このプロジェクトは、バックアイドウルトラに魅せられたウルトラランナーたちによる挑戦と競争に光を当てます。
私たちはどこまで行けるのか、走ることで魅せられた仲間たちとともに、この世界の魅力に光を当てていきます。
ということで、本日は2026年6月3日、オーストラリアからお届けをしたいと思います。
6月4日ですね、オーストラリアのゴールドコースト、我々のサポートクルーJUNさんのご自宅からお届けをしております。
はい、プロウルトラランナーの目津信太郎です。
本日はですね、Dead Cow Gully・バックアイドウルトラ、オーストラリアのレースに来ているということで、
そこに来ているランナー3名とJUNさんですね、ゴールドコースト在住のJUNさんの4名でお届けをしていきたいと思います。
ではちょっと一人ずつ一言いただきたいなと思うので、小松さん自己紹介お願いします。
はい、今回Dead Cow Gullyを選手として走ってきました小松ひろとです。
昨年のDead Cow Gullyに続き、2回目のこのレースの参加になります。
はい、よろしくお願いします。
じゃあ続いて吉澤さんお願いします。
はい、吉澤強平と申します。
今回Dead Cow Gullyは初めての参加になるんですけれども、
過去オーストラリアのバックアイドウルトラのレースでは2回ほど出場させていただいて、
直近で言うと国内ではバックアイドウルトラのラストサムライですね、
吉島大会、平大会の方でアシストで76ラップという成績を収めさせて、
その次のバックアイドウルトラということで今回のぞまずさせていただきました。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
そしてランナーとして3人目、一応私もですね、改めて自己紹介をすると水野道太郎ということで、
今プロウルトラランナーを名乗って活動をしています。
バックアイドウルトラをメインに活動をしていて、
昨年のDead Cow Gullyでは94ラップという自己ベストを出しました。
今年は3月にポーランド、4月にオーストラリアのシドニー、
5月にこのDead Cow Gullyということで、3ヶ月で3連戦というまた一つのチャレンジ。
それも一つのチャレンジですけど、そんな感じでやっています。
はい、よろしくお願いします。
そしてですね、じゅんさんということで、日本の方々とすると誰だろうという感じなのかなと思うんですが、
じゅんさん一言自己紹介お願いします。
じゅんです。私あまり走らないんで多分日本の方とも接する機会少ないかと思うんですけども、
サポートをカミツタケノリさんに頼まれて3年前に始め、
今年でDead Cow Gullyだけで3年目サポートさせていただきました。
はい、ありがとうございます。
ちなみにじゅんさん、Dead Cow Gullyに在住ということで。
いや、別逃避団体じゃないからね。
どこ住んだらね。
嘘言っちゃったな。
ゴールドコースター在住ということであってますか。
はい、そうです。
オーストラリアは何年ぐらいいらっしゃるんですか。
オーストラリアは1998年に来て、あと2週間で28年経ちますね。
ちなみに年齢は。
年齢は不詳です。
年齢不詳の28年目オーストラリアにいるというところですね。ありがとうございます。
はい、なぜ河光竹ノリさんのサポートをすることになったのかとかはまたちょっと後で言いたいなと思います。
はい、というところでまずはDead Cow Gullyというのはどういうレースなのかというところからですけど、
Dead Cow Gullyはクインズランド州のナナンゴというゴールドコースからすると3時間4時間車で内陸に進んだエリアですね。
本当に牛の、デッドカウっていう名前にも入っているぐらいですけど、牧場の牛が放し飼いにされているようなエリアで、
とても田舎といえば田舎だし、とても自然豊かな、自然豊かとはまたちょっと違いますけど、なんだか心が落ち着くようなそんな景色の場所かなというところです。
で、デッドカウガリーの印象、小松さんどうですか。
そうですね、いろんな印象があるんですけど、まず日本の国内のバックヤードウルトラの大会に比べると参加者の人数が圧倒的に違うっていうところが一番大きくて、
今回で240名、50名ぐらいのランナーが参加されていてっていうようなところが一つ、日本と大きく違うところかなという気がしてます。
あとはもう一つが、自分は今回の2回目で言って思ったのが、やっぱり一人の持っている牧場の中でバックヤードウルトラのコースを作れてしまうっていうスケーブルの大きさがやっぱりすごいなっていうふうに思っていて、
やっぱり走りながら見える景色っていうのは日本に本当にないような、あるとしても多分北海道の大きな牧場の方にあるような景色になるんじゃないかなと思うんですけど、そんな中で一日中走れるっていうようなところで、
そこら辺もちょっと景色の壮大さみたいなものであったりとか、コースのスケールの大きさみたいなものっていうのはやっぱり日本にはないものなのかなっていうのは個人的に感じてます。ありがとうございます。
ハイロさんどうですか。
今小松さんおっしゃられたように、やっぱり規模感っていうところで言うと、私も今回で3回目のお伝えなんですけども、過去も200名規模、500名規模、今回は250名前後っていうことで、
やっぱり日本のバックヤードだと、ラストサイムライで言うと2,30名、私が去年出てるラストドラゴンで言うと50名規模っていうところで、やっぱりこの参加者人数の規模感と、あと望んでる選手の層ですかね。
日本だとどちらかでコンペティションというか競技性の高い方々のみっていうわけではないかもしれないんですけど、中心にレースが行われて一方で、オーストラリアとか含めて海外のレース場合は一般の方というか、本当に市民のレベルの方もたくさん参加されてるっていうのが大きい違いかなというところが印象的なところですかね。
あとコース的に言うと非常に全体的にトレイルであるんですけれども、比較的フラットな非常に走りやすい印象を今回は受けておりました。
あれコースってトレイルっていう感じですかね。あれダートですか。小松さんどんなイメージですか。
そうですね。一応トレイルかロードかって言われたらトレイルにはなるんですけれども、日本にあるような登山道であったりとか林道を走るっていうものではなく、本当に牧場の中の土を走るみたいな形で、ダート。
そういう印象というか、トレイルロードっていう分け方ではちょっとなかなか難しいような、ただトレイルとはいえ日本の林道みたいに大きな石があったりとかっていうようなことはなく、本当にサーフェスは気にせず走り続けられる、足を取られることっていうのもほとんどないみたいなところで走りやすさあるのかなというふうには走って感じました。
アップダウンとかどうでしょう。
そうですね。急坂とかはあんまりないかなというところで言うと、何もなければ全部走れてしまうコースかなというところで、でも実はダラダラ長い坂が担っていたり、それが多分ラップ重ねるごとに坂というか半路感が出てくるっていうのもあるのかなというコースなんですけど、
全体的にはフラットという印象の中で、そういう体にボディーブローのように効いてくる半路なのかなっていう感じはしましたね。
ありがとうございます。
あとは日本との違いみたいなところで言うと、コースのバリエーションですよね。日中基本的に牧場を一周するようなコースなんですけど、途中逆回りになったりとか、あとは夜は半周してそれをピストンで戻ってくるみたいな、そんなコースになっていたりっていうところで、そのコースが時間帯によって変化があるってことはお二人とどんな印象でした。小松さんどうですか。
そうですね。私は現季の時にはそのコースによる難易度の違いっていうのはあまり感じることはなかったんですけれども、やっぱり二晩越えたりとかしてくると、夜と昼のコースで全くちょっと難易度が違うなっていうのが自分の率直な感想でした。
特にデイタイムのコースっていうのが、後半の部分で一部ちょっとシングルトラップみたいになっているようなところがあったりとかして、どうしてもスピードが出しにくいっていうようなところがあったり、吉野さんさっきほとんどフラットだけれども、後半そういったもの、勾配の高さみたいなのを感じるんじゃないかみたいなところっていうのは確かにそれあったなっていう風な気がしていて、
夜の方が走りやすく、夜から昼間のデイパートに戻った時にコースの難易度が実は結構ボンって上がってるんだなっていう印象がありました。
これはでも、そのコースのレイアウトによる難易度の違いみたいなものを感じた時に、去年VIX走った時と結構近いような感覚が自分の中であって、そのナイトが終わって朝だって安心するんだけども、そこに対して実はゆっくり走ってられないというか、時間に間に合わない、余裕がそんなにあるわけでもないっていうような状態では今回ありました。
吉田さんどうですか。
そうですね、私はちょっと後でもお話ししてもらって、比較的序盤でDNF版になってもらったのであれですけど、デイパートで言うと最初の普通の回り方とリバースって言うんだっけ、逆回りっていうところは2つ経験させていただいたんですけれども、
特に逆回りになった時、全然反路感が違うなっていう印象を受けて、先ほどちょっと言ったようにダラダラの反路がすごーく長く、逆回りの方が感じるっていうところで、ちょっと不思議な感覚になったのはちょっと覚えてますね。
すごい初歩的な質問なんですけど、反路ってどういう意味ですか。
反路か。
逆たん。
うん、逆反路ですよね。
はいはい。
なるほど、ありがとうございます。
そんな感じで、夜昼あるわけですけど、こまつさんは昼と夜どっちがラフ?
そうですね。
どっちが好きでした?
ちょっとすごい難しい質問なんですけど、夜は走りやすいコースではあるんですけれども、眠気がきつい。
うん。
昼は眠気っていうのは全くないんだけれども、コースの多少難易度が上がるっていうと、日差しはかなりきつい。
気温で言うと20℃いかない気温だったと思うんですけれども、日差しの強さはものすごい強く、太陽がすごく近く感じるような気候条件で、快感で言うと日本の25℃ぐらいの感じだったのかなっていうような体感で、
ちょっと昼も夜もどっちも違う辛さで攻めてくるっていうような感じで、どっちがっていうのは自分はちょっとあんまり言えないかもしれないなぁ。
どっちが辛かったっていうのは、どっちも辛かった。
それぞれのこう違う角度で攻めてくるっていう感じですよね。
はい、ありがとうございます。
ちなみに今更なんですけども、バックヤードウォルトラは1時間に6.7キロ走るというのを最後の1人になるまで続けるっていうそんな競技ですけど、お二人それぞれ今までバックヤード何回、今回含めて何回走ってきたっていう感じですか。
りょうさんさんどうでしょう。
私は実は12回目ということですね。
国内最多じゃん。
国内最多、一応日本人最多ってことにはなっております。
今回海外レースとしては5レースかな。
で、国内のレースは7レースでっていう形でやってきた感じですかね。
レースの数としては。
ありがとうございます。
駒さんどうでしょう。
私は今回で6レース目になりまして、国内3回と海外3回目っていうような形になってます。
ありがとうございます。
で、私水野が今回が8回目というところで、国内が3回の国外が5回ということで、意外とこのメンバーは海外レース経験の方が半分以上っていうようなところですね。
そうですね。
海外レース特有の難しさみたいなところで感じることとかありますか。
吉田さんどうでしょう。
そうですね。トーンタビーモードを申し上げたように、やっぱり私の場合気候の変化に結構影響されて、結構今回のDNA減量、熱中症状態っていう形だったんですけれども、
先ほど駒さんおっしゃられたように、実際の気温と体幹の気温がちょっと違うのかなというところで、実際私の場合25度ぐらい超えてくると過去ほとんど失敗のレースばっかりなんですね。
日本の熱さと質が違うのは乾燥してるというか、質度が大きく違うかなというところで、日本のレースだと結構ベシャベシャみたいな汗かかったりするんですけれども、
こっちの場合そんなに体幹の熱さとかそこまで気にならないもの、実はすごいホテってたり汗が異常にかいてたりっていうところで、今回ちょっと多分それが原因で結果DNAになったのかなというところで、
やっぱり思っている、自分が思っているように水分が出てて、岩脱水状態、あと塩分ですかね、が自分が思ってたよりも出てってたので、そこのちょっと補給の部分とか対処の部分がちょっと難しかったかなというところになりますかね。
ありがとうございます。気候がやっぱ日本と場所が違えば、季節が違えばっていうので、そこの変化に対応しなきゃいけないっていう難しさありますよね。駒さんどうですか。
これは海外のちょっと難しさみたいなところで言うと、スーツケースの中に入れられるもののちょっと制限があるので、そこの中でちょっと何を持っていくかっていう死者選択っていうのは結構出発前のところで悩みに悩んだというか、
本当は持ってきたいものがあったりとかしたんですけども、それ持ってこれなかったりとか、そこら辺と、あとはどうしてもちょっとオーストラリアと日本は時差1時間ではあるものの、やっぱり飛行機に乗っていくと体への負担はあって、その後やっぱりジェットラグ、時差ボケみたいなものっていうのが飛行機に乗った中で出てしまうっていうのはあって、
まあちょっと多少睡眠不足の状態でレース始めなきゃいけないっていうようなところはあったかなっていう印象がありました。
ありがとうございます。
私も結構同じようなことを感じていて、持ち込めるものが少ないっていうので、食べ物とかも、理想で言うと本当はこのジェルを毎週飲めたらベストなんだけど、数の都合で2週に1回分の本数しか持ってこれないとか、
なので結構、今回3ヶ月連続でバックヤード出てる中で、もちろんバックヤードにとって最適な補給職とか最適な装備とかっていうのは試行錯誤しつつ、そこに海外でも持ち運べるとか海外でも入手できるものという条件というか、そこの制約がかかっちゃうっていう難しさ。
本当のベスト、本当の理想の機材とかそういうので望みきれないっていうのは、最初は難しさを感じてましたけど、そこも慣れていくべきところかなというので、やっていたっていうところですね。ありがとうございます。
そして、デッドカウガーリーというものとの日本人ランナーとの縁みたいなところで言うと、そもそもいつから始まったのかみたいなところを先ほどお話しいただいたじゅんさんからちょっと紐解いていきたいなと思うんですけど、3年前に河光さんが初めてデッドカウガーリーに挑戦した日本人ということですけど、
じゅんさんと川道さん、我々は竹さんと言うんですけど、竹さんとはそもそもどんなつながりでサポートをすることになったのかっていうのをぜひちょっとお聞きしたいなと。
竹内さんがフェイスブックですね、そちらの方にオーストラリアの片田舎であるレースに参加するので、現地の人誰かサポートしてくれませんかという投稿をたまたま見かけて、暇だったのと何か刺激が欲しかったんですね。それでいいですよということで受け入れて。
その後ここまで何年かも続くっていうふうには全然想像してなかったんですけど、それでサポートを始めたという形になりますね。
なのでその前は全然このレースのこと自体も知らなかったですし、私もともと走る人じゃないんで、すごく新鮮な世界を見せてもらっているなという気がします。
ありがとうございます。
で、その2024年に初めてサポートを経験してみて、そこでちょっとうんざりしちゃってもう嫌になっちゃったってことではなくて、2年目3年目もこうして受け入れてくださってるのは何か理由とかあるんですか。
多分あの、ひとりひとつは竹典さんの真面目そうな人柄かなというとこですね。
で、あの人は結構頑張ってるんで、また来ると言ったときに竹典さんが頑張ってるんだったら助けてあげたいかなというと。
大丈夫ですか。
大丈夫です。
緊張する?
いやチップスがちょっと、ここのチップスが飲みに引っかかってしまいました。
かんさんはあれですよね、おととしと去年参加して、じゅんさんのサポートを。
そうですね、最初おととしとその後にブリスベンの街で開催されたクリーン・トイストードっていうのにも参加して、それもブリスベン近いですからね、それもサポートさせてもらって、という形でですね。
その後去年も。
その後去年もですね。
早く合計3回ってことですよね。2年で3回サポートしてるって。
3年で3回。
かわみつさんについて。
かわみつさんをね。
それで去年もかわみつさんのサポートしたんで、かわみつさんについて言えば3回ですね。
今年はついにかわみつさんがいない状況でランナーさんに押しかけてきたという感じですけど、かわみつさんがいったときと今回との違いとか、モチベーションが実は違ったんだとか、そういうのありますか。
小松さんと西沢さんはもう少し前に会ったことがあって、不安もなかったんですけど、このもう一人連れてくるということで、ちょっとその辺には不安があったんですね。
だけどなんか会ってみたら、吉田さんすごくいい人で、なんか偉そうにしてない、いつもニコニコ笑顔のある人。
なのですごく楽しくやりやすくサポートさせていただいた。
吉田さんが残念なことにかなり早めの回数でリタイアとなってしまったので、その後は吉田さんが小松さんのサポートをメインでしていただくという私になって、私はずいぶん楽させていただいたかなという形になったかと思います。
ありがとうございます。
ちなみに、吉田さんから見たじゅんさんの印象とか。
そうですね、事前にはオンラインで軽い打ち合わせを顔合わせ程度だったと思うんですけども、聞いた中で、ちょっとまだそこではつかめなかったんですけど、実際今じゅんさんおっしゃられたように、私もどっちかとかサポートする時間が長かったので、そこでのコミュニケーションを取らせていただいて、
やっぱりこっちは現地で在住の方なので、現地の情報だったり周辺の情報っていうのを共聞したり、それこそ私はあまり英語が得意では決してないので、その辺の通訳的なこととかもいろいろ教えていただいて、すごく私もやりやすくさせていただいたっていうのはありますね。ありがとうございます。
ありがとうございます。お互い馬があったっていうか、馬があったっていうかはわかんないですけど、意外とスムーズによくやれたという感じだったのかなと思います。
で、昨年そもそも小松さんとか私はデッドカバーリンに来て、じゅんさんのお世話になってたっていうことですけど、去年は私もですし小松さんもそして河光さんも自己ベストを出すことができて、ある意味そのいい印象があったからこそ今年も出たいよねということでしたけど、なんか去年のことで記憶に残っていることとか、あの印象残っていることとか小松さんいかがでしょう。
そうですね。去年はマスターズと呼ばれる大会で、世界中からある程度の記録を持っている選手を招待するという形で、大会主催した側も去年の大会で世界記録出すんだっていうようなことで、たくさんの選手を外から集めてっていうようなことで、実際にその大会で119時間という世界記録も出てっていうようなところで、その結果の通りものすごく
去年は強い選手たち、それこそSNSの中でしか見たことのない選手たちっていうのが同じストアトラインに立っていて、60ラップとか過ぎても全くレースが終わる気配がないっていうような状態で、去年は進行していて、そんな中で自分は結構何て言うんだろう、少しフワフワした状態でずっと走っていたというか、
こんな人たちの中でどこまで自分できるんだろうっていうようなことを思いながら走っていたっていうのが去年の感覚でしたね。
それでも75ラップ自己ベストを大幅に16、17ラップ更新するような形で走ったっていうことですけど、なんで去年はそんな風に走れたっていう感じなんですかね。
そうですね、やっぱり思ったのが当たり前の基準が上がるっていうこと自体がすごくバックヤードの記録を伸ばすっていう上で、大きな要因だったのかなっていうのが自分にはありますね。
それは多分人によって違うとは思うんですけど、自分の中で一番大きかったのはそれかなっていう気がします。
なので、そういった選手の中にいると自分自体の当たり前が引き上げられて、そうすると今まで75なんて走れるとも思っていなかったものっていうのを簡単に超えたわけではなかったんですけども、
本当に一生懸命絞り出して超えた記録ではありましたけれども、その場で思ってもみなかったような記録が出たっていうのが去年だったかなという印象ですね。
ありがとうございます。
そんな風に去年はかなり基準も今までの常識をぶっ壊すぐらいの感じで記録がどんどん伸びていって、そこにある意味多くの選手が引っ張られる形でいろんな記録が生まれたというところでしたけど、
今年はまたちょっとそういうマスターズではない形で、通常の年、招待選手とかはいない中で開催されたわけですけど、
去年のね、間隔があったので小松さんと私はじゃあ今年もということでしたけど、吉澤さんはむしろこのデッドカウガリーにどういう経緯で参加することになったのかっていうのは。
そうですね。それこそ道太郎くんからお誘いいただいて年始ぐらいだったかな。
そうですね。
エントリーもちょっともしかしたら締め切られる可能性があるみたいなところで、去年のね、皆さんPB参加たところを出している中で、
私もさらにPBとかラップを伸ばしたいっていうと、やっぱり海外のバックヤードの経験をもっともっと積んでいきたいっていうのがあったので、
比較的速投というか、その一両実習にもエントリーもして望んでました。
先ほど申し上げたように海外経験とラップ数を伸ばしたいというところで、今回は100ぐらい。
先ほど申し上げたように国内のレースで76ラップ出して、おそらく今年の10月のサテライ大会のメンバーに選ばれる可能性が高いという中で、
やっぱり世界と戦っていく中では、やっぱり世界の国際レースというか、オーストラリア含めて競合の国の皆さんと走り、レースに出るっていうのが一つ目的としてはありましたね。
ありがとうございます。
その中で今年の2026年、5月30日にレースを迎えたということなんですけど、そこに至るまでお互いいろんなことがあったかなと思うんですけど、
私であれば3月からポーランドのレース、4月シトニーと、そして5週間でデッドカバリーということで、
基本的な強くなるような練習をするというよりは、その各レースから得た経験値とか、
胃腸の補給職であればこういう方がいいんだなとかっていう、本当に細かい短いスパンで試行錯誤できたという経験値とか、
技術面でいい形で今回臨めたかなというのがあるんですけど、
お二人は今年のデッドカウガリーに向けてどんな感じでアプローチしてきたのかなということを、
事前の体調とかコンディションも含めて伺いたいんですけど、小松さんどうですか?
そうですね。ちょっとなかなか、去年VIXが10月に終わってからモチベーション上がりきらずに、
ちょっと走り始めも遅かったんですけども、
このデッドカウガリーが始まる3ヶ月くらい前から準備の方は始めるような形でやってまして、
ちょっといろんな試行錯誤をしてはいるんですけれども、
大きくは距離を今まで積んでたよりもかなり伸ばしてトレーニングは量を積んでました。
なので自分自身デッドカウガリーでやっぱりもっと自分の自己ベストを更新したいという思いはあって、
そのためにトレーニングの量も劇的に増やして、
アプローチ自体も自分の弱点を克服するためのアプローチというものをいくつか施しながらやってたんですけども、
いろいろ自分の中で変えながら量を増やすというのを一気にやってしまったことが完全に恨みに出てしまいまして、
デッドカウガリーが5月30日スタートだったんですけれども、
4月のちょうど末ぐらい、ゴールデンウィーク中にアキレス腱の付近にちょっと強い痛みが出て、
走ることはおろか、歩いてもかなり強い痛みが出て足を引きずってしまうというような大怪我をしてしまいまして、
そこから2週間半ほど全く走れない日が続いて、
ちょっと正直デッドカウガリーも、その時吉田さん、三茶郎にも相談して、
ちょっと今回は今のこの状態でデッドカウガリーに行くのは現実的にはなさそうというような相談を、
ゴールデンウィーク明けぐらいですかね、みんなでミーティングしたときに話をさせてもらってというようなところで、
そこからちょっと怪我が、痛みがちょうどレースの2週間前ぐらいに引き始めて、
なんとかレースの時に痛みない状態で走り出せるかもしれないということに賭けて、
実際現地に入ってレースに参加したというような感じになっています。
ありがとうございます。そんな結構レースに向かう中でも、体のことも心のことも結構揺れ動きがありながらも当日を迎えたのかなと。
そうですね、だいぶへこみました。
12年、数えたら12年ぶりぐらいにこれだけ走れない大きな怪我をしてしまって、なんかちょっと。
そんな中でも最終的には参加するということでオーストラリアに来て、
久々にゴールドコースタージューンさんの自宅に舞い戻ってきたときはなんか湧き上がる気持ちとかありました?
特に。
まあでもなんかやっぱり来たら来たで、来る前は結構不安の方が大きくて、
これで本当にバックヤード走ってずっと走れない体になっちゃったらどうしようっていう不安が結構強くて長さになってたんですけど、
ジューンさんは結構オープンマインドで空港で迎えに来てくれて、会ったらちょっとハグしてくれて。
で、ジューンさんの家にその日来て、ちょっと話してたらちょっとレースが少し楽しみになってきたっていうのがありましたね。
なんかこう、まあ今そんな小松さんサイトからの話も聞きましたけど、
ジューンさんとしては事前に小松さんがちょっと怪我で来るかどうかみたいなのも聞いてたと思うんですけど、
まあそんな中でこう、まあやっぱり来るということで、オーストラリアでハグした時の心境とかってありますか?
ハグした時の心境ではないんですけど、まあ来れるって決まった時がね。
あの、これ去年のレースの後にこう、みんなでぼーっと待ったりしてる時に、小松さんに入れて、コーヒーを入れていただいたんですね。
レースの終わった後。
レースの終わった後ですね。
レース会場。
レース会場で。
みんなやっぱりぼーっとしてるじゃないですか。
その中でコーヒーを入れていただいたんで、それがすごく美味しかったなぁと思ってて。
で、今年来ると決まって、あ、またコーヒー入れていただけるんだなぁっていうのはすごく安心しましたね。
じゃあそのコーヒーを楽しみに。
コーヒーをすごく楽しみにしてました。
ありがとうございます。
はい、そんな小松さんの一方で、吉田さんは、まあ怪我ではないと思うんですけど、
吉田さん、吉田さんといろんなこう、事情というか、スケジュールを抱えながら。
はい。
はい、どうでした?
そうですね、前段としては、4月にですね、大きいレースを2つこなして、
1つは先ほどから申し上げている、国内のラッシュタサムライ、木島大寮大会の方で、
76ラップで500キロオーバーですかね。
で、その中12日で、アメリカのニューヨークの方で、
まあそれがメインレースであったんですけど、10日間走。
まあ私が今、日本記録を誇示している10日間走において、
一応記録としては1149キロという形で優勝という形でしたんですけれども、
まあちょっとレース中に、疲労骨折というかですかね、
国内に帰ってきたから疲労骨折という診断もしっかりされたんですけれども、
まあ経験上これはもうレース中に疲労骨折だろうというところで、
一時的に走れない状態の時間帯が長く続いて、
まあそれで帰国をしているというところの中で、
4月の走行距離でいうと、レース含めて1800キロ走っているというところの中で、
今回のレッドカブーアリーまでは1ヶ月弱ぐらいというインターバルがあったんですけど、
まあ普通の方からすると、それよりもだいぶ短いかなというところかと思うんですけれども、
その疲労骨折も含め、おそらくそこの疲労という部分が蓄積しているところでですね、
実際あのレースの直前で言うと10日前ぐらいにようやく普通に走れるようにというか、
疲労骨折の痛みもなく、疲労もなんとなく取れているであろうという状態の中で、
やっぱりそこの見えないものっていうのが、やっぱりちょっと自分の体を過信してしまって、
レースに臨んでしまったかなというのは正直あれもあるかなと思います。
実際の直接的に言いますと熱中症だったり脱水かもしれないんですけれども、
そこの前段の中のスケジューリングによる故障だったり、
体調不良、疲労ですかねっていうのがやっぱりこう蓄積したものが、
実はすごい大きい理由だったのかなと今思うと。
ちょっと予報は絶対してたんですけど、大きく採用したではないかなと今は思ってます。
ありがとうございます。
本当に私とか小松さんもそうだと思うんですけど、吉澤さんがストーリーズとか見てて、
疲労骨折してるなって、走りながら治すとかちょっとよくわかんないこと言ってるけどっていうのがあったんですけどね。
疲労骨折を走りながら治すっていうのはどういうメカニズムですか?
疲労骨折正確に言うと折れてはいないという形ですね。
過去も疲労骨折って本当に学生時代から非常に何回も経験してますし、
このウルトラランニング始めてからも何回も疲労骨折の診断をされたことはあるんですけど、
そのたびにもちろん普通に考えたら何週間とか、場合によっては何ヶ月っていう休養期間、回復期間が必要な中で、
自分の中ではある程度走りながらというか、それはホームとか気をつけながらですけどもちろん、
それで体を動かしながら治せるという、それも過信かもしれないんですけど、
経験も自信もあったので、そういう治し方って言ったら語弊があるかもしれないんですけども、
やりながら回復というか治療をしているっていう感じをしてきたという感じですかね。
良い子は本当に真似をしないでいただきたいと思っております。
小松さんなんか質問とかありますか。
質問じゃないんですけど、僕はMLAとって、疲労骨折の手前のアキレス腱の付着部の炎症だったんですよね。
あと足首周りに水が溜まってて、それで僕は疲労骨折の手前で歩くのもきつかったのに、
なんでこの人は疲労骨折で走ってんだろうっていうのがちょっと半分なんかちょっとやさぐれてたというか、
なんでこれ疲労骨折でこの人走ってんだよ、俺なんでこれ疲労骨折まで行ってないのに歩くのもできねえんだよって言って、
クソ、先だろみたいな感じでちょっと思ってます。
で、でもなんとか行ければいいなとはちょっと思いながらね、すごいなとも思いながら見てますと、
そこまで疲労骨折しながらもバイク越えたりとかしてるのも見てて、なんかすごいなって思いながら見てましたね。
ありがとうございます。
まあね、そんなお二人が骨とか筋肉とかの不安とか、疲労を抱え、不安とか故障を抱えながらデッドカワガリに向かって来られたってことですけど、
逆に私はどっちかというとやっぱこう3ヶ月バックヤードを続けた結果、結構免疫が弱くなっていたのか、直前にこう風邪を若干ひいたりとか、
3ヶ月の間で2回ですね、計2回引いて、で直前でデッドカワガリの1週間前に若干風邪気味かなみたいな、
まあでもそれはなんとかオーストラリアに来る頃にはもう鼻水とかそういうのも止まって食い止められたんですけど、
まあ若干そんな、まあね、皆さんご存知の通りいろいろ詰め込むといろんな影響があるよねという。
今日顔がかなりふけ込んで見えてたけど、レース後から見たのに。
どうですか?
今まで見た中で一番おじいちゃんみたいな頭が、ふけ込み方をしてるなっていう。
本当ですか?
うん。
そんな印象を受けたけどね、レースの後からなんかあれ?
なんで?
なんとおじいちゃんみたいな。
そうですね。
まあまあでも、なんとか皆さんスタートに立てたということですけど、
スタートに向けては、5月の30日スタートで、その前の火曜日に吉田さんと小松さんが先にゴールドコースト移領して、
私がそこに送れるように、水曜日ですね。
本来は水曜の午前中にゴールドコースト着くっていう予定だったんですけど、
シドニーで一回トランジェットを挟むという、その飛行機が4,5時間遅れるということで、
結局ゴールドコーストをたどり着いたのは水曜の夜という、そんな中でしたけど、
木曜日には現地のテッド川ガリーに向かうということで、
正確に言うとテッド川ガリーから若干1時間ぐらい離れた宿泊地に乗り込んだということですけど、
レースに至るまでの滞在期間の過ごし方とか、その時の心境とか、吉田さんどうですか。
そうですね、こちらに着いてからは、ジューンさんのご自宅でゆっくり休みつつ、
着いた翌日ですかね、夜着いて翌朝には、そういうこと小松さんとビーチの方に、
何キロぐらいでしたっけ、朝の14キロぐらいですかね、軽くジョギングをして、
14キロでした。
14キロぐらい、結構走りました。
それでちょっと曇りだったんで、ゴールドコースト感はなかったですけどね。
それで一応軽めの体も動かしをして、比較で気分的にはリラックスしてたかなというところであります。
本当ですか、ずっとパソコンなんかやってるみたいで。
いや、大丈夫です。
わざわざ言うことじゃないかもしれないですけど、吉田さんも小松さん、お二人との社長ということで、
ご多忙な仕事をやる中でという感じだったのかなと。
小松さんどうですか、レースまでの滞在期間は。
そうですね、特に大きなトラブルもなく、こちらの方でも栄養のある食事を取ることができて、
睡眠自体も飛行機でちょっと、飛行機中に本当は寝ないで行って、
飛行機着いてからこっちに着いて、ちゃんとその日の夜にきちっとたくさん寝たいなというふうに思ってたんですけど、
飛行機の途中でかなり寝てしまったので、飛行機の中で爆睡しちゃったんです。
で、ちょっと自作語弁になるなとは思ったんですけれども、
ただこちらの方に来てからも、ちょっと睡眠をきちんと取るような努力をして、
なんとか整えることが最低限できたかな。
私もちょっとやっぱり自作語弁はどうしてもあるというか、
自作語弁というか飛行機によるジェットラグみたいなものっていうのが出てるなっていうのはもう避けがたいことではあったんですけど、
ただそこまでクリティカルにもう昼夜逆転しちゃいますっていうような深刻なものにつながったりとかはしなさったから良かったなという感じですね。
はい、ありがとうございます。
私もリラックスして当日を迎えられたということなんですけど、
今回この3人の選手だけではなくて、
じゅんさんを含めると3名のサポートクルーが私たちに対等してくださったということで、
ここにいるのは今じゅんさんですけど、
他の2人のサポート体制の話をじゅんさんからしてもらっていいですか。
どんなメンバーだったんでしょうか。
今回サポートはなかなか見つからなかったんですよね。
それで本当にいろいろシドニーの方のランニングクラブの方にもいろいろブリスペン関連の方に声をかけていただいても残念ながら見つからない。
私の方でも友達の方に何人か話したんですけど、
やっぱりレッドカウってブリスペンからちょっと遠い部分があって都合が合わないということで、
結局三田夫さんの奥さん、あおいさんが来てくれることになりました。
それからシドニーの時、私もシドニーに三田夫さんのサポート行ったんですけども、
その時の、あれクラブの名前何でしたっけ。
アッキュアウルトラランクラブです。
アッキュアウルトラランクラブ。
バークですね。
そちらすごくいろいろメンバーたくさんいてテントとか全部シドニーに貸してもらえる形でサポートまでしていただいたのに、
その時の、その時ランナーですね。
今の年齢別世界記録保持者でいいんですよね。
のピーターさんが、サポートにわざわざシドニーから来てくれるということになって、
なんでシドニー、ピーターさんとあおいさんと私三人という形でサポートになりました。
はい、ありがとうございます。
そしてそのサポート人は金曜日の夜、レースの前夜に現地、現地というか宿泊地にこう合流、後からしてくださったと。
そうですね。
はい、いう感じですね。
はい、ありがとうございます。
ちなみにそのピーターさんは年齢が62歳。
61歳ですかね、確かね。
61歳で41?
43でしたっけ?
はい、の自己ベストというのが60代、61歳の世界記録というランナーとしてはすごい方という感じで、
当日のスタートを迎えるのに44分、ここまで話してきてしまいましたが、
レースにも話を入っていきたいなと思います。
当日が5月の30日で朝の7時、日本時間で言うと朝6時というスタートでしたと。
準備とかはいいですかね、スタートを迎えた時、最初の序盤の走りみたいなところとか、
走り始めた時のご自身の体調をどんな風に感じたとか聞いてみたいんですけど、
こまちゃんどうですか。
僕自身は去年実は2ラップ終わった時点で足がかなり張ってる状態になぜかなってしまったという状態で、
そこからいきなり2ラップ目の休みからサポートの方にマッサージしてもらうみたいな形で、
今年はそういうトラブルがなく、本当に序盤入った感じだと足に違和感もなく、
怪我してたところも幹部が痛み始める、うずき始めるというようなこともなかったので、
トラブルなくいい形で走り始められたなというのが自分の印象でしたね。
きっと安心というような感じでした。
去年と比べるとスムーズに滑り出せたなみたいな。
そうですね。ありがとうございます。
そして吉澤さん、デートカバー初なわけでしたけど、走ってみた時のフィーリングとか、
ご自身の体調はどんな風に感じましたか。
まずコースとしては初めてのコースということがあって、
前日に荷物とか置きに来ていたものの思想とかまではできなかったので、
最初の数ラップはサーフェスというか、シューズのチェックをしようと思って、
基本的に今回3足持ってきたんですけれども、
普通のランシュー2足、それからトレイルのシューズを念のため持ってきたというのがあって、
一応主に3つあったのをどれがサーフェスに合うかなというのを1,2,3ラップで変えて試したというのが、
まず序盤のところです。
その結果、3ラップ目に、普段トレイル全くやらないんですけど、
一番トレイル用の今回のニューバランスのシューズ、
普段全く履かないやつを、それが結構フィットしたので、
その後は、以降はそのトレイルシューズをメイン履きました。
先ほどの体調面というところで言うと、
もう3ラップ目ぐらいからちょっと違和感を実は感じだしていて、
ちょっと思ったより汗が出ているなというのと、
少し眠気が実はあって、
この感じって過去の経験から言うと、やっぱりちょっと熱中症気味かなというのはちょっと思い出している中で、
まだ本当に序盤の序盤だったので、
ちょっとやり過ごせば回復できるかなと思いつつ、
ちょっとペースとか色々変えたり、歩きの部分をちょっと増やしたりということで、
ちょっと数ラップ、様子を見るというところから始まりましたね。
ありがとうございます。
そして私ですけど、私も落ち着いて、
去年ってそんなに大きくは変わらず落ち着いて入れたかなという感じですね。
結構シドニーで知り合ってた方とか、
去年の出会って顔が悪いで会ってた方とか、
序盤はそういう人と今年も会えたねみたいなそんな話をしながら、
楽しみつつレースを走れてたというそんな感じですけど、
お互いのそのペースみたいなところで言うと、
吉澤さんがだいたい40分くらい。
私41から3の間くらいですかね。
多分私が45、6分。
で、小松さんが?
多分最初のほんと言いは50ぐらいだと思うんですね。
っていうそんな感じでそれぞれお互いのペースで走ってたというところですけど、
じゅんさんにも先週の序盤の印象、なんかどんな風に見えてたかちょっと。
序盤の印象、サポートしてるとだいたいもう最初のどれぐらいですかね。
6時間、12時間ぐらいっていうのはもうなんかあんまり何も普通は普段は起こらない。
選手も様子見してるのかなという印象が多い中、
ちょっとまあ私個人的にはその吉澤さん汗かいてるのはこの人汗かきなのかなというのは感じてたんですけども、
吉澤さん会うのは初めてだということで、
この人はこういう人なのかなという、そういうイメージでいたんですけども。
その後サポート、多分去年もそうだったのかな。
人数が多いと言うときは最初のうちに何が必要かなって買い出し中に行くことがあって、
で私はまあその、ちょっと様子を見て買い出しに行ってる間に、
ですね、
降りちゃっていいですか。
大丈夫です。
吉澤さんが日中症、日中症?日中症?で、
首をつった。
そういうのおかしいですよね首をつった。
首をつった。
いい言い方ですけど、首をつっちゃって田谷さんに会えたということで、
正直すごくびっくりしました。
コウホーにぃの口から何が起きたんですか。
そうですねあの先ほど申し上げたように3ラップぐらいからちょっと体の違和感というか、
ちょっとおかしいぞと思っている中で、ちょっとあのやっぱ体も重くなってきてるんですね。
で汗をかくのは結構日頃からせっかきであるので、
ただあの先ほどちょっと冒頭の方に申し上げたように、
乾燥している中でもちょっとベシャベシャな雨、
ちょっとTシャツの濡れ方が思いのほか湿気のある時のようなかき方で、
ちょっと危ないかなっていうのはちょっと感じだしてたんですけど、
まあ序盤だったので先ほど言ったように回復はできるかなと思いつつ、
そしたらリバースになった時、あれ何ラップ目でしたっけ。
6終わった時とかそれぐらいですよね。
はい。
6ぐらいだった。
でリバースになった週からかなりこう違和感が広いというか、
結構それこそこのピクピク痙攣するような体、別に釣りまではしないんですけど、
体がこうひくひく言うようになって、
で普通な足とかはまあよくって言ったらいいですけど、
釣りやすい部位かなと思うんですけど、
いきなりまずちょっと首の話がありましたけど、
背中がちょっと釣り気味というかなんですかね、後背筋あたり。
で上半身するって、まあ過去もちょっと腹筋とかあるんですけれども、
やっぱりこう上半身で言うと心臓の部位があるっていうところで、
心臓を最悪釣ってしまうと命の危険性さえあるっていうのは認識をしている中で、
背中は釣り気味になりつつ、ちょっといろんなところが痙攣を押し出してて、
それで2ラップぐらいは行ったのかな。
実際リバース多分3ラップ目だと思うんですけど、リバースになって、
でちょっとこれはまずいなと思うぐらいの状態になって、
最初からほぼ歩き状態で、このラップは60分目いっぱい使って、
歩きで回復させようっていう形で、
でお二人にもあの時抜かれたんですよね、序盤の方で。
でまあお二人にもちょっと軽く状況だけは話して、
ちょうどその抜かれた後も、もうだんだんだんだん具合というか調子が悪くなって、
で首のあたりがそれこそ、ちょっと首ずり中って言い方がそれが正しいかどうか分かるんですけど、
あの首の喉のボトケのあたりですかね、がひくひく言ってビキンってきたんですよね。
でこれはちょっと抑えればなんとか堪えられたんですけど、
それがなかなか直らないというか、でちょっと息も苦しくなってきたので、
ちょうどあの半分ぐらい、距離感で言うと3キロちょっといったぐらい、
ちょうど中間地点ぐらいでもう完全これはやばいと思って止まって、
ちょっとまた様子を見ようと。
でちょっと落ち着いてきて、後ろからもどんどん抜かれてしまうので、
で皆さんにあのオーストラリアの選手の方に声かけられな、大丈夫大丈夫って言いながらだったんですけど、
でちょっと落ち着いてきて、まだ走れば間に合うなっていう時間帯ではあったので、
ちょっとまた走り始めたんですけど、本当に数十メートルいったぐらいでまたビキンってきてですね。
でそんな時に本当に瞬間的にいろんな思いというか考えがいろいろ浮かんできて、
まあ多分これはまずい本当に下手したらっていうことになりかねないなっていうのと、
まあちょっと序盤すぎるっていうものもありつつ、一応今後のこともあったり、
まあいろんなことを駆け巡って、まあこれはちょっとここのもうその周回で、
これはあのちょっと今回は終わりにした方がいいかなっていう判断もして、
でまだ自分が動けるというかあのしっかり判断ができるうちに、
本当にダメになって本当に回収されるとか、
っていう状態の前に歩けはしたので、ちょっと我慢しながら歩いて戻ろうという決断にしました。
でまあ本当に走ればまだ間に合うぐらいの時間帯だったんですけど、
そこもある意味無理せずしっかりある意味こう、
まあレースをある意味皆さんのためにも台無しにしないように歩いて、
で途中あのその時からリバースまた切り替わって、
ミシャオくん小松さんともすれ違って、
ちょっとタッチさせていただきましたけれども、
そういう形で本当に自分のPBとかからずっと本当に劇的に少ないラップで終わらせていただいたんですけれども、
まあ今思うとその判断は正しかったなというところですね。
レース単体で考えたらすごい残念な結果であるんですけれども、
あの今はあのそんなにこう悔しいとかっていう気持ちよりも、
まああのそういう判断をして良かったなとは思ってます。
はいありがとうございます。
ちょっとね、あの私たち小松さん、私と残り走ってるメンバーとしても結構こと動揺したというか、
今7ラップ目で、いやなんか吉田さんがちょっと熱中症でヤバそうみたいなので走り始めて、
ちょっと気にしながら走ってたんですけど、
まあちょっともうゆっくりから先行ってということで、
なんか僕らとしてもなんかできることがあればとはちょっと思いつつもなかなかこう、
まあちょっとまあゆっそくゆっくりご自身でちょっと整えて、
まあきっと来てくるだろうなと思ってまあ先に進んだってことですけど、
で実際こう8ラップ目スタートするときに、9ラップ目ですかねスタートするときに、
吉田さん戻ってあれ来てないよなみたいな、
でギリギリに入って人混みに紛れちゃってるのかなみたいな話も小松さんとは知ってたんですけど、
まあ最終的なコース上で戻ってくる。
我々がこう最初の1キロとかを進んでるときに戻ってこられたってことで、
ちょっと小松さんとどんなこう心境でかなか。
うーん、そうですね。
なんかちょっと何が起こったんだろうっていうので若干ちょっと混乱していたのと、
なんかいつも吉田さんにごめんって言われて、
なんかいや全然ごめんじゃないですっていうのと、
なんかあとは多分その吉田さん自身も悔しい気持ちが相当あるだろうなっていうようなところをなんか察すると、
なんか自分自身どうそのいろんな感情がガーッと一緒に入ってきて、
っていう感じでしたね。
なんか本当言葉にもならないというような感じで、
ちょっと確かお声をなんかかけることもできなかったような感じで、
お疲れ様でしたとも言えないとか、
なんかそういうなんか心境で、
何って吉田さんに追いかけすればいいんだろうっていうのがわからなかったりとかして、
っていうなんかちょっと自分もなんかいろんなことで整理ができないような状態で、
わーってもうすれ違ってしまったっていうような感じでしたね。
そうですね。
実際小松さんと私は過去4回、今回で4回?
あ、じゃないですね。
過去5回一緒に走ってるんですよね。
一番最初のTACAON、2023年の大会、
で、その次が2020、4年の、あ、2025年か。
炭沢。
炭沢大会。
で、去年のデッドカウガリー、去年10月のVIXX、そして今回で5回目と。
なんとなくこう、お互いの弱みとか、こういうふうに見えてても実際大丈夫なんだなとか、
そういうのがわかってたんですけど、実は吉田さんと我々自体は初?
そうですよね。
本当に初めて。
レースで一緒に走るってことだよね。
レースとしては。
会場にいて、吉田さんが選手に出てるとか、なんかそういうようなことはあったんですけど、
そういう意味でどういう走りとかいつもの傾向があるのかもちょっとまだ探りかねてる中で、
なんかすごい早めに着いて、帰ってきたらもうタオル当ててリクライニングで倒して寝てるなっていうので、
やっぱさすが温存を最初からしてるんだなぐらいの思っていたら、
実はそれはもう熱中症の症状が出てたみたいな。
信号は出てて、最初はもともと比較的最初から寝るっていうスタイルは今までのレースも一緒なんだけど、
中身を見るとやっぱりそこの傾向が少しあって、っていうのは確かにあったかなと。
普通の睡眠じゃないっていうか、普通の休憩じゃないっていうのはちょっと体の違和感っていう表現しましたけど、
あったかなと思います。
ありがとうございます。
はい、っていうところなんですけど、そっからはちょっとご自身のことを整えたり、
吉田さんされた後、サポートに回ってくださったということで、
ちょっと立場が変わった状態でこの後のレースがどうだったかっていうのを一緒に振り返っていきたいなというところで、
サポート、ここにいるメンバーでいうと吉田さん、そしてじゅんさんがサポートに回ってくださって、
残り小松さんと私が走り続けてたというそんな感じですというところですけど。
なんだか雰囲気暗くないですか。
吉田さんの場面で。
明るく言いましょう。
吉田さんにちょっと一つ聞いてもいいですか。
あの場所で吉田さんが辛そうになってた時に、後ろから抜いて声をかけていく時に、
ちょっと俺辛いからゆっくり時間いっぱいかけていくからって言って、
大丈夫ですかって、大丈夫なんとかなんとかできるからっていうような形で、
分かりましたじゃあまたっていうような形でありましたと思うんですけど、
あそこは自分もそんなにめちゃめちゃDNFになるような深刻な状態だとは思いもしなくて、
でも逆にそれが分かってたら一緒に行きましょうよって言えたと思うんですよね。
あの時って一緒に行ったらなんとかなってたりとか。
おそらくなんとかなってなかったかなと。
逆に特に後から声かけていただく小松さんには迷惑かけたくないし、
それで遅れて、序盤なんでそこまで影響はないかもしれないけど、
心配かけたくないっていうのと、影響を少なからず与えちゃいけないかなっていうことと、
でもやっぱりその後、本当に症状悪化していったので、
仮にちょっと弾いてもらっても難しかったかなと、今思うとあのラップは思ってます。
なんかちょっとそうなんですよね。ミッチャロとも話してたんですけど、
やっぱりあそこ2人引っ張った方が良かったのかなっていうのは、
ユスさんのDNFが分かったタイミングでミッチャロと同意して、
話したんですよね。自分たちに何かできることってあったんじゃないか、みたいなことを話してて。
ただ序盤も序盤なんで、僕たちも装備をほとんど持ってなかった状態だったので、
僕はミッチャロはいつもバックに入ってたから。
自分はあんまり装備は最初の頃に緊急時に使うようなものとかっていうのは一切持たずに結構走ってたので、
ちょっとできることっていうのも限られてはいたと思うんですけど。
そんなことを感じて、あれはなんとかできなかったのかなっていう。
でもその後、やっぱりバックヤードの怖いところは、
やっぱり1時間の以内で対処しなくちゃいけないっていうところで言うと、
それこそ私がある意味得意として時間相当大きい違いですかね。
本当に時間相当だと本当に数時間休んで、また盛り返すっていうことはできるんですけど、
やっぱりバックヤードの怖さっていうのは、この1時間以内で走って、
プラス休憩の時間帯、10分、5分の中で回復させなくちゃいけないっていうところの怖さというか、
それができない時間帯的にっていうのが今回の大きいと思うのかなと思います。
実際、本当に2時間ぐらいリクライニングで休んで、しっかりちょっと補給し直したら、
実際回復して、今回その後サポートに回らせていただいたので、
体的にもそんなに大きいダメージをある意味追わなかったっていう形で、
本当にその後本当にダメになって運ばれるとか下手した教育を話そうとかみたいにならなかったのは、
そういうある意味自分の正しい判断をできたかなと無理せずっていうのは、
そこは自分の判断が間違ってなかったっていうのはさっきの言ったようなことになるかなと思います。
ありがとうございます。