1. 1000人の声あつめ
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2026-02-24 18:54

#2-243 2026年2月14日/天満/ARTJAMOSAKA/1

#2-243 2026年2月14日/天満/ARTJAMOSAKA/1

サマリー

このエピソードでは、人が何に心を動かされるのか、そして「囚われ」という概念について深く掘り下げています。話は、自然の風景や新生児の映像に心を動かされることから始まり、それが本能や個人の気分に左右されることを示唆しています。特に、神社や山といった場所がもたらす静謐な感覚や、そこに「何か」が存在することの重要性が語られます。さらに、日本の歴史における神仏習合の時代や、明治維新による美術と祈りの分離、そして浮世絵のような生活に根差した芸術について考察します。現代のイラストレーターや工芸家も、祈りの延長や作品の完成という異なる動機で絵を描いていると分析されます。話は「囚われ」というテーマに移り、誰もが何かに囚われているという前提で、それが自己理解や解放につながる可能性について議論されます。具体的な例として、食事の提供に関するストレスや、ペットへの母性などが挙げられ、気づくことの重要性が強調されます。また、芸術制作における「囚われ」も探求され、線を描きたいという欲求や、架空のものを描くことへの戸惑いが語られます。座禅の例では、行為そのものに囚われることで、かえって本質が見えなくなる可能性が示唆されます。さらに、美術界における「黒」の使用を巡る論争や、権威主義、家元制度といった日本の組織文化における「囚われ」についても言及され、最終的には、子供に「人に迷惑をかけない子になってほしい」と願う親心が、多くの人が持つ普遍的な「囚われ」の一つであることが示唆されて終わります。

心を動かすものと自然の力
心を動かされないものが、ここに動かされるな。
視覚だけじゃなく、何でもこの世の現象を全部含めて。
心を動かされるもん。
たまにリールで出てくる、おっぱい大きいお姉ちゃんと。
まだそういうのに惹かれるんだよ。
惹かれへんけど、ドキッとするよな。
心を動かされる。
そういう健康な生徒さん。
でも、ふってやられるのは、
私なんかは、芽生えとか新生児のおぎゃあみたいな映像あるじゃないですか。
あんなんは、どんな状況でも、新生児になるから。
それも本能だね。独特的だね。
あとは、気分による。
なんかそういう映像とかじゃないかもしれへんけど、
自然というか山とか、分かりやすい。
神社とか行ったりしたら、空気が変わるとか、
ピーンってなるようなところに触れたくなる。
心がざわつくんじゃなくて、
高ぶるとかでもなくて、
沈まるでもなくて、
見とめるみたいな。
ああいうところに行くと、山に行ったりすると大丈夫。
川とか、シーンとなるというか。
それは空間、景色の一番目とかよりも、
全体を含めた、そこに何かがあるときな、
言葉にすると難しいけど、空間の、
ある人によったら、多分そこから何かを得たいとか、
何か薬用成分を抽出したいじゃないけど、
そういう人もいるかもしれへんけど、
そうじゃなくて、ただ単純に、
ああ、生きてるな、みたいな。
そもそも神社とか、建てる場所って、
ちゃんと風水的な、
全体の山とかの川とか、
空気の流れとかも、
ちゃんと大事な、
生きてるみたいなところに建てて、
まあ、今はいろいろと、
人間もそこはわからないですけど、
何かここが、
ああ、そうそう、
神仏習合から現代アートへ
神仏集合の瞬間に触れると、
僕、嬉しいってなる。
いつの?
え?最近。
あ、最近ってこと。
なんか、明治維新の時の、
廃仏希釈の時代って、
多分めちゃくちゃ混沌とした時代やねんけど、
その前の神仏集合の時代に、
めちゃくちゃ覚えを馳せて、
ああ、そこは何だったんだなとか、
どうなったんだろうなっていうのは、
面白いね。
その考えの。
暮らしの中に祈りがあって、
美術っていう概念もなくて、
美術も祈りであり、
仏像も美術品じゃなくて、
祈りの対象やったわけやんか。
美しいことが生活の中に入ってたのが、
どんなんやったんやろうって、
明治でバコーンって分けられたから、
これが美術です、って。
じゃなくて、みんなの中に入ってたのが、
着物とか浮世絵とか。
本当に呪術的な、
本当にもう信仰っていうか、
見えないものをみんな気づいてて、
それを感じてた、生きてた時の。
姿勢感とかも、
全部暮らしの中に入ってたっていう。
今はもうね、
絵を描くって、
そもそもそういうことだよね。
僕はそう思ってんの。
人には揺れっぽい、人には揺れけど。
でもクラフト、工芸の分野の、
やっぱり地筋の人は、
絵を描くっていう行為は、
物を仕上げるっていう行為っていう人も、
中にはやっぱりいるかな。
だから、日本の暮らしの中でいうと、
祈りの延長として絵を描く人と、
工芸、クラフト的なものを完成させるために、
絵を描く人っていうのがやっぱりいると思います。
広告系とかはそんなにない?
現代のイラストレーターは、
浮世絵師と同じで、
包装紙とかも描いてたわけやし、
でも浮世絵師だって、
彫り師と擦り師といるわけやし、
絵師だけが今出生されてるけど、
あの細い筆のピッとした線まで、
ちょこっとで彫るっていう、
あの技すげえなっていう。
本当に共同作業だよね。
「囚われ」の概念とその解放
映画とかだったので、
監督がいれば、
色調節の人もいれば、
照明さんがいて。
本格的に言ったら、
描くシーンに一人が誰か描くってなったら、
何かに囚われてるじゃないですか。
囚われてる。
囚われてるコーデだけど、
そう、そう、そう。
芸術校さんって何に囚われてるんですか?
囚われてる前提で話すね。
囚われてない人いないでしょうね。
そうですね、それは。
囚われてない人いないから、
何に囚われてるんですか?
っていう質問が成り立つんだ。
囚われてない人って?
でも気づけたら、
結構解放されるくらいして、
気づかないで、
私はやっぱりアルコール。
囚われてない人いないけど、
気づいたらどうか。
気づくと説明できたり、
最近気づいたって言って、
何に囚われてるか?
それで言うと、
最近気づいたのは、
そういう人がおったとして、
家に帰ってきた人がいて、
ご飯はないとかめっちゃストレスになっちゃう。
提供できない。
自分が?
うん、めっちゃ嫌いでも。
だから、いるんだったら、
いるって言っておけっていう。
別に本人は?
別にいいね、本人は。
でも私は、
何十分かに言ってないのに、
今まではあるよとか、
そこから抽出してとか、
そうするのが自然っていうか、
それをしないって思ったら、
しないことがすごいストレスで、
そんなん帰ってきたとか、
思うんですよね。
家におって食べるものがない状況、
お母さん病みたいな、
お母さんとかって実家に帰ってきたら、
めっちゃ出してくるじゃない?
彼の病気じゃないけど、
自分もそうなっちゃってて、
だからすごい断ち切らない。
いや、あんたが気にやむことじゃないって、
めっちゃ思うようになるから、
それをどこかで、
感染病とかでしゃべったら、
そんなんねって、
あなたのせいで全然ないんだからって言ってくれて、
そうだなって思うようになった。
それを食べたかったら、買ってきたら。
すごい、そうやって説明できるんやな。
ねえ、ちゃんとね、わかってる。
そんなに真面目な感じで聞いてるからね。
いや、絶対にそういうふうに。
予想外な。
そういうふうに気づいた。
でもほんとそれ、
自分であれすごい、ちゃんと自己理解。
そうそうそう。
それ言われるの気づかへんし、
そんなん子供じゃないでしょって、
でも私ペットとか飼ってて、
例えばエサあげられへんじゃんって、
めっちゃストレスなんですって言ったら、
母性がすごいな、すごい。
ペットじゃないでしょって、大人でしょって、
全然気なしなくていいと思いますよって、
ほんとだと。
とらばれてたと。
し、ストレスなのをストレスだって思ったら、
切り離せるみたいな、
真面目な。
最近気づいたこと。
制作における「囚われ」と表現
それ気づいてるってことはもう、
改善に来てる。
だいぶね、イライラするけど、
違う、違うと思うんでしょ。
画線をたくさん描かないで、
少ない人で、
輪郭線だけ描きたいっていうのに
とらわれてる。
お久しぶりです。
なるほど、そうですよね。
なんでそうなの?
ありがとうございます。
とらわれてる。
そうで、
参加費別?
あとライブペイントのときの
マージン500円忘れてたんで。
そうそう。
参加費何本でしたっけ?
500円です。
よくさん返してください。
いっぱい描かれてるみたいな。
すごいさ、東京は。
500円。
ちょっと分かってたんだけど、
デザイナリティフォートの
千葉センタービルのところに
横付けして、
今日カバンがめっちゃあったから、
どうやって取るの?
そこはアトリエニックで
大事な人から見ると
見ることが多々あるでしょ。
マックブック入ってるんで。
危ないです。
だから対象にして
ライブ描くのが結構つらいよね。
今日はアトリエニックで
描き込みをしたりとか
画面は見ない。
画面は見なくても
全くないものを
描くとかは
全く存在しない。
それに架空の動物を
描いてくださいと言われたら
戸惑います。
描くことはないけど。
見るっていうことに
例えば囚われても
私が
線を描きたいのと同じ。
ただ見てただ描く。
ただ見てただ描くってこと?
そうそうそうそう。
太い壁のことを話してくれる。
みんなそのいろんな
私はこういうことで
線を制作しています。
西脇市というところに行ったんですけど
そこがなんかこういう
横断なのに。
その糸を
立てないと
逆に執着も
困ってくる。
座禅でただ座るっていう
その座禅を
ただ座るっていうことに囚われる。
重装甲っていう
昇華とかでもイベントやったり
座禅をしなくたっていいじゃないか
っていうことにもなってくるし
でもその行をするということに
囚われているから
何か捨てられるわけであって
何か名目がないと
人間を捨てられない。
元町の
高架下のところとか
シャッター街も
それ以外の捨ててるっていうアレンジ
私は
テーマは
エコゲームに基づいて
自分が制作している
と書いてある人が
それ以外のことは
見ないようにしているというか
それのために
このために私は制作してます
っていう風に
本気で言っているのか
発表のための
題材のために
言っているのかは
わからないですけど
GPTとか
モヤモヤした考えを
詰め込んだら
実感にかけて
言葉に言ってくれるじゃないか
そういうのを自身のペートメントとして
提示している作家も少なくない
言葉として捉えている
っていう発想に
気づいたらそれを手放したい
ことだったりするのかなと思ったりする
そういう風に捉えている
捉えてないよ
っていう風にした感じが
権威と「黒」を巡る論争
まだ体中にわからない
ちょっと話したいのが
話したいがあるのか
思えたものは
絵を描いていても
ある程度描けるようになってきたら
画面意識というのが生まれてきて
どこをどうしたらいいか
コントロールがつくようになるじゃないですか
じゃあ何を捨てたらいいかもわかるじゃないですか
意図的に
意図的に執着を外すこともできる
技術的に
なるほど
何に捉われているんですか
っていう質問が面白すぎて
人間誰しも捉われているじゃないですか
っていう前提が
僕初めて聞いた
あなたの煩悩って何ですか
ここに羅列してください
面白くない?
見たくないところを今並べられている
残酷な話
足取りとか
最初に描くとか
寝忘れながら何描いているのか
考えるとわからない
考えてもわからない
だから見ないんですよ画面を
なんだ
装置の問題なのか
僕は汚す汚さない
描かれている絵は
汚れなのか絵なのか
物質的には一緒じゃないですか
紙の上に乗っているのは
インクじゃないけど
これって汚れやんとか
汚れの状態によって
素晴らしいとか言っているのか
そうだよね
必要以上に
汚れなのに
根性なもののように
何百年前の
そういうと余計に
本当にその人は感動して
そう言っているのか
そうじゃないと思います
権威が欲しいんです
そうですかね
誰にも言っていないことを
俺が一番初めに言ったの
黒沢誠一が炎上している
Xで
黒を使うなと
黒を使うなと
日本のあらゆる画塾で
黒を使ってはだめ
って教える先生が
めっちゃいるんですよ
学校の先生
それを言い出したのが黒沢誠一
言い出しっぺが
黒沢誠一が
さっきの話じゃないけど
洋画が導入されて
これが洋画だって言った時って
印象派と真ん中で
影の色に黒なんか使ってなくて
黒沢誠一はそれを
紫に書いた
俺は紫派だ
黒なんか使っているやつ
お前らヤニみたいな
暗い絵描きやがって
そうやって言っている誠一が
東京芸大の教授になったもんやから
日本中に
黒を使うなっていう
ムーブメントが出てきたんですよ
東京芸大に入ってきた
藤田嗣晴が
アウトラインに黒を使って
髪の毛の色とか真っ黒
黒沢誠一がムカついたから
最低限にしたんですよ
藤田は
それに腹を立てて
フランスに行って
乳白色の白味に
隅で細い線で
アウトラインを書いて
ジャパニーズブラックと言って
凄い評価されたんですよ
そこで国際的に
喧嘩したんですよ
藤田嗣晴が向こうで評価されている
日本で黒沢誠一は
フランスでは黒なんか使わない
と言っている
一方黒を使って成功している
そんなのがあったんだ
黒を使わない
黒沢誠一で盗難みたいな
というのが援助している
何で100年とか経って
150年ですよ
今の時代に
全然
理由とか知らなくなって
黒沢誠一は
自分が
東京芸大の教授という座布団に座って
偉そうにしたかったから
その持論を
言いたかったみたいですね
そういうところが援助して
技術的にどうこうとかじゃなくて
そう言っている黒沢誠一のデッサンが
めっちゃ下手くそなんですよ
お前が言うなみたいなので
援助しているんです
見た?みたいな
黒沢誠一の石膏デッサン見た?みたいな
めっちゃ下手くそやな
名前が黒に変わっている
ツイッターとか
何が援助するか
分からないもんですね
何十年経ってそんなに言われちゃうの
嫌だもん
黒を使うなと言われたら
黒を使うしかない
私は日本画だから
炭なんですよ
そうですね
炭以外に黒はないから
そんなに黒を使わない
本当に狭い洋画の世界のだけの
そうそう
それも輸入された時代の流行りが
そのまま残っているから
印象派とか
ベラスケスとか
ラファエロとかというのは
完全に無視しているわけやから
狭い世界で
教科書の風は
まだに
浴衣着た
組織文化と普遍的な願い
女の人も
女性の
あたりの3番体
見る聞く
あれは
さも素晴らしいもののように
気持ち悪いですね
悪いとかいいとかは分からないけど
あれが原流だ
みたいな感じが
扱われているから
政治みたいなもの
権威
ザブトンというか
ザブトンの世界で
誰がそこに座っているか
金谷康二は死んだじゃないですか
金谷康二が死んだら
金谷康二の作品の値段というのは
ちょっとずつ上がるんです
でもどこかの日展から
どこかの
理事みたいな大先生が
亡くなったんですよ
この人の作品は下がるやろうな
美術界の先生方が
言ってましたからね
金谷康二は上がるけど
こいつは下がるやろうな
しょうもないです
それこそ何にとらわれているんですか
とらわれまくっていますよ
本当に
組織だからそうなっちゃうんですよね
日本人ってね
家元制度みたいなのが好きなんですよ
教えて教えてみたいな
何が正しいか間違えたくないな
というのがすごい多いね
何々流派とか
なんかね
PTA会長やってたことあったんですよ
PTA会長やってたら
会長の時にね
保護者向けの勉強会みたいなのを
PTAの予算で
先生招いて
年に一回やる
夏休み前に
企画しないといけない
会長やから他の人が
やってたやつに挿入するだけなんですけど
勉強会やった時に
保護者に向けて
参加者に向けて
どんな子になってほしいですか
簡単に書いてください
みんなの前で発表する
どんな子になってほしい
びっくりしたのが
8割ぐらいの人が
人に迷惑をかけない子になってほしい
心豊かに幸せになってほしい
って書いてるのが僕しか
心豊かに幸せになってほしい
それしかないわ
みんなそんなもんなんやろうな
人に迷惑かけずに
生きてほしいって
マジで書くんやと思って
母親?父親?
父親と母親で何も違う
おはようございます
違うし
しかもその
いろいろな話を
なかなか会長にはならない
というのが
分かりました
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