1. BUILD UP LOCAL!! / ビルドアップローカル
  2. #22‐3 ゲスト株式会社Es.relie..
2025-08-15 19:12

#22‐3 ゲスト株式会社Es.relier 取締役 宇山賢さん

今月のゲストは、

東京2020オリンピック金メダリスト(フェンシング・男子エペ団体)であり 

株式会社Es.relier 取締役 宇山賢さん

にお越しいただきました。

 

【今週のテーマ】

・東京2020オリンピックついて


【番組内容】 スポーツ×街づくりをテーマに、30年のスポーツ界でのキャリアをもつ常田幸良が、

スポーツを通じて街を盛り上げる様々な人にフォーカスを当て、掘り下げていく番組です。

番組の感想は各媒体のコメント欄、または X(旧Twitter)で #ビルドアップローカル

でよろしくお願いいたします。

【配信日】  毎週金曜日

【出演】  パーソナリティー: 常田幸良

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サマリー

宇山悟さんがフェンシングのオリンピック出場資格や選考方法について詳細に説明しています。また、東京2020オリンピックでの金メダル獲得の瞬間や無観客試合がアスリートに与えた影響についても語っています。宇山賢さんが自身のオリンピック体験とその後のキャリアについて話し、特にデータ分析や外国人コーチの導入が日本のフェンシング強化に寄与したことを説明しています。さらに、パリオリンピックの観戦や次回のロサンゼルスオリンピックへの期待についても触れています。

オリンピック出場資格について
BUILD UP LOCAL!!
BUILD UP LOCAL!!番組ナビゲーターの常田幸永です。
この番組は、30年のスポーツ界でのキャリアを経て、現在は地域金融機関に勤務している私が、ゲストの皆様とともに、スポーツを通じて、街を豊かにしようという番組です。
さて、今月のマンスリーゲストは、フェンシング・エペ・男子団体金メダリストで、東京都北区スポーツ大使の宇山悟さんにお越しいただきました。宇山さん、どうぞよろしくお願いいたします。
宇山です。よろしくお願いします。
今週はですね、宇山さんにオリンピックについて、いろいろとお伺いをさせていただきたいと思っております。
まず、オリンピックなんですけども、かなり道のりというのが厳しいと思うんですけども、フェンシングにおいて、オリンピックへの道のり、この出場資格というのはどうやって獲得するのか、その辺をちょっと詳しく教えていただきたいんですけども。
フェンシングはですね、テニスと同じような世界ランキング性を用いていまして、いわゆるポイントの持ち回り性ですね。
なので、例えばこの大会で優勝しましたってなったら、優勝に相当するポイントが個人に加算されるんですけども、それが1年間有効と。
なので、その大会にあたる来年の次の年度の大会で今度、例えばベスト8で終わってしまうと大幅にポイントを失ってしまうということで、ずっと気を抜けないような感じでシーズンが続いていくような競技になってます。
オリンピックの選考に関しては、特定のその選考期間というものが発表されまして、その1年間、約1年間ですね、そこのポイントっていうところで個人また団体というところでどれだけその選考ポイントを獲得したかっていうところがその枠のところの直接的な選考につながっていきます。
世界ランキングの上位何枠っていう考え方もあれば、大陸別ですね。やっぱり平等にそれぞれの大陸からできるだけ多くの国から選手を派遣してほしいっていうような、基本的にIOCというかオリンピックの考え方はそこにあるので、各大陸、私でもいうとアジア、オセアニア枠というところから何枠っていうところがまた別に個人と団体で枠が設けられています。
それは今までの積算ポイントですね。選考期間のポイントで枠が決まっていて、そこでもう権利を得られなかった、これは団体じゃなくて個人のみになるんですけれども、最終予選というものをまた各大陸で行って、そこで上位何名という形で、確かパリの時は2枠だったと思うんですけれども、それでプラス2位とか3位とかっていうのは各種目、男女で行われてオリンピックの出場者が決まるというような、そういった形で選考しています。
試合スケジュールと海外遠征
なるほど、ポイントの積算ということなんですね。結構休む暇ないですね。
そうですね、その中で大会もランクがいろいろありまして、通常のワールドカップ、サッカーでいうとワールドカップで4年に1回なので、全然いっぱいやっているようなイメージ、おそらく皆さんないと思うんですけれども、フェンシングの中では一番多いのはこのワールドカップという大会になるんですね。
これが個人と団体のポイントを獲得できるような試合になります。その次にグランプリ大会というのがありまして、これは個人のみの大会です。団体は行いません。ワールドカップという大会よりも個人戦のポイント数が高い大会になります。
その次に各大陸別の我々で言うとアジア選手権というものがありまして、それはワールドカップと同じようなポイントをもらえる。それを世界じゃなくてアジアという狭いエリアの中で同じポイントをもらえるのでチャンスです。
最後は世界選手権。これが個人団体ともにポイントが一番高い大会になるので、ここでメダルを取れるとかなりオリンピックはぐっと近づくような。またそこでうまくいかないとオリンピックはゴンと離れてしまうような大切な大会になります。
フェンシングに関しては世界選手権をオリンピックの年はオリンピックに変える。いわゆる世界選手権とオリンピックを同時でやるんじゃなくて、一緒の大会として行っているというのがフェンシングです。
海外遠征ばかりですね。どれだけ行くんですかね。
大体10試合ぐらいは回っています。僕は興味本位でどれだけ海外に滞在しているんだろうというのを現役中のやつを計算したことがあるんですけど、そしたら約130日海外にいました。
なのでおそらく大体年間の3分の1は海外で生活をしていると。
実際のコンディショニングって本当に大変ですよね。行くというより暮らすっていう方が楽しいですよね。
遠征というか試合のスケジュールによっても結構変えてたんですけど、例えばヨーロッパの試合1があります。
次2週間空いてヨーロッパで別の試合2がありますってなった時にはもう行きっぱにしてます。
インターナショナルキャンプというか、どこかクラブチームだったりとか、どこかの国がキャンプをやるからというので集まって合宿をさせていただいて試合に臨むということも結構ありました。
東京2020オリンピックの経験
そして次なんですが東京2020についてちょっとお聞きしたいと思うんですけども、APの男子団体ということで金メダルを獲得されたんですけども、代表決定の瞬間どういう感じされたんですか?
これあれなんですよ。僕代表決定っていうのは補欠だったんですよ。
補欠でも代表でしょ?
そうなんですけど、これも難しいルールがありまして、普段団体って4人で組んで活動していて、世界選手権の代表、いわゆる代表Aチーム、一番トップのチームってところって大体基本4人で編成されているんですけど、
4人全員平等に世界選手権だったりとかアジア選手権とか個人選も出れるし、団体選ももちろん全員選手として登録されるんですが、オリンピックだけ3名のみ個人選出場。
団体も基本3人エントリーでプラス1の補欠です。交代要因というような名称なんですけども、扱いが全然違いますね。
なのでオリンピック選手としてその場では確定がしない、内定しないという形になってしまう。
そうだったんですか。
どちらかというとああみたいな、楽戦みたいな、そっちの感じの方が正直強かったなと思います。
その後の例えばジャージですよね。当時オレンジ色というか赤とオレンジの間みたいな、すごい良いデザインだなみたいなジャージもオリンピック選手はもらえるんです。
ただオリンピック本番当日交代要因なんで出るかわからないから、とりあえずあなたの聞いているサイズは渡すけれども、使わなかったら返してください。
セレモニーももちろん除外ですし、いろんなレギュレーションとかも私の方には参加資格がないというような状態ですし、
あと地元香川県ですね、媒体の方々とかすごく仲良くかけながら応援してくださったんですけれども、
オリンピック代表に内定というのを出せないというので、じゃあこれどうしたらいいのかなみたいな、交代選手って見出し出しても伝わりにくいということでかなり悩まれて、
いわゆる代表メンバー入りみたいな、そういう形で文言をすごくご不便かけたなみたいな感じなんですけど、
ただ全てをひっくり返すチャンスが当日何らかの理由によって交代をして、試合のコートピストっていうんですけど、
ピストに乗った時点でオリンピック選手として確定がすると。ようやく同じところに立てて。
でも切ない話ですよね。
もちろんですね、どんどん今オリンピックの出場数も増えてますし、またアーバンスポーツとかいろんな新規スポーツも採用されていたりとか、
もちろんいろんな国地域、それからいろんな属性の方々が参加されるっていうのはすごく僕も理解しているんですけれども、
やっぱりなかなか枠を増やせないみたいなんですよね。そういった意味合いもあるのかなと。それも重々承知はしていたんですけれども、やっぱり聖戦士は良かったなっていうのはやっぱりありました。
そうだったんですね。初めて聞いたな。
なので悔しい気持ちももちろんあったんですけど、最後チャンスがあったので、その時に僕が悔しい気持ちを吐きまくってですね。
しかもみんながコロナ禍で苦しんでいる時なのに、それでも僕のことを支えてくれた人たちにまた支えてもらって、我々というかチームうやまとしてはどういう方針でいくかっていうところは、
まず交代しました。ピストに立てましたってなった時に、じゃあどういう状況なのかというと、基本的にはたぶん劣勢だなと。
いわゆるチームの状況はかんばしくないと。これをひっくり返すための起爆剤としておそらくうやまを投入すると。
じゃあそこで僕が大活躍をして、やっぱりうやまは必要なんだっていうものを自分で知らしめろと。そのためにちゃんと腐らずに準備をするんだということで、また前を向いて準備をしていたと。
素晴らしいなあ。かっこいい。かっこいいですね。
やっぱり僕もですね、昔から補欠だったりとか控えとか、いわゆるスポーツだけではなくて、おそらく例えば楽器とかですね、やられてる方もメインのところにはいられない悔しいご経験をされた方ってたくさんいらっしゃると思うんですけれども、
やっぱりそういうチャンスがまだ残されているとき、自分が何ができるか、もしそのチャンスを手にしたときに何が求められていてどういう未来を描けるのかっていうところを、
僕の場合は周りの人たちのおかげでそれを見失わずに努力を続けられたっていうのはすごくありがたいことだなと思っています。
なるほどね。あと試合なんですけどもね、東京2020無観客で行われたと思うんですけども、この無観客っていうのはアスリート選手にとってどういう影響を与えたのかとか逆に集中できたのか、その辺は上山さんの場合はいかがだったんですか?
私からするとフェンシングの競技会場において特に国内とかではですね、例えばお客さん超満員ですごく歓声が湧くっていう経験が逆になかったもので、
やっぱりヨーロッパ主体の競技生活を送っていたので、そこだとどうしても基本的にアウェイという中で戦っていたので、
自国の人たちがワーッと応援していただける空間っていうものは体験したかったなっていう興味ももちろんあるんですけど、じゃあいつも通りのパフォーマンスを出したかっていうとちょっと謎のルールもあるかな。
ただ観客は残念ながらお入りいただけなかったんですけど、配信ですごくメディアの方々に頑張っていただいたんですけれども、ボランティアスタッフの方々はかなりたくさん、
お手伝いいただいていて試合の前に頑張ってくださいねとか、フェンシング初めて担当になって知ったんですけどすごくかっこいいですとか、面白い競技ですねみたいな言っていただけるとパワーになったので、そういったホーム感というものはささやかに自分の中には持っていたという感じでした。
その中で金メダルを取りました。その瞬間はどうだったんですか。
そうですね。すごく4年間のシーズンを戦い抜くってまだしんどくて、プラス1年の延期とコロナ禍っていうところと、また後退選手とかいろんな悩み抜くような時間が続いていたので、それがちょっと一つ終わったなという開放感と、
オリンピックの経験
自分が世界一になったヨッシャーっていう高ぶりというか高揚感よりも、直近だとコロナ禍で自分の大変なのにオリンピックまで僕を支えてくれたりチームをサポートしてくれた人たちってたくさんすごくいらっしゃったので、その人たちに胸を張ってというか支え続けてよかったなって思えてもらえるような色のメダルを持ち帰れたのはすごくそこに安心というか嬉しい気持ちはありました。
これ前打ちでも言ってなかったんですが、一応持ってきたんですよ懐かしいメダル。
メダル?本当ですか?見せてください。
約4年前ですかね。
今ですね、私の目の前にメダルが…触っていいですか?
大丈夫です。ちょっと雑音になったらすみません。
重たい。すごいずっしりしてますよこれ。
やっぱり引退後にコロナ禍で大変だったということもありましてイベントとかそういったものが全然開催できなかったので
せっかく皆さん我慢していただいている中で何度か開いていただいたオリンピックのこのメダルを多くの人には見せたいなというのがあって
キャリアとしては多くの方と関わり合えるような普及だったりとかそういうところの活動につながっていたみたいな。
そういう証の傷がですね、たくさん。
本当に貴重なものをありがとうございます。
いやいや、とんでもございません。
最高のご褒美ですね。
いやでもこれは僕のメダルだと思っていなくて。
そういうふうにおっしゃるところがかっこいい。
ちなみに周囲からのご褒美とかってあったんですか?
周囲からのご褒美ですか?
例えばどこから賞金が出たとか。
そうですね。一応JOCの方からメダルの補償金というものと、あとそれから当時所属をしていた企業から少しいただいてという形なんですけれども
やっぱりお返しもすごくしたいなという時期だったので、例えば僕の母校ですね。
高校に電気審判機、フェンシングをする上で重要なんですけど判定する機器がかなり高いんですよね。
なのでその学校の予算じゃぐるぐるとアップデートできないので、それを最低限4台ぐらいですかね。
お送りをしてとか、もちろん全員にお渡しはしたかったんですけど、限られた方には時計とかオリンピックのモデルの時計があったので、
そういったものをお送りさせていただいて感謝を。
なるほど。素晴らしいな。
それで残りのお金というものは、ちゃんと次のキャリアのために大学院進学の学費に充てまして。
そうですか。わかりました。ありがとうございます。
さて一方ですね、昨年パリオリンピックが開催されて、もう引退されて、そのパリはどんな形でご覧になっていたんですか?
もともとですね、観戦もしたいなと思いつつ、普及で伺っていたんですよ。
現地の方に。行かれていたんですね。
日本オリンピック委員会が主体としているサポートハウスみたいなのがあってですね。
そこに日本のスポーツ、なるべく日本の文化を発展するような展示会スペースみたいなのがあったんですよ。
その一角でフェンシングの体験を。
これなぜかというとフェンシングというスポーツ自体がフランスが連盟として最初発足したスポーツで、実はフランスの国技になっているんですね。
なのですごくフランスの方はフェンシングにとって馴染みがあるということなので、
そういう交流のツールとして私が現地に行ってお客さんと県を交えて、もちろん日本人もそうですしフランスの方、それから他のオリンピックを見に来られている方々もそうですけれども、たくさんの方と県を交えさせていただいていました。
それから自分のキャリアとしても、私は東京オリンピックというものを無観客の開催だったので、ちょっと特殊な状況ではあったんですけれども、
選手という立場から中から見ていた視点はあったんですけれども、外から見た視点ではなかったので、ちょっと別の形で、コーチとかそういう強化スタッフという中ではなくて、
外のちょっと広い目でオリンピックを見られるという立場のために行っていました。
日本のフェンシング強化の理由
なるほどね、そうですか。またパリオリンピックでは日本のチームが大躍進しましたよね。
びっくりしましたね。
なぜ日本がこんなに強くなったんですか?
どうですかね、おそらくパリオリンピック終わった後にいろんなメダリストのインタビューとか、どうやって強くなったのかみたいなたくさん記事が出たんですけど、僕も結構いろいろ記事書いてたんですよ。
いくつかあって、一つは海外から外国人コーチを招聘すると、日本独自のメソッドを作ってフェンシングを強くしていくだけじゃなくて、やっぱり海外のスタンダードの考え方とかトレンドというものを直接取り組むためにコーチに来てもらって教えてもらうみたいな、
そういったものを段階的にフルでまず成功させて、その後エペサーブルという形で派生していったことが一つあると思います。
それからデータ分析というものをちょっと前の回でちらっと触らせていただいたんですけれども、そういったスポーツ科学ですね、科学的な知見というものでスポーツを支援していこうというものをスポーツ庁を始め、いろんなところで連携をしながら支えていただいたというところが、おそらくこの2つですね、今フェンシングが強くなっている大きな理由なのかなと思います。
そうなんですね。分かりました。次のロサンゼルスオリンピックに向けても非常に期待も大きくなりますね。
そうですね。次どうなるかですね。
今週はフェンシングエペ男子団体金メダリストで東京都北区スポーツ大使の宇山悟さんにお越しいただきました。来週は引退後のセカンドキャリアについて伺いたいと思っております。宇山さん今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
常田幸永がお送りしているビルダップローカル、本日はここまでとなります。
番組の感想は各媒体のコメント欄か、Xでハッシュタグビルダップローカルをカタカナでよろしくお願いいたします。
そしていつも番組をお聞きくださっているリスナー様に素敵なお知らせ、今月のゲスト宇山悟さんからプレゼントをいただきました。
宇山悟さんのサイン式紙を抽選で計3名様にプレゼントいたします。詳しくは渋沢くんFM公式Xをご覧ください。
皆様のご応募ドシドシお待ちしております。
お相手はビルダップローカル、番組ナビゲーターの常田幸永でした。
それではまた。
19:12

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