1. 拝啓、3000年の人類へ
  2. #49 タイムトラベラー思考にな..
2023-02-25 21:35

#49 タイムトラベラー思考になりたい人たち

未来の目線で、今を見つめると、世界はもっとエモくなる? 「タイムトラベラー思考」を考えてみます。

2年目も、どうぞよろしくお願いします!


今週のキーワード

モノの見方が変わった話/お坊さんの説法/2023年の現代だからこそ聞ける話/未来人の目線で今を見ると、世の中面白く見える/時間軸で客観視する/理想の自分ではなく、なりゆる未来から今を見る/タイムトラベラー思考/自分の心を一瞬老けさせる/我が子孫

西暦3000年の人類に向けて、日々感じたことをゆるく垂れ流している二人。果たして、未来に届けることができるのか。

BGM素材:DOVA-SYNDOROME

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00:02
拝啓、3000年の人類へ。私は、こう考えます。
タイムトラベラー思考になりたい。
ということで、2年目、最初の、一発目の話ですけども、
ちょっと最近ね、物の見方が変わったなーっていう出来事があったので、その話をしたいんですよ。
進化したんですね。
そう。なんかね、ちょうど先週ぐらいに、だいたい5年ぶりぐらいに、工事があったんですね。
工事っていうのは、本当にお坊さんがいてみたいな感じですけど。
だからまあ、就職間近ぐらい。
そうそうそう。もちろん身内に不幸とかで、そういうのもあったりもするわけじゃない。
まあそういうのとかもあるし、僕はなんかどっちかというと、なんか難解期みたいな感じのやつで、
たまたま、もうこれちょっと今回閉じますよってことで、最後だったんで。
じゃあまあ最後だし、ちょっと顔出しますかということで。
あ、毎年とかやってるけど、あちゃんが参加したのが久しぶり。
毎年かとかはちょっとわかんないけど、何年後期にあるじゃん。
それでもう今回で、いわゆる墓じまいみたいな感じで、
そんな感じで最後にするかっていうので、顔出すかみたいな感じで、親族のところに行ってきたわけですよ。
で、なんかその時ってやっぱり法事なので、お坊さんがいてお経を挙げるわけですよ。
お経を挙げて、その後なんか説法みたいなのを説くわけですよ。
今日は大伝さんのないないでみたいなので。
なんかいい話をするよね。
なんか論破したろうと思うけど、なんやかんやという話やな。
そうそうそうそう。
なんかこういうのってさ、年齢を重ねるごとにさ、言ってることがわかってくるけれどさ、
正直さ、若者にとってさ、なんかあんまり面白くねえなとか、怒られるかもしれないけど、
ちょっと知識とか経験の浅い人間にとって、
そういう理解できないものを一方的に言われたいとかさ、
言うたらお経もそうですよ。
なんか自問だなみたいな感じで、
ちょっと耐えなきゃいけないってところで、結構しんどいじゃないですか。
で、説法自体はなんか煩悩の話をしてたんですけど、
なんかその中で結構身近な健康の話に例えてたんですよね。
煩悩って言うと、結構そのでっかいものだと思いがちだけど、
健康とかの観点で言うと、ラーメン食べたいなっていう欲望とかね、
そういうのを我慢するっていうところ自体も、
自らで煩悩をなんとかするっていうことだなみたいな話をしてたわけですよね。
ふとなんかそういう身近な健康とかの話をしながら例えてるってところが、
なんか面白いなってちょっと思った瞬間があったんですね。
それってどういうことかというと、
03:01
この説法はまさに2023年生きる現代の我々だからこそ聞ける話だなと思ったわけなんですよ。
これがもし100年後だとするよ。
そのニュージェネレーションのお坊さんがいるわけですよ。
その人は100年後の日本の住宅様式で、
100年後の生活習慣に合わせて話をするんだよね。
だからラーメンではないよねってことね。
そうそう、ラーメンじゃないかもしれない。
そうしてみると、法事を問わず、
現代を見る目っていうのは変わるなと思ってて、
何が言いたいかというと、
自分たちが仮に未来人だとして、
現代を見たときに似てる感覚だなと思っていて、
今目の前で起こっていることは当たり前のように過ごしているけれど、
これは今しか見れないものなんだなっていうふうに思えると、
なんか尊いなと思うわけですよ。
うんうんうん、なるほど。
少なくとも今まで2000何年とか西暦としてあって、
どの時代に生まれてもおかしくなくて、
それぞれの時代にとって現代というものがあって、
例えば昭和に生まれてたら、
何がいいんやろ、昭和の一般的な食事とかわからないけど、
そば屋でそばずるずる食って、
うめえなんちゃんって言ってるっていう時代もあったけど、
我々はこの現代に生きてて、
ラーメンブームみたいな中でラーメンすすってると。
そうそうそうそう。
まあそういうふうに、例えばだけど、
今自分たちは現代人の目で今を見るんじゃなくて、
未来人だと思って、
現代というこの今目の前で起こってる過去を見つめると、
今目の前に広がっているものを見る目っていうのは奥行きがあるように見えるんだよね。
だからこの現代という令和の時代では、
このお坊さんが説法をする内容はこういう内容だったのかと。
なるほどね。
まあお坊さんの話に。
全部過去形でいくと。
そうそう、過去形でいくと。
っていうのを今目の前で追体験してるかのように見れてるって考えると、
面白いなと思っていて。
まあ今ってこう、令和っていう現代だけど、
令和のスタイルはこうだったのかとか、
これ今はめっちゃ便利っていうふうにめっちゃ人言ってるけど、
これ正直便利じゃなくねっていうことも考えられるわけじゃない。
例えば我々のわかりやすい例で言うと、携帯電話とかだよね。
当時我々、中学生とかかな。
携帯電話まだ柄系って言われて、
ディスプレイも小さいし、ボタンもいっぱいあるしみたいな状態だったけど、
便利って思ってたじゃん。
あとはPSPとかさ。
当時は全然めっちゃ画質いいやん、何これって。
なってたけど、今の自分たちが見たらどう思う?
ちっちゃとかね、重いな。
チャチとかね。
不便だなって思わない?
サブスクとか、まさにこのポッドキャストもそうですけど、
06:03
今までってさ、携帯1人1個持ってない時代もあったけれど、
今は誰でも携帯持ってて、どこでも聞けるし、
だんだん配信もできちゃうと。
今の方が便利やんというふうに見れるわけですよね。
それを、当時の自分を現代だと思えばいいってこと。
言いたいこと分かる?
分かる分かる。
分かるよ。
だから、我々今普通に経験していて、
普通に当たり前に便利やんとか、上手いやんとか、
これ変やんとか思ってるけど、
自分が仮に未来だとして今を見た時に、
本当に便利なの?とか、
本当につまんねえの?っていうふうに
物事を捉え直してみると、
なんか面白そうに見えるんじゃないかって。
なるほどね。
なるほど、ちょっと。
分かってきた?
似た考えを過去に持ってたことあるなっていうのがあって。
素晴らしい。
それが何かっていうと、
考えるわけよね。
とにかく自分の気持ちいいことを。
とにかく自分の気持ちいいことを考えていくっていう時に、
どうなっていくかというと、
ゲームルールを疑うわけよ。
ゲームルールっていうのは何かっていうと、
人類として生きるということに。
で、そうなった時に、
例えば、何だろうな、
労働せんとあかんやん、何か。
せないといけないね、お金稼がないといけない。
でも、何か分からへんやん。
何でかなって。
ただ飯が永遠にこう、
食えるルールでもよかったやんっていう風になってくるわけよ。
で、そうなってくると、
これ辛いわけ。
これ辛ってなって、
一旦そういうのやめてんけど、
そこに行き着きうる考えなんじゃないかと思ってて、今の話。
全てのことを客観的に見て、
じゃあ、もっと何があったらいいんやろっていうのを考えだすと、
要は最適な状態っていうところにたどり着くわけよ。
じゃあ最適な状態って何かなって。
で、最適な状態って何かなって考えると、
この世界のゲームルールを疑うことになってしまう。
そうね。
何かもっと寝なくていいルールでいいやんとか。
でも何かルールはあるわけよ。
何故か人間って重力とか何かあるし、分からへん。
で、科学っていうものがあるんですって小さい頃から学んでるからさ、
それに疑い持たないし、
人は何か重力に対してイラつきとか覚えへんやんか別に。
けど、何かこう、より本質をとか、
そういうところを見ていくと、
何かそうなっちゃうっていうのが過去あったなと思ってて。
あー、なるほどね。
何かそれに近いもの。
要はたどり着く先?たどり着く先ってそこなんじゃないかって今の話聞いてて思ったっていう。
09:05
何か客観視っていうのは元々あると思うんだよね。
他の人だったらどう考えるかっていう。
今までって、いわゆる現代の軸で自分の知ってる範囲とか、
そういう現代目線だけだったんだけど、
それを時間軸で客観視をやるっていう話なんだよね、今回は要するに。
なるほどな、なるほどな。
だから、未来の自分から見た今の自分っていう状態を見たときに、
今見えてるものの素晴らしさっていうのを自分は実はない賢にしていたかもしれない。
し、こんなので満足している自分が滑稽だなとか、
っていうことも考えられるわけですよね。
なるほどな。だから、未来の自分の立ち位置をどこにするかっていう話なんかなって今聞いてて思って、
どういうことかっていうと、僕が言ってた未来の自分というか、客観視するもう一人の自分っていうのは、
理想、もう超絶理想、全てが最も望ましい状態の自分から今の自分を見ると、
ゲームルールを疑うっていうところにたどり着いてしまうが、
そうではなくて、あくまで100年後ぐらいの自分ね。
とかね。
で、その自分がたぶん生きてる範囲、だって3000年は僕らたぶん生きてないけど、
2100年ぐらいだったら生きてるやろうっていう可能性がある。
200年の自分から自分を見るっていうところやと、そういう絶望感ないかなっていう。
要は現実的な未来の中において、現実的な今を見るっていう。
なんかそれはこう、理想的なというか、いい感じに自分を高められるのかなっていう風な気がする。
そうね。
なんかその時なんだろうな。
僕はこれをタイムトラベラシコみたいに言いたいんですけど、
結局なんて言いたいのかというと、
あの時こうしておけばよかったっていうのを今にしちゃえば、
あの時こうしたかったら減らせるかもしれないっていうことですよ。
なるほど。
だからやっぱり死ぬ間際の自分目線やんな。
まあ死ぬ間際の自分目線とかでもいいんだけど、
ただ過ぎていっている毎日を今の目線で見るんじゃなくて、
未来の自分から見るともう少し今が輝くように見えるんじゃないかとかね。
今日をもうちょっと頑張ってね。
だらだらしてもいいけど。
そうそうそうそう。
っていうのを自分のことだけじゃなくて、
周りのことからも得られるんじゃないかというのを思いましたと。
あくまで今回の話は自分の話じゃなくて、
2023年のお坊さんは、
なんと日本参地の話をラーメンと交えてしていたんだっていう話をしていたんだねっていうのを、
12:06
自分が未来から見てる目線で見ると、
この時代はラーメン食って日本参地上がって辛い人がいたんだけど、
お坊さんがその煩悩として作ってたんだなと思えてね。
なんかいいのかなと思ったんですよね。
それはね、いいっすね。
なんか今のその考え方っていうのかな、
その見方ってどういう良さかというと、
レトロな喫茶店とか行ってね。
レトロな喫茶店に行くと黒電話があったりしてね。
ここは100年前からある喫茶店で黒電話があって、
今は動かないですけど、昔の黒電話置いてますとか書いてて、
そうか、そういう時代もあってエモいなっていう目線で現代を見たら、
目にエモい。
世界はエモさで溢れてる。
そういうことです。見方次第。
見方次第だなと思ってますと。
話をしたかったんですよ。
いや、すごい良い話。
もう一個さっき一つ前のところで話してた、
未来から過去を見ることによってリステレルとかね、
そういうところに関しても、
僕がやっぱり、僕の話してた本当に理想的な自分というか、
理想的な世界から自分を見ると絶望するっていうのとは違って、
要は死ぬ間際の自分から今の自分を振り返るっていうのは、
適度にリステレルし、
理想の自分というよりかは本当に現実的な自分から見てるから、
絶望することもなくて。
それが変や。
確かに。
完璧な人基準で物事を見ようとしてたわけだよね、ということは。
そうそう。
何でもパーフェクトにできてみたいな。
睡眠も必要ないとか、
ゲームルールを取っ払ってるから。
年収3億とかね。
お金の概念はないからね。
自分とは飛躍した誰かの目線を持ってたけど、
そうじゃなくて、
自分の今の現実化に続きである2、30年後でもいいですよ。
そういった自分の目線から今を見返して、
じゃあ今ってどうなんだっけっていうのを見ると、
なんか若い頃の感性で物を見てるってことじゃん。
そこはなんか、
自分の心を一瞬だけ老けさせて目の前のものを見るっていうのはね、
実は大事なことかなと思ったわけですね。
そうかも。
身近な話をしたんですけど、
どうしよう、最後はやっぱり
いつもの話でいきますか。
15:02
じゃあ仮に3000年の方々が現代を見たときに
どう思うんでしょうねっていう話ですけど。
3000年目線ね。
3000年の人たちが、
3000年の自分じゃなくて。
3000年の自分は死んでるもんね。
3000年の自分っていうのは現実的じゃないけど、
だから3000年に生きる我が子孫ですよ。
我が子孫ね。
我が子孫に対して、
何祖父っていうかもはや分からへんけど、
なんちゃら祖父っていうすごい祖先の人が、
どう言ってるのか、どう生きてるのか、
未来からはどう見られてるのかっていうんだよな。
でもやっぱり、逆にね。
僕の例えば、母方のおじいちゃんの父親。
これはね、40歳で亡くなってんけど、
早い。
早い。倍モテてたらしい。
みたいな。かっこいい。
かっこいいね。
で、やつは?
やつ?
やつは何年ぐらいやねん。
おじいちゃんが僕との年齢差が、
たぶん、おばあちゃんで72歳差やったんかな。
だからおじいちゃんとはもうちょっと差があるってこと。
100歳差ぐらいか。
Tおじいちゃんって。
Tおじいちゃん。
それで100年か。
3000年は分からんな。
分からんな。
でもなんか、そうなってくると自分の、
あっちゃんとかってどれぐらい祖先の表とかってあったりする?
家に実家にあったりする?
ないと思うよ。
そう、ないもんね。
もはやないと思うし、
まあなんか存命のおじいちゃんおばあちゃんから聞いたおじいちゃんおばあちゃんぐらいしか
観測範囲はね、有名な人じゃないからない。
徳川家じゃないので。
なんか最近徳川家の就任式にあったみたいだけど。
なんかイライラしたわ。
それでも言うてさ、300年とかですよ。
確かに。
その3倍よ。
だから、藤原範子がね、藤原道真の子孫っていうね。
本当?
それは本村さん。
そういうノリですね。
もう他人に近いですね、そこまで行くと。
だから残れて一人二人。
1000年後。
そうね、まあもういろいろもっとさ、後輩が住むって言うかねえんだけど。
何かしらの形で残る場合も多分あると思うんだけど。
まあそうなっていって、3000年の人類が普通にいるとした時に、
我々現代人がたかだか数十年の未来から過去を見ようなんて言ってるのはおこがましいことです。
18:04
まあ、でもそこに必死に輝いている一つの星粒があったっていうことなんじゃないの?
はい。
ちょっと伝わらんかったか。
伝わらんかったです、今。
いやだからね、満天の星空っていうのがあるやん。
で、それは一つ一つの星は特には見ないけど、なんかこう綺麗ってなるわけやろ?
うん、なるね。
で、でもそれは一つ一つの星が自身に懸命に光ってるってことやろ?
うん。
そういうこと。
あ、な、はい。
なーるほど。
今のところで終わりでいいけど、そういうこと、あ、はいで終わりでいい。
わかりました。
はい、ということでエンディングです。
今回は未来の目線から今の自分を見ると、世界がもっとエモいということだったんですけど、どうでしたか?話してみて。
いやー、なんかこうね、急に星空の霊とか出してくるやつとかって、周りにいたりしたらうざいよなって思いましたね。
それもまた過去の自分を見るということですね。
エモい。
エモいのかもしれない。
まあ皆さんも身の回りで普段当たり前に過ごしてる日々、もう少し振り返ってみたらいいかもしれないですね。
例えば電車の中とかでね、スマホをこうみんな動かしてるのは実はあと10年後かもしれない。
確かにエモい。
今なんかみんなスマホ持ってやってるけど実はっていう風にちょっと涙が流れてくるかもしれないんですよね。
確かに。
そういう形でちょっと今目の前に広がっている光景がどんなものかっていうのを焼き付けていただくのもいいかなと思います。
まあなんか今も過去になるんやでっていうことだろうな。
たぶんそうだね。
その目線になると思います。
我々は未来に進んでいく一方で過去もどんどん過ぎ去っていきますから。
私ね、身の回りのことをちょっと見ていくといいかなと思います。
いいね。
はい、ということで2年目もこんな感じでスタートしていきますけども、
今年もどんどんいろんな人と仲良くなってね、
どんどん我々の知名度も上げて、我々の第一話の価値を上げていくことが大事なので。
いやー聞いてほしくないなー。
ということなんですけども、今年も2年目もよろしくお願いしますということで終わりにしたいと思います。
ということで現代人の皆さんも未来人の皆さんもまた次回お会いしましょう。
21:04
さよなら。
さよなら。
21:35

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