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2026-03-16 22:58

「時間の儚さ」は、アートに昇華する ~六本木クロッシング2025~

過ぎ去る時間は、どのようにアートになるのだろう?

森美術館で開催されている企画展「六本木クロッシング2025」で、印象的だった作品について、お話ししました!


○ この番組について ○

「はるか遠い未来の人類へ、現代人は何を残せるだろうー?」

Podcast番組「拝啓、3000年の人類へ」は、西暦3000年に向けて綴る「音声アーカイブ」です。

加速するテクノロジーの波間で、現代人が何を思い、どんな未来を夢見たのか。

教科書には載らない、その体温を、遠い未来へ届けます。


BGM素材:DOVA-SYNDOROME、効果音ラボ


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サマリー

本エピソードでは、森美術館で開催されている「六本木クロッシング2025」展の体験について語られています。特に、「水中の月」というシャボン玉が生成される作品や、黒い絵画にキャプションのみが描かれた作品、パリの動物園で収録された音が流れる作品、そしてAIが生成した架空の人生を追体験するゲーム「ありうる人生たちのゲーム」など、4つの印象的な作品が紹介されています。これらの作品を通して、現代アートにおけるAIの活用、時間の儚さの表現、そして現代社会や技術の進展がアートにどう反映されているかについて考察しています。

六本木クロッシング2025展への訪問
先日、久しぶりに東京の美術館の企画展を見に行ってきたんですよ。
六本木クロッシング2025という企画展なんですけども、 六本木ヒルズにある森美術館ってあるじゃないですか。
そこの中のですね、森美術館の返事になっています。 この六本木クロッシングっていうのは、一応読み上げると、
森美術館が3年に一度、日本の現代アートシーンを騒乱する定点観測的な 展覧会として
共同クリエーション形式で開催されてきたシリーズ展ということで、 今年がなんと第8回目ということで、21組のアーティストによる展示がされているというものになります。
なんでこれを見に行ったかというとですね、 確かYouTubeでこの六本木クロッシング2025の紹介ムービーみたいなやつをたまたま見たんですね。
その時、なんか面白い展示してるなーっていうふうに思いまして、 フラッとですね、行ってきました。
実はこれがその、前回、かすかべに行ったという話があるんですけど、 午後かすかべに行って、午前中この展示を見に行ってきたんですけど、
これもですね、結構面白かったんで、せっかくなのでお話ししたいと思っています。
この展示のサブテーマっていうんですかね、 副題が時間は過ぎ去る、私たちは永遠というふうに題されておりまして、
時間の儚さとか尊さっていうものを各作品に現れる様々な時間というところの交差から見つめ直していこうみたいな形で言われておりまして、
なんかすごいこの番組にもあっていて面白そうだなーと思って見てきたんですけど、結構面白かったんですよね。
ちょっと今回4つ面白かったなと自分なりに思った作品があったので、ちょっと自分なりの考えを話しつつ行きたいなと思っています。
作品「水中の月」とAIの活用
一つ目なんですけど、「水中の月」という作品なんですが、真っ白だんですね。樹木のような彫刻がありまして、
なんでしょうね、柳みたいなものを浮かべていただければいいんですけど、木の枝っていうんですか、枝がしられていてですね、
その先端からなんとシャボン玉が現れて落下するんですけど、その落下したシャボン玉が水中で跳ねてですね、
滅がっていって最後弾けるっていうような作品なんですけど、この書いてある説明には、夜空を巡る月の奇跡や春の桜吹雪を連想させるようなこの光景っていうのは、
心揺さぶり美が儚いものであることを物語りますということで、結構大きいエリアにですね、この展示がされてるんですけど、
部屋真っ暗でして、この白い樹木みたいな木にしられているんですけど、その先端からシャボン玉が不規則に何個もポトンポトン落ちていって、
その木の後ろにですね、サーキュレーターみたいなのが設置されてるんですけど、その風に乗って水面にポトンポトンと落ちていって、コロコロコロと流れていて最後消えちゃうっていうような作品なんですけど、
これなんかすごい面白かったんですよね。
なんか一見この作品だけ見ると、何だろうこれはみたいな感じなんですけど、僕がこの作品について面白いなと思ったのが、このシャボン玉の生成される部分ですね。
なんかいろんなこの作品の中で出てくるものっていうのが、AIを使って制御してるっていう風に書いてあったんですよ。
制作協力にアンソロピックっていう風に書いてありましたので、おそらくアンソロピックのクロードって言われるAIがあって、
最近はクロードコードとかがここ数週間すごくプログラマー以外の人にも話題になってたりするんですけど、
おそらくこのAIを使って全ての制御をやっているというところを作品にしているんじゃないかなと思います。
最近だとこのクロードを使ってトマトを育てるっていうプロジェクトが実はアメリカで行われたりしてるんですけど、
これは本当にセンサーを使って取得をしてきた結果に基づいて何をするかっていう判断をし、
実際に制御をして出てきたログを理解するっていう一連の動作があるんですけど、
これを完全自動制御しているっていうようなものになってまして、
もう少し紙くだいというと、例えば温度とか湿度とか二酸化炭素の濃度とか水分とかですね、
またカメラの映像なんかも総合的に使いながら次に何するかっていうような操作を決定するっていうようなものになってます。
以前行ったですね、東京芸大の卒業展示会みたいなやつもあったんですけど、
そこでもAIを使った作品っていうのでいろいろ展示されてるんですけど、
最近は結構このAIというものが美術の領域にもいろいろと活用されてくるようになっていて、
どれも面白いのが、気化学的なものを作っていくというよりは、
AIによって有機物とかの制御とか有機的なものを再現しようみたいな、
逆の方向というんですか、生命に関するものを作り上げていくっていうところに回帰してるみたいなところが結構面白くて、
これ結構面白いのが、昔1930年代とかにバイオモーフィズムっていうものがあったりとか、
RNUVOとかって聞いたことあるかもしれないんですけど、
こうなんか生命的なものを入れ込んでいくみたいなところに、
また結局回帰してるんじゃないかなというところで結構面白いなと思いました。
おそらく今は数学とか英語とか理科とか社会とか、
そういうところに教育としてAIが使われ始めてるのかなと思うんですけど、
美術とかそういったところにもある意味イラストレーターとかフォトショップとか、
そういったものと同様にAIによるツールの利用という形で使われていたりとか、
あとはそもそも刻一刻と時間によって変化をするような作品っていうものに対しても、
AIによる制御であったりとか、何かしらの工夫というのが入っていくんだなというところを、
最新の作品の中でも発見してきたというところで、面白さを感じたという形ですね。
キャプションで意味が変わる絵画
続いてが、ガーター・アイダ・アイナーソンという方の作品名ってちょっと分からなかったんですけど、
この作品でして、壁に黒い正方形の絵画があるんですけど、その中の下の部分ですね。
テレビとかいろんなところで見たことあるかもしれませんが、キャプションってわかりますかね。
特に海外の映画とかを見てると、吹き替えをせずに下に日本語が表示されてるみたいな感じのあれですよ。
あれが描かれているような作品でして、何が違うかというと、その4枚絵画があったんですけど、
作品自体は一面黒なんですけども、その下のキャプションだけが白く描かれているという変わった作品がありました。
説明には音声をテキストで静止させることで、その場の感情やイメージを凝縮しているというところと、
文字を読んだ後に絵画の黒を見ると、意味とか奥行きっていうのが変わりますというふうに書かれてました。
4枚の絵画のキャプションには何て書かれてたかというと、
1つ目は警察官の笑い声、2つ目はサイレン、3つ目はパニックになった呼吸音、
4つ目はタイヤが軋む音というキャプションが書かれてまして、
1個1個イメージしてみましょうか。
真っ黒なキャンパスの真下に白色で警察の笑い声っていうふうに書いてあったら、皆さんだったらどんなことを考えますかね。
なんか僕だと警察官にはめられて死んでいく何者かみたいな、そういうイメージが浮かんじゃうんですけど、
なんか恐怖みたいなところは結構あるかもしれないですね。
通常警察官が笑うようなシーンってあんまり浮かばないというか、犯人なのかそれとも警察官にフンしたマフィアなのかわからないんですけども、
そういった人たちが自分に対して何か加害をした時に自分の視界は真っ暗になっていく中で最後に聞こえてくる環境音というか、
なんかそういうイメージが浮かび曲がりますけども、それが1つ目ですかね。
2つ目はサイレンということで、これもなんか違う気がするんですけど、
視界が真っ暗な中でサイレンが聞こえてくるってなると何かしら悪い予感というか、もうすでに何かことが起こってしまったかのような、
何かそういったシーンの終わり際っていうところをイメージするわけですけども、何かこれもちょっと不安というか、何かそういった感情が浮かび上がってきますよね。
で3つ目のパニックになった呼吸音ですけども、これも何か何でしょうね、強盗とかが入ってきて隠れてるとかそういうイメージ浮かび上がってきますけど、
黒色の画面いっぱいの様子にパニックの呼吸音っていうの書いてあったら、何かこう緊張感があるというか、恐怖みたいなのやっぱりありますよね。
これが例えばですけども、何か水色の絵画に書いてあったら、何か海で溺れてるとかプールで溺れてるとかそういうのになる気もしますけど、
オレンジだったら今度は何でしょうね、オレンジはちょっとわかんないですけど、何かそういう真っ黒っていうものに対して書かれるキャプションっていうもののイメージって結構色による違いもあるでしょうし、
何かシーンとしても結構変わるもんだなと思いましたね。
最後、タイヤが軋む音っていうことですけど、これは何なんでしょうね、黒だからタイヤがこう書かれているっていうイメージなんですかね。
何かこれも緩急というかですね、タイヤが軋んでるということは何かしらブレーキなのか、何かそのタイヤがこうバウンドしているような瞬間というところで、
レースとかもあるかもしれませんが、これも何かこの空間の静止というか、何かそういった印象は結構あるなと思いました。
そうして黒色を選んでいるからと思いますが、何がキャプションに書かれていようと、この緊張感というんですかね、何かこのシーンの引き締め感がすごいあるなとか、何か重々しい雰囲気っていうのを感じ取るわけですけど、
キャプションと色っていうところで感じる様子って結構違うんだなって改めて思いましたね。
オランウータンの檻の音響作品
続いて3つ目なんですけど、Nenetという作品です。
これは壁にですね、長方形の金属板が貼り付けられていて、その金属板の上の方に、何て言うんですか、下向きにスピーカーがついてるんですけど、
その金属板に向かってスピーカーが向いていて、何か音が反射するようになっているような作品になっているんですけど、
この作品はですね、本質は音の方でして、この音が流れているんですけど、何の音が流れているかというと、人間の声とか、何か環境音みたいなのが聞こえてくるんですけど、
どうやら収録した場所というのが、パリの動物園で50年以上暮らしていたメスのオラウータンのNenetというのがいるんですけど、
その檻の前で収録された様々な音がこのスピーカーから流れていて、金属板に反射をして会場に流れているというものです。
この説明文にもいろいろ補足があるんですけど、何かこの音響がこの金属板に反射していることで、何か本当にその場にいるかのような、何て言ったらいいんですかね、
音による光景がちゃんと記憶されているものっていう風に僕は捉えたんですけど、何かこの場に再現されているような感覚がすごいあって、
目を閉じるとオラウータンの檻の前にいるような感覚になって、何か不思議な感じがしました。
この番組のテーマでも結構今を残すとか、未来の人が聞いたら面白い今のこと、音とか何だろうっていうのを結構考えるわけですけど、
それの何か一つの手段っていうのを見せていただいたような気がしていて、もちろん金属板に反射させているからかもしれませんが、
実際に環境が目を閉じると再現されるというところがすごい良くて、何でしょうね、楽しい様子とか、もちろん檻を揺らしている音とかもあるんだと思うんですけど、
何かその生きていた記憶というものが音だけなのに何か立体的に残っているみたいな雰囲気があって、すごい良かったなぁと思いました。
AI生成人生追体験ゲーム
で、最後4つ目なんですけど、ありうる人生たちのゲームという作品なんですけど、
会場にですね、3台ぐらい、僕らが生きている前の世代にあったと思うんですけど、インベーダーゲームとかってあるじゃないですか、
テーブルに実際にテレビ画面が下向きについていて、テーブルの面を見ながら操作するみたいな感じのあるじゃないですか、
まさにああいう形でテーブルにモニターが設置されていて、座っていてゲームをやるような形で体験できるゲームなんですけど、
他のゲームと何が違うかというと、このありうる人生たちのゲームというのは、
AIにですね、生成されたですね、実際の日本の統計に基づく日本に存在しうるであろう架空の誰かの人生を追体験できるゲームになっていて、
選択肢がいくつか出てくるんですけど、ランダムに生成されたある日本の架空の人の人生をですね、追体験するというようなゲームになっています。
具体的には選択がですね、3回とか4回あるんですけど、人生を進んでいく中で2択ですね。
例えば学校に進学をするか、夢を追うか、みたいな選択肢が途中に出てきて、それを我々プレイヤーと言っていいのかわかんないですけども、
鑑賞者が選んでいくことで、誰かの人生の最後までを見届けるというような作品になっています。
この作品の特徴として、最後誰かの人生を歩んでいった最後に、ある地点の選択から戻って、もう一度選ばなかった道をプレイできるというようなことになっています。
なので、2×2×2×2、16通りあって、16分の1が最後わかったときに、どこからか遡って、途中の分岐をまた選択して、そこの下をたどっていくということができるようなものになっています。
このゲームをプレイしてて思ったんですけど、このゲームって神の視点からある人の人生をプレイするものっていうふうに思いますが、
なんかそれって神の視点だけじゃなくて、僕自身の視点もあるなっていうところで、なんか選択にすごいエゴがあるなっていうのをすごく思ったんですよね。
誰かの人生に口出しすることってそうそうないと思うんですけど、僕だったらこうするよなーとか、私だったらこうするよなーっていう、
神様の視点って言ってはいるものの、どちらかというと僕の視点で誰かの人生をプレイするってことになっているので、
なんか選択していくごとに、これってこの人にとっての幸せな人生を選べているのかな?
いや、これって僕がこの人の人生を見たときに、僕がこれだと幸せだろうなっていうふうに思う選択肢だなみたいな、
選択によるバイアスって結構あることに気づかされたんですよね。
この選択もですね、単なる人生ゲームと違って、本当に日本の統計情報に基づいてあり得るかもしれない人生が作られているということもあるからか、
かなりリアリティがあるんですよね。
僕が誰かの人生を代わりに決断していくっていうところに対して、なんか重みが結構あるというか、
怖さと責任みたいなのがあって、なんか幸せであってくれって思うんですけど、
そうやって選択する選択肢っていうのは、僕自身が幸せだと思う価値観とか、そういったものによってやられるので、
なんかその人の人生を歩めてないなみたいな、なんかそういう矛盾もあるなというふうに思ったりもしながらプレイをしました。
これもなんか実際やってみると全然違うもので、なんか僕自身だったらここで休養して、なんか安静に過ごすけれどな、
でもこの人にとってはもっとアグレッシブに行った方がいいんだろうなみたいなところもあって、
僕はなんか日寄って自分の人生だったらこの方がいいなっていうのを選んじゃったんですけど、
人生の選択というものに対して、僕自身に判断が委ねられているものが、僕自身のものだったらいいけれど、
他人の人生だった時に責任を持つのって大変だなって思いましたね。
もしかしたらこれって自分に子供ができたりした時にそういうことを思うのかもしれないんですけども、
まあ人の人生を歩むというのは改めて難しいものだなと思うような作品でした。
現代アートとアーカイブの意義
まあそういったわけで、4つ作品を見てきたわけなんですけど、何でしょうね、
本当に定点観測というのはまさにその通りだなと思っていて、
この社会の変化とか技術の進展とか、なんかそういったものをですね、
この今自分がどういった作品を作るかというところに、
この展示の中で出されていた皆さんは落とし込まれているのかなというふうに勝手に思い込んでいるというか、
まあ大がましいですけどそういうふうに見えたんですけど、
なんかいいですよね、こういうその時その時のベストを尽くして作られたものっていうものが、
まあちゃんと残っている、そしてアーカイブとされていくっていうのは、
なんか美術としてはすごく素敵なことだと思っていて、
今できる自分にとっての作品表現というものはきちんと残されているなというふうに思いました。
まあこういったものを通じてですね、僕もこうやって話しているところですけども、
ポッドキャストであったりとか何か作るときにですね、
うまく自分が表現したいものを落とし込む手段の一つとして、色々学ぶことができたんじゃないかなと思っています。
まあそういったところで、今回は六本木クロッシング2025という展示会企画展に行ってきましたが、
こちらは確か3月中はやっているはずなので、
興味のある方は東京の六本木にある森美術館の方に参ってみてください。
ということで、2026年3月の現代人でした。
ということでエンディングです。
今回は六本木クロッシング2025展に行ってきまして、
いろんな作品を見てきたわけなんですけども、
この美術作品といいますか、この世界のいろんな動きであったり、
技術の発展の中での今の定点観測みたいなところを学んでくることができましたし、
僕自身が何かを表現したいときにこういう手段があるんだなというところを知ることができました。
たまにはこうやって美術船の作品の感想というか、
自分が思うことを残しておくのって結構いいなと思ってまして、
いつか忘れることもあるかもしれませんが、
当時考えていたことをこうやって誰かが聞いてくれたいとか、
未来の自分が聞き直して、
あの頃こういうことを考えてたんだなみたいなところを話せたら良かったかなと思います。
番組では感想を募集しています。
Xのハッシュタグエコー3000まで応援してください。
では今回はここまでです。
現代人の皆さんも未来人の皆さんもまた次回お会いしましょう。
じゃあね。
22:58

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