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#40『僕と「先生」』ある批評家と過ごした14年間の日々
2026-10-15 27:22

#40『僕と「先生」』ある批評家と過ごした14年間の日々

【本日紹介の一冊】

『僕と「先生」』(長瀬海・講談社)

書籍の詳細・ご購入はこちら

⁠https://www.amazon.co.jp/dp/4065445159

【エピソード概要】

大学で出会った「先生」は日本を代表する批評家だった――。新入生の著者がたまたま選んだのが批評家の加藤典洋さんのゼミでした。この出会いが著者の人生を変えることになります。加藤さんは学生を「若い友人」と呼び、時に本気で怒り、そしてなによりも「間違える」ことを恐れない人でした。

そんな「先生」と過ごした14年間の日々を、著者は残された言葉を手掛かりに振り返ります。そこから浮かび上がるのは、どんな過酷な現実に直面しても、「考える」ことをやめない批評家の姿でした。

【出演】

プレゼンター :首藤淳哉

ナビゲーター :内藤順

【関連書籍】

『敗戦後論』

加藤典洋(著) ちくま学芸文庫

⁠⁠https://www.amazon.co.jp/dp/4480096825


『戦時期日本の精神史』

鶴見俊輔(著)岩波現代文庫

⁠https://www.amazon.co.jp/dp/4006000502

『モリ―先生との火曜日』

ミッチ・アルボム(著) 別宮貞徳(訳)NHK出版

https://www.amazon.co.jp/dp/4140810076

『追懐の筆 百鬼園追悼文集』

内田百閒(著)中公文庫

https://www.amazon.co.jp/dp/4122070287⁠⁠⁠

() 人生の師と出会いましたか?

() 「師弟」を拒絶した加藤典洋のトラウマ

() 『ノルウェイの森』を解体するユニークな授業

() 〈私〉を起点とする思考

() 鶴見俊輔と「まちがい主義」

() 『敗戦後論』をめぐる大炎上と再評価

() 関連書籍の紹介

() 師弟関係とは何か

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【収録場所】

⁠⁠⁠⁠⁠Hama House⁠⁠⁠⁠⁠ 

感想

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00:03
ナイトさん、突然なんですけど、僕一つですね、人生で心残りなことがあるんですよね。
早くも。
あのね、若い頃に人生の死と呼べるような人とやっぱり出会わなかったことがありますね。
なるほどね。
まあ、出会えなかったからこそ、本を読み始めたっていうところもあるんですけどね。
なるほど。じゃあ、本がメンター代わりみたいな感じですか?
そうですね。あの、ここの頃のクラスの担任がかなりマッチョ思考な勉強師で、本当僕、気が合わなくてですね。
卒業式の日に、彼がみんなに指揮書を配ったんですよね。
そこには、異人の名言が書かれてて、一人一人違うんですけど。
孔子だったり、アリソテルだったりね。
多分ね、自己啓発本で売られてるような名言集みたいなのから、抜き出したもんだと思うんですけど。
分かんない。
僕、呆れちゃって、もう家に帰ったらすぐ捨てちゃったんですよね。
やんちゃですね。
うーん。
まあでもね、たかんな時期ですからね。
まあね。ただね、今にして思うと大人気なかったなーって。
大人気ないんですけど。
で、もう何が書かれてたかって覚えてないんですけど。
もしかしたらね、意外と僕の短書なんかをね、彼から見たとか見抜いててね、
言葉を選んでくれてたかもしれないなーっていう。
まあだから、なんでこの言葉なんですかぐらいね、言葉を交わせばよかったかなーっていう。
まあ、要はね、僕自身がオープンマインドじゃなかったっていうところも、
恩師運に恵まれなかった要因かなーなんて。
まあ今になってちょっと反省ともあるんですけど。
なつさんどうですか?思い出の恩師とかいます?
いや、僕もね、残念ながらっていう感じなんですよ。
今になってみればね、特に大学時代、アカデミアとの向き合いっていうのはね、
しっかり作っておくべきだったなーって思うんですけど。
残念ながらほとんど学校に行ってないんで。
テレビ局でバイトしてましたからね。
まあ人との出会いってだからお互いの心の開き具合でね、関係してるのかもしれないですね。
そうですね。
で、今回ご紹介したのがまさにこの死と出し、あるいは人と人が出会うことについて、
深く考えさせられる一冊です。
こんにちは。ビビルジャムが始まりました。本日のプレゼンター、首都寿宮です。
こんにちは。本日ナビゲーターを務めます、ないとーじゅんです。
この番組は話題の新刊ノンフィクションをじっくり深掘りしていくポッドキャスト番組です。
今日も日本橋浜町のブックカフェ、浜ハウスからお届けします。
今日ご紹介するのはですね、永瀬海さんの著者、「僕と先生」という講談社から出ている本なんですね。
この著者の永瀬海さんですけど、1985年生まれのライター書評家で、
今、僕が個人的に注目している方なんですけど、
男性ですか?
男性ですね。この本が初めての短調になるんですね。
僕ね、その人の初めての本は必ず読むようにしてるんですね。
デビュー作にはその人の原点があるって言いますし、
結構ね、新人の良い人を見つけるのが好きですよね。
タイトルにある先生とは誰かということなんですけど、
これ、批評家の加藤則寛さんなんですよね。
加藤さんは1948年生まれで、2019年に亡くなられた思想家ですけど、
03:04
日本人にとって戦後とは何かっていうのを考え続けてきた方で、
彼が亡くなって7年経ちますけど、
やっぱり時代が今ね、新しい戦前に突入したなんてことも言われてますから、
加藤さんの残した言葉の重要性ってますます高まってるって感じなんですよね。
著者の長瀬さんと加藤さんはかなり親しい関係だったってことですか?
長瀬さんは学生時代から社会人になって、
加藤さんが亡くなるまで14年間に渡って親しく付き合ってきたんですよね。
この本ではその14年間を年代規的に振り返りながら、
先生である加藤さんから受け継いだ言葉を通して、
批評とは何かっていうのを非常に深く考えた本になってます。
14年もの交流となると、確かに師弟関係という言い方がぴったりくるんですかね。
そうですね。ただですね、加藤さんは師弟という表現を絶対に許さなかったんですよ。
長瀬さんのことをいつも若い友人って呼んでたそうなんですよ。
若い友人。一見すると加藤さんの奇策で素敵な人柄を示すエピソードみたいな感じにも聞こえますけど。
そう思いますよね。
でもね、著者の長瀬さんはそこを単なるいい話で終わらせないんですよね。
加藤さんがそういうような振る舞いをしていた背景には、
若い頃に全教頭運動で挫折した経験があったというのを指摘してるんですよ。
全教頭運動の挫折。コンプレックス的な。
そうですね。加藤さんといえばですね、
僕っていう一人称の文体を結構早く使ったことで知られてるんですけど。
社会学者でフェミニストの上野千鶴子さんなんかは、
過去にですね、男性が僕っていう一人称で、
要は公について語るのって甘えの姿勢だっていうのを批判してたんですね。
ずっと僕って書いてきてる。
そうですよね。僕らね、ほんと使ってるんですけど。
ただ加藤さんに関しては例外で、
僕っていう私的な認証を使いながら、
その世界に留まらずに公のことを書こうとしてる。
高く評価してるんですよね。
なるほど。文体を定めるってことで、
思考の幅を広げる規定を作っていったみたいな。
そういう感じですか?
そうですね。
この私と公の関係は、
加藤範博という批評家を考える上で、
非常に大事なポイントになるんですけど。
学生時代の加藤さんに話戻すとですね、
この頃の加藤さんがこだわってたのが、
東大の文学部の不当処分問題っていうのがあって、
学生ホールの利用をめぐって大学側と学生が対立したんですけど、
ある学生が無期定額処分を受けるんですよ。
大学がその処分を下した理由としたのが、
学生が教官のネクタイを掴んでですね、
胸ぐら掴んでバリゾーゴンを浴びつけた行為が、
指定のモラルに反するっていうものだったんですね。
つまり大学側が示した抑圧的な正義を正当化する理屈として、
指定っていう言葉を使ったわけですよね。
だから加藤さんが指定関係に強い抵抗を示したのは、
06:01
この体験があったからで、
彼はあえてその使徒などの役割を放棄していたということですよね。
なんかね、すごくその話聞くと、
今どきの令和の上下関係みたいな、
そういうのを先取りしていたみたいな感じにも聞こえますね。
善協と温度は後の加藤さんの人生に決定的な影響を与えていて、
若かりし頃の加藤さんの思想っていうのは柔軟性が欠けてて、
彼自身の言葉を借りれば硬直した気まじめさによって
身動きが取れなくなっていたと。
たぶん当時運動に熱心にのめり込んでいた学生ごとそうだったと思うんですけど、
そんな中でも違う選択をした学生もいたんですよね。
ある同級生が、ある同人誌にですね、
善協と温度からの決別宣言みたいなのが入って、
善協と温度ってもはや戦う意義を失ったのに、
その事実を見つめて構造転換とか方向転換することを避けて、
これまでのスタイルを続けていると。
だから自分はそういう善協と温度的な正しさから離れるんだみたいなのを述べてて、
これが加藤さんが非常にショックだったわけですよね。
非常に冷静で客観的な現状認識。
でも当時の加藤さんってこの同級生のような認識には至らずに、
硬直した正しさから結局逃れられなかったと。
結果歴史的にも我々はよく知っているように善協と温度は敗北して、
加藤さんは大学院の試験にもちて東大を去ることになるんですよね。
ただこの挫折があった頃こそ、後に加藤さんは敗戦後論という、
非常に議論になった本がありますけど、
その中で過誤性、誤り得ることが正しいことより深いんだという姿勢を唱えるようになるんですね。
この時点でまだこの本の第一章なんですよね。
じゃああれですね、単なる思い出話じゃなくて、
第一章から加藤さんというのは思想家の本質にグッと深くディープダイブしていくようなイメージですか。
いきなり飛び込んで過ぎ始めるのかと思ったら、もう深くまで潜水していくようなね。
出てこない。
読み始めてこれは相当でも充実した読書になりそうだなってワクワクしました。
長瀬さんと加藤さんの出会いのきっかけはどういうものだったんですか。
長瀬さんは2005年に早稲田大学の国際教養学部に入学して、加藤さんのゼミに入るんですね。
ゼミ制なんだ。
初回の授業で示されたテキストが、夏目漱石の心と村上春樹のノルウェーの森と、
それから鶴見俊介の戦時期日本の精神史という本と、
それから三田宗介さんの現代社会の理論の4冊だったんですね。
いいラインナップですね。
そうですね。
しかもね、ただ漫然と読むだけじゃないんですよね。
この本にはノルウェーの森をどう読み解いていったかが書かれてるんですけど、
この授業がすごくて、作品のあらすじだけじゃなくてですね、
詳細な年表を作成して、作品の中で主人公の僕が歩いた早稲田の緻密な地図を描いて、
登場する音楽とか洋服の色まで徹底的に洗い出していくんですよね。
09:00
でも今でいうとオタクの人たちが聖地巡礼とかしてね、
先生のアプローチにも似てます、通じるとこありますよね。
学生なんかは文学理論なんて知らないわけですからね、18歳ですしね。
そもそも作品を解釈する行動を持ってないんで、
ただこうして作品を解体する作業を通じて、
村上春樹さんが見落としじゃないかこれって発見したりとか、時系列が合わないとかね。
あるいは逆にこの見落としはもしかしたら意図的な仕掛けかもって推測したりとかね。
作品を深く読むってのはどういうことか学んでいくんですよね。
長瀬さんにとっても非常に刺激的な楽しい体験だったみたいですね。
面白そうって思うのは今だからこそですよね。
そうですね、当時僕らフラフラしてました。
そんな授業をする加藤さん自身もね、かなり面白そうな人ですね。
そうですね、人となりが分かるエピソードがあるんですけど、大学院に落ちた加藤さんは国立国会図書館に就職するんですよね。
カナダのケベック州に部任したことがあって、
フランス語圏ですから、フランス語で仕事をせざるを得なかったらフランス語できるんですけど、
実は英語は全然できなかった。
ところがこの早稲田の学部って、当時の国際教育学部って授業が英語だったらしいですね。
そこで加藤さんは早稲田に部任する前に、カナダの語学学校へ英語の特区に行くんですよ。
今だったらフィリピンにね。
セブ島とかね。
大学教授が学生に混ざって語学学校へ。
語学学校で日本人学生に遭遇して、そしたらその子が
え、私の学部の先生になる人じゃんって言われたりして。
後の生徒がいちゃって。
だから英語が得意で来てる、英語をさらに磨こうとしてきてる若い学生の前で、
堂々と恥かいてるわけですよね。
だからそんな大学教授がいるんだって驚いたんだって、その時の学生は後に長瀬さんに証言してるんですよね。
ひとごらが忍ばれるエピソードですね。
先ほど加藤さん、長瀬さんのことを若い友人と呼んで、指定関係を否定したという話がありましたけど、
そのベースにはやはり人は対等であるという信念があったとかそういうことですか?
そうですね。結構長瀬さんここでソクラテスの話なんかも書いてるんですけど、
ソクラテスのスタンスと通じるものがあったんじゃないかなと思います。
ソクラテスって、私は未だかつて何人の死となったこともありませんって言ってるんですよね。
経緯によりかがらずに自分の頭で考えようってする人間にとって指定っていう枠組みって、
対話を阻むね、障害でしかないっていうことで。
やっぱり哲学的な探究と同じ平場に立つことで初めて可能になるんだっていうことですよね。
だからあくまでも対等なこととして向き合うってことですね。
でも対等な故障とか関係を心がけても、どっかしらなんか本当に実際の関係って本当の対等にはならないじゃないですか。
それは結構奥深いですよね。
加藤さんの方がものすごい批評家なわけですしね。
12:03
加藤さんの姿勢っていうのは、まず自分で考えて、どう考えてもこれだけは確からしいって感じるものを見出す気持ちですね。
そしてなぜそう感じるのかの中身を探っていくと。
この私を起点とする思考、私から始まる思考こそが加藤さんの批評の出発点で。
だから外にあった正しさとか理念に囚われて失敗した全共同論の反省から、自分を失わずに生きる。
世界を内在的に自分の内側から考えることの大切さをよく知ってたっていうことですよね。
ただ内在的にものを考えるのはいいんですけども、それだけだと自分の中だけに留まっちゃうというか、主観に過ぎないっていう危険性はないんですか。
そうそう。まさにそこ重要なんですけど、内在的な思想だけでは他者と衝突することがないじゃないですか。
だから自分の中から生まれた思想が他者とぶつかって摩擦とか屈折を経験することで、それが関係の思想へと変わるっていうんですよね。
加藤さんはこのプロセスをちょっと独特の用語なんですけど、線路を切り替える列車の用語を使って点鉄って呼んでるんですよね。
転がるにね。
そう。輪立ちみたいなやつなんですけど。
他者との衝突を経て思想を点鉄させて、世界に対する新たな認識を得ると。
この道筋をたどらないと思想は変なふうに必ず過ちを犯すし、間違ったこと自体も気づけないっていうふうに考えてたんですよね。
例えば相談されて一生懸命アドバイスしたら、「まず話聞いてほしかったのよ。」みたいに言われるみたいに。
自分では新説のつもりだったけど、相手に言われてその新説自体を考え直すとか。
自分のことを改めて考え直すみたいなね。
これでもだからこの本のタイトルは僕と先生っていうふうになってるんですかね。
そうですね。あるかもしれないですね。
さらにね、この本の素晴らしいところを言うとですね、
書者の永瀬さんは加藤さんが十分に掘り下げたとは言えない私の弱さとか脆弱さにも目を向けるんですよね。
加藤さんは私を起点とするところから思考を立ち上げようとしましたけど、
誰もが強く主張できるような私を持ってるわけじゃないじゃないですか。
愚じゅい悩むし、ただしさんの前に不安を感じるみたいなね。
たぶんちっぽけな人間の方が多いと思うんですよね。
そうした人間の弱さに寄り添って、自分肯定しながら言葉を獲得していく力が批評なんじゃないかっていうのを実は永瀬さんは言ってて。
要は先生から受け継いだものの胸に、加藤さんの思考のさらに先へ歩みを進めようとしているところが非常にいいなと思いますね。
そもそも加藤さんの思想のルーツには誰が影響を受けた人っているんですか?
大きな影響を受けたのは鶴見俊輔ですよね。
加藤さんは国立国会図書館時代にカナダに派遣された時に現地の大学に招かれていた鶴見さんと会うんですよ。
15:05
当時学生運動に雑説した加藤さんは、最初はリベラル知識人の典型みたいな感じで鶴見さんのことを持っていて、興味なかったらしいんですけど。
実際に会ってみたら決定的な影響を受けるんですよね。
どんな点に惹かれたんですかね?
まさに鶴見さんがやっぱり謝ること、間違えることに可能性を見出していたからなんですよね。
さっきゼミの出読書にも加藤さんが出た鶴見清介の戦時期日本の精神史っていう本なんですけど。
これは戦前とか戦中の転向問題を扱っている。
日本の思想ってそれまで本来緩く柔軟だったのに、ある時から結構硬直化しちゃって。
戦争時代くらいから。
そうですそうです。まさに泥沼の戦争へ突き進んじゃったと。
ただ鶴見さんはその過ちを単に悪として切り捨てるんじゃなくて、間違いの中に含まれている真実の方が、真実の中に含まれている真実より我々にとって大切だって述べてるんですよね。
えー、間違いの中にこそ真実がある。
そうですね。これ言ってみたら間違い主義みたいなワードで言えると思うんですけど。
加藤さんはこの鶴見さんの間違い主義の数少ない正当な後継者だって言えると思うんですよね。
ちなみに加藤さんね、普段温厚な人なんですけど、やっぱり本気の思想の熱みたいなのを発した瞬間ってあって。
そうですか。
この長谷さんも受けたある日の授業でね、学生が戦争を早く終わらせるためには原爆投下も仕方なかったって発言したらしいですね。
はいはい。
周囲の学生もね、ちょっと同調するような感じだったらしいんですって。
そしたらこの時ね、長谷さんが14年間授業で見たことないくらいキレたらしいんですよ。
えー、加藤さんキレたんですか?
謝ることに可能性を生み出すって言ってるんですか?
もうね、手をブルブル振らして声を振らして、「君たちはそれでいいのか?」と。
この場に被爆者その人がいたらどう思うんだみたいなね、どうなって。
だからまぁ、冷笑したり呆れたりするんじゃなくてね、若者に本気で怒るっていうね。
やっぱりその姿に、結構長谷さんも本物の思想の温度を感じたみたいなことを書いてますね。
加藤さんの業績を語る上で、絶対に避けて通れないのがですね、1995年に発表された敗戦語論です。
この論考は発表当時、やっぱり元老会に猛烈な波紋を読んでですね、
加藤さんは実情を論断で孤立するんですよね。
例えば、空谷康人とか浅田明なんかの批評誌ですね、やってた批評空間という本がありました。
あの一派とかですね、サハリベラル勢力から激しい罰金を受けて、
さらにアメリカでも日本の思想研究の権威で知られるシカゴ大学のハリー・ハルトゥーニャンという人がいるんですけど、
その人が、たぶん原文正確に当たらないままに値がキャンしてですね、
なんかね、右翼の強人とまでこう言われちゃった、レッテルバレーをされちゃったんですよね。
なるほど。それほどまでの炎上を引き起こしたのは、どんな主張が原因だったんですか?
加藤さんって戦後の日本の構造を汚れとねじれっていう2つのキーワードから解き明かそうですよね。
まず汚れってのは何かってことなんですけど、日本の平和憲法って非常に崇高な理念を掲げてますが、
18:00
その執事をたどればですね、もう人類に対する最大の惨禍ともいえる原爆投下した当時国のアメリカから押し付けられたって現実があるじゃないですか。
つまり出発地に汚れがあるわけですよ。
それにねじれって何かっていうと、日本が汚れとか敗戦国を負けたんだという事実から目を逸らしてですね、
自分たちの手で敗戦国としての事故を確立しないまま、アメリカの傘の下で経済的繁栄だけを謳歌してきたと。
加藤さんはこのねじれっていうんですよね、これを直視して、
憲法についても国民自らの意思でもう一回やっぱり選び直すプロセスを経るべきじゃないかっていうのを提案したんです。
結局同じ憲法になったとしても、自分たち選び直すってことに意味があるってことですね。
でね、最も激烈な反発というか論争を巻き起こしたのが死者の追悼をめぐる問題提起だったんですね。
さっき話したように、加藤さんはまず自分の中でこれだけは確からしいという規定からね、
考え始めるという姿勢をつられていたと言いましたけど、
これをね戦後の死者の追悼へと与えられた時に、
加藤さんはまず自国の生死者をちゃんと痛むことから始めるべきだと。
その哀悼のプロセスを経た先にしか、日本が侵略して被害を与えたアジア諸国の2000万人の死者に対する真の追悼とか謝罪はありえないって言ったんです。
まず自国の生死者からっていう順番にどういう反発が?
批判派はですね、加害国である日本がまずアジアの被害者に謝罪してツイートするのが筋だろうと。
民主の生死者を優先するのはナショナリズムの肯定だと。加害者の稲割りだみたいな。激しく急断したわけですね。
要するに、簡単に言えばよそ様に迷惑かけたんだから、まず先にそっちに頭下げるのは道理だろうっていうことですよね。
だから地面だけ追うとね、双方の主張が真っ向から対立しているように見えますね。
そうですね。ただまあ、その論考が発表されて30年以上経過した今ですよ。冷静に振り返ると、両者の議論って決定的にすれ違ってたと思うんですよね。
批判する側が見てたのは、やっぱり議論の出口、アウトプットの方で、自国の死者を優先するっていうところを捉えてナショナリズムに回収される形で出ましたけど。
でも加藤さんの問題意識があったのってやっぱり入り口の部分なんですよね。
思考の入り口?
はい。戦争に負けるってことは、その国の人々にそれまでとは異なる分裂した時間を生きることを強いることなわけですよ。
だって天皇はそれまで神だったのに、実は人間でしたっていうね。180度変わるわけで。
だからっつって、全部間違ってましたって前の時代を切り捨てるとどうなるかっていうと、国家を信じて死んでいった自分たちの親戚とかいるわけじゃないですか。
そういう人たちを全否定したまま、やっぱり自分たちだけ繁栄を謳歌してるんじゃ。
やっぱり日本人の内面って、ジキルとハイドみたいに乖離した状態に留まってしまうと。
だから自分たちを縛って否定しているこのねじりを自覚したいまま、いくら平和主義とかアジアへの謝罪とか訴えても、やっぱりその言葉にはどこか実感が伴わず、やっぱ空想なもんなんじゃないのっていう。
21:10
自分自身の足元に引き付けて、痛みを引き受けてね。
分裂した軸を統合して初めて、他国への真実の謝罪が可能になるっていう。
加藤さんが問うたのは、まさにこのいかにして主体的な言葉を獲得するかっていう切実な部分だったと思うんですよね。
いや、そこまで聞けばわかります。
なんか切り取られ方だったのかなって気がしますよね。
要は謝罪の言葉がちゃんと自分たちの言葉になってるかっていう、そこを問うてるわけですよね。
いやいや、まさにその通りですね。
ただね、この時は本当に加藤さんは孤立しちゃったんですけど、時を経て加藤さんへの評価も変わってきていて。
大きかったのは2015年以降ですね。
秘書家の東寛さんたちによって、敗戦後論が再評価されたんですよね。
さらに東さん自身が2023年に「訂正可能性の哲学」っていう本を発表して、コミュニティや社会が訂正する力を見つめ直したんですよね。
だから加藤さんも私を起点に間違えることの可能性はありましたけど、
東さんが得る訂正可能性、なんか地続きで繋がってるような、思いますね。
まあね、間違えましたってなかなか言いづらいですもんね。
ですね。あのね、強い言葉で正しさを押し付けてね、一度口にした言葉を絶対に撤回できない。
まあ、謝ったら死ぬ病みたいな人がね、本当最近SNSでもね、著名人でもよく見かけますけど。
やっぱそういう状況を見るにつき、この間違えることから出発する思想っていうのをね、
ぜひこの本で知ってほしいなと思いますね。
あとね、この本には思想的な議論だけじゃなくて、
加藤さんと長瀬さんの二人の人生の苦境も描かれてまして、
長瀬さんって大学院進学を希望してたんですけど、
実家に帰省した時にね、自営業をなさってるお父さんが、
お弁当屋さんでアルバイトしてるっていう、
そういう実は苦しい経済状況なんだと知って、
進学断念して、後に自分で働いてお金を貯めて入るんですけど、
その時はね、進学断念して、地元のケーブルテレビ局に就職するんですよね。
でもね、制作とかじゃなくて、完全に営業です。
オルマ営業なんですよ。
もうね、本当にかわいそうな。
現実の壁にだからぶつかったってことですね。
きついだろうなあっていうね。
一方の加藤さん、さらにつらくて、
息子さんを不良の事故で亡くすっていう、もう壮絶な経験と言われるんですよね。
また、東日本大震災と福島第一原発の事故っていうね、
これまでの加藤さんの思想では立ち打ちできないような、
人類史的な惨劇みたいなのを直面して、
2人それぞれが苦悩の中でいかに考えることを手放さずに生きたかみたいなね、
そのドラマも非常にこの本の読みどころでしたね。
ではですね、ここで指定関係とか恩師の思い出をテーマにした関連書を、
今日は2冊紹介します。
1冊目なんですけど、
モリー先生との火曜日というミッチェルアルバム著ですね。
24:04
これ指定関係を描いたノンフィクションとしては世界的に大ヒットした本で、
著作はスポーツコラムニストで有名なミッチェルアルバムなんですけど、
難病のALSに侵された恩師のモリー先生と、
卒業から16年分に再会するんですけど、
毎週火曜日に人生の意味について、
14回だったかな、最後の講義を1対1で受けるという物語なんですよね。
もう名作ですね。
そうですね。
これはニューヨークタイムズのベストセラー1位に4年間。
4年間、すごいですよね。
電動入りぐらいの。
2冊目なんですけど、ちょっと変わった視点から、
夏目漱石の弟子である内田百家の図筆を紹介します。
これ漱石先生、臨終期って言うんですけどね、
本は追加の筆、百家園追悼文集っていう中古文庫の中に入ってますけど、
やっぱり弟子の理想の姿って、師匠の劣化コピーになっちゃダメだと思うんですよね。
独自のスタイルとかね、先生に学んだことを受けて確立することにあると思うんですけど、
まさに内田百家ってそういう人だなと思うんですけど、
これね、漱石が亡くなって20年後、
内田百家が大石の亡くなった年に近づいた頃に描かれたものなんですよね。
百家らしいユーモアと哀愁があるんですね。
そうなんですよね。漱石のデスマスク撮った時の話とか、
遺体が解剖された時の話とかね、出てくるんですけど、
笑っちゃうのは、漱石が亡くなった日に、
岩波商店の創業者の岩波CEOが駆けつけるんですけど、
便所に落ちたらしいんですよ。
便所に落ちたことを何人かに見られてたんだけど、
今度酒を飲むから黙っててくれって言われたんだけど、
その後、おごんなかったからみんなが揺らしたっていう話が出てきて、
しょうもない。
笑える話も出てくるんですけど、
でも最後に描かれる漱石の隣住の場面って非常に淡々と下次世代が描かれてて、
逆に胸に迫るんですよね。
面白そう。
今回は指定関係とは何か。
人と出会い、言葉を受け継ぐとはどういうことかというところを考えさせられましたね。
僕自身は全人格的に影響を受けるような恩師に出会いませんでしたけどね。
でもたまに仕事で出会った人とかからね、
例えばある大学教授なんですけど、
その人がまさに自分のゼミ性のことについて言ってて、
教育っていうのは学生たちが私を批判できる力を身につけられるように手助けすることなんだみたいなことをおっしゃっててね、
こんな人に教わりたかったなって思ったことがありますけどね。
だからね、教わる側の視点だけじゃなくてね、
教える側になった時の視点としてもいろいろな資素が得られるような一冊ですよね。
師の導きで成長した人はやがて自分の足で歩み始めるわけですけど、
僕と先生の著者、永瀬海さんも、
自分にとっても最も確からしいことから自身の歩みを始めていて、
僕にはこの2人の関係ですかね、14年間の。
27:02
結構眩しく感じられましたね。
はい、ありがとうございました。
ビビリウージアム第40回いかがだったでしょうか。
ノートにビビリウージアムのマガジンがありますので、
番組の感想などもお寄せいただけると嬉しいです。
本日のお相手は、プレゼンターの首都純也と、
ナビゲーターの内藤純でした。
それではまた次回お目にかけてみましょう。
27:22

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