第十八話『シニカルという希望』-作家・評論家 正宗白鳥-
2016-01-02 09:54

第十八話『シニカルという希望』-作家・評論家 正宗白鳥-

軽井沢、矢ケ崎川のほとり、室生犀星文学碑から、さらに坂をのぼり山道を行けば、やがて十字架をかたどった石碑が見えてきます。
作家にして評論家の正宗白鳥の文学碑です。
スウェーデン産と言われる黒い御影石には、彼が好んだギリシャの詩が刻まれています。
『花さうび 花のいのちは いく年ぞ
時過ぎてたづぬれば 花はなく
あるはただ いばらのみ』
花さうびとは、薔薇のこと。白鳥が愛した歌には、彼のニヒリズムが色濃く表れています。
軽井沢を愛した正宗白鳥の小説には、全編に、世の中をシビアに見つめる冷徹とも思える鋭い視線があります。
でも、その眼差しには、むしろ希望を、愛を感じざるを得ません。
晩年の彼は講演会でこんなことを語っています。
「例えば、芸術に殉ずるという、そういう人もある。自分の仕事に、芸術でなくっても、ある仕事に全力を挙げて、一生を安んずるという。それは、僕らの尊い所。ところが、僕はそれほど自分の書くものに対して、何の信仰もない。自分のしていることにも何の信仰もない。と、ともに、そういうふうの信仰も、一方のあらゆる困難にあっても十字架につくという信仰もない。どっちもないで、ぐらぐら一生を終わったということになったんです。第一、自分のものを、自分はやろうと思ったんじゃなしに、今だって、できゃしないし、どうにか今日まであったのは、もっけの幸いだと思っている。それで、元来、遊戯だと思っている。小説なんてものは」

小説なんてものは、遊戯。遊び。
でも、その遊びをとことん突き詰めた男の、yesとは?

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