オープニングと番組紹介
こんにちは、はるです。本日もやってまいります。春のスピッてる日々。 この番組は
スピリチュアルを、もっと軽やかに、もっと楽しく。 春が今まで実践してきたスピリチュアルや、学んできたスピリチュアルを
皆さんと共にシェアする番組でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
はい。 私いつも車の中で収録をしているんですけども、
あのー、いつもはね、エンジンを切って収録をするんですけど、 今日はちょっとエンジン切ると
暑すぎてね、 ちょっとこれはどうにもならないということで、エンジンをつけてエアコンを回して収録をさせていただいております。
どうなんですかね、エアコンの音は結構聞こえるのかな。 ちょっとご利用していただきたいと思います。
さて、えーと、今日からですね、私が学んできたり実践してきたスピリチュアル、はたまた
それに対しての、自分なりの見解というかですね、 こう思っているよということをお話しさせていただきたいなと思っております。
その中で、特にね、何かこれは本当に取り組んでよかったなっていうのは、 またそれはそれでピックアップしてお送りをしたいと思っておりますので、どうぞお楽しみにしていてください。
般若心経との出会い
さあ、本日はですね、 スピリチュアルというかどうかということもあるんですけども、 私が大いにそのスピリチュアル感の中で影響を受けた言葉ですね。
言葉。 まああの日本で言うと言霊とかね。
要は言葉の力ですね。 そこについてお話をさせていただきたいと思っております。
私がその言葉ですね、言葉というのは話し言葉、普通に会話の言葉とは別にですね、 別になんていうんですか、そういうスピリチュアル的に言葉を意識したものはですね、
あの 般若心経なんです、般若心経。
その般若心経を、あれね、たぶん小学校入ってたのかな、入る前、
まあそのあたりですね、 あの
たぶん誰かのお葬式に出てるんだと思うんですけど、
まあそこでその般若心経を唱えてたんですね。 子供ながらに、これは何を言ってるんだろうという思いのほかにですね、
なんかね、すごいかっこよく聞こえたんですよ、般若心経が。 その時の感情はね、とにかくかっこいいなぁ
という感情だけが残ってたんですね。
なのでそれ以降、般若心経を聞くと、 般若心経だ、みたいな、けどね、当時はまだそれが般若心経だとは分かってはいなかったんで、単純にお経だっていうね、
かっこいいお経だ、みたいな感じですね、 って言いました。
なので私が、いわゆるその言葉をスピリチュアル的に感じだしたのが、その般若心経からですね。
祝詞や経典への共鳴
そこからね、どうやら私はその、そういう言葉、例えば心音とか、
お経とか、ノリトとか、
そういったものがね、 共鳴するタイプの人なんですね。
神社に行くと、ノリトをあげてもらえますよね。 カケマクマ、カシコキ、イザナギのオオカミ、みたいなね。
あれもすごいかっこよくて、 とにかく私は全部かっこいいと思ってたんです。
音楽を聴いている感じですね。
すごい、そういう言葉たちに惹かれていきました。
まあそれが、小中高大とずっと何かにつけ、
そういう、 般若心経とかノリトとかを聴くと、
素敵だなぁ、という 思いに駆られていたんですけど、
んーと、 あれですね、
真言との深い関わり
社会人になって、
やはりね、 ちょっとやっぱりしんどい時があったんですね。
うまくいかないことが続くような時期があって、
その時に、 あのー
その時にね、 なんだっけなぁ、
あの地元のお寺さんで、 そのゴマ抱きをやっていたね。
そうそう、ゴマ抱きをやっていて、 なんともそういう時間があったから参加をしたんですよ。
参加をしたんですね。 もちろんまあゴマ抱きなんで、当然般若心経をね、唱えて、
当然なのかわかんないですけど、 般若心経を唱えていって、
久しぶりにその時に聞いたんですよ、 般若心経を。
懐かしいなぁと、やっぱりいいなぁと思って聞いていて、
それに続けてですね、 そこはお不動産だったんで、
お不動産の神言、
ノーマクサンマンダーバーザラダンセンダーマーカロシアダーソヤタラウンダラターカンマン
という言葉が上がったんですよ。
あの、これをその時初めて聞いたんです、私はね。
初めて聞いたんだけど、なんかね、 その、まあ一緒に唱えるんですけど、
それを唱えている間ね、なんかすごいこう、 内から湧き出るパワーというかね、
それを感じたんですね。 ノーマクサンマンダーバーザラダンセンダーマーカロシアダーソヤタラウンダラタンデンとかね、
なんかその辺りがすごいね、 熱くなる感じがして、これはすごいな、
と思ったのが、
神言、神言というものを深く触れるきっかけになりました。
あと、光明神言ですね。
オンアボキャベイローシャノーマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤルン
光明神言ですね。
で、あとまあ、その、
ハニャシンケヨネギャテギャテハラギャテハラソギャテボジゾワカ
これも神言だということを後に知ったんですけど、
言葉の響きとバイブレーション
あの神言自体、その、まあ実はというか、 それ自体に意味はなく、
その響き、サンスクリットのその響き的なところに、
こう、意味があるんだっていう話を聞いて、
もうなんかね、バイブレーションじゃないかと思って、
こう、波動、周波数、バイブレーション、
これはすごいとね、こう思ったんです。
すごい語彙力がなくて申し訳ないです。
本当にね、すごいな、言葉ってすごいなっていう風に思ってから、
それからね、なんか時間があって一人でぼーっとしているときにはね、
こう一人ごとで、ノーマクサンワンダーとかね、
オーマブキャベロシャノーとか、
まあはたまたハニャシンケヨとか、
もうね、なんかひたすらブツブツ言ってたんですね。
ひたすらブツブツ言ってた。
これはね、しばらく続きましたもん。
2,3年なんかブツブツ言ってましたもんね。
なんでもね、しっかりと覚えてますけど。
もうそれで、その神言自体ね。
うん。
声や言葉へのこだわり
言葉。
あとは、まあそのノリト。
かけまくのかしこきとかね。
あります。
あの大原江言葉とか。
まあこういうところにも、
まあその流れでね、どんどんどんどん興味を持っていったということです。
そう、あの思い返してみると、
私とりあえず音、響きっていうのに非常にこだわりがあるというか、
あんまり私その物事に好き嫌いっていうものはないんですけど、
そんなになんていうんですか、あれが良くてこれは嫌だとか、
っていうのはそんなにないというふうに自覚をしてるんですけど、
ただね、あの声。
声の好き嫌いとか結構ね、
あるんです。
そしてね、声で結構ね、私人の性格とか雰囲気とか持ってるものとかをね、
判断しちゃうところがあるんですよね。
なので私にとったら、やはりその声、言葉、
そういったものが非常にこう、
あのスピリチャリティの中で大きな要素を占めてるんですね。
まあ、そういう声、言葉、言葉たちとですね、向き合っていく中で、
言葉の力による変化
じゃあ実際にね、何か良いことあったんですかっていう話ですね。
これはまたね、別の回に詳しく話したい。
これはちょっと効果あったなっていうのはね、別の回に話したいと思うんですけど、
まず言えることはですね、言えることは、
例えばこれを唱えたらもう劇的に変わりますとかね、
これを唱えたらもう人生がすぐ変わります、好転しますとか、
っていうのは、私の場合はなかったですね。
まあもしかしたらそういう人もいるかもしれないです。
いるかもしれないっていうのは、私の場合なぜじゃあすぐ劇的に変わらなかったのかというと、
例えば神言を唱えると劇的に人生が良くなりますよ、すぐガラッと変わりますよ、
例えば言われたところでね、それをやったところで、
なんかね、唱えても心のどこかでとはいえ、
とはいえ、こんなね、言葉一つ唱えただけで急に人生が劇的に変わるなんてないでしょって思っちゃうじゃないですか、
普通の人は、一般的には。
私もそっちのタイプ、普通に唱えながらね、
いやいやいや、とはいえ、なんか、なんかなぁと思いながら唱えてる時もありましたから。
それはやっぱりそんな、すぐ良くならないじゃないですか。
反面、もうなんていうんですか、言われたまんま、そのまましっかりと信じ切ってね、やっていたら、
もうもしかしたらね、すぐですよ、もう劇的にすぐね、
何かしらの良いことが起こる可能性もなきにしもあらずですね。
何にしても大半の人は、この言葉をね、一つ二つ唱えたぐらいで何か人生が変わるなんてことはないんですよ、すぐに。
すぐにね、けど、私の場合は変わったんですよ。今考えてみると変わってるんですよ。
変わってる。
これね、なんて言えばいいんでしょうね。
あの、うーんと、螺旋階段を登るようなもんだよね。
螺旋階段をぐるぐるぐるぐる登ってるうちは、歩みが少しずつだから、あんまり登ってるなっていう感じはしないじゃないですか。
けど、ある程度のところまで登って、下をね、見るとだいぶ登ってるじゃないですか。
ね、螺旋階段って。それとね、同じ。
まあ、これはもう、あれですね、言葉だけじゃなく全ての要素で相当だとは思うんですけど、振り返ってみたらめっちゃ登ってんじゃん、みたいな。
そういうことだと思うんですね。
なので、あの、逆説的に言うと、私、言葉とであってね、こういう、その、ノリトとか、公明信号とかね、お経とかっていうものと向き合ってなければ、逆に言えば、今のような状態にはない。
階段に登る前の状態だったとは思ってます。
人間関係と人生の向上
それぐらい緩やかですけど、確実に、やっぱその、人の本質と向き合わせてくれて、少しずつ、何が良くなったっていうと、あれですけど、
私の場合はもう、人間関係、人付き合いっていうのは、すごい、今もう何の不自由もなく、本当に幸せな人たちに囲まれて生きてるんですけど、
これもきっと、そういうところから来てるんだろうなと思います。
エンディングと今後の予告
まず、本日はですね、私のスピリチュアリティの部分で、一つ、言葉ですね、言葉の力について、私の考えをお伝えさせていただきました。
今日もまたこのような形でお伝えしたいと思いますし、
言葉の中でもね、私が特にこれはすごかったなっていうものを、また別の形でご紹介したいと思いますので、そちらもぜひお楽しみにしていてください。
では、はるでした。またお会いいたしましょう。バイバイ。