始まりました、おおきなかぶは抜けるのか。この番組は日常で起きた一人では消化できない些細な悩みや出来事をおおきなかぶとして、ちょっと不思議な関係の3人がうんとこしょどっこいしょと引っ張ってみるポッドキャスト番組です。お送りするのは石橋と
アイリーです。よろしくお願いしまーす。もう一人の待機はお仕事があり
お休みじゃない、遅刻。遅刻、遅刻。遅刻ゆえ、今回は我々二人でねお届けしたいと思います。久しぶりだね。久しぶりです、てか
そもそも明けおめ。そうだよねー。今、明けおめですね。そうだよ。年始のタイミングだから。
なんか久しぶりな感じするよね。普段が会いすぎ?というか収録のためにも結構会ってるし、ご飯行く時もあるし。でもなんか年末年始挟んだからか久しぶりな感じがする。
わかります。なんかね、あるよね、その感じ。なんかリズムが戻ってきたって感じがする。そうだね。
最近引っ越しました、私。ねー。物心ついてから初めての引っ越しかも。ちっちゃい時はあったけど、小学生の時とか。それすごいね。やばいっす。なんか全然やっぱ初めての感覚で
なんかまず部屋のものをこう全部ダンボールに詰めて、場所を移動し、また開けるじゃないですか。
やっぱその一つ一つのものに自分の精神が行き渡ってる感じというか、その感覚がすごい面白くて。
そのさ、引っ越す時に物は減らした?減らしました。それもなかなかカロリー使わない?いや、本当に超大変だったんですけど、それこそ
結構その、もっと言いたい家、実家なんですけど、小1からずーっと住んでたんですよ。
だから結構その、過去使ってたけど今身向きもしてなかったみたいな、その埋蔵物が多すぎて、その日領域みたいな結構あったんですけど。
そこを全部顕在化させて、一個一個処理してみたいなのって、なんかでもいい気持ちが良かったです。
いや私もう、それが、あのもうだいぶ減らしたからもう多分ないけど、一回減らす時にもうそれがきつすぎて、
もうなんか一個一個に、まあさ、その時に体験したこういう思いみたいなのがそのまんま宿ってる感じだから、
もうなんか、やってる最中に眠くなってくるというか、現実逃避で。
わかります。一個一個に絶対ありがとうって言って。
捨て。
えらー。
で、なんかこれ思い出したいなってやったらちゃんと写真を撮りみたいな感じで。
ちゃんとしてるわー。
能動的絶滅を。
よくやったねー。
うん。でもずっとうっすらやりたいなって思ってて、結構その、じゃあ例えば洗面所とか、なんかコスメコーナーとかに、
じゃあなんか中学生の時に買って、思い出あるから残しといてるけど絶対捨てた方がいいやつみたいなのが、なんとなく残ってたりとかして、
脳のリソースの0.01%くらいを占めてたんですよ。
うんうんうん。
キャッシュクリアみたいな感じ。
わかるわかる。あるよねー。それって別に、身向きもしてないんだけど、片隅で気になってるものってあるもんね。
絶対。
わかるよー。
上仏として行った方がいいじゃないですか、そうそうって。
絶対そう絶対そう。
超疲れたけど、結構スッキリした気持ちです。
ねーなんかスッキリしてるよね石橋ちゃんね。
それ今日耳かけてるからじゃないですか。
そうそうそう。
タイリーさんがスッキリ、今日なんかスッキリしてるって言う時、私絶対姫カットを耳の後ろにかけてる。
本当にさー、なんか、あのー、おばあちゃんみたいな。
確かに。
たまに会うおばあちゃん。髪型が変わっただけで、あのー、すっきりしちゃってみたいな。
いや髪型変えただけです。なんなら分け目変えただけです。
そういうおばあちゃんになるかもしんないです。
視覚効果に弱い。
本当の男がね、何を感じてるか分かんないですね。
魔法使いだからタイリーさん。
いきますか。
大きな株は抜けるのか。
ではまずはじめに、それぞれ持ち寄った話題、つまり株の種を発表して、今日抜く株を決めていきましょう。
みんなどんな種を持ってきたでしょうか。
じゃあ石橋ちゃん。
はい。私はうんざりしており、
ほう。
新年からうんざりしておりこの株を持ってきたんですけど、
乾きを潤すタイプの幸せを追求することからおりたい件です。
またそんな新年からもう、それまたなんかもう一気に新年始まった感あるわ。
確かにね。株がドライブし始めた。
すごい目が覚める株だね。
ありがとう。
そう、新年そうそう。
なんで思ったかって言うと、行きの道で何話そうかなと思った時にパンって出てきたんですけど、なんか新年から過労なわけですね今。
引っ越し作業したから?
普通に仕事で。
仕事でど過労でして、その時に結構今の仕事ってめっちゃやりたい仕事なんですよね。企画の仕事とか、自分のSNSとか何かを作ること。
絶対に客観的に見たら楽しいんですよ。
で、私は割とそのネガティブな認知が働きやすいから、ちょっと忙しいとかって結構ゲンナリしちゃうんですよね。
で、それを繰り返してて、っていうのを繰り返してる中で、結構なんかふと落ち着いて、深呼吸して、瞑想して、今の状態を取られたらめっちゃ幸せなんですよ。
だけど、なんか目の前の日々に向き合ってる自分って、ちょっとその自分と全然違くて、とにかく目の前のことをガカガカってこなしてるみたいな。
これってなんでこなしてるかっていうと、渇きを潤すような幸せを自分が求めてるからなんですよね。
それは有名になりたい、お金を稼ぎたいとか、なんか認められたいとか。
で、結構それって結局エネルギーになるからいいじゃんとか、若いうちはそういう欲求大事だよとか、大人は言うんですよ。うるさい。やめたいんですよ、私は。
うーん、なるほどね。やめたいのか。
やめたいっていうか、結構同時に寺にも弟子入りしてるし、毎日毎日瞑想もしてるし、結構その満ち足りた幸せというか、自分が自分であって、人とその手を取り合って、なんか関係性の中で豊かに生きてる自分みたいな幸せも、セロトニン的幸せの自分の状態も知ってるんですよね。
それでいいじゃんって思うんですよ。
うんうんうんうん。
だけど同時に、結構その商人薬局で自分がドライブしてる時って、ドラッグみたいな感じだから反動で自己嫌悪になったりとか、自分今こういうふうに見られたくてこんなこと言っちゃったとか、
なんか、めっちゃ仕事でしゃかりきりに喋って、今なんか喋りすぎたかもみたいな、これってただ仕事を進めたいだけじゃなくて、なんか仕事できる自分みたいなのに今固執してる瞬間があったかみたいなのを、一時メタニチして落ち込むんですよ。
忙しいね。
そう。やめたくてそれを。
で、おり体験という。
なるほど。
こうね、持ってきまいりました。
あのね、すごい私の株も関連してる。
あっつ。
私ね、私も今日向かいながら、もう今の感覚そのまんま話したいなと思って持ってきた株は、さらに頑張らないについて話したい件。
近い。
近いよね。
根本一緒ですね。
一緒一緒。
なんか年末年始休んで、私もう毎年12月ぐらいからちょっと冬眠気味になってくるんだけど、だから1月まだちょっと冬眠、まだ開けてない感じなんだけど、休みは開けても。
なんか年末年始休みだし、なんか気になってたこととかやろうかなとかって思ってたんだけど、なんかひたすらなんか自分の中で体がむくことっていうのがひたすら絵を描くことだったわけ、年末年始。
最高。
で、もう別にどこ行くでもなくずっと絵描いてて、お家で。で、なんかもうこれでいいなとかって思いながら、で、あ、でもこの状態って、あ、もうなんかさらに頑張るっていうのをやめてるなと思って、ってことはでも逆に自分の中でまだ頑張るがあったんだと思って。
さらに頑張るっていうのは?
自分の中でその絵をさひたすら描いてる時に、あ、もう本当にさらに頑張らないっていう状態でいいなーっていうふうに自然に思ってたんだけど。
今の状態より。
そうそうそうそう。あ、その絵を描いてる自分を客観的に見てね。
っていうことは、逆に自分の中でまだ頑張るっていう要素があったんだと思ったわけ。
なるほど。
って思った時に、結構頑張るをもうなんか割と手放してきたつもりだけど、まだあるんだなーって思った時に、なんかそのまだ残ってた頑張るってなんだろうとか、なんでまだ頑張るが残ってたのかなーとかっていうことについて話したいなーと思った。
で、私の場合は、えっとね、今多分自分の中に残ってる頑張るっていう多分要素、状態は、
多分自分で無意識レベルなのね。
うーん、なるほど。
だから、えっと、自分の体にちょっと負荷が来たりとかして、
で、あ、頑張ってたのかもとかっていうふうに気づいたりするみたいな感じで、時間差があるわけよ。
すごい。
で、それも本当にもう、なの。だから、なかなかその状態をメタ認知できなくって、
で、その、まだそこをメタ認知できてたら、もうちょっと違うんだろうなと思って、今それを捉えたいっていう段階なんだけど、
でも石橋ちゃんの場合はもう捉えてるわけじゃん。
まあそうですね。
そう。なのになぜ手放せないのかっていうのも、もうちょっと聞きたいと思った。
自分は多分まだ若いんで、その、
あー。
墨下ろしが全然できてないというか、なんか結構その、表面的な気持ちもまだドライブしてた。
例えばなんか、お金ちゃんと稼ぎたいとか、
うん。
なんかその文化人かっこいいとか、
うんうんうんうん。
なんか、なんだ、ちゃんと認められたいとか。
で、これもまあ棚下ろししたら結局幼少期の満たされなさが結構原因だなっていうのは自分でもわかってるんですけど、
まだその、経時化というか、現代社会においてちゃんと割を発揮したいなみたいな。
あー。
気持ちがあるので、結構その段階は違う話かもしれないですね。
なるほどなるほど。
そうだね。
そうです。
私ね、そうそうでもそのさ、大人、さっき石橋ちゃんが言ってたまさにその大人は若いからいいじゃんって言うけど嫌なんだっていうこと言ってたじゃない。
はい。うるさいです。
うるさいって言ってたじゃん。
で、でもやっぱりなんかその、まあさ、この生を与えられてる以上、なんかクリアしていくミッションみたいなのって与えられてるって私は思ってて、
だから例えばお金を稼ぐとかさ、例えば自分が有名になるみたいなところも、今のこの時代的にそういうのも手放して自由になってこうとかっていうムードがあるけれども、
でも、個々のその人生の中でさ、稼られてるそれぞれ違うと思うんだけど、中でやっぱりそういう承認欲求ってあるから、私はなんか別にそれクリアしきっちゃえばいいじゃんって思うんだけど。
うんうんうん。
あ、その今のままドライブさせていけば。
そうそうそうそうそうそう。
なんかそこも私の場合は厄介で、結構そのもう片足、なんか違う世界の足突っ込んじゃってるみたいな感じだから、その状態にずっとメタ認知がかかるんですよね。
だから没頭できたらいいんですけど、どっちにも没頭できない。
でもさ、まあある意味その片足突っ込んでるからこそ、あ、その違う、要は弟子入りしたりしてね。
あるがままの幸せに。
で、そこに片足突っ込んでるからこそ、そのさ、この、まあ憎くせのって言っちゃいだけど、社会の中での自分をメタ認知できるわけじゃない。
そうですね。
で、思うと、なんか、そのさ石橋ちゃんは違うようで一緒の世界にいるわけだけれども、でもなんかある意味なんかちょっと違う世界にお出かけしてってる自分みたいな感じで、
こっちの自分はまだそのちょっとクリアしなきゃいけないものがあるから、まあこっちの子はこっちで遊ばせておくかみたいなぐらいでもいいんじゃないの。
確かに。
あ、もう一つありました。あの、寂しいです。
その、全部の話ができる人が少なすぎて。
それもあるかも。
その所属の意見も絡んでるかも。なんか、例えば、なんだ、マジで企画の仕事とかめっちゃ頑張ります。で、周りに友達できます。
なんかその、精神の話とか、その哲学の話みたいなのもできる人が少ないかつ、私はめっちゃいろいろ勉強してるから、他の人の悩みとか、こんなこと言うのはすごいあれ、なんか偉そうではあるけど、なんか結構その立体的に捉えられてしまうというか。
うんうん、わかるわかる。
そういう人の悩みと自分の悩みがなんか明確に違うなとか、そもそもその見てる世界の範囲が、みんなそうだと思うんですけど、なんか、多くの、今関わってる多くの人と自分がずれてるなってことを自覚してて、その共通部分が少ないかつ、私はその共通部分じゃない、相手のベンズのその、なに、残りの部分にも、てかこっちの振りもできるというか。
だから、なんか寂しいなーみたいなのを、ちょうどさっきあの、いつかゲストで来てくれた千秋さん。
うんうんうんうんうん。
えっと、81回に来てくれた私のお友達の松崎千秋ちゃんって子が、アーティストの子がいて、その子は結構何でも話せるみたいなお友達なんですけど、と最近気づいて、寂しいねみたいな。だから最近心が動かなくてつまんなかったんだみたいな。
ていうのもあります。
あー。
だからもう、なら振り切りたい子はどっちかに没頭したいみたいな。
あー。
感じ。
なるほどー。
その2人の結論としては、やっぱこういう状態になったからには、その受動的に自分が満たされると思っちゃいけないというか、いろんなことを考えすぎてるから。
だから、毎日瞑想し筋トレをし祈りをしようみたいな感じで、年末くらいから図工室というLINEグループが立ち上がって、毎日瞑想した絵を描いたみたいな報告をし合ってるんですけど。
それで結構治っては来たというか、なんか、よし、生きていくかみたいな感じになってるんですけど、とはいえなんか、ちあきさんとかはもっとその、何、刑事上の世界にいるんですよ、もう。
うーん。
なんか、25歳で大学もまだ卒業せず。
そうだよねー。
歌を歌い、卒業後も歌を歌いみたいな。
うんうんうんうんうん。
そういう感じの中で、そうだから、納得感というか、今の時点での自分の幸福度をちゃんと上げたいみたいな話なのかもしれないですよ。
幸せから別に降りなくてもいいんだけど。
うんうんうんうんうん。
みたいな。
ちなみにさ、その孤独感の方は、その片足突っ込んで、まあ言ってみれば、えっと、レシーディしてるさ、方はもう明らかにでもちゃんとコミュニティもあってるわけじゃない?
そこがあっても、孤独感ってあるの?
あります。そっちもそっちで、そっちの世界、なんだろう、どっちでも異端だからみたいな。異端というか。
なんだろう、結構、でもそれは私の心の問題だと思うんですけど、全部にメタ認知をかけてるから。
じゃあ例えば、なんか、お寺院で仕入れしてるから、なんかスピってるって見られる方は絶対嫌なんですよ。
だからそういう言葉遣いを絶対しないように、仕入れしてる自分も、じゃあ例えばなんか、ヒプノセラピーとか、催眠療法とか、カウンセリング受けてるみたいな自分も、全部メタ認知してるみたいな。
みんなと仲良くするとの感じがあって、
だから、能動的に没入することをしてないっていうのもあるかも。
あと、なんていうかな、たぶんその、みんなと仲良くなるためにメタ認知してるってことは、
みんながどういう人かっていうのを、それも客観的に見ながら、自分のメタ認知した上で、周りにいる人たちに合う要素を自分がたぶん出してってるって感じだよね。
そうだと思います。みんなそうだと思うんですけど、それに自覚的になっちゃってるみたいな。
それが、逆に孤独感を生むんじゃないのか。
孤独感ってどこを解除したらいいんですか?
合わせるんじゃなくて、自分そのままを出す。
確かに。なんか、出した時に、乖離するのがよくわかるみたいな。
例えば、仕事してる人の中で、よく、めっちゃ親しい友達と、自分にとっての幸せって何だろうねみたいな話をするんですよね。
言ってるのに、「え?そんな話するの?」みたいに笑われて。
失礼しましたみたいな。
なるほど、なるほどね。
なるほどね。だからその、仕事をしてる石橋ちゃんと、そこの弟子入りしてるところの場の石橋ちゃんっていうのがあまりに差があるっていうのはあるよね、その世界のね。
そうですね。
でも、弟子入りしてるそっちのコミュニティの方では、そういう孤独感ってあるの?
種類は違うかもしれない。だから、喋れないみたいなことはあんまないんですけど、逆に気が抜けないというか、何だろう。
何なんですかね。
面白い。なんかそれポイントだよ。
そうですね。
でも、やっぱり境界線をまだ引いておきたいみたいな気持ちがあるのかも。
っていうことは、自分でたぶん好んで孤独にしてるね。
そうですね。それはそう。
だから、孤独が嫌っていうよりかは、なんか介入されるのが怖い。
入ってこられるのが怖いみたいな感じがあるのかな。
それはそうだと思います。たぶん。そうだと思います。
だから、その場合にいっぱいトラップみたいなものを置いていく感じかもですね。
そうだよね。ちょっとね。
その根本は何かっていうと、たぶん今のとこですけど、なんか幼少期の欠乏感というかがあり、カウンセリングを受けてるんですけど、それを今解除中ではあるという感じかも。
でも多分なんかそこでさ、その自分キモいなって思っちゃうと、なおさらそこを否定するじゃん、その自分を。
でも、選んでるのは自分じゃない。
うん、はい。
だからそこでキモいって思っちゃうと、ちょっとまたきつくなるし。
かといってそれをさ、本当に切って反対側の違う世界に行けるかっていうと、そうじゃない自分もいる中で。
だからなんかまだそのゲームをやってるなって思うだけでもなんか違う気がするんだけどね。
なんかちょっともうちょっと、なんか本当に白か黒かでっていう風な感じの勝負をしてる感じじゃん、今西橋ちゃんの中では。
許さねえみたいな、そんな私みたいな。
でもよりかは、なんかまだちょっと両方見てるゲーム中だよね、私みたいな。
さらにメタ認知をかけるみたいな。
そうそうそうそう、さらにさらにさらにさらに。
だから今なんかもうさ、どっちかになっちゃってるから、逃げ場がないっていうかさ。
確かに。だから絶えずメタ認知という話。
で、なんかさらに言うと、そこに対しても何か甘えが生じていて、何かというと、そのメタ認知し続けの人に疲れるから認知負担が高すぎて。
もうなんかバブになりたいみたいな。
メタ認知合戦を続けすぎてて、自分の中で。
分かる分かる。
なんか手放しで生きられたらどんなに楽だろうみたいな。
分かる分かる。
ってなった時に、降りた方が手放しでは生きられるんですよ。
けど、まあ簡単に生きられるわけではないんですけど。
だから生きてる限りその、変異が発生し続けることに対してもう嫌になってる。
死にたいとかじゃなくて全然。
分かる分かる。
でも私、私もなんか比較的常に多分メタ認知してるタイプで。
で、なんだけど、多分どっかから、それこそ年末年始ずっと絵描いてる時とかってさ、もうメタ認知じゃないわけじゃん。
もう完全に没入してただただ描いてるみたいな意味がない。
何の形かも分からない。
意味がある何かしら。
でも多分なんかでも意味を求めてやってないみたいな。
なるほど。
だからもう多分意味を求めようとして多分メタ認知がだらけなんだけど。
でもそれも全部手放してただただ絵描いてるみたいなさ。
で、それって多分人と会話してる時も、もうこれはすごい楽しい、もうただただ楽しい会話みたいな時も多分メタ認知してないみたいなさ。
だから多分そのメタ認知しちゃう自分、でもメタ認知していい部分ももちろんいっぱいあるじゃない。
だからなんかついそれをやりがちだが、メタ認知しなくてバブになれる時間をどれだけ作るかっていうのも。
メタ認知をメタ的に解除するタイプ。
そう。
そう。
おもろ。
そうそうそうそうそうそう。
確かにね。
そう。
っていうのはいいんじゃないかと思う。
確かに。
で、私もなんかそれをやってたら急に没入してるはずなのに、また没入がパッて緩んだ瞬間に、私頑張ってないなみたいなのが急に来たわけよ。
おもしろい。
だから逆にすごい自分をメタ認知して観察しようとしてる時に、そういうパッて自分の状態を捉えられるわけじゃなくて、
メタ認知を解除して没入してって、なんか隙ができた瞬間になんかさらになんかすごい自分の、なんかさらに客観視した視点で得た感覚が自分の中に降りてくるみたいな。
それが逆に一番のメタ認知ですよ。直感というか。直感に沸かせることが今の社会で。
確かにね。解除の儀を。
そうそう解除の儀。だからそれがさ、なんか、解除の儀って時にさ、なんていうか、分かりやすく言うなら多分ストレス発散で食べるとかさ、なんか買うとかっていうのがちょっと解除の儀っぽくなっちゃったりする時もあるんだけど、
なんか多分そうじゃないんだよね。
解消するってより、論理を緩めて直感を許すみたいな感覚かも私。
すごい言語化能力だね。本当そうだと思う。本当にそうだと思う。そうそうそう。で意味がないことを許すっていうか。
全然できてないな。
なんかそこ、そこじゃないだろうか。
いやそこですね。やってみますわ。確かについなんかその、幸せになりたすぎて力むことばっかりをするんですけど、メタ認知をメタ的に見て解除するっていうのが今の私に必要なのかもしれない。
本当に何で幸せを感じるかっていうことだよね。
しっぶい声で。長老からなんか来た。何で幸せなのか。
いやなんかそれも結構最近思うことが多くて、なんかもう法理論ってわかりますか。
分かる。
レネジラールっていう人が考えた、なんか欲望の三角形っていうのがあって、人がじゃあ例えば今私が飲んでるビールが美味しいって思うのって、
私が美味しいって思ってるんじゃなくて、実は誰かが美味しいと思ってるのを見て美味しいと勘違いしてるんじゃないか。
っていうので、だから幸せも結構人見てんじゃないの、自分って思うときは結構あるんですよね。
いやーそれすっごい思う。
アイリスも思うんですか。
人から聞かれて思うことがある。
例えばラッキーカラーとか信じた方がいいですかみたいな。
とか。
魔法使いに相談が来るんだ。
だからそれはなんかちょっと、ちょっとなんか稚拙な例になっちゃったけどっていうのが、
要は例えば、例えばなんかこう星座、何か十二星座の占いがあったとして、
今年はここに行かない方がいいっていう風な占いの結果だったとする。
でも自分はそこに行きたいっていう気持ちがあったときに、迷ってる方がいて、
いやそんなの自分が行きたいを信じた方がいいじゃんみたいなこととか。
面白い。
っていうなんか話をちょうどなんかしたなーとかって今思い出して、
そうなの。
でもうさ、そういうなんていうんだろうな、
多分すごい人を動かしやすくなってるなーって思うの。
だからなんなら多分積極的にそこから外れていかなきゃいけないって思うんだけど、
みんなが美味しいっていうものは食べないとかさ。
自分で開拓するとか。
いや分かります。
分かりますぐらいの。
めっちゃ大事、その能動性というかねやっぱり。
ここは何を幸せって思うかですよね。
何を幸せって思うかだよ。
でもそこすらも他人知を解除していった方がいいのかもしれないですね。
そうそうそうそうそう思う。
疑いが多すぎる日々に自分の。
疑い?
うん。
だからこのままでいいのかとか、こういう自分ってどうなんだろうとか。
なんで疑うの?
自分のエゴに厳しいのかもしれないですね。
だからそれ深掘っていった結果、仏教哲学とかが結構論理的に説明できるようになって、
ということは、理多的に生きることに関しては自信を持っていいんだなっていうのもなんとなく分かってきて、がゆえにかも。
でも私さ、私の頑張らないにもつながるんだけど、私結構今年のテーマは、
2026?
2026。どこまで自分を本当に満たせるのかみたいなのがテーマなの。
ある意味それってエゴじゃん。
そうですね。
でもやっぱりそれがまだ残してる部分があるなって感じてて、
だからもう本当にそこを逃したくないみたいな気持ちがすごいあるのね。
だから頑張ってることに対するメタ認知が働いたのか。
そうそう、それもあると思う。それもあると思う。
なんか逆にアイリーさんの頑張ってるって思ったのは、直感で思ったから分かんないと思うんですけど、
普段の日常の意思決定とかに無意識に紛れ込んでる。
そうそうそうそう。
例えばさ、えっと、
例えば、すごい分かりやすく言うなら、
満員電車が実は本当にダメだったりするけど、仕方がないよねと思って、
例えば乗ったりするとかさ。
なるほど。
みたいなことを。
なるほど。
緻密に自分の中の嘘を見ていく。
そうそうそうそう。
今を見ていく。
そうそうそうそう。
いやそれ今の社会で、
いやそう、だから結構恐怖なの、それ。
で、それをやってった時に、
いや私本当にちゃんと生活していけるのかなみたいな不安もあるんだけど、
でも多分それをやらないと、ちょっともう次いけない段階だなーって思って。
先輩。
いやーすごい。
そうなんだよ。
すごいな、でも、まあ年末年始京都行ってて思ったんですけど、できる。
東京って街がやっぱおかしいなって思いました。
家賃3万4万とかで普通に住めて、
なんかコミュニティの中で生きられて、そのバランスだと思うんですけど、
お金もそうだし、ちゃんとしなきゃ生きられないみたいなのって本当に社会催眠というか。
いやー本当そうなの。
人間も動物なんだから、別になんか飯食ってクソして寝てればいいじゃんみたいな。
それだけでいいのにみたいな。
なんか本当そうだよね。
で、あとその、なんか多分異常が普通になっちゃってるから、
自分の中でそのやっぱり感覚をどっかでもう、デフォルトでちょっと閉じようとしてるっていうのが多分あるんだろうなと思って。
で、今日もやっぱりその、なんか自分の中でなるべくもう頑張らない。
本当に自分の心地いいというか、自分自身を満たすみたいなことがテーマにしようって多分もう思い始めてるからさ。
でもここ来るときに、山手線で乗り換えるときに、ギャーって叫び声聞こえたの。
で、ちょっと遠くの方で聞こえて、60メートルくらい先かな?聞こえて、パッて見たんだけど、一瞬そっちの方を。
でもまたすぐホームで電車を待ってる自分がいて、たときに、ああ、私こうやって閉じてんだ感覚ってすごい思った。
面白。
で、だってありえないじゃん。
ありえない。
ギャーって聞こえて。
山だったら逃げた方がいい。
いいじゃん。
でもそのときに、普通に、なんか転んだかなんか、あれかな?みたいなぐらいの。
すごい。
だから、ああ、こうやってきたんだな、私とかって思って。
でもそれ気づけてるのデカくないですか?
そう。だから、ああ、一歩一歩。一歩よくやって。
修行修行。
そうそうって思って。
でも、ある程度目つぶってないと、回っていかないですからね。
いかないの。
スピードの速い、特に東京。
そうそう。そうなの。
なんか、年末年始京都行って、いろんなお店とか巡ったんですけど、京都ってその真京通か、個人商店とか個人でやってる店みたいなのがめっちゃ多いんですね。
そういうとこも結構通ったんです。通ったとか、いろんなとこ行ったんですけど、そういうとこのメニュー名って、本当に社会的文字を無視してる、なんか誰々が作った何々のなんとかでなんとかみたいなその、何文節ですか?と知らない声名詞をいっぱい入れないでくださいみたいなメニューがあって、こういうことだよなみたいな。これでいいんだよなみたいな。
いや、本当にそう。
東京という街だと私は思います。
そうだね。
なんか、顔なしとして生きなきゃいけないみたいな。
そうだね。そうなの、そうなの。もう顔ね、本当に顔なしだよね。顔もないし感覚もないし、感覚もないから体の輪郭もなくなっていくしみたいなさ。
そう。
インスタントにトキシックに自分を満たして。
そうだよね。
だから私も、でもそれを忘れちゃうから、どうしても。
そうそうそう。
ずっと閉じてる。
分かる分かる。
しかもその危ないしね、普通にその、ファラファラ幸せに歩いてたら東京でも。
うんうんうん。
だからまあ、そこも目と認知しつつだけど、瞑想ですね。
そう、そうなの。
結局。
そうそうそう。で、瞑想プラス、でも私もなんかその、石橋ちゃんのさ、そのなんか2つの世界を行き来しながら、どっちを取るかみたいな感覚って私もなんか分かるなあって思うんだけど、
瞑想、例えば、瞑想してる状態って自分がセッションしてる状態と、
非言語化。
そう、非言語化のセッションとほぼ、今シャンケンサイって名前でやってんだけどね、なんかそれとほんとにほぼ、それとほぼ瞑想してる状態で、
で、そことやっぱり、なんか、それやってる時ってさ、作能がほんとに1、2割ぐらいになってるから、ほんとにいわゆる自分のこう、肉体を持ってる自分みたいなところの意識がすごくこうちょっと弱まってる状態で、
でもやっぱり目を開けて日々の生活になってくると、やっぱりそっちの作能の方がどんどん優位になってくるわけじゃない。
で、そうするとやっぱりどっちかみたいな感じになっちゃうんだけど、でもなんかそこをいかにこう、なんか一緒に混ぜていくかみたいな、
心理だ。
ことだよなあと思ってて、
だから、だからそうすると極端になりすぎちゃいけないっていうか、極端になりすぎるとやっぱり反動で、
そうですね。
そうそうそうそう。
まあ作能っていう言葉があるから分かれてるように感じてるけど、本来は同時にあるものですもんね。
そう、そう、そう。
ファンナージュっていうのは。
あー、確かに。
ちなみにそのなんか、有能を開いていくというのはもう気づいてらなってたみたいな感じなんですか?
でもそれもだから、あれよ、あの本当に原因不明の体調不良になって、
瞑想しかできなくって、
早くそれになりたい。
ひたすらずーっとずーっとずーっと瞑想してたら、突然。
おもしろーい。
うん。
私は今年その訓練ののかも。
うんうん。
おもしろ。
本当に。
で、最初にでもかつなんかポイントとして、なんかおもしろかったなってものは、
で、その瞑想してる状態からパンって開いて、
なんか新しい感覚掴むようになったっていうところから、
でもなんかその状態でふわーってしてて気持ちいいわけよ。
なんかすごい多幸感もあって。
でもそっから、なんか、えっと、本当に生きる、生きるとはみたいな、
要は肉体があるからこそ感じられるものみたいなのを受け取る覚悟があるかみたいな、
これすっごい言葉で伝えるのがめちゃくちゃ難しいんだけど、
っていうのがもう一段階きてさらに開いたみたいな感覚があったの。
へー。
だから、ふわーっとだけだとさ、やっぱり別に肉体持ってて味わう意味がないんだなとかって思って。
なるほど。
そう。だからやっぱりなんかちょっとその肉体がありながら、
感覚を開いてくってやっぱりなんか自分にやっぱり化してる、なんか修行感があるんだと思うんだけど、
なんかそれをこう、両方やっぱりどっちかじゃなくて、
肉体がありながら開いた時にやっぱりなんか見えてくるものがあるんだなとはすごい思った。
これね、ちょっと本当に抽象的すぎてごめんなさい。
確かに。すべてを置き去りにして、光となっている可能性がある。
そうそうそうそう。ちょっと許してほしいんだけども。
みんなついてきてますから。
確かに。肉体があり、精神があり、胸があり、さのがあり。
そうそうそうそう。
そのすべてで自分であると。
そうなの、そうなの。そうなんだよね。
だからやっぱ探求を怠らないということですね。
これはもう頑張るとかじゃなくて、もうやっていくしかない。
やっていくしかないんだと思う。で、なんかその課せられ方って人それぞれ違うから、
フェーズも違うし。
そうそうそう。だからもうこれはもう自分に課せられたもんだなと思って。
そこは目立って。
そうそうそうそうそうそう。
そうですね。
って思うね。でもなんかちょっと長くなっちゃうからだけど、そのやっぱり石橋さん途中で言ってたその孤独感みたいなのは、なんか私もわかるし、
でもなんかすごいさ、あのこう、最近になっていろいろすごい年上の人とか、すごい年下の人とかさ、もう本当に年齢関係なくいろんな人と話すようになったりとかすると、
やっぱりなんかこう自分が共鳴する人たちっていうのは何かしらすごくここの何か旅を続けてきた人だったりとかもして、
なんかそこで共鳴できると、なんかすごく、もともとお互いが孤独というかなんだけれども、なんか共鳴できるとそこでふわっと緩むものもあったりして、
なんかそれが人と触れ合うっていうか、人生で人と会うっていうことなのかなと思ったりしてて、なんかこれはちょっとまた別で話せたらいいかなとは思った。
確かにその瞬間楽しいですね。
そうそうそうそう。だからね、なんか、なんかこの大きな株でもなんかやっぱり孤独の扱い方って何度か出てきてるけど。
確かにそういう意味での孤独は、そういう自分はめっちゃ好きですね。
ここにストイックみたいな。
でもなんか受け入れなきゃいけないこの道をっていうときにやっぱり、孤独のならではのなんかこう寂しさみたいな、生まれるよね。
生まれます。
それもすごいわかるな。
だからこそ人に優しくなったりとか、人と一緒にいるっていう選択ができるのかもしれないですけど。
行きますか、そろそろ。
行こう。
ここでお知らせです。私たちのコミュニティ大きな株農場がオープンしました。
無料プランでは番組へのリクエスト株の種が送れます。
有料プランでは毎週の編集後期やアフタートークを視聴できたり、限定チャットでお話ししたりもできます。
積極的に参加してもみるせん、聞くせんでも大歓迎です。
あなたらしい形で関わってくれたら嬉しいです。
概要欄のリンクからぜひお気軽に農場遊びに来てください。
あなたの株の種、お待ちしております。
今日の株、どうだった?
話せてよかったです。
私も、私も、私も。
再確認できたというか、やっぱりジタバタする時って、すごい外に目が向いて、受動的になっているんですが、
自分をしっかり見て幸せに生きようぜという。
そう思う。そう思うね。