Aidpo)Podcast、この番組は、ランニングを通じて生まれる様々な挑戦が物語になっていく過程を記録していきます。
こんにちは、パーソナリティーの水野満太郎です。 本日は、2026年3月5日、第4回目となります。
本日は私、水野満太郎の自宅で収録をしています。 ゲストがお一人来ていただいているということでご紹介します。松森正彦さんです。
松森正彦さんこんにちは、松森です。よろしくお願いします。 水野満太郎よろしくお願いします。
水野満太郎ご無沙汰してますね。 松森正彦はいはい、ご無沙汰ですね。
水野満太郎はい。 松森正彦で、道太郎さんの道太郎さん、道太郎くんどっち?
水野満太郎はい、いいやつでしょ。 松森正彦道太郎くん家に来たのは初めてです。
水野満太郎そうですね。はい。あの、お会いするのは何回、何回目ですかね?
松森正彦何回お会いしてますかね?あの、一番初めは、えーと、秦野駅でやった、バックヤードのあの、映画の上映会の時にですね、私があの、見に行かせていただいて、その主催してたのが道太郎くんだった。はい。それが一番最初ですね。はい。
水野満太郎ありがとうございます。今ね、バックヤードなっていうキーワードも出ましたが、そもそも松森さんが何者なのかというところからちょっと聞いていきたいなと思います。
松森正彦はい。では、自己紹介をお願いしてもよろしいですか?
松森正彦はい。松森正彦と申します。えー、今57歳です。えー、で、仕事は、えー、まあ、今日の話に関わってくるんですけども、えー、長野県の木島平村という村のですね、観光振興局の局長をやってます。
水野満太郎局長なんですね。
松森正彦はい。あの、局長をやらせていただいてます。はい。
松森正彦はい。で、まあ、自己紹介、あの、基本的には、えー、ランナーですね。
水野満太郎うん。
松森正彦ロードランニング、まあ、メインはトレイルランニングですかね。
水野満太郎はい。
松森正彦はい。えー、で、えー、今年、まあ、あの、木島平村に移住したのは、えー、去年の6月なんで、今回初めての冬ということで、えー、クロスカントリースキーを始めまして。
今一番ハマってるのは、クロスカントリースキーなんですが、あの、まあ、あの、皆さんもご存知かと思いますけど、今年雪が異常に少なくてですね。
松森正彦うん。
水野満太郎木島平村も、あの、人が住んでるところはもう、ほぼ雪が消えてしまった。
松森正彦おー、なるほど。
水野満太郎また、あの、最近、えー、走り始めてる。そんな感じですね。はい。
松森正彦もともとランニングはどれくらい前から始められてるんでしょうか。
水野満太郎あの、この収録があるんでちょっと調べてみたんですけど、えーと、始めたのはですね、2014年でした。はい。
2014年のお正月に、まあ、始めて。
松森正彦はい。きっかけは。
水野満太郎きっかけは、あの、まあ、私、あの、息子が一人いてですね。
松森正彦はい。
水野満太郎えー、息子が小学校の時に野球をやってまして。
松森正彦うん。
水野満太郎で、あの、まあ、私、当時はあんまり趣味がなかったので。
松森正彦うん。
水野満太郎ほぼ6年間ですね、あの、すべての土日を子供と一緒に、まあ、球拾うしたり。
松森正彦うん。
水野満太郎ノックをしたり。
松森正彦うん。
水野満太郎スカーをつけたりと。
松森正彦はい。
水野満太郎あの、少年野球に付き合ってたんです。で、まあ、息子が小学校6年生になるときに、えー、受験をすることにしました。
松森正彦はい。
水野満太郎中学受験ですね。
松森正彦6年生になってたんですね。
水野満太郎まあ、あの、塾とかその前から行ったんですけど、まあ、野球を辞めることになった。
松森正彦あ、なるほどですね。
水野満太郎はい。で、野球を辞めて、まあ、私も土日が決まりになったと。ただ、あのね、そこでいきなりこう、ちゃらちゃら遊ぶようなことを受験生のいる手前でできないんで。
松森正彦うん。
水野満太郎なんかこう、楽しくて、時間がつぶせて、まあ、多少真面目な感じもする趣味はないかなと思って、
初めて見たのがランニングでした。
松森正彦はい。
水野満太郎そしたら、まあ、いろいろとこう、いろんな経緯があったんですけど、まあ、土浜にしてしまってですね。
松森正彦まんまと深みに、
水野満太郎はい。
松森正彦はまってしまって。
水野満太郎もう、人生すらそれで、
松森正彦うん。
水野満太郎ですね、変わってしまったというそういう状況ですね、はい。
松森正彦後悔しませんか?
水野満太郎後悔は全然、はい、してないですし、あの、まあ、本当にランニングと出会えて、
水野満太郎うん。
松森正彦幸せだったなっていうふうには思ってますね。
水野満太郎うんうん。
松森正彦その、なんか、ランニングの深みにはまっていったっていうのもあると思うんですけど、
松森正彦はい。
水野満太郎最初は、こう、いろんな方はいると思うんですけど、フルマラソンから入ったとか、
松森正彦はい。
水野満太郎えー、まあ、次第にこう、なんかのきっかけでトレーランニングとか距離を伸ばしたいっていうのがあると思うんですけど、
松森正彦そうです。
水野満太郎はい。
松森正彦あの、アプリなんですよ。
水野満太郎アプリ。
松森正彦はい。
水野満太郎あの、当時は、まあ、今そらはですが、
松森正彦うん。
水野満太郎当時はもう、ランキーパーっていうアプリがあってですね、
松森正彦うん。
水野満太郎なん、覚えてないんですけど、もう走り始めると言うから、
松森正彦はい。
水野満太郎ランキーパーに記録をしていったんです。
松森正彦はい。
水野満太郎その、まあ、走り始めた時はもちろん一人ぼっちで、
水野満太郎コミュニティにも属してなかったんですけど、
水野満太郎そのランキーパー上で記録がたまっていくのが非常に、
水野満太郎まあ、なんか面白くてですね。
水野満太郎で、あの、当然1年目は受講流で走ってたんで、
水野満太郎えー、1回ずつ走ったら故障して、1回ずつ休んでみたいな感じではあったんですが、
水野満太郎やっぱりその記録がこう積み重なっていく。
水野満太郎で、しかもそのどんどん走れる距離が伸びていくみたいなのを楽しんでやって、
水野満太郎まあ、それでほぼ丸1年。
水野満太郎えー。
水野満太郎まあ、もうそれだけのために走ってた。
水野満太郎はいはい。
水野満太郎本当にじゃあ、トレーニングとしてというか、もう日頃の中で走ってる。
水野満太郎はいはい。
水野満太郎大会とかには出ずに。
水野満太郎全然。
水野満太郎で、まあ、その1年目の最後ぐらいに、まあ、正月から走り始めたんですけど、
水野満太郎まあ、これだけ走ってるんだったら、ひょっとしたらフルマラソン行けんじゃないかと思って、
水野満太郎ターゲットをですね、翌年の4月の長野マラソン。
水野満太郎まあ、私長野県出身なんで。
水野満太郎そうなんです。
水野満太郎はい。
水野満太郎そこが長野とのそのご縁だって。
水野満太郎あの、木島ダイラーはではないんですけども、別の男の長野県出身だったわけで。
水野満太郎そういうことなんですね。
水野満太郎じゃあまず長野マラソンをターゲットにしてみようかと。
水野満太郎うん、凱旋レース。
水野満太郎はい。で、長野マラソンを走って、
水野満太郎まあちょっとこのね、あのポッドキャスト聞いてる人中ではまあ普通かもしれないんですけども、
水野満太郎はい。
水野満太郎あの、初マラソンは4時間20分ぐらいだったんですよ。
水野満太郎はいはい。
水野満太郎で、まあ私は、私結構まあ他の運動はオンチだったんで、
水野満太郎意外とマラソン行けるなっていう感じがして、
水野満太郎それでさらにはまってですね。
水野満太郎で、まあ普通の人と同じように、じゃあ次はサブ4を目指すんだという風になって、
水野満太郎サブ4できたのがそっから半年後の湘南国際でした。
水野満太郎で、
水野満太郎はい。
水野満太郎あの、それまでずっと一人ぼっちなんですよ。
水野満太郎で、その辺りからちょっとこう友達作りたいなと。
水野満太郎なんともが欲しいと。
水野満太郎はい。
水野満太郎あの、コミュニティに入りたいなと思ってたんですけど、
なんでだかわかんないんですけど、やっぱコミュニティに入って足を引っ張るのは恥ずかしいなって思いがあったんですね。
なるほど。
水野満太郎で、まあサブ4を達成したらきっとコミュニティに入ってもそんなに恥ずかしい思いをしないだろう。
水野満太郎実際はね、そんなこと全然なかったんですよね。
水野満太郎一人ぼっちで知らなかったんで。
水野満太郎で、12月の湘南国際でサブ4できて、
じゃあこれで晴れてコミュニティに入れるなと思って、
私その時富士山に住んでたんで、鎌倉でよくやってるですね、
鎌倉ンっていうトレーラーニング中心の団体っていうかイベントですね。
あって、そこに行くようになったっていうのが、走り始めて丸2年ですかね。
なるほど。
で、やっぱりコミュニティに入ったら、そこからどんどん深ににはまっていって、抜けられなくなったと。
はい。
そんな感じです。で、もともと登山を山岳部、高校の時に山岳部で細々と登山を続けてたので、
ちょうどそのトレーラーニングっていう競技があることを知って、
ですね。
ラーニングと登山が一同にできる、なんてお得なスポーツなんだろうと。
自分のためにあるんじゃないですか。
はい。思って、そこからは結構トレーラーニング中心にやってます。
結構シリアスにというか、100マイルレースなんかも出られてますよね。
はい。そうですね、100マイルは今まで3回完走してます。
はい。一発目は確か19年のシニーズ5枠。
はい。
で、あとは22年かな。22年の神戸、23年の富士、UTMFですね。
ほう。
を100マイル走ってて。
はい。
あとは、西の国の100マイルは2回挑戦して、2回とも惜しくもなく、全然ダメで跳ね返されて。
あれ、去年お会いしましたっけ?
去年お会いしましたよね。
その時は選手ですか?
去年選手。
あ、そう。
去年は選手で、100キロまでは行ったんですけど、オーバータイムで100キロで終了。
その前の年は70キロぐらいだった。
ちょっと西の国は次どうするか。
今年はリレーで出るんですけども。
そうなんですね。
ちょっと自分で1人で100マイル挑戦するかどうかはまだ考え中です。
なかなかこう西の国との関係に悩むトレイルランナーは一定数いらっしゃるなと。
そうです。
あれはほんと難しいですね。
そうですね。
それこそ去年途中、私がこう矢野健ですね、相方の。
ああ、そうだ。
ペーサーを教えて。
ペーサーですよね。
途中ご一緒した時に、このペースだったらいけますよみたいなことを言った覚えがあったよ。
もうあのペースについて行きますよって。
あの後、どんどんどんどん離れてって。
なるほど。
あれ確かサウスの高山不動の。
そうですね。
中間ぐらいですよね。
中間ぐらいですよね。
70、80キロとか。
ついていけばいけるなと思ったんですけど、ちょっとペースについていかなかったですね。
なるほど。
ちなみにですね、2022年の神戸に出られてたんだとしたら、私の初100マイルがその2022年の神戸だったので。
あ、そうですか。
同じ場にたぶん居合わせたんで。
居合わせたっていうことですね。
前の年はすごい天気が悪くて。
逆。
前の前の年か。
そうですよね。
で、前の年は若干天気が良くて。
私が出た年は、途中ちょっと天気悪いときもあったんですけど、
前の前の年に比べればまだマシな感じで。
2日目の朝になったらもう雨は止みました。
そうですね。
なるほどなるほど。意外な気をついた。
あの場に居たんですね。
はい。
よく、それもあれですよね。トレイルランナーあるある。
あるあるですね。
ああ、あのとき居たんですかみたいな。
よくありますね。
っていう中で、ちょっとね先ほどもキーワード出ましたけど、
実はバックヤードにも出られたという。
はい。バックヤードウルトラは一昨年のタカオ大会に出ました。
ちなみに記録は?
26時間。
じゃあ100マイルを超えて。
100マイルを超えました。
25時間で辞めようとしたら、サポートだったり応援のみんなが、
辞めさせねえって言われて。
半ば逆切れしてですね。
分かってる、じゃああと一周だけ走ってやるわみたいな感じで、
25じゃなくて26で。
なるほど。
終わりました。
ご自身のやってみた手応えとか、バックヤードの感想みたいな、どんな感じですか?
やっぱりやってみないと分かんないことってあるじゃないですか。
でも私なんかは全然普通のランナーですし、
やっぱりバックヤードウルトラっていうと、皆さんもそうだと思うんですけど、
モサ、変態が出るレースっていうイメージがあると思うんですが、
私は普通だけども、でも本当にどうなのかって、
やっぱりやってみないと分かんないよなっていうのはあったんで。
っていうのと、直接じゃないんですけど、
トモさんの話を友達経由で、
トモさんがこのバックヤードに関しては、
それぞれの限界に挑戦すればいいんだと。
だからそのような結果、5周、5ラップであっても10ラップであっても、
それは別にその人の限界だったらそれでいいんですよってトモさんが言ってたよっていうのを、
ひとつでに聞いて、じゃあ強いランナーでも変態でもないけど、
自分が出てもいいんじゃないかなと思って出ました。
実際やってみたらどうだったんですか?
いや、楽しかったですね。
やっぱりバックヤードの話すると、たぶんすごい長くなっちゃうんですけど、
協力する。
やってみて気づいたんですけど、あれってやっぱり2位の人が頑張らないと、
1位の人の記録が伸びないじゃないですか。
2位の人が頑張るためには、3位が頑張らなきゃいけないし、4位が頑張らなきゃいけないし、
つまりお互いにライバル、競っていながら、
でもいい記録を作るっていう目的のためには、
全員が協力してるっていうのが走る途中で気づいてですね、
これがめちゃめちゃ感動して、
たまたま私が出たときに、
最初の夜のラップ、一緒に走ってる人の中で、
出てみたらライトがつかない人が2人いたんですよ。
で、単に競技で考えれば、
その2人が走らなければ順位が上がるじゃないですか。
でもバックヤードを考えたときに、
みんなでやっぱり記録を伸ばしたいから、
パックになって、その2人の分を周りで照らしながら、
ワンラップを走ったんですよね。
で、戻ってきてその2人もちゃんとつくライトを手にして、また次のラップに出てったんですけど、
そういうのがもうなんかすごい新鮮というか、
これはレースであるけどレースじゃないっていうところが、
感動しました、私バックヤードに関しては。
一般的なランニングのレースだと、
なかなかそういうライトがつかない選手を照らしてあげるなんてないですけど、
やはりバックヤードだと珍しくない話ですよね。
なるほど、なるほど。
結果として、今思い出しても、そのワンラップ、
そのパックになったしたワンラップが、
26ラップの中で一番楽しかったです。
いいですね。
そんなバックヤードの魅力にある種、影響された部分もあり、
で、いろんな他のきっかけもあると思うんですけど、
木島平に移住されて、職業もそこで、
観光協会の局長をやるということになった流れの中で、
実はその伏線回収じゃないですけど、
ちょっとバックヤードにつながってくるっていうところですよね。
そうですね。
で、今回は、木島平でバックヤードがやるよっていう話なんですけど、
そこだけというよりは、木島平っていう舞台で、
今、松森さんがどういうことを手掛けようとしてるのか、
仕掛けてるのかっていうところの話を聞いていきたいなというところなので、
ちょっとシリアスなコーナーになってましたが、
ここからはですね、クイックファイブクエスチョンのコーナーということで、
それでは元気よくいってみましょうと台本が書いてるんですが、
元気よくいってみましょう!
では、クイックファイブクエスチョンのコーナーです。
このポッドキャストは、ゲストが今取り組んでいる活動、プロジェクトにスポットを当てていきます。
ゲスト、松森さんですね。
どんな思いでこの活動を始めたのか、どんな苦悩を抱えているのか、
そしてどんな未来を見ているのか、探っていきたいと思います。
このコーナーでは、5問即答形式で質問に答えていただき、
後で私が気になった部分を深掘りしていくというそんな形です。
松森さん、よろしいですか?
はい、よろしくお願いします。
NGなしですか?
NGなしです。隠すことは何もないです。
はい、ありがとうございます。
ではですね、ファイブクエスチョンを聞いていく前に、
ざっくり今取り組まれていることの概要といいますか、
ちょっとお話しいただきたいなと思っています。
松森さんが木島平村に何をしているのか、ぜひ聞かせてください。
はい、さっきもご紹介いただいたように、
まず今職業として木島平村観光振興局の局長をやっています。
なので、仕事として木島平村を盛り上げていく、
観光という側面から盛り上げていく。
例えば木島平村の広報をしたりとか、
あとはいろんなイベントをしたりとか、
木島平に人が来るようないろんな仕掛けをするというのが、
そもそもの仕事です。
今回このエイドポーションプロジェクトの中で、
私がやっているのが、木島平村の観光を特に、
有酸素運動で盛り上げていきたいというところがあります。
有酸素運動というのは、ランニングはもちろんそうですし、
自転車もありますし、
私がこの冬から始めているクロスカントリースキーなんかもありますし、
木島平村というのは、行ってみて気づいた部分もあるんですけど、
非常に有酸素運動のトレーニングというとちょっと固くなってしまうんですが、
トレーニングにも向いているし、
有酸素運動をエンジョイするのにも向いているし、
いろんな意味でここで有酸素運動をするというのは、
すごいいいことだなって感じたんですね。
なので、ランニングだけにすると、
ちょっと間口も狭くなったり、季節も限られてしまうので、
大きく有酸素運動というふうに捉えて、
ランニングだったり自転車だったり、スキーだったり、
さまざまなスポーツで木島平村を盛り上げていきたい。
もしくは我々自身が木島平村で盛り上がっていきたいというのを、
今回のプロジェクトの趣旨として掲げています。
言うなれば、アクティビティパラダイス木島平村。
もうそうですね。
みんな木島平村でそういったアクティビティを楽しんでいる状態を
作っていきたいというふうに思っています。
それを盛り上げ、盛り上がっていきたいと。
バックヤードはそのうちのひとつという捉え方になります。
ひとつの企画として、
今年の4月に木島平村でバックヤードウルトラがやるというところで、
そのバックヤードにちょっとフォーカスした話は触れるかどうかというところですが、
アクティビティパラダイス木島平村というその切り口で
5クエスチョンお答えいただきたいなと。
分かりました。
思います。
第1問。
ご自身の定格でこのプロジェクトに一番影響していると思うところは何ですか?
多分ですね、周りの人がまだやってないこと。
さすがに人類がとまで言わないですけども、
私の周りの人がやってないことを一番にやってみたいという、
そういう気持ち、そういう何ですかね。
そういうのは私にとって楽しいなというふうに思います。
はい。
ありがとうございます。
続いてクエスチョン2。
日常でやらなくてもいいのについついやっちゃうことは何ですか?
そうですね。
レースだったり旅行だったりで、
もう本当にふんたんへの細かい予定を立てるのは好きで、
多分そこまでやる必要はないんでしょうけど、ついついやります。
続いてクエスチョン3。
今、この瞬間、プロジェクトで一番しんどいことは何ですか?
全体的に大きな話なんですけど、儲からないっていうのはしんどいですね。
率直な話ですね。
続いてクエスチョン4。
このプロジェクトをやっていて嬉しかった言葉は何ですか?
はい。今回バックヤードウルトラに関してなんですけども、
2月にまさに三下郎くんが秦野で大会をやってくれて、
私はちょっと予定があってそこにはいけなかったんですが、
ひとつ前に聞いた話で、
2月の秦野大会で選手がですね、
ここでいい記録を出して木島平に行こうって言ってくれる人がいたという風に聞きまして、
それすごい嬉しかったです。
ありがとうございます。
そして最後、クエスチョン5。
このプロジェクトが続いた先で、
ご自身やご自身以外かの人や周囲に起きてほしい変化は何ですか?
はい。まさにそのプロジェクトの目的で、
レースとかイベントがあるときはもちろん、ないときでも木島平村に来てくれて、
運動してる人がたくさん増えてくれると嬉しいなと思います。
素敵です。
ありがとうございます。
というところで、ちょっと気になるところがいくつもあるので、
ちょっと上からまた深掘っていきたいなと。
掘ってください。
もう掘らせていただきます。
まず一つ目ですね、ご自身の性格でプロジェクトに影響しているというところですが、
周りの人がやってないことを一番にやってみたいっていうのは、
それは結構子供の頃からですか?
思い返してみると子供の頃からですね。
例えば何か具体的なエピソードとかありますか?
例えば、私が22年にバックヤードに出たときも、
私のコミュニティ、さっき言ったらたまくらんとか、
あと私その後チャンプレーンというトレーラーニューチームに入ったんですけど、
バックヤードに出たことある人いなかったんですよ。
なので一番に出てみたいなと思って出ましたし、
あとトレーラー関係で言うと、
いろんな団体のボランティア、保守整備とかをやっていて、
そういうのもなんか自分がいるとこだけじゃなくて、
違うところに行って体験してみるみたいなのがすごい好きですね。
なるほどなるほど。
普通の人だったらなかなか自分のコミュニティとか、
自分の住んでる地域じゃないところまで、
お手伝いにはなかなか行かない中でそれをやってると。
そういうことをやってみた中で、
松森さん自身が得てることというか、
どういうモチベーションになるんですか?
あるときちょっとなんでだろうと思って考えてみたんですけど、
私結構おしゃべりが好きなんです。
自分が体験したことをネタにして、
それを人に話すのが好きなんですね。
なるほど。
さつ、それが飲み会の場だったらさらに楽しい。
バックヤードもね、周りにバックヤード出たことがない人ばっかりの中で自分が出て、
バックヤードでこんな面白いことがあったとか、
こんな失敗をしたとか、
そういうのを話すのがすごい私自身は好き、楽しいなと思ってるので、
そういう意味でネタとして誰も経験したことのないことを、
周りでは誰も経験したことのないことをやってみたいなというのはあります。
だから木島平に移住したのも広い意味で言うとそういう感じですね。
なかなかそういう方はいないだろうということですよね。
うん、確かに。
ある意味、酒の魚として…
そうなんです。
人生のほとんどのことは飲み会のネタだと思って…
そうですね。
はい。
お酒がお好きっていうことですか?
好きですね。
特にお好きなのは?
いや、もう何でも好きなんですけど、やっぱり木島平村に引っ越したので、
圧倒的に日本酒を飲むことが多くなりました。
やっぱり山が近くて、水が綺麗で…
そうです。日本酒おいしいですし、
あとやっぱり、あっちの人が集まったときに日本酒飲むことが多いです。
はい。
いやー、いいですね。
じゃあ、今やってらっしゃることも今後というか、絶賛酒の魚になりつつある?
そうです。もうそのためにやっているのです。
はい。
いや、いいですね。
そのお酒の話でちょっと後で触れてみたいエピソードがあるんですが、
ちょっと続いて、
続いて、はい。
クエスチョン2ですね。
はい。
日常でやらなくてもいいのについついやっちゃうっていうのが、
レースや旅行で分刻みの予定を立てちゃうってことですけど、
なかなか窮屈じゃないんですか、それは?
私はレースだったり、普通に山登りとかもするんですけど、
その時間よりも、その時間だけじゃなくて、
事前に準備をすること。
あとは、さっきは私のランニングが好きなのはランキーパーの方だって話をしましたけど、
終わった後で振り返りをすることがたまらなく楽しいんです。
2度3度味わってる。
はい、そうです。
むしろそういうのが楽しいからトレランやってるんじゃないかっていうくらい事前、
プランニングをするとか、普通に今日練習するっていうだけでも、
私は山横なんですけど、山横で線を引いて、
大体ここからここまではこのくらいの時間でいいかなみたいな、
っていうのを計画立てるのはすごい楽しくて、
なんでこれは、そこまで含めて私は、
トレーランニングだったり登山だったり、旅行もそうですけど、
娯楽だと思ってるので、ついついやっちゃいます。
例えば今日ここの、ここに来たのは車で来たんですけど、
もし電車で来るとなると、多分昨日のうちに、
じゃあ何時の電車に乗ってどっかどこに行ってみたいなのを全部決めて、
Googleのカレンダーに入れてます。
はい。
なるほど。
まあ、予定を立てる、計画を立てるっていうことだけだと、
ちょっと窮屈な面もあるのかなと思ったら、
お話していたら、2度3度味わえるっていうのは確かになっていう。
そうですね。あと、これは自分のいいとこだと思ってるんですけど、
予定が崩れてもストレスを感じないんですよ。
なるほど。立てたのにそれどおりにいかないじゃんっていう、
それで嫌になっちゃう人もいると思うんですけど、そうはならない。
むしろ、それがずれたら何でずれたんだろうとか、
特にトレーラーのレースなんかはそうなんですけど、
そこをまた振り返るのがめちゃめちゃ楽しくて。
とことん振り返りが好きというか得意というか。
でもね、仕事のことはあんまり振り返らない。
本当ですか。
あくまでもこれ娯楽なんですよ、私は。
なるほど。
仕事習慣をそのままプライベートでもやってるというわけでもない。
わけでもなくて、仕事は結構ズボラだと思う。
そうなんですか。
いや、なんか今お話聞いてた。
そういうのも活かしてお仕事もバリバリやられてるのかなと思ったら、
そうではない、そうではない。
なるほど。
ちなみに、今回のっていうことはおっしゃってましたけど、
今回の東京にいらっしゃってるのも結構細かく予定立ててるんですか?
あ、立ててます。
なので、今木島平に住んでいるんですけど、家族はこちらにいて、
東京の原地沢にいるんです。
で、月に2回ぐらい帰ってきてるんですけど、
木島平の仕事の関連だったり、遊びだったり、
あるいは東京で今やってるちょっと副業の関係だったり、
そういうのをちゃんと組み合わせて、できるだけこちら側にいる、
2日ないり3日ないりを、もちろん夜は飲み会入れてですね、
きっちり使い尽くすっていうのが割と好きですね。
じゃあ本当に何かをおろそかにするわけでもなく、
ご家族との時間を犠牲にするわけでもなく。
ご家族との時間もそこに組み入れて、
今回はこれだけはやって帰るみたいなのはあります。
ちょっと私結構計画的な予定を立てるのが得意じゃないんですけど、
何かそういう方にアドバイスというか。
何ですかね。
でも私がこれやってるのは、さっきも言ったように、
全部やってるわけではないですし、
多分それが好きだとか楽しいかって言ってるんですよね。
そのうまく予定がはまったときの快感とかもありますし。
なので楽しんでくださいとしか言えないんです。
なるほど。無理にいやいややるもんではない。
全然。やりたくないというか、
それが楽しいと思えないことに関しては、
全然予定とか立てず、ざっくりやってます。
言ってしまえばある意味、
遠足の前日楽しみで寝れない系の。
まさにそういう予定です。
ってことですね。
なるほど。ありがとうございます。
じゃあ続いて3つ目ですね。
今この瞬間、プロジェクトで一番しんどいことは何ですかというので、
一言もうからない。
もうからない。
やっぱりスポーツ系、
トリルランニングの大会の運営とかにも
オクシノの100とか関わらせていただいているような、
するんですけども、
やっぱりなかなかこれだけで食べていくという状況にすることが。
私も今、木島大良原の観光振興局っていうお仕事をいただけてるから、
そこで稼げて。
観光、提唱としての給料があったということですね。
こういったことにも時間を割けるので、
やっぱりこれだけで、
例えばレース運営とかだけで食べていくのは大変ですし、
西茶郎ちゃん自身が今プロウィルトラランナーですけども、
やっぱりなかなかそれだけで食べていくのは大変だと思うんですよね。
そうなると、若い人はなかなか入ってこれないし、
やっぱりそれだけに時間を使うこともできないので、
なかなかこれをどう仕事にしていくのか、
しかもできればすごい儲かる仕事になって、
若い人があの仕事やりたいっていうふうになった方がいいじゃないですか。
そこがなかなか難しい。
やっぱりボランティア、頼らざるを得ない。
無休で働いてくれる人がたくさんいないと、
成り立たない構造っていうのが、
やっぱりレースの運営とか考えると、
なかなか厳しいですよね。
ほんとそうですね。
イベント単体では厳しいなっていうのをまさにこう、
痛感する立場ですけど、
本当にある人、スポーツとかイベントを一つの切り口とか媒介にして、
掛け合わせ、組み合わせっていうのが、
ビジネスっていう意味では鍵になるのかなって思ってるんですけど、
そこはこう、松森さんの今までのビジネス経験とかの中で、
まあ儲からない厳しいなと思いつつも、
ちょっとこんな方向性がいいんじゃないかみたいな、
思ってらっしゃることとか、
あればちょっとこう、
シンプルに私が聞きたい。