1. ひとりごと。
  2. 蓼(たで)のこと
蓼(たで)のこと
2026-09-08 11:32

蓼(たで)のこと

「蓼(たで)食う虫も好き好き」という、よく知られたことわざ。ところが、あらためて蓼のことを考えてみると、なんだか妙な話です。好きなものは人それぞれ。そんな一言で片づけてしまうには、世の中にはちょっと不思議な「好き」が多すぎる。身近なあれこれを眺めながら、好きになるって、いったいどういうことなのか。そんなことを、蓼の葉っぱから考えてみました。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

このエピソードでは、「蓼食う虫も好き好き」ということわざを入り口に、「好き」という感情の多様性について考察します。刺身の添え物や鮎の塩焼きのタレとして料理に活用される蓼は、人間にとっては薬味として重宝される一方で、虫の世界では敬遠されることもあれば、好んで食べる虫もいるという二面性を持っています。この蓼の例を通して、同じものでも見る人や状況によって価値や意味が変わることを示し、好き嫌いの理由は人それぞれであり、理解できないものでもその人にとっては魅力的なのだと結論づけています。

「蓼」ということわざとその背景
こんばんは、ひとりごとの時間です。
今夜は、蓼)について話そうと思います。
蓼)という植物があります。
お刺身の脇にちょこんと添えられている、
あの赤紫色の小さな葉っぱ、
あるいは、あゆの塩焼きに添えられる、
緑色の酸っぱいタレ、
種を思い浮かべる人もいるかもしれません。
種という名前から、多くの人が思い浮かべるのは、
やはり、あのことわざだと思います。
人の好みはそれぞれで、変わったものを好む人もいる、
そんな意味で使われる言葉です。
十人十色や、三者三葉と似たところもあるけれど、
このことわざには、少しばかり棘があります。
蓼)という植物が、誰も見向きもしないほど苦くて辛い、
嫌われ者のように扱われているからです。
そんなものをわざわざ食べる虫がいる、
物好きな虫もいるもんだ、という話です。
料理における「蓼」の役割
ところが、人間の側からタレを眺めてみると、
その扱いはずいぶん違って見えます。
タレは、日本料理の中で昔から使われてきた、
なかなか気の利いた葉っぱなんです。
刺身に添えられているのも、
ただ色が綺麗だから、というわけではありません。
タレの辛味には、魚の生臭さを抑える働きがあり、
食材を美味しく食べるための工夫として利用されてきました。
あゆとの相性もいい。
タレの葉をすりつぶして、酢などと合わせたタレ酢は、
あゆの塩焼きに添えられるおなじみのものです。
タレの青い辛味が、あゆの淡い味わいによく合うのです。
そのまま食べればピリッと辛くて、少し苦い。
けれど刺身のそばに置けば生臭さを抑え、
あゆと合わせれば味を引き立てる。
小さな葉っぱなのに、相手が変わると役割まで変わる。
昔の人は、そんなタレの性質をうまく見つけて、
料理の中に取り入れてきたんだと思います。
虫の世界から見た「蓼」
一方で虫の世界に目を向けると、タレの見え方は少し変わってきます。
野原には柔らかい葉っぱもあれば、甘くて栄養のある植物もあります。
そんな中でピリピリと辛いタレは、
多くの虫にとっては好んで食べたい葉っぱではありません。
ところが、中にはそんなタレを好んで食べる虫もいたりもします。
人間にとっては、辛さや苦みを生かせば、料理を引き立てる魅力になる。
多くの虫にとっては、癖の強い、避けたい食べ物。
その一方で、物好きにもタレを好んで食べる虫もいる。
タレ食う虫も好き好きという言葉は、
そんなタレの立ち位置をうまく言い表しているように思えます。
タレは万人に好かれるような葉っぱではない。
けれど、刺身のそばにあれば頼もしく、
あゆの隣にいればちゃんといい仕事をする。
人間には料理の中で生かされ、
多くの虫には敬遠され、
それでも好んで食べる虫もいる。
タレを魅力的に思うのか、物好きな虫だと思うのか、
そこもまた好き好きなのだと思います。
それではここで一曲、それぞれ。
「好き」の多様性:様々な例
さて、世の中には同じ物を前にしても、
人によって随分受け取り方が違うものがあります。
例えば、お化けや幽霊の話。
怖いものなのに階段話が好きな人がいます。
お化け屋敷にもわざわざお金を払って入る。
肝試しとなれば、夜の暗い道を歩きながら、
怖い怖いと言って喜んでいる。
怖いものは怖い、でもその怖さが面白い。
一方で、できることならお化けの話なんて聞きたくないし、
お化け屋敷にも入りたくない。
肝試しなんてとんでもない、という人もいます。
同じ怖いなのに、その先にあるものがまるで違います。
お下がりなんてのもそうかもしれません。
子供の頃、兄や姉のお下がりを嫌がる子もいれば、
少し大きな福をもらって喜ぶ子もいます。
大人になってからも家具や食器、本など、
誰かが使っていたものを好んで使う人もいます。
新品の方が良いという人からすれば、
わざわざ古いものを選ぶ理由がわからない。
でも使い込まれた感じが良いという人もいます。
同じものでも、新品が良い人と、
誰かが使っていたものの方が良い人がいる。
辛いものなんてのも似ています。
辛ければ辛いほど美味しいという人がいて、
料理を見ればもっと辛くできないかなと考えます。
唐辛子を1本追加して汗をかきながら食べる。
そこまでして辛くする気持ちがわからない人もいます。
辛くないものを選んでゆっくりと食べたい。
「好き」の本質と人間
お化けもお下がりも辛いものも、
それ自体が途中から別のものになったわけではありません。
ただ見る人が変わると、そこにあるものの意味が変わる。
種も多分それに近いんだと思います。
人間には料理の中で生かされる魅力があり、
多くの虫には辛くて好まれない、
それでも好んで食べる虫もいます。
そう考えると、好きというものは案外面白い気がします。
人には理解できないものを好きになることもあるし、
みんなが好きだというものをどうしても好きになれないこともあります。
好きな理由を聞いてみれば、そこがいいんだよと言われたりもする。
そのそこがこちらにはさっぱりわからなかったりします。
それでもその人にとってはそこがいい。
そういうもんなんだろうと思います。
種食う虫も好き好き。
人間もやっぱり好き好きなんだと思います。
今夜は種について話しました。
それではまた次回。
11:32

コメント

スクロール