自分と相手の違い
はい、どうも。丸山のコミュニケーションです。
まずは、おめでとうございます。
ということで、今回は、自分≠相手という話をしていきます。
はい、自分≠相手ですね。
これは、自分の考えていることと、相手の考えていることは、同じではないですよ、というような話ですね。
not equalはね、言いたかっただけです。
これは、人間関係において、陥りがちな考え方ですよね。
自分が考えていることは、相手も考えていると思ってしまう。
自分がしてほしいことは、相手もしてほしいことである、というように思って、よかれと思って、発言をしたり行動したりする。
その実、相手は、そんなことはしてほしくなかった、言ってほしくなかった。
よく、されて嫌なことはしない、というふうに言うような表現がありますよね。
人にされて嫌なことは、人にもしない、ということ。
当然、そういうこともあると思います。
例えば、ぶたれて嬉しい人はあまりいない、と言ったり、罵られて嬉しい人はいない、暴言を吐かれて喜ぶ人はあまりいない、
コミュニケーションにおいて言うとですね。
このようなことは、共通の認識としてはありますよね。
例えばですけれども、ただそれが嫌じゃないというような人も、もしかしたら一定数いるかもしれないですね。
ですから、すべてのことにおいて言えることですが、
こうした、自分がされて嫌なことは相手にもしない、というようなことがあるとはいえ、
100%そうであるというようなことは、何事にも言えない、というようなことがありますね。
もしかしたら、ぶたれて嬉しいとか、罵られて嬉しいとか、そういう人も中にはいるかもしれないですね。
私はそういう人と出会ったことがないですけれども、もしかしたらいるかもしれないですね。
そういう意味で、極端な例ですけれども、
コミュニケーションを取る上でも、人間関係を築いていく上でも、
自分自身がされて嬉しい、もしくは嫌だ、というようなことが、
必ずしも対象の人、あなたがコミュニケーションを取る相手がそう思うとは限らない、というようなこと。
まず、これを念頭に置く必要がありますよね。
いいこととされていることであればあるほど、
例えば、人を称賛したり、ねぎらったり、そのようなことをしたとしても、
たとえ自分がそれで嬉しい、というふうに感じるとしても、相手はそう思わないかもしれない。
相手がいいというふうに思うようなことは、何か分からないわけですよ。
相手に聞かない限り。
その聞いた内容が、そもそも相手も真実を話してくれるかどうかはもう分からない。
ですから何も分からないというふうにね、そういうことになります。
ですからここで言いたいのは、相手のことを決めつけないということなんですね。
自分がいいと思っても相手はそうは思わない。
コミュニケーションの重要性
自分が嫌だと思っても相手はそうは思わないかもしれない。
断定をして、あなたはこれこれこういう人ですよね、こう思いますよね、だからこのようにします、このようにしません。
そういうことを自分の判断軸で行わないということです。
自分がそう考えているから相手もそうだというふうに思わないことですよね。
決めつけというのは、それがあっていればいいですけれども、もし違った場合には相手が言ってくれればいいですよ。
自分がしてほしいことはそういうことじゃないんですと、それをされたら私は嫌なんですというようにですね、相手が言ってくれるような人であればいいですけれども、
じゃあわかりました、それをやりますとかやめますというふうに伝えることができるじゃないですか。
言ってくれない場合もあるわけですよね。
それを言うと角が立つから言わないでおこう。
この人はこういうことをするからあまり関わりを持たないでおこうというふうに思われるようなこともあれば、逆であればいいですけど、そのうれしいというふうに思ってくれるのであればいいですけれども。
ですから繰り返しになりますが、自分がしてほしいことが相手のしてほしいことではないかもしれない。
自分がされて嫌なことはしないというようなことがありますが、必ずしもそうとは限らない。
このような考え方を頭の片隅に持っておくということですね。
特に決めつけ断定をしてしまうような傾向がある場合に。
そうでなければ別にいいんですけれども。
そういう傾向がもしあるのであれば、いやいやちょっと待てと。
自分がこのように考えているけれども、相手はもしかしたらそうではないかもしれない。
であれば聞いてみようと。
かつ聞いた上で相手が答えてくれたことも真実ではないかもしれない。
そうなるとよくわからないというようなことになってしまいますが、自分と全く同じ人間というのは世の中に一人もいませんから。
ですからよくわからなくてもいいと。相手のことがよくわからなくてもいいというような、そういう結論に至りますよね。
よくわからないことを受け入れる。それが人間関係の醍醐味ということでもあれば。
100%相手のことがわかってしまったというようなことであれば、それは面白くないと思うんですよ。
相手のことがわかってしまうというか、そんなことないんですけどね。
わかったと思ってもわかってない。
人間関係の無知の知事ではないですけれども、相手のことがわかりましたというようなことは、それは思い込みであって、そんなことはないわけです。
どれだけ親しい人と出会ったとしても、100%お互いがお互いのことをわかりあえるということはない。
それが面白いと。
99%くらいはね、もしかしたら長年連れ添った夫婦とか、そういう関係であればあるかもしれないですけれども、100%はないわけですよ。
ということを、さっきも言いましたけれども、頭の片隅に置く。
一心同体なんていう言葉もありますけれども、一心99%同体みたいな、そんな感じですかね。
100%同じということはないと。
ですから、自分がそう思っているから相手もそう思っているということは決めつけない。
とにかく、今回の話で言いたかったことは、自分と相手が全く同じであるということはないですから、
自分のとイコール相手ということを、頭の片隅に置いてコミュニケーションをとっていきましょうと。
相手を理解する姿勢
そういうことですね。
つまり何が言いたいのかというと、自分のとイコール相手。
自分が考えていることを、相手も考えているということはないということですね。
自分がして欲しいことを、相手もして欲しいということはないかもしれない。
また、されて嫌なことはしないということがありますけれども、その限りではないかもしれない。
お互い100%分かり合ってます。ということはないということですね。
これを思っていればあなたはこのように考えていますよねというふうにこうしてもらえると嬉しいですよねとか
こうしてあげると嫌ですよねとかそういうことを決めつけなくなる
決めつけないということは人間関係を築いていく上で非常に大事なことですね
相手にわかってもらえたというふうなことがあれば嬉しいは嬉しいと思うんですけれども
そうではないということもあり得る
あなたが相手のことを決めつけるにせよ相手から仮に決めつけられたにせよ
あなたに私のすべてがわかっているとそうは思わないでくださいというふうにですね
なりますよねお互いがすべてが分かり合っている100%考えていることがわかるというようなことはない
ですから一言に集約すれば自分と相手は100%同じではないから
コミュニケーションをとる上でそれを頭の片隅に置いておくことで決めつけることはせず相手への配慮ができるというようなことですね
はいありがとうございました