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2026-01-25 11:10

#460【依談】雑草【リクエスト】

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紹介SCP/Tale


タイトル: 雑草

作者: kei_comet

ソース: http://scp-jp.wikidot.com/nameless-weeds

ライセンス: CC BY-SA 3.0

作成年: 2023


SCP財団とは: https://ja.wikipedia.org/wiki/SCP%E8%B2%A1%E5%9B%A3


©️SCP財団 http://ja.scp-wiki.net/


BGMタイトル: Farewell

作者: H.Lang

作者ページ: https://dova-s.jp/_mobile/_contents/author/profile459.html

DOVA - SYNDROME楽曲リンク: https://dova-s.jp/_mobile/bgm/play19024.html


1・5・9・13・

17・21・25・29日更新予定


#SCP #SCP財団 #podcast


【活動まとめ】 https://lit.link/azekura

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サマリー

このエピソードでは、雑草の定義やその強靭な生命力について語られます。特に、村の子供たちとの思い出を通して、雑草の象徴的な意味が探求され、成長や別れの感情が描かれています。

雑草の定義
テイル、JP
依談
雑草
雑草とは
1.いつの間にか人間の活動権に根付き、人間と生活を共にする雑多な草花のこと
2.生命力の強いことのたとえ
3.名前のわからない、または知る価値もないと判断した道端の草花のこと
私の生まれた村では、私が子供の頃から架足が進んでいました。
というより、そもそも初めから人口が少なくて、しかも高齢化の影響で子供を埋める人が全然いなかったんですよね。
とはいえ、いつもたくさんの子供の声が響き渡るとても平和な村でした。
山間部にある小さな集落のようなところです。
じゃあ、なぜそんなに子供の多い村なのかって?
いやいや、移住してきたとかそういうんじゃありませんよ。みんなこの村で生まれた子たちです。
私が当時通っていた村の小中学校には、村全体の大人の数に対して同じくらいの年の子がたくさんいました。
教師が足りなくて、手の空いている大人が代わりを務めたこともありました。
普段遊んでくれる隣の家のおじさんが真面目に教師をしているなんて、なんだか面白くて笑いが抑えられなくなって。
教団に立って恥ずかしそうに微笑むあの表情が今でも忘れられません。
クラスメイトとは一緒に勉学に励んだり、先生が見ていない隙に変顔をして笑わせあって、バレてみんなの前で怒られたり。
休み時間には決まって校庭に鬼ごっこをしに行きました。
小学校低学年までは親に送迎してもらっていましたが、小学校中学年になってからは友達と一緒に帰るようになりました。
石蹴りとかランドセルジャンケンとか、ただの通学路があんなに楽しいものになるとは思いもしませんでした。
出席番号の代わりに配られたリンゴだったり猫だったりの各々のマークを自慢し合うこともありました。
幼稚園から中学校までそのマークで個人を識別する決まりになっていたんです。
喧嘩したことといえば、むやみに花を摘んでしまったり野原を踏み荒らしたりしてしまった時くらいですね。
あとはゲームのコントローラーの奪い合いだったりとか。
そういった子供らしいことで一騎一遊していたあの頃がとても懐かしいです。
中学を卒業するまでは村の外に出てはいけないという決まり事さえありましたが、そんなものを何も気にすることはありませんでした。
小規模ですが運動会や文化祭もあって、とにかくみんな仲が良かったです。
あの子たちがいて良かったと心からそう思いました。
楽しい学校生活でした。
卒業の日はとても悲しかったけれど、「こんなに狭い村です。またすぐに会える。」と最後は笑って別れました。
私は高校進学とともに村を出たので、あの子たちとはあれ以来会えていませんが、まあきっとあの村のどこかで元気にやっているんじゃないですかね。
雑草の成長と別れ
私には親と家、そして名前がきちんとありましたが、そうでない子たちは村全体で大事に大事に育てていました。
まだ生まれていない子たちには、「よく寝てよく育てよ。」とか、「そんな日陰で大丈夫なのか。」とか、それはもうみんな可愛がっていましたね。
確かそれを初めてちゃんと見たのは私が幼稚園の年長くらいの頃でした。
赤ちゃんなんて今まで見たことがなかったものですから。
ツヤツヤとしていて柔らかくて、なんだか触れただけで壊れてしまいそうで、大人に連れられて初めて見に行った時こそ驚きましたが、すぐに受け入れて見に行きたいと親に毎日せがんだものです。
中学卒業の時期か早い子だと小学5年生くらいですかね。
突然パーンと弾けるんです。
黒いつぶつぶしたものと、意識が飛びそうなほどに強く甘い匂いを漂わせる、よくわからない半透明のドロドロとした何かを周囲に撒き散らしながら、あの子たちは飛び散っていきました。
私たちはそれを卒業と呼んでいました。
そこら中に落ちた同級生だったものを拾い集めながら、一緒に遊んでくれてありがとう、また会えたら仲良くしてね、そういったことを泣きながら囁いたものです。
今でもはっきりと覚えています。
ぐちゃぐちゃした液体と固体の中間のように崩れた友達を両手でかき集めた時、
ああ、この子はもういつものように笑いかけてはくれないんだな、とか、あの愛おしい緑色の肌に触れることはできないんだな、とか、
まだほんのりと残る生温かさを感じながら、少しの後悔と寂しさ、そして同時に喜ばしい感情が込み上げてきました。
卒業はとてもめでたいことだ、と大人に連れられて見に行ったあの時に教わったので、
おめでとう、卒業おめでとう、と手のひらにへばりついた友達をぎゅっと握りしめて、新たな門出を祝福しました。
潰れてぐちゃっと鳴る音がなんだか最後の返事に聞こえて、
雑巾に引きずられて床に伸びていく友達を見て、私たちの心の中にもこのことの思い出が染み渡っていくような気がして、
一緒に過ごした思い出が走馬灯のように駆け巡っていきました。
思えばあれが私の初めて体験した身近な人の死でした。
服や顔、そして両手に友達をくっつけたままひどく甘い香りに囲まれて、私は泣きながら笑いました。
そうして拾い集めたものはすべて大人に渡すように決められていました。
でも、あの年頃の子供がそんな規則、守るわけがないですよ。
ほら、見てください、これ。
私の友達だったものです。
何に見えます?
そうですね、種です。
道路とか駐車場とか、ああいうアスファルトの割れ目からいつの間にかニョロニョロ生えてる雑草ってあるじゃないですか。
どこから来たのかもわからない。
名前もわからない。
変にたくましいあれです。
あの子たちはみんな雑草でした。
可愛らしいですよね。
小さくて力強いのに儚くて。
いつの間にか通学路にある田んぼの片わら、学校前の電柱の下、校庭の隅、庭に生えていたこともありましたっけ。
とにかくあの子たちはそういう子たちだったんです。
生まれは特別でも、私たちにとっては一緒に遊んだ友達で、可愛い可愛い子供たちなんです。
おそらく自然に生えてきたか、この種のようなものを大人たちが村中に撒いていたのでしょう。
見たことがあるので知っていますが、あれには生育段階というものがあるんです。
村の土壌が生育に適していたんですかね。
いつの間にやらそこらへんに芽吹いた小さな茎と葉が、少し見ないうちにニョキニョキと空に伸びて、
雑草ってやけに生命力が強いですよね。
あれらも例外ではありませんでした。
1ヶ月後くらいに、何と形容すればいいのかわかりませんが、淡い緑色した人のような形の実がなるんです。
茎の先端に薄い膜の張った実ができて、中身が透けて見えるのでわかりますが、たまに中でうごめくんです。
胎動ってやつですかね。人の頭より少し大きいくらいでしょうか。
膜が破れてポトリと地面に落ちた途端に産声を上げるそれは、まるで本物の人間の赤ちゃんのようでした。
それが見知った顔のこともありました。
そういう時、私たちはより一層それが愛おしく思えて、みんなで囲んで優しく頬を撫でて、「おかえり。」なんて囁くんです。
そうして生まれ落ちた実を村の偉い人が回収して村全体で育てていました。
肩でさえ刺激の少ないところでしたから、大人たちにとってきっとあれは変わり映えのしない日々の退屈を紛らわせる一種の娯楽品だったんだと思います。
皆さんも趣味で植物を育てることってあるでしょう。それと同じことですよ。
名前?ありませんしつけませんよ。雑草に名前なんていらないでしょう。
ありがとうございます。
11:10

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