私が、朝4時起きになるまで【28才-32才:中編】
2026-06-24 14:47

私が、朝4時起きになるまで【28才-32才:中編】

📝みなさんに私の前提条件を、まだちゃんとお話ししていなかったなと思い、このシリーズを収録しています🎙️

昔話で恐縮ですが、変化を振り返ると学びがたくさんあったのでお話ししてみました。

ギャルに憧れて留年した私が、朝4時起きになるまで【前編】
https://stand.fm/episodes/6a38a784ce6429fa7ca7af0b
のつづき‼️
今回は第二話です😊長い!次で終わります🤣

前回の「留年・終電・タバコ・紙コップ生活編」に続き、

私の人生が大きく変わった2つの転機についてお話ししました🌷

実は今の私も、いきなり朝4時起きになったわけではありません🤣

振り返ると、

本で学んだ

「人が変わる方法は3つしかない」

をそのまま体験していたんですよね✨

📚 人が変わる方法は3つ
① 住む場所を変える
② 付き合う人を変える
③ 時間配分を変える

今回は、

🏡 姫路移住で価値観が変わった話
🚄 新幹線通勤で朝型になり始めた話
👔 尊敬する上司に引き抜かれた話
👥 マネジメント職になってタバコ🙅‍♀️ジムに通った話
💰 お金持ちの方ほど健康・家族・ペットの話をしていた話

などをお話ししています😊

今振り返ると、

私の意識は昔のままだったのに、

環境が私を変えてくれたのかもしれません🌱

⏰作成中です。待っててくださいませ😆🌸✨
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こんにちは、ばりぃです。この番組では、元バリキャリ系専業主婦の私が、読書や人生の学びをシェアしていきます。
今より少し成長したい方に向けて、学びと元気、そしてエネルギーをお届けしています。
今日もよろしくお願いいたします。
さて、前回の続きになりますが、ギャルに憧れていた大学時代、そして文系なのに流年した話と、
終電、タバコ、紙コップ生活ということで、そして28才の誕生日に入籍して、姫路へ引っ越したところまでお話をしました。
今日はその続きなんですけれども、前回、大学に流年したと言ったんですけど、
あの時はですね、もう本当に人生ね、終わった。終わったと思いましたね、本当に。
告げられた瞬間は、知恵熱が出て、ほぼ1日、その当時の記憶が本当に曖昧なんですけど、
就職もなくなって、大学ももう1年行かないといけないから、学費ももちろん50万以上かかってくるし、
しかも一度引き払った部屋をもう1回借りないといけないっていうのでね、
今までの人生であれ以上に魂が抜けた瞬間はなかったかもしれないですね。
ちびまる子ちゃんで、魂が抜けてふわーっとなってる絵あるじゃないですか。
まさにですね、あんな感じでした。
でもですね、当時から不思議とですね、私は1回ね、告げても絶対に立ち上がってやるぞっていう気持ちだけはあったんですよね。
だからもうどうせね、1年間もう1回大学やるんだったら、もうとことんやってやろうと思いまして、
当時はですね、私は滋賀に住んでたんですけど、今度はですね、大阪の南場、南のですね、中心街に部屋を借りまして、
もう都会に住んでやるって思ったんですよね。
で、その1年間ですね、本当にですね、南で遊び倒しまして、
で、今思うとね、何をね、していたんやろうと思いますけれどもね、もう多分吹っ切れたんでしょうね。
だからその当時の私はですね、もちろんですけどね、卒業できないけど、
みんなと一緒に袴を着て卒業式にも出ましたし、懇親会にも出ましたし、
もう堂々とですね、私は卒業できないけれども卒業生だぞっていうね、振りをしてね、参加してましたね。
でもまあ振り返りますと、そういう失敗も含めて、人生だなというふうに思っています。
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で、まあそしてね、その後社会人になって結婚して姫路へ移住するんですけれども、
ここがね、私の人生最初の転機になってきます。
なぜなら、前回お話しした人が変わる方法は3つしかないっていうところで、その一つね、住む場所を変えるだったからです。
特にこれ住む場所を変えると言っても、結婚して借りたのはマンションではなくてね、一軒家を借りたんですよ。
しかもね、これがすごく良くて、大谷さんがね、地主さんでご自身のね、お家の横に賃貸用の一軒家を3軒ね、建てたタイミングだったんですよね。
この大谷さんは海外旅行が大好きな方で、よくね、お土産をいただいたりとかね、畑で作ったお野菜とかをいただいたりとか、
畑もね、本当に家の隣にプールぐらいの広さがあったので、そのお野菜をいただいたりとか、自治会とかゴミ討伐もね、もちろんありましたし、
そこのね、賃貸3軒の一軒家が建ってたんですけど、そのご近所の方とお庭でね、バーベキューしたりとか、
で、大谷さんに混じって自分たちもね、家庭再縁をしたりとか、今までマンション暮らしだった私は、全部が新鮮だったんですよね。
今思うと、住む場所が変わると、付き合う人もね、変わるし、価値観も変わってくるんですよね。
でもですね、姫路に住んだからといって、いきなりですね、今みたいな丁寧な暮らしになったわけではないです。
で、私会社はね、梅田だったんですけれども、大阪梅田だったんですけれども、姫路から梅田、結構ね、まあまあ遠いんですよ。
で、新海側だと約1時間なんですけど、ドアトゥドアで考えると約90分かかってたんですよね。
で、しかも姫路ね、始発だからね、座れると思うじゃないですか。
それがですね、座れないんですよ。在来線の一般のJRだと。
で、朝からですね、もう争奪戦で、若い私、まあその当時30もいってなかったかな、だと思うんですけど、
私なんかがですね、ちょっと頑張ってね、スッとね、新海側のね、席とか座ったら、もうね、舌打ちね、めちゃくちゃされるんですよね。
で、そんな毎日が本当にね、嫌で嫌で朝からね。
で、1年間ぐらいにして、ようやくね私はね、新幹線がそういえば姫路から出てるっていうことを知りまして、新幹線通勤へ切り替えました。
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で、するとね、変化があったんですけど、新幹線通勤もね、結構あの早い、早く行けばね、自由席でも座れる。
まあ心に余裕ができる。だったら早く起きようっていう風にね、そう思うようになったんですね。
で、この頃からかな、5時起きとか5時半起きぐらいになりました。
まあこれはね、なんかこう、丁寧な暮らしの朝活をするためじゃなくて、快適にね、通勤するために早く起きたわけなんですけれども、
でも結果的にね、早く起きたりすることで、早く会社に着いて、静かな時間に仕事ができて、仕事がはかどれる、そんなね、流れができてきました。
だから今思うと、朝活生活の原点はここからスタートだったのかもしれないですね。
で、まあそしてね、もちろん結婚もしましたので、飲み会も自然と減りましたし、
で、あと夫のね、実家から無農薬のね、お野菜をたくさん育てていたので、
お野菜をね、たくさん送ってもらえるようになって、まあ料理もするようになりました。
で、今までね、それまで紙コップでね、全然ね、夫とお付き合いしてた時にも、
一切ね、料理を作らない女だったんですけど、そこからね、料理を作り始めると、そういうね、生活が始まりました。
で、そんなね、生活の裏側でね、私が勤めていた保険の会社でも大きな転機がありました。
それが部署移動になるんですけれども、私はもともとね、新規営業ということで、
私業の方の専門のね、保険の販売っていうのも担当してたんですけれども、
弁護士先生とかね、お医者様とかの加入できる保険のですね、営業もしてたんですが、
その当時ですね、難しい案件があると、同行してくださっていた、APのようなね、立場の上司がおりまして、
で、その上司がですね、当時とてもお世話になっていて、その方がですね、実は今度新しい部署を立ち上げるから来ないかということで、声をかけていただいたんですね。
で、私は本当その方のことを本当にですね、尊敬しておりましたので、ぜひね、行かせてくださいっていうふうにお返事をしました。
で、ここでですね、2つ目、付き合う人を変えるにつながってくるんですけれども、
そして私はですね、29歳、30歳ぐらいの時ぐらいにですね、これから500人ね、規模にしていこうというような新しい部署へ移動をしました。
で、その当時、私が所属する営業の部署から行ったのは私だけで、他の子は新規採用ということで、だから採用活動にも携わりました。
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で、会社説明会をしたりとかね、社内ですけどね、あと面接とか筆記テストとか入社式とかね、社会保険の手続きとか、
そしてまあ入社後は2ヶ月間の研修のね、先生になってっていうことで、朝9時からね、夕方5時までずっとね、先生役で毎日喋ってたわけなんですけど、
それが終わったら、今度は現場フォローということで、同行したりとか育成したりとかね、マネジメントもして役職も上がっていたので、
そしてここら辺でですね、私はもうタバコもね、やめてました。
30歳にもなったんですけど、やっぱりね、自分自身だけの数字を見る仕事ではなくなって、
やっぱりね、人の人生とか人の成長とか人の数字とか、そこまで責任を持つ仕事だったので、やっぱり一人で数字を追うのと人を育てるのは全然違うなぁと思いまして、
もう本当に体力勝負だなぁと思ったので、ジムにも通い始めました。
そしてね、お客様も本当にいろんなお客様を対応させていただきまして、営業自体はね、いわゆる担当のエリアのお客様だったんですけれども、
でも移動したこの部署ではね、この営業職員だけでは対応が難しいお客様っていうのを担当してまして、
例えば、兵庫の66層って皆さんご存知ですか?すごくお金持ちの方が住んでいる高級住宅街になるんですけれども、
そちらにお住まいの経営者の方々とか、
あと、その一方でですね、生活保護を受けていらっしゃる方とか、政権貢献人がついていらっしゃる方、いわゆる意思能力がない方なんですけれども、
その方とかね、苦情対応が必要な方とか、本当に様々なお客様を担当させていただいて、だからね、いろんな方の人生を見させていただきました。
そして面白かったのが、お金持ちの方って意外にお金の話っていうのはしないんですよね、ほとんど。
ほぼ雑談だったかと思うんですけれども、健康の話とかね、ペットの話とか、お子さんとかね、お孫さんの話とか、習い事の話とかね、
基本的にはご主人というよりかは奥様とお話しすることが多かったんですけれども、私はね、勝手にお金持ちの方ってね、資産運用とかそういうことに興味があるのかなとかね、
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お金をどうやって増やすのかっていうことに興味があるのかなと思ってたんですが、
でもね、実際はお話しすると違ってて、健康が大事で家族が大事でって、そんな話をされる方が圧倒的に多かったんですよね。
だから私も健康についてね、考えるようになりましたし、やっぱりお話を、雑談を盛り上げないといけないと思ってね、
あと家族との時間についても考えるようになりました。
今振り返ると、こういうね、お客様との日々の会話も少しずつ自分の意識を変えてくれたんだと思います。
だから今振り返りますと、私が頑張って変わったというよりかは、まず環境がですね、強制的に私を変えてくれたんだと思います。
環境っていうのは、姫路へ移住したこと、部署移動したこともそうなんですけれども、
この2つがありまして、私はですね、住む場所と付き合う人が変わったので、人生がですね、大きくね、変わりましたっていうお話になります。
ただですね、まだまだなんですよ、この頃の私は。
今みたいな朝4時起きでもなければ、きっちりしたモーニングルーティンもないし、月15冊の本を読む人間でもなかったです。
むしろね、この勤めてた会社で骨を埋めると思ってましたから。
でもまあ人生って本当にわからないもので、私はそれからですね、妊娠して、出産して、
さらにですね、私は第2のですね、人生の壁にぶつかることになります。
そして専業主婦になってから、そこからですね、やっと自分の時間の使い方とか、自分の価値観とか考えるようになって、徹底的にね、自分の人生を見直すことになりました。
なので次回は、出産、仕事退職、専業主婦、そしてやっとですよ、朝4時起きになるまでのお話をしたいと思います。
なんかね、こう話すとね、すごい長いんですけれども、今日も最後まで聞いてくださいまして、本当にありがとうございます。
たぶんね、次回で最終回になるんじゃないのかなと思うんですけれども。
はい、ということで、今日もね、最後までお聞きいただきましてありがとうございました。
それではまた次回の配信でお会いしましょう。またねー。
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