サバティカルというのは、一般的に世界中の大学にもあるシステムだと聞いておりますけれども、
おおむね大体7年に1回、これ結構技術的にはたろうと思うんですけれども、
ですように7日働いて1日休むみたいな話で、もう1日働いて1日休むと1週間間にあるというようなことで近いと思うんですけれども、
そういったような形でおおむね6年働いたら1年、あるいは7年働いて1年というような形で研究休暇というものが与えられて、
その1年間で授業とか公務、免除されて、それで研究に専念をするというところですね。
しっかり最先端の学問を改めて学び直したり、あるいはもっと研究に集中して、
自分の業績をもっと増やしていったり、というようなことに充てるんですね。
なるほど。そのサバティカルのするよっていう準備っていうのはどのぐらいかかるものなんですか。
結構必要になってきます。それは大学によって違うと思いますけれども、
7年に1回という経験に与えられるけれども、たとえば学科所属している学部内で何名、学科内で何名というような
人数制限が厳しいところは、結構その枠が回ってこないということで、
権利はあるんだけれども、まだ先、実際に取れそうなのは先だっていう学校、大学さんもありますね。
まずそれに合わせる、要するに他の人たちがいつ取るのかっていうタイミングを相談しながら合わせるっていうことにかかる時間が1つあるのと、
そもそもは受け入れ先を探すというところで、実際にいろんな世界中の大学の中で選んでいって、
自分の研究テーマに合致するようなスポンサーの先生を見つけていって、そちらの大学のほうの学内手続きも進めていってというところで準備をしていくというところで、
結構待ち待ちする場合は、大体1年から2年前くらいにバークレーと正式な話し合いといいますかですね、
進めていったという形になりますが。
バークレーを選ばれた理由とかっていうのはあるんですか。
バークレーを選んだ理由っていうのは、まず前半戦のところでも申し上げましたけれども、やっぱり正当性じゃないところで非常に競争的に政治が展開されているようなところを探していこうかなと思っていて、
それでといったようなことも一つありますし、やっぱり政治学はアメリカがメッカといいますか、かなり法論的にも進んでいるところがアメリカですので、アメリカの中で研究できるところを探していったというところが一つです。
もう一つ大きな理由、バークレーを選んだ理由は、やっぱり西海岸に住んでみたかったっていうのがあって。
その理由はたくさんしたんですけど、一つは私は学生時代に語学学校で、ロサンゼルスに語学学校に行ったので、それでもう一回カルフォルニアに住んでみたいと思ったのが一つと、
あともう一つはやっぱり差別の問題です。アジア人差別の問題っていうのは結構大きくて、
パンデミックの時には割と東海岸の方ではアジア圏の人は結構差別をされることが多かったっていう話も即問しているので、
自分はちょっと話すことになると思いますけども、子供をもつれて家族とともに帯同してくるので、
自分だけならば、自分の責任で来る以上は確保できている部分もあったりするのかなと思ったりするんですけども、
やっぱり子供を連れてくる以上は、そういった不法な差別とかそういったものに合わないような形で、
生活しやすいような環境を選んだところはやっぱり西海岸のところで、サンフランシスコとかエレーとかっていうところの中で選んだという形ですね。
実際どうですか?こっちはやっぱり少ないイメージがあって、それは実際そうでしたか?
いやもう本当に想像以上にですね、そのまあ多国籍と言いますか、うちの娘がいて小学校、地元の建築校に通っているんですけども、
もう半分以上はアジア系ですね。こんなにアジア系が多いんだっていうふうな印象は強くあります。
言語とかの壁っていうのはやっぱり子供は簡単に越えられるものなんですか?苦しいですか?
子供の壁は、そうですね。やっぱり子供の適応力っていうのはすごいもので、やっぱりかなり、もちろん朝から午後までずっと英語の環境に中にいるっていうこともあるのでしょうけども、
やっぱりかなり英語を聞く力ですね。特に聞く力ですね。先生が何を言ってるのか聞かないと多分やっていけないと思う。
言ってるのかやっていけないと思う部分があると思うので、やっぱり聞く力を中心にかなり伸びは早かったと思います。大人よりも子供のほうが早かったと思います。
先生自身はバークレーの研究室に行って今研究されてるって形なんですか?
CJSの方はちょっとまあ今年1月に移転をしたんですけども、特に座席というものはないんですよね。
特に文系の研究者は多くはそうかもしれませんけども、自宅でありますとか、あるいはセミナーとかに参加をしながら研究をしていくと言ってたり。
フィールドワークみたいなやつも行ったりするんですか?市議会に行ったりみたいな。
そうですね。そういったような形で結構活動されてる方の話を聞きに行ったりとか、そういうフィールドワークもありますし、
もちろんセミナーですよね。学園行くばっかりの中では行われてる、1月に参加をするとかっていう形ですね。
いろいろやってます。
なるほど。だから家でやりつつ外にも出て、という点ではやっぱバークレーとかセミナーとかたくさんあるからいいんですね。
そうですね。バークレーは本当に恵まれていると思います。
実際このサバティカルをやるっていうのは先生にとってキャリア的にはプラスになるんですか?
キャリア的にはプラス。
剥がつくみたいな感じになるんですか?
言っただけでは多分剥がつかないので、これがどういうふうなアウトプットを出していくのかというところだと思いますね。
これが今後の研究にどういうふうに活かしていくのかというところで、これが生きるかどうかっていうのはむしろ今後の私次第だと思います。
やっぱりそうなんですね。これ日本に帰ってどんだけ頑張れるかっていう。
そうですね。
実際その先生が今、キャリア的には真ん中ぐらいじゃないですか。真ん中からちょっと行ったぐらいの。
どうですか?その博士課程終わった頃に描いてた自分と今の自分っていうのは上出来ですか?
いや、はるかにこれうまくいってると思います。
いや、そうですよね。
すごいサクセスストーリーな感じはしますよね。
特に大学院生の頃は、就職氷河期だっていうこともあって、特に大学院充填官の時代でもあったので、本当に妊娠室がたくさんいる中で、
本当にポストがないっていうので、就職できない先輩方がたくさんいたので、本当に自分の将来どうなるんだろうかっていう不安は絶えずありまして、
妊娠室の皆さんもそうだと思うんですけども、ありましたね。
今の現状って非常に恵まれて、想像した以上にはるかにいいと言いますか、うまくいってる状況です。
今後まだ何十年かあると思うんですけど、今後どういう道をたどっていきたいみたいな目標というか、夢みたいなやつはあるんですか?
そうですね。研究者としてやっていくっていうのは一つでもありますが、セキュリティプロモーションのように実際に自治体に入っていって、
もっと学術的な貢献のみならず、社会的な貢献というものもできればいい。これまでもゼミを通じてやってきた部分はあるんですけども、
もっとこういったところを積極的にやっていけたらいいなというふうに思っているところではありますね。
自分の研究以外のところにも、もうちょっとアウトリーチをしていって広げていく。もちろん学生指導、あるいは医学指導も含めてでありますけれども、
他社とか団体とか、そういったところに対する貢献というものも、そろそろ考えるような使命を持っていくような、
徹世代になっていくのかなと思っているので、そういったようなことも考えながら活動していきたいなと思っております。
いわゆる応用の時期に入ってきたっていう感じなんですね。
あるいはもっと若手を中心にバックアップするというのが次元端まであるのかなというふうに思っているんですよね。
ですから、学会のほうでも自分がどんどん論文を書くことも重要なんですけども、
もっとそのサポートをしていくような学会業務のほうも支援のほうに入っていくとか、
イベントでやっていく部分っていうのは特に文系が多いので、
そういったところでも、若手研究所に支援といったところでお力になれればいいかなというふうに思ったりはしているところではありますね。
次の7月からゼミが復活されるんですよね。
そうですね。
ゼミのウェブサイトとかYouTubeとか見てて、みんなすごいワイワイしてるというか、すごい楽しそうなイメージがあるんですよね。
ホームページがどこかに文化祭の前日のようなゼミを作りたいっていうことが書いてあって、
それは確かに写真を見る限りはすごい体現されてるなという感じがして、
そういう雰囲気を良くするっていうのはどういう先生の努力をされてらっしゃるんですか。
そうですね。僕最初就職したのが北海道の私立大学で夜間部2部のゼミを担当していたんですね。
夜間っていうのは、自分で学生が日中働いて、学費を払って夜来るんですよ。
自分も全くそういうふうな学生が日本にいるっていうことを想像もしてなかったのに、
そういった学生結構たくさんいて、なんでそういうふうなことをしてるんだろう。
親を学費払ってくれないのかって言ったら、そもそも親が大学に行くことに反対をしていたと。
自分で稼いで、学費を払うならいいよってことでやっと認めてもらったんだっていう学生が結構いて、
なんで親はそういうことを言ってるのか。大学ってことを知らないんじゃないかって思ったら、
実は親御さんにとっては大学に行けると。
ところが親御さんにとっては大学はいいところじゃなくて、つまんないし役に立たなかったから、
自分の子供に行くことについては反対だっていうことをおっしゃられた家庭が結構意外に多くあったので、
大学っていうのはまず楽しいところなんだっていうことを理解してもらおう。
ワクワクするところなんだっていうふうに思ってもらおうと思って、
結構ゼミ活動を頑張ったのが北海道の静大医学、特に夜間のゼミを持っていたときの最初の思いですよね。
結構割とそれが継続をしていて、やっぱり大学っていうのはいろんなサウンドもあるし、
僕はそういうふうに授業を出てみて、そんなに勉強する気なかったのに授業を出てみたら、
面白くてやっぱり研究所になったっていうのもあるし、
もっと違うような出会いがあって、そこで将来の進路を開いた、つながった人もいると思うんですよ。
だからまずワクワクするような楽しい場所であるべきだと思うし、
そこでいろんなつながりにそれぞれが出会えばいいと思うので、
やっぱりそういった場作りっていうことはやっぱり必要かな、
特に教員としてできることとしては非常に重要なことかなと思ってゼミを運営していたりしているところですね。
そういうことと三学連携みたいなこともされてたり、
そういうのは確かに学生、企業とつながりたい学生にとってはいいだろうし、
逆に博士課程とか行きたいみたいな学生もいたりするんですか?
そうですね、そういう学生さんもいます。
そういう点では次の世代を育てていくっていう使命も似合ってるっていう感じなんですね。
そうですね、特に明治大学に来てですね、
特に明治大学の学生さんは就職に強い関心、もちろん多くの学生そうだと思うんですけども、
だったので、ワクワクすると同時にやっぱり少しでも本人のキャリアにつながるようなチャンスがですね、
うまく結びつくような場になってもらいたいというところで運営しているところもあります。
いろんな女子大さんとか企業さんとかコラボさせていただいたりする。
それがうまく彼らの未来、キャリアにつながっていってるっていうのを非常に嬉しく思ってるところですね。
イメージとしてお伺いしたいのが、
具体的に例えばこの地方自治体さんとコラボしようとなった時に、
学生さんと一緒に何か問題解決をするみたいな活動になってくるんですか?
そうですね、大きく言ったらそうですね。
その問題がどういう問題なのかっていうのは自治体参加にあげられることが多いです。
だから受けられるものとも受けられないものがあるので、受けられないものは受けられないですけども、
これは学生にとっても非常に学びや成長の場になるなというふうに思ったものについては、
ぜひやらせてくださいという形で受けられているという感じですね。
それを何か学生さんと先生で現地調査をしたりだとか、
何かゼミの中で議論して、
こういうものが有効じゃないかって答えをみんなで導いていくっていうのがゼミの活動になってくるんですか?
そうですね、はい。
ってなると結構大変ですね、先生。
なんか取捨選択というか、これは実現可能なのかとか、
全部見て学生も見ながらやる、いろんなプロジェクトを、
距離的にも時間的にも結構大変ですね。
結構大変なんですね。
たぶん、一応単位で週2コマっていうあれなんですけど、
たぶん週2コマじゃ結構汚い部分があって、
学生さんは大変だろうかなと思ってますけども、
ただ非常に自慢があって、何かっていうと、
そのゼミに入った学生で、途中で辞めた子はいないんですよ。
要するに事情があって大学時代に辞めた子はいるんですけども、
基本的には誰もいない。
非常にやっぱり、そういう意味ではある程度満足をして、
最後まで走り抜けて、
トツロン回答をしてくれてるのかなと思ってるところが、
一つの誇りではあります。
忙しくて大変だけども、
辞めずにちゃんと頑張ってくれてるっていうところは誇りであります。
始まる前も先生とお話しさせていただきましたけど、
ゼミのYouTubeだったり、
ホームページは学生さんが主体的にやられてるってことで、
何かそういう主体性を育てるカラクリみたいのもあるんですか?
彼らは本当に自主的にそういったようなYouTubeでありますとか、
ラジオとかを展開しているんですけども、
やっぱり先ほど申し上げましたように、
プロジェクトで活動することが多いので、
やっぱりチームワークが非常に重要なので、
少しでもいいメンバー、後輩というものをですね、
リグルートしていきたいという思いがおそらくあって、
それでかなり広報活動に力を入れている部分があると思います。
あともう一つはやっぱりゼミのOB・OG組織というのがですね、
割と結構うまく機能していて、
社会に出た後はもうそのOB・OGの繋がりで
結構仕事が何かあったり繋がったりっていうことがある
というふうに聞いたりしているので、
そういう意味でもやっぱり将来的にはいい後輩、
あるいはいい先輩と繋がるっていうことが、
要するに大学卒業した後もですね、
うまく機能していくというところで、