1. あのさ、
  2. #4 星の、ひかりを讃えること..
2022-01-12 43:17

#4 星の、ひかりを讃えることは、もうやめにしませんか?

第4回目は未来への不安や自己否定との向き合い方について話したよ
これからを考えることが難しい / 自分が何をしたいのか vs 社会への反応 / 能動と受動との狭間で / 短期的なスパンでしか考えられない / 長期的な未来が描けない / 肯定的な未来が描けない / 進路を考えないといけないリミット / 焦っても何も出てこない / ひとつのことしか集中できないタイプ/ 考えないといけないプレッシャー / 外的要因はいつもうまくいくとは限らない / 最終的に決めるのは自分 / 自己の責任と力 / 恐怖 / 環境のせいにはしたくない / 未知な時代 / 一点に集中、は力がある / 集中と邪念 / 極限までやれば良い、が苦手 / 精神論に囲まれて育ってきた / 自分に対して楽するな / 精神論は文化的、教育から?/ 中学高校の時間論 / もっと頑張らなきゃ / 中学バレー部スポ根 / 上下関係とスパルタ顧問 / 努力の足りなさ / スポーツなんだから精神論は仕方ない / なぜこんな不条理なことがまかり通るのか / 大人は頼りにならない / 過去の精神論が自分の中に蓄積 / お兄ちゃんが努力家 / そういう風にならないとダメだ / 頑張ってる状態がわからなくなる / 自分を責めてしまう / オーケストラ部がスパルタ / 誰も何も言わないのが怖い / チームでやることのプレッシャー / 周りからの影響 / バレー部ノート / 反省ばかりで努力の足りなさを認めてもらう / 自分のできなさをリマインドしてく / 読むと泣けてくる / できたことだってあったはず / 飴と鞭 / 何のためにやってるんだろう / 不安定な時期に求める居場所 / あんなに部活やってたの信じられない 
エピソードタイトルは最果タヒさんの『天国と、とてつもない暇』p13の「星」から引用しました。
質問や感想はこちらへ。ありがとう、大切に読みます
dialogue.taiwa@gmail.com
00:07
あのさ、そう言って語り始める無数の私たちの話。
取るに足りないとされるかもしれないけど、それは私たちにとっては大切な話。
たとえ分かり合えなくても、言葉を紡いでいくことで見えてくる地平があるのかもしれない。
そんな可能性にかけて、まとまらない話を、結論のない話を、解決策のない話を、ひたすらに重ねていく。
始まりました。
あれ、今日何回目になるの?
4、4、4。
早っ。
でもまだ何一つ上げてない。
ひたすらにストックを貯めて、一気に出すみたいな感じになってるけどね。
今日のテーマは、この間の最後の方でちょっと話してて、出てきた気になるトピックみたいな感じで、メモして2人で次話そうって言ってたことがいくつか。
いくつかっていうか、一つの大きなテーマの中のいくつかのポイントみたいな感じだったけど。
とりあえず私が書いてたのは、これからを考えることが難しいっていう話。
それは最初コロナの話をしてて、先が見えないよねみたいな感じの話をしてて。
そこから先を考えるっていうことを考えた時に、その考えとか行動っていうものを動かすエネルギーみたいな。
何が自分を動かすのかとか、自分が何をしたいのかっていうのと、あと社会とか今起こっていることに反応していく。
だからどうしようみたいな感じ。だからその反応と、自分の何をしたいという能動っていうところの狭間での選択をどう考えていくかみたいなことをしたいねって言って終わったんだけど。
すごい大きなテーマだから、はいじゃあっていう感じにはいかないと思うんだけど。
話してた流れでは、私が話したいなと思ってたのは主に先が見えないよねっていうのプラス、それが故に自分がやりたいことっていうのをあんまり明確にゴールとか目標みたいなのを描けなくなったかなっていうのがすごいあって。
03:07
今も就職はしたはいいけど、悩みながら働くみたいなところがあって。
だからなんか、その中でもお金は稼がないといけない、コロナで先が見えないとか、仕事がいろいろな働き方がどんどん変わっていくとかっていう中で、同時に自分のやりたいとか自分が進みたいっていう道を両立させていけるかなっていうのを私ずっと考えて。
でもりょうちゃんどうだろう、逆に。
確か前回話してたのは、記憶に残ってるのは、短期的なスパンではこれやろうとか、これやんなきゃみたいなこととか、計画、未来に対する計画みたいのもすごい短いスパンだったら、短いスパンでしか考えられなくなってるというか。
長期的な、1年半ぐらい先とか2年先みたいなことが全然思い描けなくなったし、しかも考えれば考えるほどネガティブになっちゃって、肯定的な未来みたいなのを描けない。
何がやりたいのって聞かれても、昔幼い頃とかって、何やりたいのって言われたら、これやりたい、あれもやりたいみたいな感じで、割と無邪気に答えられてた方だと思うんだけど、年を重ねれば重ねるほどだし、
プラス多分今の状況も相まって、なかなか先に対してのことを考えられないし、何年先にはこれがしたいから、じゃあこうしようみたいなこととかも全然できない。
無理無理だなっていうのを結構去年、今年とか考えて、特にそろそろ進路、この2年間以降のことをどうしようかなっていうのをちょっと考えるというか、決めなきゃいけないリミットが近づいてきてるから、
それ故に変に焦るんだけど、焦っても何も出てこないっていう状況。
06:00
少しは方向性みたいなものは自分の中で見えてる?それとも本当に全くっていう感じ?
全くだと思う。
結構目の前のことに追われてる感じだし、これはこれとしてやりながら同時に別のことを考えるとか、別のことをやるみたいなことができないタイプっていうか器用じゃないから、同時にいくつものことをちょっとずつでもやるみたいなことができない。
一つのことしか集中できないタイプだから、いろんな先のこと、決めなきゃいけないこととか考えなきゃいけないことっていうのが考えられてないし、それも完全に自主的に考えようっていうよりかは、割とリミットが近いから考えなきゃいけないみたいなプレッシャーで。
どうすればいいんだろう?どうしてもないところもあるじゃん。選ばなきゃいけないみたいな。
タイムリミットっていうものが外から決められてて、そこから逃げることができないっていうか、それもあって結構外からのプレッシャーをうまく使うっていうか、うまく利用すれば、
自分にとってもプレッシャーとかプッシュされたから、そっちの方に結構焦って、力を注いで、それが結果として何かにつながってたっていうことにもなる時もあると思うけど、
決していつもそうじゃないじゃん。決して自分がプレッシャーとかそういうものから押されて選択したものが自分のやりたいこととか、自分が思い描いてたことと違ったりする場も多分結構あると思うし、
そうなった時に、でも同時に外外的要因を理由っていうか仕方ないっていうものにしたくはないよねっていうところがすごいあるから、それがすごい複雑だなと思う。
たくさんのそういう選択って結構外から誰から何言われたとか、誰と出会うとかそういうところで結構変わってくると思うけど、でも同時に決めるのは自分じゃん、それ最終的にそれをするかしないかとか、そっちに行くか行かないかっていうのを決めるのは本当にりょうちゃんとか自分それぞれしかわからないことだし、
09:19
それをするって決めるのは本人しか絶対できないことでもあるから、同時に自分にものすごい責任と力があるけど、それを間違えてしまったらどうしようとか、恐怖っていうものがすごいあるよねっていうところ。
でも決して環境だけのせいにしたりとかはしたくないし、最後まで自分が選んだっていう責任と、自信っていうまではいかないけど、そういう一種のそういうものを持っていたいよねっていう反対のことがあると思うけど。
それに加えて今すごい普通にない状況じゃん、歴史的に見ても普通じゃないみたいなところがあるから、多くの人にとっても同時にすごい未知なところがすごいあるから、決して自分だけがそういう状況ではないっていうのもすごいあるし、わかってるし、
いろいろなことが絡み合ってるから、それをどう解いていけばいいんだろうっていうので、今日のこの話を、もうそれこそ解決できない話をっていうところだけど。
ねー。
っていうのがすごい可能性っていうかさ、一種の点みたいな感じで、他の人があちこちにちょっとずつ手を出してるところを、りょうちゃんは一定に集中みたいにしてるから、多分そこにすごい力が集まってる。
がゆえに、同時に多分だからそこにすごいチャンスとかさ、未知っていうかが開ける可能性も多分そのちょっとずついろいろなところに力を散漫にしてる人に比べたらあるんじゃないかなっていうのはすごい思うけど、でもなんかどうなんだろう、そこに。
12:07
すごいゆえちゃん、めっちゃいつも高評価を与えてくれるけど、実際そんなにワルツタスクもできないし、でもなんか同時に、なんか一つのことに集中しようと思ってても、なんか、じゃね。
もう、実は今こんなことやってる場合じゃなくて、これもやんなきゃ、あれもやんなきゃみたいなことで、常に頭の中いっぱいだから、実際その同時に進められないっていうだけじゃなくて、でも同時にやらなきゃっていう思いがあるから一つのことにも多分結局集中はできてない。
絶対できてると思う。
りょうちゃんは多分自分を外から見えないから、そう多分、りょうちゃんの頭の中はりょうちゃんしかわかんないし、多分そういうじゃねがいっぱいフワフワフワフワ飛んでると思うけど、でも実際多分外から見たりょうちゃんはすごいその一点に集中っていう面では、他の人の集中っていうものよりも多分すごい力が。
あると思うよっていうのは勝手な。
本当にそんなことないんだけど。
同時に社会的に極限までやればいいみたいな風潮も結構あるじゃん。
それこそ体を壊すまでみたいなところとか、寝る間を死んで取り組むとか、そういうのも私は結構昔から苦手で、でも同時にそれがなんか自分がずるをしてるとか、ちょっと楽をしてるみたいな感じの罪悪感みたいなのが結構あって。
ね。
ごめんごめん。
そういうなんていうの、ちょっと精神論みたいな。
で、自分の中ではすごく反感持ってるし、嫌だって思ってるんだけど、同時になんかそういう価値観を幼い頃からずっとこう酔われたりとか、そういう価値観に囲まれてきたり。
そういう避けられない状況があったから、自分の中で嫌だって思ってるのに、結局そうできなかった自分とか、例えばそこまで寝込むほどじゃないけど体調がそこまで優れてない時に、何もやらないみたいな状況を、
15:01
自分がすごくサボってるとか、逃げてるみたいに、自分の中でも複数の自分が攻めてくるみたいな。
そういうのは未だに残ってるなと思う。
誰かに対してそういうことは絶対言わないようにしてるし、言ってないと思ってはいるんだけど。
でも自分自身に対しては、かなりそういう価値観が未だにチラチラ出てくる。
文化的なところもあるのかな。
私がすごい覚えてるのは、中学、高校の時とか、すごい勉強した時間とかを毎日記録するみたいな。
受験の時期とか、何時間あったとか、あとは1日の振り返りみたいなのがあって、学校が終わった後どういう風に自分の時間を過ごしたかみたいなのを全部記録するみたいなのがあって、
そういうのを提出するときに、「あ、もひょうちゃんはあんまり夜寝るの早いね。」みたいな感じで、
すごい嫌味なのか何なのか言われたの。
高校も中学も同じことを言われて、私結構すごい体が弱くて、やっぱりずっと昔から体が弱かったし、
自分でもすごいそれをわかってるから、夜ちょっと遅くなるとか、夜型じゃ全然夜型じゃないから夜ちょっと遅くなるとか、
そういうのがちょっとずつ積み重ねるだけで、結構すごい体調崩しがち。
特に中学の時とかは結構体調崩してたのもあって、そういうのがあるから結構効率主義みたいな感じになって、
いかに短い時間で課題を終わらせるかとか、宿題を終わらせるかみたいなのをすごい追求してたから、
やってる量としてはそんなに変わらないけど、勉強とかこなさないといけないもの。
でも同時にすごい他の人に比べたら時間が足りないよみたいな感じのすごいのを結構言われ続けて、
自分の中で自分は落語してしまってるなみたいな、もっと頑張らなきゃみたいなのをすごい思ってた記憶があって、
なんかそういう学校教育的な面も結構あるのかなみたいな。
私の母親は結構それの逆だったから、それこそ私の体が弱いのをすごい知ってたから、昔から。
だから割とその体優先みたいな感じですごい押してたけど、やっぱりその学校からすれば、ちゃんと長時間、何時間か知らないけど勉強して、
18:05
夜それこそ12時まで勉強してみたいなのをすごい押してるのが良い。
それが結構さっき洋ちゃん言ってたみたいな精神論的な感じのカルチャー、文化だなっていうのがすごい感じてたから、
教育とか文化的な面もあったりする大きいのかなと思ったり。
なんか私も中学の時にそんなに、多分そのクラス単位とかでは勉強時間を測るとかっていうのはなかったと思うんだけど、
なんか未だにやっぱ後悔してるのは、中学の時にバレエ部入ってた話したっけ?
なんかチラッとして、あんまり。
なんかもう本当に嫌だったの、あの部活が。
部活ね。
なんか全員入んなきゃたしかいけなかったから、一応どれかしらにはね。
で、なんかその時多分、バレエ、ちゃんとしたプロのバレエの選手とかの大会とかをテレビでこう、そういうシーズンになるとこうやってるじゃん。
そうそうそう、そういうのを見て、ちょっとバレエやってみたいかをみたいな安易な気持ちで入ったんだけど、
なんかもう、その私が入ったバレエ部が校内でももちろん割とその学内でも唯一ぐらいのかなり厳しいバレエ部だったの。
厳しいっていうのもゴリゴリの精神論で、なんかスポコンみたいな感じでさ、
もうその時、ベリーショートにまずさせられたの、髪の毛を。
で、なんか前髪も眉毛より下にいつらめとか、でなんかその髪を切ることイコール、どれだけ気合が入ってるかみたいなもので、
だから髪が伸びてくる、ちょっと伸びて、もう前髪が目にかかりそうになっちゃったりすると、先生に呼び出しされて、お前切ってこいみたいな風に言われて、
結構髪切るのが、しばらく高校卒業するぐらいまでだいぶトラウマになって、高校とかずっとロングだったんだけど、
で、なんかその先生って呼びたくもないんだけど、
21:01
その人はもうすごいなんか、何?やる気が入ってるか入ってないかは顔を見ればわかるとか目を見ればわかるとか、
お前のその目つきはなんか全然入ってないとか、なんかちょっとバレエの練習とかでミスったりとかすると、
家でのその自主トレが足りてないって言われるわけ、先輩も厳しいとか上下関係も厳しかったから、先輩にもチクチク言われるみたいなのがあったし、
その先生とかもその当時から本当に嫌いって思ってて、
そうだけどなんか、練習の時とかも先生がスパイク打って、レシーブを受け取る練習みたいなのをやってて、
それで私はあんまり目つけられるみたいなのはそこまではなかったけど、
でも目つけられた子がすっごい厳しくやられてて、ちょっと取れなかったりとか、わざと前に落としたり後ろの方にやったりするから、
本当に間に合わなくて取れないとかってなると、なんかもう顔面にボールがバンバン飛んでくるみたいな感じで、
割と今だったら多分逮罰みたいな感じかなと思うんだけど、
ギリギリ私が中学の時とか10年くらい前は、なんか逮罰の問題にはなりつつあるけど、
逮罰の中では割とまだ許容されてた時期だから、結構そういうのもあったし、
そういうところで言われてきた努力の足りなさとか、そういうものが割と自分の中で多く生きてるし、
そういうスポーツなんだから、そういう精神論みたいなのがあっても仕方ないでしょっていうのが、
私がその当時、周りの大人たちもそういう感じ?
学校の中もそうだし、学校の外、家族とかもそうだったから、
どう考えてもおかしい、なんでこんなに不条理なことがまかり通るんだろうみたいな、
誰もそれをちゃんと理解してない大人たちが、っていう感じだったから、
やっぱりその時にそれをガツンと否定してくれる大人が一人で来たら、やっぱりこれおかしいよねっていう風になってたと思うけど、
自分の中でそういう、きっぱりと考えてもおかしいでしょみたいな、
もうやっぱりそこからしばらく経ってからっていうのもあって、
24:04
やっぱりその時言われてきたこととか、自分の中でしっかり蓄積されてしまったっていうのがあるなって今でも思うし、
あとはなんか、私お兄ちゃんがすごいびっくりするほど努力家な人タイプで、
毎晩のように受験シーズンとか、ずっと部屋にこもって勉強してみたいな、
で、お兄ちゃんも浪人してるんだけど、浪人してた時も結構遠いところまで予備校行って、
来てからもまた勉強してみたいな、なんかすごかったから、すごいね、聞いてるだけで疲れる。
で、なんかそれをやっぱり見習うようにっていう風に、それがいい例ですっていう感じ、
これこそが努力だよみたいな感じで評価されてたから、
なんかそこまで直接的に、あなたもこうしなきゃダメだよっていう風にまでは言われてないけど、
でもやっぱり身近にそういう行いをして、かなりの好評価を得てる人がいると、
そういう風にならないといけないんだみたいになってて、
でも性格的に無理で、結構私あんまり物事続かない人だし、
長時間ずっと言ってるみたいなのができないから、
いまだにやっぱそういうのこそが、やっぱり頑張ってるっていう状態だし、
そうじゃない休憩したりとか、休憩するのも大事だし、体をちゃんと管理するとか、
体調悪い時は休むとか、そういうのもすごく大事だっていうのは、
頭の片方では分かってるのに、やっぱりもう片方ではなんかすごい怠け者みたいな気持ちに今もなる。
なるよね、そりゃあなるわ。
部活の存在しっかり自分の中から消え去ってたけど、でもすごかったね。
私も中学の時は教制、絶対何か入らないといけないみたいので、
企画部っていうオーケストラに入ったんだけど、
私の行った学校もその地区、結構いつも大会上まで行く学校で、
土日もないし、それこそ自習練は絶対だし、
先生がすごいキレると、
先生がちょうど多分私が転校してきた前の年か、
27:01
私が転校してきた年かなんかに来た新しい先生で、
その人が結構若いやり手の先生みたいな感じで、
ずっと大会その前まではあんまり成績が良くなくて、
結構スランプみたいな感じになったから、それを変えるために来たみたいな感じの人で、
私もそんなことにちょうどその人が入ってきた年に転校して部活に入ったから、
もうすごいわけじゃん、その人はそれを達成するためにみたいな感じで、
もう超スパルタみたいな感じで、
しょっちゅうみんな音楽して怒鳴られてて、
そういうの初めてだったから、それこそ今までのんびり生きてきた。
だから全然ついていけないし、
もうそういうことさっき言ったみたいな、もう本当に理不尽すぎる。
え?みたいな、意味がわからないみたいな、
全然意味が、言ってることめちゃくちゃだし、やってることめちゃくちゃだし、
まずそもそもそれやっていいの?みたいなことばっかり、
え?っていうのを普通みたいにやって、
みんな誰も何も言わない状況っていうのがまず怖かった。
私は自分が何言われるかよりも、
みんなが知らん顔してそれを当たり前みたいに聞いてる雰囲気みたいなところが一番怖かったし、
みんな何考えて生きてるのかなってすごい不思議だったかなっていうのがあって、
でもやっぱりその時、周りがそういう状況だとさ、
自分もあんまり気抜けないっていうかさ、
常に自主練するなりとか、
絶対土曜日土日とかの練習に出ないといけないとか、
そういうのを自分に強制するようになる。
それこそ周りから、特にバレエとかもそうだけど、
グループっていうかチームでやるものじゃん。
だから一人が、一人がみたいな感じの絶対できないし、
例えば陸上とかだったら自分が走るだけじゃん。
リレーじゃない限り。
私も陸上もちょっとやってたけど、
自分が走ればいいから、
そこまで休んだら自分だけっていうかさ、
自分に影響はくるけど、
チームにとか、それこそオーケストラとかだったら全体に影響するってことはないけど、
バレエとかだとさ、
練習サボって、先週これできるように練習してきてって言われたのに、
30:05
それができてないみたいな状態だと、
お前一人のせいでチーム全体が迷惑かかるんだよみたいな、
そういう言い方をされると、
それってすごいプレッシャーじゃん。
自分のためにやりたくないのに、
でも自分がやらないと困る人がいるのかもしれないっていう圧力。
すごい嫌だった。
それが多分一番大きいよね。
周りからみたいな。
成功しないのは自分が原因だみたいな感じ。
でも全員が多分そういうふうに自分に対して、
自分自身それぞれに対して、
そう思うから多分そういう状況が維持され続けるんだろうなっていうのもある。
誰も何も言わないとかっていうのもさ、
全員が多分そういうふうな考え、
自分が一人休んだりとか、
例えばサボるなりしたら、
周りの人たちが結局そういうふうになるっていうのも、
全員がこう思うと結局誰も何も言わないし休まないしっていうのが、
そういう状況はたまに続ける。
その当時にバレーノートみたいなのを書かれてて、
全員必ず。
個人?一人一人?
自分のバレーノートっていうのを作って、
それを毎日書いて、
それを毎回部活行くときに全員提出するっていうふうになってて、
だからなんか、
そのバレーノートも、
何書くの?
カラオジペ残ってたものを3年くらい前にパラパラ見てたんだけど、
その日に自習練ってやったら、
メニューみたいな、
どの技術を練習、何回やったかみたいなのを書いて、
あとはコメントみたいなのを書いて、
最低そのA4の、
A4だっけ?普通のノートの、
最低でもその片面は全部埋めなきゃいけないみたいな。
やば!
それ見てたらさ、当時の自分かわいそうになるほど、
一応ちゃんと練習やってんのに、
全部反省日記みたいな、
私はここができない、あれができないみたいな、
努力がこんなにも足りないみたいなことを毎日毎日書いて、
それを先生に提出して、
その努力の足りなさを先生に認められてるっていう。
33:04
本当にあのノートも必要だったのかなって、
いまだに思う。
なんか一瞬の洗脳だよね、それって。
常に自分に対して、
自分のできなさをリマインドしていくみたいな。
なんかもうよんって泣けてくるみたいな。
なんでこんなにできないことばっかり書かされるの?
かわいそう!
なんかできないことだらけじゃなくて、
少しずつできてたこととかあるはずなのに、
なんかできたことじゃなくて、
全部できなかったことを書かされて、
逆になんかこれがこんなにできましたとかっていうと、
その先生からのコメント、赤ペンで、
まだこういう部分が足りないので、
こういう部分を次は練習しましょうみたいな感じなの。
なんかなんだろうね、
なんでコメントのバスできないのかな?
なんかなかなかそういうのないよね。
でもなんかそのバレエの先生は、
部活中えげつないほど厳しいけど、
部活が終わった後とか、
あとは普通に部活じゃない時間帯に学校で会った時とか、
部活中はそういう、
ある種あめとむちじゃないけど、
特に目をかけてる生徒は、
結構冗談言って笑わせたりとか、
かなり自分からその子にアプローチするような感じにして、
でも部活中はそういう子ほどかなり厳しく接してられる。
それこそ顔面にボンボンボンボンボール飛んできて、
体中に当たったりとか、
っていうのをなってて、
だからなんかめっちゃ厳しい時と、
なんかこう気にかけられたり時みたいなのがあって、
なんかみんなその、
なんかやっぱ10代でみんな不安定っていうか、
やっぱり誰かに認められたいとか、
誰かにこう気にかけられたいとか、
そう思うの。
なんかやっぱりある局面ではすごく、
ある種可愛がられてるみたいな状況になる。
そこにそうじゃなく、
めっちゃ厳しい時があるみたいな。
でも厳しい時はこういうところだけじゃなくて、
この先生は自分を可愛がってくれるようなところがあるんだ、
みたいな状況になっちゃうんかなって思って、
私はそういうノートのやり取りとか、
そこそこたまに厳しくみたいなのあったけど、
そこまで期待もされず、
そこまで失望もされずみたいな、
割と影が薄い人だったから、
でもなんかめちゃくちゃ期待されるほど、
36:03
やっぱり期待されてる分、
厳しさにもやっぱ耐えなきゃいけないみたいな、
メンタリティーになっていっちゃってて、
だから先生がいないところでは、
みんなで先生の悪口めっちゃ言ってんのに、
なのにそれでもバレー続けるみたいな感じで、
私はもうその先生のそういうやり方が耐えられなくて、
2年中2の最後の方に辞めちゃったんだけど、
部活辞める時も何て言って辞めようってずっと考えてた。
そうだよね。
割とさ、その時ももしかしたらやり過ごすみたいなのが、
顔にあまり感情が出ないっていうのが、
その時からだったのかもしれないけど、
だから先生も私が辞めたいって思ってるかなんて、
思いは持ってなかったみたいな感じで。
え?みたいな?びっくりした。
そうそう。
もうちょっとやってみたら?みたいな感じで言われたけど、
ちょうどもう少ししたら中3になるから、
受験もあるしって言って、
ちょっと勉強に集中したいんでっていう風に言ったけど、
その時の先生の返答でめっちゃ覚えてるのが、
別に部活を一生懸命やっている人でも、
勉強も同じぐらい一生懸命やってる人はいますよっていう風に言われて、
あ、そうですかっていう可能性は。
だからなんかお前も一生懸命部活やりつつ、
勉強も一生懸命やればいいじゃないかっていう感じだったの。
うん。
なんかもうそれでプツンと切れちゃって、
もう無理無理無理って思って、
辞めますって言って辞めた。
イエーイ。
自分を守るのが先だよ。
うん。
いやーでもなんか本当に部活、
ねー、特にりょうちゃんそれこそ体育会見部活、
話聞いてるだけで泣けてくるよね。
スポーツとか、あとでも吹奏楽も結構、
吹奏楽もないイメージもある。
確かに。
私も、
そうね、なんかオーケストラはまだマシだなと思ったけど、
結構高校上がった時友達とか結構みんな吹奏楽入った子たちとかは、
めちゃくちゃきつかったし、
割とその上下関係がすごい、
特にその先輩との上下関係あたりがすごいめんどくさそう。
めんどくさーって思った、見てて。
なんか話とか聞いてて、
ねー、なんか何のためにやってるんだろうと思っちゃうところもあったし、
でもなんかそれって一種の、
39:06
さっきりょうちゃん言っても、不安定な時期じゃん、
10代とかって、
そういう時に属せる場所みたいなものがある、
安心感を得るためだけにでも価値のあること、
みたいな風に見られてたところもあると思う、
部活動っていうグループ単位のもの。
だからなんか、
そういう役割もすごいあったし、
多分そういう場を求めてる人たちがすごい多かったから、
意味があったっていうか、
みんな耐えてたっていうところもあるのかな、
みたいなのもすごい思ったりしたけど。
部活絶対入らなきゃいけないっていうルールは廃止してほしい。
やばいよね。
私はなんかびっくりしたもん。
割と結構私の時どこもそんな感じだったかな。
中学校も2、3校転校して、
高校は1校だけだったけど、
全部そんな感じだった。
高校入った時は割とそんな感じ。
高校入った時もそんな感じだった。
なんか絶対入らなきゃいけないみたいな感じ。
私は中学は義務として、
学校として全員入らせるみたいな感じだったと思うけど、
高校は学校側からまた入ってくださいみたいなことはあって、
ただ暗黙の了解みたいな感じで、
入らないとかほとんどいないみたいな、
みんな何かしらに入るみたいな感じだったけど、
私は結構疲弊しちゃって中学で。
だからもうそのまま3年間帰宅部だったんだけど。
いいね。
私も高校。
よくあんなのやってたなって自分で思い出して。
想像もできない。
だって中学の時とかも授業が3時とか4時とかに終わって、
ここから6時とか6時半とかぐらいまでずっと部活やって、
家帰ってきて。
宿題すんだよ。
よくない?
信じられない。
それでまた朝も朝練があるから、
9時前とかには家出る。
朝からスポーツして授業やって、
また授業終わったらスポーツしてみたいな。
聞いてるだけで疲れてくる。
信じられない。
フルで1日休みみたいなの、月に1日あればいいほうみたいな。
休日は休日でまた部活があったり、
それこそ練習試合とか、
演習へ行くとか、
42:01
考えらんない。
あれどっからこの話になったんだっけ?
どんな話してるんだっけ?
録画したの見なきゃ。
いろいろと、
最近一つのこと、
いろんなことで頭がいっぱいで、
集中しようとするんだけど、
でも邪念で、
結局一つのことにも集中できなくて、
そういう状態を自分で、
あらけてるなって思っちゃうっていう。
それだ、それだ。
自己批判はどこから来てるのかみたいな感じの。
で、なんか私が文化から来てるんじゃない?みたいな。
部活の話を始めた。
43:17

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