中学校卒業式への思い
みなさんこんにちは。ちょっと変わった造形教室あそびやさんをやっています。ばばさくらです。 最近では造形教室だけじゃなくて、不登校はギフトでしかないっていうお話をしています。
ということで前回の配信からあっという間に1週間が経ちました。 うちはいつもお話ししてますけども、上が専門学校の1年生、そして下が中学3年生で
この間の3月11日に中学校の卒業式、無事に行ってきました。 その辺の話をしたいと思います。
4年前の特別な卒業式
前にも話してますけども、上の子の4年前にね、上の子は中学校を卒業してるんですけども、中学校時代はね、ほぼ教室に行かなかったので
卒業式は、本来の卒業式が午前中だったんですけれども、息子は午後の部っていうのを先生が作ってくださって、その学校、教室に行けなかった子の中でもその午後なら来れるっていう子が4人いて、
その4人だけの卒業式っていうのをしてもらいました。
なので、中学校の卒業式はね、2回目、私にとって2回目ではあるんですけれども、その午前の本来の卒業式に出たのは初めてだったので、なんかこう改めてその世界を裏側から見たような気持ちでした。
なんかあの時、午前中にはこういう世界が広がってたんだなーって思いながら見ていました。
その4年前の卒業式がどういう感じだったかっていうと、午前中、本来の卒業式が終わった後、その体育館の会場をそのまんまにしてあって、そこに午後2時ぐらいからだったかな、午後の部に出るっていう子が4人来て、
そのがらーんとした150人の卒業生の席の中の自分の本来の席にポツンポツンポツンと4人が座って、
で、午前中と同じように、開会の言葉から校長先生の祝辞から全部やってくださって、最後、先生たちはみんな参加してくださって、最後、体場のところまでやってくださったっていう卒業式だったんですけども、
そんな卒業式を経験していて、今回、下の子は普通に午前の卒業式に、本来の卒業式に出たんですけれども、
なんか偶然、その4年前に、その4人の卒業式の時に座った席に座っていることに途中で気づいて、あ、同じ場所から見てる景色だけどこんなに違う世界だって思いながら見てました。
その4年前の4人の卒業式の時は、保護者はね、本当に大きな保護者席に、私ともう一人お母さんはいただけで、2人だけしかいなかったのでね、本当にポツンと2人で隣同士に座って見てたんですけども、
今回はいっぱい、もちろんね、当たり前ですけども、保護者席にいっぱい保護者がいて、2年生もね、みんないましたし、体育館の中にいっぱい人がいました。
感動の瞬間と「今」
私にとってその卒業式の楽しみっていうのは、我が校の成長ももちろんなんだけど、今までここまでずっと一緒に育ってきた仲間たちの顔を見れるっていうのもものすごく楽しみで、
入場の時から知ってる子たちがいっぱいいて、入ってくると立派になったなって思って、それだけでも感動しちゃったんですけど、やっぱりそういうのが見れるのが嬉しくて、すごい感動しちゃったんですけども、
だけどなんかその一方で面白いなって思って、その子たちは別にその入場してくる時が別に特別じゃないっていうか、入場してくる時に特別に成長しているわけじゃなくて、毎日の中の一コマ、その入場してくるところっていうのが、
なんていうんだろう、その子たちの一瞬の一コマであって、なんでその瞬間にこんなに感動してるんだろうって考えてみると、やっぱり今ここにあるっていうことなんだろうなって思って、
普段道とかであって、おはようとか言っても、それが別にその前日であっても、そんなに感動するわけじゃないっていうか、でも改めて入場してくる子どもたちを見て感動するっていうのはやっぱり、
なんていうんだろう、そのこの瞬間に意識があるから、今こういう時なんだなって、今を味わうからきっとみんな感動するんだろうなって思って。
だから面白くて、その子どもたちに聞くと、入ってくる時に泣いてる子もいれば、全然無表情で入ってくる子もいるし、本当に涙なんて全く出なかったっていう子もいるし、
でもそれがその3年間がどうだったかとか、そういうことには直結してないなっていうのが面白いなと思って、たぶん子どもたちも入場して入ってくる時に、今この瞬間っていうものを感じられる状態だった子は、
まあこう、なんていうかな、涙が出たりとか、それはなんだろう、どういう涙かわかんないけど、そういうふうになるけども、でも、例えば証書をもらうのできるかなとか心配してたりとか、
今そこに意識がない、その現在に意識を向けられない子たちは、もう涙どころじゃないっていうか、そういうことなんだろうなーなんて思いながら見ていました。
だからやっぱり、今ここにある、自分が今ここにいる、あるっていうことを感じられた時に、人はなんかこう感動するのかなーなんて、そんなことを思いながら見てました。
うん、だからその4年前の卒業式を思い返しても、なんか感動の涙とかって、なんか全然出なくて、その時は午後に来てくださいって言われて、何が行われるのかも知らされないまま午後に行ったら、
そういう午前と同じスタイルの卒業式が待ってて、そのがらんとしたところに座るように案内されて、なんかその、え、どういうこと、どういうこと、え、こういう式をするのって、
で、それでもうなんかこう、いっぱいいっぱいで、感動するとか、え、この後何が起きるんだろうみたいな、そういうのが先で、感動っていうよりなんか、うん、感動とかそこに行けなかったんですよね。
うん、だからそれも、まあそういうことなんだろうなーって思いました。
合唱に込められたエネルギー
うん、で、まあ今回の卒業式に話を戻すと、一人一人壇上に上がって賞賞をもらったりした後に来賓のお話があったりとか、まあ、あの、したんですけども、
なんだろう、うーん、来賓の方の挨拶とかって、まあ知らない方だったりとかするし、そんなに集中できない、集中して聞いてなかったりするんだけど、やっぱりまた最後に合唱が始まったりすると、ぐーっと引き込まれて、
で、それがまあ前回お話しした3年生を送る会の時も、同じ合唱を披露してくれたんですけど、その歌が始まるとやっぱりぐーっと引き込まれて、で、ものすごく感動したし、
うーん、なんて言うんだろう、もうこの曲が終わらないでほしいって、ずーっとここにいたい、この時間にいたい、この時間に留まっていたいって思った。
日常生活の中でそう思わせてくれることって、まあほぼない。この時間が永遠に続いたらいいのにって思うような時間ってなかなかなくて、だからあの歌の時間っていうのはやっぱすごいなーって思いました。
で、なんだろう、歌なら何でもそうなのかなーって思ったけど、卒業式が終わった後に、もう卒業生も退場して在校生も退場して体育館に保護者だけになった時に、学年主任の先生がこの1年の様子みたいなことを話してくださって、
その時に、やっぱこの学年のカラー、すごく一生懸命やる学年でしたみたいなことを話されてて、
学年のその雰囲気が合唱の、歌った時の雰囲気、エネルギーっていうか、全体の合唱の仕上がりっていうものに直結してるって、その学年主任の先生がおっしゃった時に、
あーそうなんだ、そんなになんかこう、いろいろ聞き比べたことがないから私はわかんなかったけども、そうなんだーって思って、だからその合唱の、合唱からあのもらった感動っていうのは単に歌だからとか、
たくさんの子たちが歌ってるから感動したわけじゃなくて、その子たちのエネルギー、思いっていうか、なんていうんだろう、響き合わせよう、響き合う気持ち、響き合う気持ちっていうものがやっぱりこっちに飛んできてるんだなーって、だから感動するんだなーって、
当たり前の話かもしれないんですけども、改めて思いました。
複雑な思いと素直な感動
この合唱っていうのは先週もお話ししましたけども、先日の3年生を送る会を見に行った時にも、3年生が歌ってくれてた曲、ラドウィンプスの正解と嵐の回答だったんですけども、
それを聞いた時に、先週、なんだろう、なんかすごく感動したのに素直に感動しちゃいけないような気持ちがあって、それはなんでかっていうと、
自分は息子が不登校だったことを経験してるから、こんな瞬間にもここに参加できない子がいることを知っているし、だからなんか両手放しで喜べない、それを複雑な思いで見ている子がいるって思ったら、なんか両手放しで喜んじゃいけないような気がしてたんだけど、
でも、先日の3年生を送る会の時に、そうじゃないなっていうふうに気づいた瞬間があって、それと同じようにこの卒業式の時にも、
なんだろう、両手放して喜んじゃいけないなっていうことは思わずに素直に感動しました。
この卒業式もね、その4年前の我が子と同じように、やっぱり出れてない子がいたし、いるの知ってたし、そういう子のことは気になったけれども、でも、あの時の私はそこに胸を痛めていたけれども、今の私はその一コマ一コマが今に繋がる、
一つのプロセスだったっていう、全部に意味があったっていうことを、今は分かっているから、もう経験して知っているから、だから、この卒業式を見ても、自分の心が痛むかなって思ったけど、全然痛まなくて、
本当に、ただただ、ひたすら4年前のあの日が懐かしいというか、愛おしいというか、そんなふうに思いました。
4年前の卒業式と熱の原因
4年前の卒業式の時には、あまりにも頭がぐるぐるになって、心がかき乱されて、夜、熱を出したんですよね。
で、なんで熱を出したかっていうと、その卒業式、その4人の卒業式が終わった後に、先生が来て、なんか何もできなくて、申し訳なかったって、すごく頭を下げられて、
で、それを見た時に、本当に私はびっくりして、なんかその、私はなんだろうな、学校がああだったらいいのにとか、こうだったらいいのにとかっていうのは、割と早い時点で手放していて、
自分とその、なんていうんだろう、自分の問題、自分の中のテーマであり、息子の中のテーマであり、学校はその外側にあるっていうか、って思っていたので、
あんまり学校に決意的連絡するぐらいで、カウンセラーともつながらなかったし、コーディネーターの教育相談コーディネーターの先生には、別室を使えるようにしていただいたりとか、そういうことはもちろんお願いしてたんですけども、
それ以上のことは、なんか全然もう、あのー、特にリクエストとかは、なかったので、本当に思ってなかったっていうか、なかったので、そんなに学校に連絡をしなかったんですよね。
だけどそんな風に、なんか本当に先生が、もう涙ながらに、なんか何もできなくてなんておっしゃったので、私はなんか逆にすごくびっくりして、あーなんかすごい一方的っていうか、じゃあ何か、もっと学校と話し合ったりとか相談したら、何か違う形になったんだろうかとか、
あと、なんだろう、その先生が思うほど悲惨な状況でもなかった?なんかこういう、学校に行けてないって言うとすごくなんかかわいそうな子みたいに先生は思ったんだと思うけれど、でもそんな中にも、何て言うんだろう、発見がいっぱいあったりとか、
出会うものがいっぱいあったりとか、この道を歩いてなかったら出会えなかったものがいっぱいあって、だからこれはこれで本当に意味があったって思っていたところに、なんかもう本当かわいそうだったみたいに言われたから、なんかこう、もう一言では言えない、なんか複雑な気持ちになっちゃって、
何て言うんだろう、すごくかき乱されたというか、もう本当に不登校だったけど心穏やかに過ごしてきたのに、その卒業式の1日でものすごくざわざわしちゃって、かき乱されて、もうなんか収集のつかない気持ちになっちゃって、熱が出ちゃったんですけど、
そんなことも懐かしく思い出したりしてました。
卒業後の打ち上げと偶然の出会い
今回の卒業式もやっぱり感動したりとかして、何て言うんだろう、嫌な疲れではないけども、結構エネルギー使ったなって思って家に帰ってきたんですよね。
それで夕方から有志のお母さんたちでお疲れさん会っていうか打ち上げみたいなことが割とこじんまりあったんですけども、顔見知りのお母さんたちが誘ってくれたので行ってみようって思って楽しみに卒業式の後、夜出かけて行ったんですけども、
そうしたらすっごい嬉しいことがあって、声をかけてくださったお母さんがいたんですけども、そのお母さんはうちの上の子とそこのうちの上の子が同い年で、
同じ時期に中学にいたんですけども、そうしたら聞いたら、そこのお子さんもちょうど入学して1ヶ月ぐらいで教室から離れちゃって、別室を利用したりとか、お家にいたりとかそんな時間をずっと過ごしてきて、
だから本当に同じような経過をたどっていたみたいで、その後に行った通信生高校も一緒だったりとかして、キャンパスは違ったので2人が出会うことはなかったですけども、
本当に全然知らないところで同じような悩みを抱えて同じようなことをしてたんだなっていうことを、あれから4年経って知るっていうのが面白いなと思って、
しかもそこのお子さんも1年間高校に行ったけど、通信に転学を、2年生のタイミングで通信に転学をしていて、うちも1年間山形の県立高校に行ったけど、2年生になるタイミングで同じ通信に転学してたりとかして、
その通信生高校は飛鳥未来高校っていう高校なんですけども、2年生から入ろうと思ったら、もう間もなく店員いっぱいになるから急いで急いでなんて言われて、
あの時山形から慌てて息子に帰ってきてもらって手続き、本当に大急ぎで手続きして滑り込んだ記憶があるんですけども、そこのお子さんは多分同じ時期に同じように転学の手続きしてて、ギリギリ間に合わなかったっていうことをおっしゃってたので、
本当にタッチの差っていうか同じような時に同じような手続きしてたんだなって思ったら、もう本当になんか当時、もう喋りたかった、中学時代も出会えて喋れてたら面白かったろうなって思うし、その転学の時期なんかも喋れたら面白かっただろうなーなんて思って。
でもまたそれが4年経った今、そうやって出会うっていうのがね、またこの、私はそういうの天使のウインクって言うんですけども、なんかそんなものにも思えて偶然じゃない、この時に出会うお互いに大変な時を乗り越えて、
そして今出会うっていうのも意味があっていいのかもしれないなーって思ったりもしました。
母親たちの変化と子育て
私は子供が小学校の時には結構PTAの仕事とかをやったりもしてたんですけども、中学になってからはもう全然やってなかったので、学校に行く機会もすごく少なくなって、あっという間に中学校終わって、
この卒業式だったりとかその直前にバタバタと行事がある中で、久々に懐かしいいろんなお母さんたちとお話しする機会があって、
お母さんたちもね、同じメンバーなんだけど、でもその幼稚園時代に話してた世界と小学校時代に話してた世界と、
そしてそこから飛び越えて、高校生になろうとしているこの時に話している感じっていうのがまたなんていうか違って、
母たちもお母さんたちもなんかすごいかっこよくなってるなと思って、私はそれも感動しちゃって、やっぱ子育てってすごいなって思って、
みんないろんなことを乗り越えて一見何の問題もなさそうに見える人たちも子育てにおいて、いろんなエピソードがあって、いろんなテーマがあって、
当たり前だけどもっていうことを改めて感じて、もっともっといっぱい喋っておけばよかったなって思いました。
今日はそんなお話でした。最後まで聞いてくださってありがとうございました。バイバイ。