叱ることの影響
どうもハリーです。どうもイヤマンです。ゴロゴロ起業ラジオは、教育が紹介しているハリーとデザインが紹介するイヤマンがお届けする起業やスタートアップに関する話を有力紹介する番組です。
はい。小山さん。はい。叱ってますか?あるいは叱られてますか?叱ってないし叱られてないです。幸せですね。幸せなのかな?この歳になって思うのが叱ってほしいよね。
叱ってほしいですか?叱ってほしいです。たまに僕ら叱られてるわけじゃないけどさ、コメント欄で間違ってますよとか叱られるじゃないですか。なんでそんなこと知らないんですか?みたいなこと叱られるじゃないですか。
結構あれ、この歳になって言ってくれるの嬉しくない?それはありますね。
放置されるのがこの歳になって一番恥ずかしいんで、ちゃんと間違ったことそれ間違ってますよって言って指摘してもらってお前ちゃんとしろよって言われるのが結構ありがたいなって思うシチュエーションが増えてきました。
確かにね、叱られることでちゃんと見てくれてるんだなと気づかされるそういうパターンもありますし、間違ってたわ俺っていう気づきを与えてくれるじゃないですか。
これも指摘してくれなかったらこれから一生もっと恥ずかしい思いしてたぞという感じがあるんで。
それは感謝。
感謝感謝ですね。
感謝感謝ですね。
なるほどね。
じゃあ叱られたいということでなんですけれどもね、今日はねちょっと叱りについて雑談なんですけどしていこうかなと思ってますよ。
いいじゃないですか。
我々もリーダーとして親として様々な立場であるわけですから。
ええそうよ。
いかにして叱るべきかあるいは叱らないべきかというのをねちょっと話していきたいと思います。
今回はねちょっと本を読みまして、最近ねネットで少し前に話題になっていた叱れば人は育つは幻想というねBHP新書から出ている本がありまして、叱っても人は育ちませんよっていうタイトル通りの本なんですよ。
どうですか。
いや僕もそれめっちゃ賛成派ですね。
賛成ですか。
僕昔犬飼ってたんですよ。犬飼ってた時にご飯あげる時にさお座りって言ってお手おかわりでよしでご飯パクパクって食べるんですよね。
最初叱ってたんですよ。すぐに出した時に食べようとするから。叱っても全然効かなくて逆にめっちゃ褒めるようにしたんですよ。
そうすると犬の物覚えがめっちゃくちゃ良くなったんですよね。
その実体験を元に生き物って褒められた方が記憶に定着しやすいんだっていうのを感じたんですよね。
お供えながらに。
ワンちゃんを通じて。
ワンちゃんを通じてね。それ多分僕小学校6年生とかそのぐらいだったんですけど。
だからその叱って覚えさせるよりも褒めて覚えさせるみたいなことの方が効率が良かったんで。
割かし子供に対しても褒めることの方が多いですね。叱ると真似するじゃないですか。
叱るということを真似する?
そうそう。例えば娘がご飯中に味噌汁こぼすじゃないですか。
そうすると叱った場合ね。すごく叱ったとするじゃないですか。叱り方にもよりますけど。
お前何やってんねんお前ってこぼすなよこれせっかく作ったのにみたいなこと言っちゃうと、
その幼稚園とか学校とかで誰かが同じことした時に同じ反応してしまうんじゃないかなって思うんですよ。
お前何やってんねんみたいな。
そういう風なインプットがされるからね。
だからバジャーンって味噌汁とかこぼした時はまずは笑うよね俺は。
ゲラゲラゲラゲラって。
ゲラゲラゲラゲラって。豪快にこぼしたねと。やったね君と。
やったねと。花丸だ。
花丸だと。とりあえずお母さんに謝ろうかと。
パパも手伝ってあげるからとりあえず不幸と。
面白。
そんな感じかな。
めっちゃいいじゃないですか。
あんまり叱らないっすね。
僕もね叱らないんですよ。仕事でもプライベートでも。
そもそもまず叱るってどんなイメージですか。さっき叱られたいって言ったじゃないですか。
うん。
だったら叱ってもいいんじゃないですかっていう。
叱る。自分の思い通りに行かせたいみたいな感じなのかな。
はいはいはいはい。
自分の理想を押し付けてるような感じはあるよね。
そうですね。
こうあるべきだろ。べき論の圧力ですよ。叱るの。
べき論の圧力なの。
そうかもしれないですね。
例えば仕事だったらね。
打ち合わせに部下が遅刻してきたとか。
締め切りを完全に忘れていてクレームが入ったとか。
叱ることの実態とその影響
難しいよね。それは叱った方がいいもんね。絶対。
遅刻したとかさ。サボってたとかさ。
はいはいはい。
それは叱った方がいい。
難しいね。何を基準に叱るべきなのか叱らないべきなのかって決めてないですよね。
そうですね。
腹立ったら言うし。別に嫌と思ったら言わないしって感じだもんね。
腹立ったら言う。なるほどね。
腹立ったら言うですよね。はい。言います。
わかりました。
この本によるとまず叱るっていうのは基本的にはさっき小山さんが言った通りではあるんですが、
権力者が自分の支配が及ぶ範囲をコントロールしようとすることみたいなイメージですね。
うんうんうんうん。
相手をコントロールしたいっていうことですよね。簡単に言うと。
で、なぜ叱るのかって言ったら、相手がこういうことをしない方がいいなと私が思ったので、
それに対して相手の行動を変えたい、ミスを減らしたい、
例えば子供だったら危険な行動とか、事件犯罪に関わりそうな行動をやめさせたい、
みたいな思いがあって叱るという行為に繋がるわけなんですけど、
果たしてこれがどれだけ役に立つのかということなんですよ。
役に立つと思ってるからみんなやってるわけじゃないですか。
役に立つとか思ってないと思うよ。
思ってない。
人間って感情抜き者だから、もっと手前のもっと低レベルな現象で、
ムカついたから言うとか、腹立ったから言うとか、言ってしまったとか、
その程度だと思うんですけどね。
そうですね、それもありますね。
なぜ人は叱るのかという話かなと思うんですが、
それもおっしゃる通りで、
人間には良くないことをした人を罰したいという処罰感情があるんですね。
これはもうネット見てたらみんなそうですよね。
炎上した人がいたらこの人は叩いていいんだなって。
なんでそんなことするんですか。
炎上するもんね、アイロンね。
コメント欄見て、誰かが叩いてたら俺も叩くみたいな。
めっちゃ叩かれてるやん、この人みたいなね。
叩きたいっていう気持ちないですか?
僕あんまSNSやらないんでね。
ネットニュースとかでも、
タレントの不祥事みたいなことでもいいですし、
世の中の事件とかでもいいですし。
叩こうとは思わないよね、別に。
でも可哀想だなとか、何やってんだみたいなのは思いますよね。
身近な例でいくと、さっき言ったような、
ネットでちょっと自分と考えが合わない人がいるなとか、
炎上している人がいるな、みたいなことがあった時に叩きたくなる。
これはやっぱその、自分はこうあるべきと思っているんだけども、
それと外れた行動、言動をしている人を見ると、
この大きく自分の中で感情が動くわけですよね。
それが結構苦痛に近しい感情であると。
その苦痛から逃れるために叱ったりだとか、
批判したりをしてしまうという、
この本能的な部分もあったりするわけなんですね。
さらにその叱ることで、
特に子供とかで、「やめなさい!」ってやめるんで、その場。
そして、相手の行動をコントロールできるので、
あ、ようやく分かってくれたか、やっと伝わったねと、
もう気持ちよくなってしまうわけですね。
で、自分自身も苦痛から逃れることができるので、よかったと。
そういう人はこれからも叱り続けるよねと。
なんか味を占めますよね。
家庭内暴力とかにハマっていく、暴力オッドとかってさ、
そこで満たされてまた繰り返すみたいな現象になるじゃないですか。
その力と暴力で制圧すれば言うこと聞く、
この言うこと聞くのが気持ちいいみたいになって繰り返していっちゃうじゃないですか。
うんうん。あれも快感なんでしょうね。
快感なんでしょうね。
そらくは。詳しく分かんないですけど。
うん。なんかそれがエスカレートしていったバージョンだよね。
家庭内暴力とかって。
そうですね。だからもう子供に、「勉強しなさい!」って。
で勉強したら、「よしよし!」と。
言うこと聞いたぞと。
まあまあそうですかね。
これが良くないですよねっていう話なんですよ。
一応ね、今日本の紹介なんで、
これが正しいというよりは、
こういう視点もあるよねというのをね、
知っていただくと叱りそうになった場面に、
冷静になって考えられるきっかけになるかなということで、
やっていきたいんですけど、
なぜ叱っても効果がないのか。
この本は効果がないと主張しているんですけども、
なぜ効果がないのかということなんですけども、
叱られると人は防衛本能っていうんですかね、
防御スイッチが入るので、
その時に防御スイッチが入った時には、
逃げるか戦うかの選択肢なんですよ。
で、基本的には叱る側の方が関係性が上の場合が多いので、
戦うはまあ選ばれないですよね。
選ばれない。で、じゃあ逃げるになるんですけど、
逃げるといっても物理的に走って逃げるわけにもいかないので、
ごめんなさいとか謝ったりしたりとか、
とりあえず場を治めるという選択肢になるわけなんですけど、
その結果として今していた行動が止まるとか、
効果はあるんですけれども、
その方法って相手の叱られる側のネガティブな感情を利用して、
その人をコントロールしようということなので、
行動をすぐ止めるという意味では効果はあるんだけれども、
じゃあもう次同じことをしないようになるかという学習という観点で見ると、
それは全く成長しないという主張なんですよ。
なるほどね。
分かりますか?
なんとなく分かりますけど、
叱られて学習することもあるとは思いますけどね。
はいはい。
僕ね幼稚園の頃に三角座りしてる前の男の子の耳の中に石を入れたんですよ。
なしそうですね。
これすごい覚えてるんだけど、
その時に先生に叱られたんですよ。
はい。
そんなことしてこのちっちゃい石が耳の奥まで入れたら取れなくなるでしょうと。
うん。
同じことされたら嫌じゃないって言われて、
もうやったらだめだよって叱られたんですよね。
もっともっと強く叱られたと思うんですけど。
うんうん。
そこから僕、あそうだなと思って三角座りしてる前の子の耳に石を入れるのをやめました。
なんじゃそりゃ。
なのであの時叱ってくれて先生ありがとうって思ってますけどね。
うんうん。そういう場合もね、ありますよね。
あると思う。
うん。叱られて。
一概にその叱るっていうこと全般を否定はできないなとは思いますね。
うんうんうん。
叱り方によっては一定の効果はあると思う。
言われないと気づかないですもんねそれも。
そうそうそう。子供なんてもう好奇心の塊で無知ですから。
うん。
やっぱある程度教えてあげないとね。
教えてあげないとそうですよ。
教えてあげないし、その何かを抑制する、
ちょっと恐怖を伴いながらを周知させるみたいな行動も時として必要なのじゃないかと。
それはありますよね。
思いますけどね。
だからね、道路に走って行こうとするみたいな子供はやっぱ、
ジャラーッシュ!
その怒り方は車より怖い。
声にならない言葉をしてても危険だなっていうことだと思うね。
怖い色で伝えないといけないですから。
叱る必要性の検討
突然道路に飛び出すと意味の分からない言葉がお父さんから聞こえるみたいなね。
怖いと。
怖いと。だからやめると。
そうなんですよね。
そういうやっぱ危険、命に関わるとか身体に危険が及びそうな場合って、
もうほぼ叱るしかないんですよ。
ないですよね。
ないです。
それは仕方がないことではあるんですよね。
だからこの本ではそれが介入効果と学習効果っていう言葉が使われていて、
危険な行動をしている人がいて、
子供でいいんですけど、子供が危険な行動をしていますというときに、
親が割って入っていく。
これを介入効果と呼んでおり、
それはほぼそれぐらいしかないんじゃないかなと思うんですよ。
今すぐ危険な行動をやめないと、
マジでやばいと。
語彙力が危ないというようなときはいいんだけれども、
よくないのは、それで危険な行動をやめたんだったら、
そこで叱るのをストップとしていいはずじゃないですか。
危険な行動をやめるっていうのは終わったんだから。
ただその後にぐちぐちぐちぐちと、
あんたはいつもそうやってらーしてみたいな、
そのアフタートークが長いと、
それは余分だと。
確かにね。それは思いますね。
しっかりやめどき難しい問題っていうのが結構あって、
やっぱこの叱ってる方は、さっきも言いましたけど、
気持ちよくなっちゃってるんで、今。
叱らない方針の実践
やめてくれたぞということで気持ちよくなっちゃってるんだけども、
それをいつやめるのかというのもね、
やっぱ考えておかないといけないのかなと。
ちなみにハリーさんは、
社員の方とか、自分の子供とかに叱ったりするんですか。
叱ったりしません。叱らない方針なんで。
あ、そうなんだ。じゃあもうどうしようもない、
これちょっとマジでガツンと言った方がいいな、
みたいなことされてもグッとこらえて。
うーん、なんかその選択肢として、
叱るのイメージが人によって結構違うと思うんですよ。
フィードバックとかはありますよ。
なんかこれはあんま良くなかったねとか。
あー、はいはいはい。
そういうのはありますけど、いわゆる半澤直樹に出てきそうな、
この書類をパーンと叩きつけたり、
机をガンガン叩いたりする、
ちょっとこの圧をかける系の叱り、
みたいなのは全くしないですね。
でもこのコンコンと、なんか呼び出して2人で、
この会議室で、あれはダメだったよねみたいなことを、
悟す叱り方みたいなのもあるじゃないですか。
はいはい。
そういうこともしないですか。
そういうことはしますね。
それを叱るになるのかどうか問題はありますけど、
それは叱ると言うんだったらやってますね。
はいはいはいはい。どうなんだろうね。
なんかコンコンと言われて、
なんか絶対ハリーさんあれめっちゃ怒ってたよねみたいな。
会議室出てから、
いや社長すげえ怒ってたぞあれと。
やべえなもうこれもう二度とミスられねえなみたいなさ。
うーん。
でもそれは多分やられた本人は、
すげえ怒られたと思ってると思うよ。
あーそうなんですね。
冷静にハリーさんにすげえ怒られたと。
ハハハハハ。
まあ思われちゃったら仕方ないですけど。
思われないようにするのもこっちの技量ですからね。
なるほどね。
まあそういう面ではしますが、
うん。
まあでもやっぱそのみんなの前ではそういうのしないとか、
ある程度この自分の中でルールはありますよね。
じゃあ、
はい。
まあある社員のA君が、
はあこんなロールプレイさせられるとは思わなかった。
A君が3日連続で、
会議って言うとちょっとゆるくなるから、
クライアントとの打ち合わせ、
はい。
3回目に遅れてきたと。
はい。
30分くらい。
はいはい。
3回目です。
3回目。
3回目、はい。
どうします?
3回目までまあ。
全く反省してない感じで、
反省しとらんのかい。
いや昨日ゲームしすぎましたみたいな。
反省しろよそこは。
うんでしょ、ほらほら怒ってるよ。
ハハハハハ。
いやすいません社長、
昨日ちょっとゲームしすぎて朝起きれませんでした。
こういうやつが出てきた場合どうするんですか?
でもあんま言わない気がする。
えーそうなんだ。
えー。
言わずにもうその人にはあんま何もさせないですね。
あーはいはいはいはい。
もう仕事を与えないと。
これでもなんか昔堀江門さんが言ってたんですよね。
うんうん。
なんかその教育あんましないと。
うん。
でできないやつがいたら辞めさせるんですかって言ったら、
いや別に辞めさせもしないけど何もさせないっていう。
うーん。
みたいなこと言ってて。
はいはいはい。
だからそれの影響かもしれないですけど、
改善と予知がなければさせないですね僕は。
はいはいはいはい。
めっちゃ反省してると。
社長すいませんと。
ハハハハハ。
もう次は絶対遅れませんと。
はい。
次はもう絶対遅れないんでって言ってる場合はどうするんですか?
言ってる場合は何をするのかですよね。
今までその夜中にゲームをしてしまったせいで遅刻してきたんだったら、
じゃあどうするっていう話になりますよね。
どういう対策を打とうかっていう。
うんうんうんうん。
そこができそうだったら、
じゃあ頑張ろうねっていう。
で次のクライアントとの打ち合わせもちゃんと呼ぶと。
はい。
そこでちゃんと遅刻してきたらもうどっかで見切りつけちゃうんじゃないですかね。
ハハハハハ。
子どもへのアプローチ
もう次から呼ばないと。
仕事を与えないと。
与えないゾーンにいつかは入るでしょうね。
何回目かは分かんないけど。
うんうんうんうん。
どうしようもないやつっていますからね。
そういう回ですか?
いやいやいやいや。
こういうこと言い出すとあれだけど。
どうしようもないやつはいるからね。
そんなあなたはどうするんですか。
3回目で全く反省してなかったら、
もうクビです。
クビですか。
クビです。
ハハハハハ。
厳しいね。
はい、クビです。
うーん。
でもね、これなんかクビにしない方がいい説もあるよね。
なんかその仕事を与えない方がいいっていう。
そのクビにもしない方がいいっていうね。
クビにしても結局残った人の中から同じように。
また出てくる。
そうそうそうそう。
まあね。
いわゆる2対6対2の法則ですよ。
働きありの法則ですか。
そうそうそう。
うーん。
どうしようもないやつも一定数必要で、
その中でのそれを見込んで組織運営を考えなきゃいけないっていうね。
うーん。
いう説もあるんで。
でももう気持ちはもうそんなこと、
もうまあいいよってなるよね。
まあなりますよね。
うーん。
うーん。
まあでも基本は叱らないというところですかね。
叱らない方がいいですね。
俺叱ってまうわ。
でもそんなことされたら。
叱りね。
叱りの技術も結構難しいんでね。
うーん。
ただ叱っただけだと基本的にはあんまり学習に関しては役立たないというような意見もあるので、
じゃあそこをどう補うのかっていうのは叱るとセットで考えておいてほしいなと思いますね。
叱る人に。
なるほど。
なんでまあその怒られてる途中っていうのはもう早く逃げたいなとしか思われてないので、
そこで何かを得てほしいみたいなのは、
想定その基盤が整ってないんで難しいですよねっていうのが、
この成長に繋がりにくいから叱らない方がいいんじゃないっていう主張の一つの柱ですね。
うーん。
まあでも実際そうで叱るのが効果的なら、
叱れば叱るほど状況良くなるはずじゃないですか。
もう会社で叱ることでミスがなくなってみんなやる気が出るんだったら、
1日中管理職は叱りさえしていればどんどん良くなるはずじゃないですか。
うーんそういうものでもないような気もしますけどね。
そうなんですか。
やっぱメリハリじゃないですか。
メリハリ。
10回中9回褒めて1回叱るみたいな。
なんかありそうだけどね。
うんうん。
一番効果的な叱りのパフォーマンスみたいな。
めっちゃずっと優しくて今あの人怒ったこと見たこと一度もないわっていう人が、
もうここだって時にさっきのハリーさんのオラオラオラっていうのが炸裂した時にはさ、
もう何事だと思うじゃないですか。
そこはなんかね、
いやハリーさんがあそこまで怒ったって俺見たことないけど、
あんだけ怒るのって相当だよね。
出会った時にもうすごい抑制力ですよ。
今そのための舞振り期間だと思ってますからね。
一番怖いやつじゃないそれ。
いつか本気の怒りを。
あの人はめっちゃ優しいけど怒ったらやべえぞみたいな。
なるほどね。
いやー難しいねこの叱りっていうテーマは。
そうですね。
組織作りにおいて。
でも子供も僕は難しいんですよね。
叱らないと決めてるんですけど叱らないという縛りの中で、
いかに今この暴れている者をどう扱うかっていうね。
不可能じゃない。
いけんのそれ。
難しいですよね。
僕の方針はまず叱らないので、叱らないけど、
例えばじゃあなんかわかんないですけど、
もう歩きたくないみたいな感じで、
子供がもう路上でのた打ち回ってると。
その時に叱らないという縛りプレイをするとなったらどうするか。
まず歩こうと言って、歩いてくれたらもうめっちゃハッピーですよね。
同じ状況になったことあるわそれ。
ありますよね。
でも歩こうだけでは解決しないんですよね。
なんともプランBかと思って。
いくつかあるんですけど、
一番やっちゃいけないのは叱るもそうなんですけど、
その要求をそのまま受け入れるも絶対にしないと決めてるんですよ。
歩きたくないだったらじゃあなんか抱っこして歩くかみたいな。
そこも完全に飲むというのもしたくない。
どうしようとなって。
大体いつもやるのが、じゃあまず立ってくれと。
立つのができたらよしよしとなって、
じゃあもう抱っこしてもいいかと。
この1個何かクリアできたんだったらもうそこをゴールとして、
このターン終わりと。
ということでゼロにリセットして抱っこしてほしいんだったらしましょうよと。
いう感じなんですけどどうしてるんですか。
全く同じ現象になったことあって、1人目の娘の時。
もう本当にその場でじたんだして歩かないみたいな感じになった時は、
一緒にその子に座り込んでひたすら待ちました。
1時間ぐらいずっと座って。
1時間すげえ。
泣き止んで疲れてなんか眠たくなったんだろうねそれで。
そのタイミングで抱っこして帰りましたね。
まあでも本当1歳とか2歳とか。
すげえ根気強いですね。
感情の生き物なんでね。
もうこれはダメだと。
泣きじゃくってるところを無理やり抱っこして歩けたんですけど、
まあ1回付き合ってみるかと。
叱ることの影響
どんな感じなんだろうと思って自分も。
1人目の娘で初めての子育てでよくわからなかったんで。
とりあえず付き合ってみるかって言って、
前歩いてくる歩行者の人にめっちゃ見られましたよね。
見られますよね。
でももういいやと思って。
懐かしいけどそんなことありましたね。
でも1時間も時間ない時あるじゃないですか。
ある。
もうすぐ行かないと待ち合わせの時間に遅れるとか電車が行っちゃうとか。
もうそれは力技ですね。
だらー!
いやだらーとは言わないけど、
もう無理やり抱っこして歩くしかないですよね。
力技で。
そうなりますよね。
叱るか。
まあでもね自分が小学生とか中学校の時に先生に叱られた時って、
はいはいまた始まったと。
とりあえずこの場しのぐかみたいな感じだったんで。
そうなんですよ。
叱られた時にどうすればいいかだけは学習するんだけども、
その叱られないようにする行動を取らないようにどうしようみたいなことは全く考えてなかったんで、
ひたすら学校で怒られてても時計がチクタクチクタクっていうのを聞いてるだけみたいな状況でしたよ。
そうですよね。
小学校とか中学校の時に先生に怒られることって全然響かなかったよね。
今思い返せば。
なんか勝手に怒鳴っとるわーぐらいしか思ってないもんね。
だからなんか僕があんま叱らないというのも、
今自分がそのテリトリーでコントロールできる権力があるのであれば、
叱るに至った状況を作らなくて済んだんじゃないかとまず考えちゃうんですよね。
なんかその辺のそもそもそういう状況にならないような準備はこっち側でできたんじゃないの、
それはどうすればよかったんだろうみたいな感じのことになるんで、
叱るはその責任を怠った責任を勝手に相手に転嫁してるんじゃないかっていう。
全ては自分の責任だと。
まあ元を辿ればね。
誰かが間違ったことをした時ってどうすればいいんですか。
誰かが間違ったことをした時。
なんかさらっとは言いますよね。
良くない怒り方で人格否定と言われるじゃないですか。
お前はいつもそういう感じだからこういうミスをするんだみたいな。
そういうのやっちゃいけませんよねっていうのがあるんで、
伝えとかないといけないのかな、相手に自覚ないのかなという時は、
遅刻とかしちゃダメだよねぐらいは。
気づかせてあげるみたいな。
さらりと言うぐらいでいいんじゃないですか。
それでまた同じミス繰り返したらどうするんですか。
さらりと言うんじゃないですかまた2回目。
またさらりと。
さらりと言って。
それでも繰り返したらどうするんですか。
それでも繰り返したらもう何もさせないですね。
何もさせないになるのか。もういいです。
もういいですというか。
遅刻しても影響がないことをさせるしかないんじゃないですか。
ハリーさんって誰かと喧嘩したことないんですか。
大人になってしないですよね。します?
僕たまに嫁としますよ。
ああそういう。
友達とかあるいはこう街で肩がぶつかってどこ見て歩いてるんじゃ。
はいはい。そんなのはないけどね。
でも大阪で電車乗ってると結構面白いやりとり聞けますよね。
この前僕ゴリシカルとか全然話ちょっと脱線するかもしれないんですけど。
ちょっと若い高校生ぐらいのちょっと不良の男の子2人がいたんですよね。
で、電車が止まって扉が開いた瞬間に降りようとしたよね。
そうしたときに大阪のおばちゃんが入って来いよとした。
普通降りる人が先じゃないですか。
だけどそのおばちゃんはパワー系のおばちゃんで大阪の。
グワッて入って来たよね。グワッてやって。
その若い2人が邪魔じゃばばって。
荒れてんな。
邪魔じゃばばって言われたそのおばちゃんが
ばばちゃうわお姉じゃ言うてプシューって。
何それ。すごいな。
感情のやりとり。
確かに。
こういうのもあると思うんですよ。あるのかわかんない。
瞬発力だけで生きてる人たちじゃないですか。
瞬発力だけで生きてる人たちって
叱るとかって叱って自分を制圧したいとかっていうのを考える前に
もう出ちゃうから大阪とか特に。
そこのやりとり割かしごちゃごちゃ考えてやるよりも
ぶつけ合ったほうが話し早かったりする場合あるよね。
はいはいそうかもしんないですね。
ごちゃごちゃうるさいね俺はこうしてほしいねって
いや俺はこうしたいんじゃなくてどうすんねんどうすんねんってこうやって。
じゃあもうこうしようや。わかったじゃあそうしよう。
いやもう言うなよそれ。わかった。お前もそれ言うなよ。わかった。みたいなさ。
感じで解決みたいなさ。
それは別に叱るとかじゃないんだけど
もっとその前の自分の感情のぶつけ合いのコミュニケーションで
一個物事が収まるみたいなさ。そういうこともあるなと思って。
そういうのはお互いにコミュニケーションを取ろうとしてる感があって
良さそうだなと思うんですけど
一般的に叱るとかっていうと一方的にこっちから言う
向こうからは基本言わないみたいな
そういう関係性なのが良くないのかなと思うんで
対話の重要性
お互いにこのコミュニケーションをちゃんと相手の話も聞き
こっちの意見も伝えみたいなのができると
良い伝え方になるのかなと思いましたね。
お互いに相手の話を聞こうと。
それが大前提ですね。
じゃあ今日の結論はそういうことで
相手をコントロールしようとするのではなく
相手の話を聞いて演説的な話し合いをしましょうと。
すごい時間をかけて普通の結論になってしまった。
それだけテーマが難しいですよこれは。
難しいですね。
人によっても違いますからね。
ということで今回の感想をメールまたは
Apple PodcastのレビューSpotifyのコメントでお待ちしています。
二人でコメント欄を全て読んでいますので
今後の番組をより良くするために
あなたの感想をお待ちしています。
本週も聞いていただきありがとうございました。
また来週お会いしましょう。
さようなら。
兄弟番組のゴロゴロトーキングでは
ヤーマンがビジネス情報をゆるーくお伝えしています。
概要欄にリンクを貼っていますので
こちらもよろしくお願いします。