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はいどうもアメショのユキです。 TMI忍者ナオでAIアートクリエイターとして活動しております。はいよろしくお願いします。
水曜日ですね、週の半ばまで来ましたけれども、昨日の夜はですね 職場の方で
ちょっと歓迎会というかですね、元お世話になった上司の方と混乱の場があったんですけども、その後公式だったんですよね。
完全に公式の場合は焦っててですね、 酔っ払って帰ってきて、ちょっと横になってたらですね、気づいたら直前放送直前に、まあ放送直前に起きたから良かったんですけどね。
そうそうそうそう。で起きて、まあなんとかね、酔いどるスペースをさせていただきましたけども、何を喋ってるのかよくね、わかんないまま話してましたけども。
Tマスファッションショーの投票の方が始まっているということで、そちらの方のね、エントリー、21名エントリーをしていただいていたんですけども、
前回よりももう遥かにね、数が増えて、非常に今回はエントリー数としては多いということでね。
一定の成果が上がっているかなというふうに思ってますけども、投票が始まっているということで、そちらの方も引き続き呼びかけていきたいなというふうに思っているところではありますので、
こちらの方もお聞きになられて投票権をお持ちの方については、ぜひ投票の方を早めにお済みいただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
ということで、今日のお話は何にしようかなと思っていたんですけども、AIと人間のそのボーダーラインというか境界線というのはどこに引くべきなのかということについてちょっとお話をしたいと思います。
何のことかというとですね、アルバニアというちょっと小さい国があるんですね。綺麗な国ですね。
アルバニアという国があるんですけども、そこでリエラという女性の人が、女性の大臣ですね。
これAIが作り出した大臣なんですが、リエラさんという中年の女性の優しそうな女性の方なんですけど、その方が大臣をやっていると。
その人に大臣を任せるという風にね。公共調達の監督業務を担う大臣なんですけども、その大臣を任せるということでアルバニアではやっているそうです。
本来だったら生身の人間が意思決定になってきた政治とか行政のあり方について、アルバニアではAIにやらせてみようという風なことをやらせていると。
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入札に関する決定はリエラさんが決めるということで、例えば不正の勉強用とか賄賂というのが存在していないかというのをリエラさんが監督しているという役目を持っているそうです。
アルバニアって非常にヨーロッパの中では貧しい国の一つとして知られているのもいるんですけども、かなり汚職がはびこっているそうですね。
別に報酬に限らないくて、賄賂がはびこっている国はあるんですけども、貧しい国はあるあるだと思うんですね。
日本とかだと、我々がした瞬間に捕まっちゃいますし、それでも賄賂をやっていると、たまにニュースで大々的に取り上げられたりしますけども、アルバニアにおいては蔓延している。
特に建設業を中心に非常に蔓延しているそうで、麻薬カルテルが暗躍していると指摘をされていたそうです。
30年までに欧州連合のEUに加盟をしたいということでそれを目指しているんですけども、腐敗が広くて加盟を認めてもらえないというような問題がアルバニアにあるということで、
私利私欲に左右されないということでAI大臣が政を根絶できるんじゃないのかということで期待をされているそうです。
リエラさんは台湾の入りがいを乗り越えようとする議論が巻き寄ることこそ政治であるのではないかと言っているそうです。
他方、AIの企業が最近哲学の専門をやっているとか倫理をやっている学者さんを雇っているという話があったんですけども、
21世紀の哲学者と言われているイギリスのケンブリッジ大学の警部教授という方がおられますが、その方はこのAIに重要な意思決定を任せるということに関しては非常に危機感を持っているそうです。
会議的というよりもむしろ危機感があると。
どういうことかというと意思決定がAIとかアルゴリズムに代替されてしまえば民主主義の前提というのは崩れると言っていると。
今はAIというのは人間すらながらの幅広い知能を持っている頭脳ですから、それが理性とか主体性といった概念が人間の独特を持っているものではなくなるんじゃないかと。
そうすると欧州社会は特に倫理観とかが早くから根付いてきた文明的な社会だと言われているんですけども、その欧州社会は支えてきた理念とか価値観が覆るということが恐れられていると。
それが警部教授の発言の裏にあると言われているそうです。
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人間がどこまでAIの進歩を共有できるのかということに関しては、倫理とか哲学の観点から考えられなければいけないと言われているそうです。
ヨーロッパでは特に言われているそうです。
今回のDLSSの件に関しては、これまでは人間が向き合ってきて、人間がチェックをしてきたところに人間が代替をする倫理とか哲学とか主体性とかのところに人間が決めきれないであるのがAIがやると。
それを代替されてしまうような社会になってしまうというのが、ある意味しょうがない面もあるんでしょう。できなければしょうがないという面もあるんでしょうけども、人間はいらなくなるんじゃないかという極論にもなりかねないというところですよね。
どういうルールでAIを使っていくのかというルール作りが今後、世界共通でという話なんでしょうけども、やっていかなきゃいけないんだろうなというふうに考えますね。
やっぱり自由とか尊厳など普遍的な価値を守るためには規制というのはしていかないと、AIに何でもかんでも任せてしまうというのは非常に危険。
企業とか国のレベルでもそうですけども、開発競争、日清月報のAI開発に熱をあげてるんですけども、そこにちゃんと適度な規制をしていかないと先ほど言ったような理念や価値観が崩れるような社会が出来上がる。
だけど価値に規制をしてしまうと技術革新が遅れてしまう。このジレンマがあると。そこのバランスをどうすればいいのかというのが今、欧州で語られている課題です。
これはやっぱりアメリカとかアジアとかいうとはまた違った価値観を持つ欧州だからこその話なのかもしれないですね。
ということで本日はAIと人間の共感性がどこに低くなるかということで、アルバニアのAI大臣の例を例としてお話をさせていただきました。
一緒の仲間ですけど頑張ってまいりましょう。
ティーマーに唯一の規制がありません。エンターテイナーとリバーサルファットエブリワン。
己だけでなく皆も楽しませる一日にしてまいりましょう。
それでは飯抜きでした。ほなまた。