アメリカからこんばんは、NAKAMURAです。
この番組では、アメリカ研究留学4年目を迎えた私、NAKAMURAが、ゲストとお話ししながら、アメリカ留学の魅力を再発見し、お聞きのあなたにおすわけすることを目指しています。
今回がアメゴの通常回、新年一発目ということで、皆様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
というわけで、一発目始まったわけですけど、
そうですね、去年はアメゴ一周年記念を迎えて、そこからさらに8月から12月まで駆け抜けたという感じですけれども、駆け抜けた12月31日はですね、毎年恒例、ほぼ毎年恒例なんですけど、
わらさん家で飯を食うっていうやつをやったんですけど、やっぱり日本だと年越しそばですよね、12月31日だと。
僕はわらさん家に行く前に、また違う友人とそばかつっていうそば屋さんがあるんですけど、そのそば屋さんが夜の8時から年越しそばを限定で出してるんですね。
で、ちょうどその日結構雨降ってたんですよ。だったんで、ほとんど人がいなくて、ほぼ並ばずにそのそばを食べることができ、で、その帰り道にわらさん家に行って、さらにそばを食べるというダブル年越しそばを食べたんですけど、わらさんのそばにはエビテンとかき揚げとか、あと茄子のやつとか、あれか、あとハラペーニョのなんか、
クリームチーズハラペーニョ天ぷら。
そうそう、クリームチーズハラペーニョみたいな。あれなんか意外と、僕辛いの嫌なんですけど、全然あんまり辛くなくて、油で揚げるとハラペーニョって辛くないのかなと思いながら、なんかそんな話をしながら新年明けました、わらさん家で。
去年はですね、花火を見に行ったんですけど、今年は雨だったんで、ちょっと身がだるくて行かなかったんですけど、花火は上がってたっぽくて、見に行ったらよかったなと思うんですけど、来年ですかね、来年また独立記念日も花火上がりますし、花火見たかったらそういうタイミングで行きたいなというふうに思ってます。
そんな感じで今年もよろしくお願いします。
今月、1月の雨合は日本人研究者のサバティカルをテーマに現在サバティカル制度でアメリカにいらっしゃっている日本の大学で活躍されている研究者の方をお迎えします。
第1週目は明治大学政治系大学部で教授として活躍をされている北原はじめ先生をお迎えします。今週もよろしくお願いします。
おだしょー 改めまして NAKAMURAです それでは 今回のゲストを紹介します
木寺先生です こんにちは
木寺先生 よろしくお願いします ありがとうございます
おだしょー よろしくお願いします 簡単に木寺先生 自己紹介お願いします
木寺先生 木寺はじめと申します 明治大学の政治経済学部で政治学
を教えております 今 サバティカル という形で 在学研究という形で
UCバークレーのCJJS Center for Japanese Studies というのがありまして 今 サバティカル
という形で在学研究という形で UCバークレーのCJJS Center for Japanese
Studies というのがありまして 今 サバティカルという形で 在学研究
という形で UCバークレーのCJJS Center for Japanese Studies というのがあり
まして 今 サバティカルという形で 在学研究という形で UCバークレー
のCJJS Center for Japanese Studies というところで 2年間ウェスティングス
から客員研究員をやっております 専門政治学です どうぞよろしくお願いします
おだしょー よろしくお願いします 先生 お若いっすよね
木寺先生 若くはない 私は1978年に アメリカに行きました
おだしょー アメリカに行きました 木寺先生 アメリカに行きました
木寺先生 アメリカに行きました 木寺先生 アメリカに行きました
おだしょー そうですか ありがとうございます
橋本 政治は 政治系は僕も30歳になってからちょっと興味を持ち始めたというか
おだしょー そうですか
橋本 やっとですね アメリカにいるんで 正直 日本の政治関係ないんですけど
関係ないからこそ逆に外から見て 面白いなあというのが
おだしょー いいですね
橋本 最近 やっと思い始めた って感じですね
おだしょー 結構客観的に見れたり しますよ 中にいるよりも
いろんな情報も入ってくるし 面白いと思います
はい よろしくお願いします
おだしょー ありがとうございます
橋本 ありがとうございました
おだしょー ありがとうございました
橋本 ありがとうございました
なんか関係ないからこそなんか逆に外から見て面白いなーっていうのがいいですね 最近やっと思い始めたって感じですね
結構客観的に見れたりしますよ中にいるよりもいろんな情報も入ってくるし面白いと思います 先生もともと出身とかどこなんですか
もともとは東京です シティボーイっすね
その東大のどこになるんですか 教育学部になるんですか
東大の僕は教養学部というですね 学部の国際政治とか日本政治もそうですけどもそういったところを勉強するところにいました
それは文一から文三あるじゃないですか あーよくご存知ではい
文系も新文みたいなやつあるんですか ありますありますはい
そうなんだ 私は最初文化三類というですね文学部系教育学部系のところに入ったんですけれどもですね
その後新附居で教養学部の後期活躍に進んでいって総合社会科学というところですね そこの総合社会科学科というところで国際関係とか
日本政治とかあるいは社会学と経済学とかそういう社会科学を勉強できるところに進みました
教養って言ったらなんか勝手に教員とかそっち系なんかなと思ったんですけど
政治の方なんて言うんだろう教養学部政治学科みたいな政治の枠があるんですかねそこに
そうですねえっと総合社会科学科という正式名称だったんですけれども
要するに教養課程全期課程1年生2年生コモバローキャンパスでも結構いわゆる一般教育
一般教育の授業で政治学とか社会学とか経済学の授業があると思うんですけども
そういったような授業をする先生が所属をするところですね
そういった先生が後期課程学部の3年生4年生あるいは修士博士をですね教える指導するという形のところに所属しておりました
先生はそこで学部から博士まで行ったって感じですか
そうですねはい
ずっとそういう政治とか政策とかそういうのをずっとやりたかったんですか
そうですね政治に関しては実はずっと何て言えばいいんでしょうかね関心は率直に言ってありました
大きな出来事と言えばですね1993年にですねちょうど私が中学生ぐらいの時に
細川連日政権という自民党の政権が終わったっていうのがですね
これまだ生まれてないんですよ
そうですよね
若い方よりはこのインパクトがなかなかわかりづらいと思うんですけどもですね
戦後日本っていうのは1955年以降はずっと自民党が政権を担当するのが当たり前だと思っていたところに初めて政権交代が起きたんですね1993年
でその時に面白いというふうに思ったのが直接的な動機の一つではありますね
93年に起きたんですねなんか僕らが知ってるのは2009年の民主党政権誕生です
その後1993年の非自民連日政権というのはちょっと終わってしまいまして
その後また再び自民党政権が通過ですけども2009年に再度民主党がまた政権を取るというところで政権交代が起きるということに繋がりますね
そうなんですね
それこそ中学生とか高校生ぐらいの時に
そうですそうした通り中学生の時にそういったような今までの政治に関する常識というものが180度変わるような大きな出来事ではありましたね
一つの大きなきっかけの一つではありますね
その中学生の木寺先生はそのニュースを見てどのぐらい衝撃があったんですか
いやそれはちょうど僕らだから中学生だったんで反抗期だったので
皆さんは多分わからないと思うんだけど大崎豊っていう大学生がいて
僕はハマってたんですよ本当に先生なんか学校なんかみたいなそれと全く同じような形で権威とか権力っていうものがひっくり返る瞬間を目の当たりしたっていうところでは
かなり大崎豊と細川さんと同じ見えるぐらいの大きなインパクトがあり
権威がひっくり返る権力がひっくり返るという意味で大きなインパクトがありましたね
それでインパクトあったと思うんですけどそれで政治をやろうと思うんですね政治学を学ぼうっていう
それは直接政治学を学ぼうという政治学に強い関心を持った大きなきっかけではあるんですけども
先ほど私の自己紹介のところで言い滑りましたが
私は東京出身でどこの出身かというと新宿の出身なんですよね
新宿の大久保というところで皆さんもご存知の通り結構
多国的単民族がたくさんいる町で育ったんですよ
その時にやっぱり同級生にもいわゆるマイノリティの同級生がたくさんいる中で
同じ友達なのに差別とか貧困っていうものを割と目の当たりにする機会があって
なんでこうなんだろうっていう思いとか
本当にマイノリティの友達の家に行ったら
やっぱり確実に自分が住んでる家よりも貧しさを強く感じさせるような家に住んでいたりとか
あるいは当時は皆さん電話連絡門って分かります?
分かりますね
ギリギリ分かりますか
ですから親がマイノリティだと電話連絡門が回らない
電話連絡門っていうのは要するに先生がある伝聞を家庭につなげたい時に
電話で当時はEメールとかなかったんで電話連絡をしていて
でも40人30人に全部電話連絡するのは大変だから
そういう理解してみてやっていくっていうやつなんですけども
要するに親御さんが日本語ができないので電話が来ても
要するに理解できないし理解できないから電話がながっても取れないんですよ
なのでその前のマイノリティの前の順番にやっていってる家庭は
子供がいつ家にいるのかっていうのを聞いて
ちゃんと家にいる時間に回すようにするっていうような
いろいろ努力を抑えて家庭もあったんですが
そういうふうにいろんなマイノリティの存在っていうのは結構身近にあったもので
そういったような社会における矛盾とか
あるいは彼らが抱える息づらさとか困難さっていうものは結構
強く感じて生きてきたことがやっぱり
政治とか社会に強い端子を持つ大きなきっかけではありましたね
これはやっぱり面白いし
もうちょっとやってみようかなというふうに思ったのが大きかったかなというふうに思いますね
卒業論文は何について書かれたんですか
地方文献改革の政治家庭というもので
当時私は1998年に大学を入学したんですけれども
ちょうど2000年に地方文献改革法というものがあってですね
国の地方政府と地方政府の間の関係をですね
それまでの上下始終のものから平等対等なものに変えていこうというふうな
シフトチェンジをしようというような大きな制度改革があったんですね
それが何で起きたのかっていうことを卒業論文のテーマにしました
なるほどな
だから結構歴史とかを全部調べてやらないといけないわけですね
卒業論文を書くのに
もちろんそうですね
そもそも何で当時の日本の地方文献活動ができるまでの
日本の統治構造というものがいわゆる地方集権的と呼ばれていたのか
というところからそもそも分からないといけないというのがあるので
それがなぜ今回そういう垂直なものから
水平的なものに変えようという動きになったのかというところも含めて
やっぱり歴史は抑えておく必要があるなそのとおりですね
なんかあれですか縦割りみたいな話ですかそれって
それも近いですよね非常にところはだから面白いと思ったのは
中央政府が強い権限を持っているものを地方に権限を与えるっていう話じゃないですか
いわゆる垂直的な上下支柱の関係から水平的な関係
対等に関係に変えていこうってそれを国の法律がやるっていうのは非常に面白くて
なんで権限を持っている奴がミスミス地方に権限を渡すんだっていうのが
これがリサーチクエスチョンでなぜなんだろうというふうに思って
非常に印象的な疑問でそれを卒業論文のテーマにしたというか
そこから関心を持ったということですね
その後に博士課程まで行って
博論も同じようなことをされたんですか
博論も同じようなことをやりましたね
不器用なのか何なのかそのテーマで動きましたね
そのテーマと出会いって何か授業で地方文献の話があってとか
何かそういう法律ができたことがやっぱりきっかけになるんですか
やっぱりそもそも私の原風景というところは
もっと生活に身近なところの新宿大久保の街の
いろんな差別とか貧困とかっていうのがあったので
政治というものを考えた時にやっぱり身近なものを考える
構想する傾向が私政治学者の中でもいろんな
例えば国際政治を専攻する政治学者を見れば
もっと経済的なことをやる政治学者もいると思うんですけど
私はそもそも原風景といいますか
そもそもそういったような社会や政治に関心を持った
現代圏というものがそこにあったので
多分地方自治 一番近いレベルの政府というところに関心があって
当時まさに文献改革というのがあったので
それとリンクしたテーマだったのがそれだったというところかと思いますね
例えば最近の研究で
こういうのがあるみたいなやつっていうのは
ありますか
そうですね
今書いているのは
ですね
地方交付税というですね
要するに
国家国税として集めたお金を
地方に
分けていく
配分していくというような
その使い道は自由ですよ
っていうようなお金があるんですけれども
それが
特にですね
2000
リーマンショック以降ですね
ちょっとその性質が変わっていったんですね
それがどういう風に変わっていったのか
なぜ変わっていったのか
というところをですね
分析した論文を
ちょうど先週脱稿して
今書庫を待ちという感じではありますけど
はい
というところですね
はい
じゃあ結構なんかあれなんだな
YouTubeとかで話題になっているような
話を研究されてるんですよね
地方交付税とか
特になんか
総裁選の時とか
地方自治はどうするかどうかという
特にそうですね
石破さんはかなり
地方創生力を入れて
彼はですね
地方創生の担当大臣も
安倍政権の時やられていたので
結構彼は力を入れてましたね
はい
そうか
ちょっと関係ないかもしれないですけど
僕ちょっとずっと疑問に思っていることがあって
今東京が首都じゃないですか
もう一個首都を持とうみたいな話ってあるじゃないですか
はい
副都ですね
あれは多分地方に行くと思うんですけど
どっかの
あれは先生ってどういうふうに考えてらっしゃるんですか
要するに政治的な話でいうならば
維新がですね
大阪にちょっとしますね
大阪に
っていうようなことをおっしゃられているので
それはどういうふうに実現をしていくのか
どうなのかというところかなというふうに思います
どういったご質問になりますか趣旨としては
それが本当にできるのかっていう
どうでしょうね
だってやっぱり省庁とか東京にあるわけで
そこの力を分けるというか
誘導させるっていうのは多分難しいかなっていう
そうですね
やっぱり首都と地方っていう形じゃないと
苦しいんじゃないかなっていうのは思うんですけど
一般的に首都機能っていうものを分けるっていう
発想ももちろんあるんですよ
福祉と公正もその一つだというふうに思うんですけども
でもやっぱり国会対応でありますとか
様々な効率性のことを考えていれば
一つのところにあった方がはるかにやっぱり
情報の共有もしやすいですし
便利だというふうに思われますので
それをするぐらいならば
先ほどですね
権限をもうちょっと下のところに落とす
例えば都道府県とか市区町村でありますとか
そういったところに下ろしていく方が
もし首都をすり抜かせるっていうことを目標とするならば
いいのではないのかなというふうには思われますけどね
そうか
やっぱ県によって力の差があるじゃないですか
僕岐阜県出身なんですけど
岐阜結構頑張ってるかなと思うんですけど
やっぱりお金が足りないというか
子どもとかの支援とかもやりたくてもできてなさそうですし
そういうのはやっぱりどうにかできないものかなと思うんですけど
地方の問題として
これずっと古くから言われてるのは
やっぱり同州党の話ありますよね
やっぱり47都道府県っていうものは
やっぱり今の時代からすればちょっと小さすぎて
国の次のレベルのですね
政治単位 行政単位としては
やっぱりちょっと小さすぎるんじゃないかということは
言われておりますが
なかなかこれも難しい部分もありますよね
企業としてはあります
なんかその地方との関係性で
先生の最近のご研究のキーワードの一つとして
シティプロモーションっていうのが
出版されてる論文のタイトルでしたり
インタビューのように載ってるんですけど
この概念とそうやって地方創生だったり
地方を盛り上げていこうという活動って
関係があるのかなって
素人なりに想像するんですけど
ちょっとまずシティプロモーションっていうのが
どういう概念なのかから
ちょっとお伺いしていいですか
おっしゃる通りですね
シティプロモーションは
しばしはシティセールスと同じ
あるいは近い概念だという風に語られることがありますが
要するにその地域の魅力を
向上させていくというところで
特に日本ではですね
例えば流山市でありますとか
香川県でありますとか
そういったようなところが
結構大体的なプロモーションを打って
県外や市外から人を入れ込んでいこう
それは例えば流山市ならばですね
移住という形で住民を増やしていこう
あるいは香川県になるならば
観光客を増やしていこうというところ
外に向かってプロモーションして
アウタープロモーションって言うんですけど
外に対してプロモーションして
そこから人を運び込んでこようというような
流れが結構強くあったんですね
それが一般的なシティプロモーションの理解かと思います
ただ私が今やっているのは
インナープロモーションということで
あわてそのアウタープロモーションのやり方っていうのは
ちょっと限界が見えてきたし
課題も多いなと思ったので
インナー、要するに
区内や県内にいる人たちに向けた
プロモーションというところに
力を入れていこうかなと思っているところです
概略としてはそんな感じですね
なるほどこれまでだから
インバウンドだったりとか
国内の他の地方にお住まいの観光客などを引き入れて
外の資源に頼っていこうとしたのを
住民とかの中の需要を高めていこう
盛り上げていこうというような形になるんですよね
あれですよね
イズミさんがやってるみたいな感じですよね
イズミスタフさん
どのイズミさんですか
えっとどこだあれ
兵庫かそうか
そうですね
イズミさんアカシシなんか
まさに子育てに力を入れてるんだってことで
子育て世代をアカシシに
どんどん引っ越ししてもらうということをやってましたね
ただそのアウタープロモーションの方法は
私ちょっと2つほど問題があるというふうに思っていて
1つは流山とか今香川の例を出したんですけど
どういうプロモーションあったかというと
流山市の場合は母になるなら流山っていうコピー
父になるなら流山っていうコピーを大体的に言って
子育て政策うちは充実してますよっていうことをやっていて
結構実際にファミリー層が流山に移住するということがありました
それから香川県ですとうどん県ですかね
うどん県というPRをして
たくさんうどんを食べにお客さんが来るというようなPRをしてったんですけども
そのPRっていうのは課題としていれば
1つはやっぱり切り捨てのプロモーションにつながりかねない
要するに流山って必ずしもファミリー層だけじゃなくて
やっぱりおじいちゃんおばあちゃんもいるし
いろんな事情があってお子さんが持てないようなですね
ご夫婦もいるわけじゃないですか
そういったような人たちに対してプロモーションを
父が母になるなら父になるなら流山市ってプロモーションを打つっていうのは
場合によってはそういった人たちを切り捨てるようなメッセージにつながりかねないじゃないですか
うどん県もそうですよね
うどんだけじゃなくてパン屋さんもあるだろうし
もっと違うお店もあると思う中で
自治体がうちの県はこれでうちの市はこれなんだっていう風にやっちゃうっていうのは
切り捨てになるんじゃないか
企業がこれがうちの売りですよっていうのは全然いいんですけども
自治体としてそれをやるっていうのがいいんだろうかっていうのが1点ありました
あともう一つは結局特に移住なんですけども
これが人口が日本減っていく中で
少ないパイの奪い合いになるだけなんじゃないのかっていうようなことと
合わせてなんですけども
要するにそういったプロモーションをやっちゃうと
市町村の担当課だけが一生懸命頑張るっていう仕組みになっちゃっていて
これからどんどんどんどん市役所の職員さん県庁の職員さんっていうのは
やっぱりいろんな課題が増えていく中で人口減少ですから
役所の人の数も足りなくなっていく
リソースがどんどん減っていく中で
そういうプロモーションを単独で回すのって
持続可能性の観点から結構微妙なんじゃないかと思うところがあって
そうやったならば
特定の市町村の担当の人が特定のコンサルに投げて
大胆的にPRを打つよりも
住民さんたちが今もいろんな住民さんたちは
Facebook持ってたりとか
インスタグラム持ってたりしますよね
そういう人たちが自分の町は楽しんだ
この間こういうふうなお町に参加してとか
こういうところがあったんだっていうことを
二重的に発信するだけでも十分プロモーションになるんじゃないか