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こんばんは、あなたの発信サポーターのかくうです。
今日はですね、皆さん考えたことあるんじゃないかなって思いますけど、
死ぬこと、自分が死ぬとか、人が死ぬとか、
そういうことをですね、深くツワツワと考えたことがある人にですね、
特に聞いてもらいたいお話となりますので、ぜひ最後まで聞いてみてください。
ということでですね、「幸せは過程が楽しいことをやらないと生まれない。」
ということでお話ししていきたいと思います。
まずですね、このお話をしようと思ったのは、
ゆけいさんっていう方がスタイフにいるんですけど、
ゆけいさんはですね、看護師をされている方なんですよね。
で、その方の収録をちょっと聞かせていただいたんですけど、
ちょっと後で概要欄を貼っておきますので、
皆さんにも聞いてもらいたいなって思うんですけど、
看護師で、予免宣告をされる患者さんと話す機会がありますと。
で、例えば予免3ヶ月って言われた時に、
多くの人がですね、もっと好きなことをやっていればよかったって言うみたいなんですよね。
これはなんとなく想像できそうな話ですよね。
もっと、特に昔の人は我慢して働いて働いて、
退職したら好きなことをやろうかとか、
お金もあんまり使わず貯金して貯金して、
老後に備えるとか、
そういうことを我慢をやってきた。
我慢が美学の人たちは多かったんじゃないかなと。
で、退職前とか、そういう幸せな老後を迎える前に自分が死んでしまうって聞くと、
やっぱ絶望するって思うんですよね。
で、このユキエさんはそういう方に、
でもあと3ヶ月ありますよねって。
じゃあこの期間に好きなことをしたらどうですかって言ってみるそうなんですよ。
でも返ってくる答えが、
なんかよく考えたらあんまりやりたいことなかったとか、
なんか今更とか、
そういう答えが返ってくるそうなんですよね。
で、私もですね、
この死ぬとか、
嫁宣告を受けたらとか、
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そういう妄想ってちょこちょことするんですよね。
それこそ直近だと、
私は7月7日に井上佳林さんの東京の出版講演会に行くために、
飛行機を乗ったんですよね。
で、飛行機乗るたんびにいつも1回考えるんですよ。
このまま落ちたらどうしようかなって。
でもその次に思うことは、
まあそれでもいいかなって私はいつも思うんですよ。
いつもですね、今亡くなってもいいかなって、
飛行機乗っているときは思うんですよね。
まあそれはネガティブな感じとかではなくて、
飛行機に乗るときって、
行きたいイベントがあるとか、旅行とか、
今からですね、楽しいとこ、好きなとこに、
自分が行きたいとこに行けるわけですから、
やっぱワクワクドキドキしてるわけなんですよね。
そう考えると、このワクワクドキドキしているときに、
もし突然ふと死んでしまったら、
一番幸せじゃないのかなって思うんですよ。
私はですね、痛いのが嫌いなので、
本当ですね、注射とかも痛いし、怖くて仕方ないんですけど、
じわじわと死んでいくっていうか、
そういうのが怖いなと思ってですね、
ストーンと、しかもそうやって、
なんか希望に溢れている、
これからもいいことが起こるみたいな、
上向きの感情のままストーンと落ちるって、
最高に贅沢じゃないかなって思うんですよね。
みなさんどうでしょう?
そうでもないですか?
私がそう思えるのは一つあって、
保険とかしっかり入っているので、
妻が働かなくても、
その保険と2足年金で子供と一緒に暮らせるっていうのもあるし、
何より、
今、特に最近は、
自分が好きなことやりたいって思ったことを、
もちろん時間は足りないですけど、
それでもですね、やりたいことやっている毎日だなって思うんですよね。
何か目指したり、自分の成長とか目指してますけど、
今は本当に家庭?
結果とかではなくて、
今やっていること、家庭がものすごく楽しいので、
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すごく満たされてるんですよね。
だから、今死ぬって言われても、
あれやっとけばよかったとか、
これを挑戦してみたかったとか、
探せば出てきますけど、
ふと言われたらそんな出てこなくて、
というのは、大体やり切ってるかなと。
この世のいろんな選択肢をやり切ったとかではなくて、
毎日自分ができる範囲内で、
楽しいこと、面白いこと、やりたいことやってきてるから、
別にいいかなって。
本当に思えるんですよね。
私、20代の時はずっとスノーボード行ってたんですよね。
冬が来るたんび、福岡から広島まで、
多い時は月10回、福岡から広島片道270キロを行ってたりしたんですよ。
毎年冬になって、1回目のゲレンデに行って、
リフトに上がるときに、
幸せを感じてたんですよ。
今年もスノーボードさせてもらえるんだなって。
ありがとうみたいな。
神様に感謝というか、ゲレンデに感謝みたいなことをしていたんですよね。
何かずっと生きるとか、毎日明日が来るとか、
それが当たり前って思ってないというか。
だからこそ、やりたいことはできる限りやるっていうことを選んでる方だし、
もっとその挑戦のレベルを引き上げないといけないなっていうのは
思ってますけど、それでも今、後悔ないぐらいはやってるのかなって。
ということで、後悔はないのかなと。
むしろですね、今、嫁3ヶ月って言われたら、
ロスタイムをくれてありがとうって感謝したくなりますね。
突然の死ではなくて、3ヶ月ありますよって。
3ヶ月で大体の人は亡くなるよって教えてもらえる。
それもそれで幸せじゃないかなって思うんですよ。
突然死ぬよりも、よりやりたいことをやれるし、
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むしろ贅沢だと思いますね。
突然死ぬ人がいる中で、嫁を教えてもらえる。
素晴らしいことって思いますね。
だからやっぱりですね、家庭が楽しくて仕方ないと。
私は思ってるからそうなのかなと。
だから結果ありきのことをやっている時にはそれも大切と思いますけど、
自分の人生の設計というか、やってることが全部結果ありき、結果値段。
あとは家庭は努力とか、結果によって報われるみたいなことをやってると、
人って本当幸せにならないんじゃないかなって思うんですよね。
なぜなら人生って毎日が家庭なんですよ。
基本家庭なんですよね。
結果が出るっていうのは特別な日なんですよ。
1年に数回とかしかない結果が出る日はですね。
だから全部うまくいっても3日とか4日とか、それぐらいしか喜べないんですよね。
そういう人生って楽しいですかって感じですよね。
逆に言えば家庭が楽しければ、結果で落ち込んだとしても真逆で360日?350日?
それぐらいは楽しいと。
結果だけ出なかったら待ちたいと。
でも家庭が楽しくて、結果も出れば最高かなっていう感じなんですよね。
だから私が今頑張っていること、
例えばいがわしかりんさんを推すこととか、
自分でオープンチャットですけど、コミュニティを作って、
その方々の何か助けになるようなとか、
その方の発信が良くなるようにとか、
マインドを整える、悩みとか聞くとか、
そういうことをやってますし、
そういうのって全く結果ありきじゃないんですよね。
もちろんその方々が夢が叶えばとても素敵ですけど、
夢が叶わなくても、
この推している過程?
推し勝つというか、応援というか、
そういうのをやっている期間が、その過程が楽しいから、
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なんか幸せがもらえるから、
本当にずっと幸せだなって感じます。
だから、なんだろうな、
自分が好きなことやりたいことをやりきっているというか、
やれる範囲をやっているので、いつ終わりを迎えてもいいし、
余命を教えてもらえるなら贅沢かなって思います。
ということでですね、皆さんはどうでしょうか。
もし自分に余命3ヶ月って言われたらどうしますか?
何をしますかっていうよりも、どう思いますかっていう。
ありがたいみたいな。
よかったというか、なるほどねって思えるのかっていうところですね。
そういうふうに思えるような生き方というか、
人生設計というか、何をやるかの基準にしてもらえたらいいかなと。
結果は1年で何回かしか出ませんと。
じゃなくて、長い過程を楽しむ、
そういうことをできるだけ増やすようにしていくと、
人生、幸せは増えるのかなって思います。
今日はちょっとマインドのお話だったんですけど、
どうでしょうかということで、ここまで聞いてください。
ありがとうございました。それではまた。