1. バルたんのマイク
  2. #13 それぞれの佐賀移住物語!..
2025-11-28 31:33

#13 それぞれの佐賀移住物語!社会課題としての移住支援

生まれ変わった『バルたんのマイク season 2』佐賀バルーナーズが2025年から仕掛ける新しい形の社会課題解決プロジェクト「SAGA Take Action」の現在進行形の舞台裏を深く掘り下げていきます。


今回は10月に行ったSAGA Take Action 第4弾 『移住者集合!バスケ観戦でつながろう「MEETUP! SAGA」』の振り返り回2回目。

社会課題としての『移住』を色々と掘り下げてみます。


今回のTake Actionの詳細はコチラ▶https://ballooners.jp/news/detail/id=48715...


一般社団法人clay

▶https://clay.or.jp/


【今回の内容】

・それぞれの移住物語

・社会課題としての移住


【バルーナーズDAOの参加方法】

FiNANCiEアプリをインストールし、バルーナーズトークンを入手するだけ!

👉️⁠https://financie.jp/users/ballooners⁠


★お便りフォーム⁠⁠⁠

⁠⁠⁠⁠https://forms.gle/QKn2cjdCrW4SzRsT9⁠⁠⁠⁠⁠⁠

⁠番組のご感想や内容のご質問も大歓迎です!

#バルたんのマイク でのSNS投稿もお待ちしてます。==========

BリーグB1所属のプロバスケットボールクラブ『佐賀バルーナーズ』が手掛ける新しい社会課題解決プロジェクト「SAGA Take Action」の舞台裏をお届けする番組です。


佐賀バルーナーズの公式サイト⁠⁠⁠⁠⁠⁠

▶⁠https://ballooners.jp/⁠

佐賀バルーナーズLINKの公式サイト▶⁠https://ballooners.jp/link/⁠

==========

【クレジット】

出演/眞柴(バルーナーズ)、佐々木(clay)、原田(EWMファクトリー)

企画・編集/株式会社イーダブリューエムファクトリー

サマリー

このエピソードでは、元製薬会社の研究職を務めた佐々木さんが、東日本大震災をきっかけに故郷の佐賀県にUターンし、移住支援活動を始める経緯を語っています。地域おこし協力隊の役割や、佐賀県での移住者への支援活動についても詳しく紹介されています。また、移住者たちが佐賀での生活や移住支援の体験について話し、地域の文化や社会的要素が移住に与える影響、移住者が直面する課題についても掘り下げています。佐賀移住に関する様々な視点が共有され、特に地域の支援制度や若者の意欲が強調されます。移住希望者に対して、行政のサポートや具体的なアクションが示され、地域活性化への思いが伝わっています。

佐々木さんのUターンの背景
改めて今回は、移住支援を一緒にさせていただいた、一般社会法人クレーンの佐々木さんに来ていただいております。
よろしくお願いします。
この辺は、佐々木さんがやっているこういった活動とか、それを佐賀の地域課題のところと合わせていろいろ聞けたので、聞いていければと思います。
前回話したみたいに、佐々木さんは元々佐賀の方なんですよね?
そうですね。元々有田町出身です。
でも、一回外に出て?
はい。元々ですね、製薬会社で研究職をやってました。
全然生き股結びつかない。
仕事をしてました。
関東で7年半勤めて、それで学生の効果が出てたんですけど、10年前に戻ってきたっていう、20年近く外に出てたんです。
大学で言うのは、関東に出て、で戻ってきたんですよね?
そうです。
戻ってくるきっかけは、100万回聞かれてると思います。
戻ってくるきっかけは、ちょうどその年、埼玉に住んでたんですけど、東日本大震災があって、自分が住んでたときも震度5強か6くらい揺れて、計画停電とか当時あったりとかして、被害もちょこっとあったんですけど、
それ以外、自分の妻が福島県出身だったりして、それでちょっと縁あって東北に通うっていう、ホランティアは月一回通うっていうのをやり始めて、それで東北、地方の面白さみたいなのを知り始めるっていう。
すごい。
元々いたけど再発掘みたいな感じ。
ってことだよね。
でも正直、佐賀にいたときは全く感じてなくて、戻ろうっていうのも一回も考えたことなかったし。
むしろ東京に出るときも佐賀出てやろうぐらいの感じ?
早く出たいと思って。
そうなんだ。漫画みたい。
全然戻りたくなかったです。
そうなんですか。
むしろアリータ大嫌いでした。
言っちゃっていいんですけど。
大丈夫です。色々言ってるんで。
当時はですよ。
そうですね。
自分が若い頃って特に夢がある人とか面白いことが全部東京に集中するみたいな。
そういう時代もあったんで、東京行ってなんぼみたいなのを思ってたし。
アリータの焼き物いっぺん当みたいなイメージ。
子供の頃、大人になったらこの良さわかりますけど、小学生とか中学生の頃に焼き物って言われてもみたいなのが結構あって。
震災だからまさに九州とは真逆のところに行って、改めて地方の方に行った。
そうなんですよ。
薬の仕事よりもそっちの方が自分が今やりたいことっていうのがあるんじゃないかっていうので、実際東北の方に行くっていうのも考えたんですけど。
でも実家に帰った時とかに、帰るたんびにアリータに帰る時の途中のガードレールがどんどん錆びてて、ずっと錆び続けてた。
それを見てる時に切なくなって、どんどん錆びれて行ってる。自分の街ほっといていいのかなみたいなのを思って。
ちなみに東北に行きながら感じたそこの面白さってどういう部分ですか?
自分は福島がきっかけでずっと宮城県の南三陸町というところに通ってたんですけど、津波でほぼ泣かされてて、
そこ出身の人とかがUターンしてきて漁師始めたりとか、そこの地元の人たちが全然悲しんでる人はもちろんほとんどみんな悲しんでたと思いますけど、
みんなそれを表に出さずに前しか向いてないんですよ。自分たちの街のいいところをめっちゃみんな語るし、
そこでこうやっていくんだみたいな覚悟を決まってる人たちがめっちゃ集まって。
逆にそこに希望がすごく見えてた感じなんですね。
そうなんですよね。全然自分は知らんなと思って。こんな語れんと思ってですね。
なるほど。東北行ってその目の前でそこの良さみたいなのを実感したパターンって、そこに住みそうなもんだけど、
佐々木さんの場合は、まさにUターンで帰ってきてる人たちを写し鏡に自分を見たわけですね。
そうですね。多分大きかったと思いますね、そこは。
それで佐賀に戻ろうって。その時にたまたま地域を欲しがるみたいな募集もしてたし。
地域おこし協力隊の活動
そういう活動してたんで地域を欲し協力隊の存在も知って。
これだったら自分も戻れる。薬の研究の仕事ってないじゃないですか。
なるほど。
佐賀の場合だとひさみつさんとかがあるんで。
佐賀だと若干ややこしいですね。
佐賀の時点で鳥栖にはあるんですよ。私は有田の西側で。
政府にはあんまない。
そうなんですよ。仕事ないかなと思った時には協力隊だったらやれそうだと思って。
そこから夜寝る前のルーティンワークに協力隊の募集が始まってないかなと。
チェックを。
チェックするっていうのをやり始めたんです。
すごい。
なるほどね。佐賀そもそもというよりは地域を盛り上げるみたいな、そこの構造がすごい面白そうっていう。
そうですね。
すごい。
なんかそのパターン超稀じゃないですか。
僕、佐賀さんのことを存じ上げて知った時に、Uターンって聞いてたら、たぶんきっかけは実家の後継とか。
ばあちゃん家の空き家とか、そういうドラマチックな何かがあったと勝手に思ってたんですけど。
全くない。
ちょっと喋れてガードレールを眺めてるとめちゃくちゃエモいというか。
めっちゃ思い浮かべますもんね。
そうですか。
ガードレール直せないんだと思って。
たぶんそんなことないですよ。
ガードレールは順番に直してるかもしれない。
今そのガードレール綺麗なんで。
違うんですけどね。
ただイメージとしてそういう。
視点があったわけですよね。そこは。
すごい。
ちょっと今ドワッときた俺。
実家帰ろうかな今。
ガードレールチェックしてないでしょ。
ガードレールチェックしてないでしょ。
すごい。
なるほど。それで帰ってこられたからこそ移住支援とか。
空き家も俺もやってますよね。
そうですね。
有田町内の空き家を活用しようっていうので進めるっていう動きを協力隊の時。
今もYouTubeで空き家見に行って配信したりとか。
そういったこともやってるんですけど。
そうですね。それまで製薬会社で働いてて。
じゃあ戻ろうってなって。
戻られて何やってたかがそれこそ今のガードレールの開放としてのこと。
その辺もちょっと伺いたいですね。
そうですね。戻ってくるのが地域おこし協力隊として戻ってきたんですけど。
その時に薬場からこれやってって言われたのが移住・定住支援っていうこと。
なるほど。
空き家活用の推進。
あとはざっくり情報発信。
ホームページがあって。
当時フェイスブックページ作ったから1個目の投稿してっていう初日に言われたんですよ。
そこから。
薬場のフェイスブックページ?
そうです。移住・定住用のページを作りました。
あと運用してねって。
結構パンと。
まさに当時の地域おこし協力隊感ですね。
そうです。
それが今でもあって、そこで今回のミートアップサーカスも出したんですか?
移住支援の具体例
そうですね。その活動3年やって、徐々に一緒にやろうっていう人たちも出てきたので
一旦そこでNPOを作ってやり始めたんですけど
その時も協力隊が終わった後も町から相談窓口として
空き家とか移住とか相談窓口の役割をお仕事としていただいて
坂県庁さんからの移住支援室さんからも
こういう交流イベントをこれからやっていきたいと思ってるんだけど
どうですかっていうのをちょっと言っていただいて
めちゃくちゃそもそもなんですけど
地域おこし協力隊って何なのかって
知らない方もいるんですか?
そうですね。地域おこし協力隊は
すごい2人とも馴染んでそう
僕も結構その分野を知っている分野ではあるから
そうですね。確かに。
まず総務省の事業なんですね。
総務省がやっている地方創生の事業なんですけど
主に都市部に住んでいる人たちを
人口が減少している都道府県だったり
過疎地域だったり
そういったところに移住をしていただいて
そこのどういう人を呼ぶかとか
どういう企画で動いてもらうかは
市町村の県だったりが考えて呼ぶんですけど
そういった地方とか過疎地域も
自治体側がぜひ来てくださいっていうのを手上げる
うちは今回募集しますと呼んで
3年間という任期があるんですけど
3年間活動して
そのまま定住できればしてもらって
地域を引き続き盛り上げてもらおうっていう制度
そもそも地域おこし協力隊の人が
自住者になっていくっていう
そうです
今もう16年目くらいかな正確に
2010年より2009年とかそのくらいから
結構名前聞いたり
地域おこし協力隊ですっていう人が
あったりはするんですけど
何やってるんだろうこの人たちって
一人でやってること違いますよね
全然違いますね
お題が結局違うからですね
そうです
佐々木さんは今言われたように
そういった地域おこし協力隊の人たちの
支援だったりとか情報発信だったりとかを
担われる
そうですね
もともと佐々木さんは地域おこし協力隊を
探してたとおっしゃってたんですけど
新田に戻った時に
移住支援とか空き家活用をやりたいなと思ってたところに
ちょうどそういう募集だったのか
別に実はもっとやりたいことがあったとかじゃなかったのか
どういうことですか
全く何にも思ってなかった
プランがあったわけじゃなかったんですね
実は戻ろうが最優先事項だったので
内容は何でもよかった
もしガードレール補強の代ってたら
すごいね
やってたかもしれない
やってたかもしれない
いろんなとこ
これはすごい移住を考えたり
Uターン、Iターンを考えてる人の
励みになるんじゃないですか
今から
佐賀募集してますよね
結構してるでしょ
市町村単位
市町村単位が多いし県もやってますね
県もやってるんですね
なるほど
ちょっと増えた癖ですね
市町結構ある
有田も佐々木さんから始まり
経済的にやってるんですね
経済的にやってますね
面白い
そうですね
やっぱり働く内容で選ぶ人もいれば
自分はUターンっていうのがあったので
地元に帰る手段として選んでるので
有田が最優先だったっていうのがあるんですけど
人によっては
別に地方もどこでもいいっていう人もいるんですよね
いますよね
この仕事が面白そうだから移住するっていう人も
僕めっちゃそれです
それですよね
増淵さんは今回のバルーナーズで
面白そう移住
面白そう移住
ダウンのこととか地域を盛り上げる
ロールモデル作れるとかが
すごい面白そうだなと思って
縁の床に来て
バルーナーズの募集を見て
差がかと思いながら
そうですねバルーナーズ募集を見てというよりかは
僕はスポーツ系はずっと関わってたので
プロスポーツDAOとかが
そもそもアンテナにあったので
ちょっと知ってはいる中で
働かせていただく計画が生まれたりしたので
すごいプロスポーツチームのある意味が
また一つ
めっちゃレアケースだと思うんですよ
こういう人たち少ないけど絶対いるんで
移住者の経験談
こういう人たちがいるかどうかめっちゃ重要ですよね
一人でも全然いいんですけど
先週やったああいうミーティング出すのも
一人刺さる人いたらいいなぐらい
誰かあなたのためにやってます
そうですねいいですね
実際に戻ってきてみたいな話聞きたいと思いつつ
我々結構移住組だったりするので
さが移住してきて投稿したら最後面白いですね
どうですか戻ってきてみて実際に
佐々木さん的には
とはいえギャップみたいな
逆に自分がユータン社として苦しんだことって何かあったんですか
ユータン社として苦しんだ
そうですね
うまく自分は使い分けができて
移住者ではあるんですけど
実は今も住んでいる実家があるエリア
実家の近くのエリアと
活動してた焼き物の街のエリアが
結構違ってて特色が
元々違う街だったのが
合併してるからですね
元々農家のエリアだったんですよ
農業エリアと焼き物エリア
通ってたんですけど
戻ってきたっていう立ち位置だけど
知らない街なんですよね
だから外目線をいい感じで
持って関われたっていうのがあったんで
結構これユータンの人で苦しむ
協力者に関わらずちょっと苦しむのが
元々の地元のつながりとか
しがらみみたいなので
いろいろビジネスにしろ
暮らしにしろ
やりづらさを感じるところも多分
いいところももちろんありますけど
やりづらさみたいなところも多分あったりすると思うんですよね
焼き物とか古い街のところなんで
どうしてもあの人とこの人があったりとか
いろいろ耳に入ってくるんですけど
全然自分はそういうのは関係ないから
フラットにみんなと付き合っていこうっていうのが
しやすかったっていうのがあって
仕事はそういう感じでしやすいし
でもそれで仕事はやって
家帰ったら全然違う雰囲気で暮らしてる
メリハリがつけられて
すごくそこは活動もしやすかったし
暮らしもしやすかったなっていう風に思ってます
新たな生活への適応
なるほどな
っていうのとあとは
自分が帰ってきたのは2015年なんですけど
2016年が有田駅創業400年という年だったんですよ
だからめっちゃ街が盛り上がってて
でっかいイベントとかやってましたよね
やってました結構もうずっとイベントやってました
400年ってすごいですね
400年の焼き物産業で続いてる街なんですよ有田は
なるほどね
400年一つの産業続けるって
すごいですよね
っていう時だったんで
めっちゃいろんな人がいたし
なるほど
盛り上がってて
そっかそっかほんと地域だけっていうよりかは
結構他も有田の焼き物
割と言っちゃうとグローバルな産業だと思うから
そういう面白さもあったってことですね
真嶋さんどうですか?
都会人としてさらに移住して苦しんだこと
まずめっちゃ楽しいんですよ
佐賀暮らし?
佐賀暮らし
なんで苦しんでることはあれかな
奥さんが戻りたいって最初ずっと言ってて
奥さんも都会の方?
厳密に言うと出身はあれなんですよ
山口とか地方の方なんですけど
ちょっと同じ感じで
天月じゃなくて東京に出て行って
ちょっと面白そうだから佐賀行こうぜ
のりで連れてこられて
もともとフルリモートで働いてたので
そんな問題なかったんですけど
ただやっぱり何ですかね
そういう感じで都会に出てたりするから
って思ってたら結構1年2年経って
馴染んで2年経って
馴染んでいくっていう希望があるんですね
そうですよもう全然
僕はいつか馴染むだろうって
絶対に馴染まないって言ってたけど
奥さんは?
絶対馴染むからって言って
結果的に今はいい感じですね
新しいですね
ご夫婦で移住検討中の人は
そういうこと結構ありますよね
なんなら今バルナズのスタッフになってるんですよ
そうなんですか
全然僕と別でユースのアカデミーとか
カウントしたりするんですけど
すごいそれは
最初はちょっとそれで
本当に奥さんのボルテージが上がったら
いつ離れなきゃいけないかみたいなのは
ちょっとそっちながらはありました
ちなみに何で馴染んだとかありますか
何が結構きっかけとした
きっかけとかあるんですか
なんかこれだっていうのよりは
多分慣れとかはあると思うんですけど
やっぱバルナズ好きに最初なってくれたんですよ
あれは大きかったですね
それはでかいかも確かに
あとはやっぱり都会好きとはいえ
別に満員電車好きとかではなかったりします
こっちで暮らした後
久々に戻った時に
ちょっとこの人混みきついわとか
比較していいねってなってきたところ
当たり前が書き換わってきた
そうそうそう
で何ですかね
都会はちょっと有田の方とかでもなくて
佐賀市の結構中心なんで
別に夢タウン行けば
割と全部ゾロゾロ来るし
生活そんな困ってるわけでもないし
友達とかその辺のところがちょっと
違ったぐらいで
生活基盤は意外と全然良かったり
確かに佐賀市ですよね
佐賀市都会ですからね
だからやっぱり友達とか
居場所感とかその辺は多分
支援していただいてるような
ああいうのが最初あると
よりそこは進みやすいだろうと思うんですけど
それが1年縦に寝たって定着してくると
なる感じになってきたなってなりますね
佐々木さんの場合も
奥さんの反対みたいなのはあったんですか
地域の魅力と課題
そうですね福島県なんですけど
逆だから
そんな暑いとこ無理とか
なりそうだなと思って
福島なんですけど
結構その田舎暮らしは
結構向いてるって本人が
好きなタイプだった
都会でちょうど子供が生まれて
1歳ぐらいで
保育園がみんな大柔軟規模落ちた
みたいなことがある中で
おかしいよねみたいな
この暮らし
おかしいんだよねみたいな話とかを
よく主張的にしてたので
佐賀はあんまりそんな感じではないですか
佐賀はもう全然
どこの保育園も基本入れるし
しかも一人一人に対する
見方というか
おせっかい
おせっかい
保育園のおせっかい
素晴らしい
全然不満最初っからなく
むしろ薬局で働いてたんですけど
おじいちゃんおばあちゃんとずっと接するから
自分は移住した外の人と接することもあるので
自分は標準語のまま言って
うちの奥さんが佐賀弁が
しかもおじいちゃんおばあちゃんレベルの佐賀弁が
喋れるようになってくる
ネイティブな佐賀弁が
どんどん染み付いて
うちの奥さんはまだネイティブ佐賀弁聞き取れないから
しんどいって言ってますね
佐賀市にいてそんなネイティブ佐賀弁みたいの
ありますか?
局所局所あるんですよ
僕もバルーンフェスタの組織委員会とかと話してると
結構頑張って聞きます
言葉は確かにした方がいいなというか
全然僕らしさですごい好きなんですけど
言葉を直すっていうよりは
移住支援みたいなところで
一緒に楽しく学ぶみたいな
とりあえずこれ言っといたら
佐賀さん喜ぶから言っとけみたいな
確かにそれおもろいですね
講座ですね
一応原田さんもちょっと触れときましょうか
僕は奥さん実家がこっちなんで
奥さんは馴染み切りますよね
僕は九州しか知らないという
マッポ市の仲間なので
移住というほどより九州として自分の
どちらかというと僕は都市に引っ越してきたんですけど
超都会過ぎて嫌だなと思ってたんで
鹿児島出身で僕がすると都市なんて
大都会
状況寄りなんですね
状況寄り
確かに
東京に来たぐらいの感覚で都市に来てるから
もうちょっと自然あればいいのにとか
思ってたけど
都市で暮らしてみるとすごいいっぱい自然があって
遊ぶ場所多いと思って
自然の良さとかを発信するような
そしたら周りのまさに
東部界隈の移住者の方々が
遊ぶとこないとか
どこで遊んだらいいかわからないって言われてたんで
そういう方向けに遊ぶ場所と遊び方を教える
みたいな活動を始めて
今のNPOのチャスターに立っているので
真逆ですかも
面白いですね
九州移住だと思います
実際皆さん結果的に
今移住してきてとか
暮らして決断良かったなって感じなんですかね
じゃないですかね
楽しいし
やることがいっぱいあって
余白だらけで
すっごい思う
自由
自分の物差しとか
自分の手で何かできるっていうことがすごく多いです
そうですね
そういう意味ではだから
物作り好きな人とか
自分で何か考えるのが好きな人
人は世の中とか社会の歯車感じゃなく
自分で作れてる感は感じられます
マイクラ好きな人だから向いてるはずですよ
そうですね
移住は
移住支援やってて
こういうことよく言われるとか
移住支援あるあるみたいなのあるんですかね
移住者の方がこれよく言うとか
前半で言ってた交通の便とかも
そうですね
イメージとかはどうですか
最初はこう思った
先に言うと結構
思ってたイメージと差が違ったのは結構
色々してて
全然便利だったりとか
田舎だと思ったけど便利だったりとか
あとみんな満足度高い感じは
魅力度ランキングとかで言うと
めっちゃ低い
なってるけど
住んでる人たちはすごい満足度高い
感覚は思ってますけど
昔の
出る前の
佐々木さんみたいな感じの人
あんまり会ってないので
それなんか最近変わってきてる
変わってきてると思いますね
今の知事が
すごい差が
差が最高って
笑い言葉で言って
自分たちの住んでる所いいよね
肯定的に発信してるとかは
誇りの情勢みたいなのがすごい進んでる
県民肯定感が
醸成されてる
僕の頃は
僕が東京行った頃は
SAGA時代だったんで
そうか
結構
馬鹿にされるっていう
いじられの対象みたいな
九州から来ましたってしか言えなかった
自虐ネタだからね
っていうところから結構
これがあるよあれがあるよ
自分もさっきの話
答えで言うと
あの
SAGAってめちゃめちゃ
歴史とか伝統みたいなのが
残ってる文化が残ってる
どの街にも
特色があって
地域の魅力と支援
それが今も続いてる
そのことを結構知ってる人が
ちゃんといるみたいなのが
多分都会にはないし
SAGAをそれが
別にあんまり表に出されてないけど
来てみるとすげーいろいろあるじゃん
みたいなのが
みんな驚かれますね
確かにそうかも
歴史伝統
ものづくりとか教育とか
七七賢人とか
確かにな
それはあるのかもしれないね
最近の若い子たちは
当時の佐々木さんみたいにもしかしたら
思ってないのかな
やってみましょうか
テイクアクションで若者調査とかやってみよう
でも確かに
実際どうなんですか
その気持ち変わったんですか
自分が
若者の時の感じてた
何もねーしみたいなのは
ひっくり返ってる
やりたいなと思ったことが
やれる
いろんな人が応援
してくれるし
県庁もすごく
手厚く支援してくれるし
街の人たちも
前向きに
頑張って
前向きな人がめちゃめちゃ多くて
女性めっちゃ前向きで
面白いですね
個人的にあれかもしれないですけど
一緒にやってて
楽しいですね
前向きな人たちがいっぱいいて
それこそ原田さん
お会いしたことそんななかったけど
知ってらっしゃるの
知ってたし
いろいろ頑張ってる人たちのこと
知ってて
その人たちの
前向きにサザエを盛り上げていこう
みたいな雰囲気があるのも
すごく魅力的で
全然
あの頃の錆びたガードレール時代とは
全然違って見えない
いいですね
その中に
バルナーズもあるっていうのが
入ってくると
バルナーズあるから
増えるみたいになる
佐々木さんとか
クレイさん自体は今後
こういうことやっていこうと思ってるとか
言える範囲でいいんですけど
何かあったりするんですか
先のビジョン
マッチング
佐賀に来た人が
しっかり佐賀に根付いていけるように
佐賀で
自分がやりたいことを実現できるように
っていうところをもっと
闘志できるような事業を
県全体で
話しながら
そういった事業をしっかり作っていきたいな
移住支援の取り組み
っていう思いがあるのと
自分たちは有田に拠点を置いていて
有田焼きっていう産業があって
そこも後継者とかの問題で
すごく苦しんでるんですけど
でも実際には
有田
焼き物作りをしたいっていう人たちは
全国見るといて
そういう人たちが
来て
そういう人たちを待ってるよっていう
体制作りとか雰囲気作りみたいなのが
もっとできれば
しっかりミスマッチでなく
お互いに
来て欲しい人に来てもらえて
行きたいところに行けて
っていうところを
しっかりそこの精度を高めていけるような
ことを今はずっと焼き物屋さんと
話し合いながら進めていて
今までの伝統的な人たちだけじゃなくて
若い人とかやりたい人も
そこの焼き物屋さんで
自分たちは
移住っていうところが
一つのキーワードで活動しているので
マッチングですね
人口減っていくんでどうしても
佐賀の人口も絶対減っていくのはしょうがないんですけど
でも
だから不幸になるわけじゃないので
しっかりそこは多分
ズレがない働きたいところで働ける
住みたいところで住めるっていうところを
もっと実現していけるように
そこのお手伝いができていきたい
がいいなと思ってます
今後のそういうね
佐賀の未来のそういう話テーマで
3時間ぐらいやりたい
お酒
いいですね
アフタートーク感じ
シーズン終わった時とか
ミートアップ全部終わった時とか
ぜひぜひお願いします
今こういう風に移住していきたいってなった人は
一旦どうしたらいいとかありますか
このページ見てねとか
佐賀県庁の
佐賀スマイルっていうホームページ
あるんですけどすごくここに
各自治体ごとの情報とか
まとまって出されているので
そこに連絡してもらえれば
すごい優しい
佐賀の移住サポートしてくださる
人たちいらっしゃるので
そこに連絡するのが一番いいんですけど
その中でも
クレイとして今やっているのは
移住してさらに起業する
人たちを応援するっていう
サガ掛けっていう名前で
取り組みをしているので
佐賀県の方々が参加してくれて
サポートしてくれますね
なのでぜひぜひ
また佐賀で自分がやりたいことを
実現させたいっていう人は
佐賀掛けのホームページ見ていただいて
エントリーをしていただけると
いろんな相談に乗ることができます
移住しようとする人だけじゃなくて
移住してそれこそ3年
以内ぐらいとか5年以内ぐらいの人でも
全然支援するので
ぜひ見ていただけたら
一応サガバルーナーズ側でも
試合来てくれたら
サガテイクアクションのブースを
アリーナの周りでして
そこで言ってもらえれば何かしらいい感じに
繋いだりもできる
何かしらいい感じになる
みんな来る人をお隣さんのつもりで迎えて
なので
アリーナ試合に来てくれる人は
そこブース来てもらえたら
いい感じに講演やったりもしますので
ぜひ引き続き広げていきましょう
ありがとうございます
では行きましょうか
最後の終わり方は
ちゃんと決まってるんです
ソイギンターって
言いますか
ソイギーとか
ソイギーって
組織委員会の人たちも
言う
ソイギンターも
あるんでしょ
一応バルナーズとして
ソイギンターチケット
次来てねっていうのはあるので
それと重ねて
ソイギンター当てて終わっていくので
ソイギンター合わせるので
一緒にお願いします
ではでは
ソイギンター
31:33

コメント

スクロール