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一番古いのは、生まれて何ヶ月かかな。まだ寝るぐらいの時の記憶があります。
生まれて何ヶ月で寝ているという記憶はありますか?
寝ているというか、動けていない状態だったのを覚えています。
生まれた時は障害じゃなかったので、思うように動けなかった感覚。
小さい時にみんなが動けていると思っていたのかわからないけど、自分の思うように動かない感じの感覚はなんとなく覚えています。
それはずっと覚えていたのではなく、自分が今ライフワークでやっている自分の意識を探検したりするのをやり始めてから思い出した感じがある。
思い出して、今の時点で覚えている一番古いというと、その頃の感覚だなという。
覚えているのは、商売している家でテントを引き出してくるのがあるじゃないですか。雨の時に出てきてくるくる巻いたらまた出ていくみたいな。
それがうちの家にはあったので、それをわざと伸ばしてボールを投げて落ちてくるので次はあれかと思って落とさないようにするのに、
ただそれを単純にみんなでやりやすくしていただけなんですけど、それはすごい楽しかったなと思っています。
だいたい毎日のように、友達とうちの父が一緒に遊んでくれていた感じですね。
ボーッとできるところが好きです。どこでもリラックスしてボーッとできる空間があればそれが一番好きです。
今だとどんな場所がボーッとできる?
川べりとか海のあまり人のいない季節の海とか、
自然がいっぱいあるところだったら大体ボーッと。公園でも緑がいっぱいのところとか。
何なら家のベランダでもできます。
誰にも邪魔されない感じっていうか。
よくわからなかった。不思議。
結構でも、
友達が拾ってきた猫がいて、
猫もちょっと弱ってたから、
1日自分のところで世話してやってた時に連絡があって、
どうしたらいいかなって言うから、こうやってあげたらいいって言ってあげたけど、
その子は仕事に行ってないんだけど、帰ってきたら亡くなってたって。
それを未脳の子だったんで、未脳の山に埋めに行ってあげてね、箱に入れて。
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帰ってその子の家で泊まっている時に、私が寝ている周りを猫がくるくる走って遊んでたっていうか、
っていう夢を見たんですよ。
夢なんかでもほんまに出てきた猫がその時のその猫だったんで、
友達もそういうのを経験していると思って、
昨日こんなんとなってたら、知らんって。
なんで私だけみたいな。
それから何年かしてうちに友達が連れてきた猫がいて、
私が飼いだした猫がそっくりその猫とそっくりだったんです。
この柄がシャトラで。
最近は全然いなくなって。
人は諦めなければいくらでも可能性はあるっていう。
諦めてるっていうのは自分がただ諦めてるだけで、
自分が決めてるだけやなっていうのがすごくわかるんで、
自分さえ諦めなければ絶対可能性は、
世の中を良くすること。
平和っていうか、みんなが我慢したりとかじゃなくて、
特に子どもたちが言われたこととか、
自分で考えるんじゃなくて、こうしなさいって言われてやるんじゃなくて、
自分で決めて、自分がしたいようにできるっていう。
そういう世の中になったらいいなと思っていて、
そのためにはまず大人がそうならなあかんなっていう。
そういうのをやってます。