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こんばんは、ゆうこです。このチャンネルでは、私の読書ログや日々の学びを音声配信しています。
今日は、村上春樹の羊をめぐる冒険について話してみようと思います。
あなたのことは今でも好きよ、という言葉を残して妻が出ていた。
その後、広告コピーの仕事を通して耳専門のモデルをしている21歳の女性が新しいガールフレンドとなった。
北海道に渡ったらしい、ネズミの手紙から、ある日、羊をめぐる冒険が始まる。
新しい文学の扉を開いた、村上春樹の代表作長編。
青春三部作、ネズミ三部作の完結編と言われているものですね。
風の歌を聴け、1973年のピンボール、そしてこの羊をめぐる冒険。
僕とネズミの物語が一応完結するというものになります。
風の歌、ピンボール、そしてこの羊に共通しているのは、主人公の僕、そしてその友人のネズミ。
2人が大学の頃ずっと通った地元のバー、J's BarのJ。
それが共通ですね。
時系列としては、風の歌の時は大学生で、ピンボールの時は働き始めて、僕は翻訳家をしていた。
ネズミは街を出ていこうとしていた。
そしてこの羊では、ネズミは行方をくらましていて、それを探す僕は、翻訳の仕事だけではなく、広告、コピーライティングの仕事にまで手を広げている。
そんな流れになります。
僕はですね、この小説の中では、結婚をしていて、離婚をするんですね。
妻が出ていくという話がこの中に出てきたりします。
そしてその後出会うのが、あらすじにもある21歳の耳専門のモデルをしているガールフレンド。
このガールフレンドがですね、丸上春樹の小説によく出てくる道先案内人というか、予言をするような立場の人物として登場します。
そして僕はこの耳の綺麗なガールフレンドに導かれるように、羊とネズミを探す旅を、冒険を始める。
そんなお話ですね。
後編の下巻の方のあらすじもちょっと読んでみますけれども、
そんなお話ですね。
後編の下巻の方のあらすじもちょっと読んでみますけれども、
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美しい耳の彼女とともに、星型の半紋を背中に持っているという一頭の羊とネズミの行方を追って北海道奥地の牧場にたどり着いた僕を恐ろしい事実が待ち受けていた。
1982年秋、僕たちの旅は終わる。
全てを失った僕のラストアドベンチャーということで。
この上下に渡る長編の物語はですね、ストーリー展開がすごく面白くてですね、この先どうなるんだろうっていうドキドキもありましたし、
思わぬ人物が現れて思わずずっこけるというかですね、何この人っていうような、そんな面白い展開もあって、また一つ新しいキャラクターも出てきたりするわけですね。
途中もですね、村上春樹の小説あるあるなんですけれども、何でもない描写が続いたりするわけですね。
ただその中に鍵になるようなことだとか、はっと思わせるような文章が隠れていたりするんですけれども、ストーリーが面白すぎて先へ先へ読みたい気持ちもあって、どんどんこう読むスピードが速くなっていくんですよね。
右の目では今読んでいる文章を捉えつつ、左の目ではその隣のページの先の展開を見てしまうというような、
そんな呼び方をしてしまうぐらい先書きになる小説でした。
この小説の中でいくつか気になる人物だったりエピソードが出てきたりするので、ネタバレにならない程度にその辺をちょっと話してみようかなと思います。
まず1970年に僕は誰とでも出る女の子と出会っていたというところから、この物語プロローグ的に始まります。
全然この物語とは関係ないところですけれども、実は1970年の11月25日っていうのは三島由紀夫が切腹をした事件を起こした日で、この日の午後は忘れられない日だったというような一文がこの小説に書いてあって、
そういった時代をこの小説の中に足跡のように今しっかり残しているということで、この小説が書かれた1970年から80年にかけての時代を村上春樹がどういうふうに見ていたのか。
当時の禅教徒ですよね。
アナキシズムのような活動をどういうふうに見ていたのかっていうところもこの小説に色濃く書かれていて、
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それをある人物のセリフの中に、セリフとして村上春樹が発言させている部分があったりするので、この時代がどういう時代なのかっていうのを知っておくっていうのは、小説をさらに一歩深く読むためにやっておいてもいいことなのかなと思ったりしました。
そして次は元妻ですね。
なぜか物語の序盤で妻と離婚して出ていくという話の展開があるわけですけれども、
この後耳の綺麗なガールフレンドと付き合って一緒に冒険に出るから妻がいるとちょっと具合悪いわけですけれども、
じゃあなんで結婚していたみたいな設定を入れるんだっていうところなんですが、
この元妻っていうのはですね、結構僕に関することで決定的なことを言ったりするんです。
風、ピンボール、そしてこの羊の僕っていうのは、一貫して自分のことをどう認識しているのかっていうのが表現されない人物として描かれているなというふうに思うんですよね。
つまりこう、自分のアイデンティティだとか自己認識みたいなものを単に表現していないわけではなく、
自分自身のことを無駄と思っているような節さえちょっと感じ取れるわけです。
この冒険っていうのはもしかしたらその自己が何であるかというのを探す旅でもあったのかもしれないなと思うんですけれども、
ここに出てくる元妻やガールフレンドは、僕というものを外側から見て、
あなたってこういう人なのよとか、そんな風に教えてくれる役割として出てきているなというふうに思ったりします。
例えば元妻は、あなたってそういうタイプなのよ。
砂時計と同じ、砂がなくなってしまうと必ず誰かがやってきてひっくり返していくの。
そんな風に言ったりするんですよね。
これどういうこと?って思ったりするんですけど、捉え方によっては、
例えばあなたって砂のような人なのよ。
捉えようとしても捉えどころがない、そしてどんなものにも形を変えていくということを意味しているのかもしれないし、
砂って水を染み込ませない、吸収しないものなので、
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何でもさらさらっと通り過ぎていくようなことを表現しているかもしれないし、
砂時計というのは器なので、その器の半分にしか砂が入っていない。
あなたって2分の1の人間なのよということを言っているようでもあり、
そして砂時計を誰かがひっくり返してくれるということは、
あなたはあなた自身がどうであるかというのは全く関係ないところで、
砂が落ちたら誰かがやってきてその砂時計をひっくり返してくれる。
誰かが関わろうとしてくれている、関わりたくなってしまうような人なのよということを意味しているようでもあるなと思ったりしました。
そして耳専門のガールフレンドは僕に対してこんなことを言ったりします。
あなたは自分を分かっていない。あなたは自分自身の半分でしか生きていない。
それはさっき砂時計、半分にしか砂が入っていないということと似ているのかもしれないですね。
あと気になった部分で言うと、風、ピンボールの時もそうでしたけれども、
羊の小説の中でも名前を持つ人物というのが出てこないんですよね。
唯一出るとしたらネズミですね。ニックネームなんですけれどもネズミって本名じゃなくてニックネームなんですけれども、
唯一名前を持っている人物はネズミですね。
僕も僕としか言われないし、耳の綺麗なガールフレンドも名前では呼ばれない。
それ以外に出てくる人物たちも役割とかで呼ばれたりします。
名前を持たないっていうことの意味が何かあるのかなと思ったりしました。
ただですね唯一僕が飼っている猫がいるんですけれども、猫には名前をつけるシーンが出てくるんですよね。
なぜか猫にイワシという名前をつけるんですけれども、その名前をつけることっていうのはどういうことなのかっていうのが
イワシと命名するところの下りで出てきたりします。
これはですね、この物語を通じて人が人であるっていうことはどういうことなのか。
事故っていうのはどうやって証明されるものなのかっていうのがこの小説の裏側にテーマとしてあるような気がしていて、
それは例えば意志を持つものが人である。
意志を持っているのは人だけなのか。
意志を持っているものはアイデティティを持つ。
そういったものには名前が必要なんじゃないか。
そんな風に村上春樹が考えたり考えてなかったりするような気がしますね。
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そういう表現が随所にあったりするので、もし読む方はちょっとその辺を拾ってみると面白いかもしれないなと思ったりします。
もう1個気になったのはですね、とにかく動物がたくさん出てくるんですよね。
なぜか鯨が出てきます。
この鯨は、鯨の名前をつけているんですけれども、
鯨が出てきます。
この鯨は配信の中ではどういう風に出てくるか言えないんですけど、
まず鯨が出てきます。
あとさっき言ったように猫出てきますね。
名前はイワシですね。動物じゃないんですけど生き物ですね。
あとは羊ですよね。
ネズミも出てきますよね。
さらに僕とガールフレンドが北海道に渡って羊とネズミを探す旅の拠点にするホテルはイルカホテルだったりするんですよ。
なので動物がたくさん出てくる物語だったりします。
人間と動物の違いって何なんだろうなって途中思ったりしました。
そんなことも何か思わせようとしているのか、私の考えすぎなのかわかんないんですけれども、
人間は意思を持つ、考える存在であってそれが動物とは違う。
だけど名前を持たない。
名前をつけられても動物の名前をつけられている。
そんなところに村上春樹の皮肉というかですね。
こういうところが面白いだろうと思っている独特のなんかギャグセンスのようなものを感じて、
これが村上春樹の諸説なのかっていうふうになんか思ったりしましたね。
これ伝わっているでしょうか。
あとはですね。
この後の小説でも僕のやれやれっていうセリフは本当にいろんなところに出てきたりするそうなので、
それを探してみるっていうのも一つ楽しいなと思います。
あとは国境の南、太陽の西で出てきたナットコールキングというのが、
本当に面白いですね。
こういうところのエピソードを拾って、その後の小説に展開していったのかっていうのはですね。
ありありと見るような感じがして、もう私ちょっと村上春樹ファンだと思うんですけれども、
なんかウキウキしながら読んでいたりして、
その後の小説に展開していったのかっていうのはですね。
あとはやっぱりこれまでの小説も、今まで読んだタサキ作るとか、国境の南の小説にも通ずるテーマとして、
何かを手に入れようとした時には何かを失わなければいけない。
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創出とアニメーション、
アニメーションというのは、
創出と手に入れるというものを繰り返していく、
そうやって物語が進んでいくっていう部分も、
この狐を巡る冒険の中にはちゃんと、
そういう儀式のようなことが展開されていたな、と思ったりしました。
僕が失ったのは元妻だったり、
お母さんだったりとかね、
僕が失ったのは元妻だったり、それ以外に言うと仕事、あとはどういうものがあるかっていうのもちょっと探しながら読んでみてほしいなと思ったりします。
そしてですね、羊っていうのは一体何だったのか。
そしてこの3部作で常に僕とネズミっていうのは対比する形で出てくると思っていて、
僕には持ってないものをネズミは持っている。
それが2人の人生でどういう決着をするのかっていうのがこの羊を巡る冒険の本当にクライマックスのシーンでそこがわかるわけなんですけれども、
僕にはなくてネズミにはあるもの。
ピンボールの小説の時は誇りだったし、羊の冒険の時には弱さであるとも表現されてたりします。
なので誇りや弱さを持っているネズミと持っていない砂のような僕、その違いって何なんだろうなとか、そんなことを考えたりする小説でしたね。
とにかく物語としてすごく面白い。
驚きもあるし、意外な展開で驚きもあるし、そしてちゃんと失って手に入れるだとか、予言のようなセリフが随所にあったりする。
読み終わった後、あれって結局どうだったんだろうっていう謎もしっかり残してくれる。
けど今回はちゃんとラストシーンも書いてくれるということで、物語としてはすごく面白かったです。
そしてもう一つは随所に出てくる元妻だったりガールフレンドだったり、こうなんかに出てくるある人物のセリフの中で、人間ってどういうものなのか、事故っていうのはどういうものなのかとか、
この小説が書かれた時代を村上春樹はどういうふうに目指していたのかな、それが透けてみるセリフだなということで、
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非常に考えたくなる。こうかなーかなって考えたくなるし、胸に刻みたくなるようなセリフだったり文章が書かれていたなと思います。
そしていろんなところに出てくる羊だの、猫だの、イルカだの、クジラだの、生き物、動物もたくさん出てきますし、それ以外のものも含めて、これは何を隠蔽しているのか、何のメタファーなのかっていうのを考えるのもすごく面白いです。
それは村上春樹の小説ならではの楽しみ方だったりするなと思いました。
ピンボールの時にはですね、ネズミは埃がなくては生きられないと言った。
僕は埃を失ってもう失うものはないと言った。
その埃について、この羊を巡る冒険ではネズミは自分には弱さがあると言ったんですね。
僕にはきっと弱さというものはない。僕にあるものっていうのは一体何だったんだって。
僕には何もない。だからこうやって誰かが砂時計をひっくり返してくれたり、生き続けることができる。
村上春樹っていうのは人間をどういうふうに見ているのかなっていうことを一貫して、この三部作を通じて考えてみたくなる。
そんな三部作だったなというふうに改めて思いますね。
ネズミをネズミたらしめているものは埃であり、それを失うことの恐れ。
それだけでは生きていけないこと、孤独。その孤独を埋めようとして求める愛情、愛着。
そういったものを弱さと言っているのかもしれない。
それを持っているのがおそらく人間だと思うんですけれども、それだけでは生きていくのは難しい。
それを主人公の僕を中心に物語を展開させることで、読み手に、僕の視点でそういうネズミを見ることで、今言ったようなことを語りかけてくるというか。
そんな小説でもあるなというふうに思ったりしました。
これ伝わるかな?
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今日はできるだけネタバレをしないようにということで、羊を巡る冒険の下巻の内容はほとんど話せてないんですよね。
ネタバレの部分というのはほぼ下巻の中にあって、その部分には本当に触れてないんですけれども、
触れてない部分こそがこの物語の面白い部分であって、書くでもあって、クライマックス、ラストシーンにつながっていく部分だったりするんですよね。
ぜひこの羊を巡る冒険、いろんな人に読んでみてほしいなと思いますし、村上春樹がちょっと苦手だっていう方でも、この物語はすごい読み物として面白いので、
まずここから始めてみるということで、おすすめの小説かなと思いました。
そしてですね、私はもうすっかり村上春樹にはまっているので、この次、実は三部作と言われているけれども、ダンスダンスダンスも入れて四部作という表現もされてたりするので、
この次はダンスダンスダンスを読んでみようかなと思っています。
村上春樹、好きな人がいたらぜひ感想を共有していただけると嬉しいです。
そしておすすめの本があればね、ご紹介いただけると嬉しいなと思います。
ということで今日は、村上春樹の羊を巡る冒険について話してみました。
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今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。ではでは。