知能検査の話を再び持ち出す理由
🍁おはようございます。 行動分析学大好き、あきね🍁おはようございます。
行動分析学大好き、ひろ🍁です。
🍁この前、知能検査を受けた後のリアルという放送をアップさせてもらいましたけど、
知能検査とか発達検査の話は、実は前もしてたじゃないですか。
いろいろ考えてボツになったけど、
だけど、割と大事なことを話してたと思うんで、
私は保護者でもあって、保護者としてもですね、
世の中の流れ的に考えても大事なことを話してたなと思っているので、
もう一回、オクラに入らない感じでお話ししたいなと思って。
🍁ぶち返しますか。 🍁ぶち返しましょう。
🍁なかなかドキドキしますけど。
🍁でもこの前、オクラになったっていうのも別に、変なこと話してたからってわけじゃなくて、
いろいろ考えたら、いろんな人が聞くって考えたら、ちょっとなっていうところでしたもんね。
そんなわけで、うちの子は前も言いましたけど、診断形式発達検査を受けていて、
それって、出てくるものとしては、IQじゃなくてDQっていう発達指数っていう書かれ方をしてたりするものなんですけど、
もう多分、発達のが気になりますで検査をしたときの検査で、
多分多いのは、ウィスクとか、子供だとウィスクとか、
あとはタナカビネとかも聞くかなって。
うちの子が受けたことないし、私も見たことないからわからないけど、
よく聞く名前としてはそれかなと思うんですよね。
そっちだと結構、IQって感じで出たりとか、
あと項目が、処理速度何々とか、
半期記憶が何々とか、
そういう感じの書かれ方で返ってくるらしく、
検査結果の数値化と親の不安
それを受け取ったときにですよ、
保護者さんが、この検査結果を我が子の将来のために生かそうってやっぱ思うと思うんですが、
そういうのと数値化っていうのが合わさったときに、
簡単に言うと、学校側とかに、
お勉強系の支援のために、検査結果をくっつけて、
支援をお願いしたくなっちゃったりとかいう話は、あるあるなんじゃないかなと思ってるんですね。
私も発達凹凸のある子たちの保護者さんたちのプチャだったりに入ってるって言ってますけど、
そこでも、うちの子は半期記憶が弱くて、
だからこういうやり方よりこっちの方が…っていう話題になったときに、
それと教科的、学習、お勉強的なことが一緒に出てきたりとかは見かけるんですね、結構。
その前、検査の話をヒロさんとしたときにも、
それって結果的に、子どもに頑張らせるための材料みたいな、
そういうものになっちゃってないかなっていう話になったと思います。
はい。
で、ヒロさんはそういうことをあんまり望まないとおっしゃってたと思うんですね。
そういうお話を、建設的なお話をできたらいいなーっていうところで。
うん。了解しました。
冒頭で言った通り、一回ボツンにしたっていう体系がいろいろあるわけですけど、
今、あきねさんがおっしゃってた子どもを頑張らせるためっていうのは、
まず親御さんとしては、
知能検査の点数を上げさせたいっていう動機がまず高まっちゃうっていうところが一つ。
あと引いては、できれば学校の勉強の点数も上げさせたいっていうことだろうなって思うんですけど、
結局親御さんがやっていることって、根っこは子どもの将来を考えてっていうところだと思うんですよ。
そうですね。
だから、子どもを思う親の気持ちっていうのは変わらないと思うんですけど、
私が思うのはやっぱりね、何が多分親御さんにとって怖いのかっていうと、
自分の子どもが、例えば発達障害って名前がついちゃうっていうのが怖いとか、
知的障害っていう名前がついちゃうっていうのが怖いとか、
そういうふうにすることによって子どもの選択肢が狭くなっちゃうんじゃないかっていう恐ろしさをきっと感じてるんだろうなって思うんですよ。
はい、その通りと思います。
もうちょっといったら自分の育て方かなとか、自分の遺伝子がとかね、そういうことまで多分考えが及ぶんだと思うんですよ。
うんうんうん。
まずは、知能検査のダークサイドとしては、そういう不安とか恐怖っていうものを、
嫌悪なしに突きつけてしまうっていうダークサイドがあるだろうなっていうのがあると思うんですよ。
そうですね。
検査の負担と社会の階層構造
だから、検査にかかる負担っていうのはまずいろいろありますよ。
例えばお子さんにかかる負担だったりとか、実際に検査を受けてもらうにあたって、
親御さんにかかるいろんなコストがかかるわけですけど、
そういうダークサイド自体は実はそんなに影響はないと思うんですけど、
やっぱりその突きつけるっていうところが一番怖いんだろうと思うんです。
そうですね。
検査する人たちはおそらくそういうことは十々わかっているので、
それを極力減らした上で、
伝えることのメリット、検査を受けることのメリットっていうのを最大限に訴求しようとするはずなんですよ。
だけど、中にはその努力も虚しく、やっぱりどうしてもそういう数値に追われちゃう親御さんっていうのはいらっしゃると思うんですよね。
はい。
それって何なのかなーって今ちょっと即興で考えたんですけど、
一つはね、やっぱりレッテルとか、社会の階層構造の部分。
はい。
だからいくら多様性だとか、一生懸命言ってたとしても、やっぱり現実そうじゃないじゃないですか。
そうだと思います、はい。
だからね、そこを変えられますかって言ったら変えられないこともいっぱいあるので、
そうですよね。
社会に階層があるってことは変えられないので。
やっぱり検査プラス親御さんの不安っていう部分に十分ケアをしていくっていうことはまず必要なことだろうなって思ったのと、
あとは、そのお子さんの可能性ができる限り広い状態で用意できるっていうことが今の我々大人がやるべきことなのかなっていうのはざっくりと感じます。
そうそうそう。
検査の必要性と経済的側面
やっぱり親の立場って考えると、子どものことって本当に大切に思ってるはずなので、そこは単に検査を取る、そういう仕事に追われちゃうんですけど、
そういうところまで思いを巡らせる、できれば働きかけるみたいなところまで誰かが行けるといいなっていうのは思うんですよね。
そうか、検査する立場の方がそうやって思ってくれてるのはありがたいですね。
私はほとんど検査はやらないんですけど。
でも、必要なのかなって思ってらっしゃるんですよね。
必要性は感じてます。
何しろ受け入れる人は多分増える一方かな。
たぶんニーズは少子化なんだけど、検査の件数は減らないんですよ。
これはニーズはね、人口が減っても回数は増やせるから。
あ、そっか、回数。
必要性を強く思う人が増えれば、年一ぐらい受けようかなって人も増えたりして。
確かにそうですね。
もう一個絡むとすると、
モゴモゴってなるけど、検査は単価が高いんですよ。
点数的な?
点数的な。
あとは改良しているカウンセラーでも検査はお値段が高いんですよ。
あー、なるほどね。
はいはい、わかりました。
時間単価でいうと全然儲かる感じじゃないですけど。
あー、ですよね。
単価自体は高いので。
そっか、減らす理由なかったりするわけですね。
そういう事情もあると。
そうですね。
検査の本来の目的と生きづらさ
親としての思いでいうと、子どもの将来的な可能性を狭めたくないはめちゃくちゃ強いと思うんですよね。
私もそうだけど。
進路を考える時も、やっぱりいろんな可能性を広く残しておける方向で進めたいなって思ったりとかはするし、
あと大人になってからのことでいうと就労って考えた時に、
どんな道があるかなとか、職種を選ぶみたいなこともそうだけど、
例えばどこかに所属するとして、
障害者雇用枠であるとか、そういうこともまだ子どもが小さかったとしてもやっぱり考えちゃう親も多いだろうし、
先々考えたらもういくらでも不安はあるので、
そこにこの検査っていうのが数字で見えた時に、数字で見えると伸ばしたいって思うんですよ。
上げられるなら上げたいって思っちゃうんですよね。
本来の目的ってそういうとこじゃないはずなんですよね。検査の目的。
これ今パッと検索して出しただけだけど、
知能検査の主な目的は、個人の認知能力、理解力、記憶力、思考力などの全体像と、
得意・不得意の特性を客観的に把握すること。
発達支援や学習指導・就労支援の方向性を検討し、本人が生きづらさを感じている背景を理解し、
より良いサポート方法を見つけるための重要な手がかりを得ることにあります。
あれは、いわゆる平均的なのを100とした時に、このぐらいですっていうのを出してるんですよね。
そこにどうしても、全体的に100に近ければ近いほど平均的であり、
生きづらさが少なくて済むんじゃないかという気持ちになっちゃうっていうことなんですよね。
つまりその他大勢に入れる、100に近ければ。
そうなると、社会の中で生きていくには、その方が違和感少なく過ごせるんじゃない、
本人が違和感少なく過ごせるんじゃないだろうかっていうふうに思うんですよね。
そうですね。
実はね、知能検査の結果に関わらず、仮に標準の範囲内に入ってても、
生きづらい人はずっと生きづらいんですけどね。
そうなんですよね。
検査結果の受け止め方と社会への提言
同時に、やっぱり親御さんには従順まずそれを説明してもらうっていうことと、
親御さんへのケアっていうものだったりとか、
あとは、もちろんお子さんへの支援っていうところをね、
同時にやっぱりワンセットにしていくっていうのをね、
していかないといけないでしょうね。
あとはもちろん、社会がちゃんと選択ができるような社会にしていくっていうことが大事なんでしょうね。
そうですね。
思えば検査を受けたときとか、受ける前とかは、
検査前のコミュニケーションとインフォームドコンセントの重要性
この検査を受けたらどう親御さんは受け止めますか?とか、
なぜこの検査を受けようと思ったんですか?みたいなことは、
たぶん聞かれないにしたことがない。
前の検査の放送でも言いましたけど、
結構気を使われたり、
なんなら腫れ者に触るような感じで、とっても優しく対応してくださるので、
医薬所の方とか、南西寺健診とかの対応してくださる方達はとっても優しく気を使ってくださるので、
あんまりグイグイとはこないし、
たぶん保護者の側が気持ちを開示して、
助けてくださいっていう感じでお話しすれば、
情報とともにいろいろ話してくださると思うんですけど、
保護者も保護者で、結構外では気情に振る舞ったりする癖がついていたりとかもあるし、
例えば、うちの子であれば1歳半検診のときに、
ちょっと言葉がなーっていうところから、
そういう検査とかもありますよとか、
どこどこセンターってご存知ですか、みたいな感じで話を振られたけれども、
そのときにそんな時間をとって詳しく、
このなんとかという検査を受ければこういうことがわかってっていう話まではしないし、
検査を受けに行ったところでも、
やっぱりこっちがすごくいろいろ質問しない限りは、
センターの方からこの検査を、
心得みたいなのはあんまり話されないですもんね。
それはしょうがないと思うんですけどね。
今の話を聞いて思ったのは、
心理療法も何らかの介入するときにはできるだけインフォームドコンセントをやるんですよ。
これからこういう仕組みというか、このくらいの回数でこういうふうなやり方をやっていって、
その結果期待されるのはこういうことなんですけど、
こういう場合にはデメリットがあるかもしれないし、
何の効果も出ない場合もあるかもしれませんよ、みたいな話をなるべくするんですけど、
しないときも、抜けちゃうときももちろんあるんですけどね、なるべくするんですが、
それと同じかそれ以上ぐらいに検査にも、
そういう説明があったほうがいいかもしれないですね。
いいと思いますね、あったほうが。
親の自己決定と研究への期待
こういう数字が出たらどうされますかとかね。
どんな気持ちになりそうですかとかね。
もしこういうお母さんがその結果を見てすごくこういうふうなことがあったのであれば、
こういう支援もお届けできますよとか、
あるいはここではそういう支援できないので他をご紹介しますねとか。
そうそうそうそう。
あったほうがいいと思いますね。
これをどう捉えたらいいのかっていうのとか、
なんと、なんだろうな、
こうポンって投げられたら、
結構保護者って自分で考える癖ついちゃってる人も多い、
人によるけど、
なんか結構私が頑張らなきゃみたいな、
親なんだからっていうふうに、
なんも言われなくてもそう思ってる保護者って多いと思うんですよね。
だから、ポンって検査結果出ましたっていうときに、
なんか自分で考えちゃって、
私がこの方向を導かなければっていう、
いつの間にか意識せず、
いつの間にか独りよがりっていうことになってるパターンもある気がするけど、
そこを防げるかもしれないなって思いました、今。
なるほどね。
そうかそうか。
誰か研究テーマにしてくれないかな。
子供が知能検査を受ける保護者の心情っていうのをちゃんと集めてもらって、
そういう保護者に対してどういうケアをすべきなのかとかね。
お前がやるよって声も聞こえるけど。
どなたかこの配信を聞いてくださった研究者で、
こういう分野に興味がある方はぜひお願いいたします。
誰かに。誰かにお願いするんですね。
誰かに、はい。
私もできる部分はお手伝いします。
大してないかもしれないけど。
じゃあ、どなたかお願いします。
はい、お願いします。
今回は送られるものを通じてね。
多分大丈夫かな。
分かりました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
では、今日も大事なものを大事にできる一日を。
秋音でした。
知能検査で悩んだ方を何とかしたい。
ヒロでした。