第三百六十五話『人生に絶望しない』-【愛知篇】小説家 二葉亭四迷-
2022-08-27 13:26

第三百六十五話『人生に絶望しない』-【愛知篇】小説家 二葉亭四迷-

愛知県名古屋市で幼少期を過ごした、近代小説の先駆者がいます。
二葉亭四迷(ふたばてい・しめい)。
二葉亭四迷は、ペンネーム。
本名は、長谷川辰之助(はせがわ・たつのすけ)。
ペンネームの由来は、自分に対するダメ出し、「くたばってしまえ」だと言われています。
二葉亭は、小説家、翻訳家、政治家、ジャーナリストなど、さまざまな職にトライしますが、己への厳しさと不運が重なり、どのジャンルでも長続きしません。
自身、成功することはなかったと振り返っていますが、小説家として、当時の文壇やのちの作家たちに、多大な影響を与える作品を残しました。
近代小説の幕開きと評される『浮雲』。
この小説は、未完に終わっていますが、それまでの文学と一線を画する文体で書かれています。
すなわち、言文一致体。
たとえば、『浮雲』のこんな一節。

…文三には昨日お勢が「貴君もお出なさるか」ト尋ねた時、行かぬと答えたら、「ヘーそうですか」ト平気で澄まして落着払ッていたのが面白からぬ。
文三の心持では、成ろう事なら、行けと勧めて貰いたかッた。
それでも尚お強情を張ッて行かなければ、「貴君と御一所でなきゃア私も罷しましょう」とか何とか言て貰いたかッた…

言文一致とは、書き言葉ではなく、話し言葉で綴られる文体。
このまま読んでも、日常会話となんら変わらない話法なのです。
明治時代にあっては、小説とは、基本、文語体。
「へーそうですか」などというセリフが書かれることはありませんでした。
文壇には革命だと思われた挑戦も、二葉亭の中では完全なる失敗作。完成を待たず、筆を折ってしまったのです。
その後は、ロシア文学の学者や新聞の記者など、志をもって臨みますが、ことごとくうまくいきません。
ある程度まで突き進むと、飽きてしまったり、壁にぶち当たり、嫌になってしまうのです。
名前通りの、迷いの多い人生。
しかし、彼はどんなふうに転がっても、この不条理極まりない人生をどこかで笑っていたのです。
「まあ、どう生きようが、しょせん、一回きりの人生だ」
絶えず動き続け、もがき続けた明治の文豪・二葉亭四迷が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?

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