1. あそびやさんの「不登校はギフトでしかない!」
  2. #37 しゃべる事って自分の話を..
#37 しゃべる事って自分の話を聞いてあげることかもしれない。
2026-07-06 11:27

#37 しゃべる事って自分の話を聞いてあげることかもしれない。


---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/65b1a8bdd47b013105857090

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:01
みなさん、こんにちは。あそびやさんをやっています、ばばさくらです。
昨日はですね、久しぶりに、不登校からの高校進学っていうテーマで、学校の情報の話をしました。
久しぶりでした。
一般的な子たちは、全日制の学校に進んでいくと思うんですけども、
不登校からの進路っていうとね、もうちょっと時間が短い方がいいなとか、人数が少ない方がいいかなとか、
いろんなニーズが出てくるのでね、こういう学校あるよ、こういう学校あるよっていうような情報としての話をしました。
私はそういう話も面白いなと思って好きなんですけども、やっぱり最近はね、思ったことを話すっていうのがいいなと思っていて、
ここで私がお話しする意味っていうのは、
皆さんに何かが伝わったらいいなっていうのもなくはないんだけども、
これって自分の話を聞いてあげてるっていうことなのかなーって思っています。
自分が自分のために話す、やってみるとねすごく感じるんですけども、
自分の話ってなかなか人に聞いてもらってなかったりもするし、
でも結局人に聞いてもらってもあんまり意味はなくて、
自分で自分の話を聞いてあげるっていうことがやっぱり一番大事なことなんじゃないかなって思います。
そういう意味で喋るっていうのは、自分を振り返ったりとか、確認するっていうか、
そういうことをすごくするのでね、皆さんにもおすすめだなーって思います。
今日はですね、
寿司市の教育相談研究所、教育研究相談センターっていうところがあるんですけども、
そこの企画で不登校を抜けた人の話、不登校という状態を通り過ぎた、
人の話っていうのをやるっていうんで、
私とうちの息子もスピーカーとして読んでいただくことになりまして、
今日はね打ち合わせに行ってきました。
その時もね、久しぶりに息子とも不登校の話、
03:07
遠い昔の話になってしまっていて、
もちろん忘れちゃってるわけじゃないけど、最近そういう話を息子ともしてなかったんですけども、
久しぶりにちょっと振り返ったりしていて、
息子もね、やっぱり何て言うんだろう、
何て言ってたかな、振り返ること?
喋ることは、自分を振り返るとてもいい機会になるから好きだって言ってました。
その気持ちね、私もすごく分かるなーって思って、
誰かに何か役に立つかなっていうんじゃなくて、
自分のために話すっていうことを、
それがやっぱり一番なんかいいなーって思うようになりました。
そんな風に思ってたら、さっきインスタでね、
偶然流れてきた言葉に、
何て書いてあったんだっけな、
誰も聞いていないかのように歌い、
一度も傷ついたことがないかのように人を愛し、
なんだっけな、
天国のように、ここが天国であるかのように生きよう、
もう一つなんかあったな、
なんかね、それがすごく今の私に響いて、
なんか涙が止まらなくなっちゃったんですけども、
やっぱりその自分のためにっていうところが響いたのかなーって思いました。
不登校のテーマっていうのもすごく奥が深くて、
不登校のテーマからいろいろ掘っていっても、
結局自分っていうそこにたどり着くんだと思うんですけども、
例えば、学校に対して最初はね、いろいろリクエストしたくなっちゃったりとか、
学校が悪いってね、責めたくなっちゃったりとか、
そういうことって起こると思うんですけども、
それをね、ずっとずっとずっと掘っていくと、掘り下げていくと、
そのテーマって自分の中にもそっくりそのままあったりとかして、
なんていうんだろうな、
06:01
例えば、学校という場所が個人よりも全体の動きだったりとか、
全体が大事?
個人の思いよりも全体の団結だったりとか、
多少のことは我慢して合わせていくっていうことが大事みたいな価値観があって、
で、それに対して息子は違和感を持って、
もうそんな世界には行きたくないって言って、
最初私は学校の世界って本当にそうだよね、みたいに思ってたけども、
よくよく考えると、自分の中にも同じものがあったなーって思って、
自分もやっぱり、
自分を大事にするよりも割と相手に合わせたりとかやってきたし、
だからなんて言うんだろう、
学校の先生がどうとかもうそういう話じゃなくて、
みんなで一つの大きなテーマを抱えているっていう風にすごく思うんですよね。
先生も保護者も何にも変わらなくて、
共に同じ時代の同じ価値観の中を生きてきたもの同士であって、
その中にある価値観みたいのって全然違わなくて、
同じような価値観の中で生きてきて、
やっぱり相手に譲ることが素晴らしいとか、
自分はちょっと我慢してその場がうまくいくことだったりとか、
自分が我慢して、
相手に譲ってあげるっていうことを大事に生きてきた時代。
そういうものを自分の中にしっかりと根付いていて、
そういう価値観で生きていて、
それに全然気づかずにその表面的に、
学校が個人を大事にしてくれないとか言ったり、
責めたりしたくなっちゃうんだけども、
本当にそのまま自分の中にそれがあるっていう風に思うんですよね。
09:06
だからまずみんな自分の話を聞く。
自分がどんな思いでいるのかをよく知る。
自分が自分のことを知るっていうことに気づかせてもらったのかなって。
子供が学校のことを、
例えば個人よりも一人一人よりも全体が大事なんだよって言ってる時に、
それって自分の中にもあったなっていうことに気づかせてくれた?
そんなにすぐにわからなかったし、時間かかったけども、
気づかせてくれたっていうことがものすごく私にとってはギフトだったなって思いました。
だからこの不登校っていうテーマを一つ抜けた時にはね、
こんな素晴らしい景色があったんだって、
本当に思ってこの道を歩いてきてよかったなって、
心から思ったのがね、今でも印象的ですけども、
今はね、そこであの道は終わりじゃなかったのか、
まだまだ先はあったのねって、
今思ってちょっと足踏みしているところではあるんですけども、
そうやって前に進めてくれること、
子どもが体張ってそういう世界を見せてくれてるっていうことに関しては、
もう本当に感謝だなーって思っています。
今日はそんなことをお話ししてみました。
それでは最後まで聞いてくださってありがとうございました。
バイバイ。
11:27

コメント

スクロール