北村さんの自己紹介と経歴
アメリカンナイトゴールド
アメリカからこんばんは、中村です。このポッドギャストは、アメリカ研究留学3年目を迎えた私、中村が日常についてだったり、アメリカ生活を経験した、また今楽しんでいる方を招きして、その方のアメリカ留学を掘り下げていきます。
さて、今回のゲストは、UC Davisでご所属研究員をされている、北村さんをお迎えします。
アメリカンナイトゴールド
それでは今回のゲスト、北村さんです。よろしくお願いします。
北村由加です。よろしくお願いします。
お願いします。まず簡単に自己紹介をお願いします。
出身は埼玉で、その後、中高埼玉県の私立の女子校に通ってまして、その後京都大学の農学部に行って、終始まで京大の農学研究科にいました。
その後1年間、高校の非常勤講師とラボのテクニシャンとして働くという、よくわからない経験で、2018年から埼玉愛科大学の医学研究科でPhDシューテントとしてやっていました。
2021年の9月なので、D3の途中ですかね、から今のUC Davisのラボ、BIの先生が日本人で、なめかわラボなんですけど、ビジティングシューテントという形で所属して、2022年の3月に埼玉愛科大学で学位取得し、そのまま4月からなめかわラボで継続して、ポスドクスをして勤務しております。
その高校の非常勤講師というのは何?高校教師になりたかったとかですか?
そうですね、大学の時は学校の先生やりたいなーって漠然と思っていて、なので高校の理科の教員免許だけ取ってて、科学の先生として働いていました。
ただ、州市まで行って、州市でやってる時に、ちょっと研究も楽しいなーっていう気持ちになってしまって、とりあえず1年学校の先生やりたかったから非常勤講師もやりつつ、ラボテクニシャンで研究の方も一応かじり程度では続けて、
でも1年間やってみて、自分に合った方にキャリア進もうかなーって思って、結局ちょっと学校の先生は辞めて、アカデミアに戻ろうっていう気持ちになったので、PhDの方に行くことにしました。
僕も高校の教員免許持ってるんで。
本当ですか?理科ですか?
理科は中高取りました。
すごいですね、結構理科だと授業かなり取らなくちゃいけないから大変じゃないですか。
そんなことなかったです。
本当ですか?結構、周りの人はやっぱ大変だから、途中で挫折したりとか。
そうですね、挫折する人は多いかもしれないです。
そこからPhDに行って、大体3年半とか4年ぐらいで博士号を取られたってことですかね。
医学研究科だったので、4年間行きましたね。
一応、医学系とか薬学系、獣医科は4年間がレギュラーなので、4年間行きました。
ちょっと特殊だなと思ったのが、最後のD3、D4の最後が今の舐川県でビジティンググラウンドスチューデントとして所属っていうのは、これはどういうシステムか何かがあったんですか。
全然システムとかではなかったんですけど、
そのPhDの時の論文がD4の頭の方で出すことができたので、なので学位の要件としてはもうD4の頭には卒業できることは確定していたっていうのと、
あともともとポスドクとして、ポスドクのラボの候補として舐川ラボっていうのが私の中でずっとあったので、
それだったらもうポスドクからではなくて、もう時間ができたので、
もしビジティングっていう形でそのPhD卒業前まで、卒業の前から所属できるんだったら所属したいなっていう思いがあったので、
ビジティングスチューデントっていう形でまずは所属することにしました。
それは自費で行ったんですか。
もともとDC2取っていたのと、あとそのPhDの学生が海外で留学するための渡航費と滞在費をサポートしてくれる学習の若手研究者海外挑戦プログラム、
っていう学習のプログラムがあるんですけど、それも取れたので、その2つのお金で行きました。
そうっすね、DC2だけじゃちょっと苦しいっすよね。
そうですね、なんとかなるかなと。
なんとかなるかな、かつかつだけど。
2021年か、2021年だったら円安になる前。
確かにそうっすね、ギリギリいけるぐらいですね。
なんか9月から、DC最後の博士課程の9月からアメリカに行くっていうのは、なんでそもそもアメリカに行こう、なめかわ県に行こうみたいなことを思ったんですか。
そもそもアメリカに行こうっていうモチベーションじゃなくて、なめかわ県に行きたいっていうモチベーションだったんですよね。
なので、例えばもしなめかわラボが日本にあったとしても、たぶんなめかわラボに応募したと思います。
なんでなめかわラボかっていうと、
PHDの時にやってたことが、ES細胞内で原子分裂、生殖細胞系の遺伝子群がどう抑制されてるか。
ES細胞なので生殖細胞ではないから、そういった遺伝子群がしっかり抑制されてないといけないんですけど。
なので、基本的には結構ES細胞を使ってたんですよね。
ES細胞っていうのは幹細胞みたいな感じですかね。
そうですね。
精子とか卵子じゃない細胞だから、これに必要な遺伝子は抑制されてないといけないってことですね。
そうですね。
PHDの時のラボが発見したことが、抑制されてないといけないんだけど、その抑制を外してしまうと原子分裂に入ってしまうっていうことを発見して。
面白い。
なのでES細胞を使ってやってたんですけど、
だけど、その後何がやりたいかなって思った時に、本当の生殖細胞ではどうそういった遺伝子発現がエピジェネ的に制御されてるのかなっていうのを知りたいと思って、
なので、ちゃんとしたインビボの生殖細胞でエピジェネをやってるラボに行きたいと思っていました。
ナメカワラボっていうのは、チップセック、今だったらカット&タグとかなんとかだったり、ヒストン就職とかを見て、エピジェネ的にどう制御されてるのかとか、
あとハイCとかを使って、クロマチンのループ構造とかみたいな物理的なインタラクションを解してどうやって遺伝子発現が制御されてるかみたいなことを結構精力的にやってるラボだったので、
ラメカワラボに行って、もっとインビボの生殖細胞側と文化が制御されてるのかっていうのを知りたいと思っていました。
マウスを使って本当に起こっていることをやってみたかったみたいな感じですかね。
ビジティングスチューデントとしての経験
そうですね、そうです。
じゃあもう、アメリカへのモチベーションじゃなくて、ナメカワ圏へのモチベーションでたまたまアメリカに会ったっていう。
そうです。
前確か新白Tでしたよね。
そうですそうですそうです。
映られてこっちに来たって感じですよね、確か。
ワンちゃん新白T行ってた可能性もあるわけですね。
可能性もありますね。
そうですそうです。
いつナメカワ圏に興味を持ち始めたんですか。
割ともうPHDの最初の時からですかね。
やっぱり論文とか読んでても、結構ナメカワラボってすごい好頻度で論文バンバン出してるんですよね。
読む回ももちろん多いので、割とPHDの初期から興味は持ってました。
で、あとナメカワ先生毎年分子生物学会に来られているので、何とかちょっとでもコネクション作ろうと思って、確かD2の時に話させていただいたりとかもしてって感じです。
それはどうやって話したんですか。
多分私のポスターに来てくれた気がしますね。
そこのチャンスを逃さずって感じですね。
そういうのは大事なんですね。
そうですね、その時は一応こっちが勝手に話せたってサティスファイしただけだと思ってたんですけど、
で、その後ビジティングスチューデントとしてっていう形で行ってもいいかっていうメールした時に、
その後Zoomミーティングとかしたんですけど、その時に分子生の時に話したよねって言っていただいて、だから覚えていらっしゃったんですよね。
印象を残せたってことですね。
なんかちょっとでもインタラクションがあるだけでも違うんだなっていうのを思いましたね。
なるほど、ちょっと話は戻るんですけど、ナメカ研にアプライしたわけじゃないですか。
はい。
それはいつ頃したんですか。
最初に先生にコンタクト取ったのはD3の1月とか。
D3の、だから論文が出る前ですね。
論文が出る前ですね。
ただもうその論文がリバイス完了したらもう終わりっていうところまで来てたので、
ゴールが見えてたんですね。
そうですね、ゴール見えてたからコンタクト取ったっていう感じです。
そこから来ていいよって言われて、学習のやつを出したみたいな。
そうです、若手研究のやつは。
それで1回試してみるっていうのはありですね、確かに。
この1個は博士がての時にビジティングスチューデントとして行ってしまうと制約があるのが、フェロシップが制約あるやつありますよね。
そうね。
例えばヒューマンフロンティアとか、確か元々いたラボというか、廃材したところでは出せないみたいな。
そういうので結構、ポスドクとしてっていうのが多い気がするんですよね。
なるほど。
ヒューマンフロンティアは私出してないですけど、日本の助成金だったら結構出してて、
そういう制約書いてあるけど、自分のケースはビジティングっていう形でいるんだけど大丈夫かって聞いたら、それだったら大丈夫って。
どこの助成金も言ってたので。
そんな気にせず。
だと思います。
やってみて実際ハードル高かったですか?学生の時にアメリカに行くっていう。
学生だからっていうハードルはなかったですけど、学生だからっていうのはないです。単純に私の英語力が低くて。
いい機会ですよね。学生だから許される時期じゃないですか。
確かに。
わかんないですけど。
9月からいつまでいたんですか?ずっといたんですか?博士論文ってどうやって出したんですか?
学位審査は6月とか7月に終わってたので。
卒業を伸ばしたってことですね。
違います。2021年の6月、7月に学位審査終わってた。
卒業は?
卒業は22年の3月です。
6月から22年の3月にいたので、これで4年間。
学位審査って普通卒業度直前のイメージなんですけど。
うちの大学申請したらいつでもできるみたいな。
それいいな。
私好きだったので。
医学研究科のなんかあるかもしれないですね。
うちの大学特殊なやつな気がしますけど。
あれカットかもしれないですね。
じゃあいいですね。
ビジティングスカラーでDC2と学心のフェローシップがあったとして、
家とかデイビスでも結構高いと思うんですけど、
お金的には結構大丈夫だったんですか?
お金は全然大丈夫でしたね、その当時は。
で、アパートも本当6ヶ月しかまず拡約されてなかったので、
6ヶ月で借りれるところ。
本当シェア、ドミトリーみたいなところ。
学生が住むようなドミトリーみたいなところで、
シェアスペースかつ、私はもうルームもシェアしてて、
知らん人と部屋も共同だったんですよね。
きついな。
そう、しんどい。
女性同士ってそれきついんですか?
わかんないですけど。
正直、シェアのルームだったら大丈夫でした。
でも、完全に知らない人だったから逆に良かったし、
そんな変な人でもなかったので良かったです。
ただ、シェア共同のスペースの人で、たまに変な人とかも。
留学生活の始まり
すごい潔癖症で、私の食器洗いのスポンジ勝手に捨てるとか、
よくわかんない人とかもいたりして、それはちょっとストレスでしたね。
確かに、それはなんかいろんな人いますよね。
よくわかんなかったです。
デイビスって宿舎とかあるんですか?
宿舎、一応学生だけが借りれるようなアパートみたいなのはあるんですけど、
でも、自分の場合は学生でもなかったですし、特にそういうのは。
ちなみに、家賃とかっていくらぐらいするんですか?デイビスって。
この2021年の時は、ワンベッドルームでだいたい1,400ぐらい。
安い。
1,300ぐらい。だけど今は1,700以上ですね。
安いですよ。ワンベッドですよね。
ワンベッドです、ワンベッドです。
安いな。たぶんこっちだとスタジオですね。
ですよね。そうなりますよね。
そういう点でもいいですね。
そうですね。たぶんもちろんサンフランシスコに比べたら安いです。
そうか、そういう点ではデイビスに。学生で留学、今のレートだったらちょっと苦しいけど、レートが戻ったら結構ありですね。
あと本当、場所探したら、割と短期間で住みたいって聞かれることもあるので、
自分の知ってるところをあっせんしたりするんですけど、そこはもう1ヶ月900とかでシェアハウス行けたりとかしますね。
確かに。それだったら全然今のレートでも行けますね。
行けます、行けます。
結構簡単に気軽にチャレンジしていい感じですね。
行けると思います。
ポストドクとフェローシップ
じゃあそのビジティングスカラーからポストドクに3月学位取得して4月にポストドクになるわけじゃないですか。
はい。
それはどんな感じで行われるものなんですか?
これちょっとカットになるかもしれないけど、たぶん大丈夫です。
もともと、最初1年だったらポストドクとして雇えると思うって言われてっていう話だったので、
だけど自分でもフェローシップ取らないという気持ちあったので、フェローシップはもうガンガン出してました。
ただ途中でちょっとラボ的に、もしかしたらポストドクのポジション、フェローシップないかもしれないっていう話になりつつあって、
なのでビジティングスチューデントっていう形でいるときにはちょっとポストドクとしていられるかどうかちょっとあやふやな時期もあったので、
他のアメリカのラボだったり、日本のラボも検討だけはしていました。
だけど結局もう21年の10月ぐらいだったかなに1個フェローシップが取れたので、
それでポストドクとしてじゃあこれでって決まったっていう感じですね。
ちなみにそのフェローシップはどこのフェローシップ?
東洋簿のやつです。
東洋簿のやつは卒業生とか受賞者の繋がりが強いっていうのは聞いたことあるんですけど。
残念ながらコロナで何にもです。
1年目は特にアプライできる奨学金が多いから、それをもって2022年の4月からポストドクで雇ってもらったって感じですね。
僕らのアメリカ留学先輩なんですよね、そのポストドクという観点で。
僕らは2022年の8月からポストドクをアメリカでスタートしてて。
知らなかったです、それは。
僕、北村さん留学、僕らの後だと思ったんですよ。
多分会ったのが多分、何らかの最近じゃないですか。
多分1年前ぐらいですよね、多分。
私もお二方の方が先だと思ってましたね。
そう、だから俺その原稿書いてもらったの見て、え、先輩じゃんって思って。
まさかの。
ほぼ同期みたいな感じです。
ラボの雰囲気と研究スタイル
そこから舐川県でやってるわけですけど、僕の個人的な意見として、僕の今ラボのPIは中国人なんですけど、アジア系を避ける人もいるじゃないですか。
それはそのPIがアジア人だとってことですか。
そういう人も結構多分いるような僕の感覚がしていて、舐川県に行きたいってなったわけですけど。
日本人がオーガナイザーしてる研究室っていうのが、僕の周りあまりなくて、どんな感じなのかなっていうのが、例えば英語とか日本語を喋るのかとかっていうのはどんな感じですか。
まず舐川先生個人の話にはなってしまうんですけど、先生は別にどんな国だろうと、何も関係なく人がいいと思ったら受け入れてる人なので、アジア人も全然います。
ラボとしても、私は日本人だし、他の日本人もいたりしますし、あと中国人、台湾人、今あとはインドネシア人かな。
あとアメリカ人ももちろんいるっていう感じなので、国籍に関してはむしろ豊かな、むしろアジア人多めっていう感じですね。
これは完全に日本人PIの中でもやり方は絶対違うと思うんですけど、少なくともうちのラボは日本人同士だったら日本語で喋ってしまってますね。
ただ、シンシナティにいた時は、これ聞いた話でしかないけど、シンシナティのデパートメントチェアーは英語以外喋るなって言ってる人だったらしいので、その人の前では日本語は喋ってないとかっていう話は聞いたことあります。
なるほどね。
じゃあ結構、なめかわ先生も日本語で議論、ワンオンの時はしてくれるみたいな感じですか?
そうです、そんな感じです。うちのラボは。
他の人がいたら英語で話してって言うんですね。
そんな感じです。
日本人らしいときはしっかり気を使ってやってるって感じですね。
まあ、そうですね。
ラボミーティングとかはみんなでやる感じですか?
ラボミーティングは一人の人がプロジェクトをみんなの前で喋っていくっていうラボミーティングに関しては、うちのラボと隣のラボとジョイントでやってます。
それは同じ分野なんですか?
向こうのラボは原数分裂に特化したラボなので、そういった意味では似たような分野ではあるんですけど、向こうのラボは基本的には公募を使ってる。
少しの人がまあまあでも使ってるんですけど、公募を使ったり、バイオキミストリーの観点からやってたりするので、そういった意味ではちょっと違ったところはあります。
それはどのぐらいのペースで回ってくるんですか?自分の発表は。
ラボミーティング自体は週一でやっていて、自分の番は大体4ヶ月に1回ぐらいですかね。
ジャーナルクラブとかもあります?
ジャーナルクラブは先生が手空いた時にありますね。先生が忙しい時はやってないです。
なるほど。アメリカってジャーナルクラブ少ない気がするんですかね?
そうかもしれない。どうなんでしょう?他のラボわかんないから何とも言えない。
日本ってやりたがるじゃないですか。
やりたがりますね。
アメリカだと、僕あんまりジャーナルクラブ好きじゃないんですけど、だから今の僕のラボもないんで。
そうなんですね。
最近始まっちゃったんですけど。
大変ですよね、あれ。
そうなんですよね。結局自分で読むし。
ジャーナルクラブのやり方も結構日本とアメリカでやり方違うんじゃないかなって思ってて。
日本の時って担当の人が1個論文選んで、それを担当の人が紹介していく。
で、周りの人はそれに対して質問するっていうやり方が一般的だと思うんですけど、
今のラボはもう誰かしら、先生だったり他の人でもいいんですけどが、適当に1個選んで、
で、全員がそれを全部読んでいって、で、フィグを1人1個説明していくみたいな。
なるほど。
で、ディスカッションしていくみたいなやり方だから。
むしろ、論文のリビジョンに近いというかなんか。
論文にケチつけにというかなんていうか、穴を見つけたり、こうしないとこんなこと言えないだろうみたいな。
そういう議論ですね、ジャーナルクラブというより。どういう論理的な思考を育てるみたいな。
そうですね。
それはいいですね。
もちろんそのデータに対する議論もしますけど、でもそういう話ももちろん出ますね。
それいいな。日本人って今何人いるんですか?
今は私とつい最近グラデュエットシューデントの子が加わったという感じで、2人ですね。
そうなんだ、2人なんだ。ほとんど外国人なんですね。
ほとんどって言っても、あと1、2、3、4、あと残り4人しかいないから、そもそもの人数が少ない説はあります。
僕もっと日本人が多いイメージでした。
確かに数年、私がちょうど来た時は日本人、確かに4人いたので。
なるほど。多い時と少ない時があるんですね。
そうですね。今は確かに少ない気がします。
北村さんが今、日本人の中では一番シニアなポジションなんですね。
一番シニア、日本人の中ではどころか、ポストクが2人しかいなくて、
このもう一人、もうすぐ中国帰っちゃうから、私一人あるんですよね、ポストク。
いいじゃないですか。どんどん論文出して。
まあまあまあ、そうなんですけどね。
けどあれですね、大変ですね。
いや、ですよね。
ちょっとポストク一人は、若干寂しさもありますね。
どうなんですか、ラボの雰囲気的には活発なのか、静かなのか、
けどフレンドリーではあるのかみたいな。
そうですね、活発だと思います。
やりたい実験とか、こういうこと考えてるみたいなことを、
特にポストク同士ですけど、そしたら一緒にやろうみたいな感じで、
協力してやることももちろんありますし、
あと雰囲気としては、やっぱうちはアジア人多いんで、
多分他のラボに比べたら、物理的には静かな気がします。
なんか聞く話とかなんだろう、あるラボは音楽がずっとかかってるとか、
まあそうですね。
いう話も聞くけど、そういうことは全くないですね。
うちのラボも音楽かかってますね。
うーん、それはないです。
雰囲気は日本のラボにむしろ近い感じはします。
じゃあまあアジア系が多いってことは、
この前のホリデーシーズンとかもみんな帰らなかった人が多いですか?
いや、帰ってはいないけど、ホリデーはとってますね。
バケーションはとってます。
クリスマス、サンクスギミングクリスマスはしっかりみんな遊んで。
はい、私も遊んでました。
素晴らしいです。
その時のマウスとかってどうしてるんですか?
その時はブリーディングは適宜調整したりしてます。
だから離乳するタイミングとかはちょっと考えてブリーディング始めたりとかはしました。
マウスファシリティーも結構協力はしてくれるので、
離乳すべきタイミングでマウスファシリティーがやってくれたりとかもするので、
そういうのを頼ったりとかしてます。
じゃあまあ日本人のラボというよりも結構アメリカに近い感じもしますね。
ザ・アジア系のラボっていうよりか。
まあそうですね。
アメリカ先生も僕も一回話したことありますけど、いい人ですよね。
すごい落ち着いてて、絶対怒らせるのが難しそうなタイプですよね。
そうですね、怒るはあんまり私は少なくともわからない。
あとすごくキャリア形成とかに対してすごくサポーティブな方なので。
日本のことも分かってらっしゃいますもんね。
そうですね、そういう結構熱い方ですね。
UCデイビスの魅力
それいいな、それは結構ラボ選びっていう点ではそういう点も大事ですね。
そうですね、たまたまいい先生を引き合ってた頃はありますけど、
それこそK99とか先生が勧めてくれたところもあるので。
またK99は研究のところの後半でまた深掘っていきたいなと思うんですけど。
アメリカンナイトゴールド。
UCデイビスっていう、僕らUCSFっていうところなんですけど、
サンフランシスコとデイビスっていう街で若干違うところあると思うんですけど、
デイビスっていうのは簡単にどんな街かっていうのを教えてもらってもいいですか。
簡単に言うと、もう学生の街だと思います。
私がよく言ってるのは、日本でいう筑波大学みたいなところって言ってますね。
だから基本的にデイビス市内も学校関係者の人がばっかり住んでると思うので、
そんなに変な人もいないし、治安もすごくいいです。
ホームレスとかいないですか?
ホームレスはあんまり見たことない。
もちろん高架下みたいなところを行くと、そんなに見ない気がする。
あんまり行かないっていうのももちろんあるんですけど。
それいいですね。
そんな目立たない気がします。
デイビスは若干寒いんですか?
夏はめちゃめちゃ暑いです。
夏は最高気温40℃ぐらいが1週間続くとか。
冬は雪降ります?
それは降らないです、さすがに。
さすがにそこまで行かないか。
今は何℃ぐらいだろう。
でも、そんなめちゃめちゃ寒くはないです。
じゃあ、なんでホームレスいないか不思議ですね。
そういうことですか、なるほど。
サンフランシスコは外でも生きていけるからホームレスがいると思うんですけど、
多分ニューヨークとか死んじゃうじゃないですか。
デイビスいないのはやっぱ不思議です。
なるほど、あんまり気温とホームレスの関係性について考えたことないですね。
結構女性一人でも安心して外出れるような街なんですね。
ただ、さすがに夜は避けたほうがいいと思いますね。
というのも去年かな、多分去年ですけど連続殺人事件が起きたので、
学生の方が亡くなってしまったとかあったので、そこはちょっと気をつけたい。
安全といってもアメリカはアメリカなんですね。
けど普通に暮らす分には全然問題ないぐらいのところなんですね。
そうですね。
それはいいですね。気温も安定して、ちょっと夏暑いぐらいで。
はい、そんなぐらいですね。
どういう遊びとかがあるんですか?
遊びはデイビス、デイビス内で遊ぶ場所はそんなにないですかね。
そんな。
たこちょこあるブラウリーのビールを楽しむぐらいですかね。
それいいですね。
で、そうだな、ちょっと遊びたかったら多分車で2、30分のところにサクラメントっていう都市があって、
一応そこはカルフォルニアの州都なんですけど、そこまで行ったらもうちょい遊べるのかな。
バスケも見れますし、バスケぐらいかな。見れます。
あとはやっぱ車使ってサンフランシスコとか行くとか、
そうですね、別にここまで来ると別にデイビスとかSFとか関係ない話になっちゃいますけど、
車で寄せ見ての方に行くとか、そういう感じになってくると思いますね。
ここら辺で遊んでよかったなみたいなのあります?デイビスら辺で。
デイビスら辺で。
デイビスら辺じゃなくてもいいですけど、西海岸というか。
西海岸で楽しかったなみたいな。
そうですね、デイビスら辺で言うと、私ビール好きなので、
デイビス内だったり、車で行ったところ、ちょろっと行ったところにもブルーアリーとかいっぱいあるので、
そういうところでビール楽しむのは好きですね。
あと、車運転できるように今年からなったので、
車で、一回すごい疲れたときに一人で海まで運転して、海見て帰ってくるとか。
疲れてますね。
そういう感じで、車で運転して楽しんでます。
確かに、サンフランシスコ来るときも車で来てますもんね。
そうですね、車使ってちょっと行動範囲広げないと、
デイビスだけで暮らすのは、ちょっとだんだんしんどくなってくるかなって感じします。何もないので。
あれですね、UCデイビスに行きたいっていう人は、北村さんに一回コンタクト取ってみるのがいいかもしれないですね。
どっか行けるかも。
案内してもらえるっていう可能性はありますね。
可能性あります。ぜひ。
留学の経験とアドバイス
というわけで、今回は北村さんにアメリカの研究留学の経緯やUCデイビスのお話を伺ってきました。
今回お話ししてみていかがでしたでしょうか。
そうですね、自分的にもあんまり日本人の研究室がどんな感じとかそんなに考えたこともなかったので、
ちょろっと他のラボの雰囲気どんな感じとか、自分も他の人に聞いてみたりとかして、
こういう特徴実はあったんだみたいなのも知れたので、
自分的にもこの3年間を見返せた気がします。
ありがとうございます。
僕もメカ先生がいい人なのを知ってるんですけど、
ラボ環境も結構いいんだなっていうのがよく分かったので、
興味ある人はぜひ学習のやつに応募してみて、チャレンジしてみたらいいかもしれないですね。
あとポス読募集してます。
そうですね。
ポス読募集してます、今。
ぜひ興味ある大学院生の人はアップロードしてみてください。
アメリカンナイトゴールド、スポーティファイ、アップルポッドキャスト、アマゾンミュージック、リッスンにて、
日本時間の金曜0時に配信をしています。
番組のご意見ご感想は、Xの番組アカウント、
また、ハッシュタグアメ号をつけていろいろつぶやいてください。
みなさんからのコメントをお待ちしています。
ここまでのお相手は中村と
田村でした。
また来週。