「人間臨終図鑑」の紹介
こんにちは、こんばんは、shikadaと申します。 このチャンネルでは、普段実用書を作っている編集者が読んでよかったノンフィクションを紹介していきます。
ノンフィクションの隣で第5回です。 今回は特に前置きもなく、本の紹介に早速入ろうと思います。
今回紹介する本は、山田風太郎の人間臨終図鑑。 特務書店ですね。この本はどういう本かというと、
タイトルの通り、 人間の臨終、人間の死に様、
個々の東西、いろんな人の生き様死に様を集めて、 端的に紹介している本なんですね。
紹介の仕方が面白くて、 目次を見ると、
10代で死んだ人々、 20代で死んだ人々、
30代で死んだ人々、 30代からは少し細くなって、
31歳で死んだ、32歳で死んだ、33歳で死んだ、 というふうに、その人が亡くなった年齢でどんどん並べていくんですね。
この本は第1巻と第2巻があるんですけれど、 僕の手元にあるのは第1巻で、
第1巻は10代から20代、30代、40代で死んだ人々までを紹介してます。
第2巻は50代、60代で死んだ人を紹介していると。 その調子で第4巻まで出ている本になりますね。
僕、この本は確か3、4年前に手に入れたんですけれど、
毎年誕生日を迎えて、年を重ねるごとに、
その年の、例えば僕は今32歳なんですけれど、
32歳になったタイミングで、 32歳で死んだ人々のところを読むんですね。
例えば、32歳で死んだ人々、この本で紹介されている人は、
イエス・キリスト、坂本龍馬、リプシーローズ、
戦後の焼け跡で名を馳せたストリッパーの方なんだしんですけれど、
リプシーローズという方、それから若松芳典、この方は僕この本で初めて知ったんですけれど、
昭和43年頃の横須賀線の電車で爆発事件を起こした犯人の人、
そういう人たちが紹介されていて、どんなふうに生きてどんなふうに死んだのかというのが、
極めて簡潔に文庫本の1,2ページで紹介されているんですね。
一つ例を見せた方が早いかなと思うので、
一つ読み上げると、
アレキサンダー大王、33歳で死んだとされている人ですね。
この人がこの本でどういうふうに紹介されているか、読み上げてみたいと思います。
アレキサンダー大王、紀元前356年から紀元前323年。
このヨーロッパのアジア侵略の海賊は、アラビア遠征の準備中、バビロンで熱病にかかり、
10日間苦しんだ後、紀元前323年6月13日の夕刻に死んだ。
死ぬ前に将軍たちが、帝国は誰に譲るべきかと尋ねたら、アレキサンダーは答えた。
最もそれに値するものに、アレキサンダー大王にしては何だかつまらない言い言である。
死の2日前、すでに大王死すという風評が伝わって兵士たちが騒いだので、
寮室の扉を開け、兵士たちに武器を捨てさせて、下着のまま一人ずつ枕元を通過させて、彼がまだ生きていることを見せた。
これで終わりです。
非常に簡潔で、でもそれでいて、この著者の山田風太郎の人物評みたいなものも入っていて、
アレキサンダー大王にしてはつまらない言い言であるとか、かなり率直なコメントであったりとか、風詞の効いたコメントであったりとか、
そういうのが入っていて、その生き様死に様の描写とかとも相まって、読み物としてもすごく面白いですし、
歴史上の知らない人もすごいたくさん出てくるので、
こんな人がいたんだとか、こんな世界情勢があったんだみたいな、知らないことも多くて、そこも読んでいて、すごい新鮮なところですね。
「人間臨終図鑑」から学ぶこと
この本を読んでいると、いくつか感じることがあるんですけれど、
一つは、人間死ぬとその人の評価がある程度固まるんだなということですね。
例えば坂本龍馬のところ、坂本龍馬は私と同い年、32で死んだんですけれど、坂本龍馬に対してこの著者の山田風太郎がこう言うんですね。
もう少し生かしておきたかったと思われる人間は史上そう多くないが、坂本龍馬は確かにその一人である。
もし彼にもう10年、20年の生命を与えてやったなら、彼は明治大財閥の創始者となったかもしれない。
しかしその代わり、決して高台長く小説や映画のヒーローとはならなかったに違いない。こう言うんですね。
これで僕が思うのは、ここに書いてあるように坂本龍馬は若くして悲劇的な死を遂げたので、
それまでに成し遂げた功績も相まって、若くして亡くなった非常に惜しい人物を亡くしたという評価になったんだなということで、
これがすごく長生きした人間だと、生きている間に良いことも悪いこともやったり、
結構おじいちゃんになってから少し悪事を働いたり、断説をけがすなんて言葉があったりしますけれども、
人間が生きている間はいくらでも評価は変わるようだと思って、
死ぬとあらたやど固まるだと。もちろん完全に固まるということはないと思いますよね。
同じ人を見てもAさんはこの人は極めて革命的な英雄だと言うかもしれないし、
Bさんは悪質なアジテーターだと言うかもしれないし、
人の評価は完全に固まるということはないと思うんですけれども、
この人が死ぬと、その人がその後に何かをするとかそういうことがなくなるので、
評価がぶれる材料が少なくなっていくなということは思いましたね。
それから、読んでいて感じたことですけれど、
この本で紹介されているような人の生き様、死に様を見ていると、
すごい戦慄な生き方をしていて、何か自分に成し遂げるべきことがあって、
それに向かって一直線に進んでいて、成すべきことを成して死んでいったような、
先ほどの坂本龍馬君もその一人だと思うんですけれども、
そういう話を見ていると、相対的に我が身を振り返ってみたときに、
結構気をもなくぼーっと生きているなというふうに感じるんですね。
一方で、この本に出てくるような人は、記録に残るような歴史上の偉人、
教科書のような人とか、もしくは記録に残す価値があると判断されたような人たち、
ある種の外れ人みたいな人たちなので、そこは差し引いて考えなければいけないなと思います。
自分は極めて平々凡々な、おそらくこういう本に載るようなことはないだろう人生を生きていて、
それはフルデスブラフィックだなとも思うので、
こういう本に載るような偉人と比べて凹むことも別にないのかなと思い直したりもしますね。
臨死体験と生き方
それから、こういう本の中で見る死ですけれど、生の死ではないですけれど、
こういう人の死に様とかを見ると、逆にどう生きるかみたいなことを考えるようになるなと思って、
この本を読んでいるときに結構何回も思い出したのが、
僕が小学校から高校まで少林寺剣法を習っていたんですけれど、
少林寺剣法の先生の話なんですね。
これはかなり脱線しちゃうんですけれど、
少林寺剣法の先生が若い頃、特に目標もなくフラフラフリーターをして生きていた時期があったと。
その時期にあるときスキーに出かけて、スキーで滑ってるときに他の滑ってる人と勢いよくぶつかって病院に運ばれたと。
お医者さんが言うには、かなり頭を強く打っていて、回復できるかどうかはゴブゴブだねと。
率直に言って命の危機があるというような話をされたそうなんですね。
その先生は結構病室で考え込んじゃったそうで、
こんな風に何もせずにフラフラ生きてきて、ここで死んだとしたら俺の人生なんだったんだろうみたいな。
そんな風に考えてしまって、生きて帰れたら俺は何をするのがいいんだろうと。
そこで大学の時代に打ち込んでいた少林寺剣法の存在を思い出して、
もし生きて帰れたら少林寺剣法に打ち込もうと決めて、結果無事に回復できて退院できて、
少林寺剣法をその後打ち込んで道場を開いて、僕がその道場に行くわけなんですけれど。
その話を聞いて、臨死体験というんですかね。
死に限りなく近い体験をした人って、自分のこれまでの人生とか、残りの時間をどうするかとか、
生きることができたら何をしようとか、そういうことを強く考えるようになるんだなって、そう思ったんですよね。
自分自身が死にかけるというのは、本当に一番強い経験、生きる体験だと思うんですけれど、
今回紹介したような他の人の死を見ることでも、自分自身の死ほどは差し迫った当事者感のあるものはないんですけれど、
それでも同じ年齢で死んだ人の話を読むとか、そういうのを見ることで、かなり自分自身に近いものとして死を認識することができて、
その結果、さっき引き合いになったような、死にかけて俺の人生は何だったんだろうとか、
現代社会における死の距離
これから何をすべきなんだろうとか、そういうことを考えるきっかけになる、そういう力がこの本にあるなというふうに思いますね。
なので冒頭にもちょっと言ったんですけれど、僕は誕生日を迎えるたびに、この本の年齢ごとに、
僕の年と同じ年で死んだ人の部分を読んで、死というものを意識の中に置くことで、自分の生きる方、どう生きるかみたいなところを考え直す。
誕生日に人が死ぬ話をたくさん読んでいるというのも縁起でもない話ですけれど、
でもその縁起でもないところをちゃんと見るのが意外と大事なんじゃないかなと思ったりもしますね。
で、それからこの本を読んでて一番感じたのは、
この本って結構昔の江戸時代とか明治時代とか、それぐらいで結構早くなくなった人がたくさん出てくるんですけど、
今ってあんまり死が身近じゃないというか、死から結構距離のある生活をしている人が多いということとか、
単純に長生きしやすい時代だなということを思いましたね。
この本に出てくる人って結構その時代柄、戦争で亡くなったりとか、江戸時代の幕末の新選組の人とか、日本刀で斬り合って死んだとか亡くなったとか、
そういう人がたくさん出てきて、それに比べると今の時代は、もちろん現在進行形で世界中で戦争の火種があることはあるんですけれど、
公衆衛生がすごい発達したりとか、少なくとも日本だと人を簡単に殺せるような刀とか銃とかを持ち歩いて捕まったりとか、
そういう社会制度の変化もあって、人間が簡単に死ににくくなったなということをすごい思うんですよね。
それと同時に、それに伴って身近で死を観測する機会がすごい少なくなったんじゃないかなと思いますね。
福祉心、もちろん毎日人は死んでますし、通勤ルートの交番に今日の死者、今日の交通事故の死者何人、怪我人何人という数字とか統計ではもちろん見るんですけれど、
自分がごくごく身近に接していた人の死に触れる機会はものすごく少なくて、一番身近な人の死で十何年か前に祖父が亡くなった時ですかね。
いがんで亡くなったんですけれど、その時はもう死の前の痩せ細った祖父を見て、病院の飯がまずいって文句の言っていた祖父を見て、亡くなって葬式をして何回機をやってっていう毎年の日に付き添った、
あれが一番僕の中では死が身近になった時期だったと思うんですけれども、そういうのとか、あとは前職の上司ですね、エース社員と言われているような、もうあの人がいないとうちの会社は回らないよねと言われるようなすごいできる人だったんですけれども、
もう50代前後ぐらいでぼっくり亡くなってしまって葬儀に伺って、でもその後何もなかったかのようにその人抜きで職場は回っていったのを見て、葬式ってこういうものなんだなっていうふうに思ったりとか、そんなことがあったんですけれども、
本当にその2人ぐらい、私の祖父とその前職の両親ぐらいで、それ以外で本当に身近な人の死に接する機会って少ないなって思いましたね。
私がまだ30ちょいぐらいの人間なので、もう少し年を重ねていくと、もっと身近な人たちの死っていうのが身近に増えていくんだと思うんですけれども、今はまだそんなにない状況なんですね。
その意味でこの人間臨終図鑑、これを読むと、自分が普段に聞きすることがない、そして自分自身が死ぬということを意識する機会も少ない、今、もう死というもののありとあらゆるバージョンが載っていてそれを読むことができる。
おまけにその死には、山田文太郎著者の辛口なコメントがついていたり、自分が死ぬことはほとんどない、絶対にないと思うんですけれども、自分が死んだらどんなコメントをつけられるだろうと想像してみると、
この男は一生ショート動画を見て死んだとか書かれたくないなとか思うんですよね。
リスナーからの質問:パルショータについて
ショート動画を作っている人とか、ショート動画を見ている人を馬鹿にする意図ではないんですけれど、結構最近ショート動画の引力に引き込まれることが増えてきたので、誓いを込めてという感じですね。
というところで、本としては700円ぐらいの文庫本で真相版が出ていて、すごく手に入りやすいし、一つ一つの亡くなった人のエピソードは非常に短くて読みやすい。
僕みたいに自分と同じ年齢で死んだ人のところだけを読んでもいいですし、目次を見て気になった人の名前を見て、そこだけを読んでも十分面白いと思います。
うん、おすすめです。
というところで、今回の本の紹介はこれぐらいにして、今回お便りをいただいているので、そちらを読んでいきたいなと思います。
シャープヨン酒を主食とする人々の会にいただいたお便りですね。
シカラさんこんばんは。毎回興味深く配置をしております。シャープヨンの会について、場所の酒飲みとして質問があります。
イチオピアの民族が飲むパルショータという酒の原材料と製法学になりました。
私の父親も酒飲みでして、米は日本酒でとっているから、とかいうたわけたことを言っていましたが、それに地下地域とか起こっているのか、もしくは民族特有の体質などがあるのか、そのあたりについて、もし書籍内で触れられていれば詳しくお聞きしたいです。
今後の配信も期待しております。
ありがとうございます。
あのお酒ね、不思議ですよね。私も飲んでいて、ほんまにそんなことあるのかと思いながら飲んでいましたけれども。
まずパルショータというお酒の原材料と製法ですね。
原材料はブランゴっていうナノハナみたいな植物が原材料になっているそうで、
これを1ヶ月ぐらい経っていろんな工程を挟んで作っていくんですね。
これは非常に長いので端折って紹介するんですけれども、植物の茎を一で叩いてほぐして、ナイフで刻んで発酵させる。
それから別の素材の粉を混ぜて、毎日薄力粉でしばらく発酵させるみたいなことを繰り返して、
薄力粉を振りかけて糖化を促して、そうするとアルコールがだんだん形成されてきて、
そこを1ヶ月ぐらいかけてできるということらしいんですね。
詳しくは読んでいただければと思うんですけれども。
栄養的にそもそもそれって大丈夫なのかとか、民族特有の体質なのかということに関してなんですけれども、
ここは書籍でそこまで詳しく書かれていないですね。
現地の白志望を持ったお医者さんが、このお酒を飲むことで少なくとも、
現地の民族の体調に悪影響が起きているということは見受けられないというコメントがあるんですけれども、
それだけで、なんでその酒を飲んでいるだけで栄養がまかないというのかということに関しては、
そこまで突っ込んで書いていないというのが回答になりますね。
この辺については、すでに先行研究した人がいるらしくて、
酒を食べるっていう本、酒を食べるってサブタイトルがイチオピア・デラシアを一例としてっていう本があるそうで、
もしかしたらそちらに詳しく書いてあるかもしれないんですけれども、
ちょっと僕はまだそちらまで読めてないので、読んでみたいなとは思っています。
でも読んでいると、いわゆる完全栄養食みたいなものなのか、ウィラーみたいなものを飲んでいるのか、
そういうイメージがあったんですけれども、
日本人が同じことをできるかというと、多分大した違いがあるんじゃないかなと思いますね。
栄養学とかの専門家ではないので、いろいろと考えではあるんですけれども。
何にしても常識以外なので、まず眉に唾をつけるところから入ってしまうんですけれども、
実際にそういう酒だけを飲んで生活している人がいるというのが、
世界は広いなというか、こういう本を読む面白さの一つかなと思いますね。
ありがとうございます。
こういうお便りをいただけると、紹介した甲斐があるなと思いますね。
今後の配信とメッセージ募集
お便りは以上です。ありがとうございます。
ではこの辺で締めていければと思いますが、
最近ですね、Podcastのコラボのお誘いをいただいて初めてやるんですけれども、
近々コラボで他の方とお話しした回をお届けできそうなので、
お待ちいただければと思います。
番組への感想やお便り、その他質問や雑談などお待ちしていますので、
概要欄の方からお送りいただければと思います。
それではまた次回の放送でお会いしましょう。
ここまで聞いていただきありがとうございました。