ゲームの存在意義
皆さん、おはようとんじょう!
もはやあれですね、叫びすぎて何て言ってるかわかんないでしょうね。
改めてですね、おはようとんじょう。
ようとんじょうで、おはようで、おはようとんじょうでございます。
野々しいロマコ様へのお仕事と、ゲームが大好きなBGです。
この番組は、ロマコ様へのお仕事とか、メタバースやゲームについて話すポッドキャストです。
突然ですが、これを聞いてくださっている皆さん、皆さんにとって、ゲームというのは一体どんな存在ですか?
人によっては、単純にやっていて楽しいとか、自分の余暇の時間に遊ぶためのアイテムだとか、
あとは、ちょっとやってると罪悪感あるから仕事をはかどらないし、あえてやってないんだよねとか、
そういうかと思っている方、いらっしゃると思うんですけども、
いろんな思い方が、捉え方があって当然いいと思っているんですが、
僕は当然ゲームが大好き、大好きなんですけども、
今の僕のゲームを楽しみまくるっていうゲームライフを送れるようになるまでは、それなりにいろいろあったんですよね。
だから、今の僕にとってゲームってどんな存在なのかとか、
かつての僕にとってはどんな存在だったのかっていう話をちょっとしてみたいと思います。
過去のゲーム観
今の僕にとってはゲームは生きがいですよ、生きがい。
ゲームをするためだけに僕は生きております。
ゲームをするために本業で稼ぎを作って、
ちゃんと生活、食いぶちを稼いで、その上でゲームをして人生を充実させている。
そんな今を過ごしているんですけども、
かつての僕にとってはゲームってどんな存在だったのかというと、
かつての僕っていうか、だいぶ最近の話なんですけども、
ゲームっていうのは悪だと思ってました。
やらなければやらないほどいいと思ってましたね。
だってゲームをやっても、例えば学生の頃だったら当然勉強が本分、学業が本分なので、
自分の成績を学科、学業における成績を上げるっていうのが一番の目的だったんですけども、
ゲームをやっていたらそれの妨げになるじゃないですか、当然。
もちろん長い目で見たらゲームをしたことによって得てきた知識とか経験っていうものが、
学業に活かせないこともないはないんですけども、
普通にですね、数学の問題集でもやっていた方が学業の力っていうのはついていくわけですよ。
で、その分の時間っていうのは当然ゲームはやればやるほど削っていってしまうので、
ゲームは悪だと思ってました。
悪だと思っていたというか、それでもついついやってしまうのがゲームなんですけど、
やっぱりやってしまった後は、あーしまった、勉強する時間また今日もゲームして潰しちゃったよっていう罪悪感に被災に生まれる。
そんな存在でしたね。
そして学業、学生生活が終わって就職しましたと。
社会に出てですね、自分の食い口は自分で勝てるようになってからも、
ゲームっていうのはやっぱり罪悪感のある存在でした。
もちろんついついやってしまうゲームっていうのはいっぱいあったんですけど、
やればやるほどですね、やっぱりその仕事に影響が当然出るじゃないですか。
仕事っていうのはやっぱり時間かければかけるほどパフォーマンス良くなっていくっていうのは言い過ぎかもしれないんですけど、
でもまあ仕事を中心にするのであれば、当然あらゆる活動は仕事のためになっていた方がいいと思っていて、
例えば交流を深めるためにゴルフをやるって人いると思うんですけども、
ゴルフは悪くはないですよね。
結構社内でゴルフコンペとか、
ゴルフでプライベートですね、社員さん同士、同僚同士で集まって交流を深めたりすることもできますし、
そして何より体を動かすスポーツなので結構健康につながってきますよね。
そして自分のこの健康、フィジカルが健康になることによって仕事のパフォーマンスは分かりやすく上がっていくものなので、
ゴルフはいいでしょう。僕はコスパ良くないと思ってるので。
めっちゃお金かかるんですね、ゴルフって。
めっちゃお金かかるからちょっとやってすぐ辞めたのですけど、
揃えた道具全部後輩に譲ってもう辞めてしまいました。
そうはいっても3年ぐらい続けてたんですけど、3年続けて全部道具は後輩に譲りました。
それはそれで良かったかな、良い経験になったのかなとは思ってはいるんですけど、
でも自分に合わなかったんですね。
まあまあそれはいいです、それはいいです。
それはいいとして、スポーツ系はいいですよね。
フットザルなんかも結構社会人の間ではよくやられてるかも。
それらと比べるとやっぱりゲームをしているっていうのは、
その仕事に活かすのが難しい時間だと僕は当時は思っていましたし、
当時勤めてて会社の中ではそうでした。
もちろんこれは会社によって違うと思います。組織によって全然違うと思いますよ。
例えば今で言うとフォートナイト、フォートナイトなんていいですよね。
すごくいろんな人と仲の良くなりやすいゲームなので、
フォートナイトをコミュニケーションツールに使って社内を円滑に進めているっていう、
社内のコミュニケーションを円滑にしているという組織は全然あると思います。
思いますが僕が勤めていた会社ではそういうものはなかったので、
やっぱりゲームをすればするほど仕事に活かす時間というものが削られていくものだと思っていたので、
やっぱりプレイした後は、遊んだ後は罪悪感を感じていました。
ゲームの価値の再発見
今の僕にとってはどうなのかというと、
ゲームは素晴らしい存在だと思いますよ。
素晴らしいと思う理由が2つあって、
1つがまずは自分の人生を充実させることができるツールである。
そしてもう1つはすぐに人と仲良くなることができる。
そんなコミュニケーションツールでもあると思っております。
2つそれぞれ説明していこうと思うんですけども、
まずは単純に自分の人生を充実させることができるのはなぜなのか。
楽しいからですよ。
楽しい。
ゲームっていうのはほとんどのゲームがその人をプレイしてくれる人を楽しませるために作られているので、
当然楽しいんですよ。
ゲームが導くままにプレイしていくだけで最高に楽しい時間を過ごすことができるんですよ。
そしてコスパがいいなっていうのも結構大きな魅力だと思っていて、
どんないいゲーム、フルプライスのゲームだったとしても、
1本1万円もあれば買えるのですよね、大抵のゲームっていうのは。
そしてその1万円のゲームでどれくらいの楽しさを得ることができるのかというと、
平気で1ヶ月ぐらいは時間を使いまくれるぐらいそういうゲームが大体1万円ぐらいだったりするんですね。
もちろんセンサー判別というか玉石混合ではあるんですけども、
例えばドラクエイレブンとかそういった名作だったら間違いないでしょ。
そんな感じ。
これはですね、やっぱりプレイすると分かるんですけど、
このゲームに一体どれだけのコストが注ぎ込まれているのかっていうのも感じられるのが、
僕は好きなところの一つです。
自分一人じゃ到底作り上げることができなかっただろうゲームが、
なんと1万円もあったら買えてしまう。
何ならですね、1000円で買えるゲームでもその体験を得られることって結構あるんですね。
そんな時間と資金がというですね、
そのコストが注ぎ込まれたゲームをこんなに手軽に楽しむことができる、
こんなコストパフォーマンスがいいことはないですよ。
これはですね、映像作品でもよく感じていることで、
例えばアニメとか映画とか、
ものによってはすんごい映像美の作品を作られているところってあるじゃないですか。
そういったものを見ると、すごいなんかいい時間過ごしてる、
すごいコストパフォーマンスがいい時間過ごしてるなって感じますね。
どれだけの時間がここにこの作品が込められているんだ、
注ぎ込まれてるんだろうっていうのが感じられると分かりやすくですね、
自分の人生よくなってるなって、これ見といてよかったなって感じられますね。
それがやっぱりゲームはより感じます。
ゲームの方がむしろコストパフォーマンスがいいと思います。
映画って1本見ると確か2000円ぐらいすると思うんですけども、
ゲームはですね、繰り返し、もう1回買ったら繰り返し何度でもプレイすることができて、
その時の体験というものを得ることができるので、
ゲームのコストパフォーマンス
やっぱりコストパフォーマンスは段違いだと思いますね。
何ならコストパフォーマンスが良すぎて、
この消費者側の我々が大してお金払ってないのに楽しさを享受しすぎているというか、
そこはクリエイター側、メーカー側は大丈夫なのかなって常々思いますね。
だって昔からゲームの値段って大して変わってないじゃないですか。
大体1本6000円から1万円ぐらいでソフトを買うことができていたんですけど、
多分その1本のソフトの開発にかけるお金っていうのは爆上がりしていますよね。
昔のゲームと昔のドラクエと今のドラクエ比べたら映像日もシステムも全然レベルが上がっているはずで、
上がれば上がるほどそこに込められた、注ぎ込まれた時間とか資金力っていうのは全然違うはず、
段違いなはずなんですけど値段はあまり変わってないみたいな。
だからゲームメーカーさんたちは大丈夫かなって常々思ってますし、
実際結構大変らしいですね。
ありがたい限りではあります。
Fortniteを通じたコミュニケーション
そしてもう1個の話、すぐに仲良くなれるコミュニケーションツールでもあるっていうのは、
最近常にというか特に感じるようになったゲームの良いところだなと思っております。
これ具体的にはですね、最近だと僕はFortniteでよく感じているんですよ。
BGLコミュニティの中でFortnite交流会というものが定期的に開催されていて、
僕も先日参加させていただいたんですけど、すごく良かったです。
初めてその時のFortnite交流会というのは、
Duoというですね、2人1組になって戦うルールで参加することになっていたんですけども、
初めてなったんですよ、そのペアになった方っていうのは。
初めましてから入ったんですね。
初めましてからペアになった方と交流を始めて、
そして練習を2回だけさせていただいて本番に挑んだんですけども、
いや本当にこれ仲良くなれたっていう言い方を僕からしてもいいのかどうか、
ちょっと自信がないところではあるんですけど、
やっぱりそれを恐れずに言うのであればすぐに仲良くなりましたね。
これ僕が思うに、良い仕事を一緒にチームでこなした時と
同じぐらいの効果が得られてるんじゃないかなって気がするんですよ。
仕事でもゲームでもここは一緒だと思うんですけど、
一つの目的があって、その目的を叶えるために、
目的を叶えるために、目的を叶えられる自分に近づけるために
練習とか準備とかをしたりして頑張るわけじゃないですか。
その体験っていうのがゲームの中でも仕事でも、
ゲームの中でも仕事を一緒にした時と同じような体験が
疑似体験できてるなってすごく感じたんですね。
良い仕事ができた同僚っていうのはなんかすごく
もう戦友みたいな仲の良さっていうのが得られるじゃないですか。
戦友って呼べるぐらい信仰が深まると思うんですけども、
それがフォートナイトでは同じような感じが得られていたと思います。
そしてなおかつ仕事よりも、仕事だと当然お金とか
上司の評価とかいろんなものが関わってくるんですけども、
ゲームはそんなことがないので、別にこれが上手くいこうが
優勝できようができないが、別に失うものは特にないわけじゃないですか。
だから殺伐としてないんですよね。
でもゲームっていうのは楽しむことが目的だったりするので、
全力で勝ちに行くわけですよ。
全力でその目的を叶えるために一緒に頑張れるわけなんですね。
だからこれ仕事ほど殺伐してないけど、
でも仕事と同じぐらい、仕事を一緒にしたときと
同じぐらいの効果が得られてるなと思って、
すぐにこれは仲良くなることができる素晴らしいコミュニケーションツールだな
っていうことを感じました。
これはフォートナイトだけじゃなくて、
いろんなゲームでも同じことが言えると思います。
これは良いですね。楽しいですね。
やっぱりゲームって良いなって最近つくづく感じておりますので、
かつてはですね、僕はやっぱりゲームをやる時間っていうのは
使えば使うことを罪悪感に苛まれる。
そんなちょっと暗い時間だったりしたんですけど、楽しいんだけど
でもこれをこなす時間で仕事を進めてた方が
もっと幸せな自分になれたんじゃないかっていう
罪悪感みたいなものを感じていたんですけど、
今は全然そんなことないです。
かつてはそうだったから、ゲーム大好きだけど
ゲームをやる時間は削った方がいいって思っていたのですけども、
今は逆で、むしろそんな楽しいゲームをしたいがために
僕は仕事頑張っていたんじゃないのかと思って
ゲームはですね、存分にやるようになりました。
もちろんなった上で仕事はちゃんと進めていかなきゃいけないと思って
頑張ってはいるんですけども、前よりはですね、
ゲームに対して罪悪感を感じることもなくですね、
ゲームをむしろ生かして、より幸せな自分になっていこうと思っております。
そんな、大丈夫かな、これちゃんとまとまってない状態で話しちゃったから
この僕のゲームに感じている何かみたいなもの、楽しさとか
価値っていうものを伝えられたか若干自信はないんですけども
今日はこの辺にしておきたいと思います。
最後まで聞いてくださりありがとうございました。バイバイブー!