ポッドキャスト番組「あとえととなりのコナジラミ」が発行する食と農を語るZINE「安全な食という青い鳥」の中から、Base Side Farmのコラム「安全な食という青い鳥」をNotebookLMで読み込ませて、自動でAIポッドキャストを作ってみました。
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https://note.com/basesidefarm/n/n086925663cbb
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サマリー
このエピソードでは、安全な食に対する不安や誤解を農家の経験を通じて深く探ります。また、ZINEの内容を基に現代の野菜の栄養に関する誤解やF1種について説明しています。さらに、農業におけるF1種や有性不妊に関する誤解、農薬の正しい理解、日本の農薬基準の厳しさについても触れます。食に不安を持つ人々の心理的側面や、その背後にある孤独感や承認欲求について考察しています。また、農家と消費者間の食と安全に対する責任について考え、無責任な情報発信が農家に与える影響やその反応について議論しています。
食の安全への疑問
こんにちは。毎日家の食卓に並ぶ、色とりどりの野菜や果物。スーパーで手軽に買えますよね。
ええ、本当に便利ですよね。
でも、この当たり前の光景の中で、ふとこれって本当に安全なのかなって、こう疑問に思うことありませんか?
ああ、ありますね。特にそうですね。
SNSとかでなんかこう、刺激的な情報を見ちゃうと、ちょっと心がザワザワしたり。
わかります。今回はですね、まさにそうした食の安全に対する漠然とした不安とか、あと時に誤解を招きやすい情報について、少し深く掘り下げてみたいなと思っています。
お願いします。
手元にあるのがですね、ある農家の方が、ご自身の経験とか考えをすごく率直に綴ったZINE。個人で作られた冊子ですね。
ZINE、はい。
食の安全と青い鳥というタイトルのものからの抜粋なんですけど、これがまた非常に示唆に富む内容でして。
食の安全と青い鳥、なるほど。じゃあ、この資料を手がかりに、私たちが完璧に安全な食みたいなものを追い求める中で、どんな思考の罠にはまりがちなのかとか。
そうですね。
あと、あふれている情報とどう向き合うかみたいなことを。
一人の農家さんのそのリアルな体験に基づいた視点から一緒に探っていきましょうか。
はい、ぜひ。
安全な食を探した日、まるでチルチルミチルの青い鳥を探すみたいだっていうことですね。
まさに。
あなたが日々触れている食の情報について、何かこう新しい視点が見えてくるかもしれません。
農業体験と誤解
そうだといいですね。
では、早速ですが、この図印のタイトルにもなっている青い鳥、筆者の農家の方は、本当に安全な食べ物って、何かこうどこか遠くにある特別なものって思い込んじゃう心理。
うん。
これをあの物語に例えているんですね。
ええ、そうなんです。SNSなんかで、スーパーの野菜は農薬まみれだとか、今の野菜は昔と比べて全然栄養がないぞみたいな言葉が。
聞きますね。
まさまその青い鳥探しを加速させてしまうんじゃないかと。
なるほど。
で、実は筆者ご自身も農業を始めたばかりの頃っていうのは、自分たちの手で本当に安心安全な野菜を作るんだっていう理想に燃えていた時期があったそうなんですね。
はいはい。
農薬とか化学肥料を使わない有機的な栽培方法を試したり、あるいはその代々同じ形質が受け継がれる、いわゆる固定種。
固定種。
昔ながらの品種にこだわって、次の世代に種をつなぎたいとか、そういうふうに考えて、まさに理想の青い鳥を探していたと。
うーん。でも現実はやっぱり。
甘くなかったと。種をまいてもうまく芽が出なかったり、出てもすぐ虫に食べられちゃったり。
あー。
で、一つ一つ手で虫を取るにも限界がありますし。
そうですよね。
防虫メットを張っても突破されちゃう。
へー。
たとえ収穫できたとしても虫食いだらけで。
で、これが安全の証なんですって自分に言い聞かせようとしても、やっぱりお客さんにはなかなか選んでもらえない。
うーん。品質としてってことですね。
そうなんです。品質として安定して供給することの壁にぶつかったと。すごく率直に書かれてます。
理想だけじゃ農業って難しいんですね。
これはね、多くの新規就農者の方が直面する現実かもしれないですね。
で、ここですごく興味深いというか正直だなと思った記述があるんですね。
はい。
それは筆者の方が当時スーパーで売られてる野菜にちょっと懐疑的だったのに。
ええ。
自分たちで作れない野菜とか失敗しちゃった野菜は普通にスーパーで買って食べていたっていう。
そうなんですよ。このある種の矛盾ですよね。
ええ。理想と現実の食生活の間の。
このご自身の体験が後の考え方を大きく変えるきっかけになったと分析されてますね。
なるほど。そうした試行錯誤の中で筆者の方は例えばユーキジャス規格ってありますよね。
はい。国の認証マークですね。
農薬とか化学肥料の使用に基準があるやつ。そのユーキジャスでも使える農薬があるってことを知って調べ始めると。
ええ。
その過程で出会ったのが16世紀スイスの医師であり化学者パラケルススのことが。
パラケルスス。
すべてのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その副要領こそが毒であるかそうでないよか決めるのだ。
うーん。深いですね。
これは農薬イコールちょっとでも入ってたら危険な毒って思い込んでた筆者にとってはもう価値観が揺さぶられるような言葉だったと。
そうでしょうね。最初はまあ半信半疑だったそうです。
でもよくよく考えてみれば、例えば私たちの食生活に欠かせない食塩、あれだって一度にものすごく大量にすれば救世中毒を起こして命に関わることもあるわけですよね。
確かに言われてみれば。
そういう身近な例を知ることで、世の中って安全か危険か0か100かでスパッと割り切れるものじゃないんだなっていうことを負に落ちる形で理解していったと書かれてますね。
なるほど。じゃあこの農家の方の経験が示しているのって、絶対的な安全みたいな幻想を追いかけるんじゃなくて、リスクとどう向き合うか、どう管理していくかっていうそういう現実的な視点が大事なんだってことですかね。
まさにそういうことだと思います。0か100かじゃないっていう視点。
それを得たことで、やみくもに農薬を全否定したり、逆に何でも使ったりじゃなくて、今はどうされてるんですか。
今はですね、品目とかその時の畑の状況に応じて病害虫を防ぐために、本当に必要な農薬を選択的に、もちろん基準はしっかり守って使うこともあるそうです。
なるほど。
でも一方で例えば、ハーブとかさつまいもみたいに、そもそも使える農薬の種類がすごく少ないとか、使う必要性が低い作物、これについては無農薬で育てている。
へー。
あと里芋みたいに自家増殖、つまり収穫した芋から次の種芋が取れるもの、これについては自家採取を続けている。
だから完璧な正解を一つだけ追い求めるんじゃなくて、状況に応じていろんな方法の中から現実的なバランスを見つけるようになったということなんでしょうね。
バランス感覚、大事ですね。
で、そのご自身の経験とか視点の変化を踏まえて、このザインではSNSなんかでよく見る、食に関するよくある誤解について一つ一つ丁寧に解説してるんですね。
F1種の解説
そうなんです。
まず取り上げられているのが、現代の野菜は栄養がないっていう話。これあなたも聞いたことあるかもしれませんね。
ありますね。今の野菜は化学肥料のせいで、昔に比べて栄養がすかすから、みたいな。
そうそう。
その根拠としてよく引用されるのが、文部科学省が出している日本食品標準成分表っていうデータですね。
はい。
数十年前の成分表と比べると、例えば人参のビタミンAは6分の1、ほうれん草のビタミンCは5分の1に減ってるみたいな数字が、結構センセーショナルに取り上げられたり。
うわー。衝撃的な数字ですよね、それだけ聞くと。
ですよね。でも、ザインでは、この数字の解釈には、実は大きな落とし穴があると指摘してるんです。
落とし穴?
この成分表を作っている文部科学省自身が、ちゃんと注意書きとして、過去のデータとの単純比較は適当ではないってはっきり書いてると。
え、そうなんですか?
そうなんですよ。なぜかっていうと、比較対象とされている、まあ約70年前のデータと今のデータとでは、
食品に含まれる成分を測る分析技術とか方法がもう根本的に大きく違うんです。
あー、技術が進歩してるから。
そうなんです。測定の精度がもう格段に向上してるんですね。
この測定方法の違いっていう、比べる上での大前提、言ってみれば土俵の違いですよね。
はい。
ここに触れないで、古いデータと新しいデータだけを並べて、栄養がこんなに減ったって結論づけちゃう。
筆者はこの点に言及しない情報発信がすごく多いんじゃないかと指摘してます。
それはなぜなんでしょうね。わざとなのか知らずになのか。
もしかしたらその複合な事実に触れちゃうと、そのセンセーショナルな主張自体が成り立たなくなっちゃうからなのかもしれないですね。
なるほど。じゃあそもそも、なぜそういう情報、特に昔は良かった、今はダメだ、みたいな情報って広まりやすいんでしょうかね。
禅ではその心理的な背景についても少し考察していて、一つはやっぱり新しい情報、特に今までの常識を覆すような衝撃的な事実に触れた時の高揚感、自分だけが真実を知ったみたいな感覚。
ああ、わかります。
もう一つは、自分が知らなかった新しい情報こそが、より優れていて正しいはずだっていう無意識の思い込み、専門用語でいう有料誤認みたいな心理が働くんじゃないかと。
なるほどね。そしてちょっと皮肉だなって思ったのが、農業体験がかえってその誤解を強めちゃう可能性があるっていう点なんです。
ああ、それ面白い指摘ですよね。
ええ。普段スーパーの野菜に慣れてる人が、農家さんの畑で採れたての、例えば完熟トマトとか浅ざりのキュウリとか食べて。
美味しいでしょうね。
もうその鮮烈な味とか香りに、わー、今まで食べてたのは何だったんだって深く感動する。これはすごくいい体験ですよね。
ええ、素晴らしい体験です。
でもその感動の原因を探ろうとするときに、一番大きな要因のはずの鮮度とか、完熟度っていう点をなぜか研ぎ越えちゃって。
これは化学肥料のせいだとか、品種改良が問題だとか、なんかより単純でわかりやすい悪者を見つけちゃうことがあるんじゃないかって筆者は分析してるんですね。
体験自体は素晴らしいのに、それが結果的に農家直売以外はダメみたいな極端な二元論につながりかねないと。
そういう可能性もあるということですね。だからこそ筆者は、畑で育っている野菜と、あなたが普段スーパーで見る野菜って別物じゃなくて、ちゃんと地続きなんだよってことを伝えたいんですね。
地続きですか?
そして、畑から食卓に届くまでには、収穫した後の選別作業とか、丁寧に袋詰めする作業とか、たくさんの人の目と手が関わってる。
見えない部分ですね。
そうそう。その見えにくい部分も含めたストーリーを想像してみることが、私たちの毎日の食卓とか、食への向き合い方をもっと豊かにするはずだっていう、そういう温かいメッセージが込められてると思います。
なるほどな。栄養の話が出ましたけど、もう一つ、食の根幹に関わる種についても、いろいろな不安の声聞きますよね。
種の話ありますね。
日本の食は危険な種に支配されつつある、みたいな継承。具体的には、F1種っていう種は不自然で危険だとか、F1種の特に有性不妊っていう性質の作物を食べると、人間も不妊になるとか。
あと、種の多くが海外で作られてるから、輸入が止まると食料危機になるとか。
聞きますね。それも。
治病法っていう法律が変わって、農家は自由に種を取れなくなったとか、なんかいろいろありますよね。
不安を煽るような情報がたくさん。ジンネはこれらの代表的な不安とか誤解について、一つ一つすごく分かりやすく解説してくれてるんです。
ぜひ聞きたいです。まず、F1種は不自然で危険っていう点。
これはもうはっきり言って誤解ですね。F1種っていうのは、ハイブリッドビガー、日本語だと雑種共生っていう、メンデルの法則に基づいたごく自然な原理を利用した一種技術なんです。
メンデルの法則。
性質の違う優れた親同士を掛け合わせることで、病気に強かったり、形や大きさが揃いやすかったり、たくさん収穫できたり、そういう良心のいいとこ取りをした、すごく育てやすくて品質の良い一代目の品種、F1を作る技術。
これは遺伝子組み換えみたいな人工的な操作じゃなくて、日本でも大正時代くらいから使われている、ごく当たり前の一種技術なんですよ。
じゃあ、一代限りっていう言葉が、生命のサイクルに反するような不自然なイメージを与えちゃうんですかね。
それはあるかもしれないですね。F1種から取れた種、つまり二代目、F2を巻くと、メンデルの法則に従って、親のF1とは違ういろんな性質が出てきちゃうんです。
ばらついちゃうんですね。
そうそう、大きさとか形が不揃いになったり、病気に弱くなったり、これは自然な分離の法則なんですけど、この現象をもって種ができないとか、一代で終わる不自然なものだって表現するのは正確じゃないんですね。
なるほど。
F1から種が取れないわけじゃない。ただ、F1と同じ均一な品質は期待できないよっていうだけなんです。
F1種と農業の現実
そのF2の性質がばらつくから、F1種を使っていると毎年、症病外者から種を買わされ続けることになる、みたいな誤解も生まれると。
それもよく言われますね。これも、農家は本来、自分で種を取って次の作付けに使うもんだっていう、ちょっと古いイメージとか思い込みが根底にあるのかもしれないですね。
昔ながらのイメージ。
でも、今の農業って、すごく分業家、専門家が進んでるんです。
新しい品種を開発したり、その種を安定して大量に作ったりするのは専門の種病外者の役割。
はい。
で、農家さんは自分の経営計画、例えば今年はあの人気のミニトマト、アイコを作ろうとか、病気に強いこのキャベツにしようとか、そういう判断に基づいて必要な種とか苗を種病外者から買うのがもう一般的になってるんです。
自分の選択でってことですね。
そうなんです。決してかわされてるっていう強制じゃなくて、事業主である農家さんが、より効率的で安定した経営をするための合理的な選択なんですよ。
なるほど。
もちろん、自家採取する自由がなくなったわけでは全くなくて、さっきの里芋みたいに自家採取しやすい作物もありますし、固定種にこだわって自家採取を続けてる農家さんももちろんいらっしゃいます。
農家の選択の問題と。よくわかりました。じゃあ次に、有性不妊の作物を食べると人間が不妊になるっていう、これはかなりショッキングに聞こえる説ですが。
農薬の正しい理解
これについては、在院ではもう完全な誤りですと、きっぱり断言してますね。
きっぱり。
え?まず有性不妊っていうのは、植物の花粉がうまく作られないとか、機能しないっていう性質のことなんです。
はい。
これは自然界でも普通に起こる現象ですし、遺伝子組み換え技術とは全く関係ない。
そうなんですね。
この性質を効率よくF1種の種を作るために利用することがあるっていうだけなんです。
そして一番大事なのは、植物の花粉とか樹勢のメカニズムと、私たち人間を含む哺乳類の生殖の仕組みっていうのは、生物学的にもう全く違うものだということです。
全然違うんですね。
ですから、有性不妊の植物を食べたからといって、人間の生殖能力に影響が出るっていう科学的な根拠は一切ありません。
そうか。
そのその考えてみてください。有性不妊の花粉を利用して作られたトウモロコシの粒とか、トマトの実の中にはちゃんと種できてますよね。
確かにありますね。
もし食べることで人間に影響があるなら、種自体ができないはずですから。
それはそうですね。冷静に考えればわかることなのに、なんか不安を煽る言葉に惑わされちゃうのかも。安心しました。
ええ。
もう一つ、種に関する不安で、日本の野菜の種の多くが海外で生産されてて、もし輸入が止まったら日本の食料安全保障が危ない、食料危機になるっていう声、これはどうですか。
これもね、事実の一部分だけを切り取って、危機感を煽る典型的な例だと人員は指摘してますね。
典型例?
ええ。サカタの種さんとか、滝井種苗さんとか、日本の大手種苗会社が世界中に種を取るための畑、つまり最終地を持ってるのは事実です。
はい。
でも、それは国の政策で強制されてるとか、国内でできないから仕方なくとかじゃないんです。むしろ企業の経営戦略、努力の結果なんですよ。
企業の努力?
例えば、日本国内だけで種を取ってると、台風とか異常気象が来たときに、その年の種が全滅しちゃうリスクがありますよね。
ああ、リスク分散。
そうなんです。それを避けるために、世界中に最終地を分散させてる。
あと、日本が冬の間に南半球で種を生産すれば、日本の春からの栽培シーズンに合わせて、新鮮で発芽率のいい種をタイムリーに供給できるとか、そういうメリットもあるんです。
なるほど。
これは企業のウェブサイトとか、一時情報、つまり発信元自身の情報を見ればちゃんと説明されてることなんです。
はい。
でも、そういう背景を確認しないで、種の9割が海外生産、輸入頼みだ、みたいな断片的な言葉だけで、食料危機がすぐそこにある、みたいに煽る情報には十分注意が必要だ、と筆者は警鐘を鳴らしています。
やっぱり情報の出頭を確認して、一時情報に当たるって大事ですね。
本当にそう思います。
さて、次はおそらく一番根強いイメージかもしれない、農薬についての誤解に迫りたいと思います。
農薬、来ましたね。
スーパーの野菜は農薬まみれとか、洗っても落ちない見えない毒がついてるとか、こういう言葉、本当によく目にしたり耳にしたりします。
しますね。こういう言葉って、一見すると私たちの健康をすごく心配してくれてるように聞こえますよね。
はい、そう思います。
ですが、ジーンはそこには、農薬ってそもそも一体何なの?っていう基本的な理解が、ちょっと抜け落ちたまま語られてる誤解が少ならず混じってるんじゃないか、と指摘してるんです。
基本的な理解ですか?
ええ、農薬っていうのはそもそも病気や害虫あるいは雑草みたいに、作物の生育を邪魔するものから、作物を守るための資材、道具なんですね。
作物を守るための道具。
そうです。人間がお医者さんに行って、病気を治すために薬をもらうのと同じように、農家さんも作物の病気を治したり、害虫から守ったりするために、いわば植物のお薬として、あるいは防具として使うものなんですね。
なるほど。薬とか防具。
ええ。だから、農薬そのものが絶対的な悪なんじゃなくて、大事なのは、どんな種類のものを、どのように、どれくらいの量を使うかっていう点なんです。
日本で使われている農薬の基準って、世界的に見てもかなり厳しいとも書かれてますよね。
はい。その通りです。日本には農薬登録制度っていうのがあって、新しい農薬が市場に出るまでには、何種類もの安全性に関する試験が、もう長期間にわたって行われるんです。
長期間?
ええ。作物への残留性、人や動物への影響、土壌や水質とか環境への影響とか、すごく多岐にわたる項目を厳しくチェックした上で、国がこの濃度、この使い方なら安全だと判断した使用方法。
はい。
例えば何倍に薄めて使うか、収穫の何日前まで使っていいか、年に何回まで使えるかとか、そういうのが細かく定められて登録されるんですね。
ふむふむ。
農家さんは、この決められた基準を守って使うことが法律で義務付けられてる。基準を超えた使い方をしたら罰則の対象にもなります。
ちゃんとルールがあるんですね。具体的な例も挙げられてましたっけ?
ええ。ありました。例えばネギによく使われるスピノサドっていう殺虫剤の例が、
スピノサド。
この農薬の、私たちが食べる可能性のある玄米に対する残留基準値は0.1ppmって定められてるそうです。
0.1ppm。ppmって100万分の1でしたっけ?
そうですそうです。だから0.1ppmっていうのは、玄米1キロあたりわずか0.1ミリグラム。
めちゃくちゃ少ないですね。
ものすごく低い濃度です。しかも農薬って普通、散布するときは水で数千倍、場合によっては1万倍以上に薄めて使いますし、
収穫前には一定期間使わない給薬期間も定められている。
だから実際に私たちの食卓に届く頃には、成分が分解されたり、雨風で流れたり、揮発したりしてほとんど検出されないレベルになっていることが多いと説明されています。
そういう仕組みになってるんですね。でもそれでもやっぱり科学的に作られたものはなんか怖いとか、
自然のものが安全っていうイメージがどうしても先行しちゃうのかもしれないですね。
ああ、その科学イコール悪、自然イコール完全っていう、ある種の二元論的な捉え方、これにもジーンは疑問を呈してるんですね。
というと?
例えば鳥かぶととか毒キノコみたいに、自然界にあるものでもすごく強い毒性を持つものってありますよね?
ありますね、確かに。
逆にさっきもちょっと触れた有機ジャスニン症、オーガニック栽培で使える農薬の中にも、
例えば銅を含む製剤とかありますが、これも使い方を誤ると、土壌の微生物なんかに影響を与えて環境負荷になる可能性も指摘されてるんです。
へー、そうなんですか。
つまり有機だから絶対安全、科学農薬だから絶対危険って単純に線引きはできない。
すべてはその量と使い方次第であるっていう、あのパラケルスの言葉がここでもまた重みを持って響いてくるわけです。
うーん、深い。食に限らず私たちが陥りがちなゼロか100か思考への継承とも入れますね。
まさにそうだと思います。
そして、農家さんはただ単に作業を楽にするためだけに農薬を使ってるわけじゃないっていう点も強調されてましたよね。
はい。総合的病害虫管理、英語の頭文字をとってIPM、IPMっていう考え方を紹介しています。
IPM。
これはまず病気とか害虫が発生しやすい条件を把握して発生を予測することから始まるんです。
予測するんですね。
ええ。そして例えば畑の周りに防虫ネットを張ったり、害虫の天敵になる液虫を利用したり、病気に強い品種を選んだり、農薬だけに頼らないいろんな予防策を組み合わせる。
はい。
そういう対策を講じた上で、それでもどうしても被害が広がりそうな場合に、最後の手段として必要最低限の農薬を適切な時期に適切な量だけ使うっていう考え方なんです。
最後の手段なんですね。
ええ。筆者ご自身もかつての無農薬栽培でのあの国外失敗経験を経て、作物を守るための農薬と単に作業を楽にするための農薬は違うんだと考えるようになったそうです。
守るための農薬。
ええ。作物を安定して収穫して、それを待っている人々に届けるために適切に道具として使うことは、自然と共に生きるための知恵でもあるんじゃないかと。
知恵ですか?
この守るための知恵っていう捉え方の変化は、単なる技術論じゃなくて、自然との向き合い方そのものを見直した深い変化だったんでしょうね。
なるほど。そうすると、私たちがスーパーで見る野菜ら虫食いもなく見た目がきれいなのは、必ずしも農薬をたくさん使っているからってわけじゃない?
病害中から守った結果としてきれいな状態が保たれているっていう側面ももちろんあります。
へえ。
でもそれ以上に大きな要因として、ザインが指摘しているのは収穫した後の選別作業なんです。
食の不安と心理
選別?
はい。畑で収穫された野菜の中には、当然虫に食われた跡があるものとか、病気の反転が出ているもの、形が不揃いなものとかも含まれているんですね。
はいはい。
そういうものは、見た目だけじゃなくて、味とか日持ちにも営業することが多いので、出荷前の選別段階で、人の目とか機械で丁寧に丁寧に取り除かれるんです。
ああ、そこで。
そうなんです。だから結果として、店頭にはきれいで形の揃った野菜だけが並ぶことになる。
これは家庭栽園とか、ちょっとした収穫体験だけではなかなか見えてこない、生業としての農業、つまりビジネスとして農業をやる上での現実的な側面ですよね。
そういう背景があったんですね。普段何気なく見ているスーパーの野菜の裏側にある努力とか工程に、ちょっとこう思いを馳せることが大切なのかもしれないですね。
ええ、そう思います。
そして、ザインの終盤では少し視点を変えて、なぜ一部の人たちが、食に関する不安な情報、時にはちょっと攻撃的とも言えるような情報を、声高に発信しちゃうのか、その心理的な側面にも踏み込んでますね。
ええ、そこも非常に考えさせられる部分でした。
例えば、自分の食に対する考え方とかこだわりが、周りの人になかなか理解されなくて孤独を感じているとか。
そんな時に、SNSとかでちょっと過激な言葉を使って情報を発信して、いいねがたくさんついたり、共感のコメントが来たりすると、あたかも自分の考えが認められて、多くの人に支持されているみたいに感じて、その孤独感が一時的に埋められるんじゃないかと。
ああ、承認欲求みたいなものですかね。
そういう側面もあるのかもしれないですね。
ザインの中では、例えば、ホタテの貝殻を焼いたパウダーで野菜を洗って、見て、こんなに農薬が黄色く浮き出てきた、みたいな動画を投稿する例が挙げられてますけど。
ああ、見たことあるかも。
実際には、野菜の色素とかワックス成分が反応している可能性が高いんですけどね。
本人は、食の安全を願う善意からやっているつもりなのかもしれません。
情報の影響と農家の感情
でも、その根拠の薄い情報発信が、意図せず、日々真面目に野菜作りに向き合っている農家さんたちを、深く傷つけている可能性があるんじゃないかと、問いかけているんです。
善意が帰ってというのは、悲しいですね。
ええ、これは毒だ、農薬まみれに決まっている、みたいな強い断定的な言葉とか、深くな情報の拡散は、たとえ善意からだったとしても、もう許される行為じゃなくなってきている、とも書かれています。
言葉には責任が伴うということですね。
本当にそうですね。
そういう心ない投稿を見た農家さんは、心をかき乱されたり、自分たちの努力が否定されたように感じて悲しくなったり、あるいはその無責任さに対して、あたにを感じたりする。
そうですよね。
筆者は、そういう無責任な発信者を無理に許す必要はないんだと、その悔しさとか誇りを、むしろ反論したり、より良いものを作るためのエネルギーに変えてもいいんだ、というふうに、農家側の正直な感情にもすごく寄り添っているんですね。
そして同時に、安全な食を求めて旅を続ける消費者の方々にも、そういう生産者の抱える葛藤とか思いにも、ほんの少しでいいから、創造力を働かせてみてほしい、と静かに願っているんです。
今回一緒に読み解いてきた資料、食の安全と青い鳥、これは食の安全を求める私たちの旅の中で、時に見失いがちになってしまう本当に大切な視点を、一人の農家の方のリアルな体験を通して、静かに、でも力強く示してくれたように思います。
本当にそうですね。
根拠のない情報に煽られて、恐怖とか不安に駆られて、どこか遠くにあるはずの特別な青い鳥を探し求めるんじゃなくて、まずは目の前にある食が、どこからどうやって自分の元に届いたのか、その背景を知ろうとすること。
情報を鵜呑みにしないで、ちょっと立ち止まって吟味すること。
そして私たちの食卓を支えてくれている生産者の方々へのほんの些細な創造力を持つこと。
大事ですね。
もしかしたらそれこそが本当の意味での、食に対する安心感につながっていくのかもしれないですね。
ジーンの最後に書かれている、旅するあなたの体を作ってきた日々の食事こそが青い鳥であり、あなた自身が青い鳥だったことを思い出すまで、You are what you eat.
食の安全についての探求
え?
You are what you eat.
これは非常に深く、示唆に富んでいますよね。
完璧な一点の曇りもない理想の食を追い求める旅を、別に否定するわけじゃない。
ええ。
でもそれ以上に、今ここにある食と、それを感謝していただく自分自身との関係性、その日々の積み重ねこそが、実は一番価値のあるものなのかもしれない。
そんな気づきを与えてくれる気がします。
さて、この探求を通して、あなたにとっての食の安全とは一体何を意味するでしょうか。
日々押し寄せる食に関するいろいろな情報と、あなたはどのように向き合っていますか?
うーん、改めて考えさせられますね。
今回の対話が、あなた自身の青い鳥、つまりあなたにとっての食との健やかな関係性について改めて考えるささやかなきっかけとなれば、これほど嬉しいことはありません。
29:21
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