しないといけないという、もう消え去っていくような、本当にもう尊い尊いものなんですね、私らからしたら。
もう消えちゃう、もう私らが気づいたらもう消えちゃうっていうようなものを取り扱いさせていただいてるっていうような気持ちで取り組んでいます。
なるほど。
そうなんですよね。
高島音頭の歴史的意義と守り抜く決意
高島踊りに関わってる人って、かなり思い出が強いというか、なんでそこまで強いんだろうっていうのが正直ちょっと思ったりもするというか。
そうですね。それはもう、今まで自分たちの先祖とか先人がやってきたとか守ってきたものを、守りきれないとちょっと残念だなと思うんですね。
だから、高島音頭というものは、本当にずっと昔、むろ町時代とか言われてるんですけど、それはちょっとオーバーにしても江戸時代ぐらいからずっとやってきたんですね。
その年の進行とか暮らしとか、そのままもう先祖の願いとかとともに残ってるのが高島音頭なんですよ。
継承とか保存とかの部分では、できる限りオリジナルを残すのが引き継いだ私たちの使命だと思っているので、
私たちの次の代になったら亡くなってしまうかもしれないけど、それがまた余計に大事に思えるというか愛おしい存在でありまして、
大きな歴史の中でも私たちがしていることなんか本当に少しだけピョンと水が跳ねたぐらいのことなのかもしれないけど、それでも私が生きてる間はできるだけ残したいし、
それに抗いたいっていうか、そういうふうに思っている。それを同じように私以外のメンバーも同じように思っているんだろうなと思います。
でも、遊びに来ていただく方は気楽に遊びに来ていただいて全然いいんですけど、大切に思っている気持ちとかも感じ取って、それをいいと思って来ていただいているのかなっていうのは思いますので、
私たちと同じ目線で高島温都が好きだとか、そういう感じでいいんですけど、楽しいとか思っていただいている魅力も感じていただきながら、面白いと思っていただいて踊っていただくと嬉しいですね。本当に嬉しいです、それは。
太い幹としての歴史と、その上での活動
市役所前でお話ししていたときに、幹というか、そのお話がちょっと興味深いなと思ったんですけど。
そうですね、本当に太い幹がちゃんとあって、その中で私らも遊ばせてもらっているようなものなんですけど、それがあるから私たちはやれるというかね、感じがしますね。
幹っていうのはどういう部分で感じたりするものなんですか?
そうですね、私たち若いものは新しいことをしたりとか、目先の、今やったらSNSを使ってどんどん発信したりすることをやりますけれども、でも本当は、本当はというか、その根本というのはちゃんと大きな幹があって、高島踊り、高島温都の歴史みたいなものがちゃんとあると。
それがあるから私たちも活動できるし、それがあるからいいように思えるとか、皆さんがいいよねって思ってくれるような人と存在なんと違うかなと思うんです。高島温都の歴史があるから私たちはやらせてもらっている。
それは最近というか、改めて感じるところがあったのか。
継承への意識の変化とカジュアルなアプローチ
そうですね、なんかね、私ね、だいぶふわふわした人なんですけど。ちょっとなんとなくお感じになっているかしら。
なんとなくじゃなくて、かなり感じてますね。
ふわふわとした人なんですけど、高島踊りに関わるときはしっかりしなきゃと思って頑張っています。
でも全然しっかりしてないんですけど、立場が人を作ると言いますか、キャラ設定と言いますか、そういうふうにした方が動きやすいのでやってるんですけど。
なんかね、ちょっと前から継承とか世代交代とかいうことを考え始めてるんです。
それは早いって言われる方もいらっしゃるかもしれないんですけど、私たちはその準備が遅くて手遅れになったものを結構見てきているんでね。
先輩たちが後取りっていうか継承者が上手く立てられなくて、文化みたいなものが消えていくみたいなものを見てきてますので、早めに早めに次の人に渡していきたいっていうか、
一緒に伴奏しながらちょっと上手いことをふわっと手放したいっていうか、そういうふうに継承するものをもうちょっとカジュアルによろしくみたいな感じで、次々とつなげていきたいっていうのがやりたいんですね。
今の江頭さんだったり大西さんだったり、次の世代とですか。
そうです。
確かにちょっと早いような気も。
ちょっと早いけど、でもそろそろですよ。
でもそれはまだ早いって言うにはやっぱり遅いんですよ。なんていうのかな。そうなんですよ。ちょっと遅いんですよ。
でも今から準備して人を寄せ始めて、あなたどうかしら、あなたどうかしら、みたいな感じでちょっとお願いしていくというか、そうすると徐々に人って、そうかもしれんとか、次私らかもしれんっていうような気持ちになってくれると思うんで、そういう人たちをじわじわっとたくさん増やしたいので、
その気持ちが芽生えたので、芽生えてきたので、もうちょっとやり始めたかなっていうので、ちょっと気持ち変わってきてるのはそれですね。
10年だったり10回目が過ぎたりして。
うん、そうですそうです。そんな急にパッと私らこんなことをしようとはしなくて、ちょっとずつでも次の世代が、じゃあ次私らやなっていうふうに自然と思えるように、なんかなってくれたらなぁと思うんです。
そう、危機意識だったり準備するっていうところもね。
そうですね。
でも全く私と同じようなことはしてほしいとは思って、ちょっとまあ無理ですわ、そんなのは。
同じよりはできないのはわかっているので、自分たちのその時代の自分たちの方法でやってもいいんだけど、そのやり方がいろんな方法あるよみたいなことを教えてあげられるので、今やったら一緒にやることで。
で、それを見てほしいなって思うんですね。
若手踊り子集団「若鮎」の結成と拡大
若井ちゃんを作ったでしょ。若井ちゃん皆さんご存知ですかね。若手踊り子集団、若井ちゃんっていう、この辺りあゆが取れますんで若井ちゃんって名付けて、私が一本ずりしていったかの女の子たちなんですけど。
踊りももちろん継承ですので、踊り子さんを増やすにしても、私らが本当に入り方でのことは、おばあちゃんが多かった、おばあちゃんというか上のお姉さんたちが多かったんですね。
でもちょっとそれではダメだっていうことで若い世代でやるって私らがやり始めるんですけど、またさらに若い人たちを増やさないと、もう尻つぼみになって、それこそも続けていくこともできなくなるということも分かっているので、
で、若井ちゃんを作ろうって話して、スカウト活動を始めまして、踊りの練習会とかに来てくれている若い人とかに、あなたどう?みたいな、上手に踊るねみたいな感じで、どこから来てるの?みたいな感じで声をかけて、お友達になっていって、
で、若井ちゃんっていうのがあるけど、やらないみたいな感じでお話ししていって、もう本当に私が腕を掴んで一人一人連れ上げていった大事な若井ちゃんなんですけど、そこから先、また若井ちゃんが友達を連れてきてくれたりとかするんで、そうすると友釣りですよね。
愛の友釣り。
甘いことになってるんですけど、そうやってね、ちょっとずつ増えているというか、私たちの思いを繋げていく人たちが増えていくというか、若い人増やす。
で、若い女の子が増えると、若い男の子も自然と増えるんです。そういうもんですよ。イベントというものは。それはまあ、お盆で応援したろうかなとか、見に来ようかなとかだけでもいいんですけど、人手を増やすというか、踊り人口を増やしていくっていう感じですかね。
楽しくしてることで、楽しそうだなーみたいな感じで仲間もね、また増えていきますし、音頭とか演奏の方も、ちょっと面白そうやし、やってみたいですっていう人が現れたりね、入ってきていただいたりしてるんで、若返りが徐々に上手いこと進んでるかなっていう感じです。
動画制作と「鬼コーチ」としての役割
動画見ましたよ。鍛えてる動画。
ちょっとあれ厳しすぎるっていう。
悪ふざけなんですけどね。そうですよ。ああいうことも。わりとね、ノリのいい人ばっかりでね、楽しい人たちばっかり。
泣いてるふりして言ったら、泣いてくれる。いい頃やでしょ。すごい。こんなのしたらいいんやんかーって言ったら、じゃあやってみるとか言って。
私もこんなに怒ったことないのに怒ってるふりを、生なんかってちょっと大変やったんですけど、肩を揺らしてみたりね。生とアカンって言われたからやったんですけど、怖い顔して。でもまあ、そんなの面白く感じながらやってます。
ああいう動画って多分、喜怒哀楽があるじゃないですけど、ドドドドドって怒ってばっかり。
喜怒哀楽なかった。
ちょっと怒りすぎかな。
いやいやもう、絵頭先生、怖いままで終わっていくね。鬼の絵頭、怒り出してる。
そうですよ。鬼軍曹みたいに、鬼コーチがやってるところを撮りたいですと。そうすると若いちゃんに応援したい気持ちになるじゃないですか。そういうことだと思うんですけど、そんな変なことしてるなと思いながら見ていただければなと思ってやっております。
なるほど。
26:28
コメント
スクロール