この番組は、中学の同級生の40代男性2人が、文学、社会学、経済等について、本で学んだことを魚に話す雑談番組です。
mossanさん、今週ですが、雑談ですね。本については一旦。
サブロの最近読んだ本に関しては、雑談の後にどこかで少し話しましょうかというところで、まずは雑談の方に行こうかなと思います。
今回ネタとしては、サブロも2個ぐらいで、私も2個ぐらい追加させていただきましたが、どっちから行きますかね。
じゃあ先に私のほうに行って、そこから後でサブロのほうに行って、でもサブロのほうはあれか。
まあいいや、そこら辺どうぞ。なかなか動かないからいいや。どっちに行きたいですかね。何か話したいやつあれば先に。
先にどうぞ。
じゃあちょっと軽めの話から行きますよというところで言うと、今週はリモートが4日あって、うち1日は就職しなさいみたいな会社なんですけど、
就職しているときに結構混むんですよ。混んで普通に電車の通路のところの真ん中ぐらいにちょっとギュギュの状態で立ってたら、
いわゆるツイッターを使ってる前の人がいて、その人のおっさんが何か読んでると。
何読んでるんだろうなって後ろから普通に見えるんで見てみると、グラビア雑誌、最近じゃ珍しいなと思って読んでて。
まあ普通に60代後半ぐらいのおっさんが読んでて、いわゆるフラッシュですね、雑誌で言うところの、そちらのほう読んでましたよと。
最近、堂々と読むなと思ったら、そのままたまに見てたら、途中から袋閉じんところで見出して、普通に読んでみる。
いや、いいんじゃないでしょうかね、なんか。
すげえな、昭和のノリの人いたなと思って、まさに今令和ですけれどもですね、そこら辺を見出したっていうところで、とはいえやっぱりね。
そういうグラビ雑誌とかそこで見てる人って、いたって普通な感じで見てて、結構個人的にグラビアが正直わかんない人なんですよ、私って、実は。
これまで正直写真集的なものにもハマったことないし、グラビア見てもうんぐらいの感じで、いわゆるエロはわかりますよというところなんですけども、
その間のグラビア的なものをどういう風に受賞受け取ればいいのかってところのノリがわかんないというかですね、逆にグラビア好きの人ってどういうテンション、どういうノリでそれを結構受用してるのかなってところがあって、
なんだろうな、どういう肌パンなのか、そういう意味ではサブラはそこら辺わかりそうだなという雰囲気があったんで、せっかくだからこれ聞いてみようかなと思いまして、
グラビア、普通のグラビア、写真集、普通になんか人気なお姉さんが写真、ちょっと水着とかで写真撮ってますよっていうのを見るときってどういう感情なのか。
エロいったりとかね、絵とかの美術とかに入ってくるやつとの、中間的にグラビアってことですね。
アートはわかるよ、アートは普通にわかるし、ヌードアートとかのそこら辺の体の美しさみたいなのは普通にわかるけど、
それとグラビアなんか近そうで近くなくて、なんだろうな、どういう感じなんだろうなっていうのが、数十年間いまったにわかんない。
見てね、非常に曖昧なので、なんだろう、やっぱりね、エロ本とそれからグラビアとでは撮り方が違うなーって、やっぱり。
まあもちろん、それはそうですね。どういう風な感じで写るかってところは当然変わってくる。印象としてやっぱ、いわゆる性欲的なものを掻き立てるような撮り方っていうところか、その人の可愛らしさとかその水々しさとかそこら辺を写すってところがあるのはまあまあわかるわかるんだよね。
それでまあ普通に女優さんだとかグラビアの人は綺麗だなーっていうのがあって、それはわかるんだけど、それでなんだろうな、それこそ写真集で2300円くらい出して買うかっていうと、うーんっていうのがね。
なんかそう、あれ見たから今アートの中間くらいっていう話があったけども、結構そういう風なアートとか絵画とかもいいけども、そういうのを見る感覚に近いんかね、どっちかとすると。
うーん、そう、なんかそんな感覚を。
いいも見たなっていう、あれに。
そうそうそうそう。
まあまあ美しさはあるからね、まあ確かにいわゆるアートとか画集とかそういう、まあ確かにそうですね、いわゆる漫画家だろうとか普通に美術家の画集とかは普通に買ったりするから、まあそういうのに近いっていうんだったらまあなるほどねっていう感じはしますね。
まあ確かに言われてみれば別にグラビア以外の普通の写真家の写真集自体は結構見て、そこで面白さは感じたりはするから、まあそこで近いって近いのか。
はいはい、でもありがとうございます。
ただ電車に乗ってたおっさんの気持ちはどうですか?
たぶんね、まあやっぱり一つは家庭にそういうの持ち込めないから渋谷駐港電車に乗ってるんだろうな年代的にもっていうことが一つと、あともう一つは路線っていうかさ、あの中央線でしょ。
まあまあまあ。
そう結構なんか中央線って結構なんか、JRの路線と東京に乗り入れる路線の中でもね、結構なんか濃い路線、といえば濃い路線だよなって思う。
まあまあまあ。
まあ結局ね、地方から都心まで一直線でやってるからまあいろんな属性の人が結構乗ってくるっていうところはまああるしね。
まあいわゆる都下の人たちも乗ってくるし、まあそういう意味では都心度着球のところと比べるとちょっと雰囲気は違うよなっていうのはあるよね。
うん、わりと考えとかも左寄りの人って中央線好きだよなっていうイメージも。
あーよく言うよね、なんか結構リベラルの人はだいたい中央線の、そうですね三鷹とかそういう吉祥寺とかそこら辺にいる。
でまあそれでさ、西予木とあと何だ、高円寺と阿佐ヶ谷はなんかこう運動家の人が寄ってたかってきて快速電車止めようとしたりとかね。
あるある。
福岡時代に会いましたね。
まあまあそれから辺は多分ね、東京の街の隣立ちとかね、そこら辺が結構営業してくるって感じかな。
はいはいはいはい、面白いですね。
ありがとうございます。
なるほどね。
なんとなくね、そう雰囲気はね、わからんでもないかなって感じですね。
フラッシュだったらさ、もしかしたらさ、こんなもんかと思って他の住客もやり過ごしてるかもしんないけどさ、
堂々とサピを読み出したらさ、どうなるかなっていうところをよっとしてみんな見るのかなと。
いやまあ今時ね、結構ね、人によっちゃちゃっと指摘される可能性は全然あるけどね。
まあね、ちょうどその時は別に近くにね、いわゆる女性の人あんまりいなかったからまだよかったけどね。
こういうことするなと思ったね、今時ね。
いやいやいやいや、というわけで久々に昭和の風景を見たっていう感じでですね、そこから出ました。
じゃあちょっとはい、グラフィックに関してはそんなところかな。
はい。
じゃあちょっとサブロのほうに行きましょうか。
新しいところで言うと、政局ドルソーバーについてのところありますが、どれ行けるかな。
政局についてなんだけど、前もちらちら言ってきたけど、野田佳彦さんって石鹸交代して、
野党大党だからって俺たち石鹸取るぞって参院選のときあんまり言ってなかったよねっていうことを前の回でも言ってきたんだけど、
なんかここにきて、あずみさんが中心になって仕掛けてるよね。
あーそうなんだ。まあちょっとだいぶ弱体化してきたし、公明党いなくなったしとかそういうところですかね。
なんかね、でもさ、それってさ、結局さ、石破さんを大臣に追い込むぞって言って、
死に果たして追い込んだぞやったっていう流れじゃ決してなくてさ、
リベラルは前言ったとおり、石破さん続投してほしいっていう意見が多くて、
その中でも選挙に負けたものは負けたんで、
それはなかなか今後運営してくるの難しいねって大臣を石破さんを押したわけだったけど、
じゃあそれで高井さんになるよならないよって言ったときに、
じゃあ決戦投票小泉さんと高井さんになりますねと。
決戦投票の結果が結果で、これまた麻生さんがいろいろ仕掛けてるから、
そうなったときに結構いろんな意見が飛び交っていて、
結局は高井さんになったわけなんだけど、
でもさ、こうやってよくよく考えてみると、
高井さん右寄りだから嫌だよねって言ってる人たちが、
ちょっと待てよって考えると、
じーとこうが別れたときに、
誰かしら担いだ非自民の政権ってもう一回できるんじゃないの?
っていう考えに立ち至ったようで。
公明がくっつくんであればいけんじゃねえかってのは、
わからんでもないかなというところではありますね。
リベラル系の派閥が今どんぐらいいるかだよね。
やや自民寄りなところ、維新もそうだし、
一応賛成もそうかな。国民民主党もそうって考えると、
あんまり立憲に寄ってくるところってそんな多いかなってところは、
ある感じはするんだけども、どうなんだろうね。
今日時点までに俺が調べた結果だと、
安住さんは令和とか賛成とか、国民とか維新にはみんなに声かけをして、
誰かにまとめようぜっていう話をしたらしいんだけど、
結構みんな断ってきてる。
ああ、そうだろうな。そりゃそうでしょって感じはしますけどね。
あれだったらポッドでやるんじゃなくて、
根回しをちゃんとして、この人を担いでこういう政権作りたいねっていうところをしっかり議論した上で、
こういう政局になってるんだったらわかるんだけど、
ちょっとこれは急ごしらえすぎちゃってちょっとなっていうね。
そもそも今回の参院選の動きは読めなかったってところがあるから、
そういう意味では準備不足ってのは全体的に言えるだろうねって感じはしますよね。
そういう意味で、たぶん収まりどころとしてそんなにリベラルメインで固まる感じは今しないから、
そういう意味では他党派の状態になるのかなって感じはするね。
おーいいぞーってなってご主義相場になるよっていうのは、
この間話した右寄りの人ってわりと在会の人だよねっていうのはちょっとつかまって。
まあまあまあまあ。多少あんのかもしれんけど、にしても上がりすぎだろうって感じはしたけど。
まあ多分いろんな要因があるんだろうけどね、日本だけじゃなくて。
まあまあまあ。
まあ来週は下げ下げになるっていう話なんで。
まあまあ下がりそうな話。まあ今のうちに言っとくかって感じですね。
これです。いやーちょっと読めないですね。
まあちょっとここら辺はちょっとおいおいって感じかな。
はい。
ちょっとそんなところで。
ああそうだ、せっかくだし、これはねちょっと重めの話いいですか、せっかく私のほうで。
結構やっぱりね、まあいろいろ本読んでて、
個人的にやっぱ昔からだけども、ちょっと興味としては哲学系、興味あるってところもあって、
あとはあれですね、歴史も元々は全然知らなかったけども、
いやじわじわ学び始めてってところでちょっと考えてきたときに。
ここら辺、この質問、この疑問がですね。
最近本当にパッとした思いつきなんだけども、
我々はまず現代人ですよねってところが一つありますよ。
これ何かというと、いわゆる中世の人間じゃないですし、
いわゆる現代の価値観を持った、いわゆる人権の価値観を持った人だとかですね、
そういった価値観を持った人間になってますけども、
これってでも世紀を考えたら最初からじゃないよねとか、
赤ん坊のときって別にそんな関係ないですよねというところがあるというところがあって、
じゃあそれはいつからなったのかという。
逆に言えばその赤ん坊の時点で、
我々は別に現代人になるべき人になったわけじゃないよねというところで。
人間としてはそれこそ、
生物的にはここ多分、
人間の生物学的なところはあまり知らないんだけども、
多分ここ十数万年ぐらいは、
多分そんなに生物学的には大きく変わってないだろうというふうに認識してるんだけども、
逆に言えば、
うちらが一万年前に生まれて、
分かりやすい話が例えば、
ギリシャの時代に生まれて、
そこで普通に育てれば、
多分普通にギリシャ人になりますよね。
同じような感じで、
例えば、
シンの時代の中国に生まれれば、
そのシンの人になるだろうし、
多分そういうふうになれるんだし、
また多分そこで普通に生活して子どもを産んでとかも全然できるわけですよね。
そうなった時に、
やっぱり当たり前のように我々今現代人になったけども、
そういう意味だと自由度がもっとめちゃくちゃあったんじゃないかってところが結構あって、
それがなんか面白いなというふうに結構思ってね。
ある意味これが我々に対して適用された教育の卵なのか、
文化的な生活の卵なのかわからないけどもですね。
みたいなところをちょっと最近思っててですね。
切り口がいっぱいあるなーって。
いや、あるよ。
あらゆるものが影響してるからね、結構。
面白いでしょ、結構これ。
ここら辺語ってる人いないんだけども、
意外と面白いな。
よくよく考えたら結構人間ってめちゃくちゃ自由度高いんじゃないかみたいな。
結構それこそいろんな価値観でも悩んだりとかはするけども、
人間はある意味なんでもないんだなっていうのは結構最近思うことではありますね。
そういう意味ではあんまり思い悩むことはないのかなっていう、
そういう意味でもですね。
息づきで終わりましたねって感じですね。
いろんな切り口って言ったところで言うと、
パッと思いついたところで言うとどういうのがあった?
戦後の日本空軍憲法では、
親は、あるいは行政は、国家は義務教育を子供に受けさせる義務がありますと。
憲法ではそうですよね。
そうするとちょっと手伝いなんかはさせるのかもしれないけど、
その6歳から15歳までの9年間っていうのは本業は学業ですよと。
そうだね。
だから朝から晩まで中学生なんかそこそこ体できてるもんで、
肉体労働で働かそうと思えば働かせること自体は可能なんだけれども、
そうではないよって言ってるところが、
それをできるっていうところまで豊かさがたどり着いてるのは、
先進国じゃなきゃちょっと難しいよねっていうところ。
そうだよね。まさに明治直後とかはそういうふうに教育を受けさせようとしたけども、
そんな働きで減らすなんてたまたまじゃねえみたいな感じで、
結局そんなに就学率は上がらなかったみたいな話があるけども、
結局それってまだそこまで豊かさが足らなかったっていう証かなと思うし。
結構そういう意味では戦後もしくは戦前ちょっと前くらいの感じですよね。
まあちょっと障害とかのことに話を持ってくと、
ややこしくなったり闇が深くなったりとかあるんで、
ちょっとそこは割愛するんだけど、
そんなわけで教室に9年間座らされたり、学業をやってね。
確かにそこででかい域よね、総理は確かに。
明治新政府から続く今の政府ガバナンスの正当性を、
そこで教育してますよっていうことも多かれ少なかれ乗っかってるのかなと。
そこはでかそうだよね。
結局そういうふうに教育によって結構ベースとして、
多分ロジックで考えて、
これは良い正しい悪いみたいなところは別に後から何とかでもできるんだけども、
そうじゃなくて何となく良いだとか何となく嫌とか、
そういういわゆる本人の中での何か価値観というか、
多分そこら辺を醸成するのもまさに教育のところなのかなっていうのがあって、
多分そうなんだろうなって思いました。
だから結構ね、ここ最近世の中でいろんな問題が起こっていて、
結局それでいろんな言論の人を聞くと、
最終的にはやっぱり教育を何とかせんとはいかんみたいなのをよく言ってて、
結局それってロジックじゃどうにもできないところで、
根っこの本人が良いと思う価値観みたいなところを、
ある意味そういう意味では教育って結局性能の一種ではあるんで、
そういう意味ではこれを良いと思うっていうような、
そこら辺の性能をやっぱり教育のときにちゃんとやっとかなきゃいけないってところがあるんだろうね。
なるほどね。教育は確かにでかいかなという気がしますね。
そういう意味では要素としては教育が多分一番でかくて、
プラスアルファで出てくると、
多分いわゆる親世代とかそういう生まれに関わってくる人たちがどういう風な価値観を持っているかとか、
あとは多分近年だとよりメディアとかそこら辺が結構でかいですよね。
多分大きいかなという風には思いますよね。
まさに一番多分端的に分かりやすいところで言うと、
うちらよりもちょっと上の世代かもしれないけども、
やっぱ恋愛史上主義的な価値観を多分植え付けられてるっていうところとかって、
まさにあれってメディアの多分戦略的なもんで、
まさにそれがちゃんと浸透してるっていう。
だからそういう意味ではちょっとうちらより上の世代というところはやっぱりそういう風に、
恋愛ってところにちょっとウェイトが大きいっていうようなイメージがあるけどもですね。
そういうのも結構あったりするかもね。
そういう意味では結構いろんな要素で、
そういう風にまさに我々現代人になってきてるのかなっていうところはあるかなと思いますね。
面白いですね。ありがとうございます。
あと労働って話をちょっとしたんで、
調べていくと、
結構ね何十年前だと女の人とかでも60キロの米で洗って戻れた時代が、
つい最近まであったらしい。
ありやろうね。それは昔より派手な時代はありますよ、当然。
それからなんとか革命みたいな言い方はされていないのだけれども、
機械化が進んでっていうことは結構目覚ましいなーっていうふうに思うし。
肉体労働的なもんがだいぶ緩和されて、
まあやってる人はいるけど、緩和されてるとは思いますよね。
労働者に占めるね、そういった形の肉体労働やってる人の割合っていうのはどんどん下がっているし、
まあ現代では下がりすぎちゃってるなっていうんで、
供給がされないねっていう問題もあるんだけれど。
まあでも面白いですね。
多分そういう肉体労働やるやらないで多分思想というか、
結局体に影響が当然出てくるわけなんで、
多分そういったところが考え方とか感じ方とかそこら辺も結構影響してくるかなと思うんで、
まあ多分そういうところもありそうではありますね。
いいですね。面白いですね。
あとはその肉体とかっていう形あるものっていうものから解放されてるっていう線引きも可能で、
どういうことかっていうと、
Eメールっていうのは紙に印刷しなくたって相手に瞬時に届くよねっていうことが、
20世紀の末にそれが浸透して、
20世紀、1世紀の初頭にはEコマースができるようになったよと。
そこら辺はファックスがなくったって、
手紙がなくったって、文書がなくったって、
形あるものはパソコンとかの端末と、
それからサーバーと回線があれば、
ここの注文内容とかについては形あるものでなくてもできるよねっていう時代になりましたね。
IT化になりましたね。
IT化の影響はだいぶでかいですよね。
そこから多分さらにプラスアルファでIT化の次のAI化ですね。
多分AI化になってくるとまたそれである意味なんかものの考え方とか、
多分AIネイティブの世代はより我々とは違う肌感だとか考え方があるかなというふうに思ってて、
多分AIとコミュニケーションするというウェイトが一定以上大きくなってきて、
多分人とAIのウェイト違ってくるんよね。
そうなってくると多分我々の予期しないような、
こんな感じなんだっていう新たなステージなのか、
それはいいことなのか悪いことなのか、どっちもあると思うんだけども、
我々とは違う何かになるんだろうなって感じはしますね。
AIを生活する上で取り入れるっていうことについては全く俺は知っていないので。
でももうあれですよ、本当に人みたいになってきたよ。
話し合えてぐらいになってくれるよ。
話し合えてだけじゃなくて、今まさに我々、うちとかだと仕事任せてるけども、
結構あらゆるところで使い始めて、多分そういう意味ではまさに家族みたいな、
すでにそういうふうに結構コミュニケーションで依存してるような人も出てきてるような状態だから、
そういう意味では結構家族だとか、ある意味恋人的な属性ですね。
そこら辺も含めてAIが関わってくるみたいなのもあってきて、
そうなってくると人と人の関係って何なのっていうふうなところまでちょっとないそうな感じがするんで、
多分そういう意味ではよくわからないステージになってきそうだなって思います。
ある意味面白いかなって感じはしますけどね。
じゃあちょっとそろそろ時間があれなんで、
サブロが最近読み始めたっていう本かな、そちらの方ちょっと教えてもらえればと思いますが、
どういう本ですか。
1879年生まれのレフトロッキーさんという人。これはウクライナ人ですね。
岩波書店の裏切られた格納。
安定の岩波ですね。
ちょっとメール買いで安いの落としてきたんだけど。