2026-01-09 47:43

#86 学生時代の原体験からはじまる政治学研究【明治大学 木寺教授 前編】 【明治大学 木寺教授 前編】

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今回は明治大学政治経済学部・UCバークレー visiting scholarの木寺元教授(@hajimekidera)に研究者を志した経緯や研究内容を伺いました。


✨研究室ホームページ

https://kiderahj.wixsite.com/website


✏️Researchmap

https://researchmap.jp/kiderahj


🗽トピック🗽 

キャリアパス/政治学者を志した原点と問題意識/地方分権改革と権限移譲/シティプロモーション3.0(地方創生)/UCバークレーから見る政党政治


本配信は個人的な見解であり、所属する組織とは全く関係ありません。


★番組のX ⁠⁠⁠@ANG_2024⁠⁠⁠

⁠⁠⁠メッセージはこちら⁠⁠⁠

★パーソナリティ ⁠⁠⁠NAKAMURA ⁠⁠⁠

★雑務 ⁠⁠おニューのわら人形⁠⁠

★オープニング: ⁠⁠⁠Trick style(まんぼう二等兵様)⁠⁠⁠

★エンディング: ⁠⁠⁠Night trip(Make a field Music様)⁠⁠⁠

★ジングル:

気分一新 (otologic様)

OP/EDジングル41 (t12ya様)

サマリー

明治大学の木寺教授は、学生時代の原体験を通じて政治学への関心が芽生えた経緯を話します。また、教育背景や研究活動、サバティカルについても触れています。教授は、大学での授業を通じて研究者としての道を選ぶ過程や、地方自治に関する卒業論文のテーマについても語ります。政治学への関心や博士課程での研究経験についても言及し、学問の世界への挑戦と成長について探ります。木寺教授は、学生時代の原体験を踏まえた政治学研究の重要性および現在の研究テーマについて話します。地方交付税の変遷やシティプロモーションの概念に焦点を当て、地域活性化の新たなアプローチを探求します。教授は、学生時代の経験を基に地方政治の研究やシティプロモーションの重要性についても言及します。また、アメリカの政治制度と日本の状況を比較し、政治環境の競争性について考察します。木寺教授は、自身の学生時代の原体験がどのように政治学研究への魅力を高めたのか、また学生たちのコミュニティ形成における貢献についても語ります。

学生時代の政治への関心
アメリカからこんばんは、NAKAMURAです。
この番組では、アメリカ研究留学4年目を迎えた私、NAKAMURAが、ゲストとお話ししながら、アメリカ留学の魅力を再発見し、お聞きのあなたにおすわけすることを目指しています。
今回がアメゴの通常回、新年一発目ということで、皆様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
というわけで、一発目始まったわけですけど、
そうですね、去年はアメゴ一周年記念を迎えて、そこからさらに8月から12月まで駆け抜けたという感じですけれども、駆け抜けた12月31日はですね、毎年恒例、ほぼ毎年恒例なんですけど、
わらさん家で飯を食うっていうやつをやったんですけど、やっぱり日本だと年越しそばですよね、12月31日だと。
僕はわらさん家に行く前に、また違う友人とそばかつっていうそば屋さんがあるんですけど、そのそば屋さんが夜の8時から年越しそばを限定で出してるんですね。
で、ちょうどその日結構雨降ってたんですよ。だったんで、ほとんど人がいなくて、ほぼ並ばずにそのそばを食べることができ、で、その帰り道にわらさん家に行って、さらにそばを食べるというダブル年越しそばを食べたんですけど、わらさんのそばにはエビテンとかき揚げとか、あと茄子のやつとか、あれか、あとハラペーニョのなんか、
クリームチーズハラペーニョ天ぷら。
そうそう、クリームチーズハラペーニョみたいな。あれなんか意外と、僕辛いの嫌なんですけど、全然あんまり辛くなくて、油で揚げるとハラペーニョって辛くないのかなと思いながら、なんかそんな話をしながら新年明けました、わらさん家で。
去年はですね、花火を見に行ったんですけど、今年は雨だったんで、ちょっと身がだるくて行かなかったんですけど、花火は上がってたっぽくて、見に行ったらよかったなと思うんですけど、来年ですかね、来年また独立記念日も花火上がりますし、花火見たかったらそういうタイミングで行きたいなというふうに思ってます。
そんな感じで今年もよろしくお願いします。
今月、1月の雨合は日本人研究者のサバティカルをテーマに現在サバティカル制度でアメリカにいらっしゃっている日本の大学で活躍されている研究者の方をお迎えします。
第1週目は明治大学政治系大学部で教授として活躍をされている北原はじめ先生をお迎えします。今週もよろしくお願いします。
おだしょー 改めまして NAKAMURAです それでは 今回のゲストを紹介します
木寺先生です こんにちは
木寺先生 よろしくお願いします ありがとうございます
おだしょー よろしくお願いします 簡単に木寺先生 自己紹介お願いします
木寺先生 木寺はじめと申します 明治大学の政治経済学部で政治学
を教えております 今 サバティカル という形で 在学研究という形で
UCバークレーのCJJS Center for Japanese Studies というのがありまして 今 サバティカル
という形で在学研究という形で UCバークレーのCJJS Center for Japanese
Studies というのがありまして 今 サバティカルという形で 在学研究
という形で UCバークレーのCJJS Center for Japanese Studies というのがあり
まして 今 サバティカルという形で 在学研究という形で UCバークレー
のCJJS Center for Japanese Studies というところで 2年間ウェスティングス
から客員研究員をやっております 専門政治学です どうぞよろしくお願いします
おだしょー よろしくお願いします 先生 お若いっすよね
木寺先生 若くはない 私は1978年に アメリカに行きました
おだしょー アメリカに行きました 木寺先生 アメリカに行きました
政治学の専門性
木寺先生 アメリカに行きました 木寺先生 アメリカに行きました
おだしょー そうですか ありがとうございます
橋本 政治は 政治系は僕も30歳になってからちょっと興味を持ち始めたというか
おだしょー そうですか
橋本 やっとですね アメリカにいるんで 正直 日本の政治関係ないんですけど
関係ないからこそ逆に外から見て 面白いなあというのが
おだしょー いいですね
橋本 最近 やっと思い始めた って感じですね
おだしょー 結構客観的に見れたり しますよ 中にいるよりも
いろんな情報も入ってくるし 面白いと思います
はい よろしくお願いします
おだしょー ありがとうございます
橋本 ありがとうございました
おだしょー ありがとうございました
橋本 ありがとうございました
なんか関係ないからこそなんか逆に外から見て面白いなーっていうのがいいですね 最近やっと思い始めたって感じですね
結構客観的に見れたりしますよ中にいるよりもいろんな情報も入ってくるし面白いと思います 先生もともと出身とかどこなんですか
もともとは東京です シティボーイっすね
その東大のどこになるんですか 教育学部になるんですか
東大の僕は教養学部というですね 学部の国際政治とか日本政治もそうですけどもそういったところを勉強するところにいました
それは文一から文三あるじゃないですか あーよくご存知ではい
文系も新文みたいなやつあるんですか ありますありますはい
そうなんだ 私は最初文化三類というですね文学部系教育学部系のところに入ったんですけれどもですね
その後新附居で教養学部の後期活躍に進んでいって総合社会科学というところですね そこの総合社会科学科というところで国際関係とか
日本政治とかあるいは社会学と経済学とかそういう社会科学を勉強できるところに進みました
教養って言ったらなんか勝手に教員とかそっち系なんかなと思ったんですけど
政治の方なんて言うんだろう教養学部政治学科みたいな政治の枠があるんですかねそこに
そうですねえっと総合社会科学科という正式名称だったんですけれども
要するに教養課程全期課程1年生2年生コモバローキャンパスでも結構いわゆる一般教育
一般教育の授業で政治学とか社会学とか経済学の授業があると思うんですけども
そういったような授業をする先生が所属をするところですね
そういった先生が後期課程学部の3年生4年生あるいは修士博士をですね教える指導するという形のところに所属しておりました
先生はそこで学部から博士まで行ったって感じですか
そうですねはい
ずっとそういう政治とか政策とかそういうのをずっとやりたかったんですか
そうですね政治に関しては実はずっと何て言えばいいんでしょうかね関心は率直に言ってありました
大きな出来事と言えばですね1993年にですねちょうど私が中学生ぐらいの時に
細川連日政権という自民党の政権が終わったっていうのがですね
これまだ生まれてないんですよ
そうですよね
若い方よりはこのインパクトがなかなかわかりづらいと思うんですけどもですね
戦後日本っていうのは1955年以降はずっと自民党が政権を担当するのが当たり前だと思っていたところに初めて政権交代が起きたんですね1993年
でその時に面白いというふうに思ったのが直接的な動機の一つではありますね
93年に起きたんですねなんか僕らが知ってるのは2009年の民主党政権誕生です
その後1993年の非自民連日政権というのはちょっと終わってしまいまして
その後また再び自民党政権が通過ですけども2009年に再度民主党がまた政権を取るというところで政権交代が起きるということに繋がりますね
そうなんですね
それこそ中学生とか高校生ぐらいの時に
そうですそうした通り中学生の時にそういったような今までの政治に関する常識というものが180度変わるような大きな出来事ではありましたね
一つの大きなきっかけの一つではありますね
その中学生の木寺先生はそのニュースを見てどのぐらい衝撃があったんですか
いやそれはちょうど僕らだから中学生だったんで反抗期だったので
皆さんは多分わからないと思うんだけど大崎豊っていう大学生がいて
僕はハマってたんですよ本当に先生なんか学校なんかみたいなそれと全く同じような形で権威とか権力っていうものがひっくり返る瞬間を目の当たりしたっていうところでは
かなり大崎豊と細川さんと同じ見えるぐらいの大きなインパクトがあり
権威がひっくり返る権力がひっくり返るという意味で大きなインパクトがありましたね
それでインパクトあったと思うんですけどそれで政治をやろうと思うんですね政治学を学ぼうっていう
それは直接政治学を学ぼうという政治学に強い関心を持った大きなきっかけではあるんですけども
先ほど私の自己紹介のところで言い滑りましたが
私は東京出身でどこの出身かというと新宿の出身なんですよね
新宿の大久保というところで皆さんもご存知の通り結構
多国的単民族がたくさんいる町で育ったんですよ
その時にやっぱり同級生にもいわゆるマイノリティの同級生がたくさんいる中で
同じ友達なのに差別とか貧困っていうものを割と目の当たりにする機会があって
なんでこうなんだろうっていう思いとか
本当にマイノリティの友達の家に行ったら
やっぱり確実に自分が住んでる家よりも貧しさを強く感じさせるような家に住んでいたりとか
あるいは当時は皆さん電話連絡門って分かります?
分かりますね
ギリギリ分かりますか
ですから親がマイノリティだと電話連絡門が回らない
電話連絡門っていうのは要するに先生がある伝聞を家庭につなげたい時に
電話で当時はEメールとかなかったんで電話連絡をしていて
でも40人30人に全部電話連絡するのは大変だから
そういう理解してみてやっていくっていうやつなんですけども
要するに親御さんが日本語ができないので電話が来ても
要するに理解できないし理解できないから電話がながっても取れないんですよ
なのでその前のマイノリティの前の順番にやっていってる家庭は
子供がいつ家にいるのかっていうのを聞いて
ちゃんと家にいる時間に回すようにするっていうような
いろいろ努力を抑えて家庭もあったんですが
そういうふうにいろんなマイノリティの存在っていうのは結構身近にあったもので
そういったような社会における矛盾とか
あるいは彼らが抱える息づらさとか困難さっていうものは結構
強く感じて生きてきたことがやっぱり
政治とか社会に強い端子を持つ大きなきっかけではありましたね
研究者としての道
それだったらやっぱり政治家になろうっていうふうに思わなかったですか
直接そういった差別とか貧困っていうものをもうちょっと
社会学的に社会科学的に捉えていったんだと思います
直接的に政治で解決をするっていうところでは
たぶんおそらく自分自身も幼かったのでそこまで政治で
それが変わるっていうふうなところには着想
至ってなかったんじゃないかなというふうには思いますね
そこから勉強していって東大入るわけじゃないですか
普通に就職するのが東大生徒も一般的だと思うんですけど
そこで研究者
正直文系の研究者っていうのはあんまり僕しゃべったことなくて
そもそもどういうシステムなのかっていうのがよくわかんない
一緒だと思うんですけど修士に行って
博士3年やるって感じですかまた
一般論としては学位プロジェクトとしてはそうですよね
学士課程終わって学部終わって修士課程2年間で
博士課程3年間でその後はポストドクトを経験しながら
手にはの道を探っていくというところはある程度理系の先生方と近いところあるから
というふうに思いますけど
みんな修士とか学部で卒業して就職しちゃうと思うんですけど
博士に行くっていうのはやっぱりハードルが高いんですか
そうですね特に私1998年前なんですけども
就職氷河期ちょうど就職をする時期が2002年2003年あたりだったので
結構就職状況が厳しかったというものもあってですね
大学院の死亡者も結構多いところでは時代ではありましたね
陰性がたくさんいてもですねポストが別に増えるわけではないですし
特に文系に関して言えばですね
研究者としての道
いわゆる民間企業に就職する研究者としてですね
例えば企業の研究所に行くっていうことがほぼないので
もう博士課程まで行っちゃうともう大学教員しかほぼ道がないという中で
少ないポストもたくさんの博士の陰性で
あるいはポストドクトで争うという状況になってますね
文系でもやっぱりそうなんですね
やっぱり博士に特に昔とかはそうですけど
博士に行くとやっぱり就職がより難しくなる
博士はそうですね厳しいですね
それでも研究者の道を選んだっていうのは何かやっぱりあるんですか
2つあって1つは大学の授業を受けてみて
そこまで研究者に絶対になりたいと思って大学に入ったわけではないんですよね
もちろん先ほどの問題意識というものは持って持ちながら
大学の方には進学をしたんですけれども
ただ授業を受けてみると
私の出身の東京大学のシンフォニーというものがご存知の方も多いと思いますけれども
ある程度点数を取らないと希望の学科専攻には進めないというものがあるんですけれども
そこの点数を取るために一生懸命授業を聞いてみたり
ノート集めたりすると意外に授業って面白いじゃんっていうことに気が付いて
なんとなくこれちょっとやってみようかなというふうに思って
やっぱり卒業論文を書いた時あたりかな
地方文献改革の探求
これはやっぱり面白いし
もうちょっとやってみようかなというふうに思ったのが大きかったかなというふうに思いますね
卒業論文は何について書かれたんですか
地方文献改革の政治家庭というもので
当時私は1998年に大学を入学したんですけれども
ちょうど2000年に地方文献改革法というものがあってですね
国の地方政府と地方政府の間の関係をですね
それまでの上下始終のものから平等対等なものに変えていこうというふうな
シフトチェンジをしようというような大きな制度改革があったんですね
それが何で起きたのかっていうことを卒業論文のテーマにしました
なるほどな
だから結構歴史とかを全部調べてやらないといけないわけですね
卒業論文を書くのに
もちろんそうですね
そもそも何で当時の日本の地方文献活動ができるまでの
日本の統治構造というものがいわゆる地方集権的と呼ばれていたのか
というところからそもそも分からないといけないというのがあるので
それがなぜ今回そういう垂直なものから
水平的なものに変えようという動きになったのかというところも含めて
やっぱり歴史は抑えておく必要があるなそのとおりですね
なんかあれですか縦割りみたいな話ですかそれって
それも近いですよね非常にところはだから面白いと思ったのは
中央政府が強い権限を持っているものを地方に権限を与えるっていう話じゃないですか
いわゆる垂直的な上下支柱の関係から水平的な関係
対等に関係に変えていこうってそれを国の法律がやるっていうのは非常に面白くて
なんで権限を持っている奴がミスミス地方に権限を渡すんだっていうのが
これがリサーチクエスチョンでなぜなんだろうというふうに思って
非常に印象的な疑問でそれを卒業論文のテーマにしたというか
そこから関心を持ったということですね
その後に博士課程まで行って
博論も同じようなことをされたんですか
博論も同じようなことをやりましたね
不器用なのか何なのかそのテーマで動きましたね
そのテーマと出会いって何か授業で地方文献の話があってとか
何かそういう法律ができたことがやっぱりきっかけになるんですか
やっぱりそもそも私の原風景というところは
もっと生活に身近なところの新宿大久保の街の
いろんな差別とか貧困とかっていうのがあったので
政治というものを考えた時にやっぱり身近なものを考える
構想する傾向が私政治学者の中でもいろんな
例えば国際政治を専攻する政治学者を見れば
もっと経済的なことをやる政治学者もいると思うんですけど
私はそもそも原風景といいますか
そもそもそういったような社会や政治に関心を持った
現代圏というものがそこにあったので
多分地方自治 一番近いレベルの政府というところに関心があって
当時まさに文献改革というのがあったので
それとリンクしたテーマだったのがそれだったというところかと思いますね
博士課程とその後
リケイと似てますよね
やっぱり疑問を見つけてそこにアプローチして
まだなぜかっていうのと
多分改善方法とかも考えるんですよね
そこで何やってるんだろうなっていうのは
僕妹が英文学科なんで
いつも本読んで感想文が書いてるみたいなこと言ってたんで
何をやってるんだろうなっていうのは
実際その歴史とか調べててしっかりやってはいたんですけど
だからやっぱり根本は似てるんだなっていうのは今感じましたね
おそらくそうかと思います
で博士号をそれで取られて
いやこれがですね
本当に今の若い研究者の皆さんには
リケイの方もそうですし
僕はそうなんですけども
僕博士号を取るのが2011年だったのかな
僕実はD2で就職できたんですよ
手伝いが取れたんですよ
なんで僕今じゃ絶対に上げないんですけども
僕だから博士立て中退で就職したんです
助手みたいな感じですか
もう専任講師で雇ってもらいました
すごくラッキー
僕は多分世代としては最後で
それで北海道の大学に雇っていただいて
もうそれで手伝いが取れたんで
落ち着いて自分の研究をするっていう形になりました
それは博士号はいらないんですね
当時はいらなかったですね
見込みみたいなやつで多分いけるんですね
そうですね
僕が当時Jレクインというサイトで調べて
そういう時もあったんですね
ありましたありました
もうその時Jレクインでデータで取ってですね
ウェブですけども
博士号もしくはそれに準ずる業績みたいなことを
書いてあって
それに準ずるだったら何でも言えるじゃんみたいな感じで
マスターあったんですけど
それで出したら運よく面接に呼ばれて
運よく採用だよって言われて
良かった良かったと思って
結構苦労されてる先輩がたくさんいたので
本当に良かったなと思って
それで就職させていただきました
あれですね北海学園ですよね
北海学園大学ですね
北海学園って北海道でしたっけ
北海道です札幌にあります
飛びますよね東京からぴょんって
そうですね
やっぱり自分地方地域
いろんな地域に関心があったので
まだ住んだこともないところに行ってみるのも
面白いんじゃないかなと思って
特に札幌都会ですから
そんなに不安もなく北海道には行きました
しかも北海道だったら確かに都市もあるし
地方もたくさんあるし
そうなんですよねお知らせの通りです
面白いいろんな研究
新宿で育った自分が見れなかったような
地域課題や社会課題を抱えているような地域
たくさん見れるだろうなというふうな
ワクワク感もあって
そういったところもあった
これは僕たちが理系だからというのもあるんですけど
行跡というのが想像しにくい部分があって
文系の先生って論文を出版するのの
ハードルが僕ら理系に比べると高いイメージがあって
例えば何十ページ何百ページと
詰めた論文を一冊の本にするだとか
学会史にしても
リジェクトされる確率が高いみたいな話を
ちょくちょく聞くんですけど
先生の場合当時どういう業績で示していったんですか?
当時は私の時は
本当に最後の時代だと思うんですけども
結構もう博士号は本当に
特に文系の先生は若いうちに書くんじゃなくて
研究生活の集大成として
大きな本をドカンと書いて
それでもらうもんだっていうことを
考える人もいたんですね
少なくとも若いうちに投稿して
論文を出すっていうことよりも
むしろ学内の起用化なんかで
コンスタントに真面目に出した方が
評価をされるような
よくわからない
先生によって指導がバラバラで
博士号っていうのは集大成のもんだから
細かい学内起用とか研究会で
いろんな人と試合になって
就職先を紹介してもらうっていうのが
鉄板だよみたいなことをおっしゃる先生も
当時はいたんですね
学会の若手報告っていうのは
公募生のところは結構少なくて
いつ声がかかるの待つみたいな
文化っていうものがあったので
自分から率先して
学会発表に手を挙げるとか
あるいは論文を投稿するっていうのが
それほどまだ一般的ではないし
むしろそうじゃない
それを良しとしない指導教官先生も
いたんですよ
その中で話を元に戻しますと
私はむしろどんどん投稿していく
っていうスタイルを取っていたんで
実は僕は結構
査読付きの論文が何本かあったんですよ
その若手報を実際持ってる方よりも
ひょっとしたら
投稿論文数持ってたと思うんですよね
それが多分良かったんじゃないかな
というところですね
目に見えて差別化はできそうですよね
そうです
特に私はコマバーの大学院だったので
やっぱり政治学って本号が主流なんですよ
東大と法学部ってのはやっぱりどうしても
官僚もたくさん出してます
たくさん出している
東洲区のかなり密接なところにある
学部学科ですよね
そういった本号で政治学をやってる
院生さん内社長種の人と
どういうふうに勝負をしていくのかというと
彼らは当時
多分東大の法学部
今は全然違うんですけども
多分そういうふうにどんどん
査読に論文を投稿するっていうことが
積極的にされる文化じゃなかったんですよね
なんで
そういうところに勝つためにはどうするか
っていうような生存戦略を考えたときに
自分はどんどん投稿しよう
それで名前を売っていこうと
知ってもらおう
っていうふうなことをやったのが
多分こうそうしたんじゃないかなと思います
なるほどそこに戦略があったんですね
そうじゃないとちょっと生き残っていけないんじゃないか
っていう期間があったんですね
やっぱそういう法学部の人たちと戦うというか
コンピートすることになるんですね
分野的にはやっぱり
政治学東大の場合は
法学部の中に
法律と政治があるという感じですから
やっぱり東大法学部の政治の人たちと
戦うということになりますね
それで北海学園行って
明治に戻ってくるんですか
東京に戻るというところで
明治大学にまた
参与していただいてということですね
その時は
それはどういう感じで
プロモーションされるんですか
それは
その時になっていくと
わざと早めに
手に入りをいただいたので
結構落ち着いて研究させていただくことができて
研究論文も
佐渡も結構
投稿するようになって
それをある程度まとめながら
博士論文を
博士号をいただいたんですね
博士論文を出版したら
それが学会賞をいただくということになって
それで
ちょっとそれで
いろいろ評価していただく
先生も増えたという
ところかと思います
なるほど
だから博士号の本というか
対策をそこで出したというのは
学生時代の影響
作戦的にあってたんですね
大きかったと思いますね
やっぱり博士論文を
それを出版して
それが
ある程度賞を取るというようなところは
大きかったんじゃないかなと思いました
アメリカンナイトGOLD
実際今研究はどういう研究をされているんですか
そうですね
もう中文研科学の
政治家庭はですね
ある程度
政治
中文研科学は落ち着いているので
もちろん関心を持っておりますけれども
もっと幅広く
様々な
行政内部の
要するに権限がどういう風に変わっていったのか
ということを
博論までやっていったんですけれども
そのメカニズムというものを
見ていく過程で
人事でありますとか
あるいは
一つは
中文研科学は
特にですね
私が見たのは
法律なんかの権限関係だったので
今度はその財政面で見ていこうということで
諸法運営とか
レフェの方にも関心を持って
今研究を進めて
特に
明治大学に移ってから
そっちの方の論文が多いかなという風に思います
地方交付税の研究
例えば最近の研究で
こういうのがあるみたいなやつっていうのは
ありますか
そうですね
今書いているのは
ですね
地方交付税というですね
要するに
国家国税として集めたお金を
地方に
分けていく
配分していくというような
その使い道は自由ですよ
っていうようなお金があるんですけれども
それが
特にですね
2000
リーマンショック以降ですね
ちょっとその性質が変わっていったんですね
それがどういう風に変わっていったのか
なぜ変わっていったのか
というところをですね
分析した論文を
ちょうど先週脱稿して
今書庫を待ちという感じではありますけど
はい
というところですね
はい
じゃあ結構なんかあれなんだな
YouTubeとかで話題になっているような
話を研究されてるんですよね
地方交付税とか
特になんか
総裁選の時とか
地方自治はどうするかどうかという
特にそうですね
石破さんはかなり
地方創生力を入れて
彼はですね
地方創生の担当大臣も
安倍政権の時やられていたので
結構彼は力を入れてましたね
はい
そうか
ちょっと関係ないかもしれないですけど
僕ちょっとずっと疑問に思っていることがあって
今東京が首都じゃないですか
もう一個首都を持とうみたいな話ってあるじゃないですか
はい
副都ですね
あれは多分地方に行くと思うんですけど
どっかの
あれは先生ってどういうふうに考えてらっしゃるんですか
要するに政治的な話でいうならば
維新がですね
大阪にちょっとしますね
大阪に
っていうようなことをおっしゃられているので
それはどういうふうに実現をしていくのか
どうなのかというところかなというふうに思います
どういったご質問になりますか趣旨としては
それが本当にできるのかっていう
どうでしょうね
だってやっぱり省庁とか東京にあるわけで
そこの力を分けるというか
誘導させるっていうのは多分難しいかなっていう
そうですね
やっぱり首都と地方っていう形じゃないと
苦しいんじゃないかなっていうのは思うんですけど
一般的に首都機能っていうものを分けるっていう
発想ももちろんあるんですよ
福祉と公正もその一つだというふうに思うんですけども
でもやっぱり国会対応でありますとか
様々な効率性のことを考えていれば
一つのところにあった方がはるかにやっぱり
情報の共有もしやすいですし
便利だというふうに思われますので
それをするぐらいならば
先ほどですね
権限をもうちょっと下のところに落とす
例えば都道府県とか市区町村でありますとか
そういったところに下ろしていく方が
もし首都をすり抜かせるっていうことを目標とするならば
いいのではないのかなというふうには思われますけどね
そうか
やっぱ県によって力の差があるじゃないですか
僕岐阜県出身なんですけど
岐阜結構頑張ってるかなと思うんですけど
やっぱりお金が足りないというか
子どもとかの支援とかもやりたくてもできてなさそうですし
そういうのはやっぱりどうにかできないものかなと思うんですけど
地方の問題として
これずっと古くから言われてるのは
やっぱり同州党の話ありますよね
やっぱり47都道府県っていうものは
やっぱり今の時代からすればちょっと小さすぎて
国の次のレベルのですね
政治単位 行政単位としては
やっぱりちょっと小さすぎるんじゃないかということは
言われておりますが
なかなかこれも難しい部分もありますよね
企業としてはあります
なんかその地方との関係性で
先生の最近のご研究のキーワードの一つとして
シティプロモーションっていうのが
出版されてる論文のタイトルでしたり
インタビューのように載ってるんですけど
この概念とそうやって地方創生だったり
地方を盛り上げていこうという活動って
関係があるのかなって
素人なりに想像するんですけど
ちょっとまずシティプロモーションっていうのが
どういう概念なのかから
ちょっとお伺いしていいですか
おっしゃる通りですね
シティプロモーションは
しばしはシティセールスと同じ
あるいは近い概念だという風に語られることがありますが
要するにその地域の魅力を
向上させていくというところで
特に日本ではですね
例えば流山市でありますとか
香川県でありますとか
そういったようなところが
結構大体的なプロモーションを打って
県外や市外から人を入れ込んでいこう
それは例えば流山市ならばですね
移住という形で住民を増やしていこう
あるいは香川県になるならば
観光客を増やしていこうというところ
外に向かってプロモーションして
アウタープロモーションって言うんですけど
外に対してプロモーションして
そこから人を運び込んでこようというような
流れが結構強くあったんですね
それが一般的なシティプロモーションの理解かと思います
ただ私が今やっているのは
インナープロモーションということで
あわてそのアウタープロモーションのやり方っていうのは
ちょっと限界が見えてきたし
課題も多いなと思ったので
インナー、要するに
区内や県内にいる人たちに向けた
プロモーションというところに
力を入れていこうかなと思っているところです
概略としてはそんな感じですね
なるほどこれまでだから
インバウンドだったりとか
国内の他の地方にお住まいの観光客などを引き入れて
外の資源に頼っていこうとしたのを
住民とかの中の需要を高めていこう
盛り上げていこうというような形になるんですよね
あれですよね
イズミさんがやってるみたいな感じですよね
イズミスタフさん
どのイズミさんですか
えっとどこだあれ
兵庫かそうか
そうですね
イズミさんアカシシなんか
まさに子育てに力を入れてるんだってことで
子育て世代をアカシシに
どんどん引っ越ししてもらうということをやってましたね
ただそのアウタープロモーションの方法は
私ちょっと2つほど問題があるというふうに思っていて
1つは流山とか今香川の例を出したんですけど
どういうプロモーションあったかというと
流山市の場合は母になるなら流山っていうコピー
父になるなら流山っていうコピーを大体的に言って
子育て政策うちは充実してますよっていうことをやっていて
結構実際にファミリー層が流山に移住するということがありました
それから香川県ですとうどん県ですかね
うどん県というPRをして
たくさんうどんを食べにお客さんが来るというようなPRをしてったんですけども
そのPRっていうのは課題としていれば
1つはやっぱり切り捨てのプロモーションにつながりかねない
要するに流山って必ずしもファミリー層だけじゃなくて
やっぱりおじいちゃんおばあちゃんもいるし
いろんな事情があってお子さんが持てないようなですね
ご夫婦もいるわけじゃないですか
そういったような人たちに対してプロモーションを
父が母になるなら父になるなら流山市ってプロモーションを打つっていうのは
場合によってはそういった人たちを切り捨てるようなメッセージにつながりかねないじゃないですか
うどん県もそうですよね
うどんだけじゃなくてパン屋さんもあるだろうし
もっと違うお店もあると思う中で
自治体がうちの県はこれでうちの市はこれなんだっていう風にやっちゃうっていうのは
切り捨てになるんじゃないか
企業がこれがうちの売りですよっていうのは全然いいんですけども
自治体としてそれをやるっていうのがいいんだろうかっていうのが1点ありました
あともう一つは結局特に移住なんですけども
これが人口が日本減っていく中で
少ないパイの奪い合いになるだけなんじゃないのかっていうようなことと
合わせてなんですけども
要するにそういったプロモーションをやっちゃうと
市町村の担当課だけが一生懸命頑張るっていう仕組みになっちゃっていて
これからどんどんどんどん市役所の職員さん県庁の職員さんっていうのは
やっぱりいろんな課題が増えていく中で人口減少ですから
役所の人の数も足りなくなっていく
リソースがどんどん減っていく中で
そういうプロモーションを単独で回すのって
持続可能性の観点から結構微妙なんじゃないかと思うところがあって
そうやったならば
特定の市町村の担当の人が特定のコンサルに投げて
大胆的にPRを打つよりも
住民さんたちが今もいろんな住民さんたちは
Facebook持ってたりとか
インスタグラム持ってたりしますよね
そういう人たちが自分の町は楽しんだ
この間こういうふうなお町に参加してとか
こういうところがあったんだっていうことを
二重的に発信するだけでも十分プロモーションになるんじゃないか
シティプロモーションの進化
というふうに思ったので
ですからそういったイナープロモーションというところで
もっといろんな人たちが参加する
いろんな人たちが独自に発信するような多様で
多元的なプロモーションというものを
構想していったほうがいいんじゃないかというところで
自治体さんと一緒になって動いたり
論文を書いたりするところですね
それがシティプロモーション3.0という考え方になるんですか
そうですね
個人でやっても
それってプロモーションになるんですかね
それで人が集まるんですかね
それで実際に自治体に魅力を発信して
少しでも関心を持ってもらえれば
それが十分プロモーションになるんじゃないのかな
というふうに思っております
私が重視しているのは
シティプロモーション3.0で重視しているのは
住民の満足度というところで
実際にシティプロモーションはそもそも
何で必要になってきたのかというと
要するに人口減少なんで
人口減少と地域活性化
移住が一番大きいんですよ
人口を外から入れて人口を保つということを考えて
やられた自治体が多いんですけども
それよりも出ていく人を減らす方がいいんじゃないかと
住んでくださっている方がずっと止まって
の一つの人口減少に対する対策なんだから
それで十分に発信することを通じて
外から来る方ももちろん中松さんがおっしゃった通り重要ですし
自分たちが発信するして
いいねが付くことを通じて
やっぱり自分は認められているようなことをする
自治体に住んでるんだというふうに思うようになると
そんなに出ていこうと思ったりしないじゃないですか
満足度が高まっていって
そういう点で十分人口流出を止める
一つの大きな利用になっていくんじゃないのかなと
思っているところで
効果があるんじゃないかなと思っているところです
すみません
アメリカの政治制度の観察
僕こういう話ちょっと好きなんですけど
けど子どもやっぱり人口を増やすためには
子育て世代とかそういう若い世代を入れてこないと
ダメじゃないですか
だからやっぱり子育て支援やりますよって
大抵的にやった方が
長期的見た時には違うのかもしれないですけど
短期的には少なくとも
そっちの方が良いように感じるんですけど
あと出ていく人を止めるっていうのはやっぱり
お年寄りがどんどん集まってしまっても
それは悪いとは言いませんけど
まちとしてはあまり良くないのかなというふうには
思うんですけど
それはどういうふうに考えてらっしゃいますか
一つはとにかくやっぱり人口減少
日本全国的に人口減少という状況がある中で
どういうふうにファミリー層を加速していくのか
やっぱり奪い合いになるということは
最終的にはプロモーションの枠を超えて
どういうふうに児童に対する児童福祉や
教育サービスに対して財政支出を伴っていくのか
という話になってくると思うんですよね
そういったようなことではなくて
やっぱりシティプロモーションというのは
魅力を高めることを通じて
住民というものを満足した形で
そういう意味では維持していくのかという
地域自治体サスペナブルな形で
維持をしていくのかということを考えた場合には
やはり今いる方が
そこで住み続けて
結婚して子供を育てて
本人はおじいちゃんおばあちゃんになって
またお子さんやお孫さんが
引き続きその町に住み続けてというような
流れの中で人口が維持されていく
あるいは町としての家族が
維持されたらいいなという考えだそうで
なるほど
だからもうそこでずっと住みたくなるような
自力を高めるというか
そうですね
確かにそうだ
そう言われたら確かにそっちの方がいいかもしれないですね
このまま地元は好きなので
今それを
2024年ぐらいまで
日本でやられていて
そこから
バークレーに来られたんですよね
そうですね
それはやっぱりバークレーに来て
アメリカの研究をされているんですか
それとも日本の政治を
アメリカから見ている感じなんですか
それは一応スティーププロモーション
というのは私の様々な活動のうちの
一つではあるんですけれども
実践的な
社会に対する
社会における活動の一つなんですけど
学術的にはやっぱり
政治学として
地方政治の流れも見ていきたいという
ところで動いています
先ほど人事行政とか
政治の話をしましたけどそれは国政レベルで見てきた
ものでもう一つ私ずっとやってきたのは
東京都政の研究
というものをやっていて
地方政治の研究も
長らくやってきました
その中で
一つ特に日本の
政治改革の論議の中で
もうちょっと正当政治を
ワークさせていこう機能させていこうという話が
出る中で日本はやっぱり
正当政治が機能していないという
議論がよく出るんですよね
言われるのが各国は
正当政治というものが
あらゆるレベルで
ダイメージ上で起きているんだという
ことがよく言われるんですけど
私はそうだろうかというふうに思っていて
アメリカ
特に
国政レベルでは全然
議員の役成立と大統領選の不利なので
違うんですけども地方政府レベルと
近いのでアメリカも
米家に来て
米家っていうのはご存知の方も多いと思いますけども
ここは圧倒的に民主党が強いんですよね
サンフランシスコの
市議会見ても
11人中全員もう民主党なので
要するにそういう意味では
正当環境争というのは起きていないじゃないですか
この間の
参議院選挙も
特に私が住んでいるところの
第12区は民主党対民主党で
立っていたぐらいですから
そういう意味でも正当政治が機能していないけれども
非常にコンピティティブだろう
正当政治がないならば競争的じゃないのかと
全然そういうことはなくて結構競争的
なんですよね
どういうメカニズムで
正当政治じゃない中でも
非常に競争的なイメージで
行われているんだろうかというところを
見るというのが一つ大きな主眼といいますか
見ていきたかったこと
ではありましてね
ここ特殊なんですね
特殊といいますか
おそらくスイングステート以外は
こういうところは結構アメリカ多いと思いますよ
多分おそらく
レッドのところは全部レッドだ
というような自治体も多いでしょうし
もちろんここサンフランシスコみたいに
全員ブルーだというところもあるでしょうし
じゃあまあ
日本とはまた違う
ことをやられているという感じなんですね
そうでもありますし
要するに日本で言われているのは
要するに日本の特に地方なんていうのは
全部自民党じゃないかと言うんだけどね
野村部なんてほとんど
自民党ばっかりで
政党環境争起きてないじゃないかという議論を
よくされるんですけども
いやいやサンフランシスコだとそういう意味では
ほぼ11人全員民主党だから
政党環境争起きてないじゃないかというところで
じゃあどういう風な政党に頼らないで
あるいは政党に頼っていない状態で
まあ競争的な政治が
実現されているのかというところ
っていうところですね
日本の政党政治の課題
じゃあ実際このアメリカに来られて多分
数ヶ月経った
そうですねもう2年弱ですね
どうですか日本にいる時と比べて
日本への政治の
見方みたいなやつは変わりましたか
そうですねまあ本当に
ここの地方政治のレベルで言うならば
やっぱり非常に面白かった
要するに政党政治じゃない中で
多分恐らく日本にいる方は
アメリカっていうのは
利害政党制の国で
どこでも共和党と民主党が沿って
イメージを持っている方が多分一部には
いると思うんですけども
フランシスコもそうではない中で
民主党っていうものが
要するにデモクラティックというものが
そういう風にこの中で競争しているのか
というところを見れたのは面白かったですね
なるほど
やっぱあれなんですね
政治学は難しいですね
そうですか
僕やっぱ青とか赤って言われるのは正直
分かってないんで
分かっているんですけど
思想の違いとかっていうのを
やっぱり正直自民党とか
国民民主党とかも
よく分かってはいない
っていう説明しろと言われたら
ちょっと難しいので
そういったのはやっぱり先生みたいな
教授となるとやっぱりそういうのを全部
話せるっていうのはやっぱり
日本は難しいですよ
日本は本当に
政党がたくさんできてきているので
ですから
国民民主党もそうですし
一進もそうですよね
ああいう政党新しい政党だと思っていたら
もっと新しい政党がどんどん
三政党とか
日本の政党ができてきているんで
やっぱり日本の方が
政党政治説明するのは難しいと思う
岐阜のどちらなんですかNAKAMURAさんは
岐阜羽島なんですよ
ああ岐阜羽島
新幹線の
望みが止まらない
やっぱりあの人有名なんですね
あの人は何者なんですか
政治的な主張がある人で
あの人が新幹線引っ張ってきた
っていう話をよく聞くんですけど
いついつによく聞かれる話ですよね
ガデン・ギンペチっていう
すげえ奴がいたっていう
僕らからすると感謝しかないんですけど
そういうのを知ることから
そういうのを知るのが
まずインナープロモーションに
繋がっていくような
そうね
新幹線の駅ら辺で祭りとかも
やったりしてるんで
そういう点では多分
インスタとかTikTokとかが
上がってはいるんで
そういうのができてるのかな
まあでもなんか一つ
木寧先生の話を伺ってて思ったのが
候補担当者の負担っていうところも
考えたことないポイントで
やっぱり地方が
それぞれでインスタ上げたりとか
TikTok上げたりとかするから
うちも始めなきゃってやる人は
大変だろうなってすごく
だと思うんですよね
全然触ったことがない人が
無理やりインスタとか始めても
結構痛い印刷ができないじゃないですか
でフォロワー数増えないから
なんか言われたりとか
税金出たりやってるって怒られる
もうそれだったらできる人が
媒体みんな持ってるんで今
やるようなことにした方がいいんじゃないかな
というふうに思ってます
あともう一個言い忘れたんですけども
要するに
県庁内部でもいいんですけども
指定プロモーション担当課だけじゃなくて
他の部署の人も独自に
発信をしていくっていうのが指定プロモーション3.0の発想で
なぜかっていうと
今結構いろんな自治体が
複数媒体持ってるんですよ
特に防災担当だったらば
ツイッターのアカウント持っていたりとか
あるいは商工会だったら
それに関連するような掲示板持っていたりとか
あるいは広報誌持ってたり
独自にするんでそれぞれが
常に媒体持ってるんだからそこで発信をすればいいのであって
こう大事なのに構えて
うちが指定プロモーションの方だから
うちだけがやるんだっていうのじゃなくて
媒体持ってるところを独自に文字ごと見つけたら
どんどん情報発信すればいいんじゃないか
というのが一つはいいですね
なるほど
なかなか難しそうですね
横ってやっぱ難しいですよね
横を繋げると
今自分が関わってる自治体は
指定プロモーション化は何をやっているのかというと
自分では発信しないで
まさに中橋がおっしゃった通り横の連携ですよね
何を
発信をしていくべきなのかということは
今までやってこなかった人たちは分からないので
それを教えるとか
あるいはツイッターとかインスタとか
やり方を教えるとか
そういったようなサポートをやって
横並びにしていくといいますか
学生のコミュニティ形成への貢献
同じような意識
合わせをしていくということを
やっているところですね
そういう点では学生たちの力は強いんですね
そうです
学生は結構
むしろ学生が
教えるとかそういうような場所を
クーが作っていただいて
そこに町内会で面白い
お祭りをやっているおじいちゃんおばあちゃんが
もっと知ってもらいたいというふうに
でもやり方が分からないというときに
学生がサポートでこういうふうにやったらいいんだよ
そういうふうに受けているよと教えたりするのは
ひとついいコミュニティの
形成意味がありますし
いい環境調整があります
それをいちいちクーの担当者がやって
というのではなくて独自にやっていく方が
多分いいんじゃないかと
政治学に対する新たな視点
というわけで今回は桐原先生の研究者を
志した経緯と研究について
伺ってきました
やっぱり新鮮ですよね
新しい分野というか
政治学というのを
そもそも政治学に触れ合ったことがなかったので
すごい新鮮でしたし
あと文系で
博士課程に行った方
なかなか話す機会がないので
すごい僕的には
貴重な機会でした
ありがとうございます
また後半でも
引き続きお話伺っていければなというふうに
思っていますよろしくお願いします
よろしくお願いします
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NAKAMURAと桐原でした
また来週
47:43

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