作家・遠藤周作が、軽井沢に堀辰雄を訪ねたのは、昭和19年、21歳のときでした。
堀辰雄は肺を病み、入院していました。
ベッドサイドで話し込む二人。
慶應義塾大学文学部予科の学生だった遠藤にとって、堀とのひとときは、暗い戦時中での唯一の安らぎでした。
軽井沢の空気もまた、救いでした。
爽やかに吹き抜ける風。木々の匂い。野鳥のさえずり。
そしてもう一つ、遠藤周作が軽井沢に魅かれた理由があったとすれば、それはキリスト教の香りです。
宣教師が移り住み、異国の文化を根付かせた軽井沢。
自らもカトリック信者であり、文学のテーマとして、キリスト教を核にすえた作家にとってこの地は、ふるさとのように居心地がよかったのでしょう。
その証拠に彼は、出世作となった小説『沈黙』を、旧軽井沢の六本辻の貸別荘で書き上げます。
戯曲『薔薇の館』は、聖パウロ教会を舞台にしましたし、ついには、千ヶ滝に別荘を構えます。
毎年の夏には必ず軽井沢を訪れ、療養しつつ、執筆に励む。
また軽井沢は親しい友人との集いの場所でもありました。
北杜夫、矢代静一らとの文学談義は、楽しく、有意義でした。
彼は、人を笑わせるのが好きだったと言います。
真面目に語ったかと思うと、おどけたり、ジョークを言ったり、妙な扮装をしたりして、周囲の人を笑いに誘いました。
シリアスとユーモア。その二つが彼の根幹にありました。
常に弱さから目をそむけず、弱さを救おうと戦った男、遠藤周作。
彼が人生で見つけた明日へのyes!とは?
堀辰雄は肺を病み、入院していました。
ベッドサイドで話し込む二人。
慶應義塾大学文学部予科の学生だった遠藤にとって、堀とのひとときは、暗い戦時中での唯一の安らぎでした。
軽井沢の空気もまた、救いでした。
爽やかに吹き抜ける風。木々の匂い。野鳥のさえずり。
そしてもう一つ、遠藤周作が軽井沢に魅かれた理由があったとすれば、それはキリスト教の香りです。
宣教師が移り住み、異国の文化を根付かせた軽井沢。
自らもカトリック信者であり、文学のテーマとして、キリスト教を核にすえた作家にとってこの地は、ふるさとのように居心地がよかったのでしょう。
その証拠に彼は、出世作となった小説『沈黙』を、旧軽井沢の六本辻の貸別荘で書き上げます。
戯曲『薔薇の館』は、聖パウロ教会を舞台にしましたし、ついには、千ヶ滝に別荘を構えます。
毎年の夏には必ず軽井沢を訪れ、療養しつつ、執筆に励む。
また軽井沢は親しい友人との集いの場所でもありました。
北杜夫、矢代静一らとの文学談義は、楽しく、有意義でした。
彼は、人を笑わせるのが好きだったと言います。
真面目に語ったかと思うと、おどけたり、ジョークを言ったり、妙な扮装をしたりして、周囲の人を笑いに誘いました。
シリアスとユーモア。その二つが彼の根幹にありました。
常に弱さから目をそむけず、弱さを救おうと戦った男、遠藤周作。
彼が人生で見つけた明日へのyes!とは?
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