1. アスカの毎日がHAPPYBIRTHDAY!!!
  2. #6 アメリカ大学留学生 坂井達..
2023-12-27 36:08

#6 アメリカ大学留学生 坂井達哉(さかいたつや)〜前半〜

ゲスト第2弾はアメリカ大学留学生の坂井達哉(さかい たつや)さんにお越しいただきました🇺🇸! 坂井くんと私は高校の同級生🤝 前半ではお互いの高校生活、アメリカへなぜ渡ったのか、そこに対する思いなどなどお話しました! 私のSpecial High School Classmate のお話をぜーひぜひ聞いてください✨👂

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現役大学生アスカが聞いたあと『何かちょっと生まれ変わったかも?』とその瞬間から元気になれるようなマシンガントークをお届けします!

そんな仕事があるのか〜!こんなキャリアもあるのか〜!といろんな人生の選択肢をご紹介していきます⭐️

ポッドキャストでお話してくれるゲスト大募集中です!

話している人も聞いている人もちょっと元気になれるような場所を目指しております。


〜自己紹介〜

名前: アスカ

2022/9~2023/6 約1年間 国立台湾大学へ交換留学。中国語を中心に言語学・文学・社会学など幅広く勉強中。

台湾留学中に東日本大震災発生の際の台湾からの支援に対して感謝を伝える日台友好活動である«謝謝台湾»に参加し、第12回目の副代表を務める。

留学中に得た経験から、将来は女性や子どもをエンパワメントできる人になりたいと思っている。

趣味は料理すること・ラジオを聞くこと(話すこと)・読書・散歩・ときどきカメラ。

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00:02
おはようございます、アスカです。
アスカの毎日がハッピーバースデー!
今回も始めていきたいと思います。
はい、みなさん、最近はいかがお過ごしでしょうか?
おそらくこれがアップされているのは、
これが私の最後の、2023年最後の配信になるかなと思うのですが、
クリスマスも終わって、
もういくつ寝ると、お正月と2023年に別れを告げる時が迫っているのではないかと思うのですが、
今これ撮っているのも、12月23日なので、
別れを告げる準備をどんどん始めていかないといけないのですが、
最近私が思ったことがありまして、
私は昔から過去を振り返るのが苦手で、
過去を振り返るのが苦手と言うとちょっと体操なんですけど、
何て言ったらいいんですかね、
何月に何をやったとかって、自分のことを振り返っていくのがとっても苦手で、
というよりも、来月何したいかなとか、次何したいかなとか、
今日は何しよう、あれは何しよう、これもしたい、これもしたいって考えている方が好きなんですね。
これが良いのか悪いのかちょっとよく分からないんですけど、
最近12月だし、今年私にとっていろんなことがあったから振り返ろうと思ったんですけど、
全然振り返る気が起こらなくて、まだ振り返っておりません。
反省とかした方がいいのかなと思うのですが、
昔から高校生の時とか中学生の時とかの、
もしも必ず自己採点しなさいって先生に言われてたんですけど、
私絶対自己採点したくなくて、いやもう終わったことだから、はい次ってしてました。
これが良いのか悪いのか皆さんはどっち派でしょうか。
そんな話は置いといてですね。
年内最後の配信はですね、またまたゲストをお呼びすることができました。
また今回もゲスト回前半、中途半端なところで年越すなって感じなんですけど、
前半で今回は前半となります。
今回ゲストに来ていただいた方も本当に素晴らしい方で、
なんというか、ここの同級生なんですけれども、
こんな形で繋がることができるとはと、
私は本当に自分ポッドキャストやってよかったなと思うことの一つですね。
03:02
いろんな、ちょっとだけ高校を卒業してもう3年くらい経ってるので、
だいぶ連絡取る人とかも限られてたんですけれども、
自分がポッドキャストやってるよって言うと、
言った時に声をかけてくれた1人で、ものすごく嬉しかったですね。
とかいう話もゲストさんとの対談の中でさせていただいておりますので、
今回の対談も素晴らしいものとなっております。
ぜひぜひ最後まで、後半も年始にはあげようと思ってますので、
聞いていただけますと嬉しいです。
ではどうぞ。
はい、では今回はゲスト第2弾ということで、この方をお呼びしました。
どうぞ自己紹介をお願いします。
はい、皆さんこんにちは。
坂井達也と申します。
現在カリフォルニア大学305校、通称UCSDという大学に通ってます。
専攻はビジネス経済学っていう、
日本でいう小学部と経済学をミックスしたような学部に所属してます。
この学校には今年の9月に編入学という形で編入しまして、
その前には僕が今住んでいるサンディエゴよりもっと北にある、
ベイエリアという地域にあるオローニコミュニティカレッジという短期大学に行ってました。
そこではビジネス学を専攻してて、
その他には大学野球部にも所属してました。
今趣味はトレーニングにすごい情熱を注いでて、
趣味を超えたというか、自分のライフスタイルの軸みたいなものになっている感じです。
よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
そうなんです。実は今アメリカとつないでおりまして、
今日本がちょうど11時過ぎなんです。午前中の。そっち何時ですか?
こっちは午後6時過ぎですね。
すごい。そんな時差の中やっております。
前回は台湾がつながりで出会った女性の方で、
いろはさんをお呼びしたんですけど、
急になんかアメリカから出てきたで、みたいな感じで聞いている方は思っていると思うんですけど、
私と坂井くんのつながりを最初にお話ししたいなと思います。
私と坂井くんは高校の同級生、平たく言うと。
高校の同級生で、でも同級生って言っても3年生の時だけ同じクラスで、
ほんまにこれは私の坂井くんに対する思いというか感覚、印象は、
06:03
1、2年生、ずっと野球部に所属されてて、
私は運動とか無縁の人だったので、野球部の男の子おるんやーくらいで、
2年生の時に、2年生ながらにして大会に出てた気がする。
試合に出させてもらってました。
そうそう、だから、うちの学年にそんな子がおるんやーくらいで、
3年生の時に初めて同じクラスになって、文化祭とかも、
私はすごい文化祭大好き人間だから、文化祭で一緒に劇やったりとかしてました。
でもほんまにその時、それくらいで一緒に遊びに行ったりとか、
学校終わった後に会ったりとかは全然なかったですよね。
なかったなかった、全然なかった。
そう、全然なくて、だからお互いのことも普通にうんって感じやったんですけど、
私は大学に進学したから、アメリカに行ったっていうのを、
インスタ繋がったのに、友達から聞いたりしてて、
うちら大学入学がコロナの年やったので、
やっと坂井くんアメリカ行けたらしいとかっていうのを人伝いに聞いておりました。
私も台湾に行っていろいろやったりとかするのをインスタで発信してて、
私も坂井くんのツイッターとか、
かっこツイッターか、かっこ急ツイッターとか、
今Xだからね。
そう、Xとか、そういうので発信してるのを陰ながら見てまして、
私がポッドキャストをするって言ってやり始めた時に、
ゲスト募集してますってずっと言い続けてたんですけど、
一発目に連絡くれたのが坂井くんで、
そう、もう私は本当に本当に嬉しくて、
なのでもう今日は超楽しみにしていました。
いえいえ、こちらこそすごい楽しみで。
はい、で、私とのつながりはほんまにそんな感じですよね。
そうやね、高3の時に同じクラスになって、
じゃあちょっと僕の印象も話させてもらうと、
さっきも言ってたけど、文化祭とか行事とかすごい積極的にやる子やなと思ってて、
この行動力というか、率先してやる感じがすごいなって思いながらいつも見てて、
そのイメージがやっぱり強いかなって思う。
ほんまに文化祭、運動は全くできひんから、文化祭とかも会えるのがめっちゃ好きで、
09:03
やってましたね、いろいろ。
うんうんうん、しかもね、毎回、毎年毎年やってたと思うけど、
その犬飼さんがリーダーとして仕切った劇やったりとか出し物とかやったり、
なかなかのクオリティになるやん、毎回。
恥ずかしい、ありがとうございます。
やっぱすごいなって思って。
っていう印象です、僕は。
ありがとうございます。
こちらこそです。
これをね、聞いてるのは、今のところ私の友達が多いので、
同じ高校の子らとかは、おーって思ってると思います。
こことここがいくか、みたいな。
うんうんうん。
ではでは、私とのつながりはこんな感じということで、
今回は私のポッドキャストのテーマが、
こんな道もあるんや、こんな選択肢もあるんやっていうのを聞いてもらって、
みんなにちょっとでも元気になってもらえたらいいなということなので、
今回は、坂井君ってどんな人、どういう経緯でアメリカに行ってて、
今何頑張ってて、みたいなのを聞いていけたらいいなと思っております。
はい、わかりました。よろしくお願いします。
では、早速質問をさせてもらいます。
これは本当に、私も気になってるし、多分聞いてる人も気になってると思うんですけど、
アメリカの大学に、私みたいに交換留学とかじゃなくて、
高校卒業しても一発目で行ってるわけか、
そこに至る経緯は何だったんですかね。
まずその直接高校卒業して、直接アメリカに行った理由っていうのは、
明確なその理由っていうのはないんやけど、
なんかその道が一番魅力的に感じたっていうのがあって、
っていうのがまず一つあります。
で、留学するに至ったきっかけというか、
ストーリーラインみたいなところで大きく3つポイントがあると思ってて、
振り返ったら、
じゃあまず、10歳の時のインドネシア生活っていうのをまず話そうと思ってて、
はい、お願いします。
これを何で話そうと思ったかっていう理由は、
確実にここでその海外に対する抵抗というか、
そういったものがなくなったなって今振り返るとあるからちょっと話そうと思います。
僕が10歳の時にお父さんの仕事の都合で、
インドネシアのジャカルタに4年間在住してたんやけど、
そこでは日本人学校に通ってました。
で、この日本人学校のすごい面白いのが、
やっぱり同じような教育の子たちが多いから、
本当に全国からいろんなバックグラウンドだったり、
今まで大阪の小さい地域で生きてきた人間が、
いきなり東京出身とか熊本出身とか、
12:02
いろんなところから集まった子たちと会えるっていうので、
いろんな考えあったりとか、
そういうのを持ちながら日々過ごせてたのが大きいのと、
あとは自分は野球やってたんで、
現地のインドネシア人の子とか、
あとはインターナショナルスクールでも野球やってたから、
アメリカ人の子だったりとか、
全然英語喋られんかったけど、
なんかジェスチャーとか野球を通じて、
やっぱりコミュニケーションをとったりするとか、
そういうのも含めてグローバルな考えというか、
グローバル交流と言われるっていうのを、
その10歳っていう年齢でできたのは大きかったなと思ってて、
これが大きな一つ。
あとはやっぱり自分の友達のお父さんやったりっていうのは、
やっぱりだいたい駐在できたりしてるから、
そういう海外で挑戦してる人たちと触れ合う機会もあった。
だから今振り返ると、
ここってすごい自分の人生において大きなポイントやったなっていうのが一つね。
で、二つ目に関しては、
中学での受験で実は一回挫折を味わってて、
おー!
中学の高校受験か。
はいはい、高校受験。
高校受験、自分は自分が行った高校に受かったっていうので、
最終的には成功した話であるんやけど、
その途中のプロセスではすごい挫折して、
実は高校の時の犬飼さんも、
僕も行った学校は実は当初は第一目標ではなくて、
おー!そうなの?
自分は県外にある大学付属の高校、野球も強くて、
勉強も頑張るすごい文部領土の高校があって、
そこに行きたかったっていうのがあって、
やっぱりでもレベルが高すぎて、
結局受けないっていう選択肢をしました。
これが自分の中で人生で初めての挫折やなと思ってて、
今まで野球で打てなかったとか、
結果が出なかったから悔しくて泣く、
みたいなのあったけど、
ほんまに人生の機能に立たされるような選択で、
自分の思ってるような結果に行かなかったっていう経験はここが初めてで、
だけど、高校ではもっと文部領土を極めて、
さっき言ったけど大学付属の高校やったから、
次は大学でリベンジしようっていう強い気持ちを持って高校に入りました。
これが2つ目のポイント。
これは文部領土って小っちゃい頃からお父さんからすごい言われてたんやけど、
よくさ、できた頑張ろうとか小学校の頃あったやん。
あったあった。
15:00
あれで頑張ろう一つあったら野球やめろってめっちゃ言われてて、
それは強迫状態みたいな。
強迫状態やんな、終わりみたいな。
どうにかして頑張ろう、できたにしないとみたいな。
すごいプレッシャーかかったんやけど、
でも頑張っていくうちにそれが自分の目的にもなってきて、
中学で高校受験のちょっと挫折とか失敗を味わった後に、
じゃあもっと高いレベルで目指そうっていう気持ちになったから、
自分が行った高校に入って、より意欲が高まったっていうので、
2つ目のストーリー。
なるほど。
3つ目が直接的な留学しようと思ったきっかけになるんやけど、
それが高校2年生の時なんやけど、
高校入ってからその時までは、
その大学、さっき言った大学に行こうってずっと思ってて、
日本のね。
そうそう、日本の大学にね。
だから、実力テストとかあった時に志望校書かされるやん。
第3志望まで多分書けたと思う。
書ける書ける。
覚えてて、全部その大学みたいなのにしてたんやけど、
すごいな。
そんだけ気持ちが強かったってことだもんな。
もうそこしか見てなくて、ほんまに。
気持ちがすごくわかる。
でも、その高校2年生くらいの時に、
あるYouTube、1本の動画がきっかけで、
もう留学したいっていうふうな気持ちになったんやけど、
それが、そのYouTubeが、
アメリカの大学野球の全米選手権、
日本で言う甲子園みたいな、
アメリカで言うと大学野球のこの全米選手権が、
そういう大きい大会にあたるんやけど、
その動画を見た時に、こんな世界があるんかって思って。
アメリカを知った、そこで。
そうそう。そこでアメリカを知って、
そこで結構衝撃を受けたから、
毎日毎日インターネットで、
アメリカ大学野球とか、
めっちゃわかるわ。
アメリカ大学留学とか、めっちゃ調べて。
調べていくうちに、アメリカの大学スポーツの制度に、
一定の成績を残してないと試合に出れないっていう制度が、
こっちはあるんやけど、
そこにすごい魅力を感じて、
自分はこう分部両道で、
頑張ろうと思ってやってきた。
で、日本の大学を目指してた。
だけど、その上のレベルがあるっていうのを知って、
じゃあ自分もこの環境に身を置きたいって思い始めたのが、
自分のその留学のきっかけ。
はいはいはい。
さっきもちょっと触れたんやけど、
大学では体育会野球部に入ってたって言ってたんやけど、
それがもう自分の留学のルートで、
大学野球留学っていうのをしたくて。
18:01
すごいね。
それがもう自分が留学したかった理由ですね。
なるほど。
英語と野球を頑張って、高校の間は。
で、東フルが入学条件の一つやったから、
それを取って、晴れて都米で来たっていう感じですかね。
それが留学に至るまでの背景かなって思います。
すごい。
なんか聞いてて、
ほんまに多分キーワードは分部両道やなと思って、
私メモしてたんですけど。
うんうんうん。
坂井くんのキーワードは多分分部両道なんだろうなと聞いてて、
思ってて、
プラス3個3つのエピソードをあげてもらったと思うんですけど、
おこがましい、おこがましいけど、めっちゃ似てるなと思って。
うんうんうん。
高校受験で挫折して、
でも多分その時にめっちゃこのままじゃ終われへんみたいなくらい多分思ってたと思うねん。
モチベーションすごかったね、今思い返しても。
絶対そうやんな。
絶対にこの大学に3年後行くんやと思ってたし。
そうやろ、絶対。
プラスアメリカやってなってからめっちゃ調べたりとか、
っていうのもすっごい似てるなと思って。
私も大学受験で、
今行ってる大学は一番行きたかった大学じゃなくて、
で、センター試験の点数とかが良くなくて、
一番行きたかった大学を受けなかったんよ。
で、第二志望多くらいにしてたところに、
めでたく受け出してもらって、今行ってるんやけど、
その時に、私入学する時に決めたのが、
この大学行く、めっちゃいい大学やで、
この大学に入学するんやったら、私も絶対に留学したろうと思って。
って思って、中国語とか勉強して、
でも台湾って決まったら、一生台湾のこと調べてるみたいな。
やったから、似てるなと勝手に思ってました。
そうだね、一回こうのめり込むと、すっごいハマっちゃうというか、
そうなの。
留学に魅力を感じてから、
ほんまにその日本の大学、行きたかった大学のことが、
なかったかのように、
それくらい自分の中から飛んだというか、
考えがすぐにシフトしたって、今振り返ると思うね。
そうやんな、すっごくわかる。
だって私、台湾留学、行きたかった年の1年後に行ってるんやけど、
21:00
その期間とか、若干気持ち悪いくらいずっと調べてたし、
そのために生きてるくらい。
いや、わかるわかる。
Googleの検索率とかもさ、ほんまに同じことめっちゃ調べてるみたいな。
見たやん、この記事みたいな。
ほんまにそんなんやったわ。
そうなんです、すごいなんか面白い。
こうやって話聞いてるけど、全然それこそ高校、さっきも言ったけど、
高校の時はそういう話もしたことがないから、
なかったなかった。
アメリカの大学に、だからもう私ら同じ暮らしになった時は、
もうアメリカの大学を見てたってことやもんね。
そう、だから進路相談の時も、
なんかびっくりはされたよね、先生からやっぱり。
でももう高2の時から言ってたから、
その話は高3の時はもう引き継がれてたから、その他人の先生に。
だからまあそんなあれやったけど、
でもびっくりはされたと思うな。
そうやな、絶対そうやと思う。
だってうちの高校から直接アメリカに行った子ってほんまにおらんくて、
おらへんよね。
自分の学年でも多分俺しかおらんと思うんやけど、直接行った子はね。
大学の制度とか、なんか交換留学とか多分いっぱいいっぱいあると思うんやけど、
日本の大学を経由せずにアメリカに逃避した子は多分、
俺の学年ではおらんかったし、
その高校の歴史的にも多分あんまりおらんかったんよね、話していたけど。
だからやっぱ情報がなくて。
だからもう何か情報が欲しいっていうので、
それで調べまくってたっていうのもある。
先輩もおらんかったから俺は。
そうやんな、聞けるあれもないよね。
おらんかった。
英語ネイティブの先生が一人おるやん、うちの高校に。
今でも覚えてるんやけど、授業前に一回聞きに行ったことがあって、
高校こういう目標があるんやけど、
おらんかった、過去にって言ったときに、結構渋い顔されたもんね。
いや、おらんね。
なかなかおらんねみたいな、何人かおるけど。
今おらんねみたいな、話をされたのは覚えてる。
すごい。
そうやってずっと動き続けてたってことですよね。
そうやね、それを決めてからは。
素晴らしい。すごいな、ほんまに。
では次の質問に行きたいんですけど、
晴れてアメリカに訪米ができまして、
その後野球留学なので、最初はずっと野球をやられてて、
最近また新しい大学に入学して、今ってなってると思うんやけど、
それまでに多分めっちゃいろんなことあったと思うねん。
24:04
あったあった。
アメリカ留学のあれこれ聞かせていただいてよろしいでしょうか。
了解です。
じゃあ、短期大学時代の野球と勉強を軸にちょっと話させてもらうと、
野球は2年間在籍してました、短期大学に。
自分はコロナの影響とかあって、短期大学に3年いることになったんやけど、
最初の2年間野球部に入ってました。
野球部の活動はやっぱりすごいいろんなことが経験できて、
すごいよね、ほんまにアメリカで野球やってたんやもんね。
いいことも悪いこともね、悪いことというか成功も失敗もいっぱいあって、
まず野球部に入りましたってなって、最初のシーズンがメンバー選考みたいな感じだったんやけど、
そこで全然結果が出ずに、アメリカの文化みたいなのにも対応できなくて、
メンバーに入れなかったよね。
それもすごい自分の中で1個失敗で、
だけどそこから絶対にメンバー入りはしようっていうので、
2年目のシーズンのメンバー選考はほんまに気合を入れて、
そこでもすごい調子悪かったんやけど、怪我とかもちょっとあって、
だけどなんとか入ることができて、
2年目の本番のシーズンはすごい良いシーズン、チームとしては遅れたんやけど、
でも自分の中では怪我であったりとか、ちょっと思うようにうまくいかなかったけど、
でもすごい濃い時間を遅れたっていうので、
2年目を境に、とりあえず野球は引退しようっていうので、
2年目のシーズンで、野球とは1回か、お休みしようっていうので、そこで1回引退して、
短期大学の3年目かな、自分は編入したいっていう思いがあったから、
これを、この編入っていうのは留学を決めた段階でルートの1つとしてあって、
目標の1つとしてあって、短期大学に2年行って、
4年生大学に3年生から編入するっていう、このルートをずっと持ち続けてたから、
で、この編入を野球でするのか、勉強でするのかっていうのが、
自分の短期大学の2年間で、
分からんもんね、それはね。
結果次第っていうのになって、だけど野球がダメでした。
だけど勉強があったから、勉強で編入しようっていうので、
最後の3年目の1年は編入に全てを費やしたって感じかな。
3年目の勉強に関しては、なかなかストレスフルで、
27:01
受験のスタイルが違うんやけど、
日本みたいに一斉にテストを受けて、点数次第で決まるみたいなのすごいプレッシャーなんやけど、
短期決心やん、やっぱり。
っていうよりは、こっちの編入ってGPA、
日本の大学でもあるけどね。
GPAの高さと課外活動とエッセイで決められるから、
日本でA1ニュースみたいなやつかな、
のがあるから、それが主流というか、ほぼそうやから、
やっぱり2年間の成績がすごいいるわけやから、
一つ一つのテストにすごいプレッシャーがかかるよね。
そっかそっかそっか。
日本の受験って、ちょっとボクシングで捉えると、
短期決心やから、右ストレートで一発バーンってしんどさくらい感じ。
分かる分かる。
だけど、アメリカの受験って、3年間とか2年間ずっと頑張らなあかんから、
ボディーブローみたいな、分かる?
ちまちまダメージくらうみたいな。
やられていってるなあ、みたいな。
精神的にくるような感覚やったかな。
エッセイもすごい考えて書いたし、
やっぱり周りの子とか、サポーターみたいな人を雇って、
そのエッセイを一緒に考えて出すぐらい、
それがやっぱりめちゃくちゃ大事やから、
みんなそれぐらい気合を入れて出すんやけど、
それも結構なかなかハードで、自分としてはね。
やっぱりプレッシャーがかかったから、自分個人的には。
もう絶対編入するってそこでも思ってたからね。
野球を辞めたっていうのがあったから、
野球を辞めた直後は、すごい空っぽの状態になってて、
自分のこの情熱を注ぐ場所が、勉強以外にないみたいな状態が、
自分の中ですごい辛くて。
やけど、その時に野球の補強でジムは行ってて、
トレーニングはしてたんやけど、
もうちょっと自分のやりたいようにトレーニングしてみようと思って、
やったのが、自分がそのトレーニングにはまったきっかけで、
そこからのめり込んで、毎日毎日ジム行ったりしてて。
そういう背景があるんやけど。
ちょっとここで挟ませてもらうと、
ぜひ皆さん、坂井君のインスタを見てくださいね。
すっごいことになってる。
見た人が不快にならんか不安に思いながら、
ちょっとあげてるんやけど、毎日。
自分のトレーニング記録としてあげたいから、
もし見たい方は、ぜひフォローしてください。
いやいやいや、全然駆け出しなんですけど、まだ。
駆け出し?
いやいやいや。
うんうんうん。
30:01
なるほどね。
だから、編入しようっていうのをいろいろ、
だから最初の時点で決めてて、野球を辞めて、
ストレスフルになりながら、いろいろ勉強も頑張り、
そこで、ジムというかトレーニングに出会ったみたいな。
そうやね、トレーニングに出会って。
今年の5月に卒業したんやけど、短期大学。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
その前に編入試験の結果も出て、
自分が思ってた90%くらいの結果は出せて、
すごい。
満足。
素晴らしい。
で、あとはトレーニングのあれなんやけど、
4ヶ月間減量を経て、5月に卒業した1ヶ月後の6月に大会に、
現地の大会に出て、階級があんねんけど、
その階級の中で優勝できて、すごい良い経験を得れて、
短期大学、結果的に優秀の美みたいなのを飾れたのは、
自分的にすごい良かったなって思いますね。
すごいな。
ちょっとここら辺ですね、長くなってきたので。
すみません。
一回切って、いやいや全然全然。
まだ私も聞きたいことがあるので、
次はですね、
編入がずっとルートにあったみたいなことを言ってたと思うねんけど、
私が気になってることね。
なんでそれがずっとルートにあったかっていうのとか、
あと、留学中の、
あと聞きたいこといっぱいまだまだありますので、
それを次回に聞きたいなと思っております。
すみません、なんか急いで。
分かりました。
じゃあちょっと後半戦へ参りたいと思います。
よろしくお願いします。
失礼いたします。
はい、いかがでしたでしょうか。
ゲスト第2弾でお呼びしたのは、
私の高校の同級生、坂井達也くんでした。
このポッドキャストを聞いてくれてる私の高校の時の同級生とかは、
少し、結構、ちょっとびっくりしてるんじゃないでしょうか。
結構、そことそこがつながるんやって、
ちょっとびっくりしてくれてると私は嬉しいなと思います。
お聞きしてわかると思うんですけど、
すごく前に進む、というか前を見る力がある方で、
私も高校生の時は対談の中でも言ったんですけど、
あんまり絡みがなくて話したことはなかった、
深く話したことはなかったんですけど、
こんな子やったんや、こんな子高校の時おったんやって話してて思いました。
やっぱり高校卒業してアメリカにそのまま逃兵するっていうのは、
なかなかね、私の周りではいない例だったので、
33:02
すごい苦しかったこととか辛かったこととか悩んだりとか、
ワクワクしたりとかいろいろあったと思うんですけど、
さすがそれを越えてきた彼だなと話してて思いました。
本当に私も元気になりました。
はい、でですね、これまだ前半戦なので、
後半戦では私からのいろいろ質問とか、
これから彼が何をしていきたいかとか、
将来について語っていただいておりますので、
ぜひぜひ後半戦も楽しみにしていただけますと嬉しいです。
あと辰也くんもですね、
あの、X、かっこQ、ツイッターの発信とか、
インスタグラムとかもありますので、
ぜひぜひフォローしてチェックしていただけますと嬉しいです。
はい。
では、2023年最後のご挨拶ですね、
させていただきたいと思います。
このポッドキャスト、アスカの毎日がハッピーバースデーは、
先月の11月18日にまだまだ始めたばっかりで、
なんですが、2人にもゲストに来ていただきましたし、
来年も、来年からもゲストをたくさんお呼びしたいなと思っております。
この配信を聞いてくださって、
いろんなコメントとか、いろんなフィードバックをくれる友達もたくさんいまして、
本当にこのポッドキャスト始めてよかったなと思っています。
やっぱりいろんなライフステージ、
それこそ私でいうと大学を卒業して就職するとか、
例えばこれから結婚するとか、
いろんなライフステージを上げていく中で、
いろんな人とつながって、いろんな人と添えになってってしていくと思うんですけど、
このポッドキャストを通して、
昔の友人とか、これからの縁とかも、
いろんなところにつなげていけたらいいなと思いますし、
この配信を聞いて、
あ、なんかあすかちゃんこんなことしてるんや、
私もなんかこういうことやってみようかなとか、
なんかこうおこがましいですけど、
人にちょっとでも元気とかやる気とかを与えられるようなものにしたいなと思ってますし、
するつもりですので、
皆さん来年もどうぞこのポッドキャストと私あすかをよろしくお願いいたします。
今年は本当にいろんな人に会って、いろんな人と話して、
いろんなこと考えて悩んで、体調崩して、また元気になってっていう忙しい毎日でしたが、
とっても楽しかったなと思っています。
私があるのはみんなのおかげかなと思いますので、
これからも本当にどうぞよろしくお願いいたします。
今年はありがとうございました。
ではでは、よいお年を。
バイバイ。
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